1
列車は走る
線路の上をまっすぐに
風にのって 光にのって
時の流れを超えるように
すべるように 走る 走る!
走る 走る 列車は走る
走ることは冒険だ
信じられない奇跡も起こる
列車は走る ぼくらを乗せて
ぼくらの夢も乗せて走る
みどりの風を切って走る 走る!
ぼくらの列車を運転するのは、
けんちゃん。
ある日突然 やってきた
どこのだれかもわからないひと。
たちまち村中がけんちゃんのうわさでもちきりになった。
みんなが 勝手なことを言っていた。
記憶喪失のかわいそうな人。
精神病院の隔離病棟から逃げてきた人。
オカシイふりをしている天才科学者。
東側のスパイ。
突然地球に落ちてきた宇宙人。
化けているキツネかタヌキ。
ただの家出青年。
変身のしかたを忘れたウルトラセブン。
他にも色々あったけど、バカバカしくって とても全部を言う気にはならない。
じゃあ、一体だれなんだ? と言われたら、
わからない。
宇宙人? と言われたら、もしかしたらそうかも・・・
なんて思ってしまう。
それくらいけんちゃんは みんなとちがっていた。
何度か本人に聞いてみたけれど、むだだった。
いつもニコニコして、
「けんちゃん」 と答えるだけ。
それでも ぼくはがんばって
何とか けんちゃんに話しかけてみた。
「きょうは、いいお天気だね」
・・・・・・(1分経過)・・・・・・
「ちがう、快晴だ」
ちがう? え どういうこと? ・・・まっ、いいか・・・
「いいお天気の日は、外で体育ができるからね、うれしいんだ。
気持ちいいよねえ、お日さまの下で運動したら」
・・・・・・(1分経過)・・・・・・
「ちがう、快晴だ」
? ? ?
学校の先生にこのことを話したら、
「その人は正しい。
いいお天気なんていう言い方はおかしい。
天気は、晴れ、くもり、雨、雪だ。」
と、言われた。
でもさ、あんなふうに言われたら、会話が続かないよね。
話すときも けんちゃんは ぼくの顔をまったく見ないし、
なんか すごく気まずい感じ。
村の人たちも 何とかけんちゃんに話しかけて
色々なことを聞き出そうとした。
でも、やっぱり話が続かないらしい。
そのうち、みんな けんちゃんに話しかけるのをあきらめてしまった。
それでもけんちゃんは、少しもさみしそうではなかった。
いつもと同じように、目をキラキラさせて運転している。
ある日はじめて、けんちゃんがおしゃべりしているところを見た。
相手は、車両の点検をする係の駅の人。
まさか・・・と思って 近くに行って盗み聞きしてみると、
二人でおしゃべり というより、
けんちゃんだけが しゃべっている。
駅のひとは、ふん、ふんと、あいづちを打つだけ。
「今はもう電車の時代です。
ディーゼルカーはもう古い。
でも、こういう昔ながらの汽車も好きです。
運転するのが、おもしろいです。
20世紀に電車は、素晴らしい発展を遂げることになるでしょう。
でも、電車の時代もすぐに終わりを告げます。
そのゆえんは、
21世紀には、リニアモーターや、太陽電池等が新たな動力として
採用されるようになるからです」
まるで古い百科事典を朗読しているような口調で、
けんちゃんは、まだまだしゃべり続けた。
駅のひとは、もうウンザリという顔をしていた。
「へえ、おもしろいや、リニアモーターカーってかっこいいんだろうな。
速いんだろうなあ」
ぼくはが、話に入っていっていくと、
駅の人はやれやれという顔をして、駅舎に逃げていった。
「最高時速500kmを越えると予想されます」
けんちゃんは、すぐに答えた。
「でも、ディーゼルカーでも、それ以上の速度を出すことが可能です。
さらに高速で走行することも可能です」
「え? どうやって?」
「それは機密事項です」
けんちゃんは、まるで別人みたいによくしゃべった。
そのうち、けんちゃんは乗り物の話なら、
しゃべりすぎるくらいにしゃべることがわかってきた。
でも、他のことはまるで話せない。
うーん、この人ってやっぱりすごく変わってる。
ほんとうに 宇宙人みたいだ。
そんなことはありえないとしても、
このひとには この星の空気が合ってない。それは確かだ。
ところで、ディーゼルカーでリニアモーターカーより
速く走れるって本当だろうか?
2
それは、朝市のある日曜日のことだった。
いつものように 7時30分きっかりに 朝市列車は発車した。
ぼくも かあさんのお手伝いのため
というより 汽車に乗って町に行きたかったから、
いっしょに乗った。
車両の中には 野菜がどっさり。
とれたての土のついた 新鮮な野菜だ。
うちの畑でとれたキャベツといちごもある。
汽車の中で おばさんたち、おじさんたちは、
自分の野菜のじまん話に 花を咲かせる。
いつもの通学列車とはちがった にぎやかさだ。
ただ、土のついた野菜のニオイって
くさいんだよね。
みんな なれてるみたいだけど、ぼくはちょっとね。
それでぼくは みんなとはなれて、運転室の横の席に座った。
列車は走る
いつもと同じように 前へ前へ・・・
でも、どうしたんだろう?
けんちゃんは何だか調子悪そうだ。
真っ青な顔をして 立っているのもつらそうだ。
なかの駅に着いたとたん、けんちゃんは ホームに走り出た。
そして しゃがみこんで、ウッ、ウッと苦しそうに嗚咽した。
「けんちゃん!」
ぼくはびっくりして飛び出した。
けんちゃんは お腹の中に吐くものが何もないみたいで、
ただ青い顔をして ウウウ・・・と苦しそうにしている。
どうしたの? だいじょうぶ?
けんちゃん!
「だいじょうぶかい?」
と、おばさんたちも汽車から降りてきた。
「野菜のニオイがだめなのかねえ」
「わかるよ、
あたしもツワリのときは だめだったからね。
吐いちまいな、らくになるよ」
「ツワリだなんて、あんた、なにバカなことを。
けんちゃんは、男だよ」
おばさんたちは、それぞれに勝手なことを言っていたが
みんな、けんちゃんのことが心配なんだ。
「ゆっくり休んでいきなよ。
1週間はたらき通しだったんだ。つかれがでたんだろ」
「そうだ、そうだ。臨時列車だから時間通りに着かなくても
どってこたない」
おじさん達が言った。
「さあ、ここ座って休みな」
おじさんの一人がけんちゃんの手をとって
ベンチに座らせようとした。
ところが、けんちゃんは、その手をピシッとふりはらって、
フラフラと運転室に向かった。
「8時ゼロゼロ分、8時ゼロゼロ分・・・」
と、言いながら。
でも、だめだ。
突然けんちゃんはクラクラと立ち止まって、
ホームの真中でバッタリと倒れてしまった。
「けんちゃん?!」
おじさん達が 三人がかりでけんちゃんを運んで、
ホームのベンチに寝かせた。
「いいよねえ、1回くらい朝市なしにしても」
「んーっだ。んーだ」
「駅に電話しとくべか? 今日は中止だべって」
「どうしたんかねえ、けんちゃん」
「つかれたのかねえ?」
「あたしゃ、こんな変わった人、見たことがないよ」
「あれま、長いまつげだんべ」
「鼻筋もリンと通って、ほんとにいい男だんべ」
「ほんにねえ、ほれぼれするねえ」
ぼくは、けんちゃんを少しでも楽にしてあげようと、
えりのないシャツの一番上のボタンを外した。
すると、けんちゃんはビクッと反応して、突然起き上がった。
そして、
「8時ゼロゼロ分、8時ゼロゼロ分・・・」
と言いながら、また運転室の方へ歩き出した。
「今日はもういいから休んでな」
と言う親切なおじさんの言葉は耳に入らない。
ところが けんちゃんは、
ドアに手をかけたところで、またウッと口をおさえて座り込んでしまった。
「8時ゼロゼロ分、8時ゼロゼロ分、
発車しなければなりません、発車しなければなりません・・・」
と言いながら、けんちゃんはどうしても立ち上がることができなかった。
そして突然、
「ウワアアァー!!」
と大声をあげて、列車のドアをドンドンたたいた。
どうしたんだよぉ、けんちゃん?
まるで子どもみたいだよ
ぼくも幼稚園くらいのころは、
どうしても どうしても やりたいことがあるとき、
というとき、こんなふうに何かに八つ当たりしてたかもしれない。
思い通りにやらないと、ほんとうに死にそうな気持ちになるんだ。
ワガママだって言われたけど、ちょっとちがうんだよね。
・・・・・・けんちゃんはどう見ても大人だけど・・・・・・
「お願いがあります!」
と、ぼくはおじさんたちに言った。
「野菜を全部、2号車に運んで。1号車には一つも残らないように。
お願いします! 早く、早く!」
一刻も早くそうしなければ、けんちゃんが運転できない。
今日はもういいよと みんなが言うけど、
きっと、けんちゃんにとっては どうでもいいことではないんだ。
どうしても どうしても どうしても
8時00分までにまちの駅に到着させなければ
どうしても どうしても どうしても
前の車両から後の車両へ、野菜を全部動かして、
窓を全開にして風を通したら、なんとかニオイがなくなった。
少なくとも、運転席は大丈夫だ。
おじさんが6人もいたので、あっという間に1号車を空にすることができた。
もちろん、ぼくも手伝った。
ぼくは知っている。
本当は一度でも朝市が休みになったら、
みんな すごく困るんだ。
朝市の売り上げを当てにして暮らしてるから。
だから、おじさんたちはがんばって野菜を運んでくれた。
うちだって・・・・・・
朝市で野菜がたくさん売れれば、川崎の工場に働きに行っている父さんが
1日長く休みをとって、帰ってくることができる。
空っぽになった1号車に みんなが乗った。
けんちゃんはすっかり落ち着いて、運転席に入った。
ぼくはホッとしたけれど、おばさんたちはまだ心配そうだ。
「けんちゃん、ほんとうに大丈夫なのかねえ?」
「だいじょうぶだよ」
ぼくは自信たっぷりに言った。
そう、ぜったい大丈夫。
運転のことは けんちゃんにまかせておけばいい。
顔色悪いのはいつものことだけど。
もう ちっとも調子悪そうじゃない。
黒い目をきらきらかがやかせて
一生けんめい運転している。
だいじょうぶ・・・
・・・え?
ちょっ・・・ちょっと・・・
速い!
速すぎる・・・
ネコを助けた あの後も速かったけど、
今日のはあのときのスピードも
比べものにならないくらいに 速い!
いくら何でもこれは速すぎるよ!
だいじょうぶなの?
けんちゃん?!
3
列車は走る
線路の上をまっすぐに
風にのって 光にのって
時の流れを超えるように
すべるように 走る 走る!
列車は走る 走る 走る!
信じられないスピードで
車窓の景色は
空も雲も山も川も 混ざり合って
一つになって 飛んでいく
それでも車内は快適だ
ゆれはしないし、音も静か
速いのにこわくない
何だかとても爽快な気分
おじさん、おばさんたちは目を丸くした。
「あれま」
とだれか言ったきりで、
みんなだまってぼうぜんとしていた。
もしかして このディーゼルカー ほんとうに
リニアモーターカーより
速いんじゃないだろうか?
いや まさか そんなことがあるはずない。
そんな 夢みたいがことが。
けれども、すぐに夢なんかじゃないことがわかった。
8時00分。
列車は時刻表通りに まちの駅に到着したのだ。
汽車が止まった後も、ぼくらはしばらく ぼうぜんとしていた。
うそだろう?
なかの駅を出てから、まだ5分もたってないのに。
こんな、信じられないことが・・・
ようやく 一人のおじさんが、
「はじめっべ」
と声をかけた。
それでようやくみんなも 野菜をホームに下ろす作業を始めた。
「いんやあ、すんごい責任感だ。
これほど仕事に燃えてる男は見たことがない」
と、村長さんが言った。
「んーだ、んーっだ」
と、みんながうなずいた。
「けんちゃんはすんごい!」
「男だ!」
と、おじさんたちも おばさんたちも けんちゃんのことをほめた。
そう、みんなの言う通り、けんちゃんは確かにすごい。
でも、何だろう?
みんなが言うのは ちょっとちがうような気がした。
責任感 とか 仕事 とか
そういう問題じゃないような気がする。
けんちゃんの場合。
朝市は盛況だ。
ぼくも手伝うつもりだったが、かあさんが言った。
「けんちゃんについていてあげなさい。心配だから」
「うん!」
ぼくは何だかうれしかった。
かあさんは、少しだけどおこづかいをくれた。
それと、うちの畑でとれたいちごを
小さな手かごにいっぱい入れてくれた。
帰りのみどりのゆきは、11時30分発。
野菜がすっかり売れてしまったら、
おじさんたち おばさんたちも 町でちょっと休んでいく。
ぼくのかあさんは、町の図書館に本を返して借りてくる。
けんちゃんを呼びに行った。
・・・え? まさか。
けんちゃんは、運転席について、今にも発車させようとしていた。
ホームの朝市はまだ盛況で、まだだれも乗ってないのに。
「ちょっと待ったあ!」
ぼくは、運転室に入り込んで、けんちゃんを止めた。
けんちゃんは、ぼくの手をピシッとはらいのけた。
ちょっとでもさわられると いつもこうするんだよな。
「8時30分!」
と、けんちゃんは言った。
そりゃあ、月曜日から土曜日まではそうだけど。
「ちがうんだ!」
と、ぼくは運転室にある時刻表を指さした。
「ほら、日曜日は、11時30分なんだ」
「ああ・・・」
数字を見ると、けんちゃんはすぐに納得した。
「いちご・・・」
かごいっぱいのいちごを見て、けんちゃんは言った。
「食べる?」
と、言い終わらないうちに けんちゃんは手を出して
いちごを口に放り込んだ。
そして、あっという間にぜんぶ食べてしまった。
その食べっぷりにはおどろいたが、
なぜだか とってもうれしかった。
「まだ3時間もあるから、一緒に町に行ってみない?」
ぼくは勇気を出して、けんちゃんをさそってみた。
ちょっとぉ、まだなの?
ずっとずっと待ってるんだけど。
ぼくはなかなか 駅から出ることができない。
だって けんちゃんときたら、
国鉄線のホームから離れようとしない。
次々と色んな汽車が来るのがうれしいらしくて、
ホームのベンチにずーっと座ったきり。
特急が通り過ぎるときには、大喜びでホームを駆けて汽車を追って
そして「バイバーイ」と手をふっていた。
ぼくも1年生くらいまではこんな感じだったけど、
けんちゃんってもう大人だろう?
早く 本屋さんと駄菓子屋さんに行きたいんだけど。
ま・・・いいか。
ぼくはけんちゃんの となりに座って、
けんちゃんがあきるのをじっと待っていた。
でもそのうち、ぼくの方があきてきた。
大人なんだから、別に一人にしても大丈夫だよね?
「じゃ、ぼくは町に行ってくるから、そこでそうしててね」
と言って立ち上がると、
けんちゃんは、手をのばしてぼくのシャツをつかんだ。
行くなってこと?
ぼくはちょっとホッとした。
「そう? じゃ、いっしょに行こうよ」
「9時28分、あと3分」
え? 何のこと? ええと・・・次の汽車を見ていきたいってこと。
わかったよ。あと3分くらいなら待つよ。待ってやるよ・・・