けんちゃんと流星急行

第一部



PartV

時を超えて 光を超えて




  1 ここはどこ?

  汽車 汽車 走るよ
  光を超えて
  ここはどこ?
  海の底?
  宇宙の果て?
  真っ暗だけど とても明るい
  きらきら きらきら 流れてゆく
   無数の星たち
  ぼくらもいっしょに 流れてゆく
  きらめく流れ星になって

  走る 走るよ 汽車は走る
  時を超えて
  ここはどこ? 帰れるの?
  果てしない 広がりと 深まりの中
  気の遠くなるような 時間と空間
  ぼくらは たった二人きりで
  一体どこまでゆくのだろう?


  ほんとうに、どこへ?
  ねえ、どこへ?
  ここはどこなの? 教えてよ!
  こわい、こわいよ。さみしいよ・・・
  一体ぼくを どこに連れてゆくつもりなの?
  けんちゃん!

 
  けんちゃんは、じっと前を見て運転している。
  黒い目をきらきらきらきら輝かせて。
  ニコニコしていて、何だかとっても楽しそうだ。
  こんなにわけのわからない所を運転しているというのに、
  ちっともこわくないみたいだ。


  そうして けんちゃんを見ているうちに、
  ぼくも何だかこわくなくなってきた。
  だいじょうぶだよ。だいじょうぶ。
  けんちゃんは、ちゃんとぼくを連れて帰ってくれる。
  だいじょうぶだよ、だいじょうぶ。
  あ また流れ星。
  きれいだ。
  でも、けんちゃんの 黒い目のほうが
  きれいかもしれない。



  2 絶対的にユニークな軌道

  ぼくはじっとけんちゃんだけを見ていた。
  ほんとうに うれしそうだ。
  そのうち けんちゃんは マスコンからもブレーキからも
  手をはなして 笑顔のままで前を見ていた。
  そして、運転室から出てきた。
  そこで あたりまえのことだが、
  ぼくとバッタリ出会ってしまった。


  「ボク?!」
  けんちゃんはびっくりした。
  ボク・・・って、ぼくのこと?
  「どうして ボクがここに?」
  それはぼくのほうが聞きたい。
  それより、ぼくの名前 おぼえてないんだね。
  みんながぼくを「アキラ」と呼ぶのを聞いてないはずがないのに。
  「どうして ボクが?」
  だからぁ、それを聞きたいのはぼくの方だって!


  けんちゃんは、いきなり ぼくのとなりにすわった。
  「あの、運転しなくてもいいの?」
  「軌道に乗ったから」
  「ぶつかったりしない? あの、きらきら流れてゆくのに」
  「だいじょうぶ。軌道は全てユニークだ」
  「はあ?」
  けんちゃんは、またわけのわからないことをしゃべり始めた。
  「この次元においては、物質も気質も全て
  独自の軌道を飛行する。
  何物もけっして衝突することはない
  絶対的にユニークな軌道」


  わからない・・・わからない・・・
  けんちゃんは一体 何を言ってるんだ?
  「でも どうして ボクがここに?」
  「それを聞きたいのは ぼくのほうだよ。
  けんちゃんが道に迷うといけないから、追いかけてきて、
  ようやく見つけたから、乗ったんだよ。
  そしたら、汽車が動いたんだ。
  それで気がついたらこんなところに。
  ねえ、ここはいったいどこなの?」
  「ここは・・・」
  けんちゃんは、ちょっと考えた。そしてきっぱりと言った。
  「わからない」


  「ボクには、わからない」
  ええっ? わからないって、そんな・・・
  でも、けんちゃんが次に言った言葉。
  「けんちゃんには、わかる」
  ???
  何を言ってるんだ? 
  矛盾してるって言うんだよね、こういうのって? 
  ・・・いや、ちがう。
  ちょっと考えたら、すぐわかった。
  つまり、けんちゃんの言葉では、
  ぼくのことを「ボク」と呼んで、自分のことを「けんちゃん」と言う。
  「きみにはわからないけど、ぼくにはわかる」
  ということ。
 
 
  ぼくには だんだんけんちゃんの言葉がわかってきた。
  でも、こんなふうに特別な言葉ばかりしゃべってたんじゃ、
  人と会話できないじゃないか?
  今まで どうやって生きてきたんだろう?
  3年生のときの担任の先生が いつもこんなことを言ってたっけ。
  「人間の能力のうち最もすばらしいのは、コミュニケーションの力です。
  人はおたがいに心を通わせることで、力を合わせることができます。
  戦争に負けてボロボロになっても りっぱに立ち直ることができたのは、
  みんなで心と力を合わせてがんばったからです。
  一人一人の頭の良さよりも、みんなでがんばれるということが大切なのです。 
  だから、みんなで心と力を合わせて いいクラスにしましょうね。
  そのためにはまず、友だちとのコミュニケーションが大切。
  おたがいの目を見て、とにかく何でも話してみれば 心も通じます。
  それができない人はダメです。
  話し合えるということは、人間にしかできない すばらしい能力なのです」
  うんうんそうだ、とぼくも聞いていた。


  でもね、このクラスはいいクラスにならなかった。
  何でもかんでも みんなのため! 多数決! でやってたんだけど、
  一人だけ どうしても はみ出しちゃう子がいたんだ。
  気がついたら、その子をみんなで(先生までも)よってたかって
  いじめてしまうクラスになっていて、何だかすごくいやだった。
  みんなのため・・・って言いながら、一人一人を大事にはしないんだ。
  もし、あのクラスにけんちゃんがいたら、
  あの子よりもひどく いじめられていたにちがいない。
  人とコミュニケーションする能力というのが、
  はっきり言ってけんちゃんにはない。
  全くないわけじゃないけど、クラスではぜったいビリだ。
  ビリっていうのは、いじめられやすいんだよね。
  そして、ビリなことがあるのに 勉強は一番だったりすると、
  よけいにいじめられたりする。 


  でもさ、一人で汽車を運転しているぶんには
  コミュニケーションの能力って、あんまり関係ないみたい。
  けんちゃんは、汽車の運転士さんとして、立派に村の役にたっている。
  けんちゃんがいなかったら、村営鉄道は休業になるところだった。
  村の人たちも、ぼくが通訳してあげないと、けんちゃんと話すのはむずかしいけど、
  それでも、みんな けんちゃんが大好きなんだ。
  それに、けんちゃんだって、人とまったく話ができないわけではない。
  けんちゃんの言葉はわかりにくいけど、なれてきたら何となくわかる。
  それでもいいような気がしてきた。こんな人がいても別にいいじゃないか。
  こんな人はダメです なんて言っちゃいけない。
 

  えーと、何の話をしてたんだっけ?
  そうそう、ここはどこかという話。
  言葉では説明できないって? 
  どうせ言ってもぼくにはわからないって?
  えーい、もう一回聞いちゃえ!
  「ここは、どこなの? どうやって、来たの?」
  「ボクには わからない。
  数学的には証明可能だが、公式だけでは説明不能だ。
  Nも、わからなかった」
  「エヌ?」
  「友だち、だった人」
  「彼には理解できなかった。
  けんちゃんには、わからない。どう言えば理解できるように説明できるのか。
  だから、だれも信じない。
  行って、帰ってきたと言っても、だれも信じない。
  でも、ボクには、理解できる。今、ここにいるから。
  説明できなくても、ボクにはわかる。
  今、ここに、けんちゃんと、いるから。
  けんちゃんと同じものが ぼくには見える。
  ほら あの流星」

 
  また一つ星が流れた。
  そして、いくつも いくつも 車窓をかすめて流れていった。
  数えきれないほどの光が交錯する中、
  ぼくらの汽車も流星の一つとなって、
  空間とも時間ともわからないところを流れてゆく。
  何ものにも衝突することのない 
  絶対的にユニークな軌道に乗って。

 

  3 青い流星B17号

  汽車 汽車 走るよ
  絶対的にユニークな軌道に乗って
  光を超えて 時を超えて
  時間 空間 無限に続く
  果てしない永遠を
  ぼくらは旅する

  走る 走るよ 汽車は走る
  星はきらめき 流れてゆく
  それぞれの唯一無二な軌道に乗って
  ぼくらも ひとつの星になって
  ぼくらの軌道を 走ってゆく
  瞬間のきらめきを 永遠の流れに変えて
  ぼくらの流星急行で

 
  結局――
  ここがどこなのかはわからない。
  数学的には説明可能 だけど、
  ぼくには言ってもわからない らしい。
  ぼくは今、確かにけんちゃんといっしょにいて
  同じものを見ている。
  でも、けんちゃんには悪いけど、
  目の前に広がる光景が 現実のものだなんて
  とても信じられなかったし 理解することなんてできやしない。
  ぼくはただ 感じることができるだけだ。
  けんちゃんの不思議な世界を
  ただ 美しい 
  と。


  夢 だよ。
  そう、きっと夢の中にいるんだ。
  汽車の中で居眠りしちゃって 夢を見ているところなんだ。
  だとしたら、なんてすてきな夢だろう。
  まだとうぶん 目覚めたくない。
  けんちゃんと二人で この暗くて明るい不思議な世界を
  ずっとずっと 旅していたい・・・・・・


  「帰れるの?」
  ここはどこかと聞くのはもうやめにした。
  けんちゃんの言うとおり、たとえ夢の中だとしても
  ぼくは今たしかに ここにいる。
  けんちゃんと二人きりで 流星急行に乗っている。
  それはたしかなことだから 場所の名まえなんてどうでもいい。
  「元のところに回帰できるように 軌道を設定した。
  でも、設定が完全ではないから、若干の誤差は生じる。
  時間的にはナノセコンド単位、空間的にはナノメーター単位の
  微小な誤差だが・・・」
  「よくわかんないけど、元の世界にもどれるんだね?
  行ったきりということはないんだよね?」


  でもぼくは、ほんとうは このまま行ったきりになっても
  悪くないような気がしていた。
  どこまでも どこまでも けんちゃんと飛んでいくのも
  悪くないような気がしていた。
  ずっと夢の中にいるのも悪くないなって。
  そして、もしかしたら、けんちゃんも
  同じことを考えているんじゃないだろうか と思った。
  でも、けんちゃんは、
  「軌道は必ず、円環を閉じるように設定する。
  終わりがないのはこわいから」
  と、静かな声で言った。


  けんちゃんは、ポケットから透明なガラスの玉を取り出した。
  そして、窓を少し開けて、すき間から外へ送り出した。
  車窓の向こうで ガラスの玉はたちまちに 明るく大きくなっていって
  一つの青い星になった。
  青い星は、ぼくらの横で輝いていた。
  右側の車窓は 青い流星の青い光に照らされて、
  車内は明るく、あたたかくなっていた。
  青い流星の中には、ゆらゆらと回転するまだらな影があって、
  それは月の模様のように色々な形に見えた。
  ときにはさっそうと駈ける馬のようでもあり、おそろしい毒さそりのようでもあった。
  つばさを広げた鳥のようにも見えたし、髪の長い人魚のようにも見えた。
  ぼくは夢の中の世界を楽しもうとしていた。
  こんなことが現実であるはずがない。
  現実にしては、美しすぎる。
 

  青い星はぼくらを青く照らしながら、
  少しずつだが確実に 大きくなっていった。
  「だいじょうぶなの? こんなに近くて」
  「軌道はしばらく互いに平行になるように設定した。
  でも、永続的に ではない。
  流星B17号の軌道は、けんちゃんの汽車よりもずっと大きい。
  けんちゃんの軌道はすぐに閉じるように設定した。
  でも、流星B17号の絶大なる永久運動エネルギーを
  あの有限の空間にもどすことはもはや不可能だ。危険すぎる」
  「流星B17号は、これからどうなるの?」
  「永久に回転運動を継続する。エネルギーは無限大に増大していく。
  ある一時期において、安定したエネルギー源を保有するに至り、
  おそらく恒星となって、三十個以内の惑星の中心となって
  エネルギーを供給する。
  惑星のいくつかには生命が発生し、そのいくつかは文明を築く」
  何だか頭がクラクラしてきた。
  なんて壮大な話なんだろう。たった一個のビー玉のようなガラスの玉が
  太陽になって、惑星の中心となり、生命を、そして文明を生む
  エネルギーになるなんて



  4 ライオンの星座 トラの星座

  けんちゃんは、青い流星の軌道とは反対側の車窓から
  外の世界をじっと見ていた。
  「ライオンの、群れ」
  「え?」
  「ライオンの群れ。ライオンの大家族」
  「え 何のこと?」
  「あそこ」


  けんちゃんは たくさんの星が止まっていて
  きらきらひかっているところを 指さして言った。
  「ライオンなんて どこにもいないよ」
  「ここにはここの星座がある」
  「星座?」
  「あの星 あの星 あれと あれと あれ・・・
  つないでいくと ライオンの群れになる」
  つないでみたけど、うまくイメージできない。
  星がただかがやいているだけで
  ライオンの群れにはとても見えない。
  ここでも けんちゃんの目には ぼくに見えないものが見えるらしい。


  「あ トラ」
  けんちゃんは 別の星座を指さした。
  ぼくにはやっぱり トラには見えない。
  「トラの群れ?」
  「トラは、群れない。一頭だけで生きる動物だから」
  そういえば、そうだった。
  動物園でも トラは一頭ずつ飼われていたっけ。
  「トラは、ライオンよりも強い」
  「うん、そうだよね。体もライオンより大きいんだよね?」
  「トラはライオンをおそわない」
  「うん・・・」
  「でも ライオンはわからない」
  「そうなの?」
  「群れが飢えたら そこへ一頭のトラがきたら
  おそって殺して 食べるかも知れない。
  強さの係数をyとして、ライオンがyなら、トラは1.3yである。
  一頭どうしなら トラの方が強い。
  でも ライオンが群れでおそってきたら、
  仮に雄が三頭きたとしたら、3yは1.3yをはるかにしのぐ。
  トラは殺される」
  小学四年生にはむずかしい話だが、ぼくは算数は得意なので、
  何となくわかった。
  そして、すごく悲しい話をしているということも。
  けんちゃんはちっとも 悲しそうじゃないないけれど。
  「でも ここではだいじょうぶ。星座の星もゆっくりだが
  周期的に移動している。
  でも、軌道は絶対的にユニークだから、別個の方程式によって定義される。
  ライオンにも、トラにも絶対的にユニークな座標が常に確保されているから、
  トラは殺されない。
  赤い いちご。おいしかった」


  いちご? ライオンとトラの話をしてたんじゃないの?
  急に話題 変えないでよ。
  せっかく いい話だなと思って しんみょうに聞いていたのに
  「ボクのいちごはおいしかったけど ワタシのいちごはおいしくなかった」
  えーと・・・たぶんだれか、自分のことをワタシと言っているおばさんが
  けんちゃんにいちごをあげたのだろう。
  そして、それはおいしくなかったということ。
  ぼくはだんだんに、けんちゃんの言葉がわかるようになってきた。
  そして、だんだんに、
  そのたびに ??? と思わなくてもすむようになってきた。
  ハッキリ言って変な日本語だ。
  もし、クラスにこんなふうにしゃべる子がいたら、
  「ちがうよ、こういうときには、こう話すんだよ」とか、
  「話題を急に変えちゃいけないよ」とか、
  教えてあげたくなるだろう。
  こういうことって、直さなければいじめられるから。
  でも、こんなにもちがう世界を持っているけんちゃんに、
  ふつうにしゃべれというのは無理かもしれない。
  わかりにくいけんちゃんの言葉も わかりたいと思って、
  ほんの少し頭をひねってみれば、だんだんわかるようになってくる。
  だから、けんちゃんのしゃべり方を無理矢理に変えさせるより、
  ぼくらの方ががんばってあげればいいんじゃないかな? 
  という気がしてきた。
 

  今旅しているこの世界――
  絶対的にユニークな軌道を流星が周行する、
  時間と空間の区別もつかない不思議な世界では、
  けんちゃんは生き生きとして楽しそうで、自分からお話もしてくれる。
  けんちゃんは、ぼくらが考えもつかないような、 
  テレビに出てくる天才博士でも ウルトラセブンでも実現できないような、 
  すごいことを考えて、そしてやってしまう。
  それが、ぼくらの世界では・・・?
  ひとたび汽車をおりたら、線路をはなれたら、
  ちょっと町を歩くことだって、けんちゃんには大変なんだ。
  それでも歩かないわけにはいかないから、
  けんちゃんは、いつも けんちゃんなりに がんばっているんだと思う。
  だから、ぼくらも けんちゃんのためにがんばってみなくっちゃ。
  はっきり言って大変だけど、
  たとえみんながあきらめても ぼくはあきらめないよ。



  5 SLに乗った子どもたち
 
  「ほら、蒸気機関車」
  「え? どこ?」
  けんちゃんの指さす方を見たら、
  黒いSLがいくつもの小さな星のけむりをはいて
  ぼくらの流星急行とすれ違っていった。
  けんちゃんは、手をふっていた。
  「だれかいるの?」
  「子どもが二人。一人は赤い帽子をかぶっている」
  すれちがった後、だんだん遠くへはなれていくSLの窓をじっと見てみたが、
  ぼくには何も見えなかった。でも、けんちゃんがそう言うのだから、
  きっと本当に、子どもが二人乗ってるんだ。
  一人は赤い帽子をかぶっている。
  幻なんかじゃない。けんちゃんの目には見えるんだ。

 
  SLは遠くはなれたところで、ぼくらと同じ方向に走っていった。
  そういう軌道になっているらしい。
  SLの煙突から出てくる星のけむりは、
  一つ一つの小さな星が、いろんな色にきらきらとまたたきながら、
  それぞれの軌道を流れてゆく。


  ぼくとけんちゃんは 遠くを並んで走るSLをじっと目で追っていた。
  「あ」
  突然 けんちゃんが立ち上がった。
  「だめだ」
  「え?」
  何か起こったの?
  ぼくにはただ さっきと同じように流星のけむりをはくSLが
  遠くを並んで走っているようにしか見えない。
  「だめだ、だめだ、だめだ!」
  けんちゃんの声はだんだん大きくなっていった。
  「どうしたの?」
  「だめだ、そんなに大きくドアを開けてはだめだ!」
  けんちゃんは、SLに乗っている子どもたちを見ているらしい。
  ぼくには何も見えないけれど。
  「だめだ、だめだ、だめだ、あああ!」
  けんちゃんは両手で目をおおった。
  「どうしたの? ぼくには何も見えないよ」
  「飛びおりた。赤い帽子の子ども」
 

  ええっ? 飛びおりたって・・・?
  「もう 見えない・・・」
  けんちゃんは、涙をいっぱいためた目で 遠くを見た。
  SLの姿は、小さく小さく なっていくけれど、
  まだ見えるところにあった。
  「飛びおりたら、どうなるの?」
  「わからない」
  「え?」
  「わからないから こわい」
  「SLは?」
  「蒸気機関車は、蒸気機関車の軌道をゆく。
  そして円環が閉じるとき、元の世界へ回帰する。
  あの動きでは、数分の誤差が生じると推測される。
  もうひとりの子どもは、じきに元のところへ着く。
  ひとりで」
  「飛びおりた子どもは?
  「・・・わからない・・・」
  「星になるの?」
  と、ぼくは思いついたことを聞いてみた。
  「星に?」
  けんちゃんは首をかしげた。
  「わからない。わからないから こわい」
  「星になれるのなら、ぼくは飛びおりてみてもいいな」
  ぼくはあまり考えないで、夢みたいなことを言っていた。
  「だめだ!」
  けんちゃんは怒った。
  「だめだ、だめだ、だめだ!」
  けんちゃんは本気で怒った。
  「ボクは飛びおりてはいけない。
  いなくなったら だめだ。
  けんちゃんは、どうしたらいいのか わからない
  わからない・・・
  ほら、もうひとりの子どもが泣いている
  わからない わからないと・・・」

  ちがうんじゃないかな?
  さみしい 悲しいって 泣いてるんじゃないかな?
  だって さみしいに決まっている。
  こんな空間とも時間ともつかないところの真ん中に、
  絶対的にユニークな軌道の上に、
  たったひとりで残されたなら。
  ぼくだって泣いちゃうよ。
  飛びおりた子は、一体どうなったのだろうか?
  流星になって
  この無限の空間の中 たったひとりの旅が始まったのだろうか?
  絶対的にユニークな軌道に乗って。
  子どもの姿は ぼくには見えない。
  それでも色々 想像してしまう。
  そして何だかぼくも すごくさみしくなってきた。
 


  6 惑星におりてみた?

  それから どれほどの時間がたったのか ぼくにはわからない。
  けんちゃんに聞いてみたら、
  「理論的には、ここで時間はカウントできない」
  なんて言うから、よけいにわけがわからなくなってきた。
  けんちゃんが帰れると言うのだから
  元の場所にもどれるんだろうけど、
  けんちゃんがいるから ひとりぼっちではないんだけど
  やっぱり やっぱりさみしいよ。
  今は青い流星があたたかく照らしてくれるけど
  いつかは軌道が分かれるのだし。


  「ねえ」
  と言うと、けんちゃんは左側の車窓をながめたまま、
  「うん」
  と言った。
  「どこかの星に、おりてみない?」
  「惑星に? 恒星は無理だ」
  「そ、そう。どこかの惑星に」
  「いやだ」
  「むりなの?」
  「不可能ではない。理論的にも技術的にも可能だ。
  でも」
  「でも?」
  「いやだ、こわい」
  「こわい?」
  「こんな汽車がいきなり空からおりて来たら、人はおどろく。
  たくさんの人がよってくる。
  そうなったら、どうしたらいいのかわからない。
  それに、ボクはぜったいに惑星にはおりない方がいい」
  「どうして?」
  「惑星におりると、重力の作用で時間の影響を受ける。
  その惑星に滞在する時間分、ボクは年をとる」
  「すぐに発車したらいいじゃないか?」
  「だめだ。ケンちゃんは、惑星には、おりたくない」
  「地球だって、惑星だよ」
  「ケンちゃんは、惑星には、おりたくない」


  「そんなの おりてみなくっちゃ わからないじゃないか。
  案外おもしろいかも知れないよ」
  「うん、おりてみなければわからなかった」
  「おりてみたことが、あるの?」
  「おりてみたことが、ある」
  惑星におりてみたことが本当にあるって?
  まさか、そんな、SFみたいなことが・・・
  ぼくはまだ、今いるのは夢の世界だと思っていた。
  見るもの 聞くこと あまりにも幻想的で
  とても現実のこととは 思えなかったから。
  けんちゃんは、惑星に行ったときの話を始めた。


  「太陽系第三惑星は、けんちゃんには適合しない。
  他の惑星はどうだろうかと、思った。
  それで、太陽に酷似した恒星の第三惑星に着陸してみた。 
  そしたら、すぐに人々がやってきた。
  たくさんの たくさんの人々。
  でも、地球人によく似た人々。
  地球人と同じように けんちゃんにはよくわからない言葉をしゃべった。
  人々の一人が けんちゃんの 手をひっぱって つれてゆこうとした。
  こわかった。指関節が、いたかった。
  だから 大声で さけんだ。
  そしたら、全員がわらった。地球人と同じように。
  いたかった。大脳皮質が、いたかった。内耳が、いたかった。
  それで、わけがわからなくなって 大声で わーっとなって・・・
  気がついたら もう人々は中にはいなかった。
  外には まだ たくさんの人々がいた。
  B音とG音のサイレンを鳴らして 車がきた」
  「それで?」
  「にげた」
  「にげれるの?」
  「理論的にも技術的にも瞬時の次元移動は可能だ。
  けんちゃんは、瞬時に消えた。あの惑星には何も残さなかった。
  人々の脳内の長期記憶の部位には、保存されているかもしれない。
  でも、全員じゃない。人の脳には、忘れる機能がある、らしい。
  けんちゃんには、それがない」


  けんちゃんが話してくれたのは SF小説に出てきそうな 
  ファンタジックなシーンだけど、
  ぼくにはすごくリアルな感じもした。
  言葉もわからない異星の人が めずらしがって おおぜい乗り込んできて、
  いきなり手をつかまれて 連れて行かれそうになったら、
  けんちゃんは がまんできないだろう。
  そう 大声をあげて 暴れてしまう。
  それで 恐がって みんながおりてしまう。
  そして、パトカーがくる。
  それはいかにもありそうな話で、
  ぼくには本当のことのように思い描くことができた。 


  「それ、いつの話?」
  「それ、七にち前の話」
  「この汽車で?」
  「この汽車で」
  「ここの世界にはよく来るの?」
  「ここの世界には、ときどき来る」
  「ひとりで?」
  「ひとりで」
  「さみしくないの?」
  「さみしく?」
  「さみしいって、思わないの?」
  「さみしい? ・・・わからない」


  けんちゃんには、さみしいという感じがわからないのだろうか?
  ぼくは、やっぱりさみしかった。
  宇宙飛行士になるのはぼくには無理だ
  けんちゃんのようでないと とても無理だ
  さみしいという感じがわからないというのは 不幸せなことなのかも知れない。
  でも、それ以上に だからこそ 他の人にはできないすごいことが
  できたりもするのだろうか?
  けんちゃんって わからない。
  ちょっと考えただけでは とても理解できないほどに
  深い深い世界を持っている。
  車窓に広がる 無限の世界、
  ぼくらが今旅している 時間とも空間ともつかない世界。

 

  7 さようなら、流星B17号 
 
  とつぜん けんちゃんが
  「さようなら」
  と言った。
  「え? 何とさよならするの?」
  「流星B17号と軌道が分かれる地点に到達した。
  平行軌道をゆくのは もう終わりだ」
  「この星と、別れるの?」
  「そうだ。永久に」
  けんちゃんは、ポケットからガラスの玉を三つ出して、外へ投げた。
  三つの玉は、流星B17号の周りをすごい速さで周り始めた。
  「さようなら さようなら!」
  と、けんちゃんは手をふった。 
  「さようなら!」
  と、ぼくも手をふった。
  青い流星は、しだいにスピードを速めながら、遠ざかっていった。
  「さようなら さようなら さようなら!」


  三つの玉は、土星の輪のように、青い星の周りを回転していた。
  その軌道も絶対的にユニークで決して衝突することはない。
  「あの三つの玉は?」
  「惑星をプレゼントした」
  「さみしくないように?」
  「いや、エネルギーの拡散がある程度、自動制御されるように」
  「さっき 言ったよね? あの星は、ある一時期において恒星になるって。
  その後はどうなるの?」
  「永久運動エネルギーは増大して、惑星をも取り込み、
  さらにエネルギーは増大し、拡散し、移動の速度を速め、
  衝突の可能性が皆無な地点で急激に失速し、理論的な中心となる。
  理論上の新しい空間時間の中心となり、エネルギーは一定の規則性を持つ
  回転運動を保ちながら分裂し、固体化し、流星が軌道運動するようになる。
  絶対的にユニークな軌道を。
  やがて、恒星が誕生し、分裂ないしは軌道統合によって惑星が誕生し、
  その約1/13には、生命体が誕生する」


  うそだろう? とぼくは思った。
  夢だ やっぱり夢を見ているんだ。
  ぼくは冗談のつもりで、ひどくつまらないことを言ってしまった。
  「そんなすごいものなら、大事に持っておけばいいのに。
  どうして、外に投げたりしたの? 
  持っておけば何かの役に立つかもしれないのに」
  「だめだ」
  と、けんちゃんは言った。
  「だれかが悪いことに使う」
  「悪いことって?」
  「せんそう」
  「戦争は、二十二年も前に終わったんだよ。そうでしょ?」
  けんちゃんは、その質問には答えないで、説明を続けた。
  「けんちゃんの汽車を動かすのに必要な分は、確保してある。
  地球の気体に浮遊する物質の粒子から 新しいものを作ることも可能である。
  でも、ときどき、けんちゃんの意図に反して、
  エネルギー量が水準を上回るものができてしまう。
  有限の空間に存在するには危険すぎる。
  だから、ときどき ここに来る」
  そして、遠くで青く輝いている流星B17号にもう一度
  「さようなら」
  と言った。 

 
  それからしばらく 理論的にはカウントできないけれど
  長く長く感じられる時間を
  けんちゃんと二人で旅した。
  流星B17号と別れてから、汽車の中は暗く寒くさみしかった。
  色々な星座を見たし、いくつかの乗り物ともすれ違った。
  スペースシャトルも見たし、帆船も見た。
  帆船は幽霊船だったが、スペースシャトルには人が乗っていたらしい。
  ぼくにはやっぱり見えなかったけど。
 

  そうして、けんちゃんの言うとおり、
  ちゃんと元の場所、元の時間に帰ってきた。
  誤差はわずかナノメートル単位、ナノセコンド単位だったので
  ぼくらが別の世界を旅してきたことに
  気がつく人はいなかった。
  ただ、ぼくの様子がおかしいと言われた。
  そりゃあ、おかしくもなるさ。
  まだ 夢を見ているような気分なんだから。
  でも けんちゃんは変わらない。
  いつもと同じように まっすぐ前を見て運転している。
  ぼくらのみどりの村に向かって。


  流星は 絶対的にユニークな軌道をゆく
  何億光年の孤独を 一瞬のきらめきに変えて
  音のない 静けさの中
  耳よりも 心よりも もっと深いところで
  不思議な音楽が響いていた。

  ぼくはたしかに
  その音楽を聴いた。

  (PartV 完)

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