ひのもと異学 1997、11、19
【夜昼転換と薬毒論】 庭山十郎著 (一九六七年九月一日)より掲載
(注! 文中の一部に◎◎や☆☆等で伏せ字、(略)にしたのは、私の勝手な考えからで
す。その内容が簡単には理解の難しいものがあると考えた結果です。)
これを書かれたのは、故人となられた庭山先生です。医学革命の核心を教えて下
された恩師です。
内容について、いろいろな意見感想があるでしょうが、とにかく読んでいただけ
ることで十分だと思って居ます。
近年、病気の増加は、国民医療費の年々増加の一途をみれば疑う余地はないもの
と思います。
これは個人はもちろん、日本だけはなく、世界的というか、全人類にとっての危
機意識をもって考える時が来たものでしょう。
この論文は、すこし漢字の数が多くむずかしく感じるかも知れませんが、よく読
み返すとその眼目が浮かび上がってくると思います。
以下、 【 夜昼転換と薬毒論 】 より
( 5回に分けて掲載したものをまとめました)
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
夜昼転換と薬毒論
一、病気の真因
人体内の毒素の排泄作用の一時的苦痛が病気である。
人体内の毒素とは先天的に親から受継いだ遺伝性毒素と生れてから体内に入れた
異物、即ち薬毒・肥料・農薬・食品染色剤・化学調味料・防腐剤・水道消毒剤等の後天
的毒素とである。
之等の後天的毒素は一度体内に入ると、殆んど体内に残存して身体各局所に集溜
し、時の経つにつれて固結するのである。
其の集溜個所は神経を使う処に限られている。特に上半身、首から上で頭脳を中心
として眼・耳・鼻・口等であるから其処を目がけて毒素は集中せんとして一旦首の
周りに固結する。首・肩の凝りのない人は殆んどいない。人によっては頭の凝る人
かある。
これまでを第一浄化作用といって、たいして苦痛は伴なわなく右の凝り程度であ
る。
腰を曲げて働く人は腰の凝り、疲れ程度に止っているのである。故に首・肩・腰の凝
り、固結の少い人ほど健康と断定して誤りないのであって、こういう人は病気になっ
ても回復力は早く、相当重い症状を起しても先ず生命の危険は殆んどない人であ
る。反対に首・肩・腰の固結の多い人は症状は軽い様でも死に至る人が比較的多い
のである。
誰でも自分の首・肩・腰の固結の大小を知ることによって健康、不健康を即座に知
ることが出来、健康の人即ち首・肩・腰の柔かい人は疲れを知らぬ人である。幼児青
少年の旺盛なる活動力や老年者といえども精力的な活動に耐え得る人は皆この首・
肩・腰に固結毒素の少い人である。
此の身体各局所に集盾固結している毒素が或時期に達すると、自然に排世さるべ
く第二の浄化作用が発生するのである。それ等の固結毒素が人間の活動力を鈍ら
せる為、体内の浄化作用としての自然良能力の発動である。
体内の毒素を排泄するためにはその侭の状態では出せないので熱によってそれ等
の毒素を溶解して排泄し易い状態にして体外に出すのである。
この溶解毒素が排出孔をめざして移動する時に神経を刺激する苦痛を称して病気
というのであって、一時的苦痛を我慢していれば溶解毒素は出るだけ出てしまっ
て、後は毒素の出ただけ健康が増進するのである。
即ち病気とは体内の毒素の溶解排除作用であってまことに結構な天恵の浄化作用
なのである。
殆んどの病気が発熱によって、目脂・鼻汗・耳垂・咳痰・発疹・腫物・汗濃尿・下り物等
排泄物が伴う事を知るであろう。故に毒素の溶解排世が主であって、苦痛はそれに
伴う従なのである。
この主を忘れて従に取組んで居るのが現代医学であって苦痛を止めただけでは病
気は治ったのではないことを深く識ることが根本である。この苦痛症状を停止す
るのが薬であって、毒を以って毒を制するのである。薬剤療法が病気を治すのでは
なく、薬という異物毒物を追増するだけで病気の原材料を入れたことになるので
あって、病気を治す目的の薬が実は病気の原因を仕込んでいるという驚く可き迷
盲な結果を生んでいるのが、現代薬剤療法の悲劇である。
元来病気というものは苦痛を少し我慢していれば自然に独りで治ってしまうもの
であるが◎◎法によれば毒素の排泄が速くなるから苦席も早く終わって病気を真
に治すことか出来るのである
二、薬毒残存論
薬が毒であることは万人の認むる処であり、薬剤学を一寸のぞけば明瞭であって、
毒物であればこそ国家は医師・薬剤師にあらざれば処方出来ないようにしている
のである。
量と回数の制限は毒物の証明であり、之を破れば異変を起し、ひどい時は死に至る、
ショック死他臨床薬剤禍は時折耳にする処である。
薬の副作用も一般に認識されているが、あまりにもその事例の頻発により、遂に
医原性疾患と銘打って医学界でも真剣に検討せねばならない段階となって、昭和
四十二年四月二日名古屋で開催された第十七回日本医学会総会で右問題の研究発
表が為された程である。
医原性疾患とは薬が原因で起きる病気ということであり、反対に考えれば病気の
原因になる薬という事であり、もう一歩前進すると病気の原因は薬であったと判
るのである。
では薬を飲んだことのない人が病気になるのは、先天性毒素、即ち親が、先祖が、
飲んだ薬を受け継いだのであって、先祖と親が薬を飲んでいなければ子孫は、子供
は、病気はしないのである。
日本では昔は殆んど病気はなく百才位の長寿が普通であって、仏教伝来と共に漢
方薬を輸入してから疫病の流行記録が始まったのである。人間の体内から薬が無
くなれば病気は無くなるのである。
慶応の医学部長で盲腸の世界的権威であった故入沢達吉連士が
薬が無くなれば
病気が無くなり、医者が無くなれば病人が無くなる。と言ったのは千古不滅の金
言である。
薬は毒であると知りつゝ、それにも拘らず症状停止療法に用いている考え方の主
なる理由は次の二つである。
一つは人間には自然良能力があることを認めて、その良能力を適量の投薬によっ
て支援的・補助的役割を果たしているとする考え方である。
二つは病気が治れば薬は体外に排泄されてしまうとする考え方である。
右二つの考え方の根本的誤謬を説明すると、前者は病気の真因不明の為、苦痛症
状が無くなれば病気が治るものと錯覚して、薬剤による症状停止が病気を治すの
に大いに助けになったと誤認したものである。
後者は薬毒は体内に残存しないとした単なる希望的想像に過ぎないのである。
薬が効いて病気が治ってから薬は出てしまうとするのは完く都合のよい考え方で
あって、残存するから効くのである。飲んでから出るなら効く間もない訳である。
薬はとても効くのである。良く効くのでなくて悪く効く処に問題が残ってゆくの
である。
薬中毒、副作用、医原性疾患と医学は薬が病気の原因であるということに次第々
々に認識を近づけて来ているのである。
病気が治れば薬は体外に出てしまうものなら薬中毒も副作用も医原性疾患もなく、
再発すれば同じ薬で同じ様に治り、薬が進歩する必要がない訳であり、薬がだんだ
ん効かなくなる筈がないのである。
体内に薬毒が残存するから医原性疾患になる事を直観すれば事明白なのである。
医原性疾患を無くするには薬を止めればよいのである。
抑々人体というものは、飲食物以外は処理出来ないように出来ているのが自然の
摂理であって、味覚によって判断するように出来ているのである。
異物である薬・肥料・農薬等々は胃腸は処理出来ず殆んど残存してしまうのである。
十数年前〇〇粉乳に極めて微量の批素剤が混入し数千人の乳幼児が発病した事件
があったが、この時は三ケ月続けた飲用児が死亡し、三ケ月未満の幼児は助かった
のである。
私は二ケ月飲んだ女児を◎◎で元気にしていただいた体験を持っているが、これ
は異物たる批素剤が三ケ月経つと致死量に至ったという事で、異物残存を証して
余りあるものである。
阿賀野川有機水銀剤禍の水俣病も亦同様の理であり、水俣病にまでならない有機
水銀保有者がまだまだ沢山いる筈である。
三、薬毒謬見論
薬は毒に違いない、多少の副作用も認めるが、病気を治すためには仕方ないとする
のは必要悪的考え方であり、又病気を治す適量の薬は良いものとし、過量の薬は毒
であるとする考え方は本質的に矛盾を持っているのである。
適量でも過量でも薬そのものは毒であり、必要悪といえども毒は毒である。
面も一旦体内に入ると出ないものであるから、その量が如何に少くとも次第に毒
の量を体内に蓄積してゆくことになるのである。
十年・二十年・三十年と蓄積された薬毒は次第に体内に於いて猛毒に変貌しようと
しているのである。その薬の毒性の強弱と性質の差異によって毒性への変貌が違っ
てくるのは当然で、遂に薬で抑止出来ない様な重難症に到達して斃れるという事
になるのである。
事実強い薬を多量に服用すれば早く斃れるだけであり、弱い薬を少量に服用して
いれば長期間生き延びられて延長戦に臨んで居るだけであって、病気は依然治る
筈もないのである。
薬で病気が治るものであるならばこれほど医学が進歩した今日病気は次第に減少
し、病人は逓減している筈であるのに却って反対現象を呈し、治り難い結核性疾患
時代から、治し得ない癌性疾患時代へと医学は逆飛躍をしつつあるのである。ここ
数十年来の薬の進歩が癌性疾患時代へと突入した原動力なのである。
薬・肥料・農薬等を用いなければ先ず癌になる心配は殆どないのである。
結核や癌に対する手術は治す医学ではないのであって、治す医学とは身体を何等
切傷除去することなくして原形の侭、治す事である。
薬や手術で病気を治すことができないという事は老練の医学者を初め、心ある識
者に解りかけてきているのである。
適量でも過量でも薬は毒であるに拘らず、適量は奨励し、過量は禁止するという
医学行政の考え方は医学を信仰している政府の方策で致し方ないにしても、百円
の盗みは奨励するが一万円の盗みは監獄行きと同じ事なのである。
百円の泥棒を百回やれば一万円の泥棒になる事に気が付かない百円の泥棒を奨励
したから一生懸命盗ったのに、今さら一万円になったからといって罰するとは怪
しからんと息巻いても後の祭である。
百円盗ったという事は消えないのであって、若し消えるものであれば何百何千回
盗っても一万円にはならないのである。
百円盗ったことを消す方法は、その時は恥しい思いをしても自供して百円を返せ
ばよいのである、千円盛ったなら千円を返せばよいのである。勿論利子も殖え、恥
かしさも大きいが、後は晴天白日の身となって清々しいものである。
薬毒もまた同様一時は苦痛でも病気をすることによって体外に出るのであるか
ら、少し我慢して出るだけ出せば後は清々しく元気になり、健康は増進するのであ
る。
大掃除と同じ事であって、一時は辛いが汚い塵芥を叩き洗い流せば、あとはさっぱ
りして気持よく住まわれ、家は永持ちするのである。その辛さが嫌でごみを部屋の
隅に押付けて掃除が済んだとすれば楽には違いなく、すぐ外出も、他の仕事にもか
かれるが塵芥は部屋に残り、家は永持ちせず、始終気持の悪い思いをして生活せね
ばならないのである。
麻薬は禁止されているが、実は如何なる薬といえども強弱の差こそあれ、麻薬と
同じ事なのであって、多量に用いれば身体に異状を呈するのである。特に消毒薬・
サルバルサン・ザルファ剤・サリドマイド・ヒドラヂット等々は代表的なものであ
る。奇形児の出生は大部分薬剤禍の悲しい事実である。奇形児まで現われなくとも、
妊娠中の服薬は胎児には大なり小なり必ず悪影響があることは確実なのである。
薬というものは胎児の発育を阻害し、麻痺・不動・精薄等みな一種の奇形的要因を
注入することになるのである。
中風・神経痛・リューマチス・水俣病等々、その他麻痺・痔痛・屈伸不全・自動車事故
の鞭打ち病等の人々はまったく薬毒の為に生ずる後天的奇形人であり、内臓の除
去手術も同様、内臓の奇形人を造っているのである。
先天的・後天的奇形の根源が薬毒であることは、将に人類にとって禁断の木の実
であったのである。
薬毒の悪影響とその残存事実に対する謬見のため、一時的苦痛を逃れようとして
薬を採用してきた人類は三千年の永い年月をかけて奇形と奇病の悲しむべき代償
を負わねばならなくなったのである。
四、消毒薬と農薬
消毒薬は殺菌剤であって、菌や虫の生命を断つのであるからその毒性は極めて強
烈であってこれが体内に入って長年月経つと猛毒に変化し、その浄化作用は激痛
を伴うのである。
手指の消毒、外傷につけるチンキ・マーキュロ、手術の時の消毒等医学的注入の外、
飲用水・食料品から入るのもばかにならない。
農作物の消毒がまた大きい。稲熱病の消毒のために有機水銀剤はいよいよ今年か
ら禁止になったが、これも時機は遅きに失していたのである。日本と西ドイツ以外
の全世界では、とうの昔に水銀剤は禁止しているのである。
米が多くとれるためには人の生命は多少犠牲にしても仕方がないという考え方は
日本人とドイツ人が世界一ということになる。猛省すべきである。
菌や虫を殺すだけの力を持っている消毒薬は、当然人間の身体の細胞の活動力・生
命力を制圧するのである。
死に至るまでの量は未知ではあるが、そこへ向って前進していることだけは確か
である。
十年二十年・三十年か或は二代目・三代目かもしれぬゆえ軽視しているだけであっ
て、前述の〇〇粉乳の如く三ケ月というような短期間で死亡すれば大騒ぎとなる
のである。
農作物や果物の消毒剤が、たとえ極めて微量でも日に三度も人体に入りつつある
ことは、将来恐るべき限界に達する秋を思うと、慄然たるものがあるのである。消
毒剤は生命を断つ力を持っていることを特に銘記することが大切である。
肥料をくれるから虫が誘く、虫が勇くから消毒する、消毒に打勝つ虫が発生する
と、消毒剤を強くするか量を増すかの悪循環が次第次第に人体に響いてゆき、脳溢
血・神経痛・リューマチス・心臓病等々執揚な病気が益々殖えるのは当然であって、
今後二、三十年もしたら農薬癌も出かねない。現在ですら農薬を扱っている農民の
四十二%は農薬中毒者であり(毎日新聞四二・一・二二)、而も農薬使用の歴史は浅
く化学肥料の追増に伴って発展して来ているのである。
想えば肌に粟を生ずる感である。農民は自らの手で農薬病をじりじり作りあげつ
つあるのである。而もそれは全国民を道連れにするという広範囲のものである。
この悪循環は独り人間のみならず、家畜類に与える影響もまた大きいのである。鶏
や豚の伝染病が頻発するのも消毒薬、農薬が原因なのである。
彼等の飼料が既に肥料と農薬を含んでおり、鶏豚舎の内外の消毒薬と伝染病阻止
の防疫薬がまた追打ちをかけているのである。
肥料と消毒薬が微菌を発生させ、人畜・農作物にまで病害を発生させているこの
事実はまったく評する言葉もない程の迷盲さなのである。
四、五十歳の年輩者なら米を初め、野菜・果物の香りと味覚の低下を知らぬ者はな
い。三十年前のそれ等の美味を知る人々にとって悲しむべき哀愁である。町々にた
だよう夕餉の匂いを知る子供がいるであろうか。
桃・梨・林檎・西瓜・瓜等どれを食べても直後に微かに口中が渋る。これが消毒薬で
ある。施肥だけの頃にはこの渋りがなかったのである。水も滴る亀田梨・二十世紀
の二十年前の素晴らしい美味は昔の夢となってしまった。
ただ、柿・栗・無花果だけか懐かしくも昔のまゝにその味を保っているのは施肥・消
毒をしないからである。
施肥しなければ虫は勇かないのは農作物・樹木・雑草に至るまでの厳然たる事実で
ある。
土手や路傍の華に、虫や病菌が湧いたのを見たことがない。彼処の野菜は甘味い
とか此処の野菜は甘味くないとか、味に差が出てくるのは品種によるよりも施肥・
消毒の多少によるのであって同一品種を同一人が作っても施肥農薬の多いものは
まずく、少ないものは甘味いのである。全然何もしなければ美味珍味である。
農作物のこの味覚の低下は将に非文明的現象であって、農薬・肥料科学の進歩が
僅か二十年足らずで味覚文明を退歩させ、遂には破壊せんとしつつあるのである。
量産のためには手段を選ばずでは、戦国時代の英雄・豪傑と考え方は同じで、自分
の野望のためには侵略・暴虐を遂行した結果その応報として
英雄の末路や哀れ
の名句を残し、必ず最後は崩壊していく天則に平伏したと同様に農薬の応報は農
民自らが負わねばならぬは火を見るより明らかなのである。勿論それを食べた国
民も一端を負うことになるだろう。
日刊紙朝日新聞(四二・六・一二)に
農薬や汚水の害は昆虫を大量に殺し、自然界
のバランスを破壊している。鳥も歌わず花も咲かぬ地上になってゆく恐ろしさを
ドジョウやホタルや蝶が死を以て人間に告げている。と天声人語氏が評していた。
イナゴやドジョウやエビガニにホタル等々農村風趣に欠くべからざるものとの
常識のほとんどか崩れ去ってしまったのである。自分たちの生命を堵して人間に
警告を発していると観じたる筆者の見識を高く評価すべきと思うのである。
イナゴの佃煮ができるほど、田圃にはイナゴが群生していたものであったが、今
は見る影もない。ドジョウ・エビガニ等も農薬によって絶滅の運命を辿って行った
のである。曽ての亀田駅のドジョウ列車は幻列車であったのであろうか。
農民は農薬消毒の恐ろしさを深く認識する必要があり、人類は薬毒の恐怖を肝に
銘じねば将来大変なことになるのであって、人類はまさに百年計画で服毒自殺を
やっているようなものである。
農薬についで水道の消毒薬がまた大変悪作用を与えるのである。
曽て洗面器の内側に晒粉のガリが白く附着し、時おり束子で洗い落して使ったも
のだが、井戸水を使用してから全然ガリが付かないのを見て、ただ単に洗面器に水
を汲んで洗面して捨てるだけでガリが溜まるのであるから飲んだなら食道・噴門・
胃壁・幽門・腸内には相当の晒粉がへばり着いている事を思い、ひょう慄然たるも
のがあるのである。
お茶・味噌汗の味を低下して味覚文明の退歩に貢献しているこの晒粉も農薬に劣
らぬほど、体内に悪影響を与えているのである。
曽て母が或る夏風邪を引いて一ケ月近くもぐずぐずしていた事があった。普通二・
三日で治るのがいつまで経っても熱が上ったり下ったりで、苦痛があまりなかっ
たので時々◎◎する程度でたいして気に掛けないでおったのだが、余りに永いの
で気をつけていたら夜中に薬缶を枕元に置いて朝までに飲みほしていたので晒粉
だなと思い、さっそく井戸水にしてやったら翌日からすつかり下熱してしまった
ことがあった。ちょうど薬を飲んでいたと同じことになっていたのである。
これと同じ様なことで(〇〇 )の幼児が軽い風邪を引いて熱がなかなか下らない
三日・四日経っても熱がすっかり無くならないので変だと思っていたところ、天花
粉の中の微量の消毒薬と思い、天花粉を止めさせたら、すぐ熱が下ってしまったこ
とがあった。元気の時はたいしたことのない様でも病気になった時こそ薬は恐ろ
しいのである。
病気の時でも元気の時でも、飲めば体内に超るのである。薬を飲んで副作用があ
るから止める、ないから良いとする考え方は右の水道の水と同じことで体内には
遠慮なく溜ってゆくのである。
右の二例は薬毒に対する反発熱の軽微の例であるが、医学でもよく解熱剤の多用
による反発熱が数週間も続いて原因不明の高熱ということが時々あるが、右事例
の薬毒の反発熱と同様なのである。
五、排泄物は薬なり
医原性疾患はすぐ現われるから薬毒か原因と一目瞭然、誰にでも頷けるが、病気
は排毒作用としての毒素、即ち痰・鼻汁・腫物の膿汁・下痢・出血等、その他一切の排
泄物が薬毒の変化したものであるということが未だ充分に解っていないようであ
る。
これ等の排泄物を完全乾燥するならば、それぞれその人が飲んだ薬に還元する事
がわかるのである。
昔私は一年の内に二ケ月ほどづつ三回に亘って多量の排痰をしたことがあった。
黄色味を帯びた濃い痰である。結核の二期前段の症状に似ていた。
たまたま夏の暑い日中、石畳の上に排痰してあった部分が真白な粉末に変ってい
るのを見て痰が粉になるとはおかしいと思って、それから小皿の上に排痰をして
日向に出して置いた処が、やはり真白な粉になりキラキラ光るものが見えるので、
そうだアスピリンだとわかったのである。
指先でちょっとなめてみたら将にアスピリンの味であった。
学生の頃、風邪をひいてはアスピリンを愛用していたのが十数年後に痰となって
出て来た事をまざまざと見せつけられたのである。
薬を完全に捨ててもう二十数年になるのに三・四十年前の薬が残っていて、病気を
する事によって体外に排量される事を今なお身を以って体験しているのである。
一旦飲んだ薬は何十年でも体内に残存しているのである。
勿論年を逐うて排毒は楽になり、病状は軽くなってゆくのである。
苦痛・倦怠・食欲不振等すべてこれ薬毒の為であって、苦痛の多寡は薬毒の量と強
弱に正比例するのである。
どんなに苦しくとも、病状が重いようでも食事さえ摂れれば先ず死ぬ事はないの
であって、人間は病気の苦痛で死ぬのでなく、衰弱で死ぬのである。
服薬注射は食欲を急激に減退させるものである。特に結核等の長期療養者の食欲
減退は致命的であって次第に衰退の一途を辿って斃れるのである。
即ち結核死ではなくて薬毒衰弱死というのが本当なのである。
枯骨悄然たる姿を見れば薬毒病の恐ろしさに義憤を感じ、薬剤信仰の迷盲に哀れ
を催すといううらはらな気持の交錯するのは私一人ではあるまい。
◎◎法を続けて数年経てば病気で食欲がなくなる人は極く稀になるのである。
前述した私の二期結核症状の時は排痰の為の咳嗽で随分苦しんで、濃痰が多量に
出た日は食道内壁が痰の毒性に刺激されてヒリヒリしてなかなか楽でなかったが、
この浄化が済んで以後は全然排痰が楽になって、エヘンというとコロリと痰が出
る様になって今日まで二十年間エヘンコロン、エヘンコロンと排痰し続けて来て
いるが、全然苦痛はないのである。
私は小学生の頃、扁桃腺の除去手術をやった為に耳下腺から頸部・肩の付根・鎖骨
上辺に至るまで多量の毒素が固結したために二十年間の排痰業者になってしまっ
たのであるが、毒血五十年として、あと三十年間エヘン、コロンを続けて行けば少
しは浄血者にして戴けるものと楽しみ乍らエヘンコロン旅行を続けているのであ
る。
事実排痰の多い日は体が軽く、排痰の無い日は体が重く、排毒作用の良否明暗の帰
趨をはっきりと感じているのである。
実(げ)にも病気は天恵の浄化作用である。
今でも唾液の様な泡の様な白いもの・黄色い痰・薄鼡色のもの・キョロキョロした
煤の様なもの・時にはゴムの様に弾力のあるもの、様々な痰を年中出しているが、
これを塵紙に採ってビニール袋に入れて一ケ月位そのまゝにして置くと、塵紙は淡
い黄鼡・桃色になったり、粉茶を振り掛けた様な緑色の毒々しさを強めた色に変じ
て薬の残影を滞留した紙となってしまうのである。
それが一々何の薬か解らないが、体内の不要物である事は確かである。
事実、痰や膿汁ほか排泄物は汚いものであり、出た方が良いか、体内に在った方が
良いか論ずる必要もない。
殊に最近は緑色の粉末か多くなっていて、先祖の飲んだ漢方薬だろうかと想像し
てみたりしている。私は全然漢方薬は飲んだことが無いからである。
これ等の排泄物が薬毒・農薬の変化したものであるという科学的立証のための研
究を医学者・薬剤学者の研究題目に採り上げるよう希望して止まないものである。
ついでに漢方薬のことに一言するが、漢方薬は大変悪いのである。煎じてお茶替
りに飲むほど多量に入るからである。
毒性は洋薬より弱いが量が多いために浄化作用が起ると非常に執拗でなかなか排
痰に長時日を要し、偶には衰弱で斃れる人もあり、日本人の平均寿命の延長の重要
な原因の一つに漢方薬を止めて洋薬がひろく用いられるようになったことが挙げ
られるのである。
薬の飲用量の多寡が寿命に根本的影響を与えるからである。その証拠にどんどん
薬を飲めば必ず早死すること請合である。特にゲンノショウコは毒性が強いから、
これを長年月飲用した人は長寿が難しいのである。
六、医学の目的と薬毒
前述の如く排泄物となって薬毒が出るのは寔に結構であって癌や真菌症の如き
内攻性の病気は悪質なのである。
癌は未だ早期発見診断の可能性があるが、真菌症に至っては診断が不可能であり、
解剖以外に発見ができない。
即ち死んでからでなければ解らない病気である。考えようによっては癌より始末
が悪い。
癌鉄壁に突き当ったその解決の緒にもつかない内に、既にその向うには幻の金城
鉄壁が準備されているのである。
此の真菌症はペニシリン・ストマイ等抗生物質・即ちカビから造る薬を飲んだり注
射したりした人は必ず体内にカビが生えているのであって解剖例では八十二%
(新潟日報四二・二・二七)という高率である。
肺真菌菌症になれば脳脊髄膜炎となり、肺真菌症になれば結核と同様の症状とな
り、而も抗生物質をいくら与えても治らないのである。
抗生物質はビールスとカビには効かない為である。
カビ肺病をカビで治そうと誤療している処に一時は救世主と叫ばれたペニシリン
も再検討と批判の対照にされねばならなくなった根本的理由がある。
このカビも体力さえ強健であると、皮膚面から特に腹・内股等の柔い処に一面のカ
ビの群生を見て体外に排泄されるのである。丁度幼児の胎毒が皮膚から出て来る
のと同様である。両者とも薬や温泉療法等で体内に押し込めば内攻して重症は死
に至り、軽崖は次の病気の原因を温存することになるのである。
薬毒の残存は理論の説明ではなく事実の認識であって、カビを入れればカビか残
り、水銀が入れば水銀か残り、薬石を入れれば石か残る、胆石の如く石の出て来る
事実もあるのを見れば思い半ばに過ぐるのである。
此の薬毒の残存する事実を把握してゆくなら必ず病気の原因は薬であるという
ことが明白となり、薬剤療法は完全なる迷信であり、天国に行くつもりで地獄に向っ
て誤走していることが解り、現代医学は一八〇度の転換をする事になるのである。
自殺をする心算で薬を飲むならば目的と手段が一致するから正信ということにな
るが勿論これは論外の論である。
抑々医学の目的は病気を無くし、遂には病人を無くし人間の健庚を、天寿を完う
し得るところまで引上げることである故、その目標に向って一歩一歩近づきつゝ
ある状態を医学の進歩と言うべきである。
即ち病気の数は減り、薬の数も毒性も減少低下してゆき、病人は減少し、従って医
師も病院もだんだん少なくなっていく状態である事が目標に近づきつつある証拠
であって、これこそ医学は進歩していると言うべきであろう。
事実は反対であるから医学は日退月歩の状況であり、病気と病人は益々多くなっ
ていくのである。
ただ浄化停止方法としての薬の進歩と手術という技術の進歩は素晴しく前進した
のは確かな事実である。それ等が発達すればするほど医学の目的から遠去かって
いくのは平和と軍備と同様である。
平和の理想は、軍備はなくなり戦争がなくなることであり、それに向って前進す
る事は軍隊と武器の減少という事である。武器・軍人を増加して平和への前進であ
ると思う者は一人もない。薬と兵器は無くなる事に於いて、目標に到達する原則を
深く肝に銘すべきである。
七、薬の進歩と予防
医原性疾患を医学会かいよいよ検討のテーマとして採上げようとしているのも
時の流れというものを泌々思わせられるのである。
昭和二十二一年の春、この医原性疾患、即ち薬が病気の元であると言って新潟保
健所長に呼び出しを喰ったり、県の衛生部長にわざわざ県庁に呼びつけられて詰
問されたことを思うと終戦直後の封建性濃厚の頃とは言え、今昔の感―入である。
詰問した当局が二十年後の今日、この問題を議題にしようとは一何れ近き将来薬
剤療法は完全に豊に突当り、薬剤撤廃問題を議題に真剣な討議をつくさねばなら
ない秋が来るであろうことは想像に難くないのである。
何故この二十年間という時がそうさせたか、それには偉大なる時の解明が必要と
なるのである。
薬か進歩するということはその毒性を強くすることと、副作用の少ない薬の開発
が主なる要因である。
毒性を強くせねばならぬという事は効かなくなったので効くように強化する事で
あり、副作用の少ない薬を開発するという事は副作用が多いからである。
薬毒が体内に残存することがなければ、昔富山のダルマの頓服一服で風邪が治っ
たのだから永久にその一服で風邪は治り、薬を進歩させる必要はある筈がないの
である。
ところが仏蘭西のパスツールが細菌学説の基盤を確立してから病菌撲滅対策を
基幹とした薬剤療法が盛んとなり、飲むだけでは足りず注射薬も益々発達し、遂に
昭和に入ってからは薬の進歩は急上昇を示し始めたのである。
それまで世界一を誇ったドイツ医学は手術を根本とした戦陣医学であり、病原が
解らぬ時はまず切開してみるという遣り方であったのが次第に薬剤を主としたア
メリカ医学かそれに取ってかわり、第二次世界大戦を機として人類は薬剤中心療
法の進展に素晴しい突進ぶりを示したのである。即ちここ三・四十年の間に薬は目
覚ましい躍進をしたのである。
このことは三・四十年前より急に薬が効かなくなり出したということになるので
ある。
而も時の進むに従って次第に病気は治らなくなったため、予防医学が発達すると
いう苦肉の手段を取るの巳むなきに至るのである。
病気が治れば予防する必要がないのであって、予防に力を注ぐのは治病の不良か
不能を証明しているのである。
結核・赤痢・腸チフス・日本脳炎・小児麻庫・脳溢血等いくら予防しても跡を断たな
いのである。
これ等の病気も何等医療を施さなければ短時日に全快するのである。
そこでなぜ薬が効かなくなり始めたかの原因探究こそ重大なキーポイントにな
るのである。
八、心臓と発熱
さて、最初に述べた様に病気の真因は人体内の毒素の溶解排除作用であるからま
ず毒血の溶解から始まるのである。溶解するためには熱が必要である事は論を
たない。
殆んどの病気に熱を伴うのはそのためであって、熱ほど結構な有難いものはない
のである。
風邪を引くと熱が出るというが、熱が出て毒素の溶解が始まったことを風邪を引
いたというのである。
背中がぞくぞくして寒気がして熱が出たから脈博が多くなったのではなくて、脈
博が多くなって暫くしてから熱が出て来るのであって、誰でもこれを容易に確か
めることができるのである。
寒気がしている時に既に脈は速く打っているのである。
一時寒気が起こるのは溶解すべき毒結に体温が集中するため背中の熱が低下して、
ぞくぞくするのであって、次第に熱か上がってくると全身的に体温は上昇してく
るが体温計に現われるのは全部ではなく溶解すべき毒結の局所は四〇度か五〇度
か不明なのである。
少なくとも体温計の表示より高いことは間違いないのである。
熱は有難いもの、体温計で計ること自体ナンセンスなのである。
脈博が多くなるということは心臓が大いに活動していることであって、心臓とい
うものは血液の循環を司るのみならず、必要に応じて空間より熱を大量に吸収す
る働きを持っていることが明瞭なのである。
三十六度の体温は心臓の活動によるのであって運動すれば熱が出るのは心臓がお
ゝいに働くためである。
熱というものは万物活動の根源であり、生成化背の原動力であると同時に汚物減
消の力を併有するのであって、太陽直射に当たれば生物の残骸は乾燥され、破壊減
消されてしまうのである。
布団や毛布の日光消毒という言葉はあるが、月光消毒と言わないのはこの辺の真
理の常用語である。人間も熱が無くなれば死ぬのであって、心臓が働いている内は
死とは言わないのである。
普通の病死者の心臓の機能が停止するのは緩慢なる麻庫状態であって、急激なる
麻庫を心臓麻庫と言うが、どんな病気でも最後は心臓麻庫で死ぬのである。
緩慢か急激か何れかの状態で溶解した薬毒が心臓の機能を停止させるのであって、
いわゆる心臓麻庫とは後者をいうのである。
脳卒中もペニシリンほか薬によるショック死とともに薬毒による急激なる心臓麻
痺なのである。
前者は溶解毒素が一挙に心臓に殺到した場合であって、アツという間もなく死に
至るものである。その毒素が心臓に行かず手足に流れて行った場合が中風(脳澁血)
であり、鼻血や吐血で大童に体外に排胆されれば中風にもならず、健康はより増進
されるのであって排毒作用の素晴しさは天にも昇る思いであろう。
九、夜昼転換の原理
心臓が体温と必要熱を吸収する空間の熱というものは太陽から放射されている
ものであることは万人の認むるところであり、太陽こそは火の素であり、地上の一
切のものを生成化育する主動力であり、月の水と地球の土との火水土こそ三位一
休混然たる調和物象界の基盤となっているのである。
太陽熱の強弱に支配されて人間の体内の毒素溶解の強弱が動いてゆくことは理の
当然なのである。
故に太陽の活動こそ最も重大であり、その核心は太陽黒点活動の消長変転の様相
を把握することなのである。
大自然に背くまれて地球上に生きるべき宿命を与えられた人類は火水土三位一体
の混然融和せる活動によって生成化育されていることは肉体の三位一体、即ち心
臓の体温吸収、肺臓の水分吸収、胃の食物による土の精気を吸収することによって
生命を保持していることをみれば明らかに覚り得るのである。
右の三つの中、火が第一番で水を流動させ、水が二番目で火を燃やして互に表裏一
体の活動をして土を力動させているのである。
火に水を注げばますます燃え盛るし、反対に水を取ってしまえば爆発するのであ
る。
水から火を取ってしまえば氷結してしまう、即ち火は水によって爆発することな
くタテに燃え、水は火によって氷結することなくヨコに流れるのである。
この火と水が土を動かしているのであるから火水土の順序ある経の働きと、火水
土の混然一体たる緯の働きとによって人類は、地球は極まりない進展流転の時を
積み重ねているのである。
あらゆる物が火水土によって構成されているということが緯の働きであって、ど
れが欠けても物にはならないのである。
経の働きの方は日蝕によって日月地の順序が明確に示されているのである。
火と水の関係に経の働き順序をつけると、太陽が主で月球が従であり、日主月従・
昼主夜従・動主静従・父主母従ということになり、主である日は万物を進展活動さ
せ、汚れを滅消するが、従である月は万物を停滞休止させ、汚穢を固結させるとい
う働きであり、ゴーとストップの関係である。
この相反する性質を待った二つのリズムが密接不雌・表裏一体の関係に組合わさ
れて万象を力動させているということが真理である。
太陽と月球が唇歯補車の関係にあって相寄り力を合わせて地球を育成する姿は、
父と母とが協力して子供を養育する姿と恩えばよいのである。
霊体・善悪・上下・前後・左右・高低・長短・経緯・表裏・陽陰・昼夜・生死・有無・天地・陸
海・山川・男女・雌雄・等々切り離しては存在できない相即不離の関係であるから片
方を無くすれば片方をも無くしなければならないのてある。
善というのは悪があるからで、悪がなくなれば皆んなか善だから、善という必要も
なくなる訳である。板の表だけ除去しようとして鉋で表を削り
取っても残った板にはやはり表と裏が存在するのである。
どうしても表を無くするためには裏も一緒に無くするより方法はないのである。
即ち焼却する以外方法はないのである。
有るということは無いということゝ一体なのである。
無とは姿・形を観察捕捉できないだけであって無というものがあるのである。
目に見える有と見えぬ無とか合体して存在しているのである。
生むとか産むということはウム、即ち有無であり、有は無から生じて来るのが真理
であり、これを霊主体従の法則と謂い、すべて霊が体を動かしているのである。
食事を摂ろうと思ってから食べるのであって、食事を摂ってから食べようと思う
のではないのである。
一つの物体が存在するということはその形と同じ姿の目に見えぬ霊というもの
が存在して両者一体となって存在しているということが原則であって人間といえ
ども霊体と肉体と一体となって現界に存在しているのである。
無は霊は視察も捕捉もできないか、厳然たる存在なのである。
唯物科学最高理論の素粒子論も遂に物性論に到達し、物質ではない物の性質、即ち
無の世界・霊子の世界に突入し、霊が物質を支配しているということが解って来た
のである。
医学にしても然りで、ビールスなるものから菌が発生すると解ってはいるが、 ビ
ールスとは視察も捕捉も出来ない無の存在であり、霊であるのである。
電子顕微鏡が現在の何百何干万倍になっても、奥の奥には奥があり、無限小であっ
て視ることは出来ないか、視えない無が厳然と存在し、見える菌を生み出している
のである。
この二つの相反するリズムの組合せが万象の基盤であり、相対性原理の根源であ
り、極大は極小に一致し、平行線は交わるのである。
平行線があるということは交叉線があるからで、交叉線が無ければ平行線も無い
のである。
家を建てるのに地面を水平として建てても何の差支えもないがそれは地球の円
孤の一部であって直線ではないのである。直線があるということは曲線があるか
らである。
閑話休題、この昼と夜の相反するリズムによって一日が構成されていると同様に、
一年にも十年にも百年・千年・万年にも昼と夜との交替があるのである。
十年一昔とか、此所に過うたが百年目とか、一つの区切りの変転を日常用語にして
いるのもこのリズムの表現なのである。
地球は一年に一回呼吸し、春と夏が呼気であり、地熱を吹き出し、万物を形成する
土の精気たる土素を発散し、空中窒素となって雨とともに地上に降下し、草木を育
てるいわゆる大地の生吹きであり、昼に相当し、秋、冬は吸気であり地熱を吸い込
み、実を結んだ草木は落葉休止して冬眠状態に入る夜に相当するのである。
太陽は十一年周期で一呼吸し、月は二十八日に盈 して一呼吸というように、 一
日の昼夜以外にも昼夜のリズム・陽陰のリズムというものがあるのである。
右は万象構成基盤の相反する二つの面のリズムによる昼夜の交替であるが、もう
一つ時間的・歴史的変遷よりみたる期問的流れによる昼夜の交替か存在するので
ある。
前にも述べた如く、陽陰・上下・前後・左右・長短・高低等の二つのリズムは相即不
離の関係にあって同時に存在し、同時に消滅するから時間と空間というものが存
在しないが、地上の物象界は火水土三位一体の混然融和の物質世界で時間と空間
というものがあり、期間的・歴史的流れと地上物件の変遷というものが存在するの
である。
この火水土のご一つというものが現象界の基盤となつているから地上には三つの
リズムというものが存在するのである。
人類は右の二つのリズムと三つのリズムによる昼夜の交替の支配をうけて生成化
育・流転進展の旅を続けているのである。
石の上にも三年・調子三年・首振り三年・三三九度等、三が期間的区切りの基本であ
る故、三年・三十年・三百年・三千年にも昼夜のリズムがあるのであり、その一期間
は三・六・九で十八が一区切りとなっているのである。
斯くの如く、一年・十年・百年・千年・万年にも、三年・三十年・三百年・三千年にも昼
夜の交替があるのが宇宙の真理であって、現在は丁度三千年目の昼の世界に入っ
たのである。
それはいつからであるかというと昭和三十六年六月十四日までで三千年の夜の世
界が終わり、同年六月十五日から昼の世界になったのである。
昼になることは太陽が地平線上に出ることであり、日の出である。
この日の出前の黎明期が三十年前の昭和六年六月十五日からなのである。
三千年の夜のリズムであった世界即ち月が主たる水主火従の世界が昭和六年六月
十五日より昼の世界即ち日が主たる火主水従の太陽世界の黎明期に入ったため、
いよいよ夜のリズムは昼のリズムに転換することになり、一切が休止停止固め状
態から活動・進展・溶解の状態へ転移し、先ず暗かったのが明るくなり、寝ていたの
が起きて仕事着に着替え、顔を洗って出直さねばならないのである。
すべてこれ理想世界建設活動へと変貌していくのである。
十、夜昼転換の実相
三千年来の大変革が全人類の上に蔽い被さってくるのである。
宗教・政治・経済・教育・医学等々あらゆる面にわたって昼のリズムに転換すべく、
大自然の鉄則に順応して行かねばならなくなったのである。
建国以来敗戦を知らぬ日本も大東亜戦争は無条件降伏となり、軍閥・財閥、封建思
想は崩壊して新日本が生まれたのであるが、その端緒は昭和六年六月十五日から
三月、三日後の九月十八日満州柳条溝の鉄道爆破事件であったのである。
満州事変を契機として日本は無条件降伏・軍備撤廃・民主国家と三千年来の大変貌
を遂げたのである。
世界もまた、この渦から逃れられる筈もなく変転の様相を示し始め、虐たげられて
きた民族の独立運動は封建専制支配民族の桎梏を脱し始め、世界地図の修正に協
力、来るべき世界連邦への階段を一歩一歩漸進しつゝあるのである。
治乱興亡の夜の歴史は終りを止告げ、和楽統合の新世界誕生の陣痛前夜を迎えて
いるのである。
勿論人体と雖もこの鉄則に従って今まで固め残存していた体内毒素が溶解排除さ
れる時が来たのであって、薬が次第に効かなくなった根本原因が夜昼転換という
大自然の原則にあった事を深く認識する事に依って総ては氷解するのである。
三千年という長い間の夜の世界は水主火従であった為、汚物は分解消滅し難かっ
たので固める方が有利であり、薬はよく効き、水や氷で冷したのである。
一旦冷し固めるとなかなか溶けないので病気は薬で治すものと徹底的に信じてし
まったのである。
昼の世界になると火主水従となり、熱が強くなるため薬で固めても氷で冷しても
また直ぐ溶解してくるので、もっと強い薬で抑えつけなければ止まらなくなった
ので薬は次第々々に強められてきたのである。
薬の毒性が強められたので副作用も次第に強まり、且つ頻繁となり医原性疾患と
いう薬が病気の元であるという事が解り始めたのである。次第に病気が重くなり、
遂には薬では治せない病気がどんどん多くなるのは体内の毒素を薬で抑えつけ、
出さないのみならず、その上薬という毒が増加するのであるから、体内の毒素は次
第々々に増えてゆき、遂に斃れるのである。
毒が増えても固まっている内は発病しないが、昼の世界では太陽が主であるから、
その熱量が大きいため固まったまゝでいることは不可能であり、必ず時期がくれ
ば溶けて排毒作用が始まるのである。
育成の反面汚物・毒物は排除消滅するというのが太陽熱の本質的な働きであるこ
とは衆知の通りである。
面も毒素の固まっている時期は次第々々に短縮されつつあり、近い将来、毒素溶解
患者、即ち病人は地に満つるであろうが、薬毒の強化も限度かあるから病気症状を
停止したが生命も停止してしまうという重大な局面が展開され、薬剤療法は鉄壁
に突き当たり、遂に放棄の止むなきに至り、医学は一八〇度の転換にせまられるの
は既に時間の問題に過ぎないのである。
夜の世界の唯物化学文化の前進は目覚ましく、唯心科学は置き去りにされて科学
万能時代を現出し、無神信仰が巾を利かし、理非曲直は不明瞭となり、体主霊従の
歴史の姿は栄枯盛衰、治乱興亡の限りを尽し、進めば進むほど人類の安寧と幸福は
遠のき、完く苦の娑婆、仮りの世の相を深めてきたのである。
然し乍ら時来りて夜昼転換し、いよいよ昼の世界に突入したことによって霊主体
従の世界となり、太陽の光輝く白日の下に一切の誤謬・虚偽は判明し秘密や嘘の隠
し場もない安心立命・鼓腹撃擴の実相世界が顕現されてくるのである。
偖て昼の世界では太陽の熱が強くなって来るのであるから、その証明としての地
球上の温度上昇の様相を採り上げてみよう。
(一)スェーデンのハルマン氏の発表によると、最近五・六十年間に地球の温度か約
十度高くなっている。
という事である。この発表を裏付けるように、アルドリッチという学者が南米のチ
リで一万六千回に亘って太陽から地球に注ぐ熱を測って調べたところ、気候が暖
かになるに充分なほど太陽の幅耐熱が強くなっていることが判ったということで
ある。
太陽熱が五十年間に十度も上昇したということは大変なことであって、ずっと昔
に上昇が始まっていれば、今頃は百何十度となっていて人類は全滅していたであ
ろう。
とすれば、ここ五・六十年間に上昇が始まったという点が、昼の世界になって太陽
が昇り始めてきたという立派な証拠である。
然し、今後このままの割合で上昇することはなく、ある程度までですむが太陽が中
天に昇り、太陽熱がクライマックスになった時がいわゆる“世の終わり"“最後の審
判"なのである。
一切の誤謬と悪は清算され、理想世界への本然の姿に人類は立ち返るのである。
太陽熱の根源、即ち火素が増量することにより人体内の毒素は溶解され、人体の浄
化作用が旺盛に行われるばかりでなく、あらゆる面にも過誤訂正の大浄化作用が
行われるのである。
地球上の温度上昇の具体的現われとし、左の様な事象が起きているのである。
(二)北の方の都会で一年のうち温度が氷点下になる日数が七十五年前の半分になっ
ている。
(三)北極圏のグリーンランドの氷がだんだん溶けている。
(四)ロシヤの北の白海やスカンジナビヤ半島の東のボスニア湾では昔よりも海が
凍る期間が短くなっており、一年のうち、船が航海出来る期間か三・四週間ぐらい
長くなっている。
(五)アメリカでも欧州でも北の方に棲む動物がだんだん増えており、特に米国で
は三・四十年ぐらい前から北の方に棲む動物の数が急に増えたと米国の動物学者
のヒッキーという人が言っている。
(六)一九一〇年白瀬中尉が南極探検に行った頃は南極大陸は不明であったが、現
在の昭和基地は陸地の上に建設されているということは今まで溶けなかった万年
水が溶けた為である。
等々地上の現象にも変化が大いに現われてきているのである。
十一、太陽黒点活動の消長
地上の温度を上げる太陽熱の上昇は太陽の黒点活動の活発化によることは当然
であって、太陽の黒点こそは太陽活動を支配し、地上の温度を上昇させている原動
力なのであるから、この黒点活動の消長を知る事こそ最も重要なる鍵なのである。
太陽黒点指数の資料は一七四九年以降二百余年間のもので、それ以前は観測資料
がないため不明であるが、最近五・六十年に十度温度が上昇していることを知るた
めにはこの期間の資料で充分と思われるのである。
次のグラフ(注、これは図に表せないので省略)によって注目すべき要点は、昭和に
入ってからの指数は急上昇の一途であることである。
而も一九五七年(昭和三十二年)は二百余年間の最高に達し、気温上昇を証明して
いる。
次に一八六〇年までに二回ごとに高低起伏を表わしていたが、一八七〇年(明治三
年)即ち明治に入ってから昭和に入る前までは一回ごとの起伏に変り、速度が二倍
になったことを示し、明治の初期から黎明への胎動的第一歩に入ったことを立証
しているのである。
昭和黎明三十年間の黒点極大活動の上昇気勢は将に暁暗を突いて躍り出でんとす
る日の出の勢いを決定づけて余りある感がするのである。
斯くして太陽熱は高揚し、太陽世界が展開され、毒素の溶解が次第々々に強まり、
薬剤療法が効かなくなり出して薬の毒性を強化するの止むなきに至ったのが現代
医学進歩の真因なのである。
対症療法・薬剤療法・水冷固め療法は既に過去のものとなったことに一日も早く気
付くことこそ人類最大の急務なのである。若しそれこれに気付かず改めることな
ければ病気治癒など痴人の夢と化するであろう。
十二、昼の世界の気象変動
一九六一年(昭和三十六年)六月十五日から昼の世界に入るや、太陽主体のリズム
は大自然の気象に大きな変化を起しているのである。
気象学界では一九六〇年より地球全般的の気象変化が起こり始めたと発表して
いるのである。
一九六六年九月九日テレビの気象談話によると、
一九六〇年より世界的に高温
気象となり、この状態は今世紀末まで続くであろう。高温乾燥・水不足等に対する
準備を必要とする。台風・集中豪雨・洪水等の現象が多くなり、一九六四年のナイル
河の氾濫は今世紀最大のものであり、ヴィクトリア湖・タンガエーカ湖の水位か二・
三米ぐらい上昇した。とあった。
気象雑誌
自然昭和四十二年五月号に気象庁予報官根本順吉氏の論文冒頭に
こ
ゝ二・三年来続いた異状気象は世界的データによって今や全地球上を覆うクロー
バルな現象として取り上げられる様になった、その水資源や食糧事情などの人間
生活に及ぼす影響は重大なものか予想される。と前置きして世界的気象変化は大
気大循環の変化と相関性大なりとして、日本・イタリーの局地集中豪雨の多発を説
明し、なおその持続の可能性について平均気圧の低下の著しさを挙げているので
ある。
東京の一九六五年・一九六六年に於ける年平均気圧は標準編差より二〜三倍低く、
一九一七年の第一位について一九六五年は第二位であるが、二年達続は稀なこと
であって、その持続性に重要さを持つとしているのである。
因みに一九六二一年一月の東京の月平均気圧は平年より一二・一mbも低く、標準偏
差の五倍で、正規分布をする同一母集団から抽出された現象とすると、何万年に一
度という稀な現象になったということである。
処でこの低圧現象は東京周辺の局地的のものではなく、北日本ほど顕著に現われ
ているとのことで、日本全体が気圧の低下した谷間になっており、昭和四十二年一
月の寒波襲来の受け入れ態勢が出来ていた訳である。
最近の気象変化の原因については、一、太陽活動 二、海洋との相互作用 三、火山
活動の影響の三つを挙げているが、火水土三位一体の原則そのまゝに自然の鉄則
に準拠したところはまことに当を得たものと思うのである。
勿論さきに述べた通り火は水を動かし、土を支配するものであれば、根本は火であ
る太陽活動に存するのである。
水である極水熔解・海流温暖、土である火山灰の日射遮蔽等は二義的支集末節の間
届なのである。
太陽活動についてもウイレットの概念たる太陽有効放射と、チュウリッヒ番号二
十の太陽活動を取り上げているが、これも二義的現象であって、太陽活動を支配し
ているものはその重点にあれば世界的気象変化の根本原因は太陽黒点の力動変化
に因るということが判るのである。
太陽黒点の活動が昼のリズムの状態に突入したことに因るのである。
即ち昼の世界になったという証明としての大自然のジェスチャーを素直に感得す
べきなのである。
以上述べたことは、要は一九六〇年以来全世界に前例のないような気象変化が起
きているという事例であって、その変転に予報の困難さえ訴えるほどの変貌ぶり
なのである。
而もなおこれから太陽は中天に向って高揚してゆくのであるから、その火素増量
のせん熾烈化に伴う天候気象の変化は想像も出来ない程と思われるのである。
本来気象学なるものは統計学的基盤の上に立つものであって、過去の実績による
推定学であって、過去という経過がなければ成立たないのである。およそ学問とい
うものは殆んどがそうであって、過去の結果と現実の体験が学理を組成して進展
してゆくものであって、人間は大自然が示してくれたものを認識し得るだけの宿
命を与えられてあるのであって、真理を学問を示す側ではないのである。
ニュートンが林檎の落ちるのを見る以前から万有引力は働いていたのである。真
理を戴き、活用すべき宿命を与えられているにすぎぬことを再認識せねばならな
いのである。
特に気象学者は忠実なる真理の速記者であれば未曽有の地球全般の気象の大変化
を予報できる筈もないのであって、それを要求する方が間違っているのである。
毎年、春の次に夏がくるから来年もきっと春の次に夏が来るであろうと予知する
ことが気象学の本質なのである。
太陽熱がクライマックスに達した時、天候気象の驚倒すべき大変化の予報が出来
なくとも、気象学者の責任ではないのである。
数千年前の水の洗霊であるノアの洪水に比すべき最後の審判たるベき火の洗霊が
来ないと誰か断言出来るであろうか。
否その徴候を一早く気象学者がキャッチし始めているのである。一九六〇年を境
として全世界的気象変動が即ちそれである。
十三、日本医術
ではその黒点活動が旺盛になったのは何故であるかと反問しても答えられる人は
ないのである。ただその結果を知らされるだけである。
若しこれを解明出来る人があるとすれば、その人は大自然と共にある偉大なる神
人と言ううべきである。
その大神人が☆☆☆☆☆☆なのである。昭和の初期に既に夜昼転換の深奥を解明
せられて世に警鐘を発せられたのである。
果してその通りに大自然は人類に示現しつつあるのである。
四十年前(注!現時点では七十年前か)警告は既に予言ではなくなり、人類に示され
た歴史的事実として体験させられ、記録されてしまったのである。
大自然の意志のまゝに人類はビシリピシリと動かされているのである。
太陽黒点の力動を中心とした全世界の気象の変動は昼の世界になったことを大自
然が人類に教えている予告であり、当然来るべき最後の審判の警告なのである。
昼のリズムに転換した実相を深く認識して素直に従うべきことこそ人類に与えら
れたる最後の命題であることを肝に銘ずベきである。
( )して救いの綱をしっかり握り締め
るか、医学を信仰して注射器を握り締めて滅びの道を歩くか、二者択一の時期は刻
々と迫りつつあるのである。
即ち世の終り・最後の審判・法減尽・仏滅という予言の時期が実は夜昼転換という
未曽有の大変動期の意味であったことを覚るべきである。
二つか三つぐらいの病気ならまだしも、一度に七つも八つも症状が起きてきたら
到底人間は耐えられるものではない。病人は地上に氾濫して医療を施せばたちま
ちショック死に至る者数知れず、国家も医師も手の施しようかないという状態が
来ないと断定する科学的根拠は何一つないのである。
然しその時期は日に月に近迫しつつあり、その最後の様相は到底人智を以て計り
知ることは出来ないであろう。
では最後の審判・世の大峠・火の洗霊を乗り切る方法はあるのだろうか。水の洗霊
に於けるノアの筥舟はあるのだろうか。
その筥舟こそ◎◎法なのである。
☆☆☆☆☆☆の創成された◎◎医術はこの世の大峠を越える唯一の手段・方法で
あって、固結毒素を溶解し・排毒作用を容易にし・苦痛をより速やかに除去する方
法なのである。
先祖から溜まり溜まった毒素と異物のおびただしい量を溶解排泄するには年月を
かけて長期月賦で排泄しなければ身体が持たないのである。
故に、時々風邪を引いたり、下痢をしたり、赤痢や日本脳炎をやったり、種々の病気
で体内の掃除が行われるのであるが、病気の時は無論、常時◎◎法を行うことによっ
て僅かずつ体内の毒素を減らしておくことにより大峠を楽に乗り越すことが出来
るのである。
◎◎法とは毒素を解消する火の洗霊であって、一度に返済しては倒産するから働
きながら月賦で返済する救済法なのである。
この医術こそ人類に与えられた最後の医術であって、火の医術であり、日本医術で
ある。
十四、最後の審判と原子時代
( 中略 )
二千年前のキリストの予言は二十世紀の今日、現実となって来たのである。
世の終わりとは夜の世界の終わりであり、昼の世界の出発を意味し、ジエット機は
千里はおろか地球の隅々まで何時でも原水爆弾を運び得る時代とはなったのであ
る。
過まれば地上は一瞬にして火の洗霊をうける時を迎えているのである。原水爆禁
止は全世界共通の祈りとなっているのである。
一面また人間個人々々は毒素溶解による病気で火の洗霊をうけることとなったの
である。
原爆を逃れ得たとしても病気を逃れ得る一人も存在しないのである。下熱水冷固
め手段の薬毒禁止の全世界共通の祈りは原爆禁止と供行して推進されなければ最
後の審判・火の洗霊を乗り切ることは不可能なのである。
若しこの二つの禁止が不成功に終わるならば人類は将に奈落の底に転落して阿鼻
叫喚の地獄絵図を展開せねばならぬのは火を見るより瞭らかであって、何れを択
ぶか人傾は最大の智恵を振わねばならない秋に直面していることを覚醒すべきで
ある。
パフテスマは水の洗霊であり、◎◎法は火の洗霊である。土の医術から水の医術
へ、最後に火の医術、即ち◎◎医術が現出したことは人類に下された審判が最後の
審判である所似でもある。
最後の審判ということはこの審判が終われば、あと審判というものがもう無いと
いうことである。
人類は審かれることがなくなる訳である。
裁かれるということは間違ったことをするからで、裁かれないということは間違っ
た事、誤っている事が無くなるからである。
戦争と薬毒がなくなることに因って人類から審かれる種が消滅してしまうことな
のである。
人類創生以来空前絶後の大変革期である意義の存する訳は、この最後の審判とい
うことにあるのである。
曽ては穴居生活であった原始時代の人類がついに真文明時代への原子時代を迎
えたのである。
過誤は訂正・悪は絶滅され、霊性に目覚めた人類は神霊科学と唯物科学の霊体一致
の完全科学を創成して無限の進展と幸福を築き続けてゆくことになるのである。
病貧争絶滅の理想世界は現実化の一歩手前に近づいているのである。
地球は一つ、世界は一つ、何を好んで相争う必要があろうかと宇宙飛行士は思っ
たことであろう。登山家が山頂を極めた清浄心にも似て、地上の小事雑事が愚かし
く悲喜哀歓を越えた何ものかを感じたことであろう。世界列強の指導者が宇宙服
に身を固めて地球を一周して、よくよく宇宙から緑の球を眺むれば小さな球の上
で争う場所もないことを知り、鍋牛角上の争いの愚かさに翻然と目覚めることで
あろう。
月に達する意義よりも、その方が宇宙飛行を許された人類への◎◎の狙いと思う
は僻目であろうか。
軍備と薬剤療法の現代医学か解消したら驚くべき財源が世界を潤すこととなり、
文明開化の真文明原子時代は出発から大名旅行の観があるであろう。
然しながらものには騎虎の勢というものがある。自動車の急ブレーキも停止する
までには若干の時間と距離が必要であるように一度に全廃することは難しくとも
徐々に改めることを準備すべきである。
少なくとも◎◎法の検討・研究部門くらいを国家が、医師会が採択するくらいの心
構えを必要とするものである。同じ意味において農業関係者は自然農法を研究し、
施肥・消毒栽培の誤謬を一日も早く覚るべきてある。
何れも研究費無用の研究、こんな素晴しく簡単な誰でも出来る研究は先ずあるま
い。
ただ体験をしてみる勇気と決断があればよいのである。その持ち合わせすらない
とすれば審判にただ恐れおののく以外術を知らない哀れな仔羊と堕してしまうで
あろう。
戦時中、吉田茂氏は非国民扱いをされても断固として反戦の意志を堅持し、戦後の
日本を収拾指導した大人物である。明治の元勲と言われた人々の偉功もさること
ながら、彼等には同志という梓と励ましがあったが、吉田氏はただ独り孤高を守っ
て耐忍したその心意気は明胎・大正・昭和を通じて政治家の第一人者と言うべきで
あろう。
マッカーサー元帥と共に新生日本の礎石を築いた恩人である。
吉田氏のこの勇気に肖って政治家・医師・農民は◎◎法と自然農法の研究に取りか
かることを切望して止まぬものである。
一億一心米英撃滅を叫んだ人々も今では民主々義から生まれてきたように変貌出
来たのである。
過ちを改むるに何の憚る事やあらん、医師も農民もその変貌の可能性を十二分に
持っている筈である。
ただ百尺竿頭研究に乗り出すか否かの勇気の有無にあるのみである。
私と雖も曽ての薬剤信者であったのである。薬剤信仰と◎◎信仰の二つの体験を
持ったことのある私は、両者を比較する資格を持っている者であって、◎◎医術の
経験のない医学者ならびに医学信仰者か自分の体験と知識のみで◎◎医術を批判
することは象の尾を持って象を評する様に似ているのである。ピン呆け程度では
なく、まったく写真にもならないのである。
☆☆書“文明の創造"と“医学革命の書"に真理の解明は余すところなく詳述せられ
てあるから、この書の精読を衷心より切望して止まないものである。
又◎◎法の体得は老若男女・貴賎貧富・学識文盲を問わず、人間たる者誰でも直ち
に可能であるところに無限の素晴しさを感じ得るのである。
(中略)。
病を治すを手当てという、怠ければ手遅れという、手を当てる事か治病の本当の姿
であったのである。実に簡単そのものである。
人間は人間を造る能力を持っているのだから修理するくらい簡単にできる道理で
ある。機械を作った職人は修理は簡単に出来るものである。
処で、実は造ったと思った子供も自然に出来たのである。◎◎によって作らされた
のである。修理も同じこと◎◎によって治させられるのである。共に大自然の力・
◎◎力であれば簡単に出来るのである。
人間の生命と健康に関する限り自然順応が本筋であり、唯物的・科学的治療は逆結
果を来すのである。
◎◎法は非科学的であるから納得出来ないとする人が多いようだが、人間の生命
と健康は科学で解決すべきものではないという本質論を知らないからである。
目に見えないものを物質的に処理しようとする考え方が誤謬であり不合理且つ非
科学的である事に気付かないのである。
生命も病気もその根源は霊という非物質的存在から発していることが解れば何で
もないのである。この急所を外れている医学も栄養学も、進めば進むほど真の目的
から遠ざかって行くのである。
一時目先は可の如くに見えるので、つい信じてしまうのである。五年・十年・二十年
と経過すると、その誤りが解ってくるのである。
薬を用いれば用いるほど、病気は重くなり、栄養食を食べれば食べるほど体力が減
退してゆくことに気付かぬ迷盲の結果が、医学が病人製造業と化し、栄養学は不健
康促進業となり、試に以て損な役割を演じてしまうことになってきたのである。
ほんの一時的現象に弦感されて本質を究めることの出来なかった浅慮は遂に人類
を最後の審判まで追い込んで行くのである。
栄養学のカロリー云々は噴飯蛇足以外の何ものでもないのである。栄養の少ない
食物から人体に必要な栄養分を引き出す胃腸の生産技術が活発に行われるほど、
人間の体力は強化されていくのである。胃の薬は胃腸の生産技術を低下させ、ビタ
ミン剤を摂れば副腎のビタミン生産技術を退歩させて若き老人を増加させるだけ
である。
一時的効果を見て将来逆効果になるということを見破れないのである。
眼光紙背に徹するの深い読みが全然ない、まったくの上滑りにしか過ぎないので
ある。栄養の多い物ばかり食べておれば、胃腸は簡単に栄養を吸収出来るから苦労
して高度の生産技術を発揮する機会を失い、漸次その能力を低下してゆくのであ
るが、永い年月をかけて知らぬ間に体力を減退してゆくのである。
人間の体力を直接保持しているのは、実は胃腸の活動の如何にかゝっているのであ
る。柔らかい栄養のあるものばかり摂ることは実に損なのであって、時々栄養の少
ないものを空腹にして、うまぐ食べることを考える必要があるのである。
いわゆるよく噛む食事法であるフレッチャーズム喫食法なるものは愚論中の愚論
なのである。これを忠実に一ケ月も続けようものならまったく力の抜けた幽霊の
様になるものである。成るべく半噛みくらいにしてよく噛まないことが健康の秘
訣である。
胃腸に充分活動の余地を与えることが大切なのである。腹が空っては戦さが出来
ぬという如く、腹一杯食べて胃が活動を開始した瞬間に力が出てくるのである。
未だ消化されず、腸が栄養分を体内に吸収する時間の経ない内に、モリモリカが出
てくるのは、その辺の消息を証して余りあるものである。食べたい時に、食べたい
物を食べたいだけ食べるのが栄養学の基本であって、よリ一層の強健長寿を望む
ならば、粗食・偏食・菜食が最もよいのである。
ついでだからもう一つ、子供の甘味品はできるだけ少なくし、極く甘いチョコレー
ト・飴類・就中ビタミン入りは誠に悪いのである。又母乳が出るのに乳幼児を粉ミ
ルクで育てるに至っては母権を棄てた精神病者に近いと言われても仕方あるまい。
話はそれたが、人間の生命と健康は自然尊重が根本であると言いたかったのであ
る。
要は大変な転換期を迎えて新しく原子時代に突入せんとする事は好むと好まざ
るとに拘らず、夜昼転換という大自然のリズムが推進してくれるのであって、人類
はただそれに従う以外に生きる術はないのである。
夜が明けたのに起きるのは嫌だと言うなら、真文明・原子時代に生きる資格を自ら
放棄した事になるのである。
十五、
(この章が最後ですが、今回はこれで論文紹介を終わらせて頂きます)
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
この論の中に紹介されているように(注、私の勝手で伏せてある)伏せた理由とし
ては、
まず、できるだけ宗教的、とくに一つのものに『特定』(こだわる)と世界人類
普遍のものとしては、ある意味では垣根になりやすいからです。
またひとつは、現段階では私自身がどの様に推し進めて良いか、模索している状
態だからです。それと私個人としては実証的にも現段階では確固たる自信がない
からです。個人的には実行していますが。
◎◎にあまりこだわらなくても、全体の論の意味するところは伝わってくるもの
と、私は確信しています。
それと、ある特定の方法にこだわらなくても、できるだけ多くの人が人種、宗教、
思想、団体などの垣根を越えて、真実、真理が得られるものならば、それこそ今
の時代にふさわしい『本物』です。
そして、それが早急に求められている“時”なのです。
ここに紹介した方法にかぎらず、いま一番必要なのは、これから起こるであろう
世界的な人々の浄化作用(普遍の法則)ができるだけ軽くすみ、穏やかに越すこ
とが出来るようにという意味で、それと、『病気は浄化作用』という、大自然に
合致した治療法であれば特定することなく率先して研究、採用するべきです。
その方法は、副作用がなく安全で、安価で容易にできる万人向きな方法で、かつ
一時的でなく根本的、永久的な効果が有り、より強力であるなら、自信をもって
発表されるべきものでしょう。
その結果として、心身ともに癒され、人間本来の健康を得て、大自然と調和でき
る人と世界ができるなら、それが“本物”であり、最高のものでしょう。
それが、何々というものにかかわらず、世界中の人々が、垣根や条件をより少な
くして、その恩恵に預かれるように道を開いてほしいものです。
それをひとりひとりが真剣になって求める“時”なのです。
求めるのも選択するのも、最後は自分自身なのです。
そして、それを分かち合うのも、大自然の法則に適っているのでしょうね。
私自身もいろいろな情報を集めています。質も力もより高いものを求めて、、
そうして、結論は出ていませんが、近ごろなんとなく見えて来たものがあります。
それは、結局、最後にたどり着くところは、
◎救世主は自分の内に有り
癒しの根本は私の内に有るんだ。 ということになるのかも
そう、主人公は我が心の奥の奥に潜んでいるのかも知れません。
その『わたし』は『あなた』でも『わたし』ですね。
その具体的なものはまだ自分でも掴めないのですが、、
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TITLE:夜昼転換と薬毒論 1