けんちゃんと流星急行

第一部



PartT

きみはだれ? ―けんちゃん




  1

  こまった! ぼくらの村の汽車がこわれた。
  運転士のゴンタおじさんが病気でたおれた。
  だれも直せない。だれも運転できない。
  汽車は運行休止。駅もお休みだ。
  ぼくらの村にバスなんて走ってないし、
  ぼくのうちに自家用車なんてない。
  どうしよう? 学校に通えない。
  先生にもあえないし、ミヨちゃんにもあえない。
  ドッジボールもできないなんて。
  ぼくはこまった。こまった・・・
  どうすればいいんだよぉ?


  その夜、ぼくはねむれなかった。ふとんでずっと目をあけていた。
  そしたら、聞こえてきたんだよ。
  ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン・・・ すてきな音が。
  え? まさか・・・ ぼくはパジャマのまま外へ出た。
  うそだろう? 汽車が走ってる。
  お客はだれも乗っていない。
  でも、たしかに走ってる。走ってる!


  おーい おーい おおーい!
  うれしくなって ぼくはさけんだ。
  そして、汽車を追いかけて、線路をどこまでも走っていった。
  追いつけっこないのは わかってるけど。
  まちがいない。ぼくらの汽車だ。青ねこ号だ。
  やったー! 学校に行ける。ミヨちゃんにも会えるんだ。


  ぼくは、その足で駅長さんの家に行って、玄関の戸をドンドンたたいた。
  駅長さんはおこった顔をして出てきて、どなった。
  「こらぁ、このクソボウズ、いったい何時だと思ってるんだ?!」
  ま夜中だってこと、すっかりわすれてた。
  「汽車が走ってる? そんなことがあるものか?
  車両が故障して動かないんだ。それに運転士は入院中だ。
  かわりはまだ見つかってない」
  でも、ほんとうなんだよ。見たんだから。
  「そんな、奇跡のようなことがあるはずがない。
  夢でも見たんだろう?」
  駅長さんはどうしても信じてくれない。
  しかたなくうちに帰った。


  朝、ぼくはいつものようにランドセルをしょって家を出た。
  「汽車が動かないんだから、学校には行けないのよ。
  今日は家で勉強しなさい。みんなで話し合って、
  明日からは車で連れて行ってもらうようにお願いしてみるから」
  かあさんが言ったけど、ぼくは聞かない。
  汽車は動く。ぼくは知っている。



  2

  駅につくと、ほら、汽車が止まってる。
  村長さんや、近くのおじさんたちが集まっていて、何やらさわがしい。
  「信じられない。故障して全く動かなくなったはずなのに。
  いったいどうやって直したんだ?」
  「いったいだれが運転したんだ?」
  駅長さんは、運転席にいたひとを無理やりプラットホームに引きずり出した。
  「きみはいったいだれなんだ?」
  そのひとは、駅長さんの手をピシリとはらいのけると、
  フラフラとホームにすわりこんでしまった。
  きっと朝のお日さまが、そのひとにはまぶしすぎたんだ。
  「だれなんだときいている」
  駅長さんは、また聞いた。そんなにこわい声で言わなくてもいいのに。
  そのひとは どこも見ないで、とても小さな声で言った。
  「けんちゃん」


  「けんちゃん」という名前のそのひとは、
  ホームにすわりこんだまま、しばらくぼーっとしていた。
  なんだかすごく変わったひとだ。
  顔も手もやに白くて かみの毛はやに黒い。
  大人なのか、子どもなのか、わからない。
  お医者さんか理科の先生みたいな白衣を着ている。
  どこを見るともなく、ただただ ぼーっとしているだけ。
  ほんとうにこの人が 運転していたのだろうか?
  こんなに顔色悪いなんて どこかぐあいがわるいのかな?


  「だいじょうぶ?」と言おうとしたら、
  けんちゃんは フラフラと立ちあがった。
  背は高い。ちょっとひょろひょろしてるけど、
  なかなかかっこいいお兄さんだ。


  「ほんとうに信じられない! 直ってる。完ぺきだ!」
  車両を点検していた駅の人が言った。
  「きみはいったい何ものなんだ?」
  けんちゃんは答えないで、さっさと運転室に入ってしまった。
  そして、1分くらいたってから、小さな声でぼそっと言った。
  「けんちゃん」


  汽車が動く! うわさはたちまち村中に伝わったらしい。
  7時30分の始発に乗るために、お客が駅にやってきた。
  同じクラスのヒロシもランドセルをしょってやってきた。
  きのうまでは、学校に行けなくなってうれしいなんて言ってたくせに。


  でも、ヒロシときたら、乗ったとたんに言うんだよ。
  「おれ、やっぱり帰ろうかなあ。
  だって なんかヘンだぜ。あの運転士。
  ユーレイみたいに ボーッとして、気味悪いよ。
  ちゃんと運転できるのかよぉ?」
  ひどいこと言うなあ、と思ったとたん、
  ぼくはヒロシの頭をポカッとやっていた。
  「なにすんだ!」
  ヒロシもぼくをポカッとやった。
  気がついたときにはもう、とっくみあいのケンカになっていた。
  ヒロシの方が体もデカイ。力も強い。でも、ぼくも負けてない。
  やられればやられるほど熱くなってくる。


  「こらぁ、このクソボウズ!」
  駅長さんはどなった。汽車がゆれるほどの大声だ。
  「やめないか! ここをどこだと思ってる?
  毎朝、毎朝、ケンカしやがって。
  二人とも、いったい何度言ったらわかるんだ?!」
  それで ぼくらのケンカは すっぱり終わりになった。
  ぼくはそうでもないけど、ヒロシは駅長さんが苦手なんだ。
  「ゴメンナサイ」
  と、ヒロシはすぐにあやまった。
  ぼくはフンとそっぽを向いていたけど。


  「駅長、もうじき7時30分です」
  駅の人が聞いた。ぼくらのケンカどころではない。
  「どうしますか? 発車させますか?」
  どうするんだろう? ぼくはけんちゃんを見た。
  けんちゃんは ぜんぜんボーッとなんてしていない。
  けんちゃんの黒い目は じっと前を見て、
  そして きらきらとかがやいている。
  だいじょうぶ! だいじょうぶだよ とぼくは思った。
  だいじょうぶ。時刻表通りに汽車は発車する。
  このひとは信頼できる。


  ところが、駅長さんは言った。
  「だめだ。発車させない。予定どおり運休だ」
  「そんなのひどいよ、駅長さん!」
  ぼくはホームに飛び出してさけんだ。
  「ひどいよ、ひどいよ!
  このひとならだいじょうぶだよ。
  ちゃんと運転できるよ。ぼく、見たんだもん。
  それに、車両はちゃんと直ってるんでしょ?
  カンペキなんでしょ?
  どうして発車させないんだよぉ?」


  オホンと咳払いして、駅長さんは言った。
  「よく聞け、アキラ。大人には責任というものがあるんだ。
  どこのだれともわからない者に運転させて、
  もしものことがあったらどうする?
  汽車の運転というのは、乗る人みんなの命をあずかるだけの
  責任を持てる人間じゃないと やってはならない。
  そして、それを判断するのが駅長である私の責任だ。
  四年生ならわかるだろう?」


  「うんうん、よくわかった、駅長さん」
  と、すぐにうなずいたのはヒロシだ。
  ぼくにはわからない。
  どうして? なぜこのひとが責任を持ってはいけないの?
  どうしてこのひとを信じないの?
  けんちゃん!
  けんちゃんはうれしそうに 黒い目をかがやかせている。
  けんちゃんには、さっき駅長さんが言ったことなんて
  まったく聞こえてなかったんだ。
  そんな けんちゃんを見ているうちに、
  なぜだかまた だいじょうぶ! と思えてきた。
  だいじょうぶ! けんちゃんは発車させる。
  だれに何と言われても、けんちゃんはやる。


  それなら・・・
  ぼくはランドセルから「もしも用サイフ」を出して、
  駅の外へ走った。
  え? あきらめたんじゃないよ。
  電話、電話・・・
  ぼくは駅舎の前のベージュ色の電話ボックスに入って、
  ミヨちゃんちに電話をかけた。
  「汽車が、走れるようになった。学校に行けるんだ。
  今すぐ家を出て 駅に行って」
  いっけない! もう秒読みで7時30分の発車時刻だ。
  ぼくはともかく 一号車に飛び乗った。
  そしてその瞬間、7時30分きっかりに、汽車は駅を出発した。



  3

  ぼくはいつもの席に座った。
  え?
  だれもいない。お客はぼくだけ。
  「やっぱり運休」と駅長さんに言われて、みんな降りてしまったのだろう。
  それでもけんちゃんは発車させた。
  あとで聞いた話によると、男の人たちが何人がかりかで
  けんちゃんを運転室から引っぱり出そうとしたらしい。
  ところが、けんちゃんは、すごい力でその手をふり払って
  たちまち追い出してしまったんだって。
  「7時30分、7時30分、7時30分」
  と言いながら。


  汽車 汽車 走るよ
  線路の上をまっすぐに
  風にのって 光にのって
  時の流れをこえるように
  すべるように 走る 走る!


  走る 走るよ 汽車は走る
  五月の晴れた空の下、
  みどりの中を走る 走る!
  車窓の風を こんなにさわやかに感じたことはない。
  風ってこんなに気持ちのいいものだっけ?


  なんだかいつもと感じがちがう。
  ゴンタおじさんの運転のときは、もっとガタゴトゆれていた。
  車両が古いからしかたがないって言ってたけれど。
  それが、どうだ? けんちゃんの運転はまるで魔法のように
  汽車をすーいと走らせてゆく。


  駅長さんたちはバカだよね。
  けんちゃんにまかせられないなんて。
  どこのだれでもいいじゃないか?
  こんなにすてきに汽車を走らせてくれるのだから。

 
  ぼくらの汽車は小さな汽車だ。
  汽車といってもたったの2両編成。
  国鉄線より線路もせまい。
  ナローゲージの軽便鉄道だ。
  停まる駅はたったの三つ。
  みどりの駅―なかの駅―まちの駅。
  昔はその先もまだまだ続いていたのだが、
  バスの方が便利だからと乗る人がいなくなって廃止された。
  全線廃止になるはずだったが、緑野村にはバスが通っていない。
  みんなの家に自家用車があるわけでもない。
  それに汽車は、村の農産物を出荷するのにも役立っていた。
  そこでみんなでお金を出し合って、村営で続けることになった。
  「青ねこ号」と呼ばれている このうす青にクリーム色のラインが入った汽車は、
  正真正銘 ぼくらの村の汽車なんだ。

 
  村営鉄道の開始を祝って、「みどりの駅」の駅舎は緑色に塗りかえられた。
  安っぽいと悪口を言う人もいるが、ぼくはなかなか気に入っている。
  「なかの駅」は、途中の無人駅。
  「まちの駅」とぼくらが呼んでいるのは、ふもとの町の国鉄の駅。
  ナローゲージの線路が残されている3番線を借りて乗り入れている。
  収穫期には、第一と第三の日曜日に 3番ホームで朝市をやる。
  村でとれた野菜や果物を 汽車でどっさり運んできて、
  ホームに下ろして そのまま売るんだ。
  新鮮でおいしいと、なかなかの評判だ。


  もうすぐ なかの駅。
  ミヨちゃんが乗ってくる。
  今日はヒロシもいない。ぼくらだけ
  二人っきりで乗ることができる。
  ぼくは胸がわくわくしてきた。


  7時41分。青ねこ号は予定通り、なかの駅に停まった。
  車内アナウンスは流れない。
  わかってるから 別にいいんだけどね。
  ここで少し待ってから、7時44分に発車する。


  「ミッヨちゃーん!」
  ぼくはホームに下りて ミヨちゃんをむかえた。
  ミヨちゃんは赤いランドセルをしょって、
  ニコニコしながらぼくを待っていた。
  赤いお花のパッチンどめで前がみをとめている。
  ぼくが好きなかみがただ。
  おかっぱより、おでこ出したほうがかわいいんだよね。
  「おはよう、アキラくん」
  「おっはよーう!」


  でもちょっとがっかり。ミヨちゃんは一人じゃない。
  お母さんとおばあちゃんがいっしょだ。
  「汽車がこわれて運休だって聞いてたけど、
  一体どういうことなのかねえ?」
  と、ミヨちゃんのお母さんは心配そうに言った。
  「だいじょうぶだよ」
  と、ぼくは言った。
  「ほんとうに、だいじょうぶなのかねえ」
  おばあちゃんも心配そうだ。
  「だいじょうぶだって」
  ぼくは自信たっぷりに言った。
  「あの運転士さん、ちょっといい男だけど、
  なんか変じゃない?」
  「だいじょうぶよ」
  と、ミヨちゃんが言った。
  「あたし、のる」




  4

  汽車 汽車 走るよ
  線路の上をまっすぐに
  風にのって 光にのって
  時の流れをこえるように
  すべるように 走る 走る!


  走る 走るよ 汽車は走る。
  五月の晴れた空の下、
  みどりの中を走る 走る!
  車窓の風はミヨちゃんの髪をなびかせて
  ぼくのほおをくすぐった。


  汽車の中でぼくらは二人。二人っきり!
  運転席にはけんちゃんがいるけれど、
  やっぱりぼくらは二人っきり。
  だって けんちゃんって何だか
  空気みたいに とうめいな感じ。


  ぼくとミヨちゃんはね、いつもはとなりにすわったりしないんだ。
  向かい合わせにすわって、ときどきこっそり目を合わせるだけ。
  男の子と女の子がとなりどうしですわったりしたら
  いろいろ冷やかす人がいるじゃないか。
  それに、ヒロシも(ここだけの話だけど)
  ミヨちゃんのこと すきなんだよ
  だから、ヒロシの前ではちょっと 気をつかうんだ。
  ケンカばかりだけど、親友だからね、やっぱり。


  でも、今日は二人っきりだから、だれの目も気にしないで
  となりにすわる。
  「これ、あげる」
  「え? ゆびわ? かわいい」
  ぼくはランドセルのそこから、ピンクの小さなゆびわを出した。
  そして勇気を出して、ミヨちゃんの指にはめた。
  小指にしかはまらない。
  ミヨちゃんはほっぺを真っ赤にして
  「ありがとう」
  と、言った。うわっ、かっわいーい!
  「ごめんね、グリコのオマケなんだ。
  2年生のとき、まちがえて(ほんとはわざとだけど)
  女の子むけのを買ったら、オマケがこれだったんだ。
  ミヨちゃんにあげようと思ったんだけど、何だかてれくさくて
  ずっとずっとランドセルの底に入れたままだったんだよ」
  「2年生のときから?」
  「うん・・・」
  ぼくの顔も真っ赤だったにちがいない。
  耳のへんがあつくなって、ぽーっとしてきた。


  すべるように走る汽車の中で、ぼくらはおしゃべりに夢中になる。
  「リボンの騎士」や「ひょっこりひょうたん島」の話。
  うらやましいな、ミヨちゃんちにはカラーテレビがあるんだって。
  それと、東京の大学に行っているミヨちゃんのお兄ちゃんの話。
  よくわからないが、何か大変なことになっているらしい。
  親ふこうだ、親ふこうだって お母さんが泣いてたって。



  5

  汽車 汽車 走るよ
  風にのって 光にのって
  すべるように・・・


  ところが、汽車はスピードを落としていって
  駅もないところで止まってしまった。
  急停車ではない。
  駅に止まるときよりも、ゆっくり、自然に。
  「どうしたの?」
  ぼくは運転席の方へ行ってみた。
  けんちゃんは何にも言わないで、ただ前の方を指さした。
  え?
  線路の真中に、ネコがいる。
  白地に茶色と黒のブチのある三毛猫だ。


  ドアが開いたので、ぼくとミヨちゃんは汽車を飛び下りた。
  ネコの方に行ってみると、線路にしっぽがはさまって、動けなくなっている。
  これじゃあ逃げられない。ひかれて死ぬところだったんだ。
  「あぶなかったね。でも、もうだいじょうぶだよ」
  しっぽをはずして抱っこしてやると、
  ネコはグルグルとのどを鳴らした。


  そこへ、小さな女の子とお母さんが駆けてきた。
  「タマちゃん!」
  ネコはぼくの手をはなれて女の子の方へとんでいった。
  「ありがとうございました!」
  と、お母さんが言った。
  「タマが線路の真中で突然動けなくなって・・・
  でも、汽車が近づいてきたから助けることもできないし、
  ひかれるところをこの子に見せたくないから
  あのポプラの木のかげにかくれていたんです。
  そしたら、汽車が止まってくれて・・・ まるで奇跡です。
  ありがとう! ありがとう!」
  お母さんは涙ぐんでいる。
  「ありがとう!」
  と、女の子はタマを抱きしめながら言った。
  「お礼なら、ぼくじゃなくてけんちゃんに」
  「けんちゃん?」
  「運転してるひと」


  お母さんがどうしてもと言うので、運転室の方につれていった。
  白衣を着た何やら変わったお兄さんがいるので 
  ちょっとびっくりしたみたいだけど、
  お母さんと女の子は、何度も頭を下げてお礼を言った。
  ありがとう。あなたはタマの命の恩人です。
  ありがとう。ありがとう。ありがとう!
  それなのに、けんちゃんときたら返事もしないで、
  ただ前を見てニコニコしているだけ。


  ぼくは何だか困ってしまって、
  このひとって、こういうひとみたいだから 
  気にしないでね と言っておいた。
  でも、そんなこと言わなくてもよかったんだよね?
  白衣を着てても ちょっと変でも しゃべらなくても、いいじゃないか。
  わざわざ止まってネコを助けてくれたんだ。
  命の恩人なんだ。
  「ありがとう! さようならー!」
  ネコをだいた女の子は 手をふって送ってくれた。


  ぼくは、この汽車を「青ねこ」と呼ぶのが好きじゃない。
  だって、この汽車は前に何度か、本当にネコをひいたことがあるんだもん。
  ちょうど去年の今頃のことだ。
  運転席のガラスごしに前をながめていると、
  線路のまん中にネコが見えた。ちょうどさっきのタマみたいに。
  「止まって!」
  ぼくは叫んだ。でも、ゴンタおじさんは止まってくれない。


  「わああああー!!」
  ぼくは目をとじて、耳をふさいで、大声で叫んでいた。
  生き物が下じきになって死んでゆく、すごくこわい感じがして
  からだ中がぶるぶるふるえた。
  ・・・二両の列車にひかれたネコは、まっぷたつ。
  何もかも飛ばされて 線路の上にはなんにも残らなかった。
  何ケ月かして、遠く離れたお花畑で
  白骨化した骨の一部が子供のおもちゃになっていた・・・
  

  「ひどいよ、ひどいよ! ざんこくだよ!」
  汽車が駅に着くと、ぼくは泣きじゃくりながらゴンタおじさんに言った。
  「よく聞け、アキラ」
  ゴンタおじさんは落ち着いた声で言った。
  「たしかにかわいそうなことをした。
  でもな、駅もない所で止めるわけにはいかないんだ。
  急停車したら、お客さんにメイワクをかける。
  ちゃんと止まれなかったら、けが人が出るかもしれないし、
  車両が故障するかも知れない。
  それに、汽車が時刻表通りに動かないと、みんなが困る。
  おまえ達も学校に遅刻だ。
  私は運転士だ。安全に運転するのが、
  そして、時間通りに走らせることが仕事なんだ」
  え? 何を言ってるの? ぼくにはよくわからない。


  ゴンタおじさんは、続けた。
  「ネコに気づいてすぐに止まったとしても、どうせ間に合いはしない。
  もっと遠くからわかっていたなら、ひかずに止まることもできたかも知れない。
  でもな、普通の人間の目とカンじゃ しょせんムリだよ。
  いや、遠くからわかっていたとしても、
  それこそ天才的な運転の腕がないと、安全に止まることはむずかしい。
  かわいそうだが、あきらめるしかない。
  それを決断できるのが大人の責任というものだ。
  前にも何度かこういうことがあった。犬もネコも何度かひいた。
  そのたびに、かわいそうだがしかたがないと決断した。
  四年生ならわかるだろう?」


  わからない。ぼくにはわからないよ。
  大人の責任? 何それ? 生き物の命より大事なの?
  急停車して、けがをしても、ネコの命を助けられるのなら
  ぼくは平気だ。
  学校なんて、何回ちこくしてもかまわない。
  そんなの たいした問題じゃないよ。
  それで 一つのだいじな命が救われるのなら。
  わからない! 大人の言うことってわからないよ。


  でも、けんちゃんはちがった。
  ちゃんと止まって助けてくれた。
  ふつうの人間の目とカンではムリだって ゴンタおじさんは言ってたけど
  それがけんちゃんにはちゃんとわかっていた。
  けんちゃんの目とカンは ふつうじゃないのだろうか?
  けんちゃんは、ちゃんと安全に止まってくれた。
  天才的な運転の腕がないとムリなはずなのに・・・
  けんちゃんは天才なんだ。運転の天才なんだ。


  ぼくは夢中になってしゃべっていた。
  ミヨちゃんも夢中になって聞いてくれた。
  そして、言った。
  「けんちゃんって、すてき」
  正直言ってシマッタ・・・と思ったけど、
  うんうん、すてきだね、すごいよね、天才だよね
  と言うしかない。
  だって、本当にすごいんだもん。
  けんちゃんは天才なんだ。



  6

  「ねえ、なんか速くない?」
  うん、たしかに速い。
  ミヨちゃんに言われるまで気づかなかったけど、
  速い、速い!
  遠くの山が、緑の木が、窓の外を飛んでゆく。
  速いけど、こわくない。
  なんだろう、この感じ?
  頭の中がスッキリして、気持ちいい!
  新幹線って、こんな感じ?


  「ううん、新幹線より、ずっとすてきよ。
  新幹線はもうちょっと音がするし、ゆれるからこわいの」
  ミヨちゃんが言った。
  ぼくらはワクワクしながら、窓の外を飛んでゆく景色をながめていた。
  ぼくはミヨちゃんの手を取って、前の席へつれていった。
  ゆれないから、立っても平気だ。あぶなくない。


  運転席では、けんちゃんが目をきらきらさせて運転している。
  速度計を見て、びっくりした。
  最高時速だ。こんなの見たことがない。
  ん? でもそんなもの? もっと速いんじゃないか?
  だいたい ディーゼル車がこんなに速く走れるなんて信じられない。
  この汽車は馬力が足りないって、
  ゴンタおじさんも駅長さんも文句を言ってたっけ。
  帰りのみどりの行きは上り坂が続くから、
  調子の悪いときには、お客が降りて押すこともある。


  最近とくに調子が悪くて、とうとうこわれて動かなくなった。
  直ってる、完ぺきだって、駅の人が言ってたけど、
  直したのはけんちゃんだよね?
  いったいどうやって直したんだろう?
  やっぱりけんちゃんは天才なんだ。


  途中で臨時停車したから、汽車はおくれる、
  遅刻してもしかたないやって思ってたけど、
  これならぜったいだいじょうぶ。
  時こく表どおりにまちの駅につく。


  ぼくとミヨちゃんは、手をつないだまま
  前を見ていた。
  汽車の前に続く線路。
  そして、ひつじ雲の浮かぶ青い空。
  このままスピードをあげていって、
  汽車ごと空の中へ飛んでゆけるかもと思った。


  汽車は8時ちょうどに まちの駅に着いた。
  すごいよ、けんちゃん。完ぺきだ!
  ぼくとミヨちゃんは、やったー!
  と、手をにぎりあって喜んだ
  すぐに二人とも真っ赤になって 手をはなしてしまったんだけど。


  ぼくはおりる前にけんちゃんのところに行って
  「ありがとう」と、言った。
  けんちゃんはただ前を見て、ニコニコしてるだけ。
  でも、ぼくは思い切ってもっとしゃべってみた。
  この人と友だちになりたかったんだ。
  「ほんとにありがとう。おかげでちゃんと学校に行けるよ。
  休みたくなかったんだ。学校って楽しいもん。
  友だちにも会えるし、ねっ?」
  ぼくはしばらく返事を待ってみた。
  もしかしたら、この人、口がきけないんだろうか?
  「けんちゃん」としか言えないんだろうか?
  そうなんだと なっとくしかけたとき、
  けんちゃんは前を見たまま、小さな声で言った。
  「がっこう? わからない・・・」


  聞きたいことは 他にまだまだあったけど、
  あんまりゆっくりしていたら それこそちこくだ。
  でも、一つだけ聞いてみた。
  「けんちゃんは、どこからきたの?」
  けんちゃんは、1分くらい考えてから 東の方を指さして言った。
  「あっち」



  7

  けんちゃんが汽車を止めてネコを助けたことは、
  その日のうちに村中のうわさになった。
  あの女の子のお母さんが あの後すぐに
  駅長さんに電話をかけて お礼を言ったらしい。
  そして、それなのに時こく表通りに終着駅に着いたことも
  まちの駅に電話したらすぐにわかった。
  そんなばかなことが・・・奇跡だ!
  と、駅長さんは首をかしげた。


  車両を点検した駅の人が
  「修理も整備も信じられないくらいに完ぺきでした。
  一晩であれほどのことができるなんて、天才的です」
  と言うと、駅長さんは
  「天才的?」
  と、また首をかしげた。


  「どうです? しばらく彼にまかせてみては?」
  と、だれかが言うと、
  そうだ、そうだ! とみんなが言った。
  そして、ついに駅長さんもおれることになった。
  それでも意地っぱりの駅長さんは、
  「安全は保障できません」
  なんて無責任なことを書いた紙を 切符売り場の前にはりつけた。
  でも、そんなのすぐに 風で飛ばされてしまったよ。


  女の人たちはすっかり、
  ハンサムなけんちゃんのファンになってしまった。
  けんちゃんは やっぱりどこか変だけど、
  そんなことはどうでもいい。
  けんちゃんは 天才だ。
  ぼくらの村の汽車を運転できる たった一人の人。
  ぼくらの村にはけんちゃんが必要だった。
  そして、ぼくらはみんな、けんちゃんを尊敬していた。


  今日も――
  汽車 汽車 走るよ
  線路の上をまっすぐに
  風にのって 光にのって
  時の流れをこえるように
  みどりの中を走る 走る!


  運転するのは、
  けんちゃん。


  (Part1完)



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