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  おじいさんとの対話6 結核の原因と原理

みなさん、こんにちわ。 おなじみのhimaariです。

感染症の元祖的存在である天然痘について詳しくお聞きしたので、そこで病気の原理もだいぶ詳しくなったと思います。
さて、次には結核について少し掘り下げて知りたいと思いましてお伺いすることにしました。半世紀前には結核が大流行していた時期がありましたのでその頃盛んに論を出されていたおじいさんですので、きっと内容は濃いものと期待しています。

それで、現在では不治の病といえば癌と思うのは大体の人が共通しているのではないでしょうか。

しかし昔は結核がその王者を独占していたのではないでしょうか?
テレビや映画を見ていても、たいてい麗しのヒロインなどがある日突然ゴホゴホといって口に手を当てて、おもむろに掌を見るとそこには鮮血が・・・・・

するともう本人も周りもそれが労咳、いや「結核」と直ぐ分かり、もう助かる確率は非常に少ないものと思い、愕然として力を落とす場面がいつもありました。

この結核は今の癌全盛時代になる前は死の予感の主席を占めていたといいます。この結核も現代医学の進歩によってついには「過去の難病」のひとつに加えられてしまい、目出度し目出度し・・という事で消え去ったものかと思っていました。

それで、例のおじいさんのお話も結核に関しては50年前にはずいぶんありましただけに、「あれだけおっしゃっていられて、どうもこれでは眉唾もので終わってしまうかなあ」などと思っていたものです。

今の時代は癌や心臓疾患と脳疾患などに首座をあけ渡してしまい、もう出番がないのも無理はないか。それに結核という浄化作用を抑え込んだ結果が今の病気に代わっただけのことだから、結核などという形態の浄化はもう必要ないのかな・・・などと自分なりに解釈していたのです。

が、それが意外にもそうでなくなって来たのですから驚きでした。あの話がまだ生きていた。いや、今こそ必要になったのではないか。そんな思いが年とともにして来たのです。

前にも掲示板を使って書いたことのある結核のお話を再度掲載することに決めたのは、最近になってやたら世界中で感染症について大騒ぎしている報道が目につき始めたからもあります。

この前大騒ぎになった中国発の新型肺炎(SARSサーズ)なども結核に関連する浄化作用のひとつに思えたからです。おじいさんの論によると、感冒(風邪)から肺炎、結核になる経緯が説明されていましたが、新型肺炎(SARSサーズ)などもこの一連の流れの中に含まれる浄化作用であると思われます。

そこで自称マタギキの名人としてはこれは放っておくわけにはいかない、という訳で再びおじいさんの所へ出かけることにしました。
しかし、おじいさんの所はずいぶん離れているのでちょっと大変なのです。向こうから話をされてもこちらへは声がよく届かないので、そのまま伝えることが不可能なのです。

そんなわけでこのおじいさんのお話は僕が付け加えたり意味を勝手に変えたりしている所も多々あるので、決してこのお話をそのまま鵜呑みにしないようにして欲しいのです。同じお話を聞いても受け取る側にとってずいぶんと勝手な解釈になることは世の常識ですから、そこんとこはよろしく! って。(無責任感染菌)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Q: ずいぶん御無沙汰いたしました。今回もどうぞよろしくお願い致します。

A: はいよ。でもあんた結構自分の解釈を入れているじゃないのかい?私の言うことそのままを伝えてないというウワサが聞こえてくるよ。この50年前の世界にも(笑い)

Q: どうも、すみません。なにしろ50年以上も前のおじいさんに会ってお話を聞くというのはむずかしいものですね・・・・

A: 言い訳はいいから、まあ他の人様に興味を持たせるきっかけになるなら、そいう意味でとりあえずしょうがないか。

Q: ありがとうございます。あとはみなさんが直接聞いて戴くということで。
それでは、さっそくですが今こちらの世界では新型肺炎(SARSサーズ)とかいうものが一時流行り出しまして、これからも安心して居られないというのが世界の情勢です。そして肺炎と言えばおじいさんのお話を思い出したという次第です。

A: そうか、そうだろうなあ。もう50年以上も過ぎてしまったのかい。そちらの世界では相変わらず薬や手術が主役の医学が旺盛を極めているのかい?

Q: はい、もうわが国でも世界でも先進国といわれる国ほど、そういう傾向になっています。あの漢方の元祖と言われる中国でさえ、今や西洋医学が主となりつつありますから。この前のSARSでも漢方の出る幕は無かったみたいですよ。


A: ま、どちらにしても対症療法の思想では解決は無理だからね。それに私が言ってあっただろう。今の医学は早晩行き詰まることになるって。
その意味が50年もたってあんたの時代にようやく解ることになりそうだね。

Q: そうですか、僕の時代に解るのでしょうか?しかし、未だに多くの人は現代医学を最高のものだと信じていますよ。僕などがおじいさんのお話をすると「とんでもない!」と言ってあきれて笑うか、反対にカンカンになって怒るかのどちらかですよ。
これじゃもう50年もかかるんじゃないかと半分あきらめの気持ちですよ。


A: あんたなんかはまだまだ幸せの世界に居るんだよ。わしの頃はとても不自由な時代であったから、このような話をするだけでエライ目に逢うので、私でもずいぶん遠慮して論文にしたものだが、その論文にしても戦前、戦中は出せば直ぐ発禁となって御上から呼び出しを受けることになる。そんなわけで、ようやく論文として出せたのは戦後になってからなのだ。


Q: そうなんですか。それで私が聞くおじいさんのお話は昭和20年から30年の間のものがほとんどなんですね。

A: 私がようやく自由に書いたりお話できたのは戦後のこの日本が自由国家になったお陰なんだよ。日本が戦争に負けたのもずいぶんお陰もあったのだよ。しかしながらこの医学に関してはあまり自由じゃなかったようだね。あれ以来半世紀も過ぎたのに未だにわしの論は認められていないようだから。


Q: はい、申し訳ありません。僕なども今から20年も前に初めておじいさんのお話を聞いていたのですが、それがどうも・・・・皆さんに伝わらなくて・・・・


A: まあ、あんたのせいばかりじゃないさ。世間の人が受け入れる時期が早かったのだろうよ。なにか聞くところによると、わしの残した論文の中でこの医学に関する論文は一時は奥に引っ込められたというじゃないかい?


Q: そういううわさもありました。でも無理ないんじゃないですか。当局や医学界から潰されてしまうでしょう。自由といっても医師法や薬事法が出来ましたから。


A: それはわしの時代にももうそういう傾向はあったのだが、まあそれが通るというのは時代が受け入れ体制に無いという意味なんだろう。一般大衆がそれを受け入れないのにいくら押しつけても駄目なものさね。
お、そうそう。聞きたい話は何だい?

Q: あ、すみません。話がそれてしまいまして。
先ほどのSARSの事ですが、それから結核のことを思い出しまして、それでもう一度おさらいのつもりでお伺いに参りました。
たしかおじいさんの時代には結核が半減したのは医学のお陰だということでお祝いをしたと聞きますが・・・


A: そうだね。昭和20年代だったね、あれは。
当時、結核には特効薬として抗生物質が登場したんだね。そのせいもあってか一時結核での死亡者は激減したというのが結核半減記念祝の式典という訳だ。それに対してわしが書いておいた論を読んだのかな。


Q: はい、そのころは私もまだ産まれていないもので、当時の詳しいことは分かりませんが結核にとてもよく効く抗生物質が登場したということですね。

A: うそつくんじゃないよ。あんたがまだよく分からない年頃だったというのだろう。

Q: あ、どうも・・・・。すみません。僕が産まれてまだご幼少のころで何も分からない頃だったと言い直します。
それで、医学で結核の死亡者が激減したのはどういうわけでしょうか?


A: その結核の救世主と言われた抗生物質が登場した頃、私はこう話したり書いたりしておいたのだが、どうやら50年も過ぎてもまだ理解できたおらんようだね。
「それは薬で一時的に固めたまでで、一時的に病気症状が減るから効くと思うだけで、実は小康を得るにすぎないのである。したがって、単に死ぬのが延びただけで、もちろん長くは続かないから安心は出来ないのである。」とね。

Q: なんで長続きしないのでしょうか?
僕も最近までこう思っていました。「戦後数十年たった今では結核は安心できる病気となっています」と。
しかし、そうでなくなったというのには驚きとともに内心うれしくなりました。おじいさんのお話がまた復活しそうな気がしたからですが。



A: あの時期から結核は激減して日本中がお祝いしたくらいだからね。誰しもこのまま行くと思い込むのも無理はなかったのだろう。そこでどうだ今は医学の進歩のお陰で結核は無くなったのかい。50年も進歩し続けたのだからね。

Q: それがそうでなくなったんです。
以下の記事のようになってしまったんです。ほんと、おじいさんのお話が今頃になって生きてきたんです。(失礼)

「結核:長期間にわたり本邦の死因の第1位を占めた疾患

多くの人々が結核の怖さを忘却:全世界では年間3,000,000名が結核で死亡

WHO(世界保健機構):1993年に【結核非常事態】を宣言

適切な対策を講じなければ,今後10年間に30,000,000名が死亡」

というんですね。さらにこの日本でもついに以下のようになったんです。


「【結核緊急事態宣言】:平成11年7月26日厚生大臣発表

結核は過去の病気ではありません.年間新規発生患者数42,715名,死亡者数2,742名.

これが平成9年度の本邦の現状です.結核と気づかぬ人が多いから怖いのです」

以上の記事を読んで、それで再びおじいさんのお話を思い出したという訳なんですよ。

A: そうかね。あの約50年も前に書いておいたものがあるから、それを出してみようかね。

「・・・では、今まで通りにしていれば今後どうなるかというと、むろん時の経つにしたがい、再び浄化が起り始め患者の数も増すので再び薬を用いるが、今度は以前ほどに効かないから毒をいっそう強めた薬が出来る事になるのはもちろんで、ちょうど麻薬中毒患者と同様である。

そうしている中にいよいよ効かなくなり遂には全然効果がなくなると共に、今迄の強い薬毒の浄化も加わって悪性結核激発となり急死する者数知れずという事になろうから今よりも幾層倍の結核患者が出来るであろう。以上のような訳で、その時になったら今度の記念祝典を憶い出して身が縮むであろう。」


Q: たしかに結核が撲滅したどころか半減どころか生きを吹き返して来たというのが世界ではかなり多くの結核患者が発生して死亡者も増えているので、どうもおっしゃった事が出てきたような感じがします。


A: 「そんな感じ」じゃないだろう。事実はそのまま認めることが大切だよ。もちろんわしの言うことでも間違っている所は安易に認めるべきじゃないがね。
それはあんた方ひとりひとりの選択眼にかかっていることだが。

Q: それにしても大変なことをおっしゃっていたんですね。

A: 「私はこの様な悲観的な事は言いたくはないが、そうなるのは今から判っている以上、警告せざるを得ないのである。」と書いておいただろうが、世の中あまりマイナスの事を思ったり話したりすることは良くないのだが、しかしこの事を警鐘として受け止めてプラスの方へ生かしたなら、この警告はマイナスでなく、プラスになるのだよ。

Q: そうですね。なんでもマイナスと受け止めてしまい正しい忠告も拒否したんじゃ、それこそマイナスしか残りませんですね。分かりました。このお話をよく検討してプラスの役に立つために活用するつもりです。
そこで、なんでおじいさんはこの結核が再び頭を持ち上げてくるということを知っておられたんですか?

A: なあに、それは浄化作用の原理と薬毒の関係を知っていれば、誰でもこんな答えは出てくるものだよ。これは自然の法則だからね。人間の方でいくら努力を尽しても神様(大自然)に適うはずがないのだよ。
以下のように書いて残したおいたはずだが。

「ここで重ねて言うが、今日のごとき死亡率半減期間は一時的であるから再び頭をもち上げ始めるのはもちろんであるから当局も一般人も大いにあわて出し、結局医学が今日の新薬恐怖時代を作った事に気が付くことになるのである。」

Q: やはり大自然の法則というのは一筋の見逃しは無いというのですね。
浄化作用の原則では薬は一時抑えだけという事を思い出しました。しかし半世紀以上も過ぎてからとは・・・・・・・・・。

A: 私はこうも言っておいたはずだ。
「新薬の効果によって直ちに死なない半病人が増えるからこわれ物扱いをされなければならないような消極的健康人が氾濫し、元気よく長時間働らく事も出来ず軽作業がやっと位の人間が夥しい数に上るであろう。としたら国家全体からみても由々しき大問題である。」

Q: そうなんですよ。僕もそうなんですが、いくら言っても人間て忘れやすいんですよね。でもおっしゃるように、今ではなんでも「無理をするな、疲れるような仕事はさしひかえて、体をたいせつに、、」という時代になりましたね、そういえば。

いつも栄養たっぷりの美味いものをたらふく食べていてもまだ、「栄養、栄養、、」といってビタミンだの何だのとうるさい世の中になってしまいました。ということはやっぱり半健康人が増えたからなんでしょうかね。では、どうして結核になるのかということと、それが減少したのかということを教えてください。

A: 「いかなる人間も、一人も例外なく先天性及び後天性の種々の毒素を保有している。その毒素は平常時は体内あらゆる局所に団結しているが、一度浄化発生するや溶解し始める。もちろんその場合、発熱、咳、節々の痛み、食慾不振等の初期の結核症状が表われるのである。それによって保有毒素は排泄されて真の健康体となるのであるから、浄化発生こそ大いに喜ぶべき事で自然の大なる恩恵である。」
と書いておいたのを君はよく読んでいたのかな?なんども聞いてくるのは。

Q: あ、いいえ、これは僕のためだけでなく、ほかの人にも聴いて貰いたいためで・・・

A: うまいね、調子もよいこともプラスのこともあるからね。しかし、君は自分の言葉で語って説明できないのかね?何年もたっているのに・・・・。

Q: はい・・・・・・・・。それで結核症状もけっきょく浄化作用ということはこの僕でも理解しているつもりです。

A: 「ところが医学はこれを反対に解釈したため、病気というものを、健康上不可なるものとして恐れ、極力鎮圧手段に出るのである。すなわち、せっかく毒素排除活動が起こったのをもと通り固めようとする。それが医学の療法であるから、今日までの医学がいかに誤っていたかを知り得るのである。」

Q: そうですか・・。
でも、現代医学と言っても数千年も続いて出来上がったものなんでしょう?
それがいつのころから間違ったのでしょうか。
毒素排除作用を浄化作用というんですね。人間はそれを勘違いしてくい止めようとしたのが間違いの始まりなんですね。でも無理はないですよね、浄化作用と言っても長く苦痛が伴うでしょう。

A: それは借金と同じようなものであるからね。最初の催促で返しておけば軽くて済むものを、何度も借りては支払いを延ばして来たからなのだね。元金に利子が付いてだんだんと返済が苦しくなるのと同じ事だよ。


Q: そうかあ・・!借金かあ・・、薬毒の借金・・・いや一時的に苦しみのがれの借薬(しゃくやく)、借毒(しゃくどく)とでも言うんでしょうか。その体内の毒素というのは薬が主なものになるんですね。

A: 今は体的に説明しているからね。実は想念でも人間は体内に毒素を作り出す事が出来るんだよ。それはここではおいといて。
「そうして薬毒が体内の各局部に集留固結して、その浄化作用として感冒がおこり熱によって溶解した液体毒素は痰(タン)となって肺臓を通って出ようとするのである。というわけで、肺とは喀痰排泄のための“通過駅”ともいうベきものであるから、痰はいったん肺臓内に滞り、咳というポンプ作用によって咽喉(のど)を通って出るので、咳と痰が出れば出る程よく浄化される訳である。」
以上が浄化作用の原理だね。

Q: 肺臓は溶解毒素の通過駅ですか・・・?
それが咳セキによって吸い出され、口から痰タンとなって次々と排泄されるですね。咳というのはポンプ作用なんですね、痰を肺から吸い出すための。
うまく出来ているんですね。健康保持のために働くのが浄化作用で、その際の症状を病気というわけか。人間のからだのしくみってのは上手くできているんですね。するとゼンソクなども同じ原理なのでしょうか?

A: そうだね。すべての病気というものがこの浄化作用の原則に基づいているのだからね。排毒されただけ人間は真の健康体を取り戻すことになる。ただ、ひとによって毒素の固結場所が違ったり、薬毒の種類が違うことで病気症状も千差万別となるからね。けれど病気はけっしてマイナスになるために起こるんじゃないという事を認識するといいよ。

Q: 一時的に苦しくてもがまんして排毒作用に任せておけば自然に治り、毒素が出ただけ健康に戻れるんですね。本当はありがたい作用なんですね。

A: ところがそれを逆解した医学は、咳(セキ)と痰(タン)を極力停めようとするのであるから実に驚ろくべき錯誤である。この結果、痰は肺臓内に滞留したまま日を経るにしたがい、漸次固まってしまい、しばらくすると再び浄化が起り風邪を引く。その時医師に診てもらうと、発執と肺臓内にある痰の固結、咳や吐痰、喘音等によって結核初期と断定するのである。

Q: なるほどぉ。
最初は風邪の症状でも、それを止めようとしているから段々と病気の元を増やしてしまうのですね。風邪をこじらせるという意味が分かりました。自然に任せて浄化すれば良いのに、それをまた押し込めてしまうからついには結核にまで進んでしまう。


A: なお、また前の時軽微な肋膜炎もあったのでその固まりが溶けて肺から出ようとする。 これを肺浸潤といい、首肩の凝りが溶解し、肺の上部から侵入するのを肺門リンパ腺、又は肺尖カタルというのである。

Q: なんだか難しいことは分かりませんが、「自然は出そうとする」のに、「医学は出さないようにする。」ーーーーこの違いでしょうか?

A: そう、体内の汚物毒素を出すか出さないかの違いだね。
これを一言にして言えば自然浄化によって体内の汚物が出ようとするのを医療は出さない様にするのである。もちろん服薬も注射も安静も何もかもことごとく「固め手段」であるから、『医学の進歩とは毒素固め方法の進歩』でしかない事は余りにも明らかである。

Q: 「毒をもって毒を制する」と杉田玄白先生もおっしゃていますが、“毒を制する”というのは“固める”という意味だったんですね。僕たちが子供のころからやって来た注射はいまの時代でもやっているようですが、ここのところを詳しくお願いします。

A: 「近来結核の早期発見を奨励しており、その唯一の手段として用いるのに、ツベルクリンの注射がある。そうして反応のないものを陰性といい、紅く鍾れるのを陽性といい、陽性に対しては先ず半ケ年間は結核発病の危険あるとして、その問一ケ月に一度の試験注射を行うを可としている。
半ケ年を経て異常のないものは一先ず注射を解くが、それでも当分三ケ月に一回の注射を励めるのである。
最初半ケ年の要注意期間中はなるべく過撤な運動を避けるように注意を与える。というのはそれを守らないと、発病の危険があるからというのである。」
いじょうが50年前に書いたものだが、どうだね。今でもBCGをやっているようだが。

Q: ツベルクリン注射・・・・なつかしいなあ。あのころを思いだしますよ、僕も純粋無垢でした。いつからこんなに根性曲がりになったんだろう・・・ああ、、思い出せない・・・。ところで、今のやり方は詳しくは分かりませんが、だいたいの基本は同じでしょうね。

A: そもそもこのツベルクリン反応自体が大いに考慮する必要があるのだね。
検査に有効かどうか、そろそろ、その欺瞞性が分かり始めたのではないのかな?

「最初ツベルクリンの注射によって陰性であるという事は体力劣弱にして浄化発生の力がないからで、それに引きかえ紅く腫れるのは浄化力旺盛であるからであるすなわち紅く腫脹する理由は、体内に注射液という異物が侵入するためその異物を体内深く侵入せしめざるよう、いわば防衛手段が発生するのであるその防衛手段とは血液が異物侵入局部に集中し、異物との闘争を開始するためである。その結果異物の毒分を弱めて侵入の害から免れようとするのである

右の理は、最初陰性であったものが、再三注射するや陰性が陰性に転化する。これを医学では陽転というが、このわけは注射液が少量のばあい弱体者は浄化発生の必要が余りないが、多量になる場合はそれを防止するだけの浄化力の発生が必要となるのは当然で、自然は人体擁護の手段を遺憾なく具えているのである。」
と書いておいたのを忘れていないだろうね。

Q: ええーーと・・・・・・・そうその通りなんでしょうね。きっと。
そうですか・・・・、反応がいい加減だというのですね。判定するには。
ツベルクリン反応の結果で結核を断定することの危険性は、最近は医学関係者でも言うようになりました。それにしても、お医者さんでもないのによくそれが解りましたね。それもだれも言わないずうっと前から。それにしても、、浄化力が弱い人の方が陰性とはね。異物の侵入に対して抵抗力のある人が陽性になるんですね。

A: 「元来肺臓という機能は前に述べたごとく、体内各局部の固結毒素が発熱によって溶解液体化したのをいったん肺臓が吸収する。その毒素は間もなく喀痰となって、次々体外へ排泄されるのである。その際の咳嗽は喀痰を吸引するポンプ作用であるから、咳嗽(せき)の後は必ず喀痰(たん)が出るにみて明らかである。

かくして体内の不純物は清掃され、その結果健康は増進されるのであるから、実に自然は人体の健康保持に対しよく出来ているのである。

右の理を知れば肺患などはあり得るはずはないのである。なぜならば、右のごとく体内毒素が排泄の際の一時的停留所ともいうべき機能であるからである。その理を知らない医学は、一時的滞溜の喀痰を肺自体から作られたものと解釈するのである。

Q: なるほど、なるほど、何度聞いても、なるほど・・・、よく僕もゴミ出しをさせられるのですが、収集車が来るまえにゴミ置き場に一時的に置くんです。それを汚いからと言って一時預かりの場所を排除してもゴミはなくなりませんよね。ゴミは家から出すんですから。

一時預かりの場所からゴミが出ると思っているのが医学なんですね。その原理を知らないから治療法が検討違いとなってしまうんですね。真に元から治るのではないんですね。一時的集溜場所をいくら閉鎖してもゴミは溜まり続けるわけですから、結局はゴミ収集車に持って行ってもらわないと、家の中は始末にならないほどゴミの山になってしまいますね。

A: そうだよ。君も少しは理解しつつあるようだが。そのゴミの山を一時的に圧縮して隅っこに納めるのが第一浄化作用という。しかし何時までもそうしておくと家の中はとても活動しにくいし、汚物は腐敗するからね。そこで第二の浄化作用が起こるというわけだ。

Q: それであふれたゴミは別のはけ口を求めていろんな悪性な病気が出て来るんでしょうか?癌やその他形を変えて。
結核の激減も安心出来ないというのもようやく分かりました。それでは、もうすこしこまかくお話をしてください。



A: 少し結核の症状についてつづきを話してみよう。
医学の診断の結果ラッセルを認めることになる。
ところがラッセルは呼吸による喀痰の響きであり、それを病気と誤り滞溜喀痰を固める手段をとる。
その手段とは安静、薬剤使用、湿布、水冷等でこれは、「せっかく清掃のために汚物が肺臓という中途の機関まで来たのを喰止めて排泄されないよう極力固めようとする」のである。
それが濃度化した喀痰がレントゲン写真に雲影となって写るや、結核と断定する。
これが結核の真相である。


Q: やはり、肺臓はゴミ処理の一時集溜所の役割なんですね。もしもそれが真実ならば、ことは重大ですね。
意識的でないとしても医学が結核を作り出し、しかも結核を治さないようにしているという事になりますから。
こんなことがと、信じがたい話ですが。
しかし、事実は先に言いましたように結核非常事態宣言が出てしまったくらいですから、医学は結核を克服どころか解決できていなかった。いや、このお話によるとそれどころか医学が結核を増やす結果となっていたとしたら。それはもう驚きどこではすみません。
でも結核というのは結核菌の伝染によるものでしょう?


A: ここで問題なのは結核菌そのものが病気の原因では無いということである。
それについて医学は菌のみに囚われ、菌さえ殺せば結核は解決出来るものと誤信している事である。
しかし菌といえどもまさか偶然空中に発生したものでなく、又人問の体内に理由無くわいたものでもない事はもちろんで、その発生原因が必ずどこかにあらねばならない筈である。
それがいよいよ私によって発見されたので、以下詳しくのべてみよう。


Q: 結核菌が病気の原因じゃないと言うのですか?

A: 結核菌は自然発生であって、決して感染ではない。
最初のある時期までは菌はないのである。

Q: え、感染ではない!?

A: ここからが非常にわしの論が受け入れがたいものになるから、これを良く読み、そして現実によく観察しながら検討する必要があるのだよ。だからまずは鵜呑みにする必要もないし、かと言って「非常識論」と検討もしないで捨て去ってはいけない。
感染でない、発生だという意味をこれから話してみるが、その前に無菌でも結核はあるという事を知らねばなるまい。

「・・・しかしながら、無菌喀痰といえども排泄されずして長く滞留する以上固結するから益々排泄困難になるばかりか、人間の体は体温という微生物発生に好条件があるから喀痰が古くなれば結核菌が自然発生するのは当然である。
そうして結核菌であるが、これは医学で言うように伝染するものではなく自然発生であるというのは、肺臓内に固めた痰は、時日を経るに従い腐敗する。
腐敗すれば微生物が湧くのは物質の原則であり、しかも体温という好条件がこれに拍車をかけることになる。」


Q: これによると、結核菌が直接の原因ではなく、あくまで液体化した体内の固結毒素が肺臓内に入り、出さないようにしているから、そこに腐敗菌がわくというのですね。


A: 結果として、医学の誤まりは浄化停止の処置を施すことにより、肺臓内に結核菌を作り培養するという訳になるから、この点パスツールの菌の自然発生否定の説はまったく誤りなのである。


Q: パスツールの菌の自然発生否定説は間違いだとする医学者や生物学者
が世界でもいるようですが、僕のようなシロウトでもおかしいと思いますよ。
菌が自然発生したものでなければ、それは何時、どこから来たのでしょうね。すべてのウイルスや細菌類は宇宙から飛来したとでも言うんでしょうか。それを証明出来た人なんでいないんでしょう。たんなる憶測だとしたら、医学も僕たちと同じ“非科学的”と言われてもおかしくないですよね。
ただ長い間それを信じさせられてきた。いや自分で信じ切ってきたといのが真相かな。

A: 今の医学がこの「菌の自然発生」を認めない限り、この世の中から感染症は無くならないだろう。なぜなら菌を原因としてその菌を殺す事自体が間違いの始まりだからね。

「今一つ見のがしてはならない事は、陽性の際、結核発病を注意するがこの事は逆効果となる。
何となれば、その一言によって患者は地獄の門に入ったと同様、前途不安に襲われる。
もちろんその為の神経作用によって意気消沈はもとより、食慾不振、不眠、神経衰弱を引き起こすのである。
中には神経性結核となり生命を奪わるる者さえ往々見受けるのである。

また陽性後の強労働を戒めるのは、浄化力が発生するからで、医療の固める目的とは反対であるからである。」


Q: これについては、今の時代では“癌”がその主役ですね。いずれ“エイズ”というライバルにその座をあけ渡すかも知れませんが、まだまだ癌は今最高の死の使者の役割をしています。。
おっしゃるように、これらの病名を宣告されたら最後、だれもがもう“死の宣告”を受けたかのように意気消沈しますよ。
結核の場合もそうだったんでしょうね。死の宣告を受けたと思うから意識的にマイナスになり、それが身体に影響するのですね。医学の方でいくら「癌はもう死の病ではない」と否定して見ても、患者の方では内心「それは治らない病気だ」と思っていますから。

A: それは病気は浄化作用であると理解すれば、ずいぶん異なった反応を示すはずなのだからどれだけプラスの方に作用するか分からないはずなんだがね。
どんな病気でも寿命があれば治ると分かっていれば良いのだが、それを悪化作用と思うから精神的にも益々あせってしまう。そして逆療法を一生懸命施すから心身ともにマイナスの方向に向かってしまうのだろう。

Q: そうですね。体内毒素の浄化作用なのだからアリガタイなどと言う人はまず居ないでしょうからね。
僕だってそうですよ。原理がわかっていても苦しみ死んでいくのというのは本能的に嫌なものですから。
でも薬を飲んだ方が楽で長生き出来るとかはけっして思いません。
その方がむしろ苦しみが倍増してしかも命を縮めてしまうと知っているからです。
いま話題になっている近藤医師の『患者よガンと闘うな』などもその点を指摘しているのだと思います。

A: しかし自然の働きは神の働きなのだから、それに素直に従うのが一番の幸福を得られるのだね。また楽にすむ道なのだよ。

Q: 神なんて知らないって人は自然と思えば良いんですね。自然に逆らうよりか自然の摂理にしたがっているほうが楽に長生き出来るはずですね。
そうでなくては、人間を守る自然の摂理などという法則は存在しないことになりますから。
健康法や療法にしても、その浄化作用という鉄則にかなっているかどうかで判断しなければならないと思います。逆にやっていてはかえって苦しみが長くなるだけですから。

A: 実にそれが分からない人が多いのだね。だからもがき苦しんで逆療法を行なうのだが、それがかえって悪化させたり長引かせたりする。

Q: では、現代医学で否定されている『菌の自然発生』の原理についてもう少しくわしいご説明をしてください。


A: それに就いて前もって知っておかねばならない事は、人体なるものの構成であって、科学は人体を単なる物質とみなしているが、これが大変な誤りである。
なぜならば、もしそうだとすれば、人間の生死はどう説明していいか分らない事になる。
ここで肝腎な事は、人間の精神即ち心である。
これは目には見えないが、科学といえども否定は出来ないであろう。
というのは人間は肉体と同様の形をしている霊という無に等しき個体が厳然と存在しているからである。
というように霊と体とは密着不離の関係にあり、死とは霊が脱出し、体の活動が休止する事である。
そうして心は一秒の休みもなく動いており、人間が何等かの意慾が起るや、問髪を入れず体に移りて行動となるので、体が勝手に動くのではない。
としたら人間の本体は心即ち霊にあり、霊こそ支配者であり、体は隷属者であるから、霊主体従である。
このの理によりて病といえども最初、霊に発し、体に移写するので、これが真理である。
したがって根本は霊を健康にする事である。


☆なんだかよく解らないのですが、霊を健康にするとは?
不健康な霊っていうのはどういうことですか?


A: 霊の実在等というのは非科学的にて問題にされないのである。科学者
の間では、いまだ物質の究極は、真空であり無であり何も存在しないとしているからだ。
しかし一部の科学者に「真空中にはエーテル状の何かがある」としている。そうでなければ科学の理論が行き詰まってしまうからであろう。
しかしこれは物質では無いから発見されることはない。

Q: 物質科学では発見されないから、“無い”とされるのですね。
それに霊などと言おうものなら、即「オカルト」ですよ!
科学万能主義者にとっては。
いっぽうテレビなどに取り上げられる「霊」などは、なんだか低級なおぞましいような幽霊の事だろ思っているんですから、どちらにしても「霊の世界」などと言うとすぐ迷信扱いになりますね。

A: 本当の科学とはこの霊の世界を知らなくては本物ではないのだがね。
そこで理論として知っておいてもらってもよい。
霊というのは何かの原因によって純粋透明な人体の霊体に不純的不透明
的な無限微粒子ともいうべき曇りが発生するのである。
この霊の曇りがすべての病気の発生原因となる。
そして、霊主体従の法則により物質的存在の人体に影響するのである。
それが濁血である。血液の汚れとなって移写するのだが、その排除作用
が病気と呼ばれる浄化作用なのである。


Q: 霊というから幽霊とかオドロオドロしたものを想像しましたけれど、もっと根本的なものなのですね。物質界と非物質界の密接な関係というような。


A: 今の科学は唯物科学と言って、物質で出来た計測器などで捉えられないと、それは無としているからね。しかしその物質科学ではどうしても解けない問題は推論として科学でも認めているだろう。

そして、この病気という事に関して説明すると、「体的に病気発生の前に霊の段階でも浄化作用が既に発生しているのである。
霊界では先に霊の曇りとも言うべき不純な無限微粒子の払拭作用が行われ、それが物質界となる人体に写り濁血の浄血作用、清掃作用が行われる。
ばい菌、ウイルスといえども同じく霊界から発生するのである。物質界では検知出来ないのだから“無から有が発生する”ように見えるが、実在する世界から湧くのだから、初めから“有”なのである。

Q: パスツールの実験で定説になった『菌の自然発生否定』は物質だけを見ていたからで、その奥に実在するものが在るとは考えられなかったのですね。

A: 自然界は物質から非物質界へ分離した形ではない。宇宙の無限大は物質の無限小へとつながる連続であり、裏と表、上と下、右と左、経と緯、、、一体の存在なのだから、微生物も霊界の不純物から発生したそれが連続線上に物質界に現れて来るだけである。


Q: そして、今の科学で「それ」を発見出来た時点で“存在する”ものになるのです
ね。

しかし、この結核に限らず、多くの伝染病と言われているものには間違った解釈によって、不幸な目にあった人がいるんでしょうね。

◎医学が真の病気の原因を知らず、誤った治療法を施すことに気づかなければ、これからも無数の不幸を作り出すことは確実であろう。
しかし「不幸」と言ってもそれは表面的に見た場合であるが、それについては深い所からみると一概に不幸とも言えない。それがため人間には病気というものが必要だということもあるのだよ。病気にならなければ気づかないものが沢山あると知ったら、病気は幸福への早道となるからだ。


Q: そうですか。病気の原因を人間がつくるから不幸な病気として現れる。しかしそれは浄化作用であり幸福への道なのだから本当は幸福なのだ。
僕はこういう意味で捉えていたんですが、それ以外に人間には病気によって何かの気づきを与えられるよいきっかけにもなるという意味もあるんでしょうか?
それはそれとしても、だからと言って今の医学が進んで行っては人間の身体が究極駄目になってしまうのではないでしょうか。


A: それが夜昼転換の原理として、人類進化のためには病気が必要だったのだね。それが何時までもこのまま進んでしまっては人類そのものが滅亡してしまうだろうし、このままでは地上に幸せな天国は実現しない。病気ばかりか争い貧困の地上の地獄世界が出来てしまうだろう。
しかし、ありがたいことにいよいよ昼の世界がこの地上に現れることになったのだよ。
それによって夜の世界に必要悪であった病気、戦争、貧困などが昼の世界にはもう必要でなくなる時期が来たということだね。
そのためにわしが医学の誤りを指摘して本当の事を教える立場になったということなのだよ。そういう意味で病気も医学も今までは必要であったという意味になるのだよ。これから本当の幸福を味わうためにね。
だから本当は今の医学者たちを非難してはいけないんだよ。大きな目で見るといかに人類に役立ってきたことか。そう大きな大きな所から見ると善悪は無いんだから。


Q: ふーーん。そうですか。大きな目ですか?
でも現実に戻って、やはり医学は誤っているのは事実なんですね。今まではそれでも良かったけれど本物じゃないって。

A: そう、今まではごくろうさん、これからはこうだよって教えるのが大切だね。それに医学関係者ばかりが誤っていたんじゃない。人類全体として進んできたんだからね。あんただって過去世は医者だったかも知れんよ。むやみやたらに薬草を飲ませたりするとか。


Q: ははは・・・・
それにしても、ハンセン氏病(癩病)患者の隔離問題もずいぶん気の毒でした。あれは厚生大臣が誤って済むことではないでね。
失ったものは戻って来ない、けれども、医学に盲信しているのは医師だけではなく、かえって一般の人の方が信じ切っているのではないでしょうか。
それに気づくときが来るのでしょうか?


A: どちらがより盲信しているかと言う事は断定出来ないが、『真実』に“気づく”のは簡単ではないだろう。あの戦争が原爆という大きな犠牲によって終結したように。
これは力づくで変えることは出来ないからだね。で、ともすれば、「よほど多くの犠牲が伴わないと気づくことは出来ないのでは」と、わしも思っていた時期があった。
しかし本当の昼の世界にはいると真実はすぐわかるようになる。わしの時代はまだ夜から昼への黎明の時期だったからね。非常に苦労したし、なかなか受け入れられなかったが、君の時代はもう、うんと早くなるはずだね。



Q: そんなことがあっては困ります。いくら天の邪鬼の僕でも。
もしもおじいさんのいう事が真実なら、きっと伝わるはずです。日本だけでなく世界中で認められるはずです。今はもう昼になったのだと思いますよ。

A: もうわしの話すことは話してあるし、それを君たちがどう活用しようと自由なんだ。
そして、君たちがより真実を求める心があるなら、もっともっと良い話が見つかるだろうね。それじゃ後は任したよ。昼の世界では君たちひとりひとりが主役の時代になれるようだからね。


Q: はい、ありがとうございます。
ご安心ください。それでは今回のお話は結核に関してでしたが、また別のお話でもよろしくお願い致します。


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ということで今回もおじいさんのお話はとてもスムーズにすすみ、とても有意義な時間が過ごせました。(笑い)


          参考になる図書

   【 危 な い ぞ 予 防 接 種 】
  レオン・チャイトー著   毛利子来監修  藤井俊介訳
社団法人  農山漁村文化協会 発行   


異端の生物学者  千島喜久雄論はノーベル賞に値する
  【間違いだらけの医者たち】
            忰山紀一 著   徳間書店発行

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TITLE:結 核 の 解 剖 》その1DATE:2003/11/12 13:17URL:http://homepage3.nifty.com/himaari/doc64.html


つづく