こんにちわ、ばい菌さん、ウイルスさん、こんやもありがとう
2003-12-08
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| 【逆襲するバイ菌たち】 一九九八年十月二十一日第一刷発行 著者 三瀬勝利 ■発行所 株式会社講談社 前のページに戻る | ||
| 1感染症は究極の死因だ!, 2人口の減少には戦争よりも感染症が貢献 , 3細菌は人よりもスマートである。 , 4多くのバイ菌は我らが味方, 5細菌は人類の大先輩, 6バイ菌全滅作戦は愚の骨頂 7バイ菌と開絶された動物は脆弱だ 8薬づけ医療とMRSA 9抗生物質はカビの化学兵器, 10イタチゴツコは疲れる, 11朱に交われば赤くなる , 12隠退したはずの薬の再出馬, 13RプラスミドのRはレジスタンスのR 14薬がだんだん、効かなくなる 15細菌にはエイリアンが住みついている 16それでも遺伝子は動く 17 18 19 20 21 | ||
| これでもけっこう客集めのため知恵をしごいているんです。 ポト・・・・ポト・・・・・・・・・・・・・(ア、シゴキ過ぎたみたい。ノコリがない!) |
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1 感染症は究極の死因だ!
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《いらぬ解説》
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2 昨今流行の抗菌指向は行き過ぎだと思う。
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《いらぬ解説》
「病気になるかならないか、もしくは病気が激しいかどうかは病原微生物の性質だけではなく、感染を受ける人の側の要素も重要なのだ」 という所でしょうね。
(by、himaari) |
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3
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《いらぬ解説》
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| 4 多くのバイ菌は我らが味方 強毒の病原細菌を撲滅できればそれに越したことはない。しかし、細菌の側にも三〇億年以上にわたってつちかってきた「変身の術」がある。撲滅することは至難の技である。一時的にやっつけても無限に近い遺伝子プールから、新手の病原菌を人の世界に送り込んでくる。 魔法の弾丸といわれる抗生物質を細菌に打ち込むだけでは解決にならないことは、これまでの人と細菌の戦いの結果からも明らかである。 このところ、どこの世界でも「力による政策」がうまくいっていない。国際関係についても大国の覇権主義はとっくの昔に破綻している。教授や部長が研究室で権威を振りがざしてみても、若い人には通用しないことは、私も身をもって感じている。単純で直線的なやり方は短期間に限っていえば、脳味噌を疲労させないで済むという長所がある。しかし、結局はうまくゆかない。 われわれの周辺の細菌をすべてやっつけるのは、害あっても益するところは少ない。 不可能でもある。 むしろ、0157やコレラ菌などといったトンデモナイ危険な菌がわれわれの周辺には近づかないような方策を考えるべきだ。 多くの細菌は結局のところはわれわれの味方である。 チーズ、ヨーグルト、味噌、醤油、各種アルコール飲料、ビタミン、アミノ酸、食品添加物など数え上げられないほどの多種多様な食品が細菌やカビから作られている。それだけではない。腸内の食べ物の消化をも助けてくれる。場合によっては有害細菌の感染に対する防波堤にもなってくれる。われわれにいろいろな免疫を与えてくれる。こうした味方の細菌までも、抗菌とか何とかいって殺菌するのは間違っている。 *バイ菌は現世の秩序を支えている 細菌や真菌は食品を腐敗させるがゆえに困ったところもある。しかし、もしもこの世に細菌がなかりせば、いかなる事態がおこるのだろうか〜 清潔で腐敗のない理想郷が実現するだろうか〜 答えは明らかに「否」 である。 そこはグロテスクなミイラの世界だ。 細菌のない世界では、死んだ動物も植物もひからびた状態で長く存在する。腐敗させる細菌がないからだ。死体や枯れ木を焼却すれば炭酸ガスが発生し、さらに地球の温暖化が進む。 細菌のいない世界はよい世界ではない。 万物は細菌などの作用で死んで腐敗・分解し土に帰る。それがこの世の秩序を支えている。私には古代の賢人達は流転するものの中に、一つの秩序と調和を見いだしていたように思える。 万物は互いにからみ合い、その結びつきは神聖である。 ほとんど一つとして互いに無関係なものはない。あらゆるものは共に配置され、全体として一つの秩序ある宇宙を形成しているのである。 − マルクス・アウレーリウス 神谷恵美子訳 「自省銀」 哲人皇帝はまたこうも書いている。 遠からず君は何者でもなくなり、いずこにもいなくなることを考えよ。また君の現在見る人々も、現在生きている人々も同様である。すべては生来変化し、変形し、消滅すべくできている。それは他のものがつぎつぎと生まれ来るためである。 マルクス・アウレーリウスは物質的・精神的両面から「われわれは遠からず何者でもなくなることを述べているのだろう。ただし物質的意味において、生きとし生けるものを、何者でもない存在に変えるものが細菌である。 他のものが次々と生まれでてくるためにも細菌との共存が正しく、全面的な対決はナンセンスだ。 (中略) 本書は私が三十数年にわたって研究したり、経験してきた細菌にまつわるエピソードを一般の方むけに書いたものである。細菌学者の会話などはいい加減な発音の英語が飛び交うので、そのまま書くと何のことやらわからない。修飾をしながら、会話などはかなりくだけた調子で書いた。 本書に書かれていることの中には、読者の皆さんには信じられないようなこともあろうが、だいたい真実である。ここでは、登場人物は、私の直接の先生を除き、全員「さん」づけで紹介した。大科学者であろうと例外ではない。いささか敬意を欠く内容とともに、私の非礼をお許しいただきたいと思っている。 後略 平成十年晩夏 三瀬勝利 |
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《いらぬ解説》
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| 5 細菌は人類の大先輩 地球の誕生から今日までの地球の歴史を一月一日から十二月三一日までの一年のカレンダーに圧縮してあらわす試みがいろいろなところで紹介されている。地球の誕生の時代は確定していないが、一応、四六億年前に誕生したとされている。細菌の誕生は化石の研究などから三〇億年以上前と推定される。 地球が誕生した時を一月一日とすると、細菌の誕生は春たけなわの季節である。 (中略) 人は万物の霊長と自称して威張っているが、この地球では極めて遅くやってきた新参者にすぎない。 人は抗生物質や化学物質を使って、人に病気をおこすバイ菌を絶滅させようとしている。しかし、それは不可能だ。 天然痘は確かに絶滅した。だが、微生物の世界はあまりに奥が深い。まだわれわれの知らない病原体やその候補生が、数知れぬほど多種類ひしめいている。 歴史上も、彼らはマジックのように次々と新手の病原体を大量に人間社会に送り込んでいる。十六世紀の梅毒、十九世紀のコレラ、今世紀のエイズ等がその代表例である。 そもそも十二月三一日の除夜の鐘が鳴り始める直前に、コン棒をかついでノコノコ出てきた新参者の子孫が、春以来どのような環境にも堪え忍び勢力を拡大している大先輩の細菌を叩きつぶそうとする − そう考えることすら恐れ多いと思う。 われわれがバイ菌とつき合うには、別のやり方を取らねばならない。 |
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《いらぬ解説》
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| 6 バイ菌全滅作戦は愚の骨頂 病気になった後の治療に関しては人々は注目する。しかし、感染症や食中毒で本当に重要なことは、予防対策を講ずることである。いかにして感染症や食中毒をおこさないかにある。予防ということはあまり人々の注目を集めない。新型の抗生物質や治療薬の発見といった華々しさがない。地味な仕事ではあるが、実は予防の方が治療よりもはるかに大切である。予防により感染症がおこらなければ治療の必要がない。 孫子の兵法にも「百戦して百勝することは最善ではない。戦わずして勝つことこそ最善である」と書かれている。予防によって、戦わずして病原菌に勝つことこそ最善の方策である。 *予防こそ最善の防御 細菌などによっておこる感染症や食中毒の予防に多くの人達が目を向けてほしいと思っている。感染症予防のためのワクチンの開発や病原微生物のコントロール法の研究にそれほど大金が必要とも思えない。予防には一般の人々に対する感染症に関する教育と宣伝も含まれる。これもそれほど大金がかかるとも思えない。 感染症が大発生すると、患者の治療や拡散防止に多額の医寮費を支出しなければならない。それに比べれば、むしろ予防のための資金投入は安いものだ。そのうえ、予防が成功すれば人々は感染症に苦しむこともない。これは大きなメリットである。 |
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《いらぬ解説》
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| 7 バイ菌と開絶された動物は脆弱だ われわれは病原菌をやっつけるために、抗生物質などを使って対決してきた。しかしMRSAやその仲間たちの登場によって、「力による政策」には限界があることが明らかになっている。 バイ菌の種類は無数にあり、ありとあらゆるところにいる。地球上を無菌にすることは不可能だ。あるところを一時的に無菌にしても、空気中に多数の細菌が漂っているので、一個でも侵入してくるとすぐ大量の子孫を増してしまう。おまけに彼らは人よりも賢い。 とすれば、われわれを取り巻く周囲の環境だけでも、とりあえず無菌状態にしてはどうかという意見も出よう。 こうしたことが実現するとも思えないが、実現しても幸福ではないだろう。第一われわれの胃腸にも多数の細菌がいる。こうした細菌が食物の消化を助けている。ある種のビタミンも細菌から受け取っている。 もし無菌状態が胃腸に及ぶと、われわれは消化不良による便秘と栄養不良に悩むことになる。 そのうえ、無菌状態におかれた動物は免疫機構や生体を防御する機構が未発達なために、弱い病原菌にふれただけで重篤な病気になってしまう。 一方、日頃からバイ菌に曝されている動物は、弱い病原菌を少量与えたぐらいでは平気のへいざである。無菌状態におかれた動物は、その条件が破れたとき大変弱い。 これに関して東京医科歯科大学の藤田紘一郎さんが、日本人全体を巻き込んでいる清潔指向に疑問符を投げかけておられる。子供の時に自然に接してバイ菌に対する免疫をつけておかないと、病原微生物に感染したとき、重症の病気になる可能性が高いのではないか − というのが藤田さんの主張である。多くの細菌学者も藤田さんと同様の考えを持っている。 |
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《いらぬ解説》
それはなぜなのだろうか?
ひとの免疫力とは?
だから体内環境を整えることで感染症は予防でき、また、たとえ感染しても、それは、 体内の環境を整えてくれる働きだから、どちらにしても感謝するしかないようです。 himaari |
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8 現在はその傾向が是正されつつあるものの、日本では薬の値段(薬価) が高く、薬を大量に患者に与えれば与えるほど、医者がもうかる仕組みとなっている。このため、一部には病原細菌の耐性検査もロクにしないで、患者にどっさりと薬を与える医者がいた。一応カムフラージュされているが、この世の多くは経済の原則で動いているのだ。もうかることは誰でもやりたがる。 |
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《いらぬ解説》
そんな事を考えている学者さんもいるようですが、本来宇宙というのは外側にだけあるのでなく、この身の回りも自分も宇宙なのです。外側宇宙が無限なら内側宇宙も無限なのです。そうです。宇宙飛来説は外側宇宙とは限らないのですね、内側宇宙飛来説(発生説)も考慮しなくちゃあ、私みたいなどしろうとに笑われちゃいますヨ。 人類はようやく細菌さんの様に賢くならなければならない時期に来たんです。彼らは最初は発生したのです。そうでなければ、絶対に感染源など特定できないですから、これからそういう無駄遣いは止めるべきです。発生源を見つけるとは感染源を認めることですね。つまり「源」と言うからには「発生した」「湧いた」その「みなもと」という意味でしょうが。
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| 9 抗生物質はカビの化学兵器 昭和二五年(一九五〇年) ごろまでのわが国の死亡原因のワースト・スリーは結核、肺炎、それに胃腸管系の病気であった。 現在のワースト・スリーはご存知のとおり、癌、心臓病、および脳血管系の障害である。 結核などが細菌によっておこる感染症であるに対し、現在の死者を多く出す病気は細菌にはよらない老人性疾患にかわっている。 かつて人々を苦しめていた細菌性の病気による死者数が減少してきたわけは、ペニシリンをはじめとするいろいろな抗生物質が開発されたためだ。昭和二五年ごろから、ペニシリン、ストレプトマイシン、クロラムフェニコールなどの抗生物質が次々と大量に使用されはじめた。これらの抗生物質が開発された当初は、横浜ベイスターズの「ハマの大魔神」こと佐々木主浩投手なみに、細菌性の病気をピシャリと抑えこんでいた。 抗生物質は「カビ」が作りだす「細菌を殺す」の化学物質である。 中には細菌を殺さずに、繁殖だけを抑える穏健型のものもある。抗生物質は、それを作るカビにとっては、周囲にいる邪魔な細菌をやっつけ、自分の子孫を繁栄させる化学兵器のようなものだ。人はここに目をつけ、カビに抗生物質を大量生産させて、病原細菌をやっつける薬として優っている。 細菌の中にも他の細菌をやっつける物質を作るものがいるが、こうした物質は抗生物質とはいわず、「バクテリオシン」とよぶ。抗生物質は主としてカビにとって「他人様である細菌」をやっつけるのに使われる。 一方、バクテリオシンの方は生存競争の相手となる仲間の細菌を打倒するために使用される。どうも、近親憎悪の念はカビより細菌の方が強そうだ。抗生物質とは違って、バクテリオシンはあまり医薬品としては用いられていない。 |
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《いらぬ解説》
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| 10 イタチゴツコは疲れる 結核、肺炎、それに赤痢やチフスといった病気をおこす細菌を、抗生物質が一撃のもとにやっつけたこともあって、細菌性の病気はほぼ一掃されたと思っている人が多い。 結核や肺炎などの細菌感染症はもはや過去のものだという誤った信仰が、今日でもかなり流布されている。 また、そのように公式の場で公言される他分野の科学者もおられる。われわれ細菌学者にとってこれほどの営業妨害はない。訴えたいが、警察はとりあげてくれそうもないので止めにしている。 確かに新しい抗生物質Aが開発され、臨床に応用された当初はきわめてよく効く。しかし、数年も経つと、こうした抗生物質Aが効かない耐性菌が多くなってくる。そうすると科学者の方も耐性菌に効果のある新しい抗生物質Bを開発して、抗生物質Aが効かない耐性菌をやっつける。 しかし、事態はこれでは終わらない。また数年を経過しないうちに抗生物質AにもBにも効かない耐性菌が出てくる。そこでさらなる効果のある抗生物質Cを探し出す。しかし……、というイタチゴツコともモグラタタキともつかないものが、最初の抗生物質が開発された一九四〇年代から今日まで延々と続いている。 イタチゴツコはどちらかが疲れてダウンするまで続くのが定石である。ダウンしそうな方は細菌ではなく、どうも人間様の方のようだ。 なぜなら、人間の方が考えられる新しい抗生物質のほとんどを発見し尽してしまった状勢にあるからだ。残念ながら前途は暗い。 細菌の方は一九四〇年代から続くこのイタチゴツコを通じて、抗生物質AにもBにもCにもDにもEにも耐性を示す、いわゆる多剤耐性を身につけてしまっている。多剤耐性という言葉は「多」数の薬「剤」 に耐性という意味である。 |
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《いらぬ解説》
それでも良いとお思いでしょうが、収まりがつかないのです。また頭を持ち上げてくる、それで薬と細菌との闘いになるんですが、実はここで忘れられているのがその戦場となるのがにんげん様のからだの中ということです。
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| 11 朱に交われば赤くなる 抗生物質が大々的に使われるようになると、細菌の側も耐性を身につけてくるが、それはどのようなやり方で耐性を身につけるのだろうか〜 結論を先にいってしまうと、細菌は実にさまぎまなやり方で耐性を獲得している。しかも、その中でもっとも重要と考えられるものを明らかにしたのが日本人の科学者たちなのだ。 抗生物質などの薬剤が効かなくなる耐性の研究は、一九五〇年代の後半から日本を中心にして始まったといっても過言ではない。 そして初期の耐性に関する重要な研究は、ほとんど日本人科学者によってなされた。一九六〇年ごろまで、日本では年間十万人近くの赤痢患者が出ていたが、その当時開発されたばかりのクロラムフェニコール、テトラサイクリンなどの抗生物質は劇的な効果を示した。ところが、しばらくすると、突然多くの薬剤に耐性を示す多剤耐性型の赤痢菌が出現しはじめたのである。 昭和三四年 (一九五九年) に名古屋市立城東病院の落合国太郎博士と東大医学部の秋葉朝一郎博士らのグループが、独立して大変興味深い現象を発見した。すなわち、多剤耐性の赤痢菌と抗生物質の効く感受性の大腸菌を一緒に培養してやると、大腸菌が一度に多くの抗生物質に耐性になってしまうことを見い出したのだ。これでは耐性菌が蔓延するのは当り前だと多くの人々は納得した。 この現象が発表されるや、日本中の細菌学者たちは、争うように耐性の分野に参入しはじめた。そして今日では、世界中の微生物の教科書に書かれている優れた研究成果を次々と発表してきたのである。 不衛生な環境は細菌学の理想の環境一九五〇年代の終わりから一九六〇年代にかけて、日本人科学者たちがなぜ薬剤耐性の分野で素晴しい仕事をやることができたかといえば、一つには材料がたくさんあったという皮肉な事情があった。 当時の日本は戦後復興を旗印に、大規模な工業化が押し進められていた。その陰で、公衆衛生の方はとりあえずおあずけとなっており、不衛生な環境から赤痢やチフスが多発していたのである。 欧米などの先進国では赤痢やチフスはほぼ制圧されていたが、赤痢などの多発国である熱帯や亜熱帯の発展途上国では、まだ抗生物質の大規模な生産は始まっていなかった。ひとり日本のみが赤痢などが多発する不衛生な環境のもとで、国内で作られた抗生物質が多量に使用されていた。乱用により、まず赤痢に抗生物質が効かなくなった。 こうした理由から、深刻な耐性の問題は、全世界に先がけて日本でおこったのだ。 「必要は発明の母である」といわれているが、発見の母になることもある。 当時のわが国の医療関係者は抗生物質が効かなくなった理由を究明し、対策を講じなければならなかった。そうでなければ、患者が苦しんでいるのを手をこまねいて見ているほかはない。 薬が効かない耐性菌と薬が効く感受性菌を一緒にすると、感受性菌は一挙に耐性化してしまう。 それではどんな機構を通じて耐性菌に化けてしまうのだろうか。 |
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《いらぬ解説》
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| 12 隠退したはずの薬の再出馬 結核菌は耐性菌が出やすいため、二種類もしくは三種類の薬を併用する。治療によく用いられる薬はイソニアジド、リファンピシン、ピラジナミドという薬である。古典的な抗生物質であるストレプトマイシンや日本で開発されたカナマイシンも使われる。ところが先にも述べたように最近米国や日本で見つかる結核菌には、これらすべて、もしくは多くに同時に耐性を示すものが増えている。 そこで、最近ではエタンブトールという薬がよく使われる。この薬は最近発見されたものではなく、一九五〇年代にすでに開発・使用されていたものである。顕著な副作用があり、注意しないと目がやられる。患者には新聞が読めるかどうかを聞きながら、慎重に使わなければならない。腎臓障害のある人や糖尿病患者に与えることは禁物である。エタンブトールはこうした副作用があるので、一時期敬遠されていた。しかし、耐性型の結核菌が蔓延している今日、場合によってはこの薬のお出ましを願わなければならなくなった。エタンブトールには耐性菌が出にくいこともあるが、あまり使われていなかったので耐性菌が少ない。今のところよい治療効果をあげているようだ。 それにつけても、副作用の点で見捨てられていた薬をやむなく使わなければならない現状は、はからずも人と細菌の戦いで、人の側の苦戦が垣間みられる。前途には何やら暗い影がただよっているようだ。 |
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《いらぬ解説》
まるで無限ループのようで、これは究極まで行かないと気が付かないんでしょうか? それほど、人類は賢くなかったようで・・・・ 猿の惑星の猿は、やはり見ざる聞かざる言わざるの習性があるのでしょうか? もしかしたら、今の地球人はこの惑星から移住してきたのではないかと、ホンキで考えている私もむかしは猿まねが上手かったし、いまでもその習性は残っているし・・・ヒョッとしたら・・・・・・・!? |
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13
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《いらぬ解説》
もっともそれは有害物質としての本来の働きですが。 もう抗生物質だの殺菌剤だのワクチンだのと言っていられないほど細菌の働きはもの凄いものがあるわけです。 それは神の働きと言ってもよいでしょう。人間はその神の働きに挑んでいるのです。さて、勝利はどちらに輝くのでしょうか?
で、わたしの与太話が続きますが 上記の文で突然変異という言葉で新しい耐性菌の出現を説明されていますが、「突然変異」という言葉。じつは実に非科学的な言葉なのですが、けっこうこの「突然変異」が科学で使われているのは不思議です。 なんのことはない、「なんだかわけが分らんが、突然おかしなことになった」というだけの事でしょうね。つまり「いっさい原因が分らないが、見てみると分らん物がそこに居た」というのだが、説明できないので「突然」とビックリして見せているのです。そして、「きっと」という仮定であり想像でしかないことで説明すると、「このものの正体はきっと、あれが何かの原因で変異したんだろう」となるのでしょう。 こうなると「突然変異」という言葉はどうにでも解釈できる便利な言葉ですが、とても科学的とは思えないので、これはわたしんちでも笑って使わせて頂こうかな。 って、冗談ですが、じつは「異なった細菌が急に出現したのは、突然変異したんじゃなく、新しく産まれた出てきた」と考えられないのでしょうか? この説をなぜ考えられないかと言うと、それは物質科学では物質以外の世界を認められないからです。すると何もない空間から出現するはずもないので、新たな細菌が湧くということは認められないのです。そこで別の細菌が突如として変異したんだろうという推測をするのでしょう。 パスツール以来すり込まされて来た観念から抜け出せない様に教育されてきた我々人類の代表とも言える科学者が気づいてくれないと、どうにもこうにも一般大衆はこの「突然変異」を科学としていつまでも鵜呑みに信じ続けるのです。 もうかんねんしてヨ himaari |
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14 ある特定の抗生物質の使用を長期にわたって中断してみると、菌の側でも武装解除してその抗生物質に対して耐性を示さないものが大勢を占めてくる。 したたかである。 |
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《いらぬ解説》
こうして、薬剤から菌が産まれ、薬剤を使わなくなると消滅して行くか、普通の常在菌となってしまう。 じつに簡単明瞭な仕組みです。 が、頭が良すぎるとこの事が理解できないのです。複雑な思考が大自然の大きな大河の流れを見ることができない。こうなると細菌退治に明け暮れている学者さんの退治の方が急務なのかも?
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| 15 * 細菌にはエイリアンが住みついている 細菌がこうした適応力を備えていることは、洗練された単純さに加えて、種々の遺伝子受け渡し機構があるためだ。 また世代の交代が速く、増殖力が強い菌では十分間で二倍となる。驚異的な繁殖力も大きな武器である。肉汁などで培養してやると、一個の細菌は一晩のうちに一ミリリットル当たり十億個以上もの子孫を作ってしまう。大さじ一杯のスープがあれば、現在の地球上の全人口に匹敵する数の細菌がすぐできる。大変な増殖力である。(中略) 最近は遺伝子操作技術の進展がめざましく、大腸菌などかなりの数の細菌の全遺伝子構造がわかっている。これを詳しく眺めてみると、病気をおこすことに関係する遺伝子群がカセットやブロックのようにすっぽりとはめ込まれた跡がある。 外から来たこうした遺伝子群には「エイリアン(異星人)」という名前がつけられている。細菌はおしなべてたくさんのエイリアンを持っているようだ。 細菌の間ではブロックを受け取ったり、はがしたりすることで、派手に遺伝子が行き来している。 このように、細菌は遺伝学的にすこぶる動的な存在であるが、これが細菌にフレキシビリティーを与え、いろいろな環境で生き残れる理由のひとつとなっている。 なお、0157の全構造も解明されている。0157はエイリアンをたくさん持っており、他の大腸菌と比べると、二五パーセントもの違いがある。 一方、人と猿では遺伝子レベルで五パーセントしか違わない。特にチンパンジーは人に近く、違いは三パーセント以下といわれる。あのお尻の赤い、猫背で歩く連中と我々が、遺伝子レベルでほぼ同一であるという事実は、そこはかとなく悲しみを誘うものがある。人は猿とは遺伝学的にあまり違わないが、0157の方は大腸菌の中では、たいへん変わりもののようだ。 ともあれ、こうした理由から、細菌は人類が誕生するはるか遠い昔から、三葉虫が絶滅したり、恐竜が滅んだ時代をしのぎきって、今日まで生き延びてきたのだ。これからも確実に、細菌は人よりも長く、この地球上に生き延びるだろう。 人類が生きていて細菌が存在しない、無菌の世界は想像できないが、人類が存在せず、細菌だけが生き残っている世界は十分に想像できる。 |
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| 《いらぬ解説》 そう、細菌をたたこうなどと馬鹿な考え休むに似たり。 私もよく言われました。「俺、いまとてもいいこと考えているんだ」 「ふふん、あんたのは考えないほうが良いんじゃない?」 ようく考えてもわからんのだから、まったく的はずれなことを続けていて、そしてその結果が出ているのに、まだ気が付かないとは、これを何と表現してよいのやら。これはもうパスツールの呪縛にはまり込んで抜け出せないのかも知れないし、いやそれ以上の何かが「ある」のだろうね。 わざわざ知ろうとしないのには、ふか〜い訳がありそうです。 そにかく、結論はもう出ているんですね。この点を筆者はやんわりと突いていますが、細菌滅亡か人類滅亡かの二者択一を迫るとすると、確実に後者が滅亡の憂き目にあうのです。それを知ってか知らずか相も変わらず細菌滅亡を画策している人類って、ホントにホントにおばかさんネ。 ところでこの「エイリアン」の正体って分かりますか? この地球創生ばかりか、宇宙の根本創造主の知恵と力なんですね。それに大きな愛が加わっているから、やはり人類はどこまでも愛され続けているんでしょうね。 それでもイヤイヤする駄々っ子には無理矢理変えようとしないで、見守っている。そして嫌われても嫌われても母の大きな愛で尻ぬぐいしてやっている。 こんなばい菌さんやウイルスさんを光り輝く存在として認識できなくて泥をかけていじめてばかりいる幼稚なじんるいをどうかおゆるしください。 |
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| 16 それでも遺伝子は動く 科学というものはやっかいなもので、一つの疑問が解決されたからといって、それで終わりとはならない。またそこから次の疑問が生じてくる。終わりということがない。もっとも、それゆえ、科学者は失業しないですんでいる。科学によってすべての謎が解けるなどということはありえない。 赤痢菌の多剤耐性はRプラスミドむ持つことで成立していることが中谷先生たちによって証明された後、すぐに生じてきた疑問が三つある。 第一の疑問はRプラスミドの上にある耐性遺伝子の起源はどこかというものであり、 第二のものはRプラスミドは細菌の世界に広く存在するのかという疑問である。 さらに第三の疑問はRプラスミドの上にどのような機構によっていくつもの耐性遺伝子が乗り移ってきたかというものである。 第一の疑問、すなわち耐性遺伝子の起源については、抗生物質を作るカビから来ていると考えるのが常識的である。 抗生物質の多くはベニンリウム属などのカビから作られるが、作る方の当人(この場合は当カビ) が、自分の作る抗生物質でやっつけれれてはかなわない。それなりの防御機構が備わっていると思われる。 そこから進化の過程で細菌がカビから防御用遺伝子 (耐性遺伝子) を借用したと考えると都合がよい。この考えは微生物化学研究所の梅沢浜夫博士らの努力もあって、正しいことが証明されている。 第二の疑問、すなわちRプラスミドが細菌界に広く存在しているかどうかであるが、これについては先にもふれたように広く存在していると考えてよい。腸内細菌科やビブリオ科の細菌とは全く遺伝学的に異なる黄色ブドウ球菌などのグラム陽性菌にもRプラスミドは普遍的に存在し、それらの菌の薬剤耐性に重要な役割を果たしている。 なお、MRSAのメチシリン耐性の遺伝子は、かなり例外的だが染色体の上に乗っている。もっとも、その遺伝子の起源をたどってゆくと、他の微生物のものを取り込んだものらしい。 細菌は結構激しく、別の細菌と遺伝子の貸し借りをやっている。こうした遺伝子群がカセットやブロックのように、はめこまれたり、取り除かれたりする。 第三の疑問、すなわちカビ由来と考えられる耐性に関係する遺伝子はどのようにしてプラスミド上に乗り移ったかであるが、この疑問に最初に解答を与えた一人が群馬大学の近藤栄子さんである。彼女はRプラスミドのクロラムフェニコール耐性遺伝子がPlファージの遺伝子の上に乗り移ることを発見した。一九六四年のことである。 ファージというのは、第一章でも出てきたように、細菌に感染するウイルスのことである。人に感染するウイルスにもいろいろなものがあるように、ファージにもいろいろなものがる。Plファージもそのひとつである。 |
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| 《いらぬ解説》 細菌に感染するウイルスとは恐れ入りました。 まさに細菌さんたちにその役目を遂行するように司令塔の役目をするのでしょうか?ウイルスさん。 ウイルスの世界は細菌と較べて実に細かいらしい。では、そのウイルスの奥の司令塔は何だろう? ウイルスにしても遺伝子にしても微少な世界である、ではもっと細かく奥の世界を見ていったらどうなるだろうか? 分子、電子、クォークとかの超微粒子の世界へと続くのだろうが、そこにいったい何が見えてくるのだろう? 実はこの地球から宇宙を見るかのように、同じような世界が見えてくるのではないだろうか。奥へ行けば行くほど広大な世界が拡がっていたとすると、どう説明していいのだろうね。 これはウイルスというまだ物質である形の奥のエネルギーという領域を知るには物質ではない世界を認めないと、どこまで行っても分からないだろうね。 エネルギーと呼ばれる世界は別名霊界とも呼ばれる。すべての情報はここにあるらしい。そしてすべては繋がっているというから、ウイルスの発生も働きも意志もその世界に属するのだから、現われて見えるウイルスや細菌をいくら研究してもその変化に翻弄されるだけで、真の意味の姿は見えないのだね。 では想念や意志の世界、そしてその奥の神の世界ともいわれる霊界において、ウイルスが登場して細菌がこの世に発生して活動するという「意志」はどこにあるかを知ることで、すべての疑問は解決するだろうね。 そしてインターネットの世界のように細菌やウイルスが世界中で同時多発する現象も理解できるだろう。彼らがどこでどうやって連携しているのか、同時多発するのか、どうして耐性菌が湧くのか・・・・・・ 一切の秘密や疑問は、そうでなく、明らかに組み込まれていた自然の浄化作用の原理から解明されると思うし、いや、単純明快な答えはずっと前から出されていたんだが、駄々っ子たちがイヤイヤするから頭を抑えつけてまで教え込ませることが出来なかったのさ。 けど、さすがのわがままいっぱいの駄々っ子もついに自分の頭をしたたか打ったのか、ようやく気づいて来たようだね。 「おかあさ〜〜〜ん たすけてちょうだ〜〜い」 「おやおや、やっと呼んでくれたかい、はいはい、いまいきますよ。ぼうや」 って、手を差し出してくれる。 こんなこと書いていたら、 ああ、なんか僕のおかあさんを思い出して涙がにじんで来たのだ、このぼくちん。 ありがとう おかあさん。おとうさん。 神様ありがとうございます。 って、これが究極の「手助け」だと気がついただろうか? そうです。 ばい菌さんやウイルスさんに心から感謝の「ありがとうございます」を唱えつづけてみませう。熱に感謝、下痢に感謝してあとはみんなお任せ。 「薬なんてもう要らないと」人から強制されるのではなく、自分の本心から思えたとき、みんなそれが医学革命! このHPのポイントはただひとつ。 「薬から離れられる」こと。あとはみんなみんな飾り付け。 では、つづきの飾り付けにまいりましょうか。 ひまならおつきあいください。 これだけ繰り返し書いてもまだまだ納得できないかた と思ってたが、最初からこんなところへ来るわけ無いだろうって? やはりここは書いていて自己満足するためのHPというのが正解のようだ。 |
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| 18けっこう後で付け足しているので文がおかしくなっている。 いやいや、最初からですよ〜〜 |
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