2004.10 〜 


2004年10月3日
自宅でそばを打つ
 先日Nさんから頂いた八兵衛の粉300gと中田さんから頂いた八兵衛のテスト用の粉350g、そしてTさんの電動石臼のテスト挽きの粉500gを全て打つことにした。
 先ずはNさんより頂いた粉を二八で打つ、これはいつもの打ち慣れている八兵衛の粉なので加水50%で難なくちょうど良い感じで水回しが終了した。
 次は八兵衛の新蕎麦テスト粉で「あかまつ」という名前の中国産の粉らしい。 にぎった感じではさらさらした感じだがつまんでも鳴かないので蛋白質の成分が多く含まれていると思うのだが?? 今までに経験の無いちょっと妙な感じの粉である。
 水回しは新蕎麦にしては多くて52%くらいで良い感じで終了したがどうも粘りが無さそうであるが、そのままくくりに入るがどうも粘りが出てこないのだ。 それでも一生懸命これでもかと捏ねてみるがやはり粘りが足りない様子で、菊練りの段階ではしわの部分にひび割れが発生してしまうのだ。 とりあえず玉が完成しこれもビニール袋に入れて保管する。
 最後はTさんのテスト挽きの粉、これは加水48%〜50%(途中で解らなくなった)で順調に完成、合計で3つ3種類の蕎麦球を作った。


 次は水回しを完了した3種類の玉を延すのですが難しそうな「あかまつ」は最後にまわして、八兵衛とTさんの玉を先に打った。 これは順調に終了したのだが最後の玉が悪夢となったのだ。

 玉の状況からして不安を抱えたままとりあえず手延しをしてみるが案の定ひび割れが発生した。 通常は周辺だけなのだが中央に残した山の部分にもひび割れが発生しており粘りがまったくない蕎麦なのだ。 そんな感じで失敗を承知で丸出しを敢行したが、麺棒を転がす毎に麺帯表面に無数のひび割れが発生。 丸出し後の巻き延しは無理と判断しそのまま本延しに突入、しかしなんと麺棒に部分的に巻きつき麺帯が破れてしまったではないか・・・そして1回目玉砕。
 しかしあきらめきれないので一旦麺帯をバラバラにして繋ぎ粉を目分量で(多分30g程度)加えて再度菊練りからリスタートを試みるがまたまた丸出しの時点で敗退。 繋ぎがまだ足りないのか先ほどより粘りが無い状況だったのだ。
 粉の割合からすると打ち粉が混じったとしてもそば粉350g 最初の繋ぎ90gで後から加えた繋ぎが30g〜40gなので二八よりははるかに多いはずなのだ。 

 再びさらに50gの繋ぎを加えて三七にて試みるがひび割れの状況はまったく同じ状況でそれどころかあせりのためなのか打ち粉を十分にしていなかったためか麺棒、そして延し板に張り付いてしまって大失敗。 あえなく惨敗の結末で終了したのした。

 中田さんはきちんと蕎麦に仕上げているので私の腕の未熟さに愕然とするが、後から聞いたところによると今回の粉は打ちにくいため返品したとか、原因は玄蕎麦の管理不良のため水分量が極端に少なかったためだとの話であった。 プロでも返品するほど打ちにくい蕎麦であったことが救いである。

今回の新蕎麦について
今回の粉の特徴としてはさらさらしているがつまんでも鳴かない。 澱粉質が多いためにさらさらしている粉はつまむと鳴き砂のようにキュッキュッと鳴くはずなのだ。
また新蕎麦にしては香りが非常に薄かったことも上げられる。
とにかく蕎麦打ちの世界は難しいことが改めて解ったのであります。

■2004年10月9日
おおざとそば打ち同好会
 台風22号上陸のため中止(T_T 
それと大井川町の蕎麦畑が心配

■2004年10月10日
松本 日本蕎麦博覧会
 以前から楽しみにしていた日本蕎麦博覧会、今日はいよいよ出発の日、昨日の台風でどうなるかと思ったのだが天気予報では晴れらしい。 風はなくなったものの台風の影響と思われる雨はまだ降ったり病んだりでちょっと心配。 朝7時半に中田さんTさん夫婦とともに出発。 52号線は昨日の台風で通行ができない可能性が高く経路は静岡から富士、富士宮、朝霧高原を抜ける。 朝霧高原では雨が土砂降りでこの先どうなるのか心配したが精進湖を過ぎてトンネルをくぐると天候は晴れ、青空が広がっており一安心。

 松本には11時頃到着したが町の中は蕎麦博と観光シーズンが重なったためか大混雑の様相である。 車は途中の合同庁舎に停めてシャトルバスで行こうとしたのだがシャトルバスはなかなか来ない、しかも到底一度では乗り切れない人数が並んでいるではないか。そんなわけでたまたま来たタクシーに乗りで会場へ向かった。  タクシーでは混雑をさけて開智町へ行ってくれるよう頼んだのだが、それが正解で裏通りをほぼすいすい会場の松本城へ無事到着。 実は松本では五平衛さんがある開智町しか知らないのだ(^^;

 入り口で会場の案内パンフレットおよび新聞をいただき先ずは蕎麦塾と縁の深い兵庫県三田からの永沢寺そば道場のテントに向かう。 会場内は既に観光客でいっぱいの状態で各テントは長蛇の列になっている。 人ごみを掻き分けて三田のテントに到着するとなんとTOKYO蕎麦塾のS君がホール担当をしているではないか。 TOKYO蕎麦塾のユニホームを着て忙しそうに働いている。 そんなSさんに声を掛け8日からの状況を聞いてみたのだが今日は3日分のお客様が一度に来ている状況ですごく忙しいとの話である。そんな話をしているうちに暫くすると飛騨から来たUちゃんも到着、ビデオカメラを片手に会場の視察か? そんな訳で両氏としばしあれやこれやのお話をした後我々は会場見学へ。

 
 先ずは1件目のブースは「須賀川方印そば」であるが蕎麦の繋ぎに「おやまぼくち」とうい山の中に生える草を使っているものだそうです。 600円でチケットを購入し30人ほどの行列に並び待つこと暫し、やっと我々の番になり待望の盛そばを頂く。 見た目は普通のそばであるが食べてみるとつるつる感は無い。 どちらかというと十割そばの食感に近いのだろうか。 そば粉とつなぎのおやまぼくちの割合はどの程度か分からないがおやまぼくちの繊維質がそば粉を繋いでいるので小麦粉を使った時のようなつるつる感が無いのだろう。 更に麺の太さがばらばらで揃っていない結果茹で加減が平均でないので食感が悪いのだ。そんなわけでちょっと残念。

 とりあえずそばを一杯頂いたので再び博覧会場を見物、途中地ワインや地酒のコーナーがあり試飲を楽しませていただいた。 試飲で美味しい日本酒があったので大信州という地酒銘柄の純米吟醸とひやおろしを買ってしまった。 そんな感じで勢いをつけて再びS君が応援している永沢寺そば道場へ、やはり長蛇の行列を並び蕎麦にありついた。 うーん、やはり切りが揃っていないし茹でもいまいち不十分な気がするし、しかも汁がえらく薄いのだ。 テントの中の臨時の厨房では火力、水まわりが不十分なのかもしれないがもう少しなんとかならないものか。 2店寄らせて頂いてどちらもいまいちの蕎麦なのはやはり不十分な設備の影響が大きいのだろう。 どちらにしても素人ながら相当の腕のみなさんのはずで、野外での蕎麦提供の難しさが分かった。 私も近々に相模湖町の本陣祭りにて屋台売りのそば屋をお手伝いさせていただくので心配である。 結局博覧会場での蕎麦は2杯だけで後は蕎麦道具の店を見物をしたのですがここでも衝動買い、単身先で今使っている包丁があまり切れないのでつい料理包丁を一丁買ってしまった。 これで単身料理の腕も上がればいいのだが・・・。 
 最後に、蕎麦の産地で開かれ今回は松本市で開催された日本蕎麦博覧会ですが、日本の蕎麦文化やそして食としての日本、世界の蕎麦を使った蕎麦の可能性。 趣味の世界での楽しみとしての蕎麦打ちをひろく紹介しているのは蕎麦打ちファンの私からするととてもすばらしいことなのですが、いかんせん肝心の蕎麦が良くなかったのだ。 私が試食したのはたった2箇所のブースだけだったので全てとは言いませんが皆さんが食されている蕎麦を拝見させて頂いてだいたいの想像はつくつもりです。 「日本蕎麦博覧会」と銘打っているからには一般の方々はこれが本物蕎麦だと思われる方も多いはずです。 我々蕎麦好きが蕎麦の世界にのめりこんだのは自分で打ったそばの美味しさが忘れられない、そんなところから始めた方が多いと思うのですが、今回の蕎麦博覧会で感じたことは非常に残念なのですが「美味くない」でした。
 先にも述べたのですが、野外での蕎麦の提供、ブース内の厨房設備の貧弱さなど悪条件が重なっていると思われますが、それ以前に打ちあがった蕎麦そのもの状態が悪いものが多く見受けられました。 お店で出すそばと全くいっしょとは言いませんがもう少し努力すべきところがあるのではと思いました。 
 参加した方々の大変な苦労も考えずこんなことを書いてしまって申し訳ないと思うのでうが正直な感想でした。
実は私11月3日に相模湖町本陣際にて同じく蕎麦のブースをお手伝いさせていただきますがなんとか頑張って美味しい蕎麦を提供したいと思います。 緊張するなー(^^;;;

   
     会場の松本城           会場風景       北信濃須賀川(すがわ)       おやまぼくちで繋いだそば
 
三田永沢寺蕎麦の会のブース    撮影前に食べてしまった(^^; 

■2004年10月11日
2004年10月11日

長野県上田市大西 長野県北佐久郡望月町 職人の館
 昨日は蕎麦博覧会の会場で素人のみなさんによる蕎麦を堪能したので今日は信州の有名店を2か所廻ることになった。 Tさんの奥さんの運転で先ずは上田にある大西を目指す。 すばらしい天候に恵まれ秋の景色が美しい信州路をひた走り上田市に到着。 少し時間が早かったために上田城址を見学させていただき、しばし戦国時代の真田氏に思いをはせる・・・おっと、ヒコベーの乏しい歴史の知識ではそうもいかないのだ。


■信州上田 おお西

 そんなこんなで目的とする大西さんの開店の時刻となり上田城をあとにしておお西さんへと向かったのです。
しかしお店が見つからないカーナビの電話番号検索で向かったのだが探し当てた店はなんとどうも以前のおお西さんの店舗らしい、普通の民家風で玄関前は樹木で薄暗く木賊やら雑草やらが生い茂り、なにやら陶器でつくられたぶきみな動物のどくろがごろごろ、なんだこりゃこれから行く店はどんな店なんだ等と思いつつ現在の店舗にたどりつく。 現在の店舗は古い町並みをそのまま残したすばらしい立地条件のところにあり店も先ほどの普通の民家の旧店舗とは変わっていかにも歴史がありそうな大店の店を改造したものになっていた。 ガイコツをみたイメージが払拭されて一安心(^^


 店は古い生糸問屋を改造したものだというが玄関右には大きな打ち場があり一度に二人で打てそうな幹事である。 また店内には小川?が流れていたが静岡市清水にあるお蕎麦屋さんそんな作りの店がある。 客席は土間にあるレトロ調のテーブル席、蕎麦屋というよりレストラン風。 そして座敷は建物をそのまま生かした軽い手直しのみで仏壇もあり今は陶器が展示されていた。 座敷のテーブルは中央が空洞でガラスがはめ込まれ中には骨董なのか、陶器が飾ってある。
 さて、本題の蕎麦の感想だがおお西さんの名物はご主人の大西さんが開発した「発芽そば」だそうだが、水だけで打つ生粉打ちの更科そばも有名なようだ。 どちらも食べてみたい発芽蕎麦も十割も食べたい。 そんなわけで我々は発芽そば、そして三種もりをオーダーし全てのそばを味わうことにした。

 先ずはお通しで発芽そばの実をはじめて見る。 確かに蕎麦の実からは緑の葉っぱらしいものが出ているのだ。 よく味わってみるが漬物ではいまいち解らない。 さてしばらくして発芽そばも登場、そばは珍しい平打ち麺だが荒挽きなのか見た目ごつごつした麺である。 一本をつまんで食べてみると独特の香りだ。 なんと表現したら良いのかちょっとすっぱいような香りなのだが当然すっぱくは無い。 触感もこれだけ極端な平打ちのそばは食べたことが無いので比較しようが無いがこしはあまり感じられなかったのは発芽そばの特徴なのか。 美味しいそばには違いないが期待しすぎたせいか特別美味しいとは感じなかった。 次は三種もり、内容は一番粉のみで更科、ひきぐるみ、田舎の三種類である。
 先ずは更科そば、これもやはり一般の細い更科蕎麦とは違い平打ちの太い麺なのだがたべてみると更科独特のコリコリした澱粉が固まった食感が無くおお西独自の更科といったところか。 次に挽きぐるみだがこれは香りも蕎麦の味も美味しいが麺の太さがばらばらで当然茹で加減も平均でないのか食感としてはいまいちであった。 最後に色の黒い田舎を食べたが思ったよりも香りが無くかえって挽きぐるみのほうが蕎麦の香りが感じられたような気がする。 最後に汁は信州のものというより江戸風のものでとても美味しかった。 いつもながら重箱の隅をつっつくようなことをかいているのですがレベルの高い蕎麦で美味しく食べさせていただきました。


   
古い生糸問屋を改築したおお西     玄関            広い打ち場      これが発芽そばの実(着けもの) 
  
発芽蕎麦    荒挽きなのかおおきなつぶつぶが見える     三種もり

■2004年10月11日
信州北佐久郡望月町 職人館
■職人館
 次に訪問するのは長野県北佐久郡望月町にある「職人館」という蕎麦屋さん。 しかし遠いし相当の田舎だ。 ナビを利用して探せどまわりは山の中で田んぼだけ、いったいどこに職人館はあるのだろうとおもったらやっとみつけた小さな看板そして田んぼの中の一軒家「職人館」を発見。
 小さなくぐり戸をくぐり店内に入ると板敷きの店内にテーブル席、座敷そして囲炉裏のある部屋があったが我々は囲炉裏のある部屋に座ることにした。 なかなか来ることの出来ない店なので何を食べようかとてもとても迷ったのだが「おまかせ膳」にすることにした。 内容はみまき豆腐、季節の一品(サラダ)、蕎麦のリゾット、十割そば、蕎麦の寒天よせ、抹茶になる。 
 付け出しは豆腐、とてもおいしく大豆の旨さ感じられる豆腐でした。 サラダも自前の畑のものなのか新鮮、蕎麦米で作ったリゾットは初めて食べたがとてもおいしかった。 そしてメインの十割蕎麦もなかなかのものでおいしくいただいたのですが新蕎麦が出る寸前の昨年の蕎麦なのか香りはあまり感じることは出来なかったのは残念。 しかし蕎麦としても旨みそして十割にしてはしっかりとしたこしのそばであったし、汁も非常にすっきりとした味のすばらしいものでしたし最後の蕎麦の菓も旨かった。
 一品一品はなかなか美味しくとても満足のいくものでしたが、素人の勝手な心配だが「職人館」さんはあまりにも遠くリピーターを呼ぶにはとても大変なことだろうと思うのだ。
 そして一番気になったことはなにか理由があったのかは解らないが、囲炉裏ばたに座っている我々に立ったままの姿勢で対応する従業員、コースなので何度も料理を運んでくるのだが突っ立ったままでは気になってしょうがない。 やはり客と同じ目線で接して欲しい。 また客の意思を確認しないで引き上げようとする食器など、もうちょっと接客に関する部分もどうにかなればなと思ったのです。 お店は蕎麦のみならず店の雰囲気作りそして従業員の接客がトータルで評価されるものですので是非そんなところにも気を使っていただければもっとリピーターが増えるのではなどと考えるのは私だけか。
 2軒とも本も出版されている有名な店に寄らせていただいたのですが店内の内装やら技術に偏りすぎて肝心のもてなしのこころが忘れ去られているのかなと思ったのはわたしだけでしょか。

   
田んぼの中の職人館         小さな入り口          メニュー            はみまき豆腐季
   
節の一品(サラダ)         蕎麦のリゾット          十割そば     蕎麦の寒天よせ(半分食べた)

抹茶(飲んでしまった)

2004年10月24日
蕎麦の収穫
 今年は台風の当たり年。 収穫を目前に控えて台風22号の強風にあおられ無残にも茎が曲がりその状態で台風23号の強烈な雨に打たれて悲惨な状況になった蕎麦畑。 しかも畑の主Oさんのアクシデントなどの問題を乗り越え、それでもなんとか残った蕎麦を収穫しました。 またOさんにお世話になってしまうのですが少ない量ながら静岡大井川産の新蕎麦が楽しみなのです。

  
台風で倒れた蕎麦        それでもなんとか収穫           乾燥      

2004年11月3日
相模湖町本陣祭り
 今日はTOKYO蕎麦塾の仲間であるKさんが在住する相模湖町で本陣祭りが開催され我々は蕎麦屋の露店をお手伝いさせていただくことになった。
 本陣祭りでは数年前から町内会の蕎麦屋の露店を出店しているそうであるが昨年は300食以上、今年は500食は出る予定とのことで蕎麦の打ち手大募集ということになった。
 甲府に単身赴任の私としては近くでもあり当然お手伝いをさせていただくことにした。 当日は甲府在住のMさんと一緒に朝7時台の電車に乗り相模湖町へ向かう。 実はMさんとは初めてお会いしたのだが蕎麦打ち道具の製作も趣味としておられすばらしい道具を作っておられたのだ。 電車の中で私の麺棒を自慢げに見せたことが恥ずかしい(^^;
 今回のイベントでMさんも無理やり?TOKYO蕎麦塾の仲間になってくださり嬉しい限りであるし、しかも同じく甲府在住であるし今後道具製作について色々と指導してもらえそうである。
 電車内での蕎麦談義に夢中になっているうちに相模湖町に到着。 既に駅で待っていたOさん始めTOKYO蕎麦塾メンバーの車で蕎麦打ち会場へ向かった。
 蕎麦打ちの場所は一般の民家をお借りした雁店舗である。 裏にある何かの工場(コウバ)跡が打ち場である。 打ち台は3台そして通りに面した特設の打ち場の計4箇所である。
  早速男性人はTOKYO蕎麦塾のおそろいのユニホーム、女性の皆さんは民芸風のコスチュームで雰囲気を盛り上げる。
 肝心のそば粉は相模湖町近隣で栽培された地粉を玄蕎麦のまま挽きぐるみにしたもので少し荒挽きふうの黒い粉である。 さて、早速蕎麦打ちを開始、1.5Kgの粉を水回し開始。 水回し延し係りと手分けしてどんどん蕎麦を量産。 厨房ではメンバーと婦人会の方々が野菜の天ぷらを次々に揚げている。 実は本日提供する蕎麦は野菜天ぷら付で500円なのだ・・・安い!。
 11時くらいから次々にお客様が訪れその場で食べるだけでなく生麺を購入していく方も多い。 数年前から美味しい蕎麦との評判で購入して行く人が増えているとか、 開店早々にお客様がひっきりなしの状態で大名行列を見物することも出来ず蕎麦打ちを続けた結果目標を上回り517食を完売したらしい。 なんとか無事にお手伝いが出来て嬉しい限りである。
 夜はKさん宅でTOKYO蕎麦塾仲間で宴会、その席では甲府からご一緒したMさんが酒の勢い?でTOKYO蕎麦塾の会員に引きずり込まれる場面もあったり、楽しい一日はすぎたのでありました。

   
  この工場が打ち場         蕎麦販売所             延しチーム           水回しチーム  
   
   デモ打ち    民芸風のユニホームで頑張る女性軍    美味しいとの感想が嬉しい    大名行列    

反省会(^^)

2004年11月5日
そば処石州
 甲府市のお隣にある田富町での仕事が終わり時間は12時30分、以前一度寄らせた頂いたがお休みで、ずっと気になっていた蕎麦屋さんにでした。 入って見るとお店は蕎麦屋さんというより寿し屋さんのような雰囲気、多分以前は寿し屋さんだった店を改造したのかもしれない。 一人なのでカウンターに座るそして改めて店内を見回すと蕎麦打ち部屋というものは無くカウンターの一番奥に透明なアクリルで仕切られた蕎麦打ちスペースがあった。 手打ち蕎麦をうたい文句にしている蕎麦屋さんにしてはこじんまりとした打ち場である。 また、厨房は奥の見えない位置にある。 私としては仕事が見えるお店が好きなのだが以前のお店の構造をそのまま引き継いだらしいから仕方が無いのだろう。
 さて注文は最初ざるの大盛りを頼もうと思ったのだが天麩羅も食べてみたくなり天せいろにしてしまった。 蕎麦が出てくるまでしばしカウンターの上に乗っていた新聞記事を読んでみたのだがご店主は14年以上前から蕎麦の趣味にはまり2年前の2002年に店を開いたと書いてあり、蕎麦打ちの仲間も40名ほどいらっしゃるらしい。
なによりも趣味が昂じて蕎麦屋を始めたというので拘りの蕎麦の期待が持てるのだ。 
 出てきた蕎麦は江戸蕎麦ふうの細切りで白っぽい蕎麦で、40メッシュくらいの荒挽きの感じがある。 一口食べてみると蕎麦の香りが広がり噛んでみると腰はそれほど強く感じられないが外二か九割しっかりと打たれたそばである。 しかしちょっと残念だったのは香りと優先させたためなのか少し歯ぬかりしたのが残念であったが十分にすばらしい旨い蕎麦である。 
 汁は鰹の香りが少し強めの印象だがバランスも良くおいしいものであった。欲を言えばもう少し出汁が強くても良いかも知れないがこれは好みの問題である。 久し振りに美味しい蕎麦をいただきました。

   
そば処石州               おしながき             天せいろ
 
    せいろ拡大     ざる(半分食べてから写真に気付いた)

2004年11月6日
手打そば 吉野
 今年も世界的なイベントとなった大道芸ワールドカップin静岡が開催された。 今年は11月3日から5日間の開催である。今年は天候に恵まれて相当の人が出ている様子である。 今年もカミさんと脚立を抱えて出かけたのだ。 脚立は沢山の見物客の後ろから見るときに使用するのだが必需品である。 ちなみにカミさんは平日の空いているときに最前列でのんびりと見ているのだ。 もっとも背が小さいので混雑時は脚立を使っても見るのは無理か??。 
 そんな訳で脚立を抱えてバスに乗り込み市街地へ。 街の中心部はもう大道芸一色であちこちのスポットは黒山の人だかりである。 お馴染みの大道芸人のパフォーマンスをいくつか見た後にお昼は午後の作戦タイムを兼ねて吉野さんへ寄らせていただいた。 先ずはお酒を一杯いただき、注文は私が葱そば、カミさんはてんぷらそばを注文。 吉野のてんぷらそばは温かいそばと天ぷらが別々に出てくるので、ぱりぱりの天ぷらを食べたい人には嬉しい。 私も酒のつまみにはちょうど良いのだ(^^。 さて葱そば(正確な名前はわすれた)鴨せいろの変わりに葱がたっぷり入っておりなかなか美味しく食べさせていただいたのですがせっかくの新蕎麦の香りはどこかえ行ってしまう。 この蕎麦は新蕎麦ではもったいないかもしれない。 さて、吉野の蕎麦で腹を満たし午後のスケジュールを決めた後再び街へと繰り出したのでありました。

2004年11月7日
そばを打つ
今日は大道芸ワールドカップでは恒例になったのですが、以前住んでいた愛知県岡崎から大道芸見物にお客様がやってくるので、これも恒例でおもてなし用の蕎麦を打つ。 粉はいつもの八兵衛の粉であるが1kgのそば粉につなぎ200gの外二で打つことにした。 加水は51%程度で慣れた粉でもあるので比較的楽に打つことが出来た。 しかし残念だったのは明日の月曜から千葉幕張へ仕事、前日から行かなければならなくてお付き合いできないのが残念であった。

2004年11月11日
そば処石州
 今日は朝から田富町にある流通団地で仕事である。 当然お昼は先日お邪魔させていただいたばかりの「石州」さんと決めていた。  昼ご飯を口実に蕎麦好きの同僚といっしょに石州さんで昼食を取らせて頂いた。
蕎麦好きの同僚にも好評でした。

2004年11月12日
今日は電車で静岡に帰ったのだが静岡着が9時過ぎ、吉野は10時が閉店だがまだ少し時間があるので寄らせた頂いた。 流石この時間になると常連さんらしきお客様が二組ほどおられるだけで空いておりのんびりした気分でお酒とつまみを楽しむことが出来た。 何よりもゆっくりと蕎麦談義が出来たのが嬉しいひと時でした。

2004年11月13日
おおざとそば打ち同好会 新蕎麦を打つ
 本日のそば打ちは新そばのオンパレード、先ずはHさん持参の大割れ粉? 打ち粉だけを除いた新そば、これを中田さんが購入した新しい手臼で挽いてみた。 次は北海道は帯広産のそばを鬼殻ごと挽いた挽きぐるみ。そして北早生そばを中国で栽培したものの三種類を二八で打って食べ比べである。 先ずは割れを石臼で挽いて50目で篩った粉、中心部分の澱粉質部分が除かれているためたんぱく質の成分が多いためとても打ちやすい。 できたそばは抜きからのものなので色も白いものだ。 次は北海道○○産の玄蕎麦、鬼殻そのままで石臼挽き、やはり同じく50目で篩った粉を二八で打った。
 最後は八兵衛で製粉した中国産の北早生そば、やはり50目で篩ったものである。
北海道そしてHさんの蕎麦は比較的容易に打つことが出来たが八兵衛の粉は先日打った粉とは違い歩留まり率が低く設定されたためか澱粉質の割合多く粘りが少なくとても延しが大変だった。ちなみに加水50%プラスアルファだった。 他の2種類の関しては加水47〜48%で粘りも強く比較的容易に打つことが出来た。 味比べに関してはこの日記を書いてい時点で相当に時間が経過しているのでうろ覚えであるが八兵衛、北海道のものは美味しかったが大割れに関してはこしが弱く、また美味しさもいまいちだったと記憶している。

2004年11月20日
こなや

2004年11月27日
サンシティ町田
300食を無事打つことが出来たが、そば粉がいまいちで満足度の低い仕事だった。 しかしTOKYO蕎麦塾メンバーとの楽しいひと時は格別でした。

2004年11月28日
匠宿 素人蕎麦打ち選手権
25名の予選通過者中今年は準優勝でした。 しかし今年は副賞がすばらしくまた味をしめて来年も出場するかも?

            
  第2回素人蕎麦打ち大会(静岡市匠宿)       真剣なヒコベー             今年は準優勝でした             

2004年12月4日
石州
土曜の午前中、静岡へ帰る途中に寄らせていただきましたが、蕎麦をいただいた後に長々とおしゃべりにお付き合いいただきありがとうございました。

2004年12月5日
松野小学校PTA蕎麦打ち教室
昨年はうどん教室でしたが今年は蕎麦教室、後日実施される子供たちへの蕎麦打ち体験を前におかあさんたちに蕎麦打教室を実施しました。
皆さん上手に出来一安心

2004年12月5日
こなや
PTAでの講習会の帰り寄らせていただきました。 鴨せいろをいただきました。

2004年12月11日
手打ち蕎麦吉野
 散髪の帰り帰りちょっと寄らせていただきました。 今日はせいろ大盛りだけいただきました。

2004年12月11日
おおざと蕎麦打ち同好会
天ぷらと新蕎麦
 以前に藁科蕎麦打ち同好会で実施した八兵衛親方の天ぷら教室と同じです。 今回は材料も絞込みじっくりと天ぷらの基本に打ち込むことが出来ました。

2004年12月25日
T氏宅で蕎麦を碾く
 10月頃に私の弟に頼んでおいた「でわかおり」と「はしかみ」それぞれ24.5kgが届いたものを同好会仲間のTさんに磨きをお願いしてありました。 今日はそれを取りにお伺いした。 ついでにでそれぞれの玄蕎麦の製粉もお願いした。
 T氏宅の電動石臼は以前に紹介したときからまたまた進化しており、玄蕎麦の自動投入と篩いまでが自動化されていた。 ホッパーの玄蕎麦を投入して落下量を調整しておけばあとは機械任せである。 面倒な古い作業も石臼から直接電動篩い機に製粉された粉が落ちるので2種類の篩いをセットしておけば殻取りと一番粉の製粉が終了する。 今回はそれぞれ一番粉のみを粉を持ち帰った。
 Tさん暮れの忙しい時期に4時間以上もお付き合いくださいましてありがとうございました。

2004年12月29日
そばつゆ作り
 今日は100人分の盛り汁を作る。 汁は2日前くらいに作っておくことにより醤油の刺激臭や味をまろやかにすることができるのだ。 さて、先ずは白だしを作り、材料は鰹厚削りを500gそして昆布20gを大鍋が無いので二つの鍋に分けて作った。 かえしは2週間前に仕込んだのだが材料はヒゲタ醤油の本膳、三温糖、本みりんである。 前夜にぬるま湯に昆布を浸しておきそのままの水を汁作りに使う。 沸騰寸前に昆布を取り出し変わりに厚削りを投入30分低とぐつぐつと煮込み白出汁の完成である。
 次にできた白だし3にかえし1を混ぜてさらにみりんを大さじ2杯加えて再度沸騰寸前まで加熱あとは急冷して鍋のまま保管で出来上がりである。
 できれば使う前に湯煎して再度加熱したいのだがその余裕は無いのだ。

2004年12月30日
 明日の年越し蕎麦製作に備えて材料の調達。 先ずは蕎麦と汁の容器そしてそれらを入れる袋などは静岡市曲金にある牧野製袋さんで全部そろえることが出来た。 次に鴨肉は先日藁科蕎麦内同好会で好評だった鴨肉を仕入れに静岡市音羽にある鶏肉専門店広田さんに向かったそこでお目当てのフランス産の合鴨を購入した。 最後は肝心のそば粉、今年は山形から購入した「でわかおり」を使うつもりでいたが単身赴任の身で時間がなくやむなく中田さんにお願いした。 ちなみにT私宅で挽いていただいた2kgは正月に打って味見をするつもりである。 今回の粉の内容は「こなや」やさんの粉5kg、大西製粉の金印2kgそして繋ぎの面維新3kで七三そば10kg100人分をを打つ予定である。
今日の最後の仕事は明日のために持ち帰った粉を小分けにして終了なのだ。

2004年12月31日
年越し蕎麦を打つ
 いよいよ今日は大晦日、ここ数年の恒例になってしまった年越し蕎麦を打つ日なのです。
今年はカミさんの注文が昨年にも増してエスカレート、注文(もちろんただ)をとってくるものだから昨年の80食を上回る97食を作る予定になってしまった。
 9時に蕎麦打ちを開始して終了したのは5時だったのだが内容は以下のとおりである。

 今回は1回で打つ量は2kg、粉の内容はこなやさんの粉1kg、大西製粉さんの粉400gそして繋ぎは麺維新600gの合計2kgの七三そばである。
 てなわけで今日は量が多いので蕎麦ではいままで経験のない量である2kg打ちに挑戦したわけである。 そして今回は時間の余裕もなく失敗は許されないそのために打ちやすい七三蕎麦にしたのだ。 


 さて、打ち方開始、最初は水回しだ。 うどんで2kgは慣れているとはいえ蕎麦の2kgは別物であり経験が無いのでちょっと不安。
  最初は想定した加水率50%である1リットルの水の8割程度を加水して攪拌を始めるが粉の重さがずんと腕に伝わってくる。 しばらく続けていると筋肉が痛くなるような感じになってくるのだ。 100人分を打つことを思うと先行きが不安になってきたのだ。 いつもなら加水後の湧き上がってくる蕎麦の香を楽しむのだがそんな余裕は無いせっせと攪拌なのだ。 攪拌5分程度最初の水回し終了し2度目の加水だが打ちなれた慣れたこなやさんの粉だけでなく大西製粉さんの粉のブレンド粉であり加水量が分からないので慎重に残りの半分を加水し攪拌を続けるがまだ足りない、さらに半分の水を加水して結果的に加水を続けて結局50%では足りず52.5%の加水で無事に終了した。

 さて、次はくくり、量が多いので腕の力だけでは足りずなるべく手前に引きつけて全体重をかけて行った。 次に菊練りなのだが巨大な玉は重くいつもの感覚と違い形がコントロールできないがなんとかきれいな形になりへそだしも無事に終了。
 さて次は延し、延し台を物置から持ち出しダイニングテーブルにセット。 私の延し台は縦横90cmしかなくこの台の上で幅80cm長さ180cm程度に延ばすのだがこれも2kg玉4を延すのは初めてちょっと不安があるが、丸出しの大きさ次のステップの四つだしの大きさがをきちんと決めれば大丈夫。 最初は手延しで45cm程度まで延ばし更に麺棒で60cmまで形と厚みを整えながら延して丸出し終了.。
 四つだしも慎重に圧力を加えてなかなか良い感じで目標とする80cm近い正方形に完成。 あとは肉分けの段階で80センチまで幅を整えて微調整して本延しに入る。 巻き棒2本を使い巻き取りながら延して何とか180cmにすることができた。
 最後は切り麺帯を12枚に畳んで切りを開始約300g程度の量ずつまとめ切りしたものを150gずつキッチンペーパーに包んで生ふねに入れて保管、それをカミさんが人数分をパックに小分けして汁と一緒にして出来上がり。 そんな調子で加水分を入れた約3kg5セット合計15kgの蕎麦を休憩を入れて全ての作業が就労したのは5時8時間の作業でした。  
 白状すると5個中3個はきれいに180cmまでのすことが出来たが残りの2個はどうも短かったかったようだ。 それも麺帯の表面の熱さが均一でなかったみたいで切ってみて麺が細かったり太かったり断面でもそれがわかったのだ。(T_T
 
なにはともあれ今年の蕎麦に関する行事はこれで終了これでやっと年が越せるそんな気分なのです。

   
材料は合計10kg    2kg(加水で3kg)玉は重い    体重を掛けて     手延し終了  
   
   四つだし中           12枚にたたむ      切りは麺帯が厚くて苦戦     150gずつに分けて完成

2005年への年越し蕎麦も鴨せいろ