けんちゃんと流星急行

第一部



PartU 後編

透明なガラスの玉




  4
 
  道ゆく人はみんな けんちゃんをふり返って見る。
  けんちゃんは、歩道の縁の高いところを歩きたがる。
  両手を広げて バランスとりながら。
  ひょろひょろしてるから、すぐに落ちてしまう。
  はっきり言って、大人がそんなことをして歩いてるのってすごく変。
  白衣なんか着てるから よけいに目立つ。
  けんちゃんはいつも背中を丸めていて、しせいも悪い。  
  運転室にいるときは ピシッとしていてかっこいいのに。


  商店街に入って歩道の縁がなくなると、けんちゃんは困ってしまった。
  けんちゃんは、まっすぐに歩けない。
  その上ふらふらしてるから、すぐに人にぶつかってしまう。
  手をつないであげようとしたら、ピシッとやられた。
  なんだい、なんだい、せっかく助けてあげようと思ったのに。
  ぼくはちょっとむっとしてしまったけど、
  何とか気を取り直して、言ってみた。
  「手を、つないでも、いい?」
  けんちゃんは何も言わなかった。
  それでまた、なんだいっ!て気持ちになったんだけど、
  しばらくして、けんちゃんの方から ぼくの手をにぎってきた。


  はっきり言って けんちゃんと歩くのは大変だった。
  すぐに 人とぶつかってしまう。
  転びそうになったら 抱きつくようにしてささえるしかない。
  そしたらまた ピシッとやられる。
  一度 思いっきりつきとばされて 痛くて痛くて泣きそうになった。
  もういいよ、けんちゃんなんて放っておこう、
  ぶつかればいいさ、先に行っちゃえと手を放したら、
  けんちゃんは人にぶつかりながら必死で追ってきて ぼくの手をにぎった。
  それで何だか かわいそうになってきて、ぼくはていねいに説明してみた。
  「ぼくの左手で けんちゃんの背中をささえて ぼくの右手で 前をささえるよ。
  転びそうになったら、ぎゅっと、やるよ、いい?」
  けんちゃんは、じっと考えた。
  頭の中で一生けんめいイメージしているらしい。
  そして、言った。
  「うん」
  背中に手を回したら、ビクッとしたけど、何とか大丈夫だった。
  そうしてぼくは、こわれやすい大きなお人形を運ぶように
  けんちゃんをささえて歩いていった。
  ようやく 何となくわかってきた。
  ときどきピシッとやられちゃうとき ぼくに悪気はないけれど 
  けんちゃんにも悪気はないんだって。


  この町は、来るたびにギラギラしてくる。
  ちょっと前に美大と服飾専門学校ができてから、
  ハデなかっこうのおにいさんやおねえさんたちがウロウロするようになった。
  ぼくは知ってる。
  村のおじさん達はいつも ミニスカートのおねえさんをさがして 
  キョロキョロしながら歩いてるって。
  よく見たら何人か見つかるらしい。
  特に、布地屋さんのあたりにいるって。
  けんちゃんは、ミニスカートに興味はないみたいだけど、
  こういうギラギラした色がダメみたい。
  それでも、ぐるぐる見てしまって、目を回している。
  ぼくは両手でけんちゃんのからだをしっかりとささえていた。
  うっかりしてると、人の足を ふんでしまう。
  何かガラ悪くってさ、こわいんだよ、この町は。
  ぼくには あのヘンなかっこうの人たちより 
  きちんと白衣を着ているけんちゃんの方が
  よっぽどまともに見えるよ。


  ここの商店街はやたらとガヤガヤしていてウルサイ。
  レコード屋さんからブルーコメッツの「ブルー・シャトー」が
  流れてくるのはまだ許せるとしても、
  道端でギター弾いてジャカジャカやるの、何とかなんないかな?
  はっきり言って、上手じゃないよ。
  けんちゃんは何か音が聞こえてくると、それに合わせて体を動かしてしまう。
  あんまりリズム感がいいとも言えないけれど。
  八百屋さんの前、魚屋さんの前では、
  また吐きそうになって ゲエゲエ言っていた。
  やっぱりニオイに弱いんだね。


  見えるもの、聞こえるもの、におうもの 全てが
  けんちゃんを苦しめていた。
  それなら、見なければいいのに、聞かなければいいのに、
  におわなければいいのに。
  ぼくらはたぶん そうしている。
  だって こうして歩いているとき、
  全部を見たり聞いたりしてしまうわけじゃないだろう?
  だからまっすぐ歩けるのかな?
  でも、けんちゃんにはそれがとてもむずかしいみたい。
  とっても苦しそう。
  かわいそうだから、町を歩くのはやめにして、駅につれて帰ろうと思った。
  でも、待って。本屋さんだけには入りたい・・・


  本屋さんの中は、外の商店街よりずっと静かだった。
  ぼくはとりあえず一番おくまで けんちゃんをつれていった。
  マンガをゆっくり立ち読みしたいんだけど、
  けんちゃんは・・・・・・?
  けんちゃんはもう そこにある本に夢中になっていた。
  「よいこのてつどうずかん」
  ようちえんくらいの子の見る絵本だろうけど、
  けんちゃんはニコニコしながらじーっと見入っている。
  「ぼくはあっちでマンガを見てくるから、ここにいてね」
  けんちゃんには聞こえない。
  3回くらい言ったらようやく、
  「うん」という返事が返ってきた。
  まっ、いいか・・・

  「明治百年記念コーナー」の前を素通りして
  入口近くのマンガ雑誌にとびつく。
  まずは『少年マガジン』。
  最近連載が始まった「天才バカボン」、
  それに「巨人の星」「バットマンX」「ゲゲゲの鬼太郎」。
  『少年サンデー』の「パーマン」。
  『冒険王』の「夕やけ番長」。
  『COM』の「火の鳥」も続きが気になる。
  せっかくだから ぜんぶ読みたい。
  でも、けんちゃん、大丈夫だろうか?
 

  マガジンの読みたいとこをさーっと拾い読みしたところで、
  けんちゃんのほうへ行ってみた。
  大丈夫だ。けんちゃんはじーっと絵本に見入ったまま。
  子どもたちのじゃまになっているけど、けんちゃんは気がつかない。
  絵本の世界にどっぷり入ってしまったようだ。
  ぼくは、「ベトナム戦争」コーナーも「米ソ」コーナーも
  「フーテン」コーナーも素通りして
  マンガのとこに戻る。
  この本屋さんは、よく考えてる本屋さんみたいで
  いろんなテーマのコーナーがある。
  それがおもしろいってかあさんは言ってたけど、
  ぼくにはよくわからないな。


  ぼくはぼくで マンガの世界に入ってしまった。
  「火の鳥」の後で行ってみたとき、絵本コーナーに
  けんちゃんの姿はなかった。
  ぎょっとしたけど、すぐ見つかった。
  けんちゃんは今度は時刻表の世界に入っている。
  もうマンガの読むべきものは読んだから ぼくはすっかり満足していた。
  さて、行こうよ。でも、けんちゃんには聞こえない。
  時刻表の世界から戻ってこられない。


  ずいぶん待った。
  店員さんから白い目で見られるくらいに 店中を立ち読みして回った。
  何にも買わないのに あんまり長く店にいたら マズイよね?
  マンガを買ってもいいけど、母さんがあんまりいい顔しないんだよね。
  と言っても、ちゃんとした本を買うほどのおこづかいはもらってない。
  そのとき、ぼくはすばらしいアイデアを思いついた。
  「ねえ、もう行こうよ。それ 買ってあげるから」
  ぼくは、けんちゃんが見ているのと同じ『ポケット全国時刻表』を買った。
  おこづかい ちょっとは残るけど、痛い出費だ。
  ポケット版の方だからまだよかった。大きいのは高いんだよね。
  こうでもしなければ、けんちゃんはいつまでたっても動こうとしないだろう。
  「これ、買ったから、行こう」
  それでも けんちゃんは動こうとしない。
  「はい、けんちゃんのだよ。
  ずっと見ててもいいんだ。買ったんだから」
  それでも、けんちゃんは動こうとしない。
  そして、手に持っているのを見せて、言った。
  「やだ、これがいい」
  「え? おんなじのだよ」
  「やだ」
  「ほら、おんなじだろう?」
  ぼくは、紙袋から『ポケット全国時刻表』を出して見せた。
  同じ表紙、同じ大きさなのに、けんちゃんときたら、
  「やだ これ」
  と、ゆずらない。
  ぼくはほとほとあきれてしまったが、言い争っても勝てそうにない。
  しかたなく、レジの人に説明して、換えてもらうことにした。


  5
 
  けっきょく、公園の駄菓子屋さんまでつれて来ちゃった。
  けんちゃんは・・・って?
  ほら、そこで『ポケット全国時刻表』をめくっている。
  売店前の藤棚の下のベンチで、ずーっと じーっと。
  足を組んでほお杖ついて ロダンの考える人みたいに。
  初夏のお陽さまが けんちゃんの白衣を
  まわりの何よりも 明るく白く照らしている。
  藤の花房をゆらす風が けんちゃんの黒い髪をやさしくなでていく。
  かなり風変わりだけど なかなか絵になっているかも。


  この駄菓子屋さんは 商店街を通り過ぎて
  ややこしい路地の迷路をぬけた公園の売店の中にある。
  5円や10円で買えるお菓子や、おもちゃがたくさんならんでいる。
  ビー玉とメンコを買いにきたんだけど、時刻表を買っちゃったし、
  お菓子も買いたいから、ビー玉だけでがまんしよう。
  ここの店には、村では買えないめずらしいのがいっぱいあるんだ。
  店番をしているのは ベレー帽をかぶったちょっとかっこいいおじいさん。
  たまにしか来ないのに ぼくの名前をちゃんとおぼえてくれている。
  「やあ、アキラ、ひさしぶりだな。その人は? きみのにいさん?」
  「こんにちは。にいさんじゃないよ。けんちゃんだよ」
  「へえ、お医者さん? 薬屋さん?」
  「汽車の、運転士さん」
  おじいさんは首をかしげた。とうぜんだ。


  藤棚の下の別のベンチでは、
  派手なかっこうの二人のおにいさんが コーヒーを飲んでいる。
  おじいさんが煎れてくれるコーヒーはおいしいと評判だ。
  ギターを持っているけれど、弾かない。
  ここではいつも ビートルズのLPレコードがかかっているから。
  そこへ二人のミニスカートのおねえさんが駆けてきた。
  コーヒーを注文して ベンチに座って足を組むと、
  おにいさんたちは口笛を吹いてヒョオと喜んだ。
  けんちゃんは知らんぷりで『ポケット全国時刻表』を見ている。
 

  ビー玉とカネボウハリスガムを買ったら おじいさんが
  特別サービスでラムネを2本くれた。
  すごいサービスだ。
  「いつも遠いとこからわざわざ来てくれてありがとう。
  そっちの・・・けんちゃんにもどうぞ」
  「ありがとう、おじいさん」
  このおじいさんは、実は大学のえらい先生で、
  日曜日だけ 息子さんのやっているこの店に来て
  しゅみで店番をやっているとのうわさだ。
  何やらむずかしそうな外国語の本を読んでいる。
  けんちゃんとちがって、お客がきたらすぐ本をおいて 相手をしてくれる。
  今読んでいるのは、Bで始まる名前の人が書いた本らしい。
  「その本、何語? おもしろいの?」
  「ドイツ語だよ。つまらない本だ」
  それなら 読まなければいいのにね。


  ぼくは、けんちゃんにラムネを渡した。
  けんちゃんは『ポケット全国時刻表』を閉じて、
  ぼくがゴクゴク飲んでいるのをうらやましそうに見ていた。
  けんちゃんは、栓の開け方がわからないようだった。
  しょうがないなあ、開けてあげるよ。
  プラスティックの短い棒でガラス玉を押そうとすると、
  けんちゃんは耳をふさいで 目を閉じた。
  こわいの?
  ビー玉はすぐにラムネの中に落ちて、コロコロとすてきな音を鳴らした。
  けんちゃんは一口飲んで、
  「ビー玉」
  と、言った。
  「そうだよ。ほら」
  ぼくは、買ったばかりのカラフルなビー玉を見せた。
  すると、けんちゃんはポケットから
  ビー玉くらいの大きさの透明なガラスの玉を出して、
  てのひらの上で転がして見せた。
  それは、ぼくのビー玉より 明るくきらきら輝いていた。
  「ビー玉?」
  と聞くと、けんちゃんはすぐに答えた。
  「ちがう。完全真空玉」
  「かんぜんしんくうだま?」
  「この玉の内部は完全な真空状態。
  この中に互いに反対方向に回転する永久回転運動粒子を2個封じ込めると、
  衝突によって、永久回転運動エネルギーが生じる」


  「え?」
  けんちゃんは何を言ってるんだろう? 
  よくわからないけど 理科の話みたいだ。
  「えいきゅうかいてんうんどうりゅうし?
  そんなの どこにあるの? どうやってその玉に入れるの?」
  「ほら、ここに」
  けんちゃんは、すっと立ち上がって、光の中に手をのばした。
  そして、その手に何かをつかみとった。
  けんちゃんにはそれが見えるらしい。
  いや、まさかそんな夢みたいなことが・・・?
  けんちゃんは つかみ取った何かを大切に左の手ににぎりしめていた。
  そして、宙を見上げて指さして、
  「ほら、あそこにも」
  と言った。
  え? どこ? どこ? ぼくには何にも見えないよ。
  けんちゃんの目は、運転するときのように
  きらきらと輝いていた。
  ビー玉よりも、完全真空玉よりも ずっと明るく。
  けんちゃんの黒いひとみは、深く深く透明に澄んでいた。
  けんちゃんのその目には見えるのだろうか?
  永久回転運動粒子とか、ぼくらには見えない不思議なものが 
  いっぱい宙に浮かんでいるのが。
  「ほら、あそこ!」
  けんちゃんは突然 助走して、右手を上げてジャンプして、
  何かをつかんで着地した。
  そして、両手を合わせて、右の手ににぎりしめたそれと
  左の手にある別のものとを一緒にした。
  「ほら、あったかいだろう?」
  けんちゃんは、握り合わせた手をぼくのほっぺにあてた。
  うん、たしかにあったかい。というか・・・あつい!
  けんちゃんは、両手をにぎり合わせたまま、
  白衣のポケットに入れた。
  何やらごそごそやった後、ポケットからさっきの透明なガラスの玉を出した。
  「この完全真空玉には、最小単位の永久回転運動エネルギーが
  内蔵されている。動力機構に接続することによって、永続的な運動が可能となる」
  ???
  何言ってるの? ふざけてるの? 
  ちょっと 時間をかけて考えてみたら、
  けんちゃんの言ったむずかしい言葉の意味が 
  何となくわかったけど、それで余計に、
  そんなSFみたいなこと うそに決まってる という気がしてきた。
  だいたい、永久回転運動粒子なんて、あるはずないし、見えるはずもない。
  それに、どうやってそれを真空玉に入れたんだよ?


  けんちゃんは、藤棚の下のベンチに戻って、ラムネを飲んだ。
  ラムネをのみほすと、けんちゃんはビー玉が入ったラムネびんをゆらして
  カラカラならして 楽しんでいた。
  カラカラ カラカラ なんどやってもあきないらしい。
  ニコニコして、ずっとそれを続けている。
  最小単位の永久回転運動エネルギーが内蔵されている完全真空玉を
  ポケットに入れたまま。
  そのすごい玉の存在をもう忘れてしまったかのように、
  今はみどり色のラムネびんの
  エネルギーが内蔵されているわけでもない ただのビー玉に夢中になっている。
 

  ベンチでコーヒーを飲んでいた おにいさんたちは
  後から来たおねえさんたちと すっかりなかよくなって
  四人で楽しそうに おしゃべりしていた。
  うるさいくらいに ゲラゲラわらって。
  この人たち、けんちゃんと同じくらいの年かな? 
  でも、なんてちがっているのだろう?
  けんちゃんは 何から何まで変わっている。
  こういうふつうの人たちとくらべて。


  四人は、おじいさんの駄菓子屋さんに入って
  しばらくしたら きゃあきゃあ言いながら出てきた。
  「なつかしいわあ。子どものときによく行ったのよ」
  「そんなにいろいろ買っちゃって どうするのよお?」
  「遊ぶのさ」
  「おもしろそう。あそぼ、あそぼ」
  「その、ショッキングピンクの玉は、何?」
  「かんしゃく玉だよ」
  「おもしろいんだぜ。ほら、こうやって・・・」
  ギターを持っていたおにいさんが
  野球のピッチャーのまねをしたかっこうで玉を投げた。
  地面にたたきつけられた かんしゃく玉は、
  火薬のにおいのする煙を上げて パァーンと音を立ててはねた。
  それは ぼくらの方にもとんできた。
  一つはちょうど けんちゃんの足もとで
  パァーンと 炸裂した。
  けんちゃんは一瞬、こおりついたような顔をして
  両手で耳を 顔をおおった。
  そして、
  「ウワアアアアアー!」
  と、この世の終わりが来たかのような叫び声をあげた。
  ラムネのびんが地面に落ちて、われた。 


  「なんだなんだ? かんしゃく玉でかんしゃくか?」
  許せないことに、そいつはもう一度 かんしゃく玉を投げた。
  今度は、はっきり けんちゃんの方にむかって。
  けんちゃんは、悲鳴をあげながら
  けむりの届かないところへ走って逃げて、
  うずくまって大泣きした。
  「ウワア! ウワアーーー!」
  かんの強い赤ん坊のような泣き方だ。


  「やめてよ! ひどいよ!」
  ぼくはそいつに飛びかかった。一発ポカッとなぐってしまった。
  すぐに相棒に取りおさえられたけど。
  「やめなさいよ、子どもに乱暴なことするのは。
  だいたい、あんたがわるいのよ。
  だれだってこわいわよ。そんな野蛮なおもちゃ投げつけられたら」
  と、ミニスカートのおねえさんが言った。
  「ごめんよ」
  と、そいつはすぐにあやまったけど、あやまってすむことかよぉ? 
  かわいそうに、けんちゃんはまだ泣いている。
  ごめんよ、ごめんよ と何度もあやまったけど、
  けんちゃんはまだ泣いている。
  そのうち あやまるのにもあきたらしい。
  「こいつ、本当にどこかおかしいんじゃないの?
  ちょっとからかっただけなのに」


  いいかげん頭にきたからもう一度なぐってやろうと思った。
  そこへ突然、駄菓子屋のおじいさんが出て来て、
  そいつの頭にげんこつを食らわせた。
  「このばかもの!」
  「ってー! なにすんだよ?」
  「かんしゃく玉は、人に向けて投げてはいけない。
  そんな最小限のルール 子供でも知ってるぞ」
  「スミマセン」
  おじいさんは、説教をはじめた。
  「かんしゃく玉っておもちゃはな、言ってみれば平和の象徴なんだ。
  戦争がおわって5年ほどは、少しも売れなかった。
  空襲を思い出すのがこわかったんだろうな。
  でも、今ではもう そういう子供も大人になった。
  かんしゃく玉ってのはひどいおもちゃだが
  これで子供が遊べるってことは平和だってことだ。
  それなのに、いい大人がなんてことするんだ?」
  「オレ、昭和20年生まれだけど、空襲のことなんて
  おぼえちゃいないな。赤ん坊のオレをだいて逃げ回ったって
  親に聞いたことはあるけど」
  「あったりまえじゃない。おぼえてるはずないわよ。
  あかんぼのときのことなんて」
  「でも、中には、そういう心の傷がまだいやされてない人もいるんだ。
  おぼえておけ!」
  「ハ、ハイ・・・・・・」
  四人組はしんみょうな顔をして聞いていたが、わかったのだろうか?
  「それと、アキラ」
  「え?」
  「けんちゃんだっけ? その人にはやさしくしてあげなさい」
  おじいさんは、それだけ言うと、店の中にひっこんだ。
  やさしくしてあげてるつもりだけど・・・・・・
  けんちゃんって、もしかしてそういう人なの?
  戦争のときの心の傷がまだいやされていない人なの?
  でも、年はこの昭和20年生まれの人と変わらないように見えるけど。


  けんちゃんは、泣きやまなかった。
  「ごめんよ」
  と、あいつがきてさっきよりも心のこもった声であやまった。
  「ごめんなさいねえ」
  と、ミニスカートのおねえさんもいっしょにあやまった。
  ピンクのスカートの方のおねえさんが
  ヒックヒック泣いている けんちゃんのせなかをさすってあげようとした。
  けんちゃんはびくっとして、その手をピシッとはらいのけて
  そしていっそう大きな声で泣いた。
  「なによう? ひとがせっかく・・・」
  おねえさんはふてくされてしまった。
  すっかり白けてしまった四人組は、二組のカップルになって去っていった。
  ビートルズの曲をハミングしながら。
  泣きやまないけんちゃんとちがって、とても幸せそうだった。


  どうしよう? 
  けんちゃんは泣いている。
  「ねえ、もう行こうよ。駅にもどろうよ」
  けんちゃんは泣いている。
  「ねえ、もうすぐ11時だから」
  けんちゃんは泣いている。
  「ねえったら」
  けんちゃんは泣いている。
  「10時57分だよ」
  時間を分単位で言うと、たちまち けんちゃんは泣くのをやめた。
  そして、突然立ち上がって、すごいスピードで走り出した。
  ちょっと! だめだよ、ひとりで行っちゃ。道がわかるはずないだろう?
  駅からこの公園までの道は、遠くはないけどややこしくて
  ぼくだって何度も迷子になったんだから。
  待って、待ってよ。つれてかえってあげるから
  けんちゃん!

 


  6

  「けんちゃん! けんちゃん!」
  ぼくは、ギラギラした商店街の中をさまよいながら
  けんちゃんをさがした。
  けんちゃんは、まっすぐ歩けない。
  ましてや、人ごみの中、だれにもぶつからないで走れるはずがない。
  道に迷ってしまうにちがいない。
  そしてまた、大声で泣き叫ぶのかも。
  でも、もし何かあったら、すぐにわかるはずだ。
  遠目に見ても けんちゃんは ぜったいに目立つ。
  けれども、けんちゃんの姿はどこにもない。
  ややこしい路地に入ってしまったのだろうか?
  「けんちゃん!」
  ぼくは泣きそうになって、その名を呼びつづけた。
 

  「おんや、アキラくん」
  駅もだいぶ近くなったところで、村のおじさんにばったり会った。
  「けんちゃんを、見なかった?」
  「ちょっと前に、走って行ったべ」
  「どっちに?」
  「駅の方だべ。もうじき発車時刻だんべ、
  急いで戻っていっただべさ。
  いんや、すごい責任感だべ。男だべ!」
  「ありがと!」


  息咳切って駅まで戻り、3番線ホームに駆けつけると、
  いた!
  運転席にはまぎれもなく、白衣を着たけんちゃんの姿が。
  ぼくは汽車に飛び乗った。


  その瞬間、発車時刻はまだなのに、
  汽車が動いた。
  え?


  ・・・・・・


  ぼくは目をうたがった。
  車窓には、見たこともない光景が果てしなく広がっている。
  ここはどこ?
  暗い。村の夜より真っ暗だ。
  でも、明るい。
  いく筋もの明るい光が、暗い空(くう)を流れてゆく。
  それはいろいろな色で、速さで いく筋もいく筋も飛び交って
  流れては消える。
  流れ星? 
  ここはどこ?
  ぼくらを乗せて汽車が走っているのは 
  どこ?
  海底?
  宇宙?
  異次元の空間?
  ねえ、ここはどこなの?
  どうやって ぼくらはここにきたの?
  けんちゃん?!

  けんちゃんは じっと前を見て 運転を続けている。
  黒い目をきらきらきらきらかがやかせて。 
 
  (Part2 完)

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