けんちゃんと流星急行

第二部 現実への旅




PartW

再び東海道線で川崎へ

― ぼくのとうさん ―





 小田急線の竜宮城のような片瀬江の島駅に戻った頃には、さすがにけんちゃんもつ
かれていたようだ。
 藤沢に着いたところで、ぼくのとうさんに電話した。車でむかえにきてくれると言
うのでほっとした。
 荷物を国鉄の藤沢駅のコインロッカーにあずけておいてよかった。川崎まで、東海
道線でそのまま行くことができる。
 19時25分の東海道線は通勤列車だけど、上り線はそれほどこまない。
 ふうっ・・・何とかクロスシートに座れた。村長さんは、ホームで買った駅弁を食べ
始めた。けんちゃんの分も、ぼくの分も買ってあった。けんちゃんのはまた、シウマ
イ弁当だ。
 ぼくらが
 横浜駅でたくさんの人が乗ってきた。ぼくらがお弁当を食べているのを、いやそう
な顔をして見ている人もいる。でも、村長さんもけんちゃんも気にしない。
 ぼくの向かいに座ってきた人が、週刊誌を出して読み始めた。週刊誌の表紙には、
きれいな若い女の人の写真が出ていて、その下に「現代のシンデレラ、環ルミ子嬢」
という文字が大きく書かれていた。環ルミ子? 聞いたことがある…。そうだ、けん
ちゃんの妹の名前だ。同姓同名? でも、この写真の人、何だかけんちゃんににてる
かも。まさかね…。
 汽車・・・じゃなくて電車は横浜の都会を過ぎて、東へ向かう。
 明日は東京へ。
 けんちゃんは車窓の夜景をじっと見ていた。ぼくは、窓に映るけんちゃんのきれい
な目を見ていた。けんちゃんの目には、今日一日のことがどんなふうに見えたのだろ
うか?


 午後8時3分に川崎に着いたときには、もうどっぷり暗かった。とうさんは改札口
で待っていてくれた。
 久しぶりに会うので、ぼくは思わず、
「とうさん!」と、だきついてしまった。
 とうさんはぼくの頭をなでて、
「よく来たね」と、言った。
 それからとうさんは、村長さんにあいさつをして、お礼を言った。村長さんととう
さんは、固くあく手をかわしていた。この二人は年ははなれているけど、なかよしな
んだ。
 そして、とうさんは、はじめて会うけんちゃんに言った。
 「きみがけんちゃんですね。アキラの父の三輪進です。三輪さんと呼んでくださ
い。今から、車に乗って、○×工場の第二××寮に行きます。けんちゃんが一人で泊
まれる部屋も用意してあります。ゆっくり休んでください」
 とうさんはけんちゃんとはあく手をしなかったので、よかったと思った。いきなり
手をにぎられたら、ピシッとはらいのけてしまうだろうから。
 ぼくらは、とうさんが勤める工場の名前が書いてある車に乗った。
 寮に着くと、とうさんはまず、けんちゃんを部屋に案内した。広くはないけれど、
シャワールームのついている清潔な部屋だ。ちゃんと布団が敷いてあった。
「夜9時と、朝6時30分に、サイレンが鳴ります。ちょっと空襲警報みたいだけ
ど、ただのサイレンなので、安心してください。部屋にはかぎをかけてもいいです」
 とうさんは、けんちゃんにやさしく、やさしく言った。それで、けんちゃんも安心
したのか、
「ハイ」と言った。
 けんちゃんの部屋は、出張に来た人が泊まる部屋らしい。村長さんの部屋はそのと
なりだ。ぼくはもちろんとうさんの部屋に泊まる。
 けんちゃんを部屋に残して、ぼくらは大きな部屋に案内された。そこで、工場では
たらく人達が、ぼくらを歓迎してくれた。大人がお酒を飲んで盛り上がる中、ぼくは
眠たくなってきたので、先に休むことにした。


 ねる前に、とうさんとけんちゃんの部屋のかぎを開けてそうっと中をのぞいて見る
と、けんちゃんは電気を消して、もうぐっすりねむっていた。
「とうさんが色々やさしく言ってくれたからよかったよ。あんなふうに言ったらい
いって、どうして知ってるの?」と、聞いてみると、とうさんは言った。
「実は、とうさんの工場にも けんちゃんによくにた感じの人がいてね、とうさんが
世話をまかせられているんだ。その人は、ほとんどしゃべらないけど、仕事はこつこ
つとよくやってくれる。
 最初は、サイレンの音がこわくて、そのたびに泣きさけんで大変だった。でも、鳴
る時間が決まっていること、ただのサイレンだってことがわかると平気になった。
 アキラが送ってくれたあの『手引書』、あれはよくできてるよ。色々参考にさせて
もらってる」
「ほんとにそう思う?」
 ぼくはほめられてうれしくなった。
「実はね、とうさんもその人のために、『手引書』のようなものを作ってわたしたん
だ。手引書っていうか、カンニングペーパーみたいなものだけど。見てみるかい?」
「うん」
 そのノートには、ちょっとわらっちゃうようなことがたくさん書いてあった。
 ○○課の××さんは、はげてるけど、そのことを気にしているから言ってはいけな
い。
 ○○課の××さんは、確かに太ってるけど、ぜったいに言ってはいけない。
 特に 女の人には、太っているとか、年をとってるとか 言ってはいけない。
 ともかく、人の体の特ちょうは、口にしない方がいい。
 △△主任は、怒ったような話し方をするけど、彼にとってはあれがふつうのしゃべ
り方で、怒っているわけではないので 気にしないように。
 ちょっとくらい時間に遅れる人もいるけど、気にしなくていい。
 人がしゃべっているときには、その人の目を見た方がいい。無理なら、せめてその
人の方を向くこと…
「もっと整理しなくっちゃね。同じノートをもう一冊つくって、とりあえず、思いつ
いたことをその場で書いて渡してるんだ。
 この人はね、あんまりしゃべらないんだけど、時々思いついたこと、感じたことを
パッと口にしちゃうクセがあってね。悪気はないんだけど、人をいやな気持ちにさせ
ることがあるんだ。
 ふつうは教えなくても何となくわかるはずのことを、わかってないこともある。
 それで、こんなふうに書いて教えて、おぼえてもらうことにした。ここに書いてあ
ることはぜったいに秘密ということにしてね。
 でも、他の人にも、彼のためにはこうしてあげようという手引書が確かに必要だ
ね。えらいよ、アキラは」
「村長さんのアイデアだよ。ぼくは中身をつくっただけ」
「そうか。やっぱりあの人はえらいね。村長に選ばれるだけのことはある。でも、こ
んなに立派な中身をつくったアキラもえらいよ」
 とうさんもえらいよ。けんちゃんにも、作ってあげなくっちゃ。村の人たちとおつ
きあいしていくためのカンニングノート。
 駅長さんのこととか、書いておかなくっちゃね。こういうのがあれば、けんちゃん
は、もっともっと村の中で生きやすくなる。とうさんのおかげでいいこと思いつい
た。さすがはぼくのとうさん!
 みんなが言うには、ぼくのとうさんは、家がびんぼうだったから大学には行けな
かったけど、なかなか優秀な人らしい。
 工場の仕事も、最初はただの出かせぎの作業員だったけど、今では人をまとめるこ
ともまかせられている。とうさんが今、村をはなれてここではたらいている理由は、
お金のためだけではない。夜間の大学に通って 福祉関係のことを勉強しているん
だ。
 とうさんががんばっていることを知っているから、ぼくも色々がんばれる。とりあ
えず、明日も、けんちゃんのためにがんばろう。



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