第9号
2008.12 |
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わんど塾の入り口の小さな三角スペースでアケビが育っています。この種は「信楽大作戦」で採取していたもので、10粒を植えて、どのように成長するのか観察していました。種は一応全部芽を出したものの、先輩達の木や花に太陽光を遮られてなかなか伸びることが出来ず、何年も弱々しく地面に 這いつくばっていました。しかしこの春、伸び過ぎた先輩達を切ったとたん、一気に勢いを得て、ついに1本が木に巻きつきました。自然の生命力に驚くと共に、石の上にも三年の例え通り、何事も辛抱が肝心と改めて実感させられました。
さて、2006年の12月に通信8号を出してから、今日まで通信9号が出せませんでした。
本当は、2007年春には10周年記念号の発行をと、通信9号の原稿作りを開始していました。しかし、日々の対応に追われているうちに、あっと言う間に2007年が過ぎ去りました。
その後も焦りながら、何度も原稿を差し替えては発行の準備を繰り返していたのですが、それもついに果たせぬまま2008年になり、やっと2年ぶりの発行に漕ぎ着く事が出来ました。
わんど塾の11年目は私塾として新たなスタートの年となりますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
NPO会員に登録して下さった皆さまへ・その後の報告
前回の通信で、わんど塾をNPO法人として申請するため、皆様に「NPO会員」としての登録をお願いしました。これは役員会の決定を受けて、『社会的責任を明確にしたボランティア活動』を進めていくことと、支援者の税負担が軽減できる『税金控除対象の領収書発行』ができるようにしたいという思いからでした。その結果、71名の方が登録してくださり、早速、申請書類作りに取り掛かりました。ところが作業を進めていく中で、以下のような問題に直面してしまいました。
★一つ目は、収支予算書の提出に伴う問題です。
収支予算書には、資金の年間収入と支出の予算案を記入しなければなりません。わんど塾の場合、収入は不定期なカンパが主で、いつも慢性的な資金不足のため、不足分は、やむを得ず借入等で賄う厳しい運営をしています。ところが、いよいよもう限界か・・・という状況に陥ると、ありがたいことに不思議とどなたかに救われて、ギリギリの処で生き残り、今日まで続けられて来ることができました。しかし、まさか申請書類に「不思議にいつも土壇場でどなたかに救われる」などと書ける筈がありません。それで具体的な裏付けのある71名の会費を収入として記入する訳ですが、もちろん会費だけでは収支のバランスが取れるはずがありません。曲がりなりにもNPO法人として申請し、社会的責任を背負ってボランティア活動をしようというのに、いくら何でも最初から赤字国債発行の如く、宛てのない借入れを前提にした予算案を提出する事が出来ず、NPO申請は予算書からいきなり大きな壁に突き当たってしまいました。
★二つ目は事業計画書に伴う問題です。
わんど塾の対応は、先ず本人との繋がりを持つことから始まります。とにかく、あらゆる手段を駆使して信頼関係を築きつつ、心を解きほぐして原因を探り、家族と一緒にその原因を取り除く試行錯誤を、何度も繰り返しながら問題を解決していきます。その第一歩となる信頼関係の構築に欠かせないのが、中・高生なら「○○食い放題」や「魚釣り」・「キャンプ」などの楽しい遊びの行事です。そして、成人した塾生の場合には、「絶対に自立出来るから」と励まして、先ず借金の返済方法などを話し合い、それから各種資格や技術の習得を応援して仕事探しに取り掛かり、その後も仕事を続けていけるよう、文字通り、彼らが自立するまで全力で支え続けるのです。
しかし、こうしたわんど塾独自の対応方法は、中・高生の場合は「甘やかし過ぎ」、成人の場合は「自己責任の肩代わり」として理解が得にくいものです。事実、一般からだけでなく、わんど塾の役員さんからも異論が出ることがしばしばあります。
NPOの規約では、活動における様々な方針についてまず役員会に諮って承認を得る必要があります。わんど塾は、開塾時の事情により、茨城・東京・大阪・山口・福岡と、遠方の方に役員をお願いしています。役員さんにとっては年一回の役員会に出席するだけでも、時間・経費面などで大きな負担が伴います。
ましてや即断即決を迫られるのが常であるわんど塾の活動方針において、役員会の承認が前提となれば、動きが制限されて、活動できなくなる恐れが生じてしまうので、実用的とはいえません。加えて、わんど塾の行事は、いつもドタキャンと隣り合わせで、出発する間際まで何が起こるかわからないばかりか、たとえ無事に出発できたとしても途中で予定を変更することも多々あります。それが塾生のリクエストを受けて企画した行事であったとしても、当日の気分次第で中止になる場合もあります。また、忙しい時に限って、緊急を要する対応要請が飛び込むようなことも日常茶飯事です。予定は有って無いようなもので、せっかく計画・立案しても実行するのは容易なことではありません。
★三つ目は、事務作業に忙殺されてしまうことです。
前述の難題を抱えつつも申請の可能性を探り、書類完成を目指して、経理と事務を兼任している女房は、NPOの会計講座に通ったり、申請手引書と首っ引きで1年余り頑張ってました。しかし、日々対応した報告書をきちんと作成するだけでも大変な時間と労力が必要となり、その煩雑さは、私たち夫婦と手伝ってくれる塾生の計3人では、とても処理し切れるものではありませんでした。そしてとうとう肝心の活動自体にまで影響が出始め、通信が2年も出せないという状況に陥ってしまいました。
これらの事から、現状では、肩書きを持った活動の限界を感じ、「今まで通り、私塾として自由に活動したい」という思いから、本来の視点に戻ることを決意しました。それで「NPO法人申請の断念」と「役員会の解散」、そしてNPO法人申請の為に削除した「私塾」を復活させ、元通り「私塾・わんど塾」として夫婦で一から再出発をしたいと、誠に勝手ながら役員の皆様にお願いするに至り、承認していただいた次第です。
以上のように足かけ2年の紆余曲折を経て、残念ながらNPO法人登録は断念せざるを得なくなりました。NPO会員への呼びかけに応じていただきました皆様方には、心よりお詫び申し上げる次第です。また誠に勝手ながら、改めまして私塾・わんど塾の応援団として、引き続きご支援いただけますよう、重ねてお願い申し上げます。
自暴自棄の防止について
自暴自棄になって、無関係な人を巻き添えにする事件が多発しています。人間は、夢や希望があれば苦労に耐えられ、立ち塞がる壁を乗り越えられます。そして仲間がいれば勇気付けられ元気が出ます。しかし、派遣やアルバイトでは、定年まで苦楽を共にする同僚も出来にくく、孤立しがちです。それらに対して、わんど塾の応援ホームページに「おっちゃんからの提言」として掲載されたものを同封しました。
『小さな親切』運動大阪本部の月報に掲載されました
アキラ君(仮名)の対応中のチョットいい話
アキラ君の窮状を知った支援者の方が、「悶々としている彼の意識が少しでも外へ向かうキ ッカケになってくれたら」と、東京芸術劇場で上演中だった三宅裕司さんの劇団・スーパーエキセントリック・シアター(SET)の舞台に招待してくださり、登校を後押ししていただきました。
始めて舞台を見たアキラ君は大喜びで、その後は暫く舞台のギャグを真似て周りを笑わせていました。そしてアキラ君は、この後も幾多の紆余屈折がありましたが、何とか無事中学を卒業して、今は高校生として頑張ってくれています。(同封資料・『小さな親切』・参照)
使用済み切手をお送りください!
『小さな親切』運動大阪本部は、地域の活性化から子育てまで幅広く活動されていて、 使用済み切手の回収事業もされています。回収された使用済み切手はイギリスで切手収集家に売却され、その収益金は、アジアを中心に医療に恵まれない地域に医療従事者を派遣する活動に活かされています。
使用済み切手を集めて、下記の要領で、わんど塾か、直接、『小さな親切』運動大阪本部
までお送り下されば幸甚です。
※切手は封筒から周囲5mm〜1cmの余白を残し切り
取ってください。
※日本と外国の切手は別にしてください。
<送付先>〒542-0073
大阪市中央区日本橋1-3-11はりまや日本一ビル3F
『小さな親切』運動大阪本部
『小さな親切』運動大阪本部 のホームページは
http://www.osaka-sinsetu-undo.org/
沢山の記念切手をいただきました
支援者の方より沢山の記念切手をいただきました。生前、ご主人が趣味で集めておられた切手だそうです。今回の通信に使わせていただきました。
読売新聞に掲載されました
読売新聞の“泉”欄にわんど塾の活動が紹介され、記事を読まれた読者の方から、支援のお申し出を頂きました。その方は知人の方々にもわんど塾を紹介して下さったり、毎月の定例会にも出席されて、ちょうど取り組んでいた2人の塾生(高3)の大学受験を支えて下さいました。
この2人は共に母子・父子家庭という厳しい経済環境から、進学を希望しながらも、「就職して早く家計を助けてほしい」と希望する親と対立していました。
親には反対され、先生からも「進学は厳しい」と言われて目標を失いヤケを起こしていた彼らに、おっちゃんは、「このまま親とケンカしてても何の得にもならへん。それより奨学金を借りたら進学も不可能や無いんやから、少しでも可能性が残ってる限り、最後まで諦めんと、出来る限りの努力をしてみようや。そこまで頑張ってダメやったんなら納得できるやろな?それから急いで就職活動しても、卒業式までには何とか仕事を探せる筈や」と話し、先ず奨学金の申込書類作成のために親の説得から開始しました。
親御さんに納得してもらってから、今度は学校の先生にお願いして奨学金の申し込みを済ませ、願書を提出し、近くの四条畷神社で合格祈願のお守りを頂いて受験に臨みました。
その結果、1人は見事合格し、塾生から3人目となる大学生が誕生しました。他の1人は3度の試験にも関わらず不合格でしたので、進学を諦め、急きょ、就職に切り替えました。その時すでに学校就職は閉め切られていましたが、先生のご協力を得てなんとか面接に漕ぎ着け、無事内定を頂く事が出来ました。
この塾生宅は家賃が払えず滞納し、マンションを追い出されそうになっていて、寒い冬も風呂ナシの生活でした。それを見兼ねた読者の方は「卒業式まで守ってあげる」と家賃を補助して下さり、おかげさまで彼は無事、高校を卒業することが出来ました。今は、会社員として毎日の仕事を頑張っています。
この支援者の方は、他にも、主人が作った借金で苦しんでいた塾生のサラ金返済にも協力してくださり、何人もの塾生を「足長おばあさん」として支えてくださいました。本当にありがたい出会いをいただきました。
(同封資料・読売新聞記事・参照)
わんど塾・自立支援基金について
わんど塾は、皆様のご支援に支えられて活動を続けさせて頂いてますが、ご支援の中には、各種団体が独自に運営されている《善意の基金》から届けられたものもあります。わんど塾は、それら《善意のお心》を大切にした活動で子供たちを救い、目には見えなくとも、確かに《無償の愛》が存在することを実感してもらって、次の世代に伝えていってほしいと考え、《わんど塾・自立支援基金》を作りました。

《わんど塾・自立支援基金》は、子供たちが安心して生活でき、勉強が続けられるように家賃を補助して家庭を支えたり、復学や進学するための費用、そして失敗してつまずいたとしても、そこから抜け出る為の費用、就職や自立のための資格・技術の習得費用など、必要に応じて活用します。対象者は原則として、対応中の塾生で、家庭環境や生活状況など、その背景を熟知した子供たちを基本としています。
そして、《わんど塾・自立支援基金》は、《善意のお心》を形にしたものですから、全ての人に備わっているはずの《良心》を信じて、「借用」ではなく「活用」という形で返済を強制せず、全てを相手の《心》に委ねています。
《わんど塾・自立支援基金》は、作ったといっても原資は全くありませんので、活用の必要が生じた時に、そのつど《足長おじさん》を探してお願いしています。
これまで2003年12月の-001君より、2008年10月の-056君まで、延べ56名に活用できました。
わんど塾を支えて下さり、彼等・彼女たちに、「決して諦めてはいけないよ」と勇気を与え、将来への希望を繋げて下さった方々は、裕福なお金持ちばかりと思われがちですが、決してそうではありません。逆に、年金生活の中からコツコツ蓄えられた預金だったり、老後の心配を抱きながらも、次の世代を担う子供たちの為に、全てを投げ打っての支援であったりします。なぜ、この方々は名前の公表も希望されず、見返りも求められずに支援をして下さるのか?それはただ、「命ある限り、未来を生きる子供たちの為に、今、自分に出来るだけのことをしてあげたい」と強く願われる「無償の愛」に他なりません。
いつか、塾生たちが成長した時、一度も会ったことのない、これらの方々に支えて頂いたお陰で今の自分がある事を悟り、恩返しの意味で、今度は自分たちがその方々の生き方・考え方を受け継ぎ実践して行くことで、次の世代が自然に受け継いで行けるような地域環境を作ってほしいとおっちゃんは願っています。
◎今、話題となっている定額給付金を持ち寄って、各市町村に一つの《自立支援基金》が作られたら、きっとたくさんの子供たちが救われることでしょうね。
(同封資料・自立支援基金活用証書・参照)
わんど塾は平成10年12月12日の開塾以来、10周年を迎える事が出来ました。それに伴い昨年、おっちゃんなりに、これまでの歩みをまとめてみたそうです。わんど通信やホームページなどで記事となった他にも、もちろん、記載し切れないたくさんの出来事がありました。そして、その一つ一つに喜怒哀楽を共にした子供たちとの葛藤の日々があり、その間、物心両面から必死で活動を支え関わってくださった方々との一喜一憂した思い出が凝縮されていて、改めて感謝の気持ちでいっぱいになったそうです。
10年という歳月は、たとえば道で「おっちゃん!」と声を掛けられるまで気付かないほどに塾生を成長させていたり、若い支援者の方には家族が増えていたり、ご高齢の方の中には天寿を全うされたりと、正に「10年ひと昔」と言われるほどの変化があります。
三十にして立つ。四十にして惑わず。」という有名な孔子の言葉がありますが、わんど塾の場合、子供たちの自立にメドが立つのは最低でも30年の歳月が必要だとおっちゃんは考えています。30年といえば、塾生が10代なら働き盛りの40代となり、結婚をし家族を養っている頃に相当します。それでおっちゃんは「桃・栗3年、ガキ30年」と冗談めかしつつ、30年後を意識した永い視点で子供たちに関わることを、わんど塾の基本に据えて活動を続けています。
そして、一度でもわんど塾に関わって下さった方々には、最低10周年を迎えるまでは通信を送り続けたい、それがおっちゃんなりの感謝の気持ちの表し方でした。
お陰さまで10周年を迎えられました事を皆様に感謝いたします。これからは私塾としての再スタートと成りますが、コツコツとマイペースで活動を継続したいと思いますので、これまで同様、よろしくお願いいたします。
◎市町村合併で住所が大幅に変わりました。できるだけ調べて宛先を変更させていただきましたが、誤りのある方はご一報下さい。
(同封資料・塾長プロフィール・参照)
編集後記 〜情けは人のためならず〜
人に親切にすれば巡り巡ってよい報いが返ってくるという意味で使われる「情けは人のためならず」。
実は、この3年ほど、ひめねこの身辺が騒がしく、おっちゃんには大変お世話になり、言葉の意味を実感させていただきました。わんど塾を支援しているつもりが、自分の一大事の時に、これほど裏づけのしっかりした力強い支援をいただけたことに、本当に感謝しています。
今やれるせいいっぱいをやる、今より絶対悪くはしないという、全力投球のおっちゃんの支援は本物でした。特に心強かったのは、たとえ言われた通りにやって失敗しても次から次へと対策を練ってくれるはずという、妙な自信に満ちた安心感を与えてくれたこと。パニッくっている者にとっては、何も考えずに言われた通りにやるだけでいいし、そうこうしているうちに問題は解決していて、おっちゃんから「おつかれさん!」と声をかけられ一件落着。なんか違う気がする。でも超うれしい。おっちゃんありがとう!!
最後にひめねこの実感です。「支援は人のためならず」
★ わんど塾は、経費節約のため、毎年、年賀状を失礼させて頂いております事、どうぞ、ご了承ください。
師走の慌ただしい折、皆様にはくれぐれもご自愛の上、良いお年をお迎え下さい。(ひめねこ)
「わんど塾」への支援のお願い
特別は活動はできないけれど・・・、少しだけでも、わんど塾を支援したい、おっちゃんに協力したいという方、月額、千円の会員になっていただけませんか?振込先は、以下の通りです。
郵便局 :00900-7−137290 わんど塾
銀 行 :りそな銀行 住道(すみのどう)支店
普通預金 4373075 わんど塾 山藤忠雄(さんとうただお)
わんど塾では、みなさまの負担にならないように配慮させていただく意味で、通信に郵便振込用紙を同封しておりません。ご希望の方は次回の通信に入れてお届けいたしますのでご連絡下さい。
ひめねこの「わんど塾・応援ホームページ」 http://homepage3.nifty.com/himeneko/wando.htm
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第8号
2006.12 |
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寒中お見舞い申し上げます。
わんど塾は、おかげさまで昨年末、10周年を迎えることができました。
いつもいつも、何度も何度も、「もう、あかん」とぼやきつつ、ここまでなんとか続けてこられたのは、
わんど塾を支えてくださったみなさま方の善意によるもので、本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
今できる精いっぱいのことを即、実行する。たとえプラスにならなくても、今よりマイナスにならないように
現状維持しながら、あらゆる可能性を探り続ける・・・。
基本理念である「誰も責めない、誰も見捨てない、ただひたすら待つ」を実践しつつ頑張っています。

希望の春を迎えて欲しくて、進学や就職の支援に奔走していました。
どうやら目途のついた子もいれば、まだまだ五里霧中で、これから・・・という子もたくさんいます。
いつものことながら、対応は予断を許さず、まさかと思うところでひっくり返され、八方塞がりの連続です。
それでも、あきらめずいると、ひょんなことから光が射すこともあります。
「種まきから一年で収穫できる農作物。でも教育は、成果が現れるまで何十年、あるいは百年かかる。
わんどの種まきも、まだまだ始まったばかり。現在の塾生たちが子供を育て、孫の顔を見るころ、
人のことを思いやれる大人たちが増え、地域や社会が温かく、次世代を担う子供たちを育てられるような
環境になっていてほしいなぁ。」

わんど塾をご支援いただいているみなさま方への寒中見舞いとともに、
わんど塾のでっかい夢を、壮大な計画を、おっちゃんから聞きました。
なかなか通信も出せないままで、恐縮しています。
でも、基本理念を実践すべく、おっちゃんが今も頑張っていることだけは事実です。
どうぞこれからも、みなさんのご支援をよろしくお願い申し上げます。

通信6号の発行が2005年1月で、続く7号は同年12月と、年に一回のペース。
今年こそ年4回は出したいと思っていましたが、毎日の対応に追われて気づけば
一年が経ち、もう雪便りが届く季節になってしまいました。
毎度の事ながら、活動報告が送れて申し訳ありません。
一年の出来事から抜粋し、ご報告させていただきます。

今年は大雪での幕開け。
恒例の雪遊びも、目的地までたどり着けなかったり、
写真のように車が埋もれて、みんなで押したり雪を掘ったりして、
とにかく脱出するのに必死で雪遊びどころではありませんでした。
やはり何事もほどほど、天候も、できれば夏はちゃんと暑くて冬は寒く、
梅雨は雨というように、例年通りというのが一番ですね。

大東市教育委員会から文部科学省の「非行型・不登校の対応に対する研究委託事業」の
応募書類をいただきました。
日常の事務処理もままならない中、新たな報告書作成は大きな負担になると躊躇しましたが、
「わんど塾の活動を文科省に知ってもらうだけでも意義がある」とのご意見を頂き、受諾しました。

早速、昨年の活動記録から抜粋して書類を提出。
義務付けられた「運営協議会」も作りました。
構成は、教育委員会から学校教育指導主事、中学校から生徒指導主事、
わんど塾から5名の計7名。
中学校のご好意で会議室をお借りして計3回の「運営協議会・準備会」を開催しました。
6月にずれ込んだ結果発表は、残念ながら「不採用」でした。
初めは、活動を報告するだけと思って応募したのですが、運営協議会・準備会を開催したり、
実施計画予定を実施しているうちに、すっかりその気になっていたのでとても残念でした。
でもすぐ気持ちを入れ替えて、対応を必要とする子ども達を全力で支えて行こうと
改めて心に誓うおっちゃんなのでした。
【資料参考:文部科学省提出書類(抜粋)】

テレビ番組を見た塾生から、おっちゃんに質問が
ありました。わんど塾は、こんなふうに考えます。
【資料参照】 「テレビ番組『子供たちが危ない大激論』を見て」

昨年の役員会で決定したNPO申請に向けて準備中です。
NPO申請するにはさまざまな条件があり、その一つに活動資金の明示があります。
わんど塾は、みなさまからのカンパで運営されていますので、
支援してくださる方を会員として登録し、
カンパを会費・寄付金として報告する必要があります。
そのために、NPO申請用の会員名簿を新たに作ることになりました。

みなさまには大変ご迷惑をおかけいたしますが、
同封しております<わんど塾>会員申込書の各項目にご記入いただき、
改めてFAXか郵便で、ご返送くださいますようお願い申し上げます。
慌しい師走、誠に恐れ入りますが、できるだけ12月20日(水)までに
ご返送してくださいますようよろしくお願いいたします。
【会員申込書・同封】

開塾時から「私塾」や「塾」がボランティア団体名にそぐわないと指摘されて来たことなどから、
NPO申請を機に私塾を削除することにいたしました。
パンフレットも新しく作り直しましたので、わんど塾をご紹介いただく際などにご活用ください。
【新パンフレット・同封】

実は、この記事は前号でご報告する予定でしたが、
愛農高校・記念プロジェクトが失敗したことで急遽、記事を差し替えたため繰越となりました。
結局一年遅れとなってしまいましたが、わんど塾には、実現したい「夢」や「希望」はいくらでもあって、
おっちゃんは毎年4月1日に「おっちゃんの夢」として書き残しています。
その中のひとつが、なにやら怪しげなタイトルなのですが、大災害に活躍するという『ピンクの航空母艦』。
はてさて・・・?
一生に一度、遭うか遭わないかの大規模災害に見舞われた多くの被災者の避難所生活や、
その後も長引く仮設住宅での厳しい生活に心を痛めていたおっちゃんは、
そうした状況を克服するために、余りにも突拍子もない内容ながら、
使われない航空母艦を平和利用する方法を思いついた。
小さな町が凝縮されたような航空母艦で、何もかもなくして、笑顔までをもなくしてしまった人たちに、
快適な生活を提供できないものかという内容です。
【資料参照:ピンクの航空母艦】
折りしもアメリカを巨大ハリケーン『カトリーヌ』が襲い、未曾有の被害をもたらしました。その惨状を見て、
「こんなときこそ、大災害に対するあらゆる救援体制が求められる。
退役した艦船をたくさん温存しているアメリカならこの夢はすぐ実現できるはず。
是非ともこの夢を実現して打ちひしがれた被災者を救ってあげたい。」と考えたおっちゃん。
居ても立ってもいられなくなり、さっそくわんど塾の理事長にお願いして、友人の米国人に英訳していただき、
ホワイトハウスにブッシュ大統領宛の手紙を届けました。残念ながら、返事はありません。
できれば日本でも、こうした構想が実現されることを願ってやまないおっちゃんです。
【資料参照:ブッシュ大統領への手紙】

今年も守口サポートセンターから、デイ・キャンプの応援をいただきました。
朝8時、中学校の校長先生の見送りを受けて、サポートセンターから3名、
中学から先生2名と三年生・3名の計5名、わんど塾から2名の合計8名で出発。
海洋センターに着くと、すぐ着替えてモーターボートでクルージング。
今年はなんと、ボートの舵を握らせて頂いて、船長気分で大はしゃぎ。
しかし、舵を左右にぐるぐる回すため、船体が右に左に大きくローディング。
みんな船酔いで気分が悪くなってダウン。
港に戻るとお楽しみのバーベキュー。みんなも手伝って調理し、一斉に食べる。
食事が終わり、トイレに行くと言ったまま帰ってこない3人。
心配して探しに行くと、勝手に海に入って泳いでいた。

午後からはシーカヤック。
始めは慎重だったが、慣れてくるとふざけあって転覆を繰り返し、なかなか前に進めない。
結局、海水浴の時間がなくなって引き返す。
帰りもライフジャケットを脱いだり、コースを外れては転覆を繰り返す。
桟橋に到着して待つみんなをさんざん心配させながらも、なんとか全員無事に帰還。
思いもよらなかったが、海洋センターの桟橋の下では
大きなチヌが、それも群れで泳いでいるのを発見。
「次回は魚釣り大会をやろう!」と大漁を夢見て帰りも大いに盛り上がる。(完)

デイキャンプで約束した【海洋センター・魚釣り大会】釣竿や道具の準備が整ったので予約を入れた。
しかし子供たちがキャンセルしてしまったので、急遽、
別の中学校から対応依頼を受けていた三年生のグループに連絡を入れて連れて行く事になった。

彼らは釣りが大好きな三人組。
今週も、前の週も連日釣りに出かけて一度も学校に来なかったと先生が言う。
車中で3人の進路を聞きとり、
「父親の知り合いの漁師さんに仕事を紹介してもらう」というA君には
「今時の猟師は養殖技術やハイテク機器の知識が必要やで」と、水産高校進学を勧める。
「建築関係の専門学校に行きたいから資料を集めている」というB君には、
「資料だけを見ていてもアカンから、一緒に学校を見に行こうか?」と学校見学を提案。
漠然と「漫画家になりたい」というC君には、
「漫画家になりたいんやったら、おっちゃんの次男が行った大学には漫画科があるから、
次男にアドバイスしてもらってそこを目指したらいい。
そのためにもまず高校進学が先や!」と進学を意識させる。
一日楽しんだ釣果は、黒鯛からアジまで、ひっきりなしに魚が釣れて300匹以上の大漁。
本格的な釣り場に連れて行ってもらっている彼らも「ホンマによう釣れる所やな、また来たいわ」と喜んでくれた。
意気揚々と引き上げる車中で、
「塾生になってよかったやろ?でもな、いっぺんも塾に来た事がないんじゃ格好つかんから、
今度、ご飯でも食べにおいで」と来塾につなげ、進路の対応に取り掛かった。(完)


両親が離婚したAちゃんは、祖父母、父、姉、兄の6人家族。
祖父が姉の相談に来たことから対応が始まり、
とにかく楽しく過ごさせてやるのが一番と雪遊びに連れて行ってやった。
そして春休み、兄ちゃんとAちゃんの友人Bちゃんの3名を南港の野鳥園に誘った。
「野鳥観察は初めて」という子供達が退屈しないか心配だったが、
望遠鏡・双眼鏡を用意してあげると、資料に載っているいろいろな鳥を見つけ、
夢中になってお昼を過ぎても楽しんでいた。
野鳥園の外へ出てからも、庭の草木について説明すると興味深そうに聞いている。
近くのショッピングモールで昼食を食べ、岸壁へ出て大きな船を眺めて、
うららかな春のひと時をゆったりと過ごさせてやることができた。(完)

Cさんは両親の離婚後、父親に引き取られたが、学校でいじめに遭ったり、
復縁を望む父親が精神的におかしくなったりして、家にも学校にも居場所を失っていた。
知人からの依頼を受けて対応を開始し、先ず、お母さんがCさんを伴って3人で会った。

彼女は「携帯電話がプリケーやから機種変更したい」と強く希望するが、
母親は「余りに電話代を使うのでプリケーにした。絶対にダメ」と譲らない。
彼女に「電話代の上限を決めて約束が守れるんやったらおっちゃんが
お母さんにお願いしてあげてもエエよ」と水を向ける。
そして、「一度、美味しい物をご馳走してあげるわ」と誘うと「友人のDさんと一緒なら行く」という。
そこで二人を連れ、神戸の南京町の見物と、芦屋浜の磯遊びに出かけた。
南京町で、おいしい中華料理を楽しんだあと、お小遣いを渡して家族へのお土産を買わせ、
異国情緒を楽しむ。そして、芦屋浜に向かい、家族連れで賑わう初夏の砂浜で貝殻を探して遊ぶ。
一日中遊んでストレスを発散させて帰りの車中で、「そんなに楽しかったんなら、
今度は釣りや海水浴に連れて行ってあげるし、不登校をやめて教室に戻り、
友達を作るためにクラブに入れば、新しい携帯を買ってあげる」と話す。
それを聞いてCさんは「教室に戻るし、クラブにも入る」と約束する。
そして頑張って実行したので念願の携帯電話を買ってやることにした。
お母さんと打ち合わせを済ませ、お金を預けて一緒に買いに行ってもらった。
「さぁ、ここからが本番!」という矢先、残念ながら母親がその後の対応に失敗してしまった。
彼女はまた元の不登校の状態に戻ってしまい、そしてとうとう連絡も取れなくなってしまった。(完)

小6のE君は父親と死別。
小4から不登校で、毎日テレビを見たり、ゲームをしてばかりなので、
家族がゲーム機を取り上げ、登校させようとすることから衝突が絶えず、とうとう家庭内暴力に発展。
社会福祉協議会の情報誌に載っているわんど塾の記事を見て、お母さんが相談に来られた。

さっそく、わんど塾に通わせる。そして毎日のように海や治水緑地に連れて行く。
広々とした海で釣りを楽しませ、ストレスを発散させながら信頼関係を構築する。
E君は人一倍好奇心旺盛なのに、家庭で抑制され続けていたため、
自由にさせてくれるわんど塾で、その衝動が一気に噴出する。
出先で車に待たせていると、なんと車中で火遊びをしたり、
釣りでは竿をむちゃくちゃ振り回して壊しまくったり、
都合が悪くなると嘘をついてごまかすなどを繰り返して、わんど塾の忍耐の限界を試される。
そんな毎日を続けているうちに、何をしても注意はされるものの、見放されることなく
自分と向き合ってくれる大人がいることを実感したE君は、徐々に心を開き始めた。
そして、卒業アルバムの写真撮影をきっかけに学校へ戻ることを促してみると、
集団登校ではないものの、約束どおり登校してくれた。
対応開始から二週間かかったが、その後も登校し続けてくれたので、
毎週末を彼のために空けてやって、釣りやその他の行事を企画して励まし続けた。
しかし、お母さんは登校しただけでは不満足で、
集団登校を薦めたり、ゲームを止めるようにと言い続けた為、
ついに彼は反発し、また不登校になってしまった。
また一からのやり直しになってしまったが、原因が家庭にあり、
その家庭が変わらないことから彼は元には戻れなかった。
それで、せめて遊びながら勉強させてやろうと、社会・歴史の学習に大阪城見学を企画した。
しかし、ドタキャンしてしまい、それを最後にわんど塾にも来なくなって、
せっかく構築した糸も切れてしまった。

F君は、高校を中退して母校の中学に遊びに来たことでおっちゃんと出会う。
「もう一度高校に行き直したい」と言う。
「このままでは将来彼はきっと大きな問題を引き起こしてしまう」と危惧する元・担任と協力して、
高校探しを始め、比較的通いやすい単位制高校を勧め、
彼も希望したので学校見学に連れて行った。
その後、入学金や授業料などの確保と仕事探しを開始する。
しかし、入学金や手続き費用の一部として用意したお金を渡すと彼は突然、姿をくらました。

ある日、先生から「私と連名で、彼が警察の留置所の中から学校に手紙を届けて来た」と連絡が入る。
手紙には、「名古屋と姫路で悪いことをして今、姫路にいる。
過去を反省し、高校に行き直したいので教科書などを差し入れして欲しい」と書かれていた。
また手紙は、彼が中学でイジメられていた時に優しくしてくれた女性の先生にも届けられていて、
その先生も面識のある方なので、3人で面会に行き、彼に参考書などを渡す。
手紙をやり取りして励ますうちに、名古屋の国選弁護士という人から電話が入り、
彼の裁判で証言してほしいと出廷依頼があった。
法廷では出所後の彼をどのような形でサポートし、更生させようとしているのかを聞かれ、
「彼が希望する介護福祉士として雇って頂ける職場を探してやり、
高校進学をサポートして更生させてやりたい」と説明する。
結局、彼が初犯だったことと、すでに母親が被害を弁償している事、
それに、わんど塾のサポートが期待できるなどとして
2年6ヶ月の求刑に対し、執行猶予3年の判決が出た。
そして、彼はその日のうちに釈放となって実家に戻ってくることができた。(完)

小学生の時から400ccのバイクを盗んで暴走していたというG君。
同じ夜間高校に進学した塾生と友達になってから自身も塾生となり、
昼間はお父さんの土建屋で働き、夜は学校帰りに毎晩わんど塾に夜食を食べに来ていた。
無事高校を卒業し、一日、フルに働くようになると「おっちゃん、気持ちや」とカンパをくれた律儀な塾生だ。休日など時々顔を見せては鍋をつついたり、一緒に魚釣りに行ったりしていた。

ある日、「おっちゃん、頼みがあるんやけど」と電話をかけてきて、
「言いにくいんやけど、どうしてもお金が足らん。来月返すから貸してくれへんか?」と言う。
聞けば「仕事がヒマやったから給料が少なくて家賃が払われへん。友達に借り回ったがどうしても足らん。このままではアパートを追い出される」と言う。
「友達とお金を貸し借りするとトラブルの元やし、
何ヶ所からも借りると頭を下げまわるだけでも大変やから」と立て替えてやることにした。
これまで『お金の貸し借りは人間関係に影響を及ぼすから』という懸念から、
塾生にお金を立て替えた事などなかったが、G君とはこれまでの長い付き合いから、
人となりも判っているので特別に用立ててやった。
その後、心配で何度も携帯に電話をかけるが、料金未払いで止められているらしく繋がらない。
一ヶ月たったある日、「おっちゃん、給料もらったから返すわ。ありがとう」とお金を返しに来た。
「苦しいのはわかってるんやから、無理せんでもエエねんで?」と言うと、
彼は「おっちゃんとの約束やから、破る訳にはイカン」と言った。
 
通信8号作りを始めたとたん、突然プリンターが壊れてしまいました。
慌てて修理に出すと、「年賀状のシーズンでいつになるか判りません」と言われて頭を抱えていた時、事情を知った支援者の方がA3印刷ができるプリンターを寄付してくださいました。
こうして通信が出来上がった訳ですが、いつも陰になり、日向になってわんど塾の活動を
支えてくださるみなさまに、心から感謝を申し上げます。
★ わんど塾は、経費節約のため、毎年、年賀状を失礼させていただいております事、
どうぞ、ご了承ください。 師走の慌しい折、みなさまにはくれぐれもご自愛のうえ、
よいお年をお迎えください。(ひめねこ)

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第7号
2005.12 |
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紅葉を愛でるまもなく、各地からの雪便りが聞かれるようになりました。
通信の発行が、春号でストップしてしまい申し訳ありません。
もちろん夏の間も、おっちゃんは汗だくになって、いつもと変わらず忙しい毎日を送っていました。
昨年末に禁煙してからというもの口寂しくて、飴ちゃんなどを食べているうちに、
ぽっこり(!)お腹が出てきたのを気にしているおっちゃんですが、
いくら汗を流しても、体型を変えるには至らなかったようです。
そんなおっちゃんから、地元大阪の師走便りが届きました。
・・・大阪では、公園のクロガネモチが沢山の赤い実を付けています。
木に結んであった説明文を読んで、赤い実が染料になることを初めて知りました。
子供のころ山に入って、モチ木の皮をナタで剥ぎ取ってトリモチを作り、
それをメジロやウグイスなどの通り道に仕掛けて捕まえていました。
材料となった木がクロガネモチだったのか、ネズミモチだったのか
定かではありませんが、自分のことは棚に上げて、塾生たちには
「皮を剥ぐと、木が枯れてしまうから、実験したらアカンで。」と
釘を刺しておきました。昔はそんなことも知らず、
随分と自然を傷つけていた事を、心の中で大いに反省させられた次第です・・・
みなさんの身の回りでは、どんなふうに、季節の気配が訪れているのでしょうか。
今回の通信は、遅れた分盛りだくさん。
遅ればせながら、春以降の主なできごとを抜粋してお知らせいたします。






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第6号
2005.1 |
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第5号
2004.7 |
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走行距離20万キロを目指してがんばっていたわんど塾の愛車“ベンツ号〜トヨタのエステマ”が、
ついに力尽き、5月で廃車になった。
ベンツ号は、わんど塾の支援者でもある自動車屋の社長さんが5年前に用意してくれたものだ。
ベンツ号がわんど塾にやって来たとき、三年ものの中古車だったが、
いつも定員いっぱいの8人を乗せながら、高速道路やキツイ峠道をものともせず、
余裕で追い越してしまうパワーを誇っていた。
おまけにサンルーフつきなので、子供たちからは絶大な人気を得ていた。
また信楽大作戦では、農機具を積んで山道を泥まみれになりながら走り抜け、大活躍してくれた。
相談者からの急な呼び出しに対応するため、夏の炎天下でも冬の雪道でも、
おっちゃんの足となって全国を走り回ってくれた。
ウップン晴らしに、ヤンチャたちからボコボコにされたこともあったっけ。
その哀れな姿はまるでスクラップ同様、タイヤは4本ともブスブスに刺され、
ワイパーもナンバープレートも壊され、車体もガリガリにやられてた。
おっちゃんは、そのあまりのひどさに顔を引きつらせながらも、
とにかく子供たちの本音を聞いてあげることに専念し、
ベンツ号は鍵とタイヤを取替えてもらっただけで走り回り、
その痛々しい姿には子ども達も意気消沈していた。
そんな数々の思い出を残し、わんど塾をしっかり支えてくれたベンツ号、本当にごくろうさまでした。


初代のベンツ号が、いつダウンするかわからない状況下で探し始めた二代目ベンツ号だったが、
五年ものの中古車(ディーゼル車)が見つかった。
走ることにかけては絶大なパワーを誇っていた初代のベンツ号も、
キャンプや魚釣りに行ったとき、海岸や川原の砂地でタイヤがめり込んで立ち往生してしまったり、
雨で畦道がぬかるんだときは、スリップしてしまったことがあったので、
二代目は雪道でも安全に走れるように4輪駆動車を希望していた。
できれば環境にも配慮し、ディーゼル規制のある東京へも乗り入れ可能なガソリン車で、
深夜や早朝出発でも、近所に迷惑をかけないですむよう、
乗り降りや荷物の出し入れ時に、音の静かな半自動のスライドドアが左右にあるものが好ましかったが、
予算の壁もあり、そこまでは叶わなかった。
しかし、最新のカーナビつきなので、全国からの急な要請にもすぐ対応できそうだし、
そうやって走り回っていると、ETCが使えるので高速代も16%割引となり、すぐに元が取れそうだ。
二代目も大切に乗って、今度こそ20万キロ走破を成し遂げたい。これから二代目をよろしく!


ヤンチャを繰り返していた中学3年生が、修学旅行を目前にして警察のお世話になった。
そして鑑別所行きが決まり、楽しみにしていた修学旅行に、結局二人が行けなくなってしまった。
確かに自業自得ではあるのだが、行動(結果)だけを捉えて罰を与えても、
“原因を取り除かなければ根本的な問題解決にはならない”というのがわんど塾の考え方。
原因を知るためなら、まずどんなことをしてでも、子供たちと信頼関係を築き、
本音を聞かなければならない。それができて初めて、再発防止に向けた指導が可能になる。
荒れている子供たちと信頼関係を築くために、おっちゃんがよく使う“テ”が、
釣りやキャンプなどの自然と対峙する遊びか、焼肉や寿司、ラーメンなどの食べ放題だ。
今回は、子ども達が、あれほど楽しみしていて、とうとう行くことのできなかった
修学旅行を実行することにした。
わんど塾の修学旅行は、あとあと同級生たちとの思い出話になったとき、
子供たちが無理なく話の輪に加われるよう配慮して、
行き先は沖縄、コースも学校と同じにしようとおっちゃんは考えている。
沖縄には知り合いもいるし、琉球大学に塾生もいる。できれば彼らを引っ張り出して、
一緒に海水浴をしたり、魚釣りをしたり、沖縄料理を食べたりしてコースを回り、
中学最後の夏休みを、楽しい思い出でいっぱいにしてあげたい。
先に鑑別所入りした子供に手紙を出し、この計画を伝えると、
「おっちゃん、沖縄連れて行ってくれるん?ありがとう、めっちゃ嬉しい・・・けど、
アイツも一緒に連れて行ったってや。お願い。」と、後から鑑別所に入った子供のことを気遣っている。
「当たり前やで。みんな一緒に行くんやから心配せんと、しっかり反省して早よう帰っておいでや。」
と返事を書く。
自分のことしか考えられず、周りに反発しては事件を起こす子供たちにとっては、これだけでも一歩前進だ。
こうして子供たちとの信頼関係ができれば、いかようにも修正できる。
こんな手ごたえがエネルギーとなって、おっちゃんを突き動かす。
“子供たちのためなら、何だってできるし、また、してやらなければならない。”
誰も責めない、誰も見捨てない、ただひたすら待つ・・・。”わんど塾の基本理念”は絶対だ。
* 編集後記 *
おっちゃんには、今、“ネットワーク作り”の夢があります。
わんど塾は、暴れたり引きこもったりの対応は得意ですが、中には素人目にも明らかに
精神的に病んでいる子供たちがいます。
それだけ、子供たちを悩ませ苦しませる原因が多岐に及び、専門的な知識や能力は必要不可欠!
そう考えたおっちゃんは、支援者でもある診療内科のA医師に相談してみると、すでにその必要性を
考えておられたようで、同じ心療内科のB医師を紹介してくださり、話合いがもたれました。
おっちゃんは言います。「今度は法的な分野でのスペシャリスト、弁護士さんにも参加してもらわんとな・・・。」
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第4号
2004.3 |
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前号で紹介した、おっちゃんの夢“自立支援基金”に登場した「彼」を覚えているだろうか?
昼は働きながら夜間高校に通い、ついには大学への推薦をもらった「彼」だったが、
経済的には非常に厳しかったため、始めは受験を躊躇していた。
ところが「なんとかしてやりたい!」という、おっちゃんの呼びかけに、
母校だった中学校の先生方はもちろん、全国のわんど塾支援者の方々からも
資金支援の申し出があって、その後押しを受け、「彼」も頑張った結果、
見事この春、合格を果たした!
この快挙と全国からの応援を目の当たりにし、後輩達はどれほど勇気づけられたことだろう。
“頑張ってみようかな・・・”一人でも多くの子供たちが希望を見出し、決意してくれたら!
★☆★ 応援してくださったみなさん、本当にありがとうございました。★☆★


高校で学友とケンカし、無期停学処分となったが、それではあまりに厳しすぎると
校長先生に直談判に行った学生が、勢い余って校長に手を出し退学するハメに・・・。
その後ヤケを起こして、鑑別所から少年院まで経験してしまった19歳の青年が、
「せめて高校ぐらい卒業したい・・・。」と、中学校の恩師に相談を持ちかけた。
わんど塾の支援者でもある先生から話を受けて、おっちゃんもさっそく協力体制に入り、
先生と一緒に、彼の“高校からのやり直し”を全面的にバックアップすることにした。
働きながら勉強するには、夜間高校に通うか、通信制高校でコツコツ単位を取っていくか
のいずれかになるが、彼は後者で頑張ってみることにした。
受験手続のためには、高校で証明書を発行してもらわなければならない。
退学になった高校へ彼一人で行くのは気まずい。
いくらいきがっていても、そこは、まだまだ子供。
おっちゃんはさっそく彼を車に乗せ、高校へ付き添って行き、まず証明書を発行してもらった。
もともと単位制の高校は、不登校生や中途退学者には特別の配慮がなされているので、
彼の学力などからすると、まず不合格の心配はないが、卒業するためには、
最低74単位が必要で、その費用は1単位あたり年額9千円となる。
彼には、職探しや入学金・授業料などの資金面で、越えるべきハードルがいくつもある。
しかし、おっちゃんは彼に言った。
「よけいなことは考えずに、今、やらなければならないことを、ひとつずつ確実にやりなさい。」
そして彼には内緒で、資金集めに奔走することになった。
塾生のためなら、なんだってやれる。勝手に身体が反応してしまうんだから仕方がない。
おっちゃんは、いつだって全力投球で、突き進んでいく。


青少年問題に限らないが、問題解決のためには、まず応急処置を急ぐと同時に、
本来の目的である根本的解決を目指し、原因を取り除いてしまうことが何より大切だ。
わんど塾設立当初からこれまでの5年間、おっちゃんは本気で問題解決に取り組んできた。
5年前やんちゃな塾生だった中学生は、高校を卒業し、大学に進学したり、就職したりして
成人式を迎える歳になっている。
大人から見ると、まだまだ子供だが、中学生や高校生達にとっては最も影響力のある先輩だ。
たとえば暴走族などで暴れていた彼らに、その回りの大人たちが、ある時期真剣に向き合い、
彼らの暴れる原因を根本から取り除き、きちんと問題を解決したとしよう。
そうすれば問題の再発もなく、彼らは見守られながら、ちゃんと成長することができる。
今では落ち着いて、後輩に勉強やスポーツの指導をしてくれるような先輩に育っているだろう。
そんなリーダーが一人でも育てば、後輩達に与える影響は大きい。
今度は彼らが、若者達のリーダーとして次世代を育てていってくれるはずだ。
三世代構想では、まず初代となるわれわれが、青少年を精一杯育てることから始まる。
次世代に対する熱い想いに包まれて育った子供たちが、やがて成長して家庭を持つ。
社会や地域の大人達から、あるときは厳しく、愛情いっぱいに育てられた彼らは、
温かい家庭と地域社会のなかで、どんな生き方をすればよいのかを体験から学んでいて、
三代目となる自分達の子供を地域社会に送り出すために、大切に育ててくれるはずだ。
そんな願いを込めての“5ヵ年計画・三世代構想”だったが、行政も警察も先生も、
人事異動で担当者が変わるたびに、また一から、つながりを作っていかなければならず、
子供たちを見守る地域社会としての成熟度は、なかなか思うように進展しなかった。
塾生にしても、学年を越えた、つながりを持つところまではいかず、最初の5年が過ぎた。
しかし、おっちゃんがこんなことで、へこたれるわけがない。
もう一度、夢に向かって第二次“5ヵ年計画・三世代構想”をスタートさせ、これまで同様、
全力で、子供たちの抱える問題をひとつずつ、根本から解決していこうと張り切っている。
* 編集後記 *
春の嵐が吹き荒れ、陽射しに力強さが増してきました。
ちょー多忙なおっちゃんと反比例して、通信を冬の間お休みしてしまい申し訳ありません。
今回は春らしく“スタート特集”となりました。
実は、ヘビースモーカーのおっちゃんが、年末から禁煙!しているそうです。
受験生の娘さんと奥さんに煙たがられ、塾生は大事にするクセに妻や子供には冷たいと言われ、
「止めたるわ!」と宣言したらしい・・・。
うまくハメられたおっちゃんだけど、スタートした以上、止められない。
そんなおっちゃんがストレスをためないで、たまには息抜きできるよう、エールを送ってあげませんか。
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第3号
2003.11 |
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わんど塾を始めてから、今年の12月で、5年の月日が過ぎようとしている。
さまざまな問題を抱えた子供達と接し、いつも全力で取り組んできたおっちゃん。
“一億、総中流家庭”といわれていた頃から、経済的に困っている子供たちをたくさん見てきた。
彼らが不穏な行動を取るきっかけとなるのは、
離婚だったり、暴力・虐待といった大人の側の問題がほとんどで、
それはあたかも経済的問題が原因だと思われがちだ。
確かに経済的問題は、子供達ではどうにも解決のしようがない。うぅ〜ん、当たらずしも遠からず。
しかし、本当の原因は、「親の不仲」につきるというのが、おっちゃんの持論だ。
経済的に豊かでなくても、母子家庭や父子家庭でも、荒れない子はたくさんいる。
「家庭があったかな巣穴」であれば、子供達は荒れないものなのだ。
子供達は、安心して落ち着ける場所さえあれば、心が平穏なら、それでいい。
ところが親や先生や、たいていの大人たちは、
“子供が荒れるから家庭がめちゃめちゃになった”と思い込んでしまう。
でも、おっちゃんは見逃さない。
子供達の本音と向き合ってきたおっちゃんだから、子供達の気持ちは痛いほどわかる。
みなさんも、キタキツネなどの子別れを映像で見たことがあるだろう。
温かな巣穴からは絶対に離れたくない子供達。何度も追い立てられ噛まれ、泣く泣く旅立っていく。
「家庭が温かな巣穴であれば、子供達が荒れる理由はない!」おっちゃんは言い切る。
不況が続き、経済的な問題は、ますます弱者を痛めつける。
さまざまな事情を抱えた子供達にとって、金銭問題が障害のひとつとなることも事実だ。
せっかく不登校を脱却して学校へ行くようになっても、受験費用・入学資金などを工面できず、
進学を諦める子もいれば、働きながら夜間高校などに行くがんばり屋さんもいる。
わんど塾は、できる限り高校・大学への進学を奨励している。
いずれ人生の大半を“働く”ことになるのだから、
この時期にしかできない?少しやんちゃで損得なしの友情を育てて欲しい。
そして将来の方向性、できれば具体的な希望職種に有益な知識や資格が得られるようにと、
学校の資料集めや実際の学校見学などにも協力してきた。
運良く応援してくれる就職先にも恵まれ、その分がんばって夜間高校へ通っていた
そんな塾生の一人が、この秋、「大学への推薦」をもらったという。
今後も引き続き働きながら夜間大学へ通うことになるが、奨学金は入学後しか支給されないため、
とりあえず、受験費用・入学一時金・入学金と前期の学費などを至急準備できなければ、
せっかく推薦をもらっていても、進学自体を断念せざるを得ない。
「なんとかしてやりたい!」
わんど塾開始当初から、たくさんの子供達の窮地をみてきたおっちゃんのでっかい夢は、
わんど塾が全面的にバックアップしてやれる“自立支援基金”の設立だ。
だが、わんど塾の経営が借金まみれの現状では、なかなか実現できない。
「間に合わんではすまされへん。わんど塾がつぶれても、コイツを見放すわけにはいかんのや。
よっしゃ、なんとかしたるでぇ〜!」おっちゃんに新たなエネルギーが注ぎ込まれた。
★☆★ この話の顛末は、添付資料でご確認ください。★☆★


中学校でのおっちゃんの“心の相談室”が、なかなか忙しいらしい。
朝礼でも晴れて全校生徒に紹介してもらい、週1では足りず、毎日のように登校することになった。
最近、何を血迷ったのか?
おっちゃんは、授業を抜け出してしまう生徒を集めて、入試問題をやっている。
わんど塾が学習塾に?・・・ンな、わけないか。
「授業はさっぱりで、おもろない。でも、ホンとは進学したいねん。」と相談を持ちかけられ、
おっちゃんは手っ取り早く、過去問に挑戦させてみることにした。
やってみると、彼らの成績は、零点ではなかった。
「そんなら、明日は10点取ってみ!おんなじ問題なんやから、簡単やろ。」
おっちゃんの挑発に乗って、彼らはほんとに10点代の点数を取った。
そんなゲーム感覚と、自分達のペースで進められる学習法が、彼らに受け入れられたのだ。
自分のやりたいこと(受験)があって、今の実力を知り、何が不足しているのかがわかれば、
彼らは放っておいても、自分で進むべき方法(勉強)を選択することができる。
あとは、若さと希望が彼らにエネルギーを与えてくれる。
おっちゃんは、そこに至る道筋を、彼らにわかるように示し、あとは後押ししてやるだけだ。
そして、絶対に諦めさせないこと。
不足を数える前に、どんどんできた事実を積み重ねて確認するという作業をやってのける。
喜びは不安をかき消し、次々と事実を重ね、諦めて悩む暇を与えない。
彼らの活き活きとした笑顔は、実にさわやかで、おっちゃんにもエネルギーを与えてくれる。
どうやったら、なにをやってあげたら、彼らは喜んでくれるだろう。
おっちゃんはわくわくしながら、想いを結晶化した奇策を練る。
「アイツらのためやったら、なんでもできるねん。」
おっちゃんはテレ笑いしながら、いつのまにか周りを巻き込んで協力体制を作っていく。
* 編集後記 *
澄みきった青空、少し冷たい風に吹かれ、気持ちをリンと、ひきしめる秋。
あるいは虫たちの声に、ゆったりと記憶をたどり懐かしむ秋。季節の感じ方は人それぞれ・・・。
わんど塾のとらえ方も、関わり方も、「わたし」流でいいから・・・とおっちゃんにいわれて、
“ひげなまず通信”を編集することになりました。
おっちゃんの活動のホンの一部をお伝えすることで、「わたし」なりに、
わんど塾を応援していきたいと思っています。よろしくお願いします。
編集ひめねこ
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第2号
2003.9 |
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創刊号でお知らせした通り、おっちゃんは“心の相談員”として、
大東市住道(すみのどう)中学校へ登校し始めた。
折りしも3年生は三者面談の真っ最中で、
その手の悩みなら、おっちゃん流“後悔しない高校の選び方”ちゅうヤツがある。
義務教育と違って高校を選ぶ際は、将来自分のやりたい仕事に必要となるはずの
知識や資格が得られる学校が一番だ。資料集めや学校見学は多い方がだんぜん有利。
だから毎年、おっちゃんは塾生を“ベンツ号”(車)に乗せて学校見学を実施している。
ところが、今も昔も全く変わらない。
おっちゃんは、一人の女子生徒から、恋愛相談を受けるハメになった。
「あんなぁ、最近彼のようすがおかしいねん。
他の人とばぁ〜っかり話するし、メールしても返事もくれへん。」
「ふむふむ、おっちゃんも経験豊富やさかい、彼の気持ちがよ〜ぉわかるわ。(笑)
彼はなぁ独占されるのがイヤなんや。」
「えぇ〜!つきあってるんやから当然やんか。あったまくる!」
そこでおっちゃんは、カリカリしたりイライラしなくてもいい
“中学生の理想の恋愛方法”を伝授してあげた。
結論から言えば、カップルではなく、グループ交際に励んで、
できるだけたくさんの友達を作ることだ。
カップルになってしまえば、当の二人は気にしなくても、
他の友達が気を使って、二人だけにしてやろうとする。邪魔したら悪いと思う。
そんなことが繰り返されるうちに、二人だけの別行動が多くなって、
しまいには誰からも誘われなくなってしまう。
それに高校で、もっとステキな人と出会うかもしれない。
そのとき、特定の彼がいたら、二股かけるか、別れるかの
厳しい選択を迫られることになる。
でも、もし友達だったら、別れることもないし、どんどん友達が増えていく。
大学でも社会でも、同じように、たくさんの出会いが待っている。
そんな機会を逃したら、実にもったいない。
そんなことも頭に入れておいて、上手に楽しくつきあうことだ。
「一番いいのは自分に自信を持つことや。
日々人格を磨きながら、魅力的な子になれば、相手の方が慌てだすわ。
今は一生懸命勉強して、クラブで汗を流して、いっつも明るく元気な子って、
さわやかでカッコえぇやんか。漫画の主人公みたいで、な。
それと、自分ではわかりにくいかもしれへんけど、
いいところ、個性的なところを、うまぁく伸ばしてって欲しいなぁ。」
★このあと話題は、なんと性教育?にまで発展するのだが、紙面の都合でカットします。
添付された資料を参照していただければ幸いです。


掲示板に、以下のような書き込みがありました。
<わんどの圧巻> はじめまして。大分で消費生活アドバイザーをしている“あこ”です。
時間をかけて「わんど」をじっくり読み、なんとも温かな気持ちになりました。
厳しい社会の中で、はじき出された子供達やその周囲の大人への優しいまなざし。
特に西表の合宿や、理想的な離婚を目指した夫婦の物語は圧巻でした。
「わんど」に魅せられたかも。まだ見ていないページがあるので読んでいきます。
実はこの後、何度か“あこ”さんとおっちゃんとのやり取りがあり、ある日、哀しいニュースが舞い込みました。
“あこ”さんから許可をいただいたので、メールの内容をご紹介します。
「先ほどお葬式から帰ってきました。とても悲しいお葬式でした。亡くなったのは14歳、中学2年生・・・」
という書き出しでした。息子さんのサッカー部の先輩で小学校時代から大の仲良しだったのに、
よりにもよって、その子が亡くなったと、出張中に緊急連絡網が回ってきたのだそうです。
出張する直前に、スーパーでバッタリ出会って「よ!おばちゃん。」と声を掛けられたそうです。
髪は輝くようなオレンジ、ピアスが片耳5〜6個、真っ赤なダボシャツにネックレスがジャラジャラ。
さすがに目に余って、「う〜〜〜ん、著しく目立つ。何とかならんか、お母さんが泣くよ。
でも、おばちゃんは他人だから面白がって見てしまう、あんまり変な格好だから。正直ですまん。」
と軽口をたたいた3日後のことだったそうです。
暴力を振るう義父と、最近やっと離婚が成立し、母親と弟と三人で暮らし始めた矢先だったそうです。
電話の背後で談笑する長男の声を聞いた義父は、あろうことか、逆上し突然押しかけてきて、
「妻と離婚することになったのはおまえのせいだ。殺してやる!」と、わずか14歳の少年の背中を
ナイフの柄が折れるほどに刺したのだそうです。
「以前はサッカーの応援にも来ていて、誰も義父とは知らず、本当に仲のいい家族に見えました。
これから夢も希望もある少年が、大人の身勝手に振り回され、命を落としたことがとても痛ましい・・・。
お葬式では、現実を受け止められない母親がとてもハイになっていたし、
弟も呆然とした笑みを浮かべていました。
先日まで一緒に暮らしていた義父が兄を殺したという事実を、どう受けとめればいいのでしょう・・・。
被害者のショックはもちろん、地域や学校、子供たちの衝撃と動揺はとても大きい。
この家庭に救いの手を差し伸べることはできなかったのか、もっと早くDVのことがわかっていたら
少年が犠牲にならなくてもすんだかもしれないと思い、悔やむ人が多いのです。
私にとっても、悔いの残る別れ方をしてしまったことへのせめてもの償いに、
犯罪被害者の会のことやメンタルケアなどで、残された家族を支えられる地域の一員になりたいと
思います。おっちゃん、気付いたことがあったら教えてください。」と結ばれていました。
おっちゃんは、さっそく返事を書きました。
問題解決のためには原因を知ることから。DVへの精一杯の抗議が、少年の服装に現れていた。
暴力による問題解決は絶対にありえない、むしろ暴力こそが問題を誘発している原因である。
離婚や再婚は、子供にとって大きなストレス。慎重に事を運ぶ必要があった。
残された家族へのケアはもちろん、義父に対しても責めるばかりでなく、間違いの原因をしっかり諭し
納得させなければ、逆恨みの危険がある・・・。
「地域(社会)が、地域の住民を守り支えあう必要があり、
支えあうことで今回のような悲しい事件が防げることを学ぶきっかけになれば、
今回の悲しい事件が、少年の尊い犠牲が、意味のあるものになるでしょう。
結論を急がず、無理せず継続していくことを第一に、関わり続けてあげてください。」
★詳しい内容は、HPまたは添付の資料を参照してください。
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創刊号
2003.7 |
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わんど塾の地元、大東市立住道中学校の依頼を受け、7月11日(木)から週に一度、おっちゃんが登校します。
もちろんボランティアで、“心の相談員”として、学校が抱えている問題に対応していくことになりました。
現実に今、特定の先生に対する嫌がらせが横行しており、問題となっています。
学校としては、PTAや教育委員会、そしてわんど塾などと連携し、解決へ導く方針を固めました。
おっちゃんにはどんな秘策があるのでしょう。追って、経過報告いたします。


おっちゃんの長男に、大学の先輩から“実家の遊休地を貸してあげようか”という誘いがあり、
もともと興味のあった無農薬栽培と環境問題を考えるきっかけになれば・・・と始めた“信楽大作戦”。
2001年5月から毎週日曜日に信楽に通いつめ、汗水たらして土地を開墾することから初めて、
これまでに2回の田植えと無農薬野菜を栽培した。
収穫を楽しみにしていたが、なんと2回とも、先に鹿や猪に食べられた!
しかし、それも自然からの学びと思えば、米や野菜の収穫にも匹敵する経験。
なにより、素人が週一回の作業でこれだけの実りを得たのは、実は植物の生命力によるものだ。
潅木や茅を刈り取り、水を張っただけの田んぼ?に無農薬どころか肥料もやらず、
農業高校から分けてもらった苗を植え、稲より早く育つ雑草たちと競争で草刈に精を出したにすぎない。
コシヒカリといえど、もとは野生。そのたくましさに脱帽だ。
実はおっちゃん、“捕らぬタヌキ”で夢があった。素人の稲作が成功すれば、新規就農者の希望となる。
収穫できた米や野菜を消費者グループに買い取ってもらうシステムを作って現金収入の道を開く。
そうすれば生活も安定し、農作業に専念できる。リストラや倒産で、やむなくホームレスになった人々の
自立の手伝いとなるはずだ。信楽をその実験農場にしよう!
そして、3年目を迎えた今年。本当に残念ながら、“信楽大作戦”に一区切りをつけざるを得なくなった。
わんど塾が全面的にバックアップしてきたものの、主要メンバーが大学卒業と共にそれぞれの道を歩み始め
在学中のメンバー達も各種の資格取得準備に追われ、作業続行が負担になってきたためだ。
子供達には作戦終了の記念として、彼らが愛用したノコギリなどをプレゼントし、
発電機・チェーンソー・草刈機などは基地として活躍したテントの材木とともに、
三重県の愛農学園農業高校に寄付することにした。
「これまで毎週お世話になった地主さん、滋賀県信楽町のみなさま、苗や種を分けてくださった方、
道具などの購入資金をカンパしてくださった方、その他さまざまな形で応援してくださったみなさま、
本当にありがとうございました。今後、また機会があれば自給自足の夢をぜひ実現したいです。」と、
最後におっちゃんはコメントした。
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