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おじいさんは現代医学の誤謬を常におっしゃっていられますが、それを真に受けて僕がいろんな人に話してみてもいっこうに受け入れられないできましたよ。
ほんとにこの話は大丈夫なんでしょうね。
なにか自信を失ってしまいますよ。昔僕たちといっしょになってやっていた仲間も今では医学の方に行ってしまった人も多いですし。
それに薬や病院を止めたからといっても病気をしないわけではないですからね。
そんなとき「そらみたことか。」って顔で笑われているようで・・・・・多勢に無勢というのは苦しいものですね。
君がそういうのも無理はないだろう。
何しろ今迄長い間病気は医者と薬という事に決まっているのであるから、吾々のいう理窟は成程と分っていても思い切って実行する事が出来ないのが大抵の人の想念であるからね。
「なるほど」って思う人も少ないのではないでしょうか。
たいていの人は病気すれば悪だと思っていますから、病気になって薬も医者も必要ないというととんでもない人種だと思いますよ。
特に身内ほどそれが心配のためなのか分からないでもないですが、身内からこんなとんでもない奴が出てしまい世間に顔向けが出来ない・・・などと思っているかどうかもしれないです。
心の中をのぞけるならばきっとそうでしょうね。
うう〜〜ん、君の被害者意識だけではないだろうね。なにしろわしの時代なら官憲から呼び出しを受けていたからね。
そういえばおとうさんも言っていました。戦後過ぎてからです。
県の衛生部長から呼び出しを受けて、厳重注意をされたというのです。
ははは、そういうものだよ。
彼らを恨んではいけないよ。彼らにしてみれば世間を惑わす怪しい輩だと本気で思っていたのかもしれないからね。
それほど医学というものは人々に無条件に信じられてきたのだからね。
だからといって僕がそちらに強制されるのはごめんです。怪しまれた上に医療に自由がないとしたら・・・・もう腹が立つやら、情けないやら・・・・・・
君もこらえ性がない人だね。自由がないなんてことはないだろう。
わしらはそれこそ強制的にやられるしかなかった時代だからね。君のはただ医療上の特典を受けられないだけのことだろうが。
そういえばそうですね。今の医療制度から保険やら年金などが組み込まれているでしょう。すると医学の治療を受けないとそういう制度は無効になるんですね。
それにしてもいつまでこんな世間の狭い目を堪え忍んでいなければならないんでしょうか。
ふふふ、まったく君は目先のことしか頭にないんだなあ。でもそんな君がここまで二十年以上もがんばってきたのは、それなりにエライよ。ほめてあげよう。
そうですね。気弱な僕がこうしてどうにかやって来られたのはありがたいですね。やはりそれが真実だと思ってたからでしょうね。そうでなければ孤軍奮闘のかいがないです。はやく多くの人に気づいて欲しいと思っています。
だからそういう人達のために出来るだけ分り易くここで話してあげようと思うから出てきたのだよ。君のためにね。
はあ、ありがとうございます。
では病気についての基本から分かりやすくお願いいたします。
それについて一番判りやすい病気としては何といっても風邪であろう。
そうして先ず風邪を引くや、イキナリ熱が出て咳や痰や、くしゃみ、水ッ洟(はな)、頭痛、節々の痛み等の苦しみがおこるので早速お医者に診て貰うだろう。
はい、一般の人はお医者さんへ行くでしょうね。
ところがこれが問題でもあるんだな。誰しも風邪くらいと思っている半面、ウッカリするとどんな事になるか分らない、あるいは「大病の始まりかも知れない」という心配が頭をもち上げてくるだろう。
よく「風は万病の元」と言われますからね。長引けば怖いと思ってます。
そこでふつうはお医者さんのいう通りにして治るのを待っているでしょうね。
また、人によっては市販の風邪薬を飲むとか、最近は漢方薬などを煎じて服むとか、奥さんのお手製の玉子酒や密柑の黒焼などを飲んでソウット蒲団をかぶり真赤になって汗を出すなどのやり方でしょうか。
昔から変わらないようだね。しかし、懐の温い臆病な人はそんな姑息な方法は出来ないとして、「手遅れになっては大変だ、それこそ取り返しがつかない」と、普段から信用しているお医者に駆けつけるだろうね。そこで色々お医者に聞くが何しろ風邪の原因すら分っていない医学の事だからハッキリ説明が出来ないので安心は出来ない。
でも原因はウイルスだと言われるでしょうね。最近は全部ウイルスや細菌のせいですよ、病気の原因は。胃潰瘍でさえそうだという説まで出てきましたから。
もう風邪だからといって、いちいちウイルス検査などしなくても何でもウイルスでしょうね。きっと。
なるほど。わしの時代とはまた違ってウイルス原因説が主流にになったのかな。
しかしね君、ウイルスが関係しない風邪というものがあると言うではないか。
どれをどう判別しているのかね。伺いたいものだね。
いえ、たいてい重いのはウイルスだろうと思うでしょ。インフルエンザって大勢の人が一度にかかるからで流行性じゃないと風邪と判断するのかなあ?そんな詳しい説明をお医者さんがしているのかな?
しかしね、君。だいたい、同類の症状をウイルスと非ウイルスとわけてもしようがないだろうがね。
要は風邪を治す薬は出来たのかね。それとも半世紀前のままなのかね。
風邪を治す薬は未だ無いそうです。そしてウイルスに効く薬も無いようですよ。
ただ咳を止めるとか熱を下げるとかの対症的な薬しかないそうです。
風邪の治療もままならない医学というもの。それではこの五十年間医学は進歩していたのか疑問だと思わないのかね。
それをわしがいつも言っていた「医学信仰」だということなんだね。「信じ切っている」から「疑い」など持たない。だから永い間それが続く。
そうか・・・・・、「信仰」だからですか。
ではおじいさんのお話も何か「信仰療法」くさいですが、僕もそれを信じ切っていたのはちょっとまずいかもしれませんね。
そうだね。まずは「疑う」から始まる。そして、それを暴くという勇気が必要だね。疑って、疑って、それでも残るものが本物じゃないかね。しかし時によって真実というのもより深くなるのだから、わしの言うことでもいつまでも掴みっぱなしでも困るね。見直しを常にせねばならない。わしとても五十年後に出てきて訂正することも出来ないからね。
どちらにしても「鵜呑み」だけではいけないという訳ですね。特に「権威」ある筋からのものほど、鵜呑みにしがちですから。
それを忘れないように。
さてそれでは、医学のお世話になるとしたら、以後どうなるかの解説を簡単にしてみようかね。
はい、風邪をひいた患者さんとしても不安でいっぱいですから、お医者さんに風邪の原因やら、これからどうなるかなどを聞いたりするというお話でしたが。
で、医師としても医学では感冒(風邪)のことはハッキリとした定説でないから、患者に対してそれをどう説明したらよいか迷うわけだろうね。
それもその実、お医者自身でさえ腹の中では「あるいは肺炎になるかも知れない」という懸念もあるからで、そこで先ず安静第一と「精々お大事にしなさい」位のお座なり的言葉なので心細い事おびただしい。
やはり患者としては「お大事に」と言われて、出されたお薬を飲んでいるしかないですから。
といって、ほかにどうしようもないからビクビクもので一日中体温計と首ッ引の人もいるでしょう。
それを吾々から見れ、は実に滑稽至極である。
え、こっけいですか?
それはそうだろう。
いつもいう通り風邪くらい結構なものはないので、体中のどこかしらに滞っている毒の掃除であるからだね。
すなわち熱のために溶けた痰や水ッ洟、汗などが出るだけ出れば治ってしまい、後はサッパリして健康は増すからである。つまり「ロハ」で体内の掃除が出来るのだからこんな有難い話はないではないか、これを例えてみれば入浴は外部の清潔法で、風邪は内部の清潔法と思えばいい。
つまり皮膚に潜った垢を落すのと同様、体内に滞った垢を落すのである。
そうですね。いつも同じことを聞いていますから僕もそれを信じて来ました。だから風邪をひいても薬は飲まないし、高熱も冷やさないできました。
体内の垢掃除だと思って。
だから痰や鼻汁、汗も垢である。もちろん皮膚は人間の手で洗えるからいいが、腹の中はそうはゆかないだろう。
だが、自然はありがたいもので風邪という方法で洗い落されるのだから、何と造物主という神様は巧く造られたものではないかね。
としたら実に「風邪」様々(さまさま)ですね。
ロハで体内のあかすりをしてくれてる。
だから出来るだけ風邪を引くようにすればいいので、これが先ず一番の健康法であるのだよ。つまり神様の造った健康法なんだね。
したがってこの理窟が分っただけでも心配は半分以上減ってしまうのは当然で、かえって手当などせず放っておくに限るので、それでしかも順調に治るから今度風邪をひいたら試してみれば良く分るだろう
なるほど風邪なら誰でもひけますからね。それなら「はやく来い来い、お正月じゃない、風邪さんよ・・」
しかも体内が清まる以上、その後は段々風邪を引かなくなる。ところがこんな簡単な理窟が今日迄分らなかったという事も実に不思議で、人間くらい愚かなものはないと私は思っている。
ほんと不思議です。世界不思議発見に出してもよいくらい世界の不思議ですね。
おじいさんのようにこんなに簡単に解説してくれた人もなかなか居なかったようです。あんなにエライ聖者でも飛び抜けた頭脳の科学者でも、これほど断定してくれなかったようです。ほんと、「現代医学の風邪を斬る!」とか何とか言ってビラでもまきたいくらいですよ。
君は極端だからね。そんなことをしなくても分かる時期が来るだろう。いつまでも愚かというわけにはいかないのが人間の宿命だからね。
という訳で風邪を無暗に恐れ、引いたが最後余計な金を使い仕事もせず、さんざん苦しんだあげく、結核などになるのだから、「憐れなる者よ汝の名は人間也」と言いたい位である。
お金と時間をかけて、風邪を止めて肺炎や結核になったんじゃ割に合わないですね。
そればかりではない。
ここに問題なのは薬である。
先に述べたように、体内の清潔法を逆解して停めようとするのが医学であり、その為用いるのが薬と称する毒物である。
「クスリ」と称する「どくぶつ」ですか。
薬とは体を楽にする、つまり体に良い物だというのが世界の常識ですよ。
およそこの世の中に.本当の薬というものは一つもないだろうね。
強いて言えば。まず米の飯だろうかね。日本人にとってはね。
西洋では麦になろうか。
これは人間が生きている以上一日も欠かす事が出来ない主食だからね。
毎日食べるものが本当の意味で薬なんですね。どんな病気をしてもこの主食としていた物が食べられうちは安心ですし、力も付くようですから。
だから、こんにち「薬」といって有難がっているものはことごとくが毒であって、毒の力で治るのを邪魔するのだからこれ程間違った話はあるまいだろう。
え、「毒の力で、治るのを邪魔する」って、薬が治るのを邪魔するっていう意味になりますが。
もしそうなら薬で治ると思ってきたことは大間違いだと・・・・・・
ではどうしてそんなに間違ったかというと、清潔作用の苦しみが薬で一時楽になるからそれを治るものと錯覚してしまったからである。
とすれば薬というものは全く禁断の木の実であろう。
楽になるという作用が「治る」とは異なっているとは驚きです。
だいたい、楽になるから治るという意味ではなかったんでしょうか?
それが浄化作用の原理からいうとそうとも言えないことになるんだね。
その証拠が近来ますます重度化した病気が増えてきたことに関係してくるんだ。
どんな病気でも薬を使わない治療は無いくらいですよ。
それを大きな誤りだと知ったら・・・・・・・・
大変な騒ぎになりますよ、これは。 でもそんなこと信じる人は少ないでしょうから大騒動にはならないかな。
ところがまだ大変な事があるのだ。
薬毒(やくどく)は体内に入ると大部分は残ってしまい、何年何十年経っても外へ出ないで、体内各局所に固まってしまうのである。
「毒素残存」ですね。そして局所に「集溜固結」する。
近年の化学物質に敏感に反応するする人が増えたのも毒素の臨界に近づいたのでしょうか?それに水俣の水銀中毒なども魚から微量に入ったのにあるときに重症化してしまうように、毒素というのはからだの中に蓄積されるのですね。
そして時を経てそれに清潔作用がおこる。それが風邪であるからそのまま放っておけば必ず治るものを、さんざん薬でこじらし、余病を作ったり悪化させたりして、命までもフィにするのだから呆れて物が言えないのである。
一生懸命やってきたことが、なんと的はずれだったのでしょうか。
呆れるというより、一人の人間として悲しいことですね。
こうみてくると病気の原因は全く薬毒であるから、人間は薬を廃止して、出来るだけ風邪を引くようにすれば年中無病息災となり長生きする事請合である。
しかしそう簡単にいくかどうか不安です。
確認しながらでもやって行きたいですね。だいいち僕らはずいぶんと薬を入れたり、農薬、添加物などを入れ続けて来ましたから。
先ほども言ったように「病気よありがとう」の気持ちで、風邪などはその中でも一番楽にできる清潔法だから、なおのこと、ありがたいと思うのだがね。
しかし、実際に苦痛にあうとそれを忘れてしまいがちだから、軽いうちに練習しておくとよいね。
「ありがとうございます」とくり返し、くり返し唱えることをね。
そうですか。どこかで聞いたような・・・・
でも物は試しです。
こんど風邪をひいたら、自分の体にお任せして、それを健康に近づくためのお祈りとしてみます。
うう〜〜ん、楽しみだなあ。「はやく来い来い、おかぜさ〜〜ん」
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