コルク

かずおの消費生活アドバイザー日記


消費生活アドバイザーのトップへ

●2002.12.31 さあっ、かーえろっと

何とか年賀状を昨日出すことができた。
今日帰省しようと思う。
今度の正月は、同窓会とかの予定もないしのんびりできそうである。

今年は思った以上のたくさんの方にホームページを見に来ていただくことができた。
たぶんこの1年間で、カウントが9万くらい進んだのではないかと思う。
「ほんとうに、ありがとうございました」

せめてものお返しに、来年もまたいろいろな情報を少しずつでも増やして行きたいと思う。
とはいえ、なにぶん「趣味」の領域なので、いつものように「ゆっくりゆっくり」で「とにかく続ける」という方針でやっていきたいと思う。

今年、ちょっとだけ考えてやったらおもしろいかなあーって思ったことがある。
1.勉強会
近くの人で集まって、情報交換とか勉強会とかやってみたかったけど
・・・・・応募者がほとんど無くて断念
2.かずおクラブ発足、会員番号付与とか・・・
ネット上で、いろんな話題についてのバーチャルな会議を行い、各種団体に提言する
・・・・・上の勉強会と同じように応募者は・・・?(いないだろねー)
3.他のHP立ち上げ
・・・・・題としては、「ママさんバレーおじゃま虫日記」。まあそのうち・・・
4.小論文専用掲示板
・・・・・他のHPで作っておられますので、やめました。
5.小論文予想
・・・・・ちょっとだけ、やりかけたけど、さぼってる間に2次試験の日になり
中途半端だった。企業倫理は予想通りらしい(えっへん)。
6.面接事例集
・・・・・まあ、そのうち

というわけで、みなさん今年はいろいろお世話になりました。
また来年もよろしくお願いします。
どうぞ、いい年をお迎えください。
それから、受験された方、2月に吉報が届くのをお祈りいたします。


さあっ、実家にかーえろっと・・・・・

●2002.12.28 家族の大事な行事・・・だよね

どうも、ここ何年も年の瀬がおしつまってきたとかいう感覚をもてない年末を過ごすことが多い。

小学生の頃ならば、終業式が終わるとすぐにクリスマスでその後の1週間は子供なりにけっこういろいろあわただしかったように思う。年賀状を書いて、大掃除の手伝いをしたり、祖母や母の買い物に付いていって正月の料理の材料を買うのを見たりした。おやじが玄関とか車とかにしめ縄を飾るのをながめたり、鏡餅を飾るのを手伝ったりした。そういうことで、徐々に「ああ、もうすぐ1年が終わるんだなあ・・・」っていうのを感じていたりした。

大晦日には、そばを食べ、紅白を見て、行く年来る年を見て除夜の鐘をテレビで聞き・・・そう、けっこう平均的な(?)日本人の家庭であった。そうして、午前0時を過ぎると初詣に毎年でかけていた。
門司には、九州のほんっとに一番北のはしっこに「めかり神社」というけっこう人が集まる神社がある。かずおの家からは歩いて30分くらいであるが、そこまでの道には夜とはいえたくさんの人が初詣に向かっていた。神社の付近は、夜店が出てアセチレンランプとかが灯ってにぎやかな雰囲気である。すぐ真上を関門橋の光がアーチを描いて対岸の下関までつながるすばらしい景色である。
そうしてまた歩いて帰って、なんとなくほーっと安心した気持ちになったものである。ああ、また今年もいつも通りに始まったなーって。

だから元旦の朝は遅めに起きてゆっくりとした朝ご飯である。食卓に重箱を並べ、おもちを焼いてお正月の始まりである。母はけっこうお酒が飲める口なのだが、父があまり飲めないのと、「お酒は毒だ」って思い込んでいるみたいで、かずおの家では正月とはいえお酒の量はほんの少しだった。
元旦のお酒の消費量が少し増えてきたのは、姉とかずおが飲むようになってからだと思う。

食事の後には、楽しみのお年玉である。でも、かずおが小学生の頃には正月3が日には開いている店とかは「皆無」であった。たぶん、4日とか5日くらいが初売りだったと思う。
物を買うことができない小学生の正月のひまつぶしは、もうひたすら「こま」であった。
うーーん「こま」のことは、またいずれ・・・・・

そう、今思い起こしてみると、新しい年を迎えるということは、「家族の大事な行事」であった。

最近はというと、年賀状は年末ぎりぎりまでサボってるし、大掃除はやらないし、帰省は31日の午後とかで、帰って大酒飲んで0時を過ぎたら初詣も行かずにすぐにバタンキュー・・・
実家で3日ほど飲んで食ってゆっくりしまくったら、みやげとかいって家の食べ物をごそっともらってさっさと姫路に帰って、「いやあ、正月の帰省は疲れるねえ」とかいいながら、残りの休みを怠惰に過ごす・・・・・そんなことの繰り返しであった。

今年も31日に帰るのであるが、もう少しだけ「家族の大事な行事」らしい年末年始の過ごし方をしてみようかなあ・・・・・

●2002.12.25 2002年かずお家のできごと。 ネコと障子紙。

■たいしたことないけど、まあかずおとしてはいろいろあった1年だったかなあ。

1.地域の体育委員になった・・・・・汗をしっかりかいて、その後ビールと焼き鳥。いやあ、青春やなあ。えっ、単なるおじさん・・・??
2.妻がママさんバレーを始めた・・・・・おやじが一人でママさんバレーに行ってるっていう「へんなおじさん状態」をなんとか脱出。
3.ADSLと無線LAN導入・・・・・快適だけど、部屋の中で別々に黙々とパソコンをいじっている2人。夫婦の危機かーー?!
4.HP 2/26 10万カウント達成。10/18 15万カウント達成・・・・・毎日カウントを見ては「えへらえへら」・・・・・あれーー、おたくじゃーーん!!
5.卒業後20年ぶりに大学バレー部(山口市チーム)のOB・OG会に夫婦で出席・・・・・女子チーム相手のOB戦で突き指して途中リタイア。帰ってきてから、2人とも肩痛とか腰痛とかでへろへろ・・・・・ええい来年も挑戦じゃー!
6.ねこども6匹とも健康で元気。ただし、3女のまいちゃん歯槽膿漏で歯が3本抜ける・・・・・でも、しっかり缶詰は食べるので、ねこ食費がぐぐっと増加を・・・

■障子張りにネコはいらねえ!!

だいたいからして、ネコのいる家には障子は似合わない!!(きっぱり!)

なのに我が家の1階と2階にはそれぞれ和室があって、丁寧なことに障子の戸がかざり戸を合わせて大小12枚(数え方は枚でいいのかな・・・?)もある。この家の設計者は、この家にネコが6匹も住むことなんか、0.1%も考慮していない。(普通はそうかなぁ?)

まあ、障子紙につめをたてて5本の細長い破れができるくらいなら許してもいいんだが・・・・・
うちのネコどもときたら、障子のサンをハシゴ代わりにして登っていきやがるの・・・!
べりべり べりべりって大胆に! あたかも最初から紙なんか存在してないみたいに。

というわけで、入居以来何度か張り替えてた我が家の障子であったが、すっかり人間の方があきらめてしまい、何年も前からサンだけの障子戸になっていた。

この人間には、なーんにも役に立たないサンだけの障子戸であるが、どうもネコどもにはすごく便利なようで、あいかわらずハシゴ代わりにして登って行って、たんすとか押入れの上とかに登るのに利用して、上でぬくぬくと昼寝している。

まあ、ふだんあまり使わない部屋だしいいかーって思って長いことほったらかしにしていた。
そしたら、先日近所のホームセンターで妻のよろこんだ声が・・・
おお、なっなんと布製の障子紙・・・じゃなかった、障子布(?)があるじゃあないか。
感激してさっそく4枚分買って帰った。
張り替え方も見た目も、紙の障子紙とほとんどかわらない。

というわけで、さっそくこの障子布を張り替えてたのだが、めずらしい行動に興味があるのか、はたまた自分たちのハシゴがつぶされるのが気に入らないのか、ネコどもが張り替えのじゃまをしに来る。
「わしらのハシゴに何すんねん・・・!」って感じで。
障子のサンの間に座り込もうとしたり、障子布の下にもぐりこもうとしたり、張った後のまだ糊が乾いてない障子布の上に乗ったり・・・・・
なんとかなだめたり追い払ったりしながら、どうにか2時間くらいで4枚の戸をセット完了した。
おお、意外と薄くて光が入って明るいじゃん。空気もよく通るそうである。

さーて、この障子布、ネコどもの魔の手(つめ?)に耐えられるか・・・・・??
がんばれー障子布!!  (つづく・・・・・たぶん・・・)

●2002.12.19 今年も帰省するぞー

九州の一番北である門司港の一角に「門司港地ビール工房」という名前のレストランがある。
もともと港の古い倉庫だったみたいでなんとも特徴のなさそうな小さなビルなのであるが、入り口の受付で申し込むと3階のレストランに案内される。
ほんとに港の海のすぐ横なので海峡が一望できる。

夏に行った時には、ちょうど太陽が海峡のむこうの下関側にしずむところで、薄いロール式のカーテンが下がっていたのであるが、窓いっぱい「オレンジ色の光」があふれていた。
やがて日が沈むと店の人がカーテンを上げてくれたのであるが、すこしずつ船や対岸の光が目立っていく海峡を見ながらディナーを楽しむことになる。

正月は人が多いかもしれないけど、なんとか寄りたいスポットである。
かずおの実家から歩いて20分くらいのところである。

●2002.12.15 勝手な添削、独断の評価

2次試験の前に小論文の投稿をいただいたので、(勝手ながら)添削させていただいた。
ちょっとおこがましいとは思ったのだが、できの良さの目安があったほうが親切かもしれないかなあと思って勝手ながら「かずおなりのA〜Eまでの(独断の)評価」を書かせていただいた。

でも正直言ってかずお自身はせいぜいBくらいの論文しか書いていないと思う。
だからAってどれくらいの論文かなあってわかんなかったので、まあ「かずお」が試験の時に提出した論文くらいをBと仮定して(いちおう合格してるんで)、それよりいいなーっていうのをB+とかA-にさせていただいたわけである。
ただAとかA+とかの論文は「どんなのかわからない」という理由で、今回の評価はA-までにさせていただいた。

かずおとしての基準は次の通りである。
A・・・どう見てもかずおよりうまい!
B・・・構成も主張もよくわかり、たぶん合格するだろう。
C・・・構成とか主張とか文の流れとか表現にもうひと工夫欲しい。
   採点官によって合格にするかどうか微妙なレベルかな・・・くらい。
D・・・主張がないか弱すぎるとか、本の知識の羅列とかばかり。
   たぶん合格はむりだろう。
E・・・???

当然であるが、通信講座とか実際の消費生活アドバイザー試験のA〜E評価とは一致していないのでそのつもりでいて欲しい。あくまで「素人のかずお」としての評価である。

ところで、最初に投稿して「いまいち」だった人が、次の投稿ではえらく上達してたりしたのを気づいただろうか。ああいうのを見せていただくと、「論文は要領(テクニック)だ!」と主張している「かずお」としてはうれしくなってしまう。学校とかで国語の成績ってそんなに一日や二日で急激にアップするわけないんだけど、小論文なら「型」さえつかんでしまえば、けっこうすぐにそこそこのものが書けるようになるんじゃあないかと思ってい
る。
だから、これから受けようかどうしようか小論文なんて書いたことないのに私にできるかなあとか、今年の2次がだめだったら1次免除は来年までしかないからどうしよう・・・・・なーんて悩む必要はないのである。

小論文を何本か書いていると、ある時「おおわかったぞ、もしかして小論文はこう書けばいいんじゃあないか!」って気づく時がなかっただろうか。かずおは、1年目の最初の小論文を書いた時にそう感じてしまい・・・実はこれが「勘違い」と言うか「慢心」だったのであるが、次の2年目に10本くらい書いた時に「おお、これだぁ・・・!」って感じたように思う。

というわけで、投稿していただいた方々の結果発表が楽しみなかずおである。
よかったら結果を教えてくださいな。

●2002.11.17 楽しい(?)クレーム処理

金曜日に、鹿児島までクレームの出張にでかけてきた。

大阪から鹿児島までJRで行くと7時間くらいかかるので、しぶしぶ飛行機で行くことになった。(あたりまえ??)
実は、かずおは飛行機が大の「にがて」である。はっきり言って「こわい」のである。
たぶん10年以上乗っていないと思う。
墜落した飛行機に乗っておられた方の手帳に「もう飛行機には乗りたくない。残念である。今までしあわせな人生だった。家族仲良くくらして欲しい。」っていうように書かれてあったと報道されているのを聞いてから今まで乗った覚えがない。
だいいち、あんな金属のかたまりが宙に浮くというのも技術者として(?)許せない気もする。
というわけで、ことごとく飛行機を避けてきたわけである。

さて、もうひとつ気が重いのがクレームで行くということである。
だいたいいつもクレームで出かける時は、当然けっこう緊張していくものである。
でもまあ今回はなんとなくだけど、九州の人だからそんなに「キツイ」ことは言われないかなあって思いながら行ったわけである。

さて、がまんして乗った往きの飛行機を降りて、迎えにきてくれていた某所長さんは、まずすばらしい笑顔で迎えてくれた。「遠くからありがとう」って。おこっているかとビクビクしていっていたので、ほーっと一息つくことができた。きびしい人だと車の中の雰囲気が重くなるものであるが、車の中でもすごく楽しくすごすことができた。
さて、いよいよお客様である。緊張感を仕切りなおして「いざ」っと訪問すると・・・・・こちらも丸顔のやさしい顔のおかあさんであった。この方も「わざわざすみません」って言っていただけた。いえいえ迷惑をおかけしてるのはこちらなのに・・・って思いながら、とにかくいろいろ点検させていただいた。

さいわいであるが、いままでの点検では再現せず原因がわからなかったというクレーム現象が、その場で再現したのですぐに対応することができ、あっという間に終了してしまった。

帰りの飛行機が遅い時刻のがとれず、早い時刻のだけ予約していたので出発時刻までの時間がすごく厳しくて、もし飛行機に間に合わなかったらどうしようかーって思っていたのであるが余裕で間に合ってしまった。

さて、帰りの飛行機に乗ると、その機長がまたすごく楽しい人であった。

機内放送で、
「今日はちょっとゆれますが、飛行は「かんっ・・・ぺき(力が入ってた)」に行われています。天気が悪く天使の雫のように機体をぬらしていますが、 霧島の紅葉が皆様を見送りしてくださり、雲の上ではまぶしい太陽の光がみなさまを包んでくれるでしょう。
・・・・・
まもなく飛行機は下降を始めますが、優秀なスタッフの機体チェックと「かんっ・・・ぺきな操縦」により予定よりも3分ほど早く到着の予定です。
・・・・・
着陸前はさらにゆれますが、安全には「まっ・・・ったく」影響はありませんのでご安心ください。」
って感じで、3回くらい飛行中に放送していたが、しゃべり方が「芸人さん」っぽくって楽しくて、乗客は大笑いしていた。いやあ、こわいのも忘れてしまった。ありがとう11/15のANA548の機長さん。

というわけで、なんか久々にほーっとして楽しくいい一日であった。いやあ、よかったよかった。 

                           ・・・ちゃんちゃん。

●2002.11.8 大阪での勉強会

先日の9月14日に、この場で「大阪で消費生活アドバイザーの有資格者の自主的な勉強会をしませんかー」って募集を致しました。かずおの会社の消費生活アドバイザーのメンバーでがんばって立ち上げようと話し合っていました。
その結果、応募していただいたのが、このHPで1名、「あすか倶楽部のHP」で1名の合計2名の方だけでした。本日かずおの会社の消費生活アドバイザーの有志勉強会の場で協議しました結果「大阪での発足を断念」しました。

「ゆうゆさん」、どうもせっかく応募していただきましたのに申し訳ありませんでした。
というわけで、今まで通りかずおの会社の有志だけでの勉強会を来年も続けていくことになりました。

残念だよーーー

でも世間でも、ひところはやった「異業種間交流会」というのは年々廃れていってるとのことである。
なぜなんだろう?? 自分の世界が広がるいいチャンスだと思うんだけど・・・
時代に合わないのかねえ??

●2002.11.3(その2)  スキルとは・・・

1次試験に落ちたら、いままで書いた小論文をシュレッダーにかけるなんて書き込みがあった。
もったいない! ちゃんとっとこう。

どうも、某協会の試験が1次を合格してから2次を受けてもいいというふうになっているために、1次試験は2次試験の前段階というような、「へんな誤解」が生まれているように感じる。
選択問題と論文問題と面接問題とは本来ぜんぜんちがう「スキル」を見るもののはずである。ところが某協会が1次試験合格者にだけ2次試験を受けてもいいといっているために1次は「基礎」で、2次は「応用」みたいな位置づけになってしまっている。
「広範な知識」と「論文作成能力」と「面接能力」とは本来まったくちがう「スキル」であり、同等に別々に扱うべき課題とかずおは考える。
だから、1次とか2次とかの区別をする某協会の態度がそもそも「おかしい」という考え方もあるはずである。

かずおとしては、選択問題と小論文問題と面接問題とは「同等」にして、いずれもとりあえず受けさせて「科目合格」とするべきと考えている。
だって、そもそもそれぞれの試験は、人間のちがう能力(スキル)を判断するものなんだから!

その点、さいわいどこの国の高校や大学も、あくまでひとつずつの「スキル」を「単位」として認めてくれているので、べつべつのスキルに対して単位を与えてくれる。数1ができなくても数2の単位はくれるし、国語が悪くても漢文や古文の単位はちゃんとくれるものである。もちろん鉄棒がぜんぜんできなくても走るのがめっぽう速い人とかも多い。要は「スキル」がちがうのである。
税理士試験とか電気主任技術士とかも科目合格を認めている。

たしかに資格試験には、1次試験を合格しないと2次試験に進めないものは多い。
それは場所とか人員配置とかの都合上そうなっているのかもしれない。
でも、それは主催者側の都合なのであって、1次に落ちたからと言って論文や面接に強い人もいるはずである。
だから、1次にたまたまうまくいかなかったからといってなげくことはないと考える。

こんな考え方どうだろうか・・・・・??

●2002.11.3 さっさむい・・・

しかし、朝が寒くなってきた。九州生まれのかずおはどちらかというと寒さは苦手である。
新婚旅行で札幌を歩いた時に、5月の始めだったんだけど、みなさん薄着なのに私らだけ2人スキー用の上を着てて震えてたんだけど、とある食べ物やさんのにいちゃんと話してたら「えらい寒そうなかっこしとるなあ」って笑われた覚えがある。

だいたい会社に行く時はスーツで行くんだけど、大阪の連中はやせがまんする人が多いのか、なんかなかなかコートを着てくれないので困っている。ちょっと寒くてもみんなコートを着ていないので、一人だけコートを着ているとなんとなく浮いてしまう。まあ、かずおは長距離通勤で朝が早いので特に寒いんだけど、大阪に着いた頃には当然もう日も昇っているし、近くから通う人にはコートなんてじゃまなだけなのかもしれない。
徹底的に寒くなるとみんなコートを着てくれるので違和感がないのであるが、そうすると朝が早いかずおはさらに寒くなるし・・・・・

思うんだけど、男の衣類ってなんか発達してないよねえ。あまりにもパターンが少なすぎる。女性はいろんなパターンの服があって、気候や状況に合わせていろいろ選べるからいいなーって思うのはかずおだけだろうか??
だって、服の売り場面積で見ても、男性用の売り場って女性用の売り場のたぶん5分の1以下くらいじゃあないかなあ。しかも、エスカレータとかエレベータを降りた付近は女性用ばかりで、男性用はずーっと奥の方の目立たないところに売り場がある(某姫路店の場合)。
いや、売り場のことなんかどうでもいい。要はあまりにも種類も色も少なすぎて、未発達だと思う。
どっかのメーカかデザイナーがスーツに代わるいい服を開発してくれないかなあ?

さて、今日は地域の運動会がある。ちょっと時期が寒すぎるように思うのだけど、小学校の130年記念とかで臨時にやるのでまあ仕方がない。たぶん裏方の仕事ばかりになるだろうから、寒くないように力一杯あったかくしていこーっと・・・

●2002.11.2 光の中でブラックコーヒーを

■ありゃりゃりゃりゃ・・・・・・
下の2002.10.27の日記は、自分で書き始めて途中で「ボツ」にしたものだったんだけど、コンピュータに残ってたみたいで、妻がHPの更新をした時にいっしょに更新されてしまったらしい。
へんなことを考えてるのが、ばれてしまった。
でも、消費生活アドバイザーの資格の更新が「やだなー」というのはずっと感じているのは確かである。

1.まず、いかにも行政にあやつられてるようでくやしい。
2.めんどくさい。金と時間が必要。
3.黙ってたら資格が失効したことなんて誰にもわからない。

今資格をもったままでもいいかなって理由は、自主勉強会に参加していて楽しいってことと、まあやっぱりこんなHPやってるからには「箔」ってものがいるかなーってことくらいかなぁ?

すいません、不真面目で・・・・・

■最近、休みの日はけっこう早く目がさめる。今日はちょっと遅めで7時だったけど、どうかすると4時とか5時とかに目がさめてしまう。そうすると、妻が起きてくる*時(書いたらしかられる・・・)まですっごく自分の時間がとれる。といってもたいしたことはしてなくて、HPを見たり書いたり、新聞とかをながめてるだけだけど。

気持ちがいいのは、このコンピュータの置いてる2階の机は東の窓に面しているので、夜明けと季節を実感できること。ここでの朝日は当然この窓の向こうからやってくる。夏の頃には北よりの東の山のところから上がってくるのであるが、今はだいぶ南よりの東のおとなりの家の屋根の所から上がってくる。屋根から上がってくる頃にはずいぶん日の出から時間が経ってしまってるんで、つよーい光が真正面から目に飛び込んでくる。
その光いっぱいのなかで、ブラックコーヒーでもすすりながら、キーボードをカタカタとたたいている。
おお、気分は作家だぁ・・・

天気がよくなってよかった・・・、今日は昼から地域の運動会の準備だぜい!

●2002.10.27

会社の消費生活アドバイザーの先輩からメールが届いた。
いわく、「転勤になって、消費者関連の仕事とは無縁になった。資格の更新しなくっちゃあいけないけど、お金がかかる。なんか当局の言いなりになってるようである。更新をやめようか考えている。」という内容だった。
おおっ、かずおと同じことを考えている人がいた。

●2002.10.21 消費者問題の研究その1

■消費者問題の研究その1

さあて、過去の問題を調べて行こう。共通点を探すとどうなるかなっと・・・・・
なんか、同じような問題がけっこう多くないかな?

22回 容器・包装を3R(リデュース、リユース、リサイクル)する社会を形成推進する場合の消費者、事業者、行政のそれぞれの役割について述べなさい。

21回 企業と消費者の良きパートナーシップを築いていく上で、企業の消費者対応はいかにあるべきかを最近の消費者問題を事例に、あなたの考えを述べなさい。

20回 企業における消費者教育のねらい(目的)には「市場拡大戦略としての消費者教育」が指摘される。消費者教育への取組みによってもたらされる企業利益とは何かを論じなさい。

19回 「グリーンコンシューマニズム」について説明し、あわせてグリーンコンシューマーの行動原則について述べなさい。

18回 高齢社会における消費者教育のあり方について述べなさい。

17回 消費者問題の新しい動きを整理して指摘し、それらの対応についてあなたの考えを述べなさい。

16回 製造者責任社会における消費者教育のあり方について、消費者、企業、行政のそれぞれの立場から論じなさい。

15回 「グリーンコンシューマリズム」とは・・・・・

14回 学校教育における消費者教育への企業のかかわり方・・・・・

13回 環境問題への企業の対応・・・・・

12回 90年代は「商品・サービスの質」と並んで「企業の質」が問われる時代だといわれている。いま企業に問われる新しい質的価値を「企業市民」の視点から述べなさい。

11回 これからの消費者運動の課題と展望について述べなさい。

10回 企業の消費者対応の動機としていくつかの要因が考えられる。それらを指摘し、説明しなさい。

9回 企業の消費者対応と消費者への情報提供の在り方について述べなさい。

8回 消費者教育の必要性を国民的生活レベルの課題とすることは極めて重要なことであるが、そのためにどのような方策が考えられるか、具体例を挙げて論じなさい。

(7回以前は、問題用紙の中に科目が書いていなかったようであるので、問題番号1のものを書く)

7回 自立する消費者になるための条件を述べなさい。

6回 高齢化社会における高齢消費者の啓蒙推進の方法について述べなさい。

5回 企業、行政の提供する消費者情報について、あなたの活用方法を述べなさい。

4回 割賦販売、訪問販売などの契約に関して、近年、消費者トラブルが増大している。このような状況に対して行政はどのように対応すべきか、具体的な例を挙げて論じなさい。

3回 消費者啓発を進めるためには、行政としていかなる手段を講ずればよいか、例を挙げて論じなさい。

2回 近時、「行政からの消費者の自立」ということがよく言われるが、これと消費者保護施策の強化との関係について、具体例をあげて論じなさい。

誰か、1回の問題文と、13回と14回と15回の正確な問題文しらないかなあ??

●2002.10.7 終ったばっかで、できっきゃなーい・・・

●1次試験お疲れさま・・・・である。いい緊張感を楽しめただろうか。
ダメだったよーって方からは叱られそうな言い方かな?
でも、もう終ったことだから、しかたないじゃん。

たぶんすぐ2次試験の勉強を始めなくっちゃあいけないんだろうけど、
はあ、すぐには無理無理・・・・たぶん・・・(これも叱られそう・・・・)
かずおは1次を受けた後は、ほとんどぼっけーって過ごしていた。
そう、「終ったばっかで、できっきゃなーい・・・」って気分だった。
幸い合格通知が来たのと会社の2次研修会の案内が届いたので「我にかえった」けど。

しかしまあ、たぶんだけど今年も消費アド1次の解答用紙は、マークシートじゃあなかったんだろうね。
 (相談員試験は、マークシートになったという書き込みあり)
いまどき解答欄に手書きで数字を書かせるなんて古いねえ。
マークシートだったら1日で合否が出るだろうにねえ。
この試験は、1次と2次の間が2か月弱なのに1次の結果が1か月近くもかかるんだからひどいよねえ。
合否がわからないままじゃあなかなか「やる気」を出すのはたいへんだよ、ほんと。

多くの経験者が、合格通知後にあわてて2次の準備に本気でとりかっかたことと思うし、それだからこそ「すぐに始めた方がいいよー」ってアドバイスしてるけど、実際その通りと思う。

●さて、ここで「かずお」の提案である。(消費アドでマークシートを使ってないという前提で)
みんなで日本産業協会に次の要望メールを送ろう!
「1次試験の発表をもう少し早くしてください。そのために必要ならマークシート式を導入してください。」
たくさんの人が要望したらもしかしたら動いてくれるかもしれないよ。
「もういいよ、1次終ったしー」とか「わたしゃあ、もう合格してるからいいや。」なーんて思わないでさあ。
メールアドレスを知られたくないなら、Yahooとかで無料メールのアドレスをもらってから送ればいいんだからさあ。

 日本産業協会へのメール  mailagain@nissankyo.jp

●2002.9.29 誕生日である

わたくしごとではあるが、今日は誕生日である。
世間で言うところの「中年」にどっぷり漬かるくらいの歳である。
でも、どうも「かずお」と「妻」はけっこう若く見えるみたいで、歳を言うとけっこうおどろかれることが多い。
まあ、子供がいないせいでいつまでたっても「ガキ」なのであろう。

ちなみに妻と決めたことであるが、我が家では歳は考えないことにしようとしている。
自分の歳を数えて一喜一憂するからいけないのであって、最初から歳のことなんか無視しちゃえってなノリである。まあ、大学1年で知り合ったんだから、そのまま気分だけは大学生のままのつもりで人生わたっちゃうのもいいかもしれない。

考えてみたら自分の歳って自分ではあんまり使うことがないんだよね。役所に何か申請する時とか、銀行とかカード会社に何か申し込む時とか、自分の会社で健康診断のメニューが増える時とか、はたまた会社を定年になる時とか、年金をもらう時とか・・・・・
ようするに自分の歳ってのは世間の方が便宜上使うものなんだよね。じゃあその便宜上使われる時だけ思い出したらいいだけであって、ふだんは忘れちゃえばいいじゃん。

というわけで、今日は歳なんぞ忘れて、のほほん のほほーーんーーー

●2002.9.28 無線LANがつながったぞ

我が家でずーっと懸念事項であった無線LANがやっと開通した。
だーいぶ前(去年?)に無線LAN可能なノートパソコンを2台目として買って、それから今年の夏のはじめくらいに無線LANのルータ付きアクセスポイントと無線LANカードなるものを買ったのであるが、買った時にぜんぜんつながらなくって、ずーっとそのままにしていたものである。

まず、9月のはじめに無線LANのアクセスポイントのメーカに電話してみた。「つながらないんですーー」って言ったら、まず1台目のパソコンについて説明の若い女性が「テキパキと」設定方法を指示してくれた。あれー、不思議つながってしまった。「どこか私の設定がまちがってたんですかー?」って聞いたけど、「わかりません」ってこと。ほとんど設定はできていたし説明用CDの言う通りにしてたのにどうしてもできなかったのに。でもまあいいかーつながったんだしーって思った。

で、2台目のノートパソコンの方も言われるままにいろいろ設定をしていったんだけど、どうしてもうまくつながらない。無線LAN内蔵パソコンということもあって、「やれるだけの設定はやりましたので、あとはパソコンメーカに聞いてみてください」とのこと。

そこで、ノートパソコンのメーカに電話して、説明の男性に状況を話すとやっぱりいろいろ設定を指示してきたのであるが、いろいろやってもどうしてもうまくいかない。最後にその男性は「一度出荷時の状態に戻してみてくれませんか?」と言う。つまり、パソコンを一度全部消してしまってすべてのソフトウェアを入れなおせと言う。げげーーそんなことしなくっちゃあいけないのかーーって思ったけどしかたがない。何時間もかけてすべてのソフトウェアを入力しなおしてみた。・・・結果、ぜーんぜん変わらない!!やっぱりちっともつながらない。

というわけで今週またもやそのノートパソコンのメーカに電話してみた。今度は女性が出てきた。機種名を言うと、「その無線LANのアクセスポイントの無線のチャンネルはデフォルト(買ったときの設定)で12からを使っていますが、そのパソコンでは1〜12チャンネルを使っています。アクセスポイントのチャンネルを変えてくれませんか。変え方はアクセスポイントのメーカに聞いてください」とのこと。

さてさてそろそろ大詰めかと期待しつつ、アクセスポイントのメーカに電話してみた。出てきた女性に訳を話すと、よくあることらしくいとも簡単にそのチャンネルの変更方法を教えてくれた。

ぎゃあーー、つっついに2台のパソコンが無線LANにつながってしまった。
どちらからも同時にインターネットにつなぐことができる。

2つの会社に電話したわけであるが、よく教育されているみたいで最初に丁寧な挨拶をして自分の名前を名のる。症状に対しての指示はまさに「テキパキ」と言う感じである。マニュアルを読んでいるという感じではなく、まさに電話の向こうでも同じ操作をやりながら話してくれている感じである。よっぽど同じような質問が多いのかそれとも本当に操作しながら話しているのか・・・・・
ただ惜しいのは、メーカでチャンネルが違っているということを最初の電話では教えてくれなかったことである。知らなかったのか、それともその時思い出せなかったのか。また、改めて両方のメーカの説明書を見たが載っていない(もしくは見つけられない)。
しかし、電話対応の方もたいへんだろうね。自分の会社の製品についてあらゆる技術的な質問に対して「テキパキ」と答えなくっちゃあいけないのは当然として、パソコンのwindowsとかのOSのことも知ってなくっちゃあいけないし、そのOSにしてもwindows95や98やMeや2000やXPとかいろいろバージョンがあるし、マッキントッシュとかのOSもあるだろうし、とにかく猛烈な勉強が必要だろうね。パソコンについてもLAN内蔵型が増えてくると自社の製品とのチャンネル違いみたいな「相性」なんかも知ってなくっちゃあいけないし。
ううむ、尊敬である。こうゆう「お客様対応の方」が今のパソコンやインターネットの普及を支えているんだねえ。
お客さまによってはけっこう「つらい言い方」をする人も多いと思うけど、がんばって欲しいと思う。

さて、無線LANであるが思った以上に「快適」である。ノートパソコンは電池をフル充電すると3時間くらい使えるのであるが、その間は本当になーんにもコードを引きずり回すことなく「自由に」どこへでも持っていける。もちろん家の中および周辺だけだろうけど、この自由さはなんとも言いようがない快感。
今年の冬は「こたつモバイル」でがんばってHPの更新をがんばろうかな・・・・・

●2002.9.14 大阪で勉強会やるひとーー!

●大阪で自主的な勉強会をしませんか?

東京であすか倶楽部の発足の頃から参加している人から、「関西でも同様の活動を始めませんか」と誘われています。かずおの会社の人です。

その人いわく・・・・・
あすか倶楽部は、1999年に発足したそうです。消費生活アドバイザーという難関(?)を突破したにもかかわらず、その後なにも活動する機会がないのはもったいない・・・そういう人達が自主的な活動をやろうということで始めた・・・とのことです。あすか倶楽部には会員名簿というものがなく、開催日程と場所とテーマをその都度案内して、行きたい人だけが参加するという運用をしているそうです。
毎月1回「懇談会」という名前で集まっているそうで、ある会社の池袋にある会議室を借りているそうです。テーマによってメンバーの誰かが講師をしたり、他から講師を招いて話をしてもらったりしているそうです。
年会費とかの概念はなく、毎回の懇談会の場で参加費として1000円を集めて講師への謝礼などに使っているそうです。

昨日、かずおの会社の消費生活アドバイザー自主研修会があり、その場でこの大阪での活動をやってみないかということをみんなで話し合い、とにかく実現に向けて進めてみようってことになりました。

さて、募集です。
参加してみたいよーって人いましたら、希望の声・意見等を談話室(掲示板)にお願いします。
以下すべて【案】です。もちろん、まだ実現できるかどうかわかりません。

1.目的 情報交換、相互啓発
2.開催頻度 2か月に1回程度
3.開催日 第1案 土曜日の午後、第2案 平日の17時以降
4.内容 1研修 2交流(情報交換・雑談?) 3懇談(ちょっと一杯?)
5.費用 参加費1回1000円くらい、その場で集める。
6.会員 会員登録とか年会費とかは無し。ホームページとかで日程とテーマを案内して行きたい時だけ出席すればいいという柔軟な運用。消費生活アドバイザー資格者なら誰でも参加可。。
7.場所 大阪市内。できれば環状線の内側くらいの便利なところ。これから探すのですが、無料もしくは安価なところを知っていたら教えてください。


●サングラスを買ったぞ

ソフトボールをする時にまぶしくってボールが見にくかったので、サングラスを買うことにした。
とあるデパートのめがね売り場に行っていろんなやつを鏡の前で妻とぎゃーぎゃーやってたら、だいぶ経ってから店の人が声をかけてきた。おお、早すぎず遅すぎずいいタイミング。名札を見ると店長とかいてある。さすが。
で、「何に使いますかー?」という。かずおは用途を決めていたからいいけど、なんとなく買いにきた人には答えにくい質問かもしれない。例えばパソコンを初心者の人が買いに行った時にこの質問をされるとすごく困ると言う話を聞いたことがある。
「私はこれこれに使うために、こんなのを探している」って明確に答えられることって少ないんじゃあないかなあ。
サングラスだって、ファッションのためとか、かっこつけるためとか、素顔をさらしたくないため?とか、怖い顔に見せる?ためとか、けっこうあいまいな理由が多いんじゃあないかなあ。もちろん今店の前でちょっと目に付いたからかけてみただけって人も多いだろうし。

で、ソフトボールの時に使いたいと言うと、けっこう色の濃いめで、形が今「はやり」のレンズの小さなものを勧めてくる。この今風のレンズの小さなメガネは人によってはけっこう怖い顔になるのを実感していたので「やだな」って思ったんだけど一応勧められるままにかけてみた。
おおー、み 見にくい! レンズが小さいから視野の真ん中が暗くて、視野の上と下のレンズを外れたところが明るく見える。そう、小さいレンズのメガネって視野の全部をカバーしてないじゃん。
これだったら、斜め上からの太陽の光とか、地面からの照り返しが(たぶん・・・)目に入ってくるじゃん。

そう思いつつ、いろいろ見てたんだけど、やっぱり今は小さいレンズのものが主流みたいで、昔ながらの大きいレンズのものは少数派である。
店長も、こっちの方が似合いますよーーとか言って、小さなものばかり勧めてくる。

さて、かずおの決断は・・・・・やはり目を守るという本来の機能を考えて店に並んでた中でレンズがいちばん大きいくらいのものを選んだ。さすがに視野を全部カバーしてくれるので視野の上下が明るいという違和感はない。店長は「ちょっと大きすぎるんじゃあないですかーー」とかまだ言ってるけど、ええいうるさいやいとばかり決めてしまった。いいじゃんかっこ悪くても、今時、はやってないタイプでも。
で帰ってから、20年くらい前にスキーのために買ったやつ(もう傷だらけで変形してる)と比べてみた。同じくらいの大きさじゃん。

時の流れを感じてしまった。当時の普通の大きさが今じゃあ一番大きい部類なんだよねー。
ということで、これに限らず、「はやり」とかに惑わされずに、本来の機能を考えて消費生活を送りたいと思ったかずおである。

さて、そのサングラスであるが、グランドで使ってみると思った以上に快適である。まぶしさがなくってボールとか人がよく見える。(だからと言って上手になったとは言わないが・・・・・)
車の運転でもかなり見やすくなった。日本の真夏の昼時の運転では、だんぜんサングラスをかけた方がいいと思う。年々強くなる紫外線は、目にあまり良くなくって(たしか・・・)白内障や日焼けの原因にもなるって言うし、どう??

●2002.9.1(月) やっぱりタイプBやねえ?

■NACS(社団法人 日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会)の方からメールをいただいた。

いわく、「アドバイザー制度普及事業の仕事をボランティアでしているが、
10月にアドバイザーに興味を持っている人達を対象とした講演とパネルディスカッションの開催を予定している。参加費は無料。このHPに書きこみしてよいか。」と言う内容である

たぶん以前にNACSの講習会案内(有料)が掲示板に載った時にかずおが「不快感」を示したために、あらかじめ問合せをしてきたものと思う。今回は、すぐに「OK」のメールを打った。

というのは、かずおは掲示板の内容については、特にルールらしきものをどこにも書いていないのでもともと使用は自由のはずである。また本来インターネットは、一般に開かれたものであるので「かずおが何かを禁止する」っていうのも、かなりおこがましい行為なのかもしれない。

ただ、かずおとしては「掲示板を使った商行為」は、やめていただこうと考えている。
ただ以前はやだなって思った「有料の講習会案内」も、それで消費生活アドバイザーが増えるならいいかな・・・とも考えつつある。

というわけで、とりあえずなんでも書いてもらって、その書き込みが「やだな」って思ったら、さりげなく消去するってことにさせていただくつもりである。

■ちょっとだけ新入社員の研修のお付き合いをした。私のいる技術に今年配属になる3人である。
で、就業後に「軽くいっぱい」ということでお好み焼きやさんに行って来た。

大阪でお好み焼きというと、いろんな材料と粉と水とを容器の中で混ぜてから、そのどろどろ状態の混合物を鉄板上に落として円形に整えて焼くようなタイプである。もちろん、実際はもっと複雑かもしれないけど簡単にモデル化して書くとこんな感じと思う。仮にこれをタイプAと呼ぼう。

ところが、かずおがこのタイプAのお好み焼きに出会ったのは就職して大阪に出てきた24歳の時が初めてである。九州の門司にいた頃は、まったくちがうタイプであった。
まず、材料はそれぞれ別々にほどよい大きさに切って用意しておく。小麦粉をややゆるめに水に溶いておく。そしてまず鉄板上に小麦粉水溶液(?)を落としてうすーく円形にひろげる。
で、この上に各種材料を乗せていく。けっこう山盛りに乗せるのが普通である。そして、その上に小麦粉水溶液をすこしかけて、しばし焼けるのを待つ。
で、ひっくり返すのであるが、これがなかなかたいへん。鉄のヘラ(なんて言うんだろう?)で一気にひっくり返すんだけど、へたやると材料がどばーって飛び散ってしまう。
なんとかひっくり返したならば金属のヘラで上から体重をかけてぎゅーぎゅー押しまくる。この時ジューという音が心地いい。そしてしばし焼いた後またひっくり返してソース・かつおぶしの細かいの(なんて言うんだろう?)・青ノリをかけて終わりである。仮にこれをタイプBと呼ぼう。

高校のクラブの帰りによく寄ったお店のおばちゃんがこのタイプBを目の前で焼いてくれて、焼いていく過程が目に楽しいものだった。で、見てる間にますますおなかがすいていくものだった。
かずおは高校まで歩いて12〜13分の所に家があるのであるが、クラブでめちゃくちゃ腹をすかせて、みんなでこのお好み焼きを食べて帰って、また家ですぐ普通にご飯を食べるのが常であった。
さて、このタイプBのお好み焼きは、大阪では「広島風」とか呼ぶそうである。でも、それはちょっとへんな名前やなあと思うかずおである。九州(の門司)にいた頃は、お好み焼きといえばタイプBのものしかなかった。当然「広島風」なーんて言葉もなかった。
まあ、もちろん広島が発祥の地だったらそれでもいいんだけど・・・・・

大阪にくるといろんなタイプAのお好み焼きのメニューの中に、ぽつねんと「広島風」とだけはしっこの方にタイプBのものが書かれている。たいがい一種類しかなくて、材料別のメニューの展開なんかはない。あれじゃあ、タイプBって一種類だけしかないと思われちゃうだろうね。なんかさびしいものである。

量ったことはないけど、たぶんタイプAよりもタイプBの方が小麦粉の使用量は少ないんじゃあないだろうか。もしそうだったらタイプBの方がヘルシーと言えないだろうか?また、けっこうタイプBは焼いていく過程が楽しいものである。家で作ると一家団欒にいいんじゃあないだろうか。
なーんてタイプBで若い頃を過ごしたかずおとしては、タイプBをなつかしむ今日この頃である。

さて、先ほどの新入社員なんだけど、みーんな話題が豊富でお好み焼きをぱくつきながら楽しく盛り上がってくれる。口下手なかずおは、「若い人と話が合うかなあ?何を話していいのかわからないよー」なーんて心配していた。はっきり言って、お好み焼きやさんに行くまでけっこう緊張していた。
最近の学生はいろんな活動とか旅行とかしてるだろうから、いろんなことを知ってるみたいで話を聞いていてけっこう楽しいものである。

というわけで、時々若い人と(タイプBの)お好み焼きでも焼きながら、いろいろ学生の時の話とかを聞かせてもらうってのを生活の中に入れていきたいものだなーと考えるかずおである。

●2002.8.19(月) 社会復帰したいかずおである

■4日間ほど「闘病生活」をしていた。
ある朝起きたら、なんだかやけに身体がだるい。
休みで身体がなまってるせいかなーって思ったんだけど、それにしてもだるい。
そうこうしてるうちにめちゃひどい下痢が始まって、身体がさらにだるい。
熱を測ると38度を超えている。おお、これで気づいた。食あたりかも・・・・・

発熱というのは、身体が自己防衛のために免疫力を高めるために自ら行うもの。
すぐに解熱剤で熱だけ下げるというアホなことはしてはいけない・・・
・・・なーんて考えて、医者にも行かず薬も飲まずにその日はがんばろうとしていた。
なんどもなんどもトイレに行き、だるい身体を横にして・・・・
そしたら、夕方からは頭もぐわんぐわん痛くなってきた。

夜の11時頃、頭痛に耐えられなくなって妻に薬を探してもらうと、
なんとかみつけたのが、とある頭痛薬の試供品。
賞味期限じゃあなくて使用期限は1999年4月。ふっふるいーー!!
でも、つらい頭痛に耐え切れず、妻の根拠のない「だーいじょうぶよー!」の声をたより(?)に
そのふるーい薬をむさぼり飲んで(?)しまった。
おお、すばらしい。20分後には、はっきりと頭痛がかるーくなったのが実感できた。
うう、古い薬でおなかをこわさないでよかった(?)。

次の日の昼頃まで自己の自然治癒力に身をまかせて・・・つまり、やせがまんをしてたけど、
とうとうがまんできなくて病院へ妻に連れて行ってもらった。
そしたら、診断後点滴をするという。
よく病院で点滴をしてるのを見てたけど、自分でしてもらうのはたぶん初めて・・・

点滴室とかいう部屋があって、入ると簡易ベッドが8つ並んでいて、
何人かが横になって点滴を受けている。
壁の片側に時計がかかってる以外はなーんにもない部屋で、
天井からは点滴の袋をひっかけるフックと看護婦を呼ぶボタンスイッチが
各ベッドの上にぶら下がっているだけ。
そこで、ただただ患者達が仲良く(?)横になって点滴を受けている。
もちろん会話なんてないし音楽とかテレビとか雑誌とか新聞とかもなし。
点滴が終わった人は出て行き、これから受ける人が入ってきて、
その間、看護婦さんが出入りするだけ・・・・・
うーー陰気くさーー。病気になるよー(病気だけど・・・)
いやあ、とにかく長い1時間少々だった。

次の日も同じように点滴を受けたけどあまり症状には変化なし。
昨日になってなんとか熱だけは下がってきたけど、やっぱり身体がだるくて横になってばかりだった。
そして今日、なんとか起きてもしんどくない程度にまで回復した。

さあ、明日かずおは会社へ行けるだろうか・・・・・?

●2002.8.10(土) 高校野球を見ながら思い出したこと・・・

甲子園の高校野球は、テレビでひとつの試合を見始めるとその結果が気になってついついその試合の最後まで見てしまうねえ。
高校野球は、「青春の代名詞」みたいになってるけど、高校の時ってたしかそんなことは考えてなかったように思う。
というのは、そんな学校が多いと思うんだけど、野球部の予算って他のクラブよりもずっと多いんだよね。
かずおの行った高校は別にどのクラブもぜんぜん強くなくって(・・・たしか)、スポーツ的にはごく普通の(弱小の)高校だったんだけど、それでも野球部は少ない総予算のうちのかなりをもらっていたねえ。
高校の時に他のクラブにいた人間にとっては、「なんで野球ばっかりが・・・」って気持ちで高校時代を過ごして、で卒業してずっと経ったら地元(出身県)の高校野球部ががんばってるのを見てついつい応援してしまう、ってのが一般像じゃあないだろうか??

かずおは、今でこそ「体育委員だあ」なんて言っていばってるけど、小学校の時までは運動オンチな生徒であった。走っても遅い、鉄棒もだめだし、ボールの扱いもぜんぜんできなかった。そりゃあ何にもしてなかったんだからしょうがないよね。おやじは若い頃にバレーをやってたらしいんだけど、そんなことを知ったのは、最近であって、子供に対してスポーツを勧めたことはなかった。今だったら、地域とかで、子供の野球チームとか水泳教室とか空手教室とかサッカークラブとかいろいろあるんだけど、当時(昭和30年代)は小学校の野球部くらいしかなかったように思う。それに入らなかったら、次は中学校で何か自分で選んでクラブに入るしかなかった。でも、今のようにそんなに積極的に学校とかが勧めるわけじゃあないから、クラブ活動する生徒もいれば、なーんにもしない生徒もけっこういるって感じだった。

当時なーんにも運動をしてなくって、運動オンチな「かずお」にとって、運動クラブってのは「敷居が高いもの」だった。で、ぼーっとしてる時、音楽の先生から「ブラスバンド」を勧められ、そのまま入ったわけである。これはけっこう面白くて、まあ少しは音楽心を養うことができたと思う。
でも、なんとなくだが体を動かしたいなーって気持ちが出てきて、だーいぶ後から「とある運動クラブ」に入れてもらったわけである。ほとんどそれまで運動らしいものをしていなかった「かずお」としてはうれしくてうれしくて、へたなりに毎日通ったものである。ただし、ブラスバンドの連中からは「うらぎり者ー」って言われたけど・・・

だから高校に入った時も運動がしたくってその「とある運動クラブ」に入ったわけである。
かずおの行った高校は、前述の通りスポーツ的にはまったくの無名校で、一応進学校だったので運動クラブに入っていたのはごく一部の生徒だけだったように思う。
ここでも、「かずお」はちっとも上手にならなかったんだけど、幸い1年の時のキャプテンが体を鍛えることが趣味みたいな人だったので、けっこう筋肉を付けさせてもらった。さて、この高校では、受験勉強のためという理由で、運動クラブの「現役」というのは「2年生の夏休みまで」という不文律があった。まあ、別に自分さえよければ続けてもいいんだけど、2年生の後半になっても運動クラブに通ってると先生から「ちくりちくりと」いやみを言われるようになる。かずおが演劇部に出会ったのはそんな頃だった。つまりそろそろ引退だぞーって頃に同じ体育館の中で演劇部が練習をやっていたんだけど、女子生徒ばかりで裏方が不足していたのに、我がクラブの悪友3人が「スカウト」されたんだよね。まだ受験勉強の緊張感も出てこず、もう引退かーつまんねーなーって思ってたところへのお誘いだったから3人でホイホイとのってしまったねえ。

当然この演劇部も無名なんだけど、年に2回くらいは劇を披露していた。
我が悪友3人の裏方の仕事は、準備として、効果音の選定と録音、大道具小道具の設計製作、照明の計画とか設置、それから当日の道具類の施工と照明・音声係、それから時々通行人Aとかをやるわけである。

まあ、そんな風に遊んでばかりで1年2年の成績は下位の2〜3割の所にいたんだけど、運良く悪友の一人がけっこう成績のいいやつだったので、2年の終わり頃から「要領」とやらを教えてもらい、3年で少しはがんばって、なんとか志望大学に現役でひっかかることができたわけである。

甲子園に出てくるような高校球児みたいに「絵に描いたようなばりばりの青春」じゃあないけど、けっこうきままに楽しい時だったかなあと思う。

さて、明日は帰省して、その高校の同期会である。
たしか2年前にも同期会をやってるのでけっこう頻繁にやってるほうである。
たぶん、酒でも飲みながら上に書いたようなことを「くどくどと」しゃべってるだろうね。
前回はかーなり飲んじゃったから、今回は飲みすぎないようにしよーっと。

●2002.8.5(月) 山のこと

夏といえば、かずおの場合「山」であった。
夏が近づくと「今年はどこに行こうかいなあ・・・」っていつも思っていた。
最近はちっとも行かなくなっている。
最後に行った、山らしい山といえば南アルプスの「北岳」である。
といっても頂上には到達できず、頂上直下まで行っただけである。(来ただけ日記参照)

山は子供の時からばくぜんと好きであった。
実家のある門司には関門海峡を見下ろす「風師山(かざしやま)」っていう300mちょいの山があるのであるが、そこに登った時は、あきもせず景色をぼーっと見ていたものである。
大学の下宿でとなりの部屋にいたのが、同じ学科の後輩、そのまたとなりの部屋にいたのが同じ高校出身の同期生で、どちらもワンダーフォーゲル部だったことから、すごく影響を受けてしまった。
しょっちゅう山の話を聞き、写真や本を見せてもらうたびに、山に対するあこがれが強くなったように思う。
そして、学生の終わり頃に、1000m級の山に数回行き、それから簡単なところではあったが岩登りを2回やらせてもらって楽しさを覚えてしまった。

就職して、最初の年のそんなに多くない給料は、登山用の服とか靴とかテントとかにつぎこんでしまった。
それから、休みの日には一人で琵琶湖の横の比良山系とか鈴鹿山系とかに出かけて行ったものである。
ちょっと遠くの山へ行く時には、高校同期で大学は違い、偶然同じ会社へ入社した後再会したやつと2人で出かけていった。北アルプスとか、九州の祖母山とかである。泊まりはぜんぶテントで当然食料とかぜんぶ持って歩くのだが、けっこうしんどい日程で歩いていて、よく交互に「へばって」いたものである。

一人で北アルプスへ出かけたこともある。
秋の後立山。アルペンルートのJR大町駅からバスにのって登山口の扇沢で下りた時には、大雨であった。
ほとんどの一般旅行者はそのままアルペンルートで黒部第4ダム方向へ行ってしまった中、ぽつねんと扇沢に残って空を見ている登山者が2人。ひとりはかずおであり、もうひとりは・・・・・(この話はまたいずれ)

結婚してからは、妻と2人の山行である。
いろいろ文句を言われながらも、けっこう何回も登ったものである。

最近行かなくなったのは、まず「しんどい」から。
山に入っちゃえばいいんだけど、その前のことをいろいろ考えるとめんどくさくなってしまった。
はあ、歳かねえ。
それから、山に人が多くなったせいもある。あいかわらず「かずお」は人が多いところは苦手である。
もうひとつは、人が多くなったせいで自然の破壊が進んでいるから。
最近の新聞にもそんなことが書いてあった。山での登山者の排泄物の多さは、自然の分解能力を超えているとのこと。

というわけで、たぶんとうぶん山には行きそうにない。
でもやっぱり登ってみたいねえ。
人があんまり行かないさびれたコースってのもあるんだけど、ちょっと「さびしい」かねえ。
ま、別に山は逃げないし、またそういう気になったら考えよっと・・・

●2002.8.4(日) 愛と青春の第2体育館(2002.4.14のつづき)

■愛と青春の第2体育館

・・・そう、体育館の中にかずおから見てやけに目に付く女の子がいた。
中くらいの長さの髪を全部内側にくるんと巻き、丸顔で背は160cmくらいで足は細い。
バレーは、初心者だけど、よく声を出していた。「ファイトー」とか・・・・・
春だったけど、ちょっと「ひまわり」のイメージの女の子だった。

このバレー部というところは、けっこうみんな仲が良くて楽しいところだった。
特にお酒を飲む機会が多くて、新歓コンパ・追いコン(追い出しコンパ:送別会)・忘年会などは当たり前で、その他に夏休み突入コンパ・試験突入コンパ・亀山コンパ(山口大学が昔亀山という地にあったことに由来するコンパ)とかあった。また、毎月誰かの誕生日には、練習後その誕生日の人の下宿に酒を持って集まるという風習があった。この誕生会はそれこそ毎月必ずあったように思うのであるが、そのころの下宿というのは4畳半が標準だったのだが、そこに男女の部員がたぶん10人から15人近く(?)が、ぎゅーぎゅーに詰めまくって座り込んで、ぎゃーぎゃーさわいでいたように記憶している。部屋に入れ切れなかった人間は廊下にあふれて飲んでいたように思う。その頃の下宿というのは、共同玄関でくつをぬいで上がると板張りの廊下がまっすぐあって、その両側に部屋が並んでるというのが一般的だったから、廊下にはみ出ても平気で宴会ができていたわけである。でも、隣近所の下宿生にはさぞ迷惑だっただろうねえ。(ごめんなさい)
まあ、とにかく体育系クラブというのは、なーんか酒を飲む機会が多いと思うのであるが、我が山大バレー部はその中でもかーなり多い方だったと思う。

さて、そんなこんなで部員間の仲というのはかなりよかったのである。
せまーい4畳半に詰めてぎゃーぎゃーさわいでいたこともあって、いろいろ同級生の女の子ともよく話す機会が多かったわけである。
で、その丸顔の女の子ともよく話してるうちに、その子が一人っ子であり、兄弟が欲しくて仕方がなかったことと、かずおの方が3週間だけ誕生日が早かったこと、それから「かずお」の妹とその女の子の名前が同じだったこともあって、いつしか「かずお」はその女の子から「おにいちゃん」って呼ばれるようになっていた。実はこの呼び方は28年(!?)経った今でも変わらず、あいかわらず「かずお」は「おにいちゃん」って呼ばれ続けている。
そう、その「女の子」が妻である。おお、すごい・・・(なにが?)

1年生の時の強いイメージの割には、その「女の子」とは卒業まで個人的にはまったく「お付き合い」はしていない。ただ、「おにいちゃん」とだけ呼ばれていた。

山口大学では、工学部は2年に進級すると、山口市を離れて宇部市という所に移動になる。当然下宿も借り換えになるし、バレー部も山口大学本部バレー部から山口大学工学部バレー部になる。
つまり、18歳の時のたった1年間だけの「第2体育館での青春」である。
でも、かずおにとってはけっこうすごい1年間であった。
その時の「青春のしっぽ」が今でも続いているわけである。

愛と青春の第2体育館というのは、こういうことである。
今となっては、18歳というのは、「かずお」にとってだいじな1年間だったわけであるが、もちろん当時はそんなことは思ってもいなかったわけである。人生って出会いの連続だと思う。出会いを大事にしていれば、それが人生の中ですごい出会いだったんだなあって気づくときがあるのかもしれないと思うのである。

いやあ、というわけで、今この時を大事に過ごして、人との出会いを大切にしたいなあと思う「かずお」である。・・・ちゃんちゃん。

■ママさんバレー 姫路東部大会

今日は、ママさんバレーの姫路東部大会の試合日であった。
で、地区大会で勝ち残った我がクラブの2チームは、今日出場したわけである。
昼過ぎに終わって、「ガスト」へ行き、ちょっとさわいでやれ終わったかなと思ったら、夜改めて「打ち上げ」をやるとのことで、妻は19時過ぎに出かけてしまった。そう、「かずお」は呼ばれていない。(しくしく・・・)
まあ、でも女性だけの会で大騒ぎするのもめったにないことで、いいことだと思う。
というわけで、急にひまができたかずおは、久々に「日記」を書いているわけである。

●2002.8.3(土) 挫折かあ・・・

■勉強の挫折
問題集で挫折したと掲示板に書き込みがあった。
消アドの問題集は、一見大きくて(A4の大きさ)、分厚くて(1.5cmくらい)たーいへんそうに見えるかもしれない。ただし、それは、解説がしっかりしているからであって、問題と解答だけだとほんの少しの量である。
問題数も55問だけである。
最初の問題から、問題を解いて、解答して、解説を読みまくって、完璧に覚えてしまおうとすると、そりゃあすごい量になるから「挫折」しやすくなると思う。

かずおの勧めるのは次のような方法である。
【方法1】
とにかく問題を解いて、答え合わせをしたら、解説をさっと読んですぐ次の問題に行っちゃうという繰り返し。
1問には5〜10分くらいしか時間をかけない。覚えようが覚えていまいがかまわないから、とにかく問題をどんどんこなす。最初に解いた時は、正解率はボロボロかもしれない。でも、かまわないでとにかく1年分の問題を1回解き終わることに全力をあげる。

1年分が終わったら、覚えてるかどうかなんて無視して次の年の問題集にかかる。
そして、とにかく手持ちの問題集(4年分とか)をとにかく1回全部終わらせてしまう。
そしたら、けっこう充実感を感じることができると思うよ。

もちろん、1回ではぜんぜん覚えきれないと思う。
でもだいじょうぶ。3回くらい繰り返して解くと勝手に覚えてしまう。

かずおは、マーカーや赤鉛筆で解説に線を引いたりしなかった。そんなことやってると、「覚えなくっちゃ!」って気分になって挫折するかもしれないと思ったから。とにかく問題をこなすことに全力をあげた。
でも、3回くらい繰り返すと「結果的にめちゃくちゃ覚えていた!」 ほんとに自分でもおどろくほど覚えていた。

【方法2】
1年分の55問を実際の試験と同じように3時間で一気に解いてしまう。
で、答え合わせをしながら解説を読む。

この方法は、1次試験が近づいた頃にやっていた。
実際の問題数と時間の配分がつかめてよかったと思う。
今から思えば、勉強を始めた頃からこの方法でやってもよかったかもしれないと思う。
とにかく問題数を確実にこなすことができるから。
例えば、休みの日を1日だけ使えば、1年分の問題をすべて解くことができるんだから。

さて、通信講座の本を見ていて挫折しかかってる人いないかな?
かずおは通信講座を使ってはいないけど、挫折しない方法は同じ。
1回目から完璧に覚えようとしないこと。
だから、1回目にテキストを読むときは、「軽く流す」ってのがいいんじゃあないかな。
とにかく全部のテキストを1回読み終わるのに全力をつくす。

3回くらい読んだら、勝手にある程度覚えると思うよ。

●2002.7.28(日)夏祭りの後の静けさ・・・ 

■結局、夏祭りの準備を優先させて消費生活アドバイザーの資格更新講座は欠席した。
わあ、もったいない5400円もしたのに。
しかし、このくそ暑い時期に2時間の研修とはつらいねえ。
それも、2つ受けなくちゃあいけないなんて。
さて、来年もたぶん更新講座と夏祭りは同じ時期にあるだろうねえ。
どうしよう・・・まっなんとかなるか。

でも、掲示板に投稿されていたけど、せまい部屋に詰め込まれたらいやだねえ。
年々アドバイザーの有資格者は増えるのにどうするんだろうねぇ。
まっ、わたしが心配する必要はないか。
どっかで「がまんして」受講するしかないかねえ。

■わが自治会の夏祭りは、今年で11回目だったそうである。
50戸少々の小さな自治会である。
たいしてすごいことはできないのであるが、年に一度けっこうたのしい行事である。

会場は、かずおの家の横の公園である。
公園といっても、10m×30m程度のそんなに大きくない公園である。

まず、砂場を平らに慣らして板を敷き「ステージ(?)」を作る。
といっても地面と同じ高さの「ステージ」である。
イベント用のテントを張って机といすを置き、調理場ができる。
ブランコをくるくると上方に巻き込んで使えなくして、その周辺に小さな子供用の
ゲーム遊びを作る。
今年は、ダンボールで作ったロボットの体にあけた穴に、ボールを投げ入れる射的と
ゴルフかゲートボールのようなものだったようである。

残りの公園の空間と公園前の道路にはテーブルとイスが一体になった
レジャーテーブルを並べていく。

それから、公園の金網に何箇所か柱を立てて、その間に電線を張って
ちょうちんを吊るしていく。
なぜか我が自治会には電力会社の人がたくさんいて、
公園横の電柱には、この夏祭りの時にだけ使うための専用配電盤が設置している。
もちろん電力会社に料金は払っているので念のため。

朝から準備してここまでできるのが、昼くらいである。
ここで、ちょっとみんなでのどを潤して(たいがいビール:チョーうまい)、
いったん「休憩」である。
でも実際は休憩する暇もなく、昼からは料理の準備である。
やきそばの材料を切って、1回作る毎の袋詰めにしたり、おでんの仕込みとか
カレーライス作りとか、枝豆を煮たりする。

さて、4時にもう一度集まって、最後の準備である。
飲み物を冷やし、生ビールの準備と注ぐ練習をし、食材を運び込み
どんどん雰囲気があわただしくなっていく。
すでに朝から少しずつアルコールが入っているので気分も盛り上がり気味である。

こんな風に「夏祭り」を「手作り」でやっているのである。
準備をする役員(当番)といえば、自治会の3役(3軒)、隣保長(班長、5軒)、
子供会の役員(3軒くらい?)、それから体育委員のかずおの家(1軒)と有志である。
つまり50軒ちょいしかない自治会の4分の1くらいが準備をする「当番」である。
役員はけっこうしょっちゅう回ってくるために、みんな半分慣れたものである。
けっこうかずおはこの「手作りの夏祭り」が好きである。
これから自治会のメンバーも歳を取っていくけど、ぜひとも続けたい行事である。


●2002.6.30(日)妻がバレーを・・・・・

今練習に行っているママさんバレーに行くきっかけになったのは、そのママさんバレーに夫婦で参加している魚屋さんの紹介である。姫路の東のほうの駅から歩いて3分ほどのところにある魚屋さんである。けっこうバレーが上手でずっと地域のママさんバレーのお手伝いをしているだんなさんと、明るくて活発な奥さんとの夫婦であり、かずおは姫路に来た頃からその魚屋さんの客である。2年ほど前に話の中でバレーのことが出て、バレーをやりたくてたまらなかずおは、無理言って紹介してもらい「のこのこ」と参加させていただいていたわけである。
当然であるが、妻が参加していないママさんバレーに参加するのは「居心地」がわるいものであった。

さて、そのママさんバレーに2週間前から「妻が来てくれるようになったのである!!」
今日の日曜日で妻の練習参加は3回目である。

これは「かずお」にとってすごい事件である。
今までは、バレーが好きな「へんな中年おじさん」だったのであるが、
妻が来てくれるようになってから、「スポーツ好きな仲のいい夫婦(?)」らしきものになったのである。
いやあ、2年間待った甲斐があったよーー・・・・・うるうるうる・・・・・

妻とは姫路に来る前に住んでいた川西市というところでやはり地域のママさんバレーにいっしょに行っていたわけであるが、妻にとってはスポーツは10年以上の「お久しぶり状態」である。
当然のように、今晩も練習(18時〜20時)から帰ってきて「へろへろ状態」である。
腰が痛いーーとか、うでが腫れたよーーとかさわぎまくっている。
かっかっか・・・、しゃあないじゃーん・・・
まあ、もう1か月もすれば楽になるよ、てな感じでかずおは(楽しく)なぐさめている。

ところで、日曜日の夕食は妻が「ダウン」しているので、練習から帰ってから「夫」が作ることになってしまった。まあ、今までも休みの日の食事は半々くらいで担当していたのであるが、当分日曜日の夕食は「かずおの当番」から変わりそうにない。
やれやれと思うかずおであった。・・・ちゃんちゃん。

●2001.6.9(日)暑い熱い一日だったぜい。

今日は、朝7時30分集合で地域のグランドゴルフとペタンク大会に行って、準備の後パパさんソフトボールチームとしてグランドゴルフに出場して、その後自治会子供会のチームとしてもいちどグランドゴルフに出場して・・・
で、その後パパさんソフトボールのリーグ戦ということで車で移動して1試合やって、その後審判やって・・・
で、2試合目はさぼって家に帰って、妻と買い物に行って、・・・
で、その後ママさんバレーボールに行って目いっぱい汗を流して・・・
(で、サッカー日本対ロシアは無視して・・・)
はあ、「熱血な一日」であった。
今週はぜーったい筋肉痛ばりばりだろうねえ・・・・
さっき、足腰肩うでにアンメ○シンを塗りたくったんで、体中すーすーしてる。ちょっと寒い。

今日は日差しが強烈だったんで日焼け止めクリームを妻から借りて塗ったんだけど、なーんとなく顔が白くなっちゃうので出かける前に顔をごしごしやってたらそれだけで顔が赤くなりそうだったよ。
日焼け止めクリームって、透明なのないのかな。妻とかずおが知らないだけかなあ。
体育委員とかずーっとやってるとめちゃくちゃ日焼けしそうだよ。
別におっさんなんで見かけはどうでもいいんだけど、けっこう体に悪いしねえ。

●2002.6.5(水) 資格の更新講座なんてめんどくさいぜ!!

ありゃりゃ、消費生活アドバイザー更新講座の受講表とやらが郵送されてきちゃった。
どうせだめだろうけど、ダメモトでって感じで申し込んだんだけど。
しかも2つの講座を受けてもいいといってる。
うわーー、めんどくさいよー。
1つ目が12:30〜14:30でもう一つが15:00〜17:00だってさーー。
まるまる午後いっぱいじゃん。長いーーー。

とまあ文句を言っててもしかたがないので素直に行こうかねえ。
それで5年間分なんだから。がまんしよう。

さて、会場へは「みどりの物」を持って行こうかねえ。
そして名刺の交換会でもやろうかねえ。
それとも目立たない格好で行こうかねえ・・・・・

●2002.5.26(日) 汗を流してビールがいいね。

久しぶりに土日が休みであった。
土曜日はぼけーって過ごしてしまった。
日曜日は、朝から子供会の体育大会の審判の応援をやって、夕方はママさんバレーで汗を流してきた。
うん健康健康。

かずおは今年の4月から校区の体育委員をやっている。
自治会からの選出である。我が自治会からは毎年体育委員は自治会3役の中から出ていたのであるが、毎年自治会役員が変わりそれとともに体育委員も変わってしまうので、体育委員会から長くやってくれる人を出して欲しいとの要望が来ていた。かずおはパパさんソフトとママさんバレーに参加しているので、体育委員会の幹部から「やってくれないか」って言われて引き受けたわけである。
最低でも2年、たぶん4年、もしかしたらそれ以上やることになると思う。

かずおには子供がいないので、実は校区の人たちとの付き合いと言うのは、ソフトとバレーをやるまでは皆無であった。普通は子供を通してPTAやら子供会やらいろいろお付き合いするのであろうが、はっきり言って子供がいない家庭は「つんぼさじき」もしくは「村八分」状態である。まあ、別に悪気があってそうしてるんじゃあなくて、自然とそうなっちゃうだけなんだろうけど、はっきり言ってさびしいものである。
まあ、もちろん地域との付き合いなんて面倒でうっとおしいだけだーてな人も多いと思うけどね。

かずおは、地縁というのか地域の人とのつながりは好きなほうである。どうせ住むなら、近所の人と楽しく愉快にやっていきたいと思う。今住んでいるこの団地ができて10数年になるんだけど、たぶん30台くらいで入居した住民がそろそろ40台から50台近くになっているはずである。たぶんあと10年とか15年とかしたら定年退職する人も増えてくるはずである。そんな時に近所とか地域の人をぜんぜん知らないなんてちょっとさびしいじゃん。
縁あって同じ地域に住んでいるんだから、仲良くしたいじゃん。
汗を流して、その後ビールを飲むような機会が欲しいじゃん。

というわけで、仕事や体育活動でこれから土日がけっこうつぶれて行くと思うけど、とりあえず健康的に活動的にやって行こうとおもうかずおである。
いやいや、健康健康・・・・・

●2002.4.21(日) ええっ、ろっ老眼・・・?

最近というか、ここ1〜2年どうも小さい字が見にくくなってきた。かずおは電気の技術者なのでトランジスタとかの小さな電子部品を見る機会が多い。その3〜5mmくらいの小さな部品にこれまた小さな番号とかが書いてある。たぶん1mmくらいの文字で。以前はその小さな文字が読めていて、ああこれはあの部品だなってわかっていたのであるがどうにも見えなくなってきた。目の近くまで持ってくると字がぼやけて何て書いてあるかわからなくなるし、かといって目から遠ざけると字が小さくなって読めなくなってしまう。でどうするかというとルーペを使わないと部品がわからないのである。

会社の健康管理室でそれとはなくそんな話をしてみるとやはり「老眼」だろうねって言われちゃった。年から言って「そろそろお年頃」らしい。
で、近視と同じでほっとくと進んじゃうから目医者さんに行ってみたらってすすめられてしまった。

かずおは小さい頃から目はずーっと良くって、今でも左右とも裸眼で1.5である。小学生の頃から視力検査では1.5が当たり前でごく何年か1.2であっただけである。調子がいい時は2.0の字も見えていた。当然遠くのものまでくっきりはっきり見える。視力のいい人は老眼になりやすいよって「うわさ」を聞いてたけど「うっそー」って思ってた。やっぱりあのうわさはほんとうだったのであろうか??
さて、実験してみた。字を書いた紙を顔に近づけていくと、なんと30cmくらいから焦点がぼやけ始めて、15cmくらいで何が書いてあるかわからなくなる。ううむ以前はもっと近くのものまで見えていたような・・・
めがねってサングラスとかならかけることがあるんだけど、ふだんの生活でかけるのはちょっと違和感だなあ。なんせ40年以上いらなかったんだから。まあ、とりあえずそのうち目医者さんに行ってみようとおもっている。


●2002.4.14(日) そう今頃だった

■資格証の更新講座の申し込みをしなくっちゃあいけない。
締め切りは4月19日必着とのこと。去年はこの案内自体が届かなかったので日本産業協会に電話して送ってもらったのであるが、みなさん届いてる??

さて申し込みであるがどうしようかなあ。2005年3月まで有効期限があるかずおとしてはあんまり受けたくはない。でも、2003年までなら2単位(120分)を2つ受ければいいとのことで、それ以降は1単位(90分)を4つ受けろとのこと。4つも受けるなんてめんどくさいようーー。やっぱ「だめもと」で今年2単位のものを申し込んでおこうかなあ。でも、たぶん大阪は資格者が多いので、まだ更新まで3年もあるかずおは優先順位が低くって申し込んでもハネられそうだなあ。いっそ広島まで受けに行こうかなあ。げっ、新幹線で片道8000円くらいするのかもったいないかなあ・・・。

みなさん計画的に受講してるーー??


■愛と青春の第2体育館
桜も終わり、入学式にときめかせた気持ちも落ち着き、大学で始まったオリエンテーションを眠い目をがまんしながら聞いていた・・・そう28年前のちょうど今頃の時期である

山口大学本部は山口市の中心部からJR一駅南の湯田温泉駅から約2kmのところにある。湯田温泉駅ははっきり言って小さな駅である(当時)。大学までの道はけっこう広くてまっすぐで両側に田畑が多い(当時)気持ちのいい道である。バスの路線ではあるのだが、たしか1時間に数本くらい(当時)しか運転されていないのであまりあてにはできない。ほとんどの学生の足は「自転車」である。

山口大学本部の敷地ははっきり言ってけっこう広い。もちろんもっともっと広い大学はあるだろうけれど、とにかく広いほうだと思う。正門から入ると駐車場があって、だーいぶ向こうに建物が見える。広い敷地に、本部・教養・教育・文学・理学・教育・農学部の建物がある。敷地内には小高い山(丘?)や実習農園・野球場・陸上競技場・ラグビー場・テニスコート・動物病院・寮2つ・体育館2つ・武道館・プールなどがある。はっきり言って、かずおは在学中に行ったことがない場所がたくさんある。大学の地図で見ると、敷地内にある野球場との比較で、だいた野球場が40個くらい入りそうな広さである。

さて、そんな春のある日、同じ高校から入学した友人が何かクラブ(サークル)を見に行こうと言う。かずおは中学高校ととあるスポーツクラブに入っていたので、もちろん大学でもなにかやりたいと思っていた。ただ、そのとあるスポーツはちっともうまくなれないでいたので、何か新しいものに取り組みたいと考えていた。大学のクラブにはさまざまなものがあり、けっこう高校には無いものもあるので、大学から始めたとしてもそんなに違和感がない雰囲気だった。これは、たぶん田舎の大学の特権であり、中央の私立の大学のように「プロ」のような学生が「ギンギンに」クラブ活動しているのとはだいぶ感覚がちがうのである。

まあ、そんなわけで、「なーにかおもしろいもんないじゃろか・・・」てなノリで出かけてみたわけである。友人は高校時代にはバレーボールをしていたのであるが、「テニスがいい」と言うので、2人でテニスコートに向けて歩き始めた。テニスコートはキャンパスのけっこうすみっこにあり、その途中には体育館が2つと武道場がある。その第2体育館の前を通りかかると、入口の扉がいっぱいに開かれて中で練習しているのが見える。体育館の前には見学者も見える。引き寄せられるようにして、入口の前まで行き中を見てみると、男女のバレー部員がけっこう楽しそうに動き回っている。背の高い人や上手な人だけでなく、けっこう背の低い人やそんなに上手じゃあない人もいる。へー楽しそうじゃんって思ってみていると、何やら笑顔がやたらgoodな人が出てきて優しそうに話し掛けてくる。何気ない話いろいろとして話が盛り上がったころあいに「どうだー、いっしょにやらないかーー」とやはり笑顔でたくみにさそう。

ありゃりゃりゃりゃ・・・・・、いつのまにか2人ともノートに名前を書いてしまっていた。
というわけでそれから月〜金の放課後にはその第2体育館に通う羽目になってしまった。

さて、その第2体育館の女子部員の中に、かずおから見てやけに目に付く女の子がいた。
背は160cmくらいで・・・・・・・・・(つづく・・・・・?)

●2002.3.31(日) 春。別れと出会いの季節・・・

■春だねえ。暖かくてお日様がまぶしくて桜が咲いてて、なーんにも自分では変わらないのに、何かすごくうきうきするような、いいことがありそうな気分。

■おととい歓送迎会をやってきた。派遣会社から来ている女の子がやめるとのことで、新しく来てくれる女の子との送別と歓迎とをとある実験室に関係する有志だけで行った。
とある商品の開発で、実験とデータ整理をしていただくために派遣の方にお願いしているのであるが、去年の後半から私の仕事の実験をお願いしていたのである。
「今月で派遣終わりです」て聞いた時、ああうちの会社から派遣の終了を告げられたんだな、申し訳ないなあって思っていた。そしたら、よくよく聞くと会社の方は引き続き派遣の延長をお願いしたのだが、本人から派遣の終了を希望したとのこと。すぐ次の派遣先の仕事が見つかったと言う。

グワワワーン、すっごくショック!! 
一応理由は「時間が不規則だし、通勤が遠いから」ということらしいんだけど、ちょっと(かなり)落ち込み気味のかずおである。
無理を言ったのかなあ・・・いやなこと押し付けちゃったのかなあ・・・きらわれてたのかなあ・・・いやな思いをさせていたのかなあ・・・
それから、我が実験室には私を含めてやや無愛想でこぎたない男ばっかりだなあ。もうちょっとこぎれいに明るい雰囲気作りを心がけようかなあ。

ちなみにけっこう素直で明るくてかわいくて、仕事の飲み込みがよい子なので、まずどこに行ってもしっかり仕事ができて、かわいがられると思う。親が私と同年代とのことでかなり(めちゃ)若いけど、けっこうしっかりしてるので、元気に自分の人生を切り開いていくと思う。
たっしゃでなーー!

■先週なんとかADSLを開通させることができた。いやあ電話代を気にせずに接続するのって気分が楽だねえ。今まではほんっとに、接続を切るごとに「ああ、今のは**円かかったあーー」って計算していたから。
接続は、NTTのフレッツADSLの1.5Mタイプである。たしか1月の末に申し込んだからなんやかんやで2か月くらいかかったかなあ。

経過を書くと、まずnifty経由でフレッツADSLを申し込むとniftyの月々の費用が2000円から6か月間500円になる(つまり1500円の値引き)というので1月の末に申し込んだ。2月の始めにNTTから「カウンセリング」(だったかな?)とかで電話がかかってきた。聞くと、「姫路は今は1.5Mだけがつなげるが、もうすぐ8Mタイプが始まるので8Mをみこんでモデムを買わないか?つまり8Mタイプのモデム(18000円)を買ってもらうことになり、開通時は1.5Mタイプだが7日から10日程度で開通でき、後日姫路に8Mタイプができた時に手続きだけで移行できる。1.5Mタイプのモデムはレンタルになっているのだが、これは30〜40日くらいかかる。」とのこと。

私には、「お金を出してモデムを買ってくれたらすぐにつないでやるぞ。いやだったら待ってもらうよ。」って聞こえてしまった。しかも1.5Mから8Mに変更する時には当然また移行費用としてお金(たしか2000円?)がかかる。
で、速度にはそんなに執着のない「かずお」は、「NTTの目論見通りにはならないぞー」って思ったわけで、1.5Mタイプを申し込んでじっくり待つことにした。で、1か月ちょい待ってモデムを3月8日に送ってもらうことになったのだが・・・・・待てど暮らせどモデムが届かない・・・! サポートセンターっていう電話番号が資料に書いてあるんだけど、いつかけても話し中でぜーんぜんつながらない。仕事もいそがしかったこともあって、やっとNTTと話せたのが3月16日。今度は3月19日に送るという。で、「そちらのミスで遅れたんだから、せめてクロネコで送ってくれー!」って要望したら、今度はちゃんと3月19日にクロネコ便で届けてくれた。

で、つないでみたら・・・「認証できません」の表示ばっかりでる。いろいろ設定を変えたんだけどだめ。NTTへの電話は相変わらずつながらない。というわけで3月の24日にNTTにメールを打ってみた。こちらのあらゆる申し込み情報と実際の機器の接続やらwindowsのバージョンやらなにやら思いつく限りの情報を送った。そうしたら3月25日にNTTから返事があって、「niftyの認証ができていないだけだと考えられる。テスト用のIDとパスワードを送るので接続できるか試して欲しい。テスト用IDでつながるようならNTTまでの接続はOKであり、niftyの再確認が必要である。テスト用IDでもだめだったら連絡を欲しい」ということであった。で、そのテスト用IDで試したら・・・・がーん、一発でつながってしまったー! というわけでどうも私が悪いようである。

でniftyのHPを見に行ってみた。なにか特殊な記号とか何かが必要なのかなーって思って。検索の「google」で「nifty フレッツADSL 接続」という検索をしてみたら・・・・・「接続の登録(だったかな)」ってページがあるじゃん。なんでも、NTTの準備ができても、この「登録」をしないとつながらないそうな。ええーー、申し込みの時にそんなの見なかったぞー。どっかに書いてあったのかなあ。ちなみに、登録方法は「都道府県」を選んで「登録」のボタンを押すだけ。ええーー、たったこれだけーー??こんなの住所を見ればわかるじゃん。変更が必要な人だけにしろよーー。・・・とか思いながら、フレッツADSLの接続ソフトを立ち上げて、試してみると・・・・・つっつながってしまったああーーー (うるうるうる・・・・・)

いやあ、1.5Mタイプとはいえ、今までに比べたらだんぜん速いじゃん。うーん、満足満足。とうぶんこれで行こう。なによりいいのは、掲示板のページを開いてゆっくり考えながら書き込みできること。今までは、一回掲示板を開いて書き込みを読んで、いったん接続を切ってから自分の書き込み文章を作り、もう一度接続してから書き込みしていた。「さぼりの管理人」にとっては少し便利な状況になってしまった。


●2002.3.18(月) ダンパのこと・・・

土日出勤したので、めずらしく月曜日に休んでるんだけど、はあーひっまぁーーー・・・
ネコどもは昼寝しまくっててちっとも遊んでくれないし・・・
なーにか書こうかなっと・・・・・

■山口市で「ダンパ」に行っていたという女性からメールをいただいた。
消費生活アドバイザーを受けようとして私のHPを見つけ、自己紹介を読んだとのこと。
どうも私が「ダンパ」に通っていた頃(昭和52年〜55年頃)と一部年代が重なっているので、もしかしたら一度くらい踊っていただいたかもしれない。
私の顔にも「なんだかお顔に見覚えがあるようなないような・・・」とのこと。
いやあ、うれしかった。当時の「同志(?)」にめぐりあえるなんて。
なんか「青春」がよみがえってくるようで感激であった。大学時代にはいろいろ体験したのであるが、あの「山口センビルのダンパ」は、まちがいなく私の青春のひとときである。

さて山口の市内には、「センタービル」というビルがあるのだが、ダンパに通う者には「センビル」って呼ばれていた。「センビル」っていう言葉が「ダンパ」のことを表していたといってもいい。その「センビル」のたしか4階がひとつの部屋になっていて、会議室かなんかだったと思うのだが、25年くらい前には毎土日の夜は「ダンパ」の会場として貸し出されていた。「ダンパ」っていうのはもちろん「ダンスパーティー」の略なんだろうけど、「ダンスパーティー」というとちょっとピンとこないので、やはりあれは「ダンパ」という固有名詞を付けるのが似合うものだったと思う。

なにしろ、そんなにきれいじゃあない場末の(・・・失礼)ビルの10人も乗れそうにない小さなエレベータで上がっていくとエレベータを降りたところはせまい廊下でそこに普通の長机が置いてあって受付がある。とても「ダンスパーティー」という華やかな名前とは縁が遠い雰囲気である。そこで入場料を払うのだが、当時主催者が無税にしたかったら入場料は100円未満のこととなっていたので入場料は「99円」というのが時々あった。主催者が税金を払うつもりなら入場料はいくらでもいいのであるが、相場は200円から300円までだったように覚えている。
受付でお金を払うと部屋に入れるのであるが、たぶん50〜60人くらいで会議ができるくらいの大きさの部屋だったと思う。照明はやや暗くしてあって中央の天井にマジックボールがあって、それにスポットライトが当たってキラキラと部屋の中を回りダンス会場の雰囲気である。部屋の壁際には折りたたみいすがぐるっと置いてある。で、ダンスに合いそうな音楽が流れている。ただこれだけである。ほかにはなーんにもない会場である。もちろんテーブルとかも無いし、飲み物も食べ物もない。とにかく踊る空間を提供しているだけ・・・なのである。

18時か18:30くらいから始まるのであるが、たいがいその時間には、入場者はパラパラしかいなくて、踊ってる人は数組だけの状態である。この状態では、やはり上手な人だけであるので、先輩から習っただけの「かずお」が踊りに出て行く雰囲気ではない。30分くらいするとやっと人も多くなり「上手じゃあない人」でも踊りやすい雰囲気になっていく。

さて、もちろん踊る相手を最初から連れて来ている人はいいのであるが、たぶん会場に来ている90%くらい(?)は、男だけあるいは女だけのグループで来ていたので、踊る相手を見つけなくてはいけない。曲が1曲終わるとみな会場の壁に近い方(外側)へ下がり次の曲が始まるのを待つ。つまり会場の中央付近は人がいなくなる。この時腕に自信のある人は、会場のやや中央に近い側にいて、自信のない人ほど壁際にさがってしまう。ぜんぜん自信のない人は、女性なら周囲のいすに座ったままであり、男性ならそのいすの前に立ったままである。この自信がなく壁際に張り付いた状態の人のことを男は「壁のしみ」、女の子は「壁の花」と呼ばれていた。もちろん、先輩に手ほどきされただけの「かずお」も「壁のしみ」時代を過ごしたわけである。なんでもそうだが、ここで楽しくなって積極的にやり始めて会場の中央に向かう人と、いやになって「ダンパ」そのものから離れて行く人に分かれてしまう。「壁のしみ」「壁の花」はこの分岐点なのである。

幸い「かずお」は新しいステップを覚えるのが楽しくなり、「壁のしみ」を卒業して少しだけ中央よりの所に出て行くようになった。メールを送ってくれた女性も最初は「壁の花」状態だったそうだが、「必死でステップを覚え、20歳頃に生活費を切り詰めて、*****ダンス教室に通い、*****シルバーまで行きました。」とのこと。
そして、「あの頃が本当の青春時代だったような*****と、懐かしく思い出します。」とのこと。

さて、次の曲が始まったら女の子の前に行って「踊っていただけませんか?」ってお願いするわけである。暗黙の了解で断られることはなかったのであるが、毎回「ドキドキ」ものである。毎曲ごとに新鮮な緊張感って感じであった。1曲が終わると次の曲までは5〜10秒くらい間があったように思う。曲によって「ブルース」向きな曲とか「ジルバ」向きな曲とかが決まっているので曲が流れ出してちょっと聞いて自分では踊れるかどうかを確認してから女の子の前にお願いにいくわけである。だいたい上手な男は上手な女の子を曲が始まったらすぐに連れて行ってしまうので、そんなに上手じゃあない「かずお」は自分の力量に近い「そこそこの女の子」に声をかけに行くわけである。このへんの「さじかげん(?)、タイミング(?)」も楽しいものだった。

当時ダンスで付き合っていたとかいう人もいなかったし、ただ踊って帰るだけのことだったのであるが、新しいステップを覚えて行って試してみることとか、「踊ってください」っていうドキドキの緊張感とか、音楽の中でただただ(汗びっしょりで)体を動かしていることがほんとに楽しくてしかたがなかった。たぶん普通の(?)人にはわからないことだと思う。

だいぶ前に見た映画「Shall we dance?」で、「うんうんそうだ、わかるわかる・・・」てな気持ちでうなずいた。機会があればまたダンスを始めたいとひそかに思うこの頃である。

●2002.3.10(その2) 合ハイ(合同ハイキング)についての続き・・・

ちなみにさっき「合ハイ」ってキーワードで検索ページの「google」で検索してみた。
おお、このかずおのHPの「自己紹介のページ」が15番目に検索されてしまった。
ううむ知らなかった。まさか、「合ハイ」ってキーワードだけでそんなに上位に出してくれるなんて。
上位の何件かの他の人の「合ハイ」のホームページを見てみたんだけど、あんまり詳しく載ってるのないねえ。
「合ハイのホームページ」ってのを作るとけっこうはやるかも??
でも、あるホームページによると「合ハイ(合同ハイキング)」って言葉はすでに「死語」なんだとか・・・・・70年代の遺物??
ううむそうかもしれないねえ。今ではたいがいお酒の入る「合コン(合同コンパ)」だからねえ。
でも、山口(宇部市)はけっこうまだ「合ハイ」ってやってるかもしれない。ちょっと田舎だし、近い距離に工学部と短大(今は4年大学かも??)があって、しかも市営の公園(遊園地)が近くにあって「合ハイ」をやるにはばっちりの所だから。

私らの頃はいきなりお酒の入る「合コン」ってのは少なかったねえ。(・・・と思う)
私らの暗黙のルールでは、一度お酒の入らない青空の下での「合ハイ」をして顔見知りになったグループどうしが、改めてお酒の入る「合コン」を開いていたように思うねえ。

それと工学部の主に2年生とか3年生が合ハイをやるんだけど、相手の女性グループは短大の1年生とか2年生とかだから、2年生ならともかく1年生っていったらこの間まで「高校生」だったんだから、いきなり「合コン」でお酒ってのもねえ・・・・

さて、当時我が大学の工学部生は1年生の時は山口市で教養科目を勉強して、進級できた者だけが宇部市の工学部に移動して電気とか機械とかの専門科目を勉強するようになっていた。(今は知らない)
と言うことで合ハイに行くのは2年生から4年生および大学院生ってことになるんだろうけど、あんまり4年生以上は行ってなかったように思う(適齢期を過ぎている?)。というわけで合ハイはだいたい2年生か3年生が中心である。

時期は4月と5月に集中していて、秋にもすこーしあったようである。曜日は授業のない日曜日だけである。ということは4月と5月に日曜日が8日くらいあるとしてそれが2年間だから16日。この合計16日が生涯で合ハイに威張っていける(?)日数である。まあ、毎週合ハイに行くわけにはいかないだろうから、3分の1だけ行ったとして、大学時代に5〜6回くらい合ハイに行けば多い方に入るんじゃあないかな。
「かずお」は4回くらい合ハイに行ったと思うので、まあ普通の回数と思う。
たしかその内1回は「幹事」をやってしまった。
幹事のだいじな役目はとにかく雰囲気を盛り上げることなんだけど、これがなかなか難しかったねえ。
今の合コンでもそうだと思うけど、男の方はけっこうメンバーを選んで「乗りのいいやつ」を入れとくべき。それからこちらのメンバーは互いにふだんからよく知っててよく話してるような(仲の良い)人間ばかりにしとくべきだね。こちらのメンバーが寄せ集めだと「雰囲気の盛り上げ」はけっこう難しいと思う。

実はかずおは合ハイで出会った子と少しだけお付き合いしたことがある。
実家から短大に通ってる子だったけど、その子の家に食事に招待されて両親にも紹介されてしまった。
わお、すっかり忘れていたけど合ハイのことを書いてるうちに思い出してしまった。いやあなつかしい・・・・

・・・というわけで、夜もふけてきたので、この話はまたいずれということで・・・・・

●2002.3.10 70年代の合ハイかあ、古きよき時代だったねえ...

衛星放送の番組を作っているという人からメールが届いて、70年代を舞台としたドラマ形式のものを作るのに
、合ハイ(合同ハイキング)につての情報を探しているので教えてくれとのこと。
検索ページで、「合ハイ」で探して、私の「自己紹介のページ」にたどり着いたらしい。

■以下、私の返事のメール
**********************************
> まず、合同ハイキングというからにはハイキングをするのかと思っていたのです
> 実際は待ち合わせた公園でハンカチ落としをしお弁当を食べる、というものだったの
> でしょうか?

まず、合ハイは申し込むところから始まります。
申し込みは、男側が5人くらいから15人くらいのグループを作って女性側に申し込
みます。方法としては次のようなのがありました。
1.クラブどうしで付き合いがある大学では、そのつてで申し込む。
例えばワンダーフォーゲル部等は、近くの大学間で行事でクラブどうしの交流があったようです。
2.相手大学に通う妹を通じて申し込む。
3.直接相手の大学事務所の学生課等に申し込む。
4.以前合ハイをした先輩等に紹介してもらう。
5.体育系クラブのマネージャを他校の女子学生がやっていることがあり、そういう人を通じて申し込む。

うわさでは、女子大や短大の事務所の前の掲示板には、春になるとこういう合ハイの申し込みがけっこう掲示されていて、女子大生はそういう掲示からよさそうなのを選んで人数を集めて合ハイに応じるそうです。

場所ですが、ハイキングで川のきれいな峡谷に行ったこともあります。その場合は待ち合わせして、みんなで車で行きます。車から降りた後はハイキングコースを歩いていきます。
しかし、実際にハイキングに行くことはすごくまれです。やはり知らない人達を車とかで遠くに行くというのは、男性側も疲れますし女性側もいやがるようです。
車とかでハイキングに行った時は、比較的することがなくてお弁当食べてギターを弾いて歌を歌ったり散歩したりしたように覚えています。

圧倒的に多いのが、公園での合ハイです。
わが大学の近くには、芝生と遊園地と動物園と湖がある公園があります。そういう電車とかで行ってゆっくりできる所が一番多かったと思います。
4月から5月の朝10時くらいの日曜日の公園の入口は、そういう待ち合わせをする学生グループが何組も集まります。そしてまず幹事が相手のグループを探し出すことから始まります。なんせ幹事といえども相手の顔を知らないこともありますので。

相手グループを見つけたら、まず芝生の所に行って自己紹介とかしてゲームです。
ハンカチ落としとか、フルーツバスケットとか、レッツゴー社長とか、順番に自己紹介するんだけど輪になって時計回りに「何々さんの隣の何々さんの隣の・・・・・○×です」というゲームとか、人数を言ってその人数のグループを作るゲームとか、あとはフォークダンスをすることもあったようです。だるまさんがころんだとかもやったかもしれません。

ゲームをひと通りした後はたいがい食事です。
わが地域の場合、たいがい女性側がお弁当を作ってきてくれたように覚えています。
たぶん輪になってお弁当を中に広げてみんなでいただいたのではないかと記憶しています。
ギターを持っていっている時は、この後みんなで歌を歌いましたし、バレーボールを持っていって輪になって遊ぶこともありました。

**********************************
> 「くじびきで2人ずつ遊びに行って」ということですが、
> 具体的には、当時はどんなデートだったのでしょう?

次にくじ引きしてペアを決めて、2人ずつで「デート」です。ボートに乗ったり、ジェットコースターに乗ったり、散歩しながらソフトクリームを食べたり、ベンチに座っていろいろ話したり。まあ、かなりみんなぎこちない「デート」です。2組とか3組がいっしょになって4人とか6人でずっと話してるってこともあったように思います。この「デート」は1時間後くらいの集合時間が決まっていて、時間になったら決められた場所に戻ってくる約束です。みんなで集まって時間があるならもう一度くじ引きして別のペアを作ってもう一度2人ずつで「デート」です。

「デート」の後は、集合してお開きです。公園の出口でとりあえず「さよなら」して、電車かバスで話しながら帰るか、気の利いたグループなら、そのまま「夜の部」ということで「合コン」という2次会です。まあ、そのまま「さよなら」が多かったようです。

個人的に相手の女の子に連絡を取りたい時には、この「デート」の時か帰りの電車で個人的に連絡先を聞き出すか、もしくは後から幹事を通じて気に入った子の連絡先を聞いてもらうかのどちらかです。しかし、当時下宿の自分の部屋に電話があるところはほとんどなく、男女ともほとんど「大家さんの呼び出し電話」だったので、なかなか電話しずらかったようです。

**********************************
> また合ハイ時のファッションはどうだったのでしょう?

合ハイの時の服装ですが、男女共にデニム生地系や綿シャツ綿ズボンとかが多かったです。といっても上下とも青いGパンというのはほとんどなくて、いろんな色のデニム生地のズボンとか綿シャツとかが多かったです。芝生で遊ぶというのをみんな知っていますから、動きやすい服装です。女の子といえども着飾った子はほとんどいません。軽い運動ができるような雰囲気の(つまりハイキングっぽい)服装です。ちなみに昭和49まではやっていたミニスカートは、50年から急にロングスカートになりましたので、私が合ハイに行っていた時期にはスカートならデニムのロングスカートとかで、ズボンならたぶんカラーのデニム生地(カラーGパン)が多数派だったように思います。4月とかにやるときは朝は涼しいので薄いセーターやトレーナーっぽいものを着てきますが、たいがい昼に動き回っているときには暑くなりますので首や腰にひっかけて歩くというのがよくありました。

男はたいがい手ぶらかカメラとかバレーボールを持ってる程度です。女の子はお弁当を入れるバスケットか布製の手提げを持ってくる子が多く、それから女の子は日差しを意識して帽子をかぶっている子もいたようです。たしかデニム生地に似合うようなかわいい麦わら帽子っぽいのがあったように思います。

写真をとってますので、たいがい幹事どうしはもう一度会っていたようです。

合ハイによって出合って付き合いを続け、結婚までいったというのは時々聞きましたが、率はかなり低かったようです。我が電気科の同期ではいませんでした。


●2002.3.4 ネタ出ししたぞ。

とにかく日記のネタを考えないと話が進まない。ってことで、JRの中でネタを考えながら帰ってきた。

1.自分史
2.公開遺言書
3.ある結婚
4.バレーボールについて
5.大学のすすめ
6.ねこについての考察
7.家の購入
8.ダンパのこと(ダンスパーティー)
9.合ハイのこと(合同ハイキング)
10.ギョーザとオムライス
11.電気との出会い
12.パパさんソフトボール
13.会社の寮
14.工学部電気工学科
15.工学部の研究室というもの
16.山に登ること
17.コンパ
18.山口大学バレー部(愛と青春の第2体育館)
19.演劇部
20.妻の一族
21.初めて来たネコ
22.そのうちやってみたいこと
23.マンションについて
24.ホームページの楽しみ
25.お酒に関する考察

どれか読んでみたいのあるー??

●2002.3.2 試験要領の変更かあ・・・

■ありゃりゃ・・・ 試験要領が変わってるねえ。

受験の年齢制限の撤廃はいいことだねえ。人生は年齢だけじゃあないからねえ。実務経験の有無が残ったのは残念だ。やっぱり、「実務経験」ということが好きな人がいるんだねえ。知識さえあれば関係ないと思うのに。ただ、実務経験代わりの研修がその年じゃあなくても先に繰り延べられるってのはいいねえ。いろいろ個人には「指定された日には出席できない」って理由があるものだから。

科目の分け方は1次試験にはたいして意味がないだろうね。単にくくり方を変えただけだろうから。

2次試験では、「小論文試験」が「論文試験」に変わってるのがちょっと気になるねえ。まさか字数を800字から変えてくるのかなあ?? まあ、基本は同じだと思うけど。
論文の範囲と出題数が減ってるのはどうかねえ。かずおは、2時限目は衣生活と住生活を用意してたんだけど得意なのがなくなったって人もいるかもしれないね。ただ、出題数が減ると論文試験本番の時の問題選択が少しは楽になるかもしれないね。

■さっき、談話室に投稿された小論文と体験談を整理して別のページに移そうとしてたんだけど、かーなりたいへんそうで中断しちゃった。よくよく見るとほんとにたくさん投稿していただいてるんだよね。ありがたいよー。なんとかこれを資産として活用しやすいようにしなくっちゃあ。だいぶ遅くなるかもしれないけど少しずつやっていこうと思う。気持ちとしては、投稿された小論文とそれに対するみなさんや私の意見をセットにしてまとめていこうと思う。

●2002.2.19(火) 衝動買い? 女の決断?

■今日は会社を休んでいる。といっても別に体調が悪いわけではなくて、元気である。久しぶりに代休をとっただけである。
昨日はけっこう遅くなってしまった。熱心な後輩が夜打ち合わせをしたいとのことで、始まったのが20:30頃で23時頃にギブアップ(軟弱ぅーー)して先に帰らせてもらった。といってもその後すぐ終わってたようだけど。
で、大阪駅に行ったらたまたま事故で電車が遅れててて、家に着いたのが1時頃。
というわけで、今日は一日ごろごろしていようと思う。

昨日の朝から妻が東京に出張で出かけている。
妻の働く団体で会員の美容師さん達を集めて、会独自の講師を認定するための講習会をやるとか。
自主的に技術を高めていこうとするこの活動はなかなかいいと思う。
この10年くらいは、妻の知り合いの美容室をあっちこっちと付いて行っていっしょにカット(散髪?)してもらっているのだが、たしかにどこでカットしてもらっても、結構上手であり満足している。

ただ、美容室のシャンプー台は「超苦手」である。化粧をしている女性のために仰向になって髪を洗ってもらうのだが、ああいう姿勢を他人にゆだねるというのはふだん他にあんまりないよねえ。顔にタオルをかぶせてくれるからいいけど、シャンプーしてくれる人と向き合う形になってこっぱずかしいし・・・ちなみに理容店はどこもうつぶせ状態で髪を洗ってくれるから、自分で髪を洗う時と同じ姿勢だから、かずおにとっては違和感はない。

もちろんシャンプーなんてたのまずにカットだけにしてもらってるんだけど、最初に髪を濡らす(切りやすくするため?それともきたないから??)のと、どうかすると後で髪を流し落とすのにもう一回洗ってくれる。
一番最初にあのシャンプー台に座らされて、いすが後ろに倒れて行く時に「ぎゃ!」ってさけんじゃったら女の子から「初めてですかーー?」って笑われてしまった。

でもまあ、知り合いの美容師さんばっかりだし、どこも感じのいい店だし、これからも妻にのこのこ付いていこうと思う。でも、他のお客さんに「へんなおっさん」はじゃまかなあ・・・??

さて、上に書いた講習会に行くというので妻が(私も)前から欲しいと言っていたノートパソコンを買ってしまった。先週買い物に行った時に「ちょっと見に行こう」って言い出した妻とともに電器屋さんへ。とある小さな一台が気に入ったみたいで、いきなり「これにしよう!」って妻のひと声。ぎえ!衝動買いをしてしまった。技術者のはしくれの「かずお」としては、スペック(仕様)をカタログとかで比較検討しながら慎重に機種選択したかったのに。・・・・・といっても、よく考えるとあんまりそんなことしたことがないねえ。
そういえば、前の2台のパソコンもかなり衝動買い、いや妻の決断だったねえ。
この間までやってた「ちゅらさん」の中で、「男なーんて、女が背中をポンって押してやらないとなーんにも決断できないんだから・・・」って感じのせりふがあったけど、妙に覚えている。そういえば、マンションを買うこと、それを売って新しい家を買うこと、HPを立ち上げることなどはぜーんぶ妻の決断・・・・・
いや、たんに「かずお」が優柔不断なだけかも・・・

というわけで、妻は講習会の事務局としてきっと会場のひとすみでノートパソコンを開いて、会の進行にあわせてばしばしと記録をとっているはず。たぶんだけど、それを見て「すっげー」って思ってる人多いだろうと思う。なんせ、美容師さんのパソコン使用状況は、すごいヘビーユーザーとぜんぜん知らない人の格差がすごいから。

■(こっから、ですます調)
そうそう、体験談をどうもありがとうございます。うれしいです。
で、勝手ながら「談話室」から「過去の談話室」に投稿をコピーする時には、ちょっと文章が長い方の投稿には適宜「改行」を入れさせていただいています。もちろん内容はいじっていませんのでご了承ください。

文の区切り(段落)の所は、一行あけて書くとずいぶん見やすくなりますよ。■や●や◎などの記号を使ってもいいと思います。日本語で「きごう」と打って漢字変換すると出てくると思います。出ないこともありますけど。
@とかAとかの(マルの付いた数字)記号は以前は機種独自の記号だから、インターネットには使わないほうがいいって聞いていましたが最近はたいがい問題なく表示されていますねえ。使ってもいいんでしょうかねえ。

●2002.2.16(土)その2 

■人材簿について
下記の日記に対してさっそく「人材簿に登録して就職したよー」って書き込みをいただいた。ううむ、「かずお」の認識不足であった。ごめんなさい。そして、情報に感謝します。
せっかくだから、募集してみよう。
「人材簿に登録したおかげで就職できたという方、掲示板で教えていただけませんか。
大体の時期と地域と職種を差し支えない範囲でお願いします。」

■某テキストについて
私としては、「試験実施機関が通信講座に関わること」自体おかしなことと思っている。
某通信講座の実施は産○大なのであるが、テキストには日○産○協○と書いてある。
で、そのテキストからほとんどそっくりの問題が出ているという。
これは、情報操作であるし、他の民間の通信講座の経営を妨害する行為になると思う。

つまり、そのテキストからたくさん問題がそのまま出るようだと、受験者はそのテキストを選ばなくてはならなくなってしまう。つまり、テキストを作成した機関の望む内容を覚えた者が合格するシステムになってしまう。正しい内容ならそれでもいいが、情報操作や思想操作というのはそういうところから発生するのは歴史が証明していると思う。また、他の民間企業は、いくらがんばっても試験にそっくり出るようなテキストを作りようがないので、受験者は某通信講座に流れて行ってしまうことになる。これはインサイダー取り引きと同じで「公正な競争」とは言えないだろう。

仮に公正な競争をしようとしているにしても、「試験実施機関が通信講座に関わる」という理不尽なことは、そもそもやってはいけないと思う。

さて、私としてはすべての運営を産○大にまかせてしまえばいいと思う。別に不慣れなお役人様が作るよりも、よく慣れた民間が格段にいいものをつくるだろう。産○大が出版している過去問題集では、解説がわかりやすく、ポイントがよく押さえられ、読みやすいとかずおは感じるのであるがどうだろう。

これも、ある意味で規制緩和にならないかなあ。

●2002.2.16(土) 効果対リスク

■人材簿について思うこと
  (私は職に就いているので、それを割り引いて読んで欲しい。)

人材簿に登録したら就職できたって「うわさ」があるが、ほんとだろうかと「かずお」は疑う。
掲示板でも明確な書き込みがないのにそんなのを信じていいのだろうか。
ほんとうなら、掲示板にバンバン体験記の書き込みがあるはず。(ないよーー)

仮に登録して就職した人が何人かいるとしても、何千人もいる登録者の中のごくごくごくごく一部と思う。
「登録して就職した人がいる」という「うわさ」と、「登録すると年に**人くらい就職する人がいる」という「情報」とでは大違いである。最初のは「あぶない勧誘とか、セールストーク」で使われそうな(?)言い回しである。後者の「データに基づく表現」で議論すべきである。(無理かな・・・)

間違えないで欲しいのは、だから登録するなって言いたいわけじゃあない。当然登録してメリットもあるだろう。(たぶん・・・?) 結局は自分で判断すればいいことである。(きっぱり)

言いたいことは、次のこと。
1.甘い夢だけで登録しても何も来ないかもしれないよ。
2.名簿というのは、出回ると必ず悪用されるという「リスク」がつきまとうよ。
  消費ADなら、それを知っておくべき。要は「効果対リスク」を考えるべき。
3.待つだけの受身の体勢よりも、やっぱり自ら積極的に動くべきじゃあないだろうか。

ということで、「かずお」は登録していない。理由は、上記の「悪用されるかもしれないリスク」のため。
お役人様がいくらすばらしいことを言って人材簿なるものを作っても、電子データというものはたった一人でも
悪意のある人間もしくは配慮のない人間がいたなら、あっという間に世の中に広まってしまう。
当局にそういう厳格なリスク管理を期待してもいいのだろうか・・・(おおげさかな??)

でも、現実に消費AD資格を使って就職を探してるって人には、人材簿への登録は有力な方法のひとつかもしれない。(苦情対策に、ちょっとだけフォロー)

■過去問題について思うこと (けっこう意地になってるのでそれを割り引いて読んで欲しい)

過去問題中心で合格したって書き込みがいくつかあり、「かずお」としては喜んでいる。
ああ、やっぱりねえと思う。過去問題中心を勧めている「かずお」としてはちょっと安心の気持ちである。(ホッ・・・)

「テキストから出題されていた」という書き込みが時々ある。「かずお」に言わせれば、「当たり前である」。だってテキストなんだから。でも、「テキストから出題されていた」という「うわさ」と、「テキストから**問出題されていた」という「情報」とは大違いである。(理由は上記と同じ)

じゃあ、「過去問題」や「くらしの豆知識」や「ハンドブック消費者」からは、出題されていないのであろうか?なにしろ問題をまだ見ていないのでなんともわからないのであるが、たぶん熟読してればけっこう解ける問題はたくさんあったんじゃあないかなあと想像する。

他の消費者関連の書籍ならなんだって言えるだろう。「あの本から問題が出ていた」って。日本の消費者関連事項を解説するために、日本で出版した書籍だったら、なんでも同じである。

要は、効率である。
同じ知識を得るのに、限られた時間で、どれだけ効果を上げられるかである。

言いたいのは、某通信教材のことである。一度は、そのテキストで「やる気をなくしたかずお」としては、あのままでは勧める気はしない。たぶん、そのテキストを持ったまま、やる気をなくしてやめちゃった人もいるはず。

問題はその中から出るという「効果」はあるものの、その量が多くて文が読みにくくって受験をやめちゃうかもしれないという「リスク」もあるのである。
つまり某テキストを使った場合の、「効果対リスク」を考えるべきなのである。

「かずお」は7年分の過去問題とくらしの豆知識とハンドブック消費者だけで19期の1次試験に合格したんだけど、それだけの知識で去年、20期と21期の1次試験問題を解いてみた。
結果は2001.6.30と2001.7.24の日記に書いてあるが、20期問題で67点、21期問題で66点を取ることができた。
1次試験の勉強から2年近く経ってからの成績にしては、けっこういいと自負している。なにしろ「かずお」が勉強した過去問題は「18期以前の過去問題」なんだから!! その後に読んでるのは、毎年の新しい「くらしの豆知識」と「ハンドブック消費者」だけである。

まっ、これも自分で判断しておくれ。かずおはこれに関しては「ちょっとがんこ」だし「意地になっている」から。

今年も22期の過去問題を買って、問題を解いてみようと思う。うう、3800円かあ、しょうがないねえ・・・こんな主張をしてるんだから・・・ それとここで言ってると、少しは某テキストも良くなるかもしれないし・・・・・

でも、現実に某通信講座が役にたっているって人がけっこういるから、すごくいい教材なのかもしれない。(苦情対策にちょっとだけフォロー)

***************************************
ああーー、また同じようなことを書いてしまったーー・・・ ネタ切れじゃあーー

●2002.2.10 合格発表もおわったね・・・

みなさん、たくさんの書き込みありがとうございます。
最近忙しくて、会社で毎日掲示板をこそこそ見てるだけのかずおです。
合格発表も終わりましたので、今の時点での「かずお」の思いを少しだけ書いてみます。

■まず今年合格証を受け取れなかった方へ・・・
この掲示板で「だめだったよーー!」ってさけんでる方は、かずおとしては
「あなたは、だいじょうぶ!すぐに立ち直って勉強を始められる方です。」と思います。
心配なのは、今まで見てるだけで、このままひっそりと去ってしまう方、
それから今まで書き込みしてたけど、これを機にやっぱり去ってしまう方。

ぜひ去ってしまう前に「すえぞうの部屋」の掲示板と日記を見ることをお勧めします。
すえぞうさんの通知を受け取った時の気持ち、それに対するみなさんの意見・励まし、
そしてすえぞうさんの心の動きがすごくgoodです。
http://www.hokuriku.ne.jp/suezo/

■このHPももうすぐ2年になります。
単に「目立ちたい」だけで始めたHPですが、最近すこーしだけ「このHPの社会的意義」を
考える「かずお」です。ひと言で言うと次のようなことです。
「消費生活アドバイザー資格取得に手を貸すことを通じて、資格者を増やして
社会と地球環境を少しでもよくしたい。」
なーんか、たいそうなことを言ってますが、「かずお」のささやかな思いです。
できれば、追い追い日記で考えるところを述べてみたと思います。

■さて、これから消費生活アドバイザーを受けようかと思ってる方へ・・・
この資格は、日本に何千もある(たぶん・・・)資格のたんなるひとつかもしれません。
でも、中身はすごく楽しくて自分自身の生活にためになることが凝縮されています。
仲間や友達も作りやすい雰囲気です。
受験勉強をグループでやったり、合格後に自主活動グループを運営されている話はよく聞きます。
このHPに見にきてくださった方には、次のように言わせてください。
「ようこそ消費生活アドバイザーの世界へ」

■最後に、合格証を受け取った方へ・・・
「やったね!おめでとーー!!」
さあ、もうあなたは「合格体験記」も「えっへん」も「名刺への記載」も自由です。
喜びをじっくりかみしめましょう。4月の資格証を楽しみに待ちましょう。
で、しつこいけどいつものお願いです。
「後に続く方のために、体験と小論文を投稿いただけないでしょうか。」
小論文は全文が無理ならポイントだけでもOKです。
いろんな方の経験が、きっと役にたつと思います。

**********************************
さあて、久しぶりの休みだあ。
今日は、ゆっくりと・・・・・・じゃあなくて、妻と食事に行って、買い物行って、ねこと遊んで、バレーに行って、テレビ見て・・・
げげっ、あっという間に一日が終わりそう?!明日(建国記念日だったかな)も仕事なのに・・・


●2002.1.27(日) 成人式ぃ?車内放送ぉ! んで質問・・・

●成人式について思うこと(ちょっと遅いぃーー?)

かずおは成人式に行っていない。正確に言うと案内さえも来ていない。
でも、案内が来ていたとしてもまず行ってなかったと思う。

なぜ案内が来ていないかと言うと、ちょうどそのころに原付の免許を取りたいと思い住所変更したため。
北九州市から宇部市に住所変更したのであるが、北九州市の成人式は1月15日に行い、宇部市の成人式は正月かもしくは前の年のお盆のころ(どっちか忘れた・・・)にあった。つまりタイミング良く(悪く?)住所変更すると、移転元の北九州市では成人式はまだなのに、移転先の宇部市の成人式はすでに終わっており、どちらの市からも成人式の案内は来ないという現象になる。

でも、当時大学の同級生の間でほとんど「成人式に行った」なんて話を聞いたことがない。たぶんほとんどのやつが行ってなかったんじゃあないかと思う。大学の同級生はほとんど(9割くらい)親元離れて下宿してた者ばかりである。一時的な下宿先に住所変更してる者はそんなにたくさんはいなかったはず。住所変更してなかったとしても正月に帰省したばかりなのに、また1月15日に再び帰省してまで成人式に出席するはずがない。住所変更していたとしても、地元の人間ばかり集まる成人式に行くはずがない。
第一、なんとなくだが学生の間では当時から「成人式」をすこーし(かなり?)バカにしている雰囲気があったように感じる。
(かずおの偏見である・・・申し訳ない)

もちろん当時スーツとかまともなスラックスとかネクタイとか革靴とかも持ってなくて、ほとんど365日ジーパンですごしていた。
「成人式は一生の思い出だ!」とか言ってスーツを買ったりする発想もなければお金もなかった。
だから成人の日に振袖着て出かけていく・・・って光景は、きれいだねえとかは思うけど、あんまり肯定的な気持ち(?)にはなれない。

成人式を続けるかやめるかとか、行くべきか行かないべきかとかにあまり意見を言うつもりはない。
でも、ちょっとバカにしている「かずお」である。

●車内放送

電車の中で携帯電話を操作しまくってるやつが最近増えてきた。たぶんメール。
「電車の中では電源を切ってください」って放送が始まった頃には、少なくなったのに最近は慣れて(?)きたんだろうね。えーい、うっとおしいやつらじゃ! なーんてことは声に出して言えない・・・
まあ、さすがに大声で話してる人はかなり減ったけど。(でも、大声もまだいる!)

携帯は別に操作してなくても電源ONしてるだけでときどき電波を出しているから(たしか・・・)、電車の中みたいに狭い空間では心臓ペースメーカーとかを使ってる人は恐怖であろう。
そのうち、携帯が理由で人が倒れたりしたら、裁判沙汰とかになるかもしれないよねえ。
とはいえ、人の特定とか因果関係の立証とかいろいろ課題があるだろうけど・・・

さて、かずおはJRと阪急に乗っているのだが、携帯についての車内放送にちがいがある。
詳しい言葉は覚えきらないが、両者の言い方には文章としての構成上の大きな違いがある。

【JR】では、「車内での携帯の使用は、心臓ペースメーカーをお使いの方にに影響を与え、またまわりの方にも迷惑ですので*****、電源をお切りください。」のような言い回しである。

【阪急】では、「車内で携帯使用すると、心臓ペースメーカーをお使いの方に影響を与え、またまわりの方にも迷惑ですので*****、携帯の電源をお切りください。」のような言い回しである。

つまり、JRでは、最初に「携帯」という主語があって、途中でえんえんと説明があって、最後に「電源をお切りください」っていう述語がある。そう、聞いてるうちに「間延び」して何の電源を切るのかわからなくなるのである。お願いとしてもすごく弱く感じる。
阪急のは、最初に背景を説明して、最後に「携帯の電源を」「お切りください」って主語と述語が近くてすごく聞きやすいし理解しやすい。

そのせいかどうかは知らないけど、車内で携帯を使ってる人間の数は差が感じられる。
まあ、乗ってる住民の地域性とか、いすの構成とか、乗客数とか、乗ってる平均時間とかに違いがあるので単純比較はしちゃあいけないけど。
でも、単に国語的な文章力としては差があるといってもいいみたいだねえ。

・・・ちょっとだけ小論文のヒントになったかな??

●質問するなら・・・

「さいとお日記」を読むと、「質問だけしてくる人は、その後二度と書き込みに来ない」って内容のことが書かれてある。実は「かずお」もそんなことをよく感じていた。

最近談話室への書き込みで、「小論文で字数オーバーしても合格だった」という貴重な書き込みをしていただけた。なにげなさそうであるが、こういう情報は受験生にとってすごく価値が高い。

以前、やはり「字数オーバーしたがそれでもいいか?」「字数が600字以下だったがそれでもいいか?」って質問があり、かずおの思うところを回答したのであるが、ぜひその方の結果を聞きたかったのである。

別に字数をオーバーして書けとか、600字以下でもいいって言いたいわけじゃあない!!
練習では当然600〜800字で、なるべく800字近くで書くようにしなくちゃあいけない。

例えば試験中の終了時刻ぎりぎり(例えば終了1分前)で800字を少しオーバーして小論文ができあがったとする。残されたほんのわずかな時間で、修正しようかそのまま出そうかってことを決断しなくてはならない。
もし、1字でもオーバーすればアウトって情報があれば「無理してでも修正」しないといけなくなるし、少しオーバーしても合格したっていう情報があればそのまま提出することで「修正途中の未完成で提出という危険」を回避することができる。

「小論文で字数オーバーしても合格だった」というわずか18文字ではあるが、すごく貴重な情報なのである。

改めてお願いしたい。質問は大歓迎であるが、ぜひその後の経過なり結果なりを教えて欲しい。
そうすることで、すごくたくさんの人の役にたつのである。
同じように、勉強方法とか提出した小論文とかは、貴重な情報である。
合否発表まであと1週間くらい、検討いただけないであろうか。

●2002.1.20(日) 悪徳?いいかげん?

今朝から妻が博多へ3日間の出張に行ってしまった。
取り残された夫猫(ふねこorふびょう?)、またもや冬眠状態・・・??

■夜、インターフォンが鳴った。
「福祉ボランティアの者です。施設の人達が作った布巾を見てくれませんか?」とのこと。
ちょっと迷ったんだけど、「すみません、いりません。」って言って会わなかった。
はっきり言って、すごーく後味が悪い。もちろん福祉とかにはいろいろ手助けしたい。
今回のは、もしかしたら悪徳業者じゃあないかと思って会うのをやめたのだが、もしかしたら本当に福祉とかでがんばっている人なのかもしれないと思うのである。
たぶん、商品を買ったとしても、後味が悪かったと思う。今のは悪徳業者じゃあなかったかなあって布巾を見るたびに思い出してしまうだろう。

人の善意につけこんで商売をやる人達がいるから困るよねえ。
ほんとうに善意でやっている方との区別がつけにくくなってしまう。
たぶん・・・だけど、善意でやっている人なら、訪問販売形式ではやらないと思うし、夜に来ないよねえ。

■通信販売をけっこう使っているのであるが、最近続けて2社で、荷物の配達業者が○○ネコから某社に変わってしまった。たぶん、某社が価格攻勢をかけているんじゃあないかなあ・・・?
というのは、もともと某社で送ってくる別の通信販売の会社に、○○ネコにしてって電話したら値段が上がると言われたから。

正直言って、共稼ぎをやってる身にとって、サービスの点数を付けるなら、○○ネコを100点とするなら、某社は30点未満くらいである。
○○ネコは、どの人も礼儀正しいし、約束は守るし、確認や引継ぎがしっかりしていてすごく頼れる。
某社は、かずおの地区では下請け業者が来るのだが、礼儀は悪いし、約束は守らないし、荷物の取り扱いも良くないようでダンボールのへこみとかがある。また、某社の別の下請け業者が駅の近くにあるのだが、朝通ると必ずそこの車が「路上駐車」していて、車の中に前日配達しきれなかったと思われる「荷物を積んだまま」である。盗難予防もプライバシーもへったくれも無い状態である。

今は不景気だから、どうしても値段が安い方に向かっちゃいがちだけど、そればっかりでいいのかなあって思うかずおである。

■合格発表まであと2週間だねえ。
前にも書いたかもしれないけど、私の場合(20期)合否の書類の日付は2月2日で、合格者には分厚い封筒が、不合格者には薄い封筒が届くよ。
今年の2月は、1日が金曜で2日が土曜だから、4日(月)か5日(火)かはたまた6日(水)くらいに届くんじゃあないかなあ・・・??
さて、今年も募集しておこう。

*************************************************************
「よろしければ、あなたの受験体験を掲示板(談話室)へ投稿していただけないでしょうか?」

合格した方。(ひとつの項目だけでも可))
@勉強した教材、セミナー等
A勉強した期間、曜日、時間帯、場所等
Bどういう風に勉強を進めたか。工夫したか。等
Cこれだけは言いたいということ。(その他なんでも。)
D試験本番もしくは直前に書いた小論文
E面接で聞かれたこと、答えたこと

もう一度来年受けようって方。(ひとつの項目だけでも可))
@「また受けるぞーー!」宣言
A私の敗因分析
Bこれだけは言いたいということ。(その他なんでも。)*************************************************************

●2002.1.9 電話代は高いなり。

ADSLにしようと思う。
nifty経由でNTTのフレッツADSLに申し込めば、niftyの時間無制限コースが2000円のところが期間限定だけど(半年だったかな?)500円になり、あとNTTのフレッツASDL代が2900円とモデムレンタル料がたしか490円とのこと。
ということは、500円+2900円+490円=3890円で使いたい放題になる。

今「かずお」の家のインターネット環境は、nifty無制限コース2000円+電話代2500円くらいだから4500円くらい払っているので安くなるし、電話代を気にしながら(時計を見ながら)接続するという精神的に良くないことをしなくてすむ。


コルク