こんにちわ、ばい菌さん、ウイルスさん、こんやもありがとう

2003-12-08       

わたしんちの医学革命  表紙

          ここが画像に変わると読みあげます 音声ファイルはここ

   逆襲するバイ菌たち】
一九九八年十月二十一日第一刷発行
著者  三瀬勝利
■発行所  株式会社講談社              前のページに戻る
1感染症は究極の死因だ!,
 2人口の減少には戦争よりも感染症が貢献
, 3細菌は人よりもスマートである。
, 4多くのバイ菌は我らが味方,
 5細菌は人類の大先輩,
 6バイ菌全滅作戦は愚の骨頂
 7バイ菌と開絶された動物は脆弱だ
 8薬づけ医療とMRSA
 9抗生物質はカビの化学兵器,
 10イタチゴツコは疲れる,
 11朱に交われば赤くなる
, 12隠退したはずの薬の再出馬,
 13RプラスミドのRはレジスタンスのR
 
14薬がだんだん、効かなくなる
 15細菌にはエイリアンが住みついている
 16それでも遺伝子は動く 
 17
 18
 19
 20
 21
これでもけっこう客集めのため知恵をしごいているんです。
  ポト・・・・ポト・・・・・・・・・・・・・(ア、シゴキ過ぎたみたい。ノコリがない!)

1 感染症は究極の死因だ!

 現在は癌、白血病、エイズ、糖尿病、肝炎などの研究に陽光が当たっている。しかし、多くの人たちはあまり意識していないが、これらの患者たちの多くの「直接の」死因は細菌感染症なのである。

癌患者たちは体を防御する機能が低下しているため、MRSAや緑膿菌に感染しやすいのだ。細菌感染症を抑える方策が多ければ多いほど、癌患者たちは癌と共生して生き長らえることができる。細菌学は見た眼以上に重要な学問なのだ。  

 

《いらぬ解説》


病気そのもので死ぬ人は少ないとは聞いていたが、こういう見方があったのか。
ということは体全体の機能が低下している状態で死亡することになるね。
癌という直接の原因でなく、体全体が弱まってしまうからだろう。そしてそこには細菌感染という形が現われるのだろう。
しかし細菌といっても、体内にも皮膚面にも細菌は膨大な数が生息しているのだから、ここで感染症というのはきっと普段は活躍していないばい菌とか呼ばれる細菌や病原性ウイルスと呼ばれる小さな生き物が活動しているのだろう。

では、どうしてこんな細菌が活躍するのだろうか。
彼らとしても生き物であり、その存在理由が必ずあるはずである。繁殖できる環境があるからである。普段はその環境がないから繁殖できない。だが、いろんな病気をするとなぜか急に環境が彼らの都合のよい状況になるらしく、感染症として現われるのだ。

実はこの環境こそ感染症の重要ポイントであるから、主題はここに有る。

環境とは宿主の体内環境であり、その環境はなぜばい菌の為に良い環境になるのか?そして、ばい菌たちの役目は何なのか?
これを突き止めて行く旅に出ようか。

なんちゃって、解説者顔をして 出てきた我利 のhimaari

 

2 

*人口の減少には戦争よりも感染症が貢献

 十六世紀以降、ヨーロッパの人達の進出によってインカの文明を担っていた人々やポリネシア諸島の原住民の子孫が激減したのは、征服者との戦争で多数の死者が出たためではない。人口が激減した最大の理由は、ヨーロッパ人たちが持ち込んだ麻疹などの病気で多くの死者が出たためである。征服者たちとは異なり、原住民達は麻疹に対して免疫を持っていなかった。このため麻疹は彼らにとって致命的な激しい病気となったのである。

おまけに非征服民たちの置かれていた不衛生な環境と貧困が病気の激しさに追い打ちをかけたはずだ。われわれにとっても、麻疹は馬鹿にするほど弱い病気ではない。しかし患者の大半が死ぬような病気でもない。

病気になるかならないか、もしくは病気が激しいかどうかは病原微生物の性質だけではなく、感染を受ける人の側の要素も重要なのだー・

 藤田さんや多くの細菌学者が主張するように、あまりに清潔すぎる環境はわれわれにいろいろな種類の免疫を与えてくれない。バイ菌に接しながら、自分の体を防御する能力を高めることが重要なのである

昨今流行の抗菌指向は行き過ぎだと思う。
われわれの周囲のバイ菌を皆殺しにすることは、かえってわれわれの健康を危うくする。


 

《いらぬ解説》


こでのポイントは
「病気になるかならないか、もしくは病気が激しいかどうかは病原微生物の性質だけではなく、感染を受ける人の側の要素も重要なのだ」
という所でしょうね。


ばい菌の役目を知れば、宿主(人間)の体の中身によって働く必要が出てくるわけですから。掃除しなければならない多量の毒素を持っているか、また生命力としての浄化力も加味されて、その人が感染症としての症状が形成されるということでしょう。

また、「清潔すぎる環境が免疫力を鍛えてくれない。むしろバイ菌に接しながら自己防御の力を付けるべきだ。」というのは、バイ菌の種類によって体内の汚物毒素が異なるのだから、ちょうど良い時期にその掃除役のバイ菌に接することで浄化が軽くて速やかに済むという意味だと思います。


だから、幼児期にかかる感染症と呼ばれている麻疹(はしか)なども、この時期にかかるのが自然の摂理から見ると、後で良い結果を得るということでしょう。
だから子供の頃かかるべき感染症を避けていると、大人になってからの浄化はきつくなる(重くなる)というのでしょう。まして予防接種という一種の毒素を加えているのですから重症化するのは当然でしょうか。

もうひとつ、重要なことは、たとえば麻疹にかかったときなどでの治療法です。
冷やしたり、解熱剤、その他の症状を抑える治療が実に悪影響を与えるということです。これによって自然に浄化しようとする体に攻撃するようなものですから重症化したり、死にまで至る恐れもある考えられます。


過去の感染症などの治療内容を知るなら、隠れた原因として「逆療法としての治療法が行なわれた」のが悪化の原因ではないだろうか、という疑問もあります。

(by、himaari)

3 
細菌は人よりもスマートである。

 細菌はあの単純な構造の中で、人間が持つ機能と本質的に同じものを持っている。人間がやるよいことも悪いことも、本質的に同じことを、たぶん三〇億年以上前から細菌はやってきている。しかも、人間よりはるかに効率的かつスマートに。

 例えば病気をおこす微生物に感染すると、人は免疫機構を稼働して微生物をやっつけようとする。細菌にも自己防衛機構が備わっており、その天敵であるファージに対して制限酵素を作って抵抗する。また、人間は自分たちの縄張りを拡張するために、兵器を使って戟争をやり、仲間殺しをやる。

一方、真菌や細菌も抗生物質やバクテリオンンといった化学兵器を使って、競争相手を抑え込む。

 逆風になったり、都合が悪くなったりすると、人間の方は隠れたり、逃げ出したりする。こうしたきわめて原始的な方法を採用するか、嘘をついてだますかのどちらかである。

一方、細菌の方は自己の生存に厳しい状態が訪れると、抵抗性の形である胞子を作ったり、生きてはいるが増えることができない形に化けて動かず、じっと春の到来を待っている。

この点でも、バブルがはじけて調子が悪くなっても、華々しく財テクをやって動き回り、多額の損失を出した人間よりも、細菌の方がはるかに賢い

 

《いらぬ解説》


細菌学者がよく言われる言葉ですが、「細菌は人間よりもはるかに賢い」とは、ながく細菌と付き合って研究してきた者の実感のようですね。
それもそのはず、細菌といえども人間に劣らず神様の化身ですからね。人は神の乗り物という表現がありますが、細菌とても働きは異なっていても神性は変わらないのかも知れません。それほど巧みに人間の知恵など笑うかの様に次々と新手を繰り出して、人間様を翻弄しているのですね。きっと人間より偉いのだから神様により近い存在なのかも知れませんよ。


人間などよりずっと遙かかなた太古の地球から生き延びてきた古参ですから、たかだかつい最近入隊したばかりの新兵(ひと)など赤子の手をひねるようなものでしょうね。
バイ菌やウイルスはプロ中のプロですから、人の浅はかな考えなど軽くいなして、これでもかこれでもか、と気づかせようとしているんですが、それでも、傲慢な人間様は彼らをやっつけようとして、ガムシャラニ突っ走っているっていう状態。彼らは大自然の働きそのものだということを人が認めるまで、嫌われながらも辛抱づよく待ち続けるのでしょうね。
あくまで人間をきれいにする浄化作用の助産婦さんとしてですが。

4 
 多くのバイ菌は我らが味方

 強毒の病原細菌を撲滅できればそれに越したことはない。しかし、細菌の側にも三〇億年以上にわたってつちかってきた「変身の術」がある。撲滅することは至難の技である。一時的にやっつけても無限に近い遺伝子プールから、新手の病原菌を人の世界に送り込んでくる。

魔法の弾丸といわれる抗生物質を細菌に打ち込むだけでは解決にならないことは、これまでの人と細菌の戦いの結果からも明らかである

 このところ、どこの世界でも「力による政策」がうまくいっていない。国際関係についても大国の覇権主義はとっくの昔に破綻している。教授や部長が研究室で権威を振りがざしてみても、若い人には通用しないことは、私も身をもって感じている。単純で直線的なやり方は短期間に限っていえば、脳味噌を疲労させないで済むという長所がある。しかし、結局はうまくゆかない。


 われわれの周辺の細菌をすべてやっつけるのは、害あっても益するところは少ない。
不可能でもある。

むしろ、0157やコレラ菌などといったトンデモナイ危険な菌がわれわれの周辺には近づかないような方策を考えるべきだ。

 多くの細菌は結局のところはわれわれの味方である
チーズ、ヨーグルト、味噌、醤油、各種アルコール飲料、ビタミン、アミノ酸、食品添加物など数え上げられないほどの多種多様な食品が細菌やカビから作られている。それだけではない。腸内の食べ物の消化をも助けてくれる。場合によっては有害細菌の感染に対する防波堤にもなってくれる。われわれにいろいろな免疫を与えてくれる。こうした味方の細菌までも、抗菌とか何とかいって殺菌するのは間違っている。




 *バイ菌は現世の秩序を支えている

細菌や真菌は食品を腐敗させるがゆえに困ったところもある。しかし、もしもこの世に細菌がなかりせば、いかなる事態がおこるのだろうか〜 
清潔で腐敗のない理想郷が実現するだろうか〜 答えは明らかに「否」 である。

 そこはグロテスクなミイラの世界だ。
細菌のない世界では、死んだ動物も植物もひからびた状態で長く存在する。腐敗させる細菌がないからだ。死体や枯れ木を焼却すれば炭酸ガスが発生し、さらに地球の温暖化が進む。

 細菌のいない世界はよい世界ではない。

万物は細菌などの作用で死んで腐敗・分解し土に帰る。それがこの世の秩序を支えている。私には古代の賢人達は流転するものの中に、一つの秩序と調和を見いだしていたように思える。


   万物は互いにからみ合い、その結びつきは神聖である。
ほとんど一つとして互いに無関係なものはない。あらゆるものは共に配置され、全体として一つの秩序ある宇宙を形成しているのである。   − マルクス・アウレーリウス 神谷恵美子訳 「自省銀」



 哲人皇帝はまたこうも書いている。

    遠からず君は何者でもなくなり、いずこにもいなくなることを考えよ。また君の現在見る人々も、現在生きている人々も同様である。すべては生来変化し、変形し、消滅すべくできている。それは他のものがつぎつぎと生まれ来るためである。


 マルクス・アウレーリウスは物質的・精神的両面から「われわれは遠からず何者でもなくなることを述べているのだろう。ただし物質的意味において、生きとし生けるものを、何者でもない存在に変えるものが細菌である。

他のものが次々と生まれでてくるためにも細菌との共存が正しく、全面的な対決はナンセンスだ。
(中略)



 本書は私が三十数年にわたって研究したり、経験してきた細菌にまつわるエピソードを一般の方むけに書いたものである。細菌学者の会話などはいい加減な発音の英語が飛び交うので、そのまま書くと何のことやらわからない。修飾をしながら、会話などはかなりくだけた調子で書いた。

 本書に書かれていることの中には、読者の皆さんには信じられないようなこともあろうが、だいたい真実である。ここでは、登場人物は、私の直接の先生を除き、全員「さん」づけで紹介した。大科学者であろうと例外ではない。いささか敬意を欠く内容とともに、私の非礼をお許しいただきたいと思っている。

後略

  平成十年晩夏                  三瀬勝利

《いらぬ解説》


結論が途中に入ってしまいましたが、細菌学者としての三瀬氏は人類の行く末まで見つめる哲学者のように、最後の決め手として「細菌との共存」を見極めた覚者でした。


そこには大自然の計らいという厳粛な事実を認め、細菌といえども神の摂理の元で働いている存在として、人類と同格に扱うことで共存共栄を続けられることを見抜いているようです。


人は細菌無しでは生存してゆけないのです。
それどころか、細菌あっての人間なのです。細菌を絶滅させようなどという行いは自らを滅ぼそうとしている愚かな行為なのです。


自分たち人間に原因があるのに、それを細菌だけのせいにして「バイ菌」とか「ウイルス」として忌み嫌い、攻撃する。そんな時代はもう長く続かないということを細菌学の専門家はよく知っています。


治療現場における医師たちもこの事をよく理解し、その攻撃的治療を止めることで、意外にもスムーズに感染症は終息に向かうのではないかと思っています。
自然順応こそ、人が健康になれる一番の近道だからです。それは実にシンプルなことです。(by himaari)

 

5
 細菌は人類の大先輩


 地球の誕生から今日までの地球の歴史を一月一日から十二月三一日までの一年のカレンダーに圧縮してあらわす試みがいろいろなところで紹介されている。地球の誕生の時代は確定していないが、一応、四六億年前に誕生したとされている。細菌の誕生は化石の研究などから三〇億年以上前と推定される。

 地球が誕生した時を一月一日とすると、細菌の誕生は春たけなわの季節である。
(中略)
人は万物の霊長と自称して威張っているが、この地球では極めて遅くやってきた新参者にすぎない。

 人は抗生物質や化学物質を使って、人に病気をおこすバイ菌を絶滅させようとしている。しかし、それは不可能だ。

天然痘は確かに絶滅した。だが、微生物の世界はあまりに奥が深い。まだわれわれの知らない病原体やその候補生が、数知れぬほど多種類ひしめいている。

歴史上も、彼らはマジックのように次々と新手の病原体を大量に人間社会に送り込んでいる。十六世紀の梅毒、十九世紀のコレラ、今世紀のエイズ等がその代表例である。

 そもそも十二月三一日の除夜の鐘が鳴り始める直前に、コン棒をかついでノコノコ出てきた新参者の子孫が、春以来どのような環境にも堪え忍び勢力を拡大している大先輩の細菌を叩きつぶそうとする − そう考えることすら恐れ多いと思う。

われわれがバイ菌とつき合うには、別のやり方を取らねばならない

《いらぬ解説》


抗生物質神話が崩壊したという事実。


これを知るのは細菌学者だけではないはず。しかしそれでも医療現場では相変わらず抗生物質中心の細菌対策が行なわれています。薬で細菌を絶滅させるのは不可能なことを腹の底から認識しないと、これ以上は「細菌は殺しそこなったが人間は易々と殺せるようになった。」という本末転倒な話が事実となって出てくるでしょう。
一部ではもうそうなっているかも知れません。


もうばい菌をやっつけようとする方策を変えて「別のやり方」をとる時期なのです。しかし現代医学ではそれができないのかも知れません。


叩く、殺す、焼くなどという標語があるように、「攻撃」する治療が主となっているのが医学の思想のようですから。

別の方策を考えるには、いちど今の医学から抜け出して、外からみないと別の発想は出てこないのかも知れません。(by、himaari)

 

6 
  バイ菌全滅作戦は愚の骨頂

 病気になった後の治療に関しては人々は注目する。しかし、感染症や食中毒で本当に重要なことは、予防対策を講ずることである。いかにして感染症や食中毒をおこさないかにある。予防ということはあまり人々の注目を集めない。新型の抗生物質や治療薬の発見といった華々しさがない。地味な仕事ではあるが、実は予防の方が治療よりもはるかに大切である。予防により感染症がおこらなければ治療の必要がない。


 孫子の兵法にも「百戦して百勝することは最善ではない。戦わずして勝つことこそ最善である」と書かれている。予防によって、戦わずして病原菌に勝つことこそ最善の方策である。


 *予防こそ最善の防御

 細菌などによっておこる感染症や食中毒の予防に多くの人達が目を向けてほしいと思っている。感染症予防のためのワクチンの開発や病原微生物のコントロール法の研究にそれほど大金が必要とも思えない。予防には一般の人々に対する感染症に関する教育と宣伝も含まれる。これもそれほど大金がかかるとも思えない。

 感染症が大発生すると、患者の治療や拡散防止に多額の医寮費を支出しなければならない。それに比べれば、むしろ予防のための資金投入は安いものだ。そのうえ、予防が成功すれば人々は感染症に苦しむこともない。これは大きなメリットである。

《いらぬ解説》


医療費の無駄遣いとは「無効な研究や治療をむやみやたらに行なう」ことだろうが、どうも私からみると医学そのものがずいぶん高率な無駄を行なっていると見えるのです。そう言うと「ど素人は黙っていろ」と叱られるでしょうが。これは医学だけでなく他の分野でもずいぶんと無駄遣いが行なわれてきたようです。これが今になってあちこちから噴出しています。


で、この感染症対策がいかに無駄遣いかを、簡単に理解できるような人はほとんど居ないと思います。それほど細菌と人間との関係を未だ知らないでいるからです。ばい菌と呼ばれている細菌や病原と言われるウイルスの役割を知らない限り、今後も無駄遣いは延々と続くのでしょう。


なぜなら、今の医学の学理では細菌対策が逆手だからです。だから、やればやるほど細菌は強くなり、感染症は増え、重度化し、さらに感染症以外の重難病さえも作り出すという、マイナスの相乗効果とでも言える現実を見せてくれます。


と、またド素人が分かったような口をきいて・・・・・と言われそうです。
しかし、
この事はとっくの昔に分かっていたことです。人間が細菌との戦争に負けることは理に適った結果だから予測出来ていたのでした。
その理が半世紀も過ぎてようやく日の目をみようとしているのです。

本当の予防とは、ウイルスやばい菌が働く必要のない体を積極的に保持することです。それが彼らの活躍する場を無くするからです。
ワクチンを入れるとかの小手先の対策ではないのです。


そして、このやり方こそ絶対的にお金のかからない、無駄などころか、節約経済にもつながるのです。医療費拡大が国家予算の大半を食いつぶすところまで近づいています。このまま無駄な、無効な医療を続けていると医療そのものが自滅してしまうでしょう。自らの首をしめるか、危機回生の策を採り入れ自らを助くるかの選択をしなければならない時です。  himaari

 

7 
    バイ菌と開絶された動物は脆弱だ

 われわれは病原菌をやっつけるために、抗生物質などを使って対決してきた。しかしMRSAやその仲間たちの登場によって、「力による政策」には限界があることが明らかになっている。

バイ菌の種類は無数にあり、ありとあらゆるところにいる。地球上を無菌にすることは不可能だ。あるところを一時的に無菌にしても、空気中に多数の細菌が漂っているので、一個でも侵入してくるとすぐ大量の子孫を増してしまう。おまけに彼らは人よりも賢い。
とすれば、われわれを取り巻く周囲の環境だけでも、とりあえず無菌状態にしてはどうかという意見も出よう。

 こうしたことが実現するとも思えないが、実現しても幸福ではないだろう。第一われわれの胃腸にも多数の細菌がいる。こうした細菌が食物の消化を助けている。ある種のビタミンも細菌から受け取っている。
もし無菌状態が胃腸に及ぶと、われわれは消化不良による便秘と栄養不良に悩むことになる。

 そのうえ、無菌状態におかれた動物は免疫機構や生体を防御する機構が未発達なために、弱い病原菌にふれただけで重篤な病気になってしまう

方、日頃からバイ菌に曝されている動物は、弱い病原菌を少量与えたぐらいでは平気のへいざである。無菌状態におかれた動物は、その条件が破れたとき大変弱い。

 これに関して東京医科歯科大学の藤田紘一郎さんが、日本人全体を巻き込んでいる清潔指向に疑問符を投げかけておられる。子供の時に自然に接してバイ菌に対する免疫をつけておかないと、病原微生物に感染したとき、重症の病気になる可能性が高いのではないか − というのが藤田さんの主張である。多くの細菌学者も藤田さんと同様の考えを持っている。


《いらぬ解説》


   細菌は人より賢い


このことを再度腹の中におとしておかないと、無駄なあがきがまだまだ続きそうです。力による抑えは無効なのです。また細菌を世の中から無くそうなんて馬鹿な考えを持つこともそろそろ卒業しないと。


なんでこんなマヌケな思想が拡がってしまったのか、不思議です。それほど人はお利口さんではないのでしょう。だから、ばい菌さんたちにいいように振り回されて来たのでしょうが。ここでもういちど、「ばい菌は人間より賢い」のです。
それよりか、「ばい菌は人間に必要」だと知ると、なおのこと人は細菌に近づいてもう少しお利口さんになれるでしょう。
ここでも書いてありますが、「日頃からバイ菌に接している動物は強い。無菌状態におかれた動物は感染症にたいへん弱い」のです。

それはなぜなのだろうか?


バイ菌の役割は人間の体内の汚物毒素を分解排泄してくれる掃除役
なのだから、汚物毒素があるのにそのままでいると、いつかは掃除させられるのが自然の法則。

ひとの免疫力とは?


免疫とはある種の毒素が浄化され体内から無くなってしまうと、その種の掃除役であるバイ菌類は活動繁殖できない状態。

 

だから体内環境を整えることで感染症は予防でき、また、たとえ感染しても、それは、

体内の環境を整えてくれる働きだから、どちらにしても感謝するしかないようです。

                          himaari

8 
  薬づけ医療とMRSA

 MRSAの病院内流行(正確にいうと病院患者内の流行) は世界的な傾向であるが、特にわが国でその被害が多い。

これはわが国のいわゆる「薬づけ医療」が原因となっている

現在はその傾向が是正されつつあるものの、日本では薬の値段(薬価) が高く、薬を大量に患者に与えれば与えるほど、医者がもうかる仕組みとなっている。このため、一部には病原細菌の耐性検査もロクにしないで、患者にどっさりと薬を与える医者がいた。一応カムフラージュされているが、この世の多くは経済の原則で動いているのだ。もうかることは誰でもやりたがる。


 薬が大量に使用されれば、医者だけではなく、それを作った製薬会社ももうかる。どちらかといえば、こちらの方のもうけが大きかったかもしれない。製薬会社の宣伝員たちは、医者にせっせとゴマをすり、薬を売りつけてきた。なかには医者に薬を買ってもらいたいばかりに、手切れ金を医者の愛人の所に届けに行ってコップを投げつけられ、名誉の負傷をしたのもいたようだ。MRSAは医者と製薬会社がいつくしみ育ててきた怪物といえなくもない。

《いらぬ解説》


実はバイ菌と恐れられている細菌はいつどこから感染してきたのかという疑問がいつもあるのだが、それを明らかにした例はほとんど無いのではないかな。
「感染源を突き止める」と言って調査するが、これが発生源だという証拠もあげられなく、いつのまにか忘れ去られているか、うやむやにされているようです。


あのOー157にしても、カイワレとかハンバーグとか牛とか言って、ある食べ物や動物からと言いますが、では、カイワレから発生したのか、牛肉から湧いたのか、というと、これも断定出来ないようです。
それはそうでしょう。医学では細菌の自然発生を認めていないようなのです。
それで何かから菌が見つかっても、これはどこかから感染して、そのどこかはまたどこかから感染して・・・・・・・・というように永久に感染ですから、発生源など特定できないのです。


それなのに、「発生源は?」などと言うのはまったく馬鹿げて見えるのは私だけではないでしょう。どんな菌であっても最初はどこかから発生したのでなくては、この地球上のすべての菌はすべて感染してきたのだから、全部宇宙のどこかから飛んできたということになるでしょう。ではその宇宙のどこで発生したのか?となりますが、もうそこまでは行っては誰も答えられないです。
そうなると今現在地球に存在するすべての菌は宇宙からの飛んできたもので、またこれから新たに現われる菌も異星菌となりますね。

そんな事を考えている学者さんもいるようですが、本来宇宙というのは外側にだけあるのでなく、この身の回りも自分も宇宙なのです。外側宇宙が無限なら内側宇宙も無限なのです。そうです。宇宙飛来説は外側宇宙とは限らないのですね、内側宇宙飛来説(発生説)も考慮しなくちゃあ、私みたいなどしろうとに笑われちゃいますヨ。

もうパスツールのおとぎ話から卒業して、菌の自然発生を認める時期ですね。

人類はようやく細菌さんの様に賢くならなければならない時期に来たんです。彼らは最初は発生したのです。そうでなければ、絶対に感染源など特定できないですから、これからそういう無駄遣いは止めるべきです。発生源を見つけるとは感染源を認めることですね。つまり「源」と言うからには「発生した」「湧いた」その「みなもと」という意味でしょうが。

いろんな細菌はやはり最初は発生した。ではバイ菌はどうかというと別に細菌とバイ菌が異なっているわけではないから、やはり最初は発生した。湧いて出た。
有用な細菌なら食べ物とかの有機物とからとして認めても良いでしょう。
では、バイ菌と言われるものはどこから?
それが、汚物毒素から湧いて出たという考えです。
汚物毒素の元は何か?
体内に入れた毒物。その毒物とは?
     薬剤です


薬剤が古くなって還元すると元の毒になる。というより、毒物が薬になるだけのことで名称が変わるだけのこと。結核の特効薬、サルバルサンなどはその良い例ですが、どんな薬でも毒物から出来ます。


それが体内で汚物、毒素となって残留します。そこから細菌が発生(湧き)して分解掃除をしてくれます。
汚物毒素が多ければ多いほど盛んに増殖して、分解処分して、菌はどんどん死滅してゆく。それが体外に排泄されてある程度無くなると繁殖は終わり、血液注の汚物毒素は浄化されきれいになるから、血行は増し、前より健康になって活動できる。そうして一種の毒素に対しての分解掃除役である菌もその種の毒素がなければ再び繁殖できず、菌に接触しても感染しないから免疫体質と呼ばれる。


9 
  抗生物質はカビの化学兵器 

 昭和二五年(一九五〇年) ごろまでのわが国の死亡原因のワースト・スリーは結核、肺炎、それに胃腸管系の病気であった。
現在のワースト・スリーはご存知のとおり、癌、心臓病、および脳血管系の障害である。

結核などが細菌によっておこる感染症であるに対し、現在の死者を多く出す病気は細菌にはよらない老人性疾患にかわっている。

 かつて人々を苦しめていた細菌性の病気による死者数が減少してきたわけは、ペニシリンをはじめとするいろいろな抗生物質が開発されたためだ。昭和二五年ごろから、ペニシリン、ストレプトマイシン、クロラムフェニコールなどの抗生物質が次々と大量に使用されはじめた。これらの抗生物質が開発された当初は、横浜ベイスターズの「ハマの大魔神」こと佐々木主浩投手なみに、細菌性の病気をピシャリと抑えこんでいた。

 抗生物質は「カビ」が作りだす「細菌を殺す」の化学物質である。

中には細菌を殺さずに、繁殖だけを抑える穏健型のものもある。抗生物質は、それを作るカビにとっては、周囲にいる邪魔な細菌をやっつけ、自分の子孫を繁栄させる化学兵器のようなものだ。人はここに目をつけ、カビに抗生物質を大量生産させて、病原細菌をやっつける薬として優っている。


 細菌の中にも他の細菌をやっつける物質を作るものがいるが、こうした物質は抗生物質とはいわず、「バクテリオシン」とよぶ。抗生物質は主としてカビにとって「他人様である細菌」をやっつけるのに使われる。
一方、バクテリオシンの方は生存競争の相手となる仲間の細菌を打倒するために使用される。どうも、近親憎悪の念はカビより細菌の方が強そうだ。抗生物質とは違って、バクテリオシンはあまり医薬品としては用いられていない。

《いらぬ解説》


カビを体内に入れると今度はそのカビにやられることになる。
真菌症などと言って、体にカビが繁殖するというから怖い。
とにかく抗生物質などと言っても、強い毒性があるから体はメチャクチャにやられるのは必然。実は感染でやられるというより、この抗生物質の害で体が冒されているのかも知れない。けれど決して医学では治療薬の害を表面に出さないようにしているかも知れないのです。


そんなことを正直に言ったら、だれも薬など飲まない、打たないことになるでしょう。だいたい、薬の主作用とか副作用とかに分けているのがおかしい、ナンセンスだと思いますよ。なぜなら、もともと毒性物質だから、その作用自体はもう毒の働きなのです。だからそれによって現われた状態に対して都合の良い方を「薬の主作用」と呼んだだけで、「副作用」というのは実は薬本来の働き、つまり毒作用のことですね。だから本当は副作用の方が薬の本当の働きだから「主作用」と言うべきじゃないですか。


と、なんだかへりくつっぽいですが、これ、よく考えてみるとおかしいと思いますね。思考に困ったらバイ菌さんにでも聞いてみたら?
なんたって人間より賢いバイ菌様ですからね。

とにかく、とにかく、薬の働きとは攻撃、抑えつけるのです。
しかし、いつまでも抑えつけていられないのですね。

10 
   イタチゴツコは疲れる

 結核、肺炎、それに赤痢やチフスといった病気をおこす細菌を、抗生物質が一撃のもとにやっつけたこともあって、細菌性の病気はほぼ一掃されたと思っている人が多い

結核や肺炎などの細菌感染症はもはや過去のものだという誤った信仰が、今日でもかなり流布されている。

また、そのように公式の場で公言される他分野の科学者もおられる。われわれ細菌学者にとってこれほどの営業妨害はない。訴えたいが、警察はとりあげてくれそうもないので止めにしている。

 確かに新しい抗生物質Aが開発され、臨床に応用された当初はきわめてよく効く。しかし、数年も経つと、こうした抗生物質Aが効かない耐性菌が多くなってくる。そうすると科学者の方も耐性菌に効果のある新しい抗生物質Bを開発して、抗生物質Aが効かない耐性菌をやっつける。

しかし、事態はこれでは終わらない。また数年を経過しないうちに抗生物質AにもBにも効かない耐性菌が出てくる。そこでさらなる効果のある抗生物質Cを探し出す。しかし……、というイタチゴツコともモグラタタキともつかないものが、最初の抗生物質が開発された一九四〇年代から今日まで延々と続いている。                                  

                                                        イタチゴツコはどちらかが疲れてダウンするまで続くのが定石である。ダウンしそうな方は細菌ではなく、どうも人間様の方のようだ。

なぜなら、人間の方が考えられる新しい抗生物質のほとんどを発見し尽してしまった状勢にあるからだ。残念ながら前途は暗い。

 細菌の方は一九四〇年代から続くこのイタチゴツコを通じて、抗生物質AにもBにもCにもDにもEにも耐性を示す、いわゆる多剤耐性を身につけてしまっている。多剤耐性という言葉は「多」数の薬「剤」 に耐性という意味である。

《いらぬ解説》


抑えつけられた反発でもっと強いバイ菌が出現する


薬が病気を治しているんではなかったんですね。それでイタチゴッコが続くんです。薬で病気は治らない。抑えつけるだけなのです。

それでも良いとお思いでしょうが、収まりがつかないのです。また頭を持ち上げてくる、それで薬と細菌との闘いになるんですが、実はここで忘れられているのがその戦場となるのがにんげん様のからだの中ということです。
いくら派手に闘っても良いんですが、自分の体の中で暴れまくられてはたまったものじゃありません。爆弾は無差別に落とされる。それでも効かないとなると新型爆弾をまた持ち出して攻撃する。
もう戦場はメチャクチャ、敵も味方も無いですね。どんどん見境がないですから。
そうして長い闘いの末どうなったか?というと。


敵は攻撃にはびくともしない体になってぴんぴんしている。味方の方はとばっちりの攻撃を受けてちりぢりバラバラ、下手すりゃあ全滅に近い。

感染症に限らず、このモグラたたきゲームは癌をはじめ、いろいろな病気に使われていますから、最終的には戦場となる「我が身」が危うしとなるでしょうね。


「しょうがないじゃないか。敵をやっつけるためには、多大な犠牲は付きものだよ。痛みを耐えて断固○○を決行するべきだ」と説得されて同意したあなたの責任なんだけど。

人類は細菌との闘いに負けた
という事実を知っている専門家は少数なのか?未だに闘おうとしている残留兵の方が多いようだ。こんな時「大本営」は「負け戦」をあえて発表しないのは昔も今も変わらないですねえ。「人心にいたずらに不安感を起こさせ混乱を招いてはならない」とか、その方がよっぽど悪戯に思えるのですがね。

 

11
    朱に交われば赤くなる

 抗生物質が大々的に使われるようになると、細菌の側も耐性を身につけてくるが、それはどのようなやり方で耐性を身につけるのだろうか〜
 結論を先にいってしまうと、細菌は実にさまぎまなやり方で耐性を獲得している。しかも、その中でもっとも重要と考えられるものを明らかにしたのが日本人の科学者たちなのだ。

 抗生物質などの薬剤が効かなくなる耐性の研究は、一九五〇年代の後半から日本を中心にして始まったといっても過言ではない

そして初期の耐性に関する重要な研究は、ほとんど日本人科学者によってなされた。一九六〇年ごろまで、日本では年間十万人近くの赤痢患者が出ていたが、その当時開発されたばかりのクロラムフェニコール、テトラサイクリンなどの抗生物質は劇的な効果を示した。ところが、しばらくすると、突然多くの薬剤に耐性を示す多剤耐性型の赤痢菌が出現しはじめたのである。


 昭和三四年 (一九五九年) に名古屋市立城東病院の落合国太郎博士と東大医学部の秋葉朝一郎博士らのグループが、独立して大変興味深い現象を発見した。すなわち、多剤耐性の赤痢菌と抗生物質の効く感受性の大腸菌を一緒に培養してやると、大腸菌が一度に多くの抗生物質に耐性になってしまうことを見い出したのだ。これでは耐性菌が蔓延するのは当り前だと多くの人々は納得した。

 この現象が発表されるや、日本中の細菌学者たちは、争うように耐性の分野に参入しはじめた。そして今日では、世界中の微生物の教科書に書かれている優れた研究成果を次々と発表してきたのである。



 不衛生な環境は細菌学の理想の環境一九五〇年代の終わりから一九六〇年代にかけて、日本人科学者たちがなぜ薬剤耐性の分野で素晴しい仕事をやることができたかといえば、一つには材料がたくさんあったという皮肉な事情があった。

当時の日本は戦後復興を旗印に、大規模な工業化が押し進められていた。その陰で、公衆衛生の方はとりあえずおあずけとなっており、不衛生な環境から赤痢やチフスが多発していたのである。

 欧米などの先進国では赤痢やチフスはほぼ制圧されていたが、赤痢などの多発国である熱帯や亜熱帯の発展途上国では、まだ抗生物質の大規模な生産は始まっていなかった。ひとり日本のみが赤痢などが多発する不衛生な環境のもとで、国内で作られた抗生物質が多量に使用されていた。乱用により、まず赤痢に抗生物質が効かなくなった。

こうした理由から、深刻な耐性の問題は、全世界に先がけて日本でおこったのだ。

「必要は発明の母である」といわれているが、発見の母になることもある。

 当時のわが国の医療関係者は抗生物質が効かなくなった理由を究明し、対策を講じなければならなかった。そうでなければ、患者が苦しんでいるのを手をこまねいて見ているほかはない。


 薬が効かない耐性菌と薬が効く感受性菌を一緒にすると、感受性菌は一挙に耐性化してしまう。
それではどんな機構を通じて耐性菌に化けてしまうのだろうか。

《いらぬ解説》
このひのもとの国というのは本当に世界のさきがけの役目を演じられるのですね。原爆にしても世界初であったし、経済復興も世界一と言えるほどになり、そしてバブル崩壊も世界にさきがけて、あの細菌の軍隊731部隊でしたか、あれも結局は今のアメリカの細菌研究への基礎をつくってやったようなもので、細菌兵器のルーツとしてのこの日本役割は大きかったようですね。その基礎研究がアメリカに持ち込まれ、そうして軍用として細菌兵器となっているのも皮肉なものです。
そこに上記のような世界にさきがけて耐性菌の研究が始まったのを知ると、これからの日本の細菌学の貢献も見えてくるようです。
つまり世界にさきがけて、感染症克服への道がハッキリと出されるという事です。悪いことばかりじゃなかったんですね。良いことも世界にさきがけられるんですから。
で、感染症克服のヒントは何度もいうように。
細菌との共生です。

これ以外には無し。  細菌を敵視することを即刻止めて、共存共栄を計ることこそ、この日本の未来を明るくし繁栄と健康の国として世界から崇められるものでありますから、この感染症対策こそ今日本の国家再生を目指せる指針として・・・・・・(ナンダか変な方向へ)

 

12 
  隠退したはずの薬の再出馬

 結核菌は耐性菌が出やすいため、二種類もしくは三種類の薬を併用する。治療によく用いられる薬はイソニアジド、リファンピシン、ピラジナミドという薬である。古典的な抗生物質であるストレプトマイシンや日本で開発されたカナマイシンも使われる。ところが先にも述べたように最近米国や日本で見つかる結核菌には、これらすべて、もしくは多くに同時に耐性を示すものが増えている。

 そこで、最近ではエタンブトールという薬がよく使われる。この薬は最近発見されたものではなく、一九五〇年代にすでに開発・使用されていたものである。顕著な副作用があり、注意しないと目がやられる。患者には新聞が読めるかどうかを聞きながら、慎重に使わなければならない。腎臓障害のある人や糖尿病患者に与えることは禁物である。エタンブトールはこうした副作用があるので、一時期敬遠されていた。しかし、耐性型の結核菌が蔓延している今日、場合によってはこの薬のお出ましを願わなければならなくなった。エタンブトールには耐性菌が出にくいこともあるが、あまり使われていなかったので耐性菌が少ない。今のところよい治療効果をあげているようだ。


 それにつけても副作用の点で見捨てられていた薬をやむなく使わなければならない現状は、はからずも人と細菌の戦いで、人の側の苦戦が垣間みられる。前途には何やら暗い影がただよっているようだ

《いらぬ解説》

暗雲どころか黒雲が立ちこめて見えますね。
強い副作用で見捨てられた薬の復活なんて。

そういえば他にも多くの薬害患者を出して使用禁止処分を出された薬が海外でまた他の症状に効くとかで復活したものを輸入して使うという話もありましたね。ほんとに懲りない面々というか、だれがその被害に遭うんでしょうか?
自分で輸入して自分だけ服用するなら、それはそれで止めやしませんんが、もしも自分で使わないで他人に飲ませたり注射したりするんだったら、まともじゃないですね。おなじひのもとの国人でもまるっきり害国人じゃありませんか。
「まあまあ抑えて抑えて」


いや、抑えるのは薬の働き。毒で毒を一時的に抑える。
そして、やがてその毒で発病する。
また廃止される。  やがて、どこかで他の治療薬として復活する。
こうして毒が病気を造り、そして、またその病気に毒を使う。

まるで無限ループのようで、これは究極まで行かないと気が付かないんでしょうか?

それほど、人類は賢くなかったようで・・・・

猿の惑星の猿は、やはり見ざる聞かざる言わざるの習性があるのでしょうか?

もしかしたら、今の地球人はこの惑星から移住してきたのではないかと、ホンキで考えている私もむかしは猿まねが上手かったし、いまでもその習性は残っているし・・・ヒョッとしたら・・・・・・・!?

13 
   RプラスミドのRはレジスタンスのR

 落合・秋葉の研究によれば、耐性菌と一緒にすると、接合によって感受性菌が耐性化する。この場合、一つの抗生物質に対する感受性だけが耐性化するのではない。いくつもの抗生物質に同時に耐性となり、効かなくなってしまうのだ。

一九五〇年代の後半から、日本の赤痢では、どの抗生物質にも効かないタイプが出現し、その割合が増加していたが、それは接合によって耐性菌から多剤耐性という性質が、一度に感受性菌に移されていたためである。

一方、細菌に突然変異がおこって耐性菌になることもある
しかし、突然変異だけがこの多剤耐性化に関係しているとは、とても思えない。いろいろな突然変異は原則として独立におこる。

ある突然変異が別の突然変異の引き金を引くことは少ないのだ。しかも突然変異は低い頻度でしかおこらない。


もし一つの抗生物質に耐性になる突然変異が一千万回に一回の割合でおこるとすると、三つの抗生物質に同時に耐性となる突然変異がおこる確率は0000ーーーーーー分の一となる。
ちなみにここにはゼロが21個書いてある。



(中略)

 細菌に雄と雌がいることを発見したレダーバーク博士は、一九五三年に細胞質にある遺伝子を稔称してプラスミドとよぼうと提唱していた。この提案を受けて、現在は耐性に関係する細胞質にある遺伝子をRプラスミドとよんでいる
Rは耐性という意味の英語レジスタンスの最初の文字からきている。




 *機動力の権化・Rプラスミド

 Rプラスミドには接合をする能力を持ったものが多い。
感受性菌と一緒になるとくっついて、自分のコピーを感受性菌に移す。

 Rプラスミドはサークル (環状)構造をしている。他のDNA遺伝子同様二本の鎖より成る。接合でプラスミドを移すときは、サークルを回転させるやり方で二本のうちの一本の鎖が直線状となって感受性菌に注入される。その後、感受性菌の中で一本の鎖が二本になり、両端が閉じられサークルとなる。耐性菌の誕生である。

 このようにして、Rプラスミドを持つ菌が少数でも存在すると、周囲の菌が次々と耐性化してしまう

このRプラスミドの上には、いくつもの抗生物質に耐性となる遺伝子が乗っている。ここからいろいろな抗生物質を破壊したり、活性を低下させたり、抗生物質の作用をやりすごすための蛋白質が作られ、細菌は多剤耐性化する。


 Rプラスミドは染色体に比べてはるかに小型で機動性に富んでいる。
チフス菌でもペスト菌でも、近くにRプラスミドを持つ菌がいると、接合により薬の効かない多剤耐性菌に変化する。人にとって好ましくない性質をまき散らしてゆくのだ。

《いらぬ解説》


すばらしい菌の働き。その能力ですね。
これじゃ、人間が敵わないわけです。もう魔法のごとく抗生物質を無力化してしまうのですから。もっとも抗生物質が無力化と言ってもそれは耐性菌に対してであって、人体には有効なんですよ。

もっともそれは有害物質としての本来の働きですが。
その毒性物質としての害作用に変わりあるわけないです。

そして、耐性菌の性質を即まわりの菌に移してしまう。

もう抗生物質だの殺菌剤だのワクチンだのと言っていられないほど細菌の働きはもの凄いものがあるわけです。

それは神の働きと言ってもよいでしょう。人間はその神の働きに挑んでいるのです。さて、勝利はどちらに輝くのでしょうか?

 

で、わたしの与太話が続きますが

上記の文で突然変異という言葉で新しい耐性菌の出現を説明されていますが、「突然変異」という言葉。じつは実に非科学的な言葉なのですが、けっこうこの「突然変異」が科学で使われているのは不思議です。

なんのことはない、「なんだかわけが分らんが、突然おかしなことになった」というだけの事でしょうね。つまり「いっさい原因が分らないが、見てみると分らん物がそこに居た」というのだが、説明できないので「突然」とビックリして見せているのです。そして、「きっと」という仮定であり想像でしかないことで説明すると、「このものの正体はきっと、あれが何かの原因で変異したんだろう」となるのでしょう。

こうなると「突然変異」という言葉はどうにでも解釈できる便利な言葉ですが、とても科学的とは思えないので、これはわたしんちでも笑って使わせて頂こうかな。


って、冗談ですが、じつは「異なった細菌が急に出現したのは、突然変異したんじゃなく、新しく産まれた出てきた」と考えられないのでしょうか?

この説をなぜ考えられないかと言うと、それは物質科学では物質以外の世界を認められないからです。すると何もない空間から出現するはずもないので、新たな細菌が湧くということは認められないのです。そこで別の細菌が突如として変異したんだろうという推測をするのでしょう。

パスツール以来すり込まされて来た観念から抜け出せない様に教育されてきた我々人類の代表とも言える科学者が気づいてくれないと、どうにもこうにも一般大衆はこの「突然変異」を科学としていつまでも鵜呑みに信じ続けるのです。

もうかんねんしてヨ             himaari

14
  薬がだんだん、効かなくなる

 MRSAに話をもどすと、副作用は強いが、バンコマインンが効果があることは先に述べた。しかし、この抗生物質も早晩効かなくなるだろう。すでにその気配が濃厚である。各地で低度バンコマインン耐性のMRSAが出はじめている。

 これまで百種類をはるかに越える抗生物質が開発され、大量生産されてきた。しかし、大量生産されはじめて数年以内に、耐性菌が出現しなかった抗生物質は数えるほどしかない。十年も大量生産を続けてゆくと、確実に過半数が耐性菌化する。


抗生物質や抗菌性物質というものは、大量に使用してゆけば菌の側が防御体制をとり、必ず効かなくなる運命にあるのだ。
おしろくないが、これが現実である。


 (中略)



バンコマインンが例外であるはずはない。早晩同じ運命をたどるはずだ。憂うつなことは、バンコマインンに代わる有効なMRSAの特効薬をわれわれは持ちあわせていないことだ。

  病原細菌と人との戦争で、われわれ人の側が徐々に陣地を押しもどされつつある。われわれが新しい抗生物質を開発しても、数年のうちに細菌側でも耐性という武器を身につけて対抗してくる。

 その武器を調べてみると実に多彩である。

ある特定の抗生物質の使用を長期にわたって中断してみると、菌の側でも武装解除してその抗生物質に対して耐性を示さないものが大勢を占めてくる。

したたかである。


 細菌との戦いで人が敗北を喫しそうな形勢に至ったのは、人の側の自業自得ともいえる。無原則的に抗生物質を乱用したツケが多剤耐性菌の蔓延をまねいた。ツケというものは飲み屋のツケに限らず、たいてい支払わされる宿命にある。
重要なことは医療関係者は抗生物質をもっと大切に使ってゆかねばならないということである。

《いらぬ解説》

ある特定の抗生物質の使用を長期にわたって中断してみると、菌の側でも武装解除してその抗生物質に対して耐性を示さないものが大勢を占めてくる。
したたかである


ここが重要ポイントと思いましたね。なぜなら薬毒を掃除するのがバイ菌の役目であり、薬毒から産まれる(発生)のがばい菌だとすると、薬を止める(体に入れない)ことによって、産まれることも必要なくなるし、その種の薬の掃除役である耐性菌の存在の意味が無くなるからです。


自然の働きというのは、実に速やかに無駄なく適材適所に働くのです。自然とは神様の表現ですから、本当に感謝してこころよく受け取れば、感染症なども怖い存在ではなくなりますね。
したたかとは「大自然の賢い働き」を言うのですね。
これで細菌の役目が見えてきましたね。薬剤の古くなったものが一種の毒素とすると、その掃除役が病原菌となるわけで、薬剤を使わない、止めることで菌の役目も必要なくなるから、耐性も消滅する。

こうして、薬剤から菌が産まれ、薬剤を使わなくなると消滅して行くか、普通の常在菌となってしまう。

じつに簡単明瞭な仕組みです。

が、頭が良すぎるとこの事が理解できないのです。複雑な思考が大自然の大きな大河の流れを見ることができない。こうなると細菌退治に明け暮れている学者さんの退治の方が急務なのかも?


それから、万古邁進バンコマイシンについては、ちゃんと耐性菌が出ていますのでご安心下さい。副作用が格段に強いといわれるこの抗生物質をそうじする役目のばい菌さんも相当強力なエース中のエースを送り出して来たようです。VREとか言われてんじゃないかな?
その点、さすがは細菌博士ですね。ちゃんと未来予測は確実でした。

15 *
  細菌にはエイリアンが住みついている

 細菌がこうした適応力を備えていることは、洗練された単純さに加えて、種々の遺伝子受け渡し機構があるためだ

また世代の交代が速く、増殖力が強い菌では十分間で二倍となる。驚異的な繁殖力も大きな武器である。肉汁などで培養してやると、一個の細菌は一晩のうちに一ミリリットル当たり十億個以上もの子孫を作ってしまう。大さじ一杯のスープがあれば、現在の地球上の全人口に匹敵する数の細菌がすぐできる。大変な増殖力である。(中略)



 最近は遺伝子操作技術の進展がめざましく、大腸菌などかなりの数の細菌の全遺伝子構造がわかっている。これを詳しく眺めてみると、病気をおこすことに関係する遺伝子群がカセットやブロックのようにすっぽりとはめ込まれた跡がある。

 外から来たこうした遺伝子群には「エイリアン(異星人)」という名前がつけられている。細菌はおしなべてたくさんのエイリアンを持っているようだ。

細菌の間ではブロックを受け取ったり、はがしたりすることで、派手に遺伝子が行き来している

 このように、細菌は遺伝学的にすこぶる動的な存在であるが、これが細菌にフレキシビリティーを与え、いろいろな環境で生き残れる理由のひとつとなっている。



 なお、0157の全構造も解明されている。0157はエイリアンをたくさん持っており、他の大腸菌と比べると、二五パーセントもの違いがある。

一方、人と猿では遺伝子レベルで五パーセントしか違わない。特にチンパンジーは人に近く、違いは三パーセント以下といわれる。あのお尻の赤い、猫背で歩く連中と我々が、遺伝子レベルでほぼ同一であるという事実は、そこはかとなく悲しみを誘うものがある。人は猿とは遺伝学的にあまり違わないが、0157の方は大腸菌の中では、たいへん変わりもののようだ。

 ともあれ、こうした理由から、細菌は人類が誕生するはるか遠い昔から、三葉虫が絶滅したり、恐竜が滅んだ時代をしのぎきって、今日まで生き延びてきたのだ。これからも確実に、細菌は人よりも長く、この地球上に生き延びるだろう。
人類が生きていて細菌が存在しない、無菌の世界は想像できないが、人類が存在せず、細菌だけが生き残っている世界は十分に想像できる。

《いらぬ解説》

そう、細菌をたたこうなどと馬鹿な考え休むに似たり。
私もよく言われました。「俺、いまとてもいいこと考えているんだ」 「ふふん、あんたのは考えないほうが良いんじゃない?」


ようく考えてもわからんのだから、まったく的はずれなことを続けていて、そしてその結果が出ているのに、まだ気が付かないとは、これを何と表現してよいのやら。これはもうパスツールの呪縛にはまり込んで抜け出せないのかも知れないし、いやそれ以上の何かが「ある」のだろうね。
わざわざ知ろうとしないのには、ふか〜い訳がありそうです。

そにかく、結論はもう出ているんですね。この点を筆者はやんわりと突いていますが、細菌滅亡か人類滅亡かの二者択一を迫るとすると、確実に後者が滅亡の憂き目にあうのです。それを知ってか知らずか相も変わらず細菌滅亡を画策している人類って、ホントにホントにおばかさんネ。

ところでこの「エイリアン」の正体って分かりますか?

この地球創生ばかりか、宇宙の根本創造主の知恵と力なんですね。それに大きな愛が加わっているから、やはり人類はどこまでも愛され続けているんでしょうね。
それでもイヤイヤする駄々っ子には無理矢理変えようとしないで、見守っている。そして嫌われても嫌われても母の大きな愛で尻ぬぐいしてやっている。
こんなばい菌さんやウイルスさんを光り輝く存在として認識できなくて泥をかけていじめてばかりいる幼稚なじんるいをどうかおゆるしください。
16
   それでも遺伝子は動く

 科学というものはやっかいなもので、一つの疑問が解決されたからといって、それで終わりとはならない。またそこから次の疑問が生じてくる。終わりということがない。もっとも、それゆえ、科学者は失業しないですんでいる。科学によってすべての謎が解けるなどということはありえない。
 赤痢菌の多剤耐性はRプラスミドむ持つことで成立していることが中谷先生たちによって証明された後、すぐに生じてきた疑問が三つある。

 第一の疑問はRプラスミドの上にある耐性遺伝子の起源はどこかというものであり、
第二のものはRプラスミドは細菌の世界に広く存在するのかという疑問である。
さらに第三の疑問はRプラスミドの上にどのような機構によっていくつもの耐性遺伝子が乗り移ってきたかというものである。


 第一の疑問、すなわち耐性遺伝子の起源については、抗生物質を作るカビから来ていると考えるのが常識的である。
抗生物質の多くはベニンリウム属などのカビから作られるが、作る方の当人(この場合は当カビ) が、自分の作る抗生物質でやっつけれれてはかなわない。それなりの防御機構が備わっていると思われる。
そこから進化の過程で細菌がカビから防御用遺伝子 (耐性遺伝子) を借用したと考えると都合がよい。この考えは微生物化学研究所の梅沢浜夫博士らの努力もあって、正しいことが証明されている。

 第二の疑問、すなわちRプラスミドが細菌界に広く存在しているかどうかであるが、これについては先にもふれたように広く存在していると考えてよい。腸内細菌科やビブリオ科の細菌とは全く遺伝学的に異なる黄色ブドウ球菌などのグラム陽性菌にもRプラスミドは普遍的に存在し、それらの菌の薬剤耐性に重要な役割を果たしている。

なお、MRSAのメチシリン耐性の遺伝子は、かなり例外的だが染色体の上に乗っている。もっとも、その遺伝子の起源をたどってゆくと、他の微生物のものを取り込んだものらしい。

細菌は結構激しく、別の細菌と遺伝子の貸し借りをやっている。こうした遺伝子群がカセットやブロックのように、はめこまれたり、取り除かれたりする。

 第三の疑問、すなわちカビ由来と考えられる耐性に関係する遺伝子はどのようにしてプラスミド上に乗り移ったかであるが、この疑問に最初に解答を与えた一人が群馬大学の近藤栄子さんである。彼女はRプラスミドのクロラムフェニコール耐性遺伝子がPlファージの遺伝子の上に乗り移ることを発見した。一九六四年のことである。

ファージというのは、第一章でも出てきたように、細菌に感染するウイルスのことである。人に感染するウイルスにもいろいろなものがあるように、ファージにもいろいろなものがる。Plファージもそのひとつである。
《いらぬ解説》

細菌に感染するウイルスとは恐れ入りました。
まさに細菌さんたちにその役目を遂行するように司令塔の役目をするのでしょうか?ウイルスさん。

ウイルスの世界は細菌と較べて実に細かいらしい。では、そのウイルスの奥の司令塔は何だろう?

ウイルスにしても遺伝子にしても微少な世界である、ではもっと細かく奥の世界を見ていったらどうなるだろうか? 分子、電子、クォークとかの超微粒子の世界へと続くのだろうが、そこにいったい何が見えてくるのだろう?
実はこの地球から宇宙を見るかのように、同じような世界が見えてくるのではないだろうか。奥へ行けば行くほど広大な世界が拡がっていたとすると、どう説明していいのだろうね。

これはウイルスというまだ物質である形の奥のエネルギーという領域を知るには物質ではない世界を認めないと、どこまで行っても分からないだろうね。
エネルギーと呼ばれる世界は別名霊界とも呼ばれる。すべての情報はここにあるらしい。そしてすべては繋がっているというから、ウイルスの発生も働きも意志もその世界に属するのだから、現われて見えるウイルスや細菌をいくら研究してもその変化に翻弄されるだけで、真の意味の姿は見えないのだね。

では想念や意志の世界、そしてその奥の神の世界ともいわれる霊界において、ウイルスが登場して細菌がこの世に発生して活動するという「意志」はどこにあるかを知ることで、すべての疑問は解決するだろうね。
そしてインターネットの世界のように細菌やウイルスが世界中で同時多発する現象も理解できるだろう。彼らがどこでどうやって連携しているのか、同時多発するのか、どうして耐性菌が湧くのか・・・・・・

一切の秘密や疑問は、そうでなく、明らかに組み込まれていた自然の浄化作用の原理から解明されると思うし、いや、単純明快な答えはずっと前から出されていたんだが、駄々っ子たちがイヤイヤするから頭を抑えつけてまで教え込ませることが出来なかったのさ。

けど、さすがのわがままいっぱいの駄々っ子もついに自分の頭をしたたか打ったのか、ようやく気づいて来たようだね。
「おかあさ〜〜〜ん たすけてちょうだ〜〜い」
「おやおや、やっと呼んでくれたかい、はいはい、いまいきますよ。ぼうや」
って、手を差し出してくれる。


こんなこと書いていたら、
ああ、なんか僕のおかあさんを思い出して涙がにじんで来たのだ、このぼくちん。
ありがとう おかあさん。おとうさん。
神様ありがとうございます。

って、これが究極の「手助け」だと気がついただろうか?
そうです。


ばい菌さんやウイルスさんに心から感謝の「ありがとうございます」を唱えつづけてみませう。熱に感謝、下痢に感謝してあとはみんなお任せ。

「薬なんてもう要らないと」人から強制されるのではなく、自分の本心から思えたとき、みんなそれが医学革命!

このHPのポイントはただひとつ。

「薬から離れられる」こと。あとはみんなみんな飾り付け。

では、つづきの飾り付けにまいりましょうか。  ひまならおつきあいください。
  これだけ繰り返し書いてもまだまだ納得できないかた




と思ってたが、最初からこんなところへ来るわけ無いだろうって?
やはりここは書いていて自己満足するためのHPというのが正解のようだ。
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18けっこう後で付け足しているので文がおかしくなっている。
いやいや、最初からですよ〜〜
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