延命病院・タイトル

グラーキの毒は肉体だけではなく、魂をも汚す。たとえ肉体は不死を得ても、永遠の魂を得ることは出来ないんだ 
(倉本一仁、最後の言葉)


1,はじめに

 このシナリオは「クトゥルフの呼び声・改訂版」に対応したものです。
 シナリオの舞台は現代日本、避暑地にある探索者の友人の別荘です。
 プレイヤーキャラクター(以降、探索者)は3〜4人ぐらいを推奨します。
 新しく探索者を創造する場合は、教授や学生といった自由な時間を作りやすい職業を選んでもらうとゲームに参加しやすいでしょう。最初に《医学》の技能を持っているとシナリオで活躍しやすいと助言をしても良いかも知れません。
 なお、あらかじめ探索者同士が知り合いだったほうが、ゲームはスムーズに進みます。


2,あらすじ

 探索者は友人の誘いを受けて、避暑地の別荘に旅行に出かけます。
 しかし、楽しいはずの旅行中、その友人はどこか悩みのある様子を見せます。
 彼の悩みの原因は、愛する妻の心変わりです。これまで、互いに深く愛し合っていたはずの妻が、最近になって突然自分を憎むようになってしまったのです。
 彼女は不治の病に冒され、この土地にある病院に入院していました。
 そして、逃れられぬ死を克服するために、忌まわしき神話的儀式を執り行ってしまったのです。そのおかげで彼女は永遠の命を手に入れることは出来ましたが、知らず知らずのうちに、その魂までもすっかり汚されてしまったのです。
 彼女はかってあれほど愛した夫に対し、悪意あるねじ曲がった心でしか接することが出来なくなってしまいました。
 探索者の友人は、彼女の変化の原因を病院にあると考え、彼女を退院させようとします。
 しかし、それは新たな悲劇を招く結果となりました。
 その病院の患者の中に、彼女の儀式を真似て、永遠の命を得ようとした老人がいました。ところが、肉体的に衰弱しきっていた老人は永遠の命を得ることは出来たものの、精神は怪物に支配されてしまい、身も心も神話的存在の僕と化してしまったのです。
 老人は自分のような僕をどんどん増やすことを目的として活動を始めます。
 探索者の友人は、その餌食となってしまったのです。
 神話的存在の手先たちは、探索者を襲い始めます。
 さらに老人は、もっと強い力を得るために、神自身を呼び出そうとまでしているのです!
 探索者は、襲いかかる化け物たちを撃退し、この病院で企てられている神話的陰謀を阻止しなくてはなりません。
 そして、できることならば魂を汚された不幸な女性を救いだしてやらねばなりません。


3,NPC紹介ここをクリックすると、印刷用の画像になります

武田孝行 (男・36歳)哀れな犠牲者

 探索者の友人で、彼がシナリオの舞台となる避暑地に招待することとなります。
 彼は6年前、勤め先である貿易会社の社長令嬢と幸福な結婚(婿入り)しました。その社長の家は大変な資産家でしたが、この結婚は決して財産目当てなどではなく、お互いの純粋な愛によって結ばれた結婚だったのです。
 現在、彼はその会社の専務として多忙な日々を送っており、次期社長は間違いなしとされています。
 見た目は、とてもハンサムで、服装も趣味が良く、いかにも女性にもてそうな印象を受けますが、実は誠実で繊細な人物です。彼はいまでも妻を深く愛しており、いくら他の女性に誘われてもそれに応じたことはありません。
 趣味は油絵で、特に妻の肖像画を描くことが好きです。
 しかし、そんな彼も、ここ二年の妻の変貌ぶりには頭を悩ませており、ノイローゼ気味になっています。

STR14 CON13(26) SIZ16
DEX11(4) APP16 INT15
POW14 EDU17 耐久力15(21)
追加ダメージ+1D4
グラーキの棘 20% 7D3(追加ダメージは加えません)
拳 60% 1D3+db
※カッコ内の数値はグラーキの従者になった際のデータです
武田孝行イラスト
武田登喜子 (女・32歳)魂の歪んだ才女

 武田孝行の妻です。
 一流大学の英文科を卒業し、父親の経営する貿易会社に務め、才女としてまわりの羨望を集めていました。非常に有能なキャリアウーマンとして働いて来た彼女ですが、武田孝行との出会いは、仕事以外の生き方に気付かせることとなりました。
 ところが、二人が幸福な結婚をしてから2年後、つまり4年前にガンと判明し、それ以来、白樺病院に入院しています。
 その時点で、彼女のガンの進行状態は致命的で、余命2年と診断されました。
 愛する夫と、死によって引き裂かれることを恐れた彼女は、藁にもすがる思いで神話的儀式を行い、不死の身体を手に入れガンを克服します。しかし、不死の身体と引換えに、彼女は自分では気付かぬうちに、人間であることを捨ててしまうこととなったのです。
 人間ならざる存在となった彼女は、日光が苦手となり、暗い病室で古い本に囲まれながら静かに生きるようになりました。
 外見は目つきの鋭い、知性的な女性です。ただ、その相手を威圧するような容姿はビジネスでは役立っても、女性的魅力という点ではやや劣るものです。武田孝行を愛するようになってから、彼女はその自分の容姿に密かに劣等感を覚えていました。
 もちろん、武田孝行にとっては、そんなことは少しも気になることではなかったのですが。

STR10 CON32 SIZ9
DEX3 APP9 INT15
POW16 EDU20 耐久力21
追加ダメージ±0
グラーキの棘 20% 7D3(追加ダメージは加えません)
拳 50% 1D3+0
※彼女の能力値はグラーキの従者になった後のデータです
武田登喜子イラスト
倉本一仁 (男・62歳)医学の無力さに悩む医者

 シナリオの事件の中心となる白樺病院の院長を務める男です。
 一時期は大きな総合病院に務める有能な医者でしたが、過去に一度、診療ミスをしてしまい、その病院を追われました。
 そんな彼は、現在の白樺病院に務めるようになりましたが、それは彼にとって不本意なことでした。
 というのも、白樺病院は現代医学では治せない病にかかった人々を、精神的にケアするための特殊療養所だったからです。治せない患者を延命するだけの仕事に、彼はやりがいを感じることはできませんでした。
 それでも過去に汚点のある倉本は、他の病院に務めることもできず、むなしさを感じながらも仕事を続けています。
 外見は少し太った初老の男で、銀縁の顔の大きさに比べると小さめの眼鏡をかけています。
 性格は穏やかで、いろいろと気のつく男です。皮肉にも、こういった性格の彼は、この白樺病院にとって適任でした。 

STR12 CON14(28) SIZ16
DEX9(3) APP10 INT15
POW10 EDU22 耐久力15(22)
追加ダメージ+1D4
グラーキの棘 20% 7D3(追加ダメージは加えません)
拳 50% 1D3+db
※カッコ内の数値はグラーキの従者になった際のデータです
倉本一仁イラスト
萩原里美 (女・27歳)退屈をしている看護婦

 白樺病院の看護婦です。
 近くの町に住んでいて毎朝自家用車で通っていますが、当直の日は病院に宿泊します。
 他にも看護婦は2人ほどいますが、たいていの仕事は彼女ひとりでこなしています。
 この病院の性質や、患者のことなどに詳しいので、情報源として役立つ存在です。
 まだ独身の彼女は、田舎の町で暮らしに退屈をしています。そのため、豪華な別荘に滞在している都会的な探索者には個人的な関心を持つかもしれません。

STR11 CON8(16) SIZ10
DEX11(4) APP13 INT13
POW11 EDU17 耐久力9(13)
追加ダメージ±0
グラーキの棘 20% 7D3(追加ダメージは加えません)
注射 40% 1D6
拳 50% 1D3+db
※カッコ内の数値はグラーキの従者になった際のデータです
萩原里美イラスト
蘇我光太郎 (男・79歳)死を恐れすぎた老人

 資産家の老人です。これまでは普通の病院に入院していたのですが、ガンを告知され、二週間前に白樺病院に転院しました。
 最後の安らぎを求めてこの病院にやって来たのですが、やがて死の恐怖は彼の心に暗い影を落とし始めます。
 そして、院長から武田登喜子の秘密を聞かされた彼は、自分もまた、武田登喜子と同様に神話的儀式によって不死の身体を得ようとします。
 しかし、肉体的に衰弱しきっていた彼は、彼女のように自分の意志を保ったまま変化することは出来ず、不死の身体を得ることは出来ましたが、その精神は怪物に支配されてしまったのです。
 グラーキの従者となった彼の行動目的は、グラーキの従者を増やし、その勢力を増すことです。
 外見は頭の毛が薄くなった優しそうな老人です。剣道の有段者で、物騒なことに本物の日本刀が病室に飾ってあります。

STR10 CON12(24) SIZ12
DEX9(3) APP8 INT12
POW8 EDU20 耐久力12(19)
追加ダメージ±0
グラーキの棘 20% 7D3(追加ダメージは加えません)
日本刀 40% 1D8+1 耐久20
拳 60% 1D3
※カッコ内の数値はグラーキの従者になった際のデータです
蘇我光太郎イラスト
瀬川真衣 (女・13歳)移植を待つ少女

 彼女は白樺病院の中では珍しく、治る可能性のある患者で、1年前から入院をしています。
 ただし、彼女は腎臓を煩っており、完治するには移植手術をしなくてはなりません。よって自分に適合した腎臓が見つかるまで、彼女はこの病院で療養生活を続けなくてはならないのです。
 もっとも、彼女の病気はさほど重いものではなく、自宅から定期的に人工透析のために通院するだけでも問題はありません。
 だというのに、彼女がこのような病院にいるのは家の事情によるものです。
 彼女の本当の父親は、五年前に他界しています。いまの彼女の父親は、母親が再婚した相手なのです。新しい父親は金持ちではありましたが冷たい男で、連れ子である瀬川真衣を疎ましく思っていました。
 そんな立場であったため、彼女が病気にかかったとき、それを口実に白樺病院に追いやられてしまったのです。彼女の父親は、少々の金がかかっても彼女を厄介払いをしようと考えたのです。
 そんな彼女ですが、明るく好奇心旺盛で素直な性格に育ちました。定期的な治療を受けている限り、身体も健康な人とさほど変わらない(水と食事の摂取には制限はありますが)ので、病院内外をうろうろと元気に動きまわったりしています。
 ぬいぐるみが大好きで、自分の病室に限らず、病院内のあちこちに彼女のぬいぐるみが転がっています。

STR6 CON6 SIZ7
DEX16 APP15 INT9
POW11 EDU6 耐久力7
追加ダメージ−1D4
瀬川 真衣イラスト

4,グラーキの棘の儀式について

 このシナリオにおいて、大きなキーとなるグラーキの棘について、まず最初に説明します。

 グラーキはその背に生える棘で人間を刺し殺すことによって、自分の僕である「グラーキの従者」という、一種のアンデットを造り出します。
 恐るべきことに、グラーキの従者はグレート・オールド・ワンであるグラーキの記憶を共有しています。そのことを考えると、グラーキの従者というのは独立した存在ではなく、グラーキの手足となって動く、身体の一部と考えても良いでしょう。
 変化してから日の浅いグラーキの従者は、ほとんど普通の人間と代わりはありません。ぱっと見て気付く特徴としては、妙に動作が鈍いことと、顔色が悪いことぐらいです。ただし、グラーキの従者となった人間は懸命に隠そうとするでしょうが、グラーキの棘が刺さった傷跡という、最大の特徴があります。この傷跡は奇妙なもので、棘の刺さった傷口を中心として、放射状にみみず腫れのように赤い筋が浮かんでいるのです。それは、植物の根が皮膚の下を張りめぐっているようにも見えますし、このシナリオに登場する武田孝行は、その赤く浮き上がる筋を見て「赤い花」と表現しました。
 この傷は何年経っても消えはしないので、グラーキの従者であることを証明する最大の証拠となることでしょう。

 グラーキの従者は、誰かに殺されるか、グラーキの従者となって60年以上経過してから強い日光に浴びない限り死ぬことはありません。身体は徐々に萎びて、化け物じみてきますが、それでも自然に死ぬということはないのです。
 ただし、実のところ、グラーキの棘に刺された人間が、すべてグラーキの従者と化すわけではありません。この棘に身体を貫かれても命を失わなかった人間は、なんと自由意志を持ったままアンデットとなることができるのです(ちなみにグラーキの棘のダメージは7D3です)。
 このシナリオに登場する、武田登喜子はそのことに目を付けて、死を逃れるために自ら望んでアンデットとなろうとしたのです。

 さて、本来ならば、グラーキの従者となるのに必要なグラーキの棘は、文字通りグラーキ御大の背中にしか生えていないモノです。
 しかし、このシナリオではオリジナルの呪文として「グラーキの棘の招来」というものを作成しました。
 これは名の通り、グラーキの棘を呪文によって呼び出すというものです。
儀式の方法としては、時間は真夜中、大きな池や湖のほとりで《SIZ》5以上の生け贄を捧げるというものです。
 儀式は単純に生け贄を殺すというだけではなく、その身体の上で火を焚き(もちろん、生きたままです)、その火へ様々な金属粉を特別な配合で混ぜ合わせたものをくべて、複雑な呪文を唱えるというものです。
 この儀式には1時間かかり、1ポイントの《POW》と、1D8ポイントの正気度を使います。
 儀式が完了すると、生け贄の腹の中を切り裂いて、生け贄の《SIZ》1/5本のグラーキの棘が生えてきます。もちろん、この時に生け贄は死亡してしまいます。
 あとは術者の望むように、グラーキの棘を使用することが出来ます。

・グラーキの棘のデータ
基本命中率 20%
ダメージ 7D3(追加ダメージは加えません)
基本射程 タッチ
耐久力 3

 グラーキの棘は長さ60センチ程度で、非常に軽いものです。
 ウニの棘を巨大にしたような外観で、その先端はするどく、堅さは木材程度です。色は艶のない黒色で、特に匂いはありません。


5,シナリオの導入

 キーパーはシナリオをスタートさせる前に、武田孝行の友人である探索者を最低ひとりは設定する必要があります。どのような関係の友人であるかはキーパーに任されます。
 学校の先輩、後輩、ご近所同士、仕事仲間など……どんな関係でもかまいません。また、できるだけ武田孝行の友人は多いほうがシナリオはスムーズに進みます。

 ある夏の日、武田孝行の友人である探索者のところに、彼からの電話がかかってきます。
 電話の内容は、今度の休みに一緒に別荘に行かないかという遊びの誘いです。
 賑やかなほうがいいので、探索者の友人などもぜひ連れて来るといいだろうと話します。近ごろ、彼は仕事が忙しそうで、武田孝行の友人である探索者も、ずっとご無沙汰をしていました。そんな彼からの誘いがくるとは珍しいことです。
 また、武田孝行の友人である探索者は彼が社長令嬢と結婚したことを知っています。そんな彼の別荘ならば、かなり豪華であることが予想できます(そして、その予想は裏切られません)。
 暑い夏の日々、避暑地の豪華別荘でゆったり過ごすのは、なかなか魅力的なことでしょう。
 なお、このシナリオでは、避暑地の場所については具体的な説明はしません。
 キーパーやプレイヤーが詳しい避暑地があれば、そこを舞台とするとゲームのリアリティも増すことでしょう。
 特に思い当たる場所がないのならば、軽井沢、妙高山、富士見高原、鴨川といった、当たり障りのない有名避暑地でも構いません。
 ただし、探索者の向かう別荘は、あまり観光客のいない高級別荘地にあるため、実に静かな場所であることを最初に説明しておいて下さい。

 この導入は、シナリオ唯一の引きです。
 そのため、キーパーは探索者全員が別荘の招待を受けるよう注意してマスタリングしてください。もっとも、よほどヘソ曲がりのプレイヤーでない限り、このあからさまなシナリオへの誘いを断ることはないでしょう。
 また、武田孝行の友人である探索者には、他の探索者も別荘に誘うようにキーパーから誘導してください。


6,別荘へ到着

 武田孝行の誘いに応じれば、探索者たちは避暑地の別荘へ向かうこととなります。
 交通手段は車がメインとなるでしょう。別荘地のため、電車やバスなどの交通の便はよくありません。
 武田孝行はスポーツタイプの自家用車を持っています。もちろん、駐車する場所はいくらでもあるので、車を持っている探索者には車で来るようすすめます。車が多いほうが、別荘についてから遊びに行くにも、買い物に行くにも、なにかと便利だからです。それに、彼の車では探索者を全員を乗せるのは窮屈でしょう。
 実際、別荘地では車がなければ不便で仕方ないので、車を持っている探索者がいないようでしたらレンタカーを借りることをすすめるとよいでしょう。

・別荘についての情報
 この別荘は武田家の別荘ですが、主に武田孝行が利用しています。
 この近くにある白樺病院に武田登喜子が入院したため、見舞いに便利なように売りに出されていたものを買い取ったのです。
 バブル期に建てられた立派な別荘ですが、その後、買い手がつかず安く売りに出されていました。そのため、見舞いに通うために買ったにしては無駄に豪勢な造りになっています。
 外観は洒落た山小屋風で、二階建になっています。
 一階の約半分は大きな吹きぬけの居間になっており、ゆったりくつろげる空間を造り出しています。眠る時以外は、この居間で過ごすことになるでしょう。
 ゲストルームは一階に一部屋、二階に三部屋あります。それぞれの部屋には、ベットが二つ用意されており、最大で8人のゲストが宿泊できるようになっています。
 武田孝行の私室は二階にあり、趣味の油絵のアトリエを兼ねています。二十畳ぐらいの広い部屋で、自然光を取り入れるための大きな天窓がついています。この天窓が気に入って、武田孝行はこの別荘を選んだのです。
 現在、このアトリエには、未完成の女性の肖像画が置かれています。
 そのキャンパスのわきには、この絵のモデルらしい女性の写真(武田登喜子です)がとめられています。目つきの鋭いちょっと恐そうな女性ですが、その写真ではこぼれるような幸せな笑みを浮かべています。写真の日付は6年前です。
 これは武田孝行がこの別荘でずっと書き続けている、武田登喜子の肖像画です。

 別荘に到着すると、武田孝行は別荘の間取りを説明します。
 このときアトリエにある武田登喜子の肖像画を見せて、彼女の紹介をします。キーパーは彼が本心から妻を愛しているということを、ここで探索者に印象づけて下さい。
 また、このあたりで遊べる場所を説明します。
 別荘の裏手には、大きな池があります。だいぶ前に誰かがブラックバスを放流したらしく、ルアー釣りが楽しめます。武田孝行も釣りには詳しく、別荘には釣り道具が探索者のぶんも用意されています。
 武田孝行は、この池は穴場だから、ぜひ試してみるといいだろうとすすめます。この池は、今後のシナリオの展開に重要な場所なので、キーパーは探索者が一度は池に行くよう誘導してください。探索者が望めば、武田孝行はルアー釣りのイロハを教えてくれます。
 また、別荘地には定番のテニスコートや、家族向けのレジャー施設もあります。
 少し車を走らせれば、川もあるので渓流釣りや、水遊びも楽しめます。

 探索者には、神話的事件に巻き込まれるまでの、ほんの一時の休暇を楽しんでもらいましょう。


7,武田孝行と登喜子の情報

「3,NPC紹介」でも説明したように、現在、武田孝行は大きな悩みをかかえています。
 その悩みとは、最愛の妻である武田登喜子が、すっかり変わってしまったことです。
 そうなった原因は、彼女が神話的儀式によって人間ならざるものへと変化してしまったためで、一般常識人である武田孝行には手に余る問題です。
 妻のことでノイローゼ気味になっていた彼は、少しでも気が紛れればと思い、探索者を別荘に誘ったのです。

 武田孝行を知る探索者ならば、彼に再会した時《アイデア》に成功すれば、以前に比べて少し痩せて顔色も悪いことに気付きます。
 また、彼の様子がおかしいと気付き、様子を探ろうとした場合、《心理学》1/2に成功すれば、大きな悩みごとを抱えていることがわかります。その際、《心理学》1/5に成功していれば、その悩みが彼の妻に関することであることがわかります。

 別荘についてからも武田孝行は、時々、何か考え事をしていたり、あまり元気がなかったりします。
 探索者たちへの避暑地の案内(特に裏手の池)がすむと、彼はひとりで妻の見舞いに行きます。
 どこへ行くのか尋ねられても、「ちょっと個人的な用事で」と、言葉を濁すだけです。
 一度目の見舞いに行った日、彼は泥酔して帰って来ます。彼の車は代理ドライバーが別荘まで運転してきます。
 彼はまともに話もできないほど酔っ払っており、何があったのかは代理ドライバーに聞くしかないでしょう。
 代理ドライバーは、別荘から車で一時間程度のところにある繁華街のバーから電話をもらい、ここまで送るように依頼されたと話します。バーの店員が、酔っ払って手がつけられない彼から強引に住所を聞き出して、代理ドライバーに預けて厄介払いをしたのです。
 金はすでに武田孝行が支払っているので、代理ドライバーは探索者に彼を引き渡すと早々に立ち去ります。
 泥酔した彼は、誰かの手を借りなくては歩けないほどに酔っ払っています。
 彼を介抱した探索者(もしくは、彼の近くにいる探索者)は、ぶつぶつと独り言を呟いているのに気付きます。呂律のまわらない口調での独り言の内容を聞き取るには《聞き耳》×2に成功する必要があります。
 その内容は以下の通りです。
「赤い花が……冷たいのに、真っ赤の花が咲いて……
 笑いかけて……見たことの無い笑みを、私に向けて……」
 酔いが醒めてから、武田孝行にこの言葉の意味を尋ねても、明瞭な答えを得ることはできません。これは寝言のようなものだからです。

 彼がこれほど無茶な酒の飲みかたをした理由は、もちろん武田登喜子が原因です。
 前回、見舞いをした時よりも、彼女の心はさらに変貌していました。グラーキーの棘の影響は彼女の精神を悪意に満たしてねじ曲げてしまい、かっての彼女の性質はほとんど失われました。
 あれほど愛していた武田孝行に対しても、いまの彼女は憎しみの感情しか抱いていません。
 財産を狙って、自分のことを早く死ねばいいと思っているハイエナ。
 それが、いまの武田登喜子の夫に対する思いです。
 しかも、記憶までも侵されてしまい、不死の身体を手に入れたのも、愛のためではなく、自分の財産を狙う夫に復讐するためであったと思い違いをしています。
 彼女は見舞いにやってきた武田孝行を冷淡に侮辱し、自分が思惑通りに死んだりはしないことを告げ、その証しとしてグラーキの棘が刺さった跡である、傷口から放射状に浮かび上がった赤い筋を見せつけました。
 そんな彼女に深く傷つけられ、武田孝行は酒に逃げ場を求めたのです。


8,儀式の跡

 別荘の裏手の池には、武田登喜子や蘇我光太郎がグラーキの棘を手にいれるための儀式(「4,グラーキの棘の儀式について」を参照)をした形跡が残っています。
 
 池に来た探索者は、この儀式の形跡を発見する機会があります。
 儀式の形跡は、別荘側の岸辺の対岸にあるので、普通に釣りをしているだけでは、それを発見することはできません。
 池の周りを散策したり、後述の「9,瀬川真衣との出会い」で池の周りを歩き回ったりした時などに《目星》に成功すれば儀式の形跡を発見します。
 そこには1.5メートル四方ぐらいの木の板が、並べられた石の上に置かれ、テーブルのようになっています。その木の板は黒く汚れ、ここで野ざらしになってからだいぶ経っているようです。このとき《アイデア》に成功すれば、少なくとも2〜3年は経っているだろうとわかります。
 また、木の板を見て《目星》×2に成功すれば、汚れかと思った黒いものは焦げ跡であることがわかります。日数をおいて、数回に渡って焼けこげはつけられたらしく、少なくとも3回ぐらいは、ここで火を焚いたらしいことがわかります。一番、最近のは数日前のものです。
 さらに《目星》に成功すれば、木の板に薄く血痕があることを発見します。《診断》に成功すれば、血痕の面積からして流された血の量はかなり多く、もし人間が一度に流したものであれば出血死する可能性もあるほどであることがわかります。
 また、このときの《目星》が1/2で成功していれば、焼け焦げた跡に金属粉が混ざっているのにも気付きます。《地質学》に成功すれば、この金属紛には金・銀・銅・鉛など、様々な金属粉が混ざっていることがわかります。
 この跡を見て、《オカルト》に成功すれば、これは何かのオカルト的な神秘儀式の跡ではないかとわかります。もし、《クトゥルフ神話》に成功すれば、これが神話生物の召還儀式に似ていることがわかります。

 この儀式跡を発見して、もしかすると池に死体でもないものかと捜索して《目星》に成功すれば、岸辺に密生する雑草に隠れて、池に浮かんでいる大型犬の死骸を発見します。
 その死骸は、腹のあたりが惨たらしく焼けこげている上、無惨に裂けています。虫や魚が食った後もあり、パッと見て死んでから日数が経っているのがわかります。
 死骸の傷口を見てみれば、鋭利な刃物によって切り裂かれたかのようであることがわかります。
 この死骸を調べて《医学》に成功すると、死後3日間ぐらいであることがわかります。さらに《医学》に成功すると、この傷は外部からではなく、生きたままの状態で内部から裂けていることがわかります。この奇妙な事実に気付いてしまった探索者は0/1正気度ポイントを失います。
 この犬の死骸は、たまたま探索者がルアー釣りをしているときに、針で引っ掛けてしまい発見したことにしてもおもしろいでしょう。

 プレイヤーは、この奇妙な儀式跡と犬の死骸を発見したことによって、楽しい別荘での生活に不吉な影が降りてきたと思い始めることでしょう。


9,瀬川真衣との出会い

 探索者は、倉本病院の患者である瀬川真衣と偶然に出合うこととなります。
 このイベントの発生するタイミングはキーパーに任されますが、前述の武田孝行が酔っ払って帰って来た日の前後あたりが最良でしょう。ただし、イベントの発生する場所は別荘裏手の池に限られるので注意してください。

 探索者たちが裏手の池にいると(おそらくは釣りをしていることでしょう)、どこからか女の子がやってきます。その前に、《目星》に成功した探索者は、池の対岸の林からふらりと出て来たところを見掛けています。
 最初、遠くから探索者の様子を眺めているだけですが、そのうちトコトコと近くに寄ってくると、子供らしい無遠慮な視線で、じっと探索者のほうを見つめます。
 探索者が話し掛けるか、無視するかに関らず、彼女は「おじさん(おにいちゃん、おねえさん)、どこからきたの?」と話し掛けて来ます。
 彼女は、このあたりに人が来るのが珍しくて話し掛けて来ているだけなので、その話にはさほど脈絡はありません。
 なにをしているのか?
 ルアーとはなんなのか?
 バスというのは食べるとおいしいのか?
 いつまでここに滞在するのか?
 といった、たわいもないことを切れ目無く尋ねてきます。
 話をしている時、《医学》か《目星》1/5に成功すると、彼女の顔色がすぐれないことがわかります。
 彼女に体調のことや、病院のことを尋ねれば、「林の向こうの病院にずっと入院している」と答えます。何の病気かについては、「腎臓が悪いみたいなんだけど、よくわからない」と答えるだけです。

 探索者と瀬川真衣が仲良し(少なくとも彼女は仲良しになったと思っています)になった頃、彼女は突然気分が悪そうに座り込んでしまいます。《医学》×2か《応急手当》1/2に成功すると、いったい何が原因かはっきりしなく、早々に病院へ運んだほうがよいだろうと判断できます。
 探索者が病院のことを尋ねれば、「林の向こうにある」と辛そうに答えます。
 もしも、救急車を呼ぼうとしているのなら、瀬川真衣は「林の向こうにある病院に連れていって」と頼みます。
 池の対岸にまわって、林を探して《目星》か《ナビゲート》に成功すれば、細い人に踏み分けられた道を発見します。瀬川真衣が林から出て来たところを見掛けていた探索者は《目星》×2か《ナビゲート》×5に成功すれば道を発見します。
 道を発見できなかった探索者は、林をさ迷うことになります。その際は、手分けして探すなどすれば探索者全員で《目星》か《ナビゲート》を10分おきに判定できます。成功すれば、道を発見することができます。
 その際、キーパーは10分おきに「瀬川真衣の容体は変化しないかな?」と呟きながらダイスを振ってください。実際にはどんな目が出ても容体に変化はないのですが、これはプレイヤーを焦らせるためのテクニックです。
 道を進めば、10分ぐらい歩いたところに病院を発見します。


10,白樺病院

 林を抜けると、白樺病院があります。
 病院と言っても、ここは一般の外来患者には開かれていません。
 この病院は、それ以上の治療のできない病気にかかった患者が、その最後を迎えるための場所なのです。
 元々は不治の病にかかった大物政治家が自分のために建てた病院で、その後、口コミで噂を聞いた政界関係者、資産家などが入院するようになりました。入院費は高いものの、医療設備は一流で、環境も別荘地だけあって快適です。また、日本の病院では認められないような痛み止めなどの薬品も内密で処方してくれます。
 この病院の目的は、患者の命をできるだけ引き伸ばすのではなく、患者の苦しみを出来るだけ取り除くことが最優先なのです。

 病院自体は、広い敷地内に建つ、平屋ではありますが大きな建物です。
 古い別荘を改装したもので、外観からは、あまり病院という印象を受けません。
 病室は四部屋ほどあり、現在、三部屋は使用中で、一部屋は空いています。
 他に診療室、院長の私室、看護婦詰所、サンルームなど部屋数は豊富です。
 院長は病院に住んでいますが、看護婦は通っています。ただし、看護婦の最低一人は24時間交替で常駐しています。
 国道から私道で少し入ったところにあり、林の中のひっそりと建つ一軒家です。そのため、国道を走っている車からは、この奥に病院があることすらわかりません。

 探索者は林から病院の裏手にある庭のほうへと出ることになります。
 庭は西洋的で、手入れの行き届いた芝生と花壇があります。
 薄暗い林を抜けると、いきなり目にまぶしい夏の緑がパッと広がり、思わず目が眩みそうになります。
 ちょうど庭では、院長の倉本一仁が花壇に水をやっているところです。
 本当なら正面には柵があって、簡単には敷地内に入ることはできないのですが、裏手は敷地と林がつながっており、なんの障害もありません。
 倉本一仁はいきなりの来訪者に少しびっくりした様子ですが、穏やかな口調で「おやおや、道に迷われましたか?」と尋ねます。
 倉本一仁は瀬川真衣に気付くと、慌てて駆け寄り、いったいどうしたのか探索者に尋ねて、診断を始めます。
 そして診断の結果、たいしたことはないことがわかると、とりあえず庭に面しているサンルームのソファーまで運んでくれないかと探索者に頼みます。

 サンルームは壁の半分がガラス貼りで、本来はまだ寒い季節に、室内で日光浴をするための部屋です。
 いまの季節は夏なので、日差しが強い気もしますが、冷房はしっかりと効いており、夏の庭と強い日差しをすずしい室内にいながら眺めるという贅沢を味わうことができるようになっています。
 二十畳ぐらいの広さがあるサンルームには、いろいろなものが置かれてあります。
 一番に目につくのは、一般家庭には絶対に置けないような巨大なテレビです。
 その前には大型の豪華なリクライニングシートが二脚ほど置かれています。シートはマッサージ機能を備えた、実に座り心地の良い特別製です。
 これは、テレビに環境ビデオを流しながら、シートに腰をかけることによって患者を心身共にリラックスさせるためのものです。
 そのシート以外にも、座り心地のよさそうなソファーはいくつもありますが、そちらは大小様々なぬいぐるみに占拠されてしまっています。《知識》に成功すれば、ぬいぐるみはゲームセンターの景品のようなチャチな代物はなく、どれもしっかりとした造りの、それなりの値段(五〜八千円ぐらい)がしそうなものであることがわかります。
 これは瀬川真衣のぬいぐるみです。
 彼女の母親に依頼されたおもちゃ屋が定期的にぬいぐるみを持って病院を訪問してくるので、瀬川真衣はそのうち気に入ったものを購入(代金は両親の口座から引き落とされます)するのです。ほとんど見舞いも来ない彼女にとって、そのおもちゃ屋とぬいぐるみは大きな心の慰めとなっています。
 他にもサンルームには、アロマセラピーに使うお香の道具や、ピラミッドパワーを得るための四角錘に組んだ金属の格子といった怪しげなものも置かれてあります。
 患者が希望したものを言われるままに揃えてきた結果、このような雑多なものが集まってしまったのです。

 瀬川真衣は涼しい部屋でちょっと横になると、すっかり具合が良くなったようで、ソファーにもたれながらぬいぐるみに囲まれて探索者と話をしています。
 瀬川真衣が病状がたいしたことがないとわかると、倉本一仁は看護婦の萩原里美に冷たい飲み物を運ばせます。
 倉本一仁は探索者にお礼を述べたあと、「ひとりで外に出ては駄目じゃないか」と瀬川真衣をたしなめます。すると、彼女はむくれた顔をして、「だって、最近、おじいちゃんがこの部屋に来てくれないから退屈なんだもん」と答えます。
 このとき、探索者は《心理学》に成功すれば、倉本一仁が少し動揺したことに気付きます。しかし、倉本一仁はその動揺を押し殺しながら、「蘇我さんは、いま体調が悪いから、真衣ちゃんとは遊べないんだよ」と諭します。
 その後は、久し振りの客が来たことにはしゃぐ瀬川真衣が探索者をひきとめるため、サンルームでのお茶会にしばらく付き合わされることになるでしょう。
 しばらくすると、倉本一仁は萩原里美に頼んで、瀬川真衣を病室に戻らせます。そして、探索者達に「もしよろしければ、また真衣ちゃんを見舞いに来てあげてもらえませんか。あの子も喜びます」と頼みます。
 もし、探索者が瀬川真衣について尋ねれば、倉本一仁は自分の知っていることならば話してくれます。瀬川真衣については「3,NPC紹介」の情報を参照してください。
 探索者が帰ろうとしたとき、倉本一仁は患者らしい老人に「ちょっと、いいですか?」と呼ばれます。この老人は蘇我光太郎です。《目星》に成功すれば、その老人の顔色がひどく悪いことに気付きます。
 倉本一仁は蘇我光太郎に声をかけられると、慌てて探索者たちを帰そうとします。《心理学》に成功した探索者は、彼がひどくうろたえていることがわかります。

 このあたりの蘇我光太郎に関するやり取りは、今後の重要な伏線ですので、キーパーは忘れずに行ってください。


11,武田孝行の失踪

 このイベントはタイミングを見計らって、武田孝行は泥酔して帰ってきた日の翌日か、翌々日に発生させてください。

 朝、武田孝行は機嫌よさそうに食事を取っています。そして、その席で、「今晩、バーベキューをしよう。知り合いの肉屋からおいしい牛肉をもらってくるから」と提案します。もし、その様子に疑問を感じた場合、《心理学》に成功すれば彼が無理をして明るく振る舞っていることがわかります。
 その理由を尋ねると、「ちょっと仕事のことでごたごたがあってね。それを忘れるためにも、今晩は楽しくやろうじゃないか!」と、無理に笑いを浮かべます。

 しかし、その晩、いくら待っても武田孝行が戻ってくることはありません。
 武田孝行と友人の探索者ならば、彼が連絡も無しに約束をすっぽかすような男ではないことを知っています。

 以下が、武田孝行の失踪の真相です。
 武田登喜子の変化に悩んだ彼は、白樺病院に原因があると考え、彼女を退院させることを決意しました。
 単身、白樺病院を訪ね、倉本一仁に退院の手続きを願ったのです。
 ところが不幸なことに、その話を蘇我光太郎に聞かれてしまいます。
 すでに身も心もグラーキの従者と化している蘇我光太郎は、すでに人ならざる者となってしまっている武田登喜子を外に出すことを嫌いました。
 なぜなら、他の医者が彼女を診断すれば、明らかに正常の人間とは異なる存在であることが判明してしまうからです。そうなってしまっては、密かにグラーキの従者を増やすという計画に支障をきたすことになるでしょう。
 そのため、蘇我光太郎は武田孝行にグラーキの棘を使い、彼をグラーキの従者としてしまったのです。同時に、この病院を乗っ取るために、院長である倉本一仁も同様にグラーキの従者としました。
 グラーキの棘の犠牲者がグラーキの従者へと変化を終えるには丸一日程度かかるので、蘇我光太郎は武田孝行と倉本一仁の身体を、人の目につかないところに隠してしまいます(その場所は、林の中の物置でも、病院の地下室でも、蘇我光太郎の病室でもかまいません。探索者が探しても見つからない場所を、キーパーは適当に設定してください)。
 そのため、武田孝行は別荘へ戻って来なかったのです。


12,武田孝行の捜索

 戻って来ない武田孝行を心配して、探索者が捜索をすることも考えられるでしょう。
 その際、探索者が調べそうな場所の情報を以下にまとめておきます。

・別荘の部屋
 まずは手っ取り早い方法として、別荘の武田孝行の自室をのぞいてみるかもしれません。もしも、探索者が彼の自室の存在をすっかり忘れているようでしたら、さりげなく助け船を出して、思い出させてあげてもよいでしょう。
 部屋はきちんと整理整頓されています。部屋の具体的な様子は「6,別荘へ到着」を参照してください。
 きちんと整頓された書物机の上には、目立つように封筒が一通乗っています。
 封筒の表には「みんなへ もし私が帰ってこなかったら開けてくれ」と書かれてあります。
 中には便せんが一枚入っています。その内容は、

「みんながこの手紙を開いているということは、私はまだ戻っていないのだろう。
 いつ、きみたちがこの手紙を開いているかはわからないが、もし、きみたちが私ことを友と思ってくれるのなら、ひとつだけ頼みをきいてほしい。
 倉本医院にいる、私の妻を助け出して欲しいのだ。
 あの病院はおかしい……と言うよりは、あの病院に入ってから、私の妻はおかしくなってきたんだ。
 今日、私は妻を退院させる手続きをしに行くつもりだ。
 そのことで私の身になにかがあるとは思えないが、あの病院には何か気味の悪いものを感じる。だから、用心のため、こんな手紙を書いているのだが、いまみんながこれを読んでいるということは予感が悪いほうに的中したらしい。
 もしかすると、なにか得体の知れない危険があるかも知れない。
 そのようなことをきみたちに頼むのは心苦しいのだが……情けないと思われることは承知で無理を頼みたいんだ。
 なぜなら、彼女は私の命より大事な人だから……
 彼女にだけは幸せになって欲しかった。
 そのためになら、何でもするつもりだった。
 しかし、それができるかどうか、いまの私には自信がない。だから、こんな手紙を書いている。
 保険と言ってしまえば、みんなは気を悪くするかも知れないが……こんなものでも残さなければ、私は不安で押しつぶされそうになる。
 望むなら、またみんなで楽しく過ごせることを祈ろう。
 自分の手で、この手紙を破り捨て、笑い話と出来ることを祈ろう」

 というものです。
 武田登喜子の入院しているという病院の住所は、便せんの最後に書かれてあります。前に白樺病院に行ったことのある探索者なら、それが同じ病院であることがわかります。
 武田孝行の筆跡を知っている人が調べてみて、《アイデア》か《目星》に成功すれば、間違いなく彼の手によって書かれた手紙であることがわかります。
 また、この手紙の内容を読んで《精神分析》に成功すれば、武田孝行が強迫観念にかられているのではと推測できます。

 他に、この部屋にめぼしいものはありません。

・白樺病院
 白樺病院を訪ねると、看護婦の萩原里美が応対に出ます。
 彼女に武田孝行のことを尋ねると、彼が失踪した日、この病院に武田登喜子を見舞いに来たことを知っています。武田孝行とは顔馴染であり、ここ数日、よく顔を見せていたのではっきりと覚えています。
 それからどうしたかと尋ねられれば、院長室で倉本一仁と話をしたあと、そのまま帰ったと答えます。
 ここで、探索者があえて「病院を出ていく姿を見たのか?」としっかり問い質せば、「それは見ていないけど……」と自信なさげに答えます。
 探索者が倉本一仁に会いたいと申し出た場合、探索者が病院を訪れた日によって反応は異なります。
 もし、武田孝行が失踪した翌日に訪ねた場合、まだ倉本一仁の身体はグラーキの従者への変化の途中にあるため、会うことはできません。看護婦は、今朝から留守をしているようで、どこへ行ったかもわからないと首を傾げます。
 失踪した翌々日以降の場合、倉本一仁はグラーキの従者となって病院の仕事に戻っています。まだ変化したばかりなので、やや顔色が悪いといった程度で、外見には奇妙なところはありません。
 ただし、倉本一仁はなるべく人には会わないようにしているので、面会などは看護婦を通じて断られてしまいます。
 看護婦を通じて、武田孝行のことについて尋ねた場合、武田登喜子の病状について話し合いをした。そのあと、すぐに帰った。玄関まで見送ったから間違いない、という答えが返ってきます。

 また、白樺病院の前の通りには、武田孝行の車が駐車されたままになっています。キーパーは《目星》に成功した探索者か、もしくは探索者が武田孝行の車に気をかけていた場合、このことを伝えてください。

・武田の自宅、実家
 もしかすると武田孝行は、何かの事情で自宅へ戻っているのではないか、と探索者は考えるかもしれません。
 彼と友人である探索者ならば、武田孝行が武田登喜子の両親と暮らしていることを知っています。電話番号もわかるので、電話で確認をすることができます。
 電話には武田孝行の義母が出ます。彼女の話によると、別荘に遊びに行ったきり武田孝行は戻ってきていないそうです。
 義母に武田孝行のことを詳しく尋ねると、武田孝行は友人と一緒に別荘に休暇に行っている。その休暇は、妻である武田登喜子の見舞いも兼ねている。
 武田孝行は誠実で心の優しい、非の打ち所の無い夫だと、何ら不審な点の無い答えを返します。

・町のバー
 武田孝行が泥酔して帰ってきた時の代理ドライバーから聞けば、彼が立ち寄っていたバーを聞き出すことができます。代理ドライバーから受け取った請求書などを調べれば、連絡を取るのは簡単でしょう。
 バーは観光客相手の、昼間は喫茶店も兼ねた、さほど流行っていなさそうな店です。
 武田孝行のことを尋ねても最初は思い出せませんが、酔っ払って代理ドライバーを使って帰った客だと説明すれば、店員はすぐに思い出します。
 最初は静かに飲んでいたのですが、グラスを重ねるにつれてブツブツと独り言を呟いていたことを教えてくれます。なんでも、「登喜子は私を憎んでいる。なぜ……愛しているのに。胸の紅い花が……」といったことを繰り返していたそうです。何か思い詰めた感じだったので、独り言の内容までよく覚えているのです。
 しかし、それ以後、武田孝行は店には来ていません。


13,帰ってきた武田孝行

 武田孝行が失踪してから、翌日の夜。ひょっこり彼は別荘にいつもの車で帰ってきます。
 ただし、探索者が彼が失踪したことをあまり心配していなかった場合、帰って来る日を少し伸ばしてください。少なくとも、探索者が武田孝行の自室にある手紙を発見してから、このイベントは発生させたほうが良いでしょう。
 どうして帰って来なかったかを尋ねられれば、また酒を飲みすぎてしまい、シティホテルで一晩明かしたと説明します。もしも疑り深い探索者が、酒を飲んだ場所や、泊まったホテルについて詳しく尋ねれば、はっきりと覚えていないとあやふやな返事をするのみです。
 彼は失踪しているあいだ、蘇我光太郎のもとにいたのですから当然です。
 しかし、そんな彼にたいして《心理学》を試みても、わずかな心の動揺も読み取ることはできません。なぜなら、彼の精神はすでにグラーキと同質のものになっており、人間を超越したものに変化してしまっているからです。
 そんな彼に対して、人間の心理学が通用するはずもありません。
 しかも質の悪いことに、武田孝行の記憶は完全に残っているため、通常の手段では彼がグラーキの従者に変化していることはわかりません。ただ、彼の背中には蘇我光太郎にグラーキの棘を刺された時についた赤い放射状の筋が浮かび上がっています。
 もっとも、これを見つけられても、なにか毒虫に噛まれたらしいと適当な言い訳をします。
 また、彼の自家用車が白樺病院に駐車したままであったことを指摘すると、どうせ酒を飲むつもりだったので、タクシーで繁華街に行って、帰りも駐車してある場所までタクシーに送ってもらったのだと説明します。
 彼の上着を見て《アイデア》に成功すると、先日、出かけていった時の服装と違っていることに気付きます。
 前の上着は蘇我光太郎にグラーキの棘を刺された時に血まみれになってしまったため処分したのです。今の上着は、倉本一仁のものを借りています。
 この事に対しては、酔っ払って汚してしまったので、新しい上着を買ってきたと説明します。もちろん、どこの店で買ってきたかなどには答えられません。

 武田孝行はバーベキューの約束をすっぽかしたことを詫びて、飛び切りの肉を買ってきたので、さっそく今晩楽しもうと提案します。


14,楽しいバーベキュー

 武田孝行はこれまでの落ち込んだ様子など微塵も感じさせない明るい態度で、いそいそとバーベキューの準備に取り掛かります。
 彼はこのとき倉本一仁から貰った睡眠薬を料理に仕込みます。一般の人間では手に入れることのできない強力な睡眠薬なので、ごく少量でもそれなりに効果を表すものです。
 睡眠薬は塩のビンに粉末の状態で入っています。
 武田孝行はちょっとした隙を見て、その塩をサラダなり、バーベキューのソースなり、誰も見ていないようでしたら飲み物の中にでも、振り掛けようとします。
 その行動を阻止するには、よほど探索者が神経質に武田孝行の行動を警戒し、その一挙一動をしっかりと監視していなければ無理でしょう。
 もしも、まわりの監視が厳しいとわかると、武田孝行は危険を冒してまで睡眠薬を仕込むことは断念します。

 バーベキューは平穏(探索者次第ですが)に終わります。
 その後の後片付けの最中、探索者たちは《幸運》を行います。失敗した探索者は睡眠薬を多量に摂取してしまったため、POT18の抵抗ロールを行います。成功した探索者はPOT8の抵抗ロールを行います。
 抵抗に失敗した探索者は強い睡魔に襲われて、ついつい眠りに落ちてしまいます。これに抵抗するには、覚醒剤などの特別な薬品が必要です。ただし、この睡眠薬は持続時間が短いので10分も経てば効果はなくなります。
 この睡眠薬の効果は、いきなりバタリと倒れるように眠るのではなく、眠気が襲ってきて自然に眠くなるということに注意してください。睡眠薬で眠った探索者を他の人が見ても、単に眠くなったのだろうとしか思えないのです(プレイヤーは抵抗ロールをしたので、この眠りが怪しいことはわかるでしょうが)。
 キーパーは、この睡眠薬によって探索者の全員が眠りに落ちてしまわないように手加減をしてください。例えば、探索者の多くが《幸運》に失敗しているようでしたらPOTの数値を低くするなどです。
 それでも不幸にも全員が眠りに落ちてしまったら、心を鬼にして探索者の一人をグラーキの僕としてしまうのも、ゲームが盛り上がってよいでしょう。その際は、誰が犠牲者となったかは他のプレイヤーには秘密にしておくと、プレイの緊張感も増すはずです。
 
 武田孝行は、まだ目を覚ましている探索者の一人に、車の調子が悪いので修理を手伝ってくれないかと頼みます。これは目が覚めている探索者の内で、《機械修理》が得意な探索者か、武田孝行の友人の探索者が適任でしょう。
 彼としてはなるべく一人だけを引き離したいところですが、それが無理なら複数の探索者がついてきてもしかたがないと考えます。

 車が駐車してある所へ着くと、武田孝行はボンネットを開けてエンジンの具合を見ます。探索者がエンジンの様子を見て《機械修理》に成功すれば、確かに一部の部品がゆるんでいるのがわかります(これは武田孝行があらかじめ仕込んでおいた故障です)。たいした故障ではないので、工具さえあればすぐに直せそうです。
 武田孝行はエンジンの様子を見ている探索者に工具を取るからといって、後部のトランクを開きます。しかし、彼が取り出したのは工具ではなく、蘇我光太郎からわけてもらったグラーキの棘(全部で二本あります)です。これを探索者を突き刺すことが彼の最終的な目的なのです。
 もしも、探索者(プレイヤー)が迂闊にも何の警戒もしていない様子だったら、この襲撃は完全な不意打ちとなります。この愚かな探索者に攻撃をかわせるチャンスが残されているかどうかはキーパー次第でしょう。
 探索者(プレイヤー)が武田孝行に対して何らかの警戒をしていれば、この襲撃に気付くチャンスは十分にあります。警戒の度合にもよりますが《幸運》や《目星》などで判定するのが適当でしょう。もしも、探索者の警戒が完璧とキーパーが判断するのなら、ロールをさせる必要も無く気付いたことにしても構いません。
 一度、彼の攻撃に気付きさえすれば、《回避》や《受け》などの通常手段で防ぐことは可能です。
 なお、グラーキの棘は《受け》に成功した場合、《受け》た武器の耐久力が減ることはありません。グラーキの棘は魔法的なものなので、生き物以外にはダメージを与えないのです。

 武田孝行は奇襲が失敗しても、さらに攻撃を仕掛けてきます。
 グラーキの従者となった武田孝行は、普通の探索者にとってはかなりの強敵です。一対一で戦うのは危険でしょう。《幸運》に成功した探索者は、無表情で執拗に自分を襲って来る武田孝行を見て、尋常ではない恐怖(自分が殺されそうになっていること以上の恐怖です)を感じます。
 探索者があまりに不利な戦いを挑もうとしているのなら、キーパーの判断によって助け船を出してあげてもよいでしょう。
 グラーキの従者は、強靭な耐久力を得た反面、非常に動きがのろくなっています。探索者が走って逃げようとすれば、簡単に逃げられるはずです。
 その場合、武田孝行と《DEX》の抵抗ロールを行い、それに勝てば逃げられたことになります。ただし、抵抗に失敗した場合は、追い付かれて後ろから攻撃をされることになります。
 武田孝行は狙っていた探索者が逃げると、今度は別荘のほうへ向かい、眠っている探索者たちを襲おうとします。

 武田孝行を迎え撃つために眠っている探索者を起こそうとするなら、誰かがその探索者を1ラウンドの間揺り起こして、その探索者が《CON》×5に成功すれば目を覚まします。もし、失敗して再度挑戦するならば次は《CON》×6と1倍づつ倍数が増えていきます。

 武田孝行は死ぬまで(耐久力が0になるまで)戦い続けます。彼は神話生物となっているため、肉体の損傷による意識不明にはなりません。
 武田孝行は耐久力の半分を失うと、どこかしらに人間ならば致命傷となるだろう傷を負うこととなります。例えば首の骨が折れるとか、内臓が破裂して大量の吐血をするなどです。
 しかし、そんな傷などお構い無しに、彼は執拗に探索者たちに襲いかかってきます。その姿は陳腐な表現ですが、まるでゾンビのようです。
 そんな武田孝行の姿を見た探索者は1/1D4正気度ポイントを失います。

 耐久力が0になれば、武田孝行は息絶えます。
 武田孝行の身体を調べてみて《医学》に成功すると、なにかしら違和感を感じます。決してゾンビのように死体になっても動きまわっていたというわけではないようなのですが、漠然と普通の人間とは異なる印象を受けるのです。
 彼の服を脱がして、背中を見てみればグラーキの棘の犠牲者に特有の放射状の赤い筋が浮かび上がっています。しかし、この筋がいったいなんなのかは《医学》に成功してもわかりません。《クトゥルフ神話》に成功すれば、これがグラーキの従者特有の傷跡であることがわかります。
 他に調べてみると、ズボンのポケットに例の睡眠薬入りの塩のビンを発見します。中の粉末が塩でないことは、よく見てみればすぐにわかります。《薬学》に成功すれば、これが一般では手に入りづらい強力な睡眠薬であることがわかります。
 また、車のトランクにはグラーキの棘が一本残っています。


15,病院の秘密

 賢明な探索者ならば、やがては白樺病院に何か秘密があると容易に予想がつくでしょう。
 以下に、白樺病院の重要な場所についての情報を記します。

★病院全体の情報
 蘇我光太郎が完全なるグラーキの従者となってから、次々と病院の人間は、その毒牙にかかっていきます。
 キーパーはシナリオの進行状況に応じて、病院の人間たちの状態が変化することに注意してください。
 武田孝行が探索者を襲うイベントが発生した頃には、武田孝行と倉本一仁、さらに萩原里美までもがグラーキの従者となってしまっているため、病院内はひっそりと静まり返っているでしょう。

★倉本一仁の部屋
 院長室であり、倉本一仁の私室でもある部屋です。
 すでに倉本一仁がグラーキの従者となっているのなら、院長室には誰もいません。
 この部屋には重要な情報があるので、キーパーは探索者にこの部屋の存在をさりげなく伝えて、興味を持たせるようにしてください。なるべくならば、武田登喜子からグラーキの従者に関する告白のイベントの前に、この部屋を調査させるのが望ましいでしょう。
 扉が開きっぱなしになっているなどといった描写をして、キーパーは探索者をこの部屋へと誘導して下さい。
 部屋には大型の書物机と、カルテなどが収められた書類棚、医学書などの収められた本棚があります。
 この部屋で発見できるものを以下に記します。
 キーパーは探索者にどんなものを探すか、どこを探すかを尋ね、その行動次第で《目星》のロールにボーナスを与えてあげましょう。探索者が賢明な動きをした場合は、ロールをさせなくても構いません。

・カルテ
 この病院の性質上、カルテの枚数は少なく、目的の人物のカルテを探すのはロールの必要が無いほど容易なことです。
 カルテは英語(ドイツ語ではありません)で書かれてあります。その内容を理解するには、《医学》×2か《知識》か《英語読み書き》で成功する必要があります。

 武田登喜子のカルテを読むと、彼女がすでに手遅れの末期ガンであることがわかります。
 そのカルテの最近の診断日は2年前の日付で、それ以後のカルテはどこにも見当たりません。
 さらに《医学》に成功すると、カルテに記された診断内容によると、彼女の命はもって1ヶ月である(2年前の時点で)ことがわかります。これはとても奇妙なことでしょう。

 また、蘇我光太郎のカルテには、2週間前の日付で死亡と記されています。その死因は、胸部刺傷による出血多量です。
 もちろん、「11,白樺病院」で探索者が蘇我光太郎と出会ったのは2週間以内のことです。これは武田登喜子のカルテよりも、もっと奇妙なことでしょう。

・日記
 本棚の隅に古い日記帳があります。
 日記はかなり分厚く、約7年前から続いていますが、4年前のある日を最後に途中で終わっています。
 4年前の最後の日記以外は、さほど重要な情報はありません。
 日々の天候のことや、中庭の草木の様子といったことが中心で、患者のことが書いてあるのはごくまれです。このことから、倉本一仁が病院のことにあまり感心が無かったことが推測できます。
 しかし、日記の最後から数ページ、4年前の内容はこれまでの様子とは大きく異なっています。
 以下が、その内容です。

最後の日記から2日前
「武田さんの要望に従い、準備を進める。あきらかに異常なことだとはわかっているが、患者の希望は出来るだけかなえてやりたい。ペットショップへの手配は済ませたが、金属粉はどうしたものか」

最後の日記から1日前
「まさか本当にあんなことが起きるなんて。あの棘はなんだったのだろう。信じられないが、あれは本当に起きたことだった。その証拠に、いまも彼女の部屋にあの棘はあるはずだ。いったい、何に使う気なのか……いや、そんなことは考えないほうがいいだろう。とにかく、私の仕事は終わったのだ。もう忘れよう」

最後の日記
「彼女が自殺を図った。幸い未遂にすんだが、あの棘を自ら胸に刺し、私が気付いた時にはすでに昏睡状態に陥っていた。心拍数は極端に低下、呼吸も弱いが、いまのところ安定はしている。内臓への傷は思ったより少なく、命に関るような傷ではないが、棘の刺さった部分に奇妙な赤い筋が浮き上がっている。棘になんらかの毒が含まれていたのかも知れない。いまのところ様子を見る以外、手の施しようが無い……それに、どうせ彼女の命は……」

・謎の金属粉
 机の引き出しに、金属粉の入った小さな瓶があります。
 池の岸にあった儀式跡に残っていた金属粉を調べた探索者ならば、この金属粉がそこにあったものと同じであることがわかります。

★蘇我光太郎の病室
 曽我光太郎の病室は常に空っぽです。
 この部屋はベッド以外は和風の家具が揃えられており、あまり病室といった感じがしません。部屋自体の広さも、他の部屋に比べて倍はあります。
 この部屋にはめぼしいものはありませんが、部屋の奥には日本刀が飾ってあります。
 ただし、二本あるはずの日本刀が一本しかありません。これは蘇我光太郎が武器として持っていってしまっているからです。

★瀬川真衣の病室
 彼女の部屋は、白い壁に、白いベッド、簡素な調度類と、この病院では一番病室らしいものです。
 ただし、この部屋には、サンルームと同様に、あきれるほどたくさんぬいぐるみが置かれています。
 彼女はたいていサンルームか、この部屋にいますが、シナリオの最終段階(「13,帰ってきた武田孝行」のイベント以降)では蘇我光太郎にさらわれてしまうため、この部屋には誰もいません。

★看護婦の詰所
 玄関のすぐ脇にある、受け付けを兼ねた小さな部屋です。
 外来を受け付けることはないため、書類や薬品などはなく、本当に看護婦が詰めているだけの場所です。
 簡単な事務仕事用の机と、奥には仮眠を取るためのベッドがあります。また、小さなモニターがあり、玄関の門に備え付けられた監視カメラの映像も見ることができます。
 いつもは萩原里美などの看護婦が、ここに詰めています。探索者が病院に入る際の最大の難関はここでしょう。
 なお、シナリオの最終段階(「13,帰ってきた武田孝行」のイベント以降)になると、この部屋には誰もいません。不審に思って部屋を捜索し、《目星》に成功すると血のついた陶器の破片を机の下に発見します。
 この破片は、蘇我光太郎が萩原里美をグラーキの僕とする際に、動きを封じるため花瓶で殴り倒したときのものです。


16,武田登喜子の病室


 このイベントは探索者次第で、シナリオのどの段階でも発生する可能性があります。キーパーは状況に応じて、この項の説明を参照してください。

 武田登喜子は、身内の人間以外は面会謝絶となっています。
 その理由は病状が重いからではなく、単に武田登喜子があまり人と会いたがらないからです。また、彼女の異常さを気付いている倉本一仁も出来るだけ人には会わせないようにしているので、ますます面会は難しくなっています。もちろん、看護婦にもそのことは伝わっており、武田家の身内以外の面会は断るようにしています。
 このためシナリオの早い段階で探索者が武田登喜子に会うのは難しいでしょう。
 彼女に会う手段としては、瀬川真衣の見舞いに来たふりをして、こっそりと武田登喜子の病室に忍び込むのが一番無難でしょう。瀬川真衣は武田登喜子の病室や、病院の間取りにも詳しいので、探索者にとっては好都合でしょう。
 外の窓から入ろうとする探索者がいるかもしれませんが、武田登喜子の病室の窓は板で雨戸が打ち付けてあります。雨戸を板で打ち付けるなど不自然なように思えますが、グラーキの信者にとって日光は致命的なので、この処置は必要なものだったのです。
 そのため、外からの彼女の部屋に侵入するには、よほど強硬な手段を取らない限り無理です。

 ただし、シナリオが進んで、倉本一仁や萩原里美までがグラーキの僕と化してしまうと、病院に人気が無くなるため忍び込むのは容易になります。

 武田登喜子の病室は、病院の中の奥まったところにあります。
 ドアには洒落た陶器のネームプレートがかけられており、「TOKIKO.T」と書かれてあるので、彼女の部屋であることには間違いありません。
 鍵はかかっていないので、簡単に中へ入ることはできます。事前にノックをすれば、部屋の中から「ドアは開いてます。どうぞ」という女性の声が聞こえてきます。
 部屋の中は薄暗く、ほとんど中の様子は見えません。
 窓は雨戸が閉まっている上、厚いカーテンがかけてあり、日光を完全に遮っています。
 探索者が入ってくると、暗がりの向こうから「どなたですか?」と落ち着いた声で尋ねてきます。
 この時、よほど露骨に怪しい返事をしない限り、追い返されることはありません。武田登喜子はちょうど退屈をしていたので、誰だか知らないが暇潰しぐらいにはなるだろうと思っています。
 彼女は探索者が挨拶をすませると、「私は病気のせいで光が苦手なんです。ドアを閉めてもらえますか?」と言います。
 部屋のドアが閉まって部屋の中が真っ暗になると、なにかスイッチの入ったような音がします。するとベッドの足下のほうで、弱いオレンジ色の非常灯のようなものが点灯して、探索者たちの足下を照らします。
 これでやっと部屋の様子がぼんやりと見えるようになります。

 部屋の広さは十八畳ぐらいあり、病室にしてはかなりゆったりしています。バス・トイレ、冷蔵庫などもあり、ホテルの一室を思わせるような部屋です。
 ベッドは最新式の入院患者用ベッドで、折り畳み式のテーブルや、読書用のライト、ワンタッチでベッドの角度調整ができるスイッチなど、いろいろと便利なオプションがついています。
 部屋の中ですぐに目につくのは、病室にはあまり似合わない大きな本棚です。
 並ぶ本のほとんどが洋書で、《英語読み書き》×2に成功すれば、これらが英国文学全集などであることがわかります。
 英文科を卒業した彼女にとって、病気になってからは洋書を読むことは良い暇つぶしになっています。
 この本棚を見て怪しい(珍しい)本は無いかを調べてみた場合、《知識》1/5に成功すれば、「グラーキの黙示録」という、あまり聞いたことのない本が並んでいることに気付きます。「グラーキの黙示録」を見て《クトゥルフ神話》に成功すると、これがイギリスで出版されたフォリオ判の「グラーキの黙示録・全9巻」であり、危険な知識の込められた魔道書であることがわかります。
 部屋の中は化粧品の甘ったるい匂いが立ちこめています。これは彼女の死臭にも似た、グラーキの従者独特の体臭を隠しているためです。《目星》1/5に成功すれば、その甘い匂いの中にわずかに紛れた、生臭い腐臭を感じ取ることができます。

 武田登喜子は、探索者の質問には丁寧に答えてくれます。
 しかし、ベッドから立ち上がることはなく、ベッド自体を少し起き上がらせ、半分横になったままで相手をします。
 彼女は探索者に対して、敵でも味方でもない立場にあります。
 グラーキに関することや、自分がグラーキの従者であることは隠そうとしますが、それ以外のことについては事実を話してくれます。病院の内情についても詳しいので、彼女は良い情報提供者となってくれるでしょう。
 以下に、探索者がしそうな質問の解答を記します。

・武田孝行について
 失踪した日、武田孝行が自分を見舞いに来たと話します。
 ただし、午前中のうちに、この病室からはでていったが、その後、彼がどこへ行ったのかは、まったく心当たりはないそうです。
 この話は真実です。
 彼女は話の最中で武田孝行に対し、露骨な嫌悪感を探索者に示し、自分の夫を「財産目当てで結婚した汚い男」だの、「私が死ぬのを待っているハイエナ」だと、ひどい呼びかたをします。
 武田孝行の友人は、幸せな結婚をしていたはずだというのに、たった数年でこれほどまでに彼女の心が変化してしまっていることを奇妙に思えるでしょう。また、彼の手紙(「12,武田孝行の捜索」の項を参照)を読んでいる探索者ならば、彼女が武田孝行のことを思い違いしていると思うかもしれません。
 グラーキの従者となり、精神がむしばまれた彼女は、武田孝行の純粋な愛情を悪意に歪めた形でしか受け止めることができなくなってしまっているのです。
 キーパーは、このシーンで武田登喜子のすさんだ心を探索者に印象づけてください。

・病気について
 自分の病気は、とても珍しい筋肉の病気で、だんだんと筋肉が硬直して動けなくなるのだと説明します。また、この病気は光が悪い影響を与えることも付け加えます。
 この話を聞いて《医学》に成功すると、あまり聞いたことのない病気だと思います。もしそれが本当だとしたら、よっぽど珍しい病気ということになります。
 この話は、まったくの嘘です

・グラーキの従者について
 もし、すでに探索者がグラーキの従者と化した武田孝行に襲われており、そのことを(武田孝行が死んでしまったことを含めて)具体的に話した場合、彼女は初めて動揺を見せます。
 ただし、武田孝行が死亡したことよりも、危険な存在であるグラーキの従者が、自分の知らないところで増えていることに対して、彼女は脅威を感じているのです。
 実際、夫が死んだことを聞かされても、彼女は悲しむどころか冷ややかな笑いすら浮かべます。
 さらに、探索者が倉本一仁の日記や、武田登喜子のカルテの内容など(「15,病院の秘密」の項を参照)について問い詰めれば、彼女はすべてを告白します。
 なお、キーパーはこの告白のイベントを必ず夜に発生させるよう時間の誘導をしてください。朝や真昼だと、今後のイベントに支障をきたすので、このことには注意してください。

「私がやったことは、グラーキ黙示録と呼ばれる本にあった、死を逃れるまじないよ。このまじないは、『グラーキの棘』というものを造るものなの。
 この棘で刺されて死んだ人は、すべてグラーキの従者と呼ばれる不死の存在になり、主人であるグラーキに永遠に奉仕する化け物になってしまう。けれど、もし棘に刺されても死ななかったらどうなると思う?
 その人は従者にならずに、不死の身体だけを得ることが出来る。
 私は、その可能性に賭けてみたのよ。
 そして成功した……これを見て……」

 そう言って彼女は寝間着の前をはだけます。
 むきだしになった胸には、グラーキの棘の傷口に特有の赤い筋がびっしりと根のようにはっています。
 
「これがその証し。グラーキの棘に含まれていた毒が、私の身体を変化させた跡よ」

 これで彼女の告白は終わりです。
 武田孝行がグラーキの従者となっていたことや、蘇我光太郎のカルテの話をすれば、もしかすると倉本一仁がが勝手に儀式を執り行ったのかもしれないと自分の考えを述べます。
 しかし、その動機などについてはわからないと答えます。
 事実、彼女は今回の事件のきっかけとはなりましたが、それ以後の蘇我光太郎や武田孝行については、まったく無関係だったのです。


17,萩原里美の襲撃

「16,武田登喜子の病室」で、武田登喜子からグラーキの従者についての真相を聞き出すと、いよいよシナリオはノンストップでクライマックスまで進みます。前述したことですが、このイベントを発生させる時間は夜に限定してください。

 武田登喜子との話が一段落したところで、キーパーは探索者に《目星》1/2をさせてください。
 成功した探索者は、部屋の空気がわずかに焦げ臭いことに気付きます。
 全員が失敗した場合、再び《目星》をさせてください。今度は1/2はしなくてかまいません。それでも全員が失敗した場合、今度は《目星》×2、×3と失敗するごとに成功しやすくなっていきます。
 もちろん、部屋には匂いの元となるようなものはありません。
 おそらく、探索者は部屋の外を見ようとすることでしょう。武田登喜子は必ず扉を閉めるよう指示するため、このとき扉は閉まっているはずです。
 しかし、開けようとしても扉はびくともしません。鍵はかかっていないようなのですが、外からつっかえ棒かなにかで固定されているようです。この時、扉の外を警戒して《聞き耳》などに成功すれば、扉の向こう側で「ゴウゴウ」という音が聞こえてきます。この音を聞いて《アイデア》に成功すれば、扉のすぐ外は大火事になっていることがわかります。
 扉を力尽くで破って出る場合、《STR》15の抵抗ロールに成功しなくてはいけません。このロールには二人まで協力することができます。また、適切な道具を使用すれば、道具に応じて《STR》の数値を下げて判定させてください。
 ただし、扉を破った瞬間、外から炎が勢いよく部屋に吹き出してきます。部屋の外はすでに火の海となっております。
 もし、探索者が外の火災を警戒しないで扉を開けた場合、扉を開けるのに参加した探索者は火炎によるダメージを受けます。ダメージの数値は、焦げ臭いと感じるための《目星》に、何回目で成功したかによって変わります。
 1回目で成功してすぐに扉を開けようとした場合は、1D4のダメージを受けます、それが2回目だったら、2D4、3回目だったら、3D4……といった具合にダメージは増えていきます。時間が経つにつれて、外の火の勢いがどんどんと強くなっているからです。
 病室の外の廊下は勢いよく燃え上がっています。しかし、すぐ目の前が大きな窓なので、部屋を飛び出して窓を突き破ればダメージを受けること無く、外へ脱出することが可能です。

 もし、扉からではなく病室の窓から出ようとするのは、前述した通り、板を打ち付けた雨戸があるため困難です。無理矢理叩き壊すのならば、《STR》18の抵抗ロールに成功しなくてはなりません。これは探索者ひとりでしか挑戦できません。ただし、病室の窓から外に出た場合には火炎によるダメージを受けることはありません。

 外へ出た探索者(もちろん、武田登喜子も一緒に脱出します)は、病院全体が燃え上がっているのを見ることができます。
 このとき《アイデア》に成功すれば、気付かぬうちにこんなに早く火がまわるはずはなく、おそらく誰かが故意に放火をしたのだろうと推測できます。

 命からがら脱出した探索者ですが、それを迎える人影があります。
 人影の正体は白い看護服を着た萩原里美ですが、よく見てみると、彼女の白い看護服の襟元はべっとりと血に染まり、首も斜めに曲がっています。これはグラーキの従者になる前に、蘇我光太郎に花瓶で殴られた時の傷がそのままになっているのです。
 その手には燃え上がるホウキを持っています。
 彼女は、グラーキの秘密を知る武田登喜子と、いろいろと嗅ぎまわっている小うるさい探索者たちを火事に見せかけて一気に葬ろうとしたのです。
 目の前に現れた探索者を、彼女は薄ら笑いを浮かべ、完全な狂人の目で見つめると「消灯の時間です。病室に戻らないと、お注射しますよ〜!」と、片手に燃え上がるホウキ、片手に注射器を持って襲いかかってきます。
 注射器には劇薬が入っており、萩原里美はこれを探索者の身体に突き立てようとします。もちろん、戦闘中ではごく少量しか薬液を投与できないので、簡単には致死量にはなりません。ルール的には注射器は近接戦用の武器(注射技能40% ダメージ1D6)として扱います。
 彼女は耐久力が0になるまで気絶することも無く戦い続けます。
 倒した後に、彼女の身体を調べてみれば、例の赤い筋が腰の当たりに浮かび上がっています。 

 もしも、まだ病院にやり残していることがあって(瀬川真衣の病室を見に行くなど)、再び燃え上がる病院に突入するような探索者がいた場合、それはかなり無謀であることを示唆してあげましょう。ルール的に言えば、行きと帰りに一回ずつ《幸運》を行い、これに失敗すれば崩れた建材に巻き込まれ4D6のダメージをうけることになります。また、《幸運》に成功したとしても、やはり火炎に巻き込まれるため1D6のダメージを行きと帰りに受けます。

 この項のイベントは、探索者が別行動をしていた場合、展開は大きく変わってきます。
 武田登喜子の病室以外の部屋にいた探索者は、萩原里美が放火している現場に出くわし、そのまま燃え上がる病院内で戦闘に突入することもあるでしょう。
 また病院以外場所にいた探索者は、やがて病院の方角から赤く照らされた大きな煙が立ち上っているのを発見するでしょう。それは一目見て、病院で大火事が起きているとわかるはずです。
 次のイベントからシナリオはクライマックスとなるので、キーパーは探索者が一ヶ所に集まるように誘導してください。


18,震える水面

 病院を脱出した探索者は、蘇我光太郎、倉本一仁、そして瀬川真衣の行方を探すことでしょう。
 いま、彼らはこれまで儀式を行ってきた例の池で、最後の儀式をしている最中です。
 もしも、探索者が池の存在をすっかり忘れているようでしたら、これまでの事件の整理をするよう提案するなどして、そのことを思い出させてあげましょう。
 また、以下に記述されている、林の中の無気味な雰囲気を伝えるのも、良い誘導手段でしょう。

 池へ向かうと、儀式用のテーブルがあった場所で、チラチラと懐中電灯の光が動いているのが見えます。《アイデア》に成功すると、林の中で虫の鳴き声がまったく聞こえないのに気付きます。さらに《幸運》に成功すると、この林全体に無気味な気配を感じます。
 よく見てみれば、二人の人影がテーブルに乗った瀬川真衣を囲んでいるのがわかります。
 蘇我光太郎と倉本一仁は、グラーキの思念を受けて、恐るべき儀式を執り行おうとしています。
 それはニューブリテン島の湖と、この池を繋ぐ門を創造し、グラーキ御大をここへ呼び出すという大それたものです。
 そして、その際の生け贄として、瀬川真衣が用意されたのです。
 すでに儀式は完了直前で、シナリオの都合上、どのようなタイミングで探索者が儀式の現場に踏み込んだとしても、儀式を阻止することはできません。

 蘇我光太郎は探索者の存在に気付くと、「もう遅い、すでに門は開かれた!」と叫びます。
 すると、池の中央が盛り上がり、大量の水が岸に津波のように溢れだします。とてつもない量の水が池の底からわき出したとしか思えない現象です。
 突然の大水に、岸で儀式をしていた倉本一仁と瀬川真衣は飲み込まてしまいます。ただし、探索者のところへは膝ぐらいまでしか水は届かないので流されるようなことはありません。
 その水は妙になま暖かく、明らかにこの池の水とは異質なものを感じます。なぜなら、これは赤道近くにあるニューブリテン島の湖の水が流れ込んできたものだからです。
 溢れ出した水が落ち着くと、岸辺には蘇我光太郎が日本刀を地面に突き立てた姿勢で流されずに残っています。
 彼は瀬川真衣が流されてしまったことに気付くと、
「い、生け贄が……くそ、こうなれば、おまえたちの血をグラーキ様に捧げてくれる!」
 と、日本刀を最上段に構え、探索者たちに襲いかかってきます。
 キーパーは探索者たちの戦闘力を考えて、蘇我光太郎の強さを調整してください。探索者の戦闘力があまり無いようでしたら、日本刀を模造刀としてダメージを減らすか、技能値を減らすと良いでしょう。

 また、蘇我光太郎との戦闘の最中ですが、それと同時に探索者の誰かは流されてしまった瀬川真衣を助け出さねば、彼女は溺れ死んでしまいます。
 幸いにも、彼女は儀式用のテーブルにひっかかっているため、すぐには沈んでしまうことはないようですが、助け出すには不吉に増水を続ける池に泳いで行かねばなりません。ルール的には戦闘に参加せずに瀬川真衣を助けることに専念して、《泳ぐ》×2に成功すれば、彼女を救出することができます。ただし、もし最初のロールに失敗したら、次は《泳ぐ》×1、その次は《泳ぐ》1/2と成功確率が減っていきます。もし、三回目の挑戦でも、誰も《泳ぐ》に成功しなかった場合、残念ながら瀬川真衣の姿を夜の池に見失ってしまい、彼女は溺れ死んでしまいます。
 この《泳ぐ》のロールは、探索者の何人でも参加できます。
 親切なキーパーならば、ロールの修正や失敗した時の結果などを、あらかじめプレイヤーに伝えておくべきでしょう。ささいな判断ミスで瀬川真衣を溺れ死なせるのは、あまりに後味の悪い結果となると思われるからです。

 池の中には、倉本一仁の姿は見えません。
 瀬川真衣を助け出すために池の中へ入った探索者は、足の下、池の底のほうに何か巨大な動くものの気配を感じます。
 やがて、池の水が「ギィィィィィン」と激しく震え始め、細かい泡が沸き上がってきます。どうやら水の底で、何か巨大なモノが激しく振動をしているようなのです。
 水面にあがっていた泡が徐々に減っていくと、今度は池の中心あたりに、長い棘が無数に顔を出しはじめます。それらは、一本一本がザワザワと別の動きをしており、別々の生き物のようにもみえます。体長10メートル以上もあるウニが、さかんに棘を動かしているような姿を思い浮かべるとぴったりとくるでしょう。
 池を泳いでいて、足の下に感じる不吉な気配と、間近で蠢く巨大な棘を見た探索者は1/1D10正気度ポイントを失います。
 また、池の岸辺でその光景を眺めた探索者は1/1D6正気度ポイントを失います。
 棘は徐々に長くなり、その棘の根元にあるであろう、本体が姿を現そうとしているようです。キーパーは、何か得体の知れない強大な存在が浮上しようとしている時間的切迫感を演出し、蘇我光太郎との戦闘と、瀬川真衣の救出を焦らせてください。
 もっとも、蘇我光太郎の戦闘にいくら時間をかけても、グラーキ御大が探索者の前に姿を現すことはありません。それはあまりに探索者にとって致命的なことだからです。
 蘇我光太郎は探索者に倒されると、儀式用のテーブルが置かれていた四つの石の上に上に倒れ込みます。
 そして、自分が儀式をする場所にいることに気付くと、今際の際に驚きの声を上げて、
「駄目だ……私の血では……生きた人間の血でなくては……違うんです、グラーキ様……!」
 と、血反吐を吐きながら、水の上を見苦しくのたうちまわります。
 蘇我光太郎の流した血が水の溶け込んでいくと、それに反応するかのように棘一本一本の動きが激しくなり、水面にはいくつもの渦が巻き始めます。
 そして、その渦巻のひときわ大きなものの中心から、コンブのような平べったい触手がスルスルと伸びてきて、瀕死の蘇我光太郎を捕らえて軽々と持ち上げると、そのまま水の中に引っ張り込んでしまいます。その動きはゆっくりとしたもののように見えますが、どのような人間にも阻止することのできないものです。神の為すことに抗える人間はいないのです。
 蘇我光太郎が水の中へと消えて行くと同時に、棘もゆっくりと沈んで行き、いつのまにか増水も嘘のようにぴたりと止まります。
 池の周辺には増水した水が足首ぐらいまで残されますが、それ以外には、あの神話的事件の名残はまったく無くなります。
 林には虫の鳴き声が溢れ出し始め、あたりに立ち込めていた不吉な空気も消え失せます。
 幸いなことに、グラーキ御大はわざわざ呼び出されてきたというのに用意されていた生け贄がグラーキの従者であったため、この場所への関心を失って、元の住処へと帰っていったのです。
 
 瀬川真衣は大量の水を飲んでいるようで、すぐに《応急手当》が必要です。このロールは何度でも挑戦できるので、いつかは成功するでしょう。ロールに成功すれば、彼女は規則正しい呼吸を取り戻します。ただし、まだ意識は回復しません。


19,真実の愛

 こうして、蘇我光太郎の企てた忌まわしい陰謀は阻止されました。
 しかし、まだいくつかの問題が残っています。
 武田登喜子は病院が燃えてなくなってしまったので、とりあえずは別荘に戻ることにします。
 そして、別荘を前にして、
「わたしが死ぬことを心待ちにしていたあの人への復讐の為に、こんな身体になったというのに……先に逝かれてしまうなんて皮肉なものね。昔はあれほど愛してくれたのに、いつからこんなふうになってしまったのか……」
 と、こぼします。
 すると、そこへ大水に流されてしまったはずの倉本一仁がやってきます。
 右腕はぐしゃりと押し潰されて、頭にも大きな傷があります。全身水浸しの上、驚くほど大量の出血をしています。
 普通ならば、とっくに死んでいるであろうことがロールの必要も無くわかるぐらいです。
 そして、左腕にはあのグラーキの棘が一本握られています。
 彼はそれをぐいっと探索者たちの前に突き出すと、こう言います。
「ここに最後のグラーキ様の棘がある。これを使えば、真衣ちゃんも不死の身体になることができる……彼女に……これを使ってくれ……それで彼女は病魔から救われ……グラーキ様を讃える僕の一人となれるんだ」
 そう言って、ずるずると足を引きずりながら近付いてきます。
 彼には戦闘する力は残されていませんので、もし、力ずくで阻止しようとするならば、1点でもダメージが入れば、その場に倒れます。
 また、探索者が倉本一仁のことを説得しようとするならば、彼はその言葉を最後まで聞いた後、力尽きたように崩れ落ちます。
 腕と頭の傷からは、さきほど以上に大量の血がドクドクと流れ出ています。
 そして、長い沈黙の後、ゆっくりと目を開き、弱々しく訴えかけてきます。
「登喜子さん……孝行さんは君を愛していた……そして、以前の君も同じように……歪んでしまったのは君のほうだ。グラーキの毒は肉体だけでなはく、魂をも汚す。たとえ肉体は不死を得ても、永遠の魂を得ることは出来ないんだ」
 そして、血まみれの腕を眺めながら、
「汚れた血をすべて流したおかげで、自分を取り戻すことが出来た。最後に人間として死ぬことが出来て良かった……登喜子さん、あなたも……ほんとうなら……」
 と言って、完全に死亡します。その表情は安らかなもので、紛れも無く人間の死に顔でした。
 武田登喜子は倉本一仁の、最期の訴えを聞いて戸惑った顔をしています。
「……わたしの心が、グラーキの毒に侵されているとでも言うの?」
 彼女は不安そうな顔をして、探索者(その場に居るのならば、武田孝行の友人の探索者)のほうを見ます。
 ここで探索者がどのような答えをするかによって、武田登喜子のこれからの行動は大きく変わります。

 探索者が、いかに武田孝行が武田登喜子のことを愛していたかを説明し、精神が歪んでしまった事実を示唆するのならば、彼女は素直にその事実を受け止めます。
 そして、ひとり別荘へと入ります。このとき、もし武田孝行の死体があるのならば、その死体を抱きしめて一緒に別荘に入ります。
 彼女は探索者との別れの際に、これまで見せたことの無かった穏やかな笑みを浮かべて、
「一番大切な物を忘れてまで、醜く生き延びてきた女にしては、上出来な最後だわ。永遠の魂……もう一度、私は手に入れることができるかしら……」
 と言い残し、別荘の奥へと去って行きます。
 しばらくすると、別荘から火が出て、すべてを燃やし尽くします。武田登喜子が焼身自殺をしたのです。

 もし、探索者が武田登喜子の精神が歪んでいることを伝えなかった場合、彼女は探索者たちと別れて、再び闇の世界で永遠に生き続けることになります。
 しかし、その魂は汚れ、最も大切な愛を失い、これからも永遠に一切の人間の幸福をつかむことのできないまま生きることに、いったい何の意味があるのか……探索者は、そのことを考えてみるべきでしょう。


20,大団円

 瀬川真衣の救出に成功していた場合、彼女のその後についても考えねばなりません。
 今回のシナリオは、救いの少ない事件だったので、最後ぐらいはハッピーエンドでまとめたいところです。
 よって、ちょっとご都合主義ではありますが、瀬川真衣の両親のところへ連絡をつけたところ、彼女の母親が冷たい父親と離婚して、娘とやり直そうと決意したところだったという決着をさせてはどうでしょう?
 事件後、瀬川真衣は探索者の暮らしている場所から、そう離れていない総合病院に通院するようになって、御世話になった探索者たちにちょくちょく顔を出すようになります。
 これまでに比べると生活は苦しいようですが、彼女がその持ち前の明るさを失わなければ、いずれ移植臓器に巡り会い、病気も完治して幸せを掴み取ることが出来ることでしょう。  

 もっとも、探索者が彼女のことをさほど気にかけていないようでしたら、上記のイベントは蛇足となりかねないので、そのままシナリオを終了させても良いでしょう。
 実際、シナリオ終了後の処理のひとつとして、「瀬川真衣は、その後こうなった」と一言で片付けたほうが、ストーリー的にはまとまりが良いと思われます。


21,シナリオの終了

 蘇我光太郎の陰謀を阻止して生還した探索者は1D10の正気度ポイントを獲得します。
 武田登喜子に真実の愛を気付かせることができた探索者は、さらにボーナスとして1D4の正気度ポイントを獲得します。



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