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わんど塾(おっちゃん)の対応事例を紹介する。
もし、あなたが当事者なら、どうやって問題を解決しようとするだろう。

おっちゃんからの提言≪自暴自棄の防止≫  
    2008624日(火)

2008年6月8日(日) 東京、秋葉原で無差別殺人事件が起こった。犯人は25歳の派遣社員。歩行者天国となった道路にトラックで突っ込み歩行者を跳ね飛ばした。その後トラックを乗り捨てナイフを振りかざし、わずか数分間に次々と手当たり次第に人を刺すという凶行に及んだ。不幸にも、たまたまその場に居合わせた全く無関係ない17人が巻き込まれてしまい、7人もの命が奪われ、今なお危篤状態の人もいるという大惨事となった。彼が語った犯行の動機は、親への恨みと社会に対する恨み、そして自身の将来に希望を失ったから・・・というものだった。

くしくも7年前の(2001年)同じ6月8日、大阪府の池田小学校に突然一人の男が乱入してきて、無差別にたくさんの児童を襲い、15人が巻き込まれて8人が犠牲となった。犯人は当時37歳の男性。彼もまた、親を恨み、別れた妻を恨み、社会を恨んでの凶行だった。

実は7年前のこの日、大東市教職員組合の主催する「わんど塾・講演会」が予定されていた。しかし、前代未聞の大事件の発生に先生方は対応におおわらわで、会場の大東市民会館に来られた先生方はわずか5人程だったことを、おっちゃんは鮮明に覚えている。この日、おっちゃんが講演会で訴え続けたことは、「青少年問題においては、基本的に子供たち自身に責任はなく、原因の大元は家庭環境や社会環境にある」という真実であり、「問題を解決する唯一の方法は原因を取り除くこと」に尽きるという事実のみだった。

社会や家庭環境に何らかの問題がある場合、そのしわ寄せは、弱い立場の子供たちに降りかかる。その結果、子供たちの一部は、表に見えにくい形で、自室に引きこもったり不登校になったりする。また一部は、家を飛び出し、非行に走り、仲間と一緒に暴れてみたり警察沙汰になったりする。このように子供たちの行動が、内にこもるか、派手に目立つかは別として、原因はどちらも同じ。社会や家庭環境の犠牲になった弱い立場の子供たちが、自分たちでは、どうしても解決できないことに対して、その抑えきれない気持ちを表現したに過ぎない。その事実を理解し、原因を確信して欲しいと、おっちゃんは訴え続けている。

世間では、引きこもったり暴れたりする子供自身に問題があるというのが常識で、まだまだ力ずくで子供たちを抑え込み、問題を解決しようとする考え方がはびこっている。しかしわんど塾では、「社会や家庭に問題があり、こども達はその犠牲者である」という立場から、なんとか子供たちの本音を聞き出し、その原因を探し出して、ひとつずつ取り除いていくことで根本から問題解決をしていこうとする。原因さえなくなれば、二度と問題行動を起こさなくなる。なぜなら、子供たちにとって、家庭や学校は本来楽しい場所だからである。そこに子供たちの居場所があれば、居心地がよければ、誰も自ら出て行こうとはしないものだ。

そこで、わんど塾の対応は、まず子供たちの本音を聞き出すことに専念する。おっちゃんは子供たちを魚釣りや食い放題に連れ出し、携帯電話で連絡が取れるようにする。冗談の一つも言える仲になってから、少しずつ、本音を聞き出す。決して頭ごなしに叱ったりせず、何が問題なのかを必死で探る。

そんなわんど塾の対応に対して、「悪い事をした子に対して厳しさが無い」とか「遊ばせたり、食べさせたりして甘やかし過ぎ」というのが世間の常識。実はおっちゃん自身も、かつて、そうした大人の一人だった。

しかし、ちょっと角度を変えてみると、家庭に何か問題があれば大人だって帰りたくはないはず。子供たちも同じで、帰りたくないような家に帰らず、家を飛び出してしまうのは当たり前だ。また家庭と同じように、今度は学校で居場所を失い、学校が面白くなくなった子供たちなら、不登校や引きこもりをしたくなるのは自然の成り行きといえる。

このように考えていくと、非行や不登校などの『子供が見せる現象』に対して、どんなに厳しく注意しても、いくら叱っても叩いても問題は何も解決しないことがわかる。むしろ、原因をわかってもらえないもどかしさや怒りから、こども達が見せる行動はどんどんエスカレートしてしまうことが容易に想像できる。つまり問題解決には『現象を起こさせた原因』を取り除き、彼らの心地よい≪居場所≫を確保してやらない限り、逆に子供たちは元に戻りたくても戻れないのだ。

たとえば家や学校に居場所がなく、家出した子供たちや不登校になった子供たちが、その後どうなっていくのか。どんな壁にぶつかってしまうのか。たくさんの子供たちにかかわってきたおっちゃんだからこそ、大よその予想ができる。

家出した子供たちは同じ境遇の子供たちと自然に出会い集団化して、ますます自分の立場を悪くして行く。彼らは卒業間近になって初めて、進学も就職も難しくなってしまったことを思い知らされ自暴自棄となり、どんどん自分を追い詰めて行く。また不登校だった子供たちは友人が少なく、無事、進学したとしても馴染めず中退してしまうことが多く、また不登校、引きこもりを繰り返し精神的にも病んで、大きくなった体と力を持て余し家庭内暴力などに発展してしまうことが多々ある。

それでもまだ、未成年の内なら高校や大学に行き直したり、或いは専門学校へ行って技術を習得することで将来に夢を繋げることもできるが、成人後はとても厳しい現実が立ちはだかる。昨今の求人は、中卒や高校中退者は面接すら受けさせてもらえないし、中途採用でも経験が問われ、何らかの資格を求められるのが現状だ。アルバイトや派遣で過ごしてきた子供たちには資格などないし、経験者といえるほどの技術もない。そんな厳しい状況の中でやっと就職先を探したとしても、他人との付き合いが苦手で、人間関係のトラブルが絶えず、どこも長続きせずに、すぐ辞めてしまい、結局、毎日をブラブラと過ごすことになってしまう。

しかし、世間から見るとただのナマケ者にしか見えない彼ら自身が、実は誰よりも一番働きたいと焦っている。ただでさえ、他人の芝は青く見えるものなのに、働きたいのに働けないジレンマ、就職したいのに面接さえ受けられない現状に行き詰った人間が、ヤケッパチになって無差別に人を攻撃したのが今回の事件だと、おっちゃんは分析する。

因みに、池田小学校の事件が発生するまでは「地域の要として学校を開放しコミュニケーションを深めよう」という考え方で社会は動いていたが、事件後、一変して校門に鍵が掛けられ、地域との繋がりが断たれてしまった。今では集団登下校に加えて、地域の人たちによる見守りによってやっと安全が保たれているという始末だ。

こうした悲しい出来事を、もう二度と繰り返さないためにも、大元である家庭環境、地域環境、社会環境を整える作業を急がなければならないと、おっちゃんは訴え続け、そのときできるせいいっぱいのことをしながら子供たちにかかわり続けている。





<対立への落とし穴>     2005.11.10

しつけ〜親のあせり〜

おっちゃんが家族を養うために、がむしゃらに働いていた当時、
ふと気がつくと、次男が暴れるようになっていた。
叱っても叱っても、次男の行動はエスカレートするばかり。
このままでは家族だけでなく、人様に迷惑がかかってしまう。
切羽詰ったおっちゃんは、最後の手段として、
次男が、なにか事件を起こしてしまう前に抹殺し、
世間に対して、親としての責任を取ろうと考えた。

夜の公園に、次男を連れてくるよう妻に宣告し、
おっちゃんはひとり・・・待った。ずっと・・・待った。
おっちゃんだって、そんなこと、したくない。
おっちゃんは、考えた。それ以外、することがなかった。

なんで、こないなことに、なってしもたんや。
おれは、あいつらのために、毎日忙しい思いしてんのに。
あいつ、いったい、なに考えてるんや・・・。
なにを・・・。そや、あいつ、なにを考えているんやろう・・・。

おっちゃんは、ジグソーパズルのピースを探すように、
ひとつ、ふたつと、ゆっくり、ゆっくり、自問自答を始めた。
長いことかかって、何度も堂々巡りをして、
やっと、ひとつのピースをはめることに成功した。

おれは、自分の主張ばかりをあいつらに押しつけていた。
家族のためといいながら、家族をほったらかしにして、
あいつらと話をすることを忘れていた。
こんなん、家族とちゃう(違う)!
もしかしたら、もしかしたら・・・。

似たような色のピースが・・・、はまりそうで、はまらないピースが
たくさん一箇所に集まってきた瞬間だった。
おっちゃんは、相手を変えようとする前に、自分を変えてみることにした。
特に、子供の本音を聞くためには、大人が変わらなければ無理だと思った。
生まれながらにしてワルである子供は、いない。すべて大人の責任だ。
この考えが、わんど塾を始めるきっかけとなった。

“誰も責めない、誰も見捨てない、ただひたすら待つ”

おっちゃんの頭の中で、ピースたちが叫んでいた。
ヒートアップしたふらふらの頭を抱えて、おっちゃんは公園を後にした。
足取りは、なにやら、おぼつかなかったが、ふつふつと胸が、たぎっていた。

あれから、7年。
今では、その次男坊も大学を卒業し、さらに別の大学で微生物の勉強をしている。
たまに帰ってきては、狭い家中に服を脱ぎ散らかし、大事な書類を置き忘れる。
「あいつは、昔っから、そういうヤツだった・・・」

小さい頃は、しつけようとして叱っては、子供との溝を深めていた。
無理にやめさせよう、しつけようとしても、
だんだん対立は激しくなって、ついには子供との会話がなくなってしまう。
こうして、いちど人間関係が壊れてしまうと、問題解決ができなくなるだけでなく、
あらたに別の問題までが発生してしまう。

ところが、小さな対立のタネは、あきらめた途端に不思議と問題ではなくなる。
親があきらめて何も言わず、黙って邪魔な服を片付けると、「ごめん、ごめん」
忘れた書類を黙って送ってやると、「わるいね・・・」
子供なりに、迷惑を掛けていることは重々わかっている。

白黒はっきりさせるだけでは、問題は解決しない。
あえて対立せず、人間関係さえ保っておけば、事態がよくなる可能性は残される。
人間関係を失ってしまってからでは、手に入れられるものは何もない。
「あいつには、いろいろ教えられるなぁ・・・」
おっちゃんは、しみじみつぶやいた。



<2005年初レポート>     2005.5.18

人生のコーディネイト

中学卒業後のヤンチャたちによる“春の行事”が今年も盛況だった。

高校の面接試験を、軽いノリで反古にして、友達と遊びに行ってしまい
結局進学できなかった彼は、就職もできないまま、連休も遊びほうけていた。

また、“中卒では就職口がない”という現状を把握できず、
フリーターでなんとかやっていけるだろうとタカをくくっていた彼女は、
きちんと就職しないまま定時制高校へ通い始め、
どうにか朝6時からのバイトを見つけてきたが、続かなかった。

おっちゃんが中卒の彼らの厳しい現状を見据えて、彼らが卒業するずっと前から、
いろんなツテを駆使して、あちこちに頭を下げ、やっとこさ見つけてきた就職口を、
就職したその日に辞めるなんてことは、彼らにとっては朝飯前だ。

「もう、次の就職口はあらへんのや。」
「こんなに、ものわかりのいい、やさしい経営者は、めったといないんやで。」
おっちゃんが、いくら釘を刺していても、かれらには我慢ができない。
「あんな偉そうなこといいやがって、やってられっかい!」
「就職なんて、いくらでもあるわい!」

そんなこんなで、高校進学した子も、そうでなかった子も、
連休中、また一緒につるんで夜通し遊んでしまう。
当然、就職はできないままだし、進学していた子も学校へ行かなくなる。
そうやってお互い、足の引っ張り合いをしているうちに、周りから
「それみたことか」「いわんこっちゃない」などと冷たい視線が浴びせられ、
彼らもようやく「わし、アホやったわ・・・」と気づき始める。

気づいた今なら、彼らにも「聞く耳」がある。
ところが、卒業前には、あーでないと、こーでないと、と言っていた大人たちは、
この大切な時期、もう手遅れとばかり、冷たい。
このままでは、彼らがせっかくの“気づき”を“あきらめ”へ変え、ヤケになる日は近い。

そこで、わんど塾の理念“誰も責めない、誰も見捨てない、ただひたすら待つ”を掲げて
子ども達のヒーロー、おっちゃんが登場することになる。
ヒーローであるはずのおっちゃんは、もう一度、駆けずり回って頭を下げ、
無理を承知で頼み込み、八方ふさがりの中からなんとか道を探るという、
難題に取り組むことになる。

一方で、子ども達がヤケを起こさないよう、暴れて一生を棒に振らないよう、
彼らのエネルギーを発散させるため、魚釣りや食べ放題を企画する。
おっちゃんの体力、経済力、共に限界。まさに命がけだ。

そんなおっちゃんの支えは、わんど塾の理念のみ。
ここで、この子達を見捨てるわけにはいかない。
ひとりでも、ふたりでも、彼らが気づいた、この大切な時期に、とことん支えてやりたい。
失敗なら誰にでもある。反省したときから、道が開けることを知って欲しい。
自分の人生は、自分でコーディネイトしていく力を身につけて欲しい。
おっちゃんの目的は、ちゃんとした大人として、彼らを社会に送り出すことだ。




<連載D 最終回>     2004.10.7

太陽と月

親に反発し、学校を怠けて悪いことばかりしている長男に対して、
このままでは兄弟に悪影響を及ぼしてしまうと、堪りかねた父親が手をあげた。
すると長男は、父親に向かって、バットを持ち出し反撃に出た。
その場は、どうにか難を逃れ、興奮した長男が家を飛び出したあと、
「ヘタをすると、いつ、殺し合いになるかわからない・・・」と
切羽詰った両親が途方にくれ、わんど塾に相談をもちかけてきた。
おっちゃんは、まず両親に、子供と本気で向き合う覚悟を促した。

わんど塾はどんな場合でも、決して、“力”には頼りません。
つまり、精神的な圧力をかけず、もちろん手をあげるようなこともしません。
あくまでも子供に優しく接し、常に子供の側に立ってやることで信頼関係を築きます。
何があっても、子供が何をしても、この基本姿勢を絶対に崩さず、
子供が間違いなく自分の味方だと認めて、心を開き、相談を持ちかけてくるまで
ただひたすら待ち続けます。そうなるまで一緒に、辛抱してもらえますか。

「そんなことをしたら、ますます調子に乗って、好き勝手なことをしてしまいます。」
「そう思って甘い顔をせず、厳しく接してきたら、こんな結果を招いた。違いますか?
良かれと思ってがんばってみたけれど、思うような結果が出なかったわけですから、
これまでとは、まったく違う方法を試してみるしかないと思いますが?」
おっちゃんの方針を聞いて、始めは戸惑っていた両親だったが、
何とかしたいという一心で、おっちゃんのアドバイスを受け入れてくれた。

何があっても力で対応しない、脅したり見捨てたりするようなことを言わない、
子供を刺激しないよう極力努力する、最低3ヶ月はこれらの約束を守り続ける。

おっちゃんは、さっそく子供に連絡を取った。
「君の両親が来てな、おっちゃんとちゃんと約束してくれたで。
もう叱られたり、文句言われたり、叩かれたりせぇへんから、安心して帰りぃや。」
「あいつらの言うことなんか、信用できるわけないやろ。
絶対帰らへんし、顔見るのもイヤや。今度会ったら、ぶっ殺したる!」
「とにかく、おっちゃんを信じて、一回だけでええから言うとおりにしてくれや。
でないと、間に立ったおっちゃんの立場があらへんやろ。」

始めは興奮していた子供も、おっちゃんのことは信用しているらしく、
次の日、険しい表情ながらも、わんど塾にやってきた。
荒い言葉遣いの端々に、ヤケクソになっているようすが見て取れ、痛々しい。
おっちゃんは、とにかく彼を落ち着かせ、昨日の両親との話し合いのようすと、
おっちゃんがどうやって問題を解決しようとしているのかを話して聞かせた。
静かに根気よく話しているうちに、どうにか、家に帰ることに同意した。
「そない言うンやったら、親が本気で約束したかどうか、確かめに行く。」

家に連絡を入れ、おっちゃんは彼と一緒に出かけた。
父親は仕事からまだ帰っていなかったが、母親は笑顔で迎えてくれた。
「ほら、おっちゃんの言うた通りやろ。
お父さんもお母さんと一緒で、約束通り、これから文句言うたりしはらへんから
自分(君)も、両親を怒らせるような態度や言葉遣いしたらアカンねんで、ええな。」
おっちゃんのことばに、子供は素直にうなづいた。

「この通り、この子はこの子なりに、本心ではいい親子関係を望んでいます。
ただ、うまいこと、自分の想いが伝わらずに怒られて、
それに納得できずに、ことばでダメならと、暴れてしまいよるんです。
今後は約束を守って、絶対、一方的に怒ったり疑ったりして
対立せんようにしたってください。お願いします。」
おっちゃんは、母親にそう言って頭をさげた。

「どや、これで納得できたか?
お父さんもお母さんも見捨てようとしてたわけやないし、
どんな気持ちで待っててくれたかわかったやろ?
そやから、今までのことはきれいに忘れて、仲良くできるように協力するんやで。
よし、そんなら、“ただいま”言うことからや、できるよな。」
彼はもう一度大きくうなづいて、素直に「ただいま」と言ってくれた。

おっちゃんは、できれば母親に目配せをして、約束を守るよう、しつこく訴えたかった。
父親には特に、もう一度目を見て、念を押しておきたかった。
親の対応しだいで子供は変わる。それだけに、ちょっとしたことで信用も吹っ飛ぶ。
「これからが始まりなんです。子供のために、よろしくお願いします。」
おっちゃんは心の中で、そう祈りながら家を出た。

20世紀は太陽の時代だった、とおっちゃんは思う。
人は、太陽のように、自らが光り輝くことで幸せを感じた。
つまり、塾に通い、有名大学を出て、一流企業に就職する。
外国の樹木を伐採し、食糧のほとんどを輸入し、欲しいものを買いあさる。
自分さえよければという傍若無人の生き方。

でも21世紀は違う。太陽の光を反射して初めて、
自分の存在が認識できるような、いわば月のような生き方が望ましい。
奪い合うのではなく、分かち合い、お互いが支え合う。
当然、人と争うこともなく、競争する必要がない。
謙虚で質素で、でも、心豊か。
他を尊重することで、自分が助かり存在価値もあるという感謝の気持ちを
みんなが大切にする生き方・・・。
これ、実は、わんど塾が実践し、目指している生き方でもある。
まずは身近な親子、夫婦の関係から、見直してみませんか。
(おわり)



<連載D 第3回>     2004.10.6

安定した職場という妄想

近頃、正社員ではなくアルバイトで生活する「フリーター」と呼ばれる若者や、
海外にまで出かけていって、ボランティア活動をする若者が増えている。
そんな若者達は、“今は誰にも縛られず自由に生きたい”とか、
“人の役に立ったり、地球に優しい生き方をしたい”という。
それがいいか悪いか判断する前に、われわれ大人は、まず、こう考えるだろう。

今まで親の細いスネを、さんざんかじってきたんだから、大学を卒業した以上、
いつまでもふらふらしていないで、早くしっかり働いて欲しい。
外国の恵まれない人の手伝いや環境保護も、もちろん大事だが、
自分自身の結婚や人生設計をよく考えて、安定した会社に就職し
早く親を安心させてくれーーー!

このような親の願いは、すごく当然なのだが、
その考えを、子供にわからせようとすればするほど、溝が深まっていく。
しまいには会話はおろか、連絡さえ取れないほどの親子の断絶を
招いてしまうことにもなりかねない。
そうした状況に陥った両親の相談を受け、おっちゃんは、こう切り出した。

「安定した職業について欲しいというお気持ちは、わたしにもよぉくわかります。
それなら、お父さんのような銀行員をお望みなのですね?」
「いえ、もう昔と違って、銀行はいつリストラされるかわかりませんから、
とても安定しているとはいえません。」
「では、お母さんのように、学校の先生なら安心されますか?」
「いいえ、今の学校は教育内容も環境も、とても大変で勧められません。」

おっちゃんは続ける。
親は誰でも子供の幸せを願って、安定した会社への就職を望みますが、
今わかっていただけたように、絶対に間違いないといわれていた銀行がつぶれたり、
役所や学校でさえ、統廃合されるのが不思議でなくなっているのが現状です。
こんな社会情勢だからこそ、自己保身のための安定志向だけは昔以上で、
現実には、すでに無くなってしまっている安定を夢見て、
“絶対安定している職場”を探せと、子供に言っても、それは無理というものです。
そんな妄想を一方的に押しつけるから、子供と対立するのです。

どうしても子供をその気にさせたいのなら、
安定した職業を提案してやらないと説得力はありません。
でも、いくら安定した職業を提案できても、当然、子供の能力の問題もあるし、
第一、その職業に向いていなければ、好きにならなければ、続けられません。
環境にも仕事にも慣れれば、しだいに楽しくなってくる
我慢していたら、そのうちいいこともある、というのも間違いではないのですが、
そうならなかった場合が問題なのです。

仕事なんてどこも同じようなものだと我慢に我慢を重ねているうちに
精神的にやられてしまうこともあるかもしれません。
あるいは、自分に合わないことを理由に退社すると、
辛抱のできないヤツというレッテルを貼られてしまうこともあるでしょう。
いずれにしても追い詰められた場合、
取り返しのつかない状態になってしまうこともあるのです。

幸いにも、この両親は、おっちゃんの言いたいことをすぐ理解し、
自分達の考え方(妄想)が、子供との溝を作る原因であったことを認めてくれた。
そしておっちゃんのアドバイス通りに、
親の押しつけと受け取られそうな発言をいっさい慎み、
子供の希望する生き方を、せいいっぱい応援する方法を選び、実行した。
その結果、親子の対立はしだいに収束し、子供との関係も修復された。

青少年問題に係わっているわんど塾は、依頼を受けるたびに
日々、時代の変化を痛感させられている。
政治の世界でも、抵抗勢力ということばが横行しているようだが、
親子関係においても、20世紀に育った親や大人達の考え方が、
厳しい言い方をすれば、そういう大人の存在そのものが、
子ども達にとっての抵抗勢力となっている現状がある。

家庭でも学校でも、地域においても、新旧のせめぎ合いが繰り返されていて、
家族のあり方、教育問題、社会情勢のどれをとっても
子ども達にとっては、抗し難いストレスだ。
それらが複合して襲ってくるため、暴れたり、引きこもったり、逃避したりしてしまう。
きちんとした未来が描けない、希望を与えられない・・・
確かに大人にとっても大変な時期だが、子ども達への責任は果たさなければならない。
今までの常識が通用しないのであれば、親も手探りで、子供と共に成長すればよい。
それにはまず、子供に近づき、子供の本音を聞くこと。
親子間の問題の場合、大人の考えを押しつけず、
子供に歩み寄るという、親の努力こそが、問題の突破口となる。
(つづく)



<連載D 第2回>     2004.9.25

アルバイトの落とし穴

高校生の子供が突然大反発し、困り果てた母親から相談を受けたことがある。
偶然、新聞に載っていたわんど塾に、藁をもつかむ思いで助けを求めてきたのだ。
この家族は、その後、おっちゃんの細かなアドバイスを受け、
それはそれは血のにじむような苦しい日々を、大変な思いをして乗り越えてきた。
先日、その母親から電話がかかってきた。
「おかげさまで、無事に高校を卒業しました。今まで親不孝したから、
これからは親孝行するからね、と子供が言ってくれました。ありがとうございました。」
今までの苦労がスコォーーンと昇華し、おっちゃんに新たなエネルギーが注がれる瞬間だ。

さて、わんど塾に食事をしに来た中学3年生たちと、高校進学の話になった。
志望校は決まったんか?クラブ活動はどうするんや?などと話していたら、
「僕は、高校行ったらアルバイトして、親が喜ぶもん、なんか買うてあげたい。」
と、一人がいい出した。
「エライ(ずいぶん)親孝行なんやな。
そんなこと言われたら、涙がちょちょぎれそうになるけど、
おっちゃんの考えは、ちょっと違うんや。ええか・・・」

結論からいうと、何か事情があって、少しでも家計を助けるためにアルバイトする以外は、
学生はできるだけアルバイトをしないほうがいい、というのが、おっちゃんの考え方だ。
高校へ行ったら、勉強やクラブ活動を頑張って、友達と思いっきり遊んだほうがいい。
人生の中で、高校はたったの3年、大学も4年しかない。
かけがえのない大事な時間を、なにも仕事に費やすことはない。
どうせ仕事なんて一生できるし、イヤでも一生していかなければならないのだから。
アルバイトは社会勉強という見方もあるが、学生の社会勉強は仕事をすることではない
と、おっちゃんは力説する。

「なんでや。レジ打ったり、料理運んだりしたら、社会に出たとき役立つやんか。
サービスとか、人間関係とか、将来必要になる、れっきとした社会勉強やろ。」
「ほんなら、タダでもやるか?逆にお金払ってでも勉強させてください、いうんか。」
「んな、あほな。なんで、タダなん?なんでお金払わなあかんのや。」
「ほれ、みぃ。ホンマに社会勉強いうんなら、学校の勉強とおんなじや。
授業料払うんが、スジやないか?
タダならイヤヤいうんなら、お金が欲しいだけやんか。」

社会勉強だといってアルバイトを始めた学生が、
好きなものが買えるお金儲けにはまってしまい、進学に興味をなくし、
結局、学校を辞めてしまう例は少なくない。
学生時代は、少ないお小遣いでも辛抱して、
なんとかやり繰りしながら過ごすことのほうが、よほど貴重な経験となる。
夏休みもアルバイトに明け暮れたりせず、一日中読書をしたり、
青春18切符を利用して、鈍行で全国を旅してみたり、
むしろ、一生の宝物となる思い出作りをして欲しいと、おっちゃんは考えている。

「高校なんか行かんとお金儲けする、いうてた先輩みてみ?今は無職や。
中卒じゃ雇ってくれるところもないし、あと3年経ったら、高校卒業した友達が就職してくる。
基本給なんかなぁ、ぜぇ〜んぜん違うんや。それが一生続くねんで。
そやから、高校や大学ではバイトなんかせんと、
しっかり遊んで、たくさん友達作って、いろんな経験して、将来に備えとくんや。
第一、親なんて、なんか買うてやらんでも、肩もみしたり、家の手伝いしたり、
友達のことなんかをおもしろおかしく話して一緒に笑ってくれるだけで嬉しいもんなんや。
優しいことばひとつ、かけてやるだけでもえぇんやで。どや、ちょろいもんやろ。」

高校生のアルバイトが珍しいことではなくなり、さまざまな誘惑がはびこる社会状況では、
アルバイト先で遊び友達ができ、知らないうちに思いもしなかった事態に巻き込まれたり、
学業がおろそかになってしまって追いつけず、結局、退学してしまう例も多い。
アルバイトの目的が、学費の捻出や、家計の助けではなく、
単にお小遣いが欲しかったり、携帯電話代を稼ぐためだったりした場合、
大きな落とし穴が待っていることを忘れてはならない。
(つづく)



<連載D 第1回>     2004.9.22

好きなのに伝わらない想い

以前、何かの本に、“日本における殺人事件の多くが、やりきれないことに
親戚縁者、親子、兄弟の犯行である。”と書いてあった。
その原因の多くが、俗にいう、かわいさ余って憎さ百倍だというから、怖い話だ。

たとえば、夫婦間の暴力事件であるDV(ドメスティックバイオレンス)についても
原因を追究していくと、似たような原因によるものが多いらしい。
理解しがたいことに、その多くが、相手が憎くて殴る蹴るの暴力を振るうのではなく、
想いを伝えようとして、その想いが伝わらずに、最終的に暴力に訴えてでも
その想いを伝えようとした結果だというのだから、
その幼稚さ、人格の未熟さが、社会に及ぼす影響は決して小さくはない。
わんど塾としては、そんな大人の近くにいる子ども達のことがとても気がかりだ。

DVとまではいわないが、わんど塾が相談に乗ってきた子ども達は、
大なり小なり親に厳しく育てられており、ことばや精神的なものだけでなく、
時には叩かれたりして、親のさまざまな“力”によって押さえつけられている場合が多い。
子ども達は、その絶大な親の力の前に、我慢に我慢を重ね、
それがついに限界に達し、一気に爆発してしまうのだ。

このような親子の場合、ともに可哀想なのは、
親は間違いなく、子供のことを想い、一生懸命育てようとしており、
子供も、そんな親の気持ちを本能的に感じていて、親が大好きで頼りにもしている。
つまり当たり前のように相思相愛であり、
うまくいっている親子と、本質的には、なんら変わりないということだ。

しかし、子供の側に立ってみれば、自分の気持ちがうまく親に伝わらず、
やむなく反抗という最終手段で、親に訴えようとする。
一方、親にしてみれば、子供が誤った方向へ進まないように教えたつもりが、
結果的には親の考えを押しつけることになり、子供への対処法を間違ってしまう。
やがて親子の会話は途絶え、溝が深まり、後戻りできないところまで突き進んでいく。

これは、双方が自分勝手で、互いに「相手が理解してくれない」と駄々をこねた結果だ。
子供が小さければ小さいほど、駄々をこねたら、親が気持ちを汲んでやるしかない。
相手を思いやったり、相手の立場に立つことができるのは、大人の方だ。
未熟で弱い立場の子供に、親の気持ちを汲むようなマネはできない。
たとえ親より背の高い中学生や高校生であっても、
そんな親子の関係は、変わらないのだ。

だから、破綻したかにみえる親子関係を修復する鍵は、親が握っている。
親が自分の価値観を替え、子供にどれだけ譲歩できるかによって、
親子関係に端を発する青少年問題は、意外とあっけなく解決してしまうことがある。
そうなってしまうと、あれは単なる反抗期にすぎなかったのかもしれない、とか
誰もが一度はかかるハシカみたいなものだから・・・と誤解されてしまい、
こうした問題の根本原因が語られることは少なく、
いつの時代にも、同じ泥沼にはまって苦しむ親子が存在することになる。
(つづく)



<あまのじゃく>     2004.6.3

おっちゃんは塾生たちに、“自由”について話すことがある。
江戸時代には身分制度があって、職業が自由に選べなかったし、
関所があって、許可がなければ自由に行き来ができなかった。
それに比べれば、現代は法律によって基本的人権が保障されている。
どこに住んでもいいし、どんな仕事をしてもよい。
また、どの政党を支持してもいいし、どんな宗教を信仰するのも自由だ。
だから国民は、独裁や軍事政権下のように、
基本的権利を求めて暴動を起こしたりして国に反発せず、安穏と暮らしている。

ところが人間は、禁止されると、メラメラと反発心を沸き立たせて、
「なんでやねん!」と言いたくなる。
たとえばもし、“低所得者は、海外旅行をしてはいけません。”とか、
“アホは、大学を受験してはいけません。”と、国から通達が出されたとしたら・・・。

もともと、お金がなくて、行きたくても行けなかった海外旅行だったとしても、
“行ったらあかん!”と言われると、「なんでやねん!何が何でも行くんや!」となるし、
成績が悪くて、諦めていた大学進学も、「なんで受験したらあかんのや!
ひょっとしたら合格するかも知れへんやんか!」と、言いたくなる。

だから毎年のように、怪我人を出すような全国の荒っぽい祭りであっても、
安全を確保するために、ヘタに、国や行政が法律や条例で規制するよりも、
町や村の保存会などを中心とした主催者側に、
運営を任せてしまったほうが、めちゃめちゃ楽なのだ。

また、そうすることによって、参加者たちに自己管理意識が芽生える。
つまり、“自分たちの祭り”という認識から、
自らの責任で怪我をしないよう暗黙のルールが確立し、
お互いに協力し合って祭りを成功させ、その伝統が受け継がれていく。
その結果、地域の人間関係が深く円滑になり、なおかつ、
祭りを成功へと導く“誇り”が、世代を越えて伝えられていく。
このような伝統行事を通して、肉体と精神の両方が育っていくというわけだ。

本当は、与えられた“義務”と“責任”を果たして初めて
“自由”という権利が保障されるのと、よく似ている。



<連載C 最終回>    2004.2.26

わんど塾が学習塾に?!

おっちゃんの“心の相談室”が、なかなか忙しいらしい。
朝礼でも晴れて全校生徒に紹介してもらい、週1では足りず、毎日のように登校することになった。

そして、昨年秋から、何を血迷ったのか?
おっちゃんは、授業を抜け出してしまう生徒を集めて、入試問題をやっている。
わんど塾が学習塾に?・・・ンな、わけないか。

「授業はさっぱりで、おもろない。でも、ホンとは進学したいねん。」と相談を持ちかけられ、
おっちゃんは手っ取り早く、過去問に挑戦させてみることにした。
やってみると、彼らの成績は、零点ではなかった。
「そんなら、明日は10点取ってみ!おんなじ問題なんやから、簡単やろ。」
おっちゃんの挑発に乗って、彼らはほんとに10点代の点数を取った。
そんなゲーム感覚と、自分達のペースで進められる学習法が、彼らに受け入れられたのだ。

自分のやりたいこと(受験)があって、今の実力を知り、何が不足しているのかがわかれば、
彼らは放っておいても、自分で進むべき方法(勉強)を選択することができる。
あとは、若さと希望が彼らにエネルギーを与えてくれる。
おっちゃんは、そこに至る道筋を、彼らにわかるように示し、あとは後押ししてやるだけだ。

そして、絶対に諦めさせないこと。
不足を数える前に、どんどんできた事実を積み重ねて確認するという作業をやってのける。
喜びは不安をかき消し、次々と事実を重ね、諦めて悩む暇を与えない。
彼らの活き活きとした笑顔は、実にさわやかで、おっちゃんにもエネルギーを与えてくれる。

どうやったら、なにをやってあげたら、彼らは喜んでくれるだろう。
おっちゃんはわくわくしながら、想いを結晶化した奇策を練る。
「アイツらのためやったら、なんでもできるねん。」
おっちゃんはテレ笑いしながら、いつのまにか周りを巻き込んで協力体制を作っていく。

「よっしゃぁ〜、今日も模試やるでぇ〜!」
おっちゃんの掛け声で、彼らの模試が始まった。
春には、芽が出るはずだ。彼らは、着実に、走り始めた・・・。
(おわり)



<連載C 第5回>    2003.11.10

心(波動、エネルギー)の話

話は、おっちゃんの人生観から始まった。
人間は全て役割(使命)を持って生まれてくる。
その使命を果たさなければ死ねないらしい。
だから、まずは自分に与えられた使命を探し出すこと。
そして次に、使命を全うするために全力を尽くすことが大切で、それが人生だ。

さっき、“選ばれた人間”という言い方をしていたが、
精子の段階で、すでに意志を持っていて、
“自分で選んで生まれてきた”というのが、おっちゃん流。

常識的には、脳で判断し、脳から神経へと電気信号(命令)が送られて
肉体が行動を起こすとされているが、
もっともっと根源的なところまで掘り下げていくと、
人間は肉体と魂でできていて、魂(意志)が肉体を動かしているようだ。
脳も肉体の一部だから、それよりまえに、判断するものがあるということになる。

「うっそや〜。そんなアホな話、聞いたことないわ。」
「これが、ウソ・・・と片づけられへんから、おもしろいんやんか。
ほんなら、“心(意志)”はどこにある?心臓か?人体模型にはあれへんのに・・・?
そやなぁ。形はあれへんけど、みんな“心”はあると信じているわなぁ。
おっちゃんは、肉体を支配しているのは、見えへんけど“心(魂)”やと思ってる。」

「おっちゃんは霊感ないし、感じたことないんやけど、
幽霊が出るときには生暖かい風が吹くっ・・・ちゅうやないか。
あれは一種のエネルギーで、“波動”ともいうらしいで。
人間だけやのうて、あらゆるものが、そういう特有のエネルギーを持ってるらしいな。
“殺気”もそうやし、“感情(想念)”に合わせて、いろんな波動が出てるらしい。
そやから、イチャイチャしとったらピンクのなまめかし〜いやつが出てくるんちゃうか。」
「おっちゃん、真面目に聞いてるんやから、ちゃんと話しいや。」
「すまん、すまん。」

聞いた話では、この世に生まれたい魂はそこら中にウヨウヨいるらしい。
そんな魂が、セックスの波動を感じて集まってくる。
二人の子供としてこの世に生まれたい魂が、受精の瞬間に
すごい競争率のなか、自分の意思で、さっと入り込むらしい。

今の若い連中は、“愛してるならセックスしてもいい”と勝手なことを言って
好き放題しているみたいだが、高校生や中学生で妊娠しても、
自分がまだ子供で、経済的にもおぼつかないから、とても赤ちゃんを育てられない。
そうなったら、いくら生みたいと思っていても、堕胎せざるをえない。
せっかく二人の子供として生まれたいと願ってくれた“魂”を殺してしまうことになる。

「そんなん、むご過ぎや。悲しすぎるわ。」
「そやな。殺された“魂”が自分だったとしたら、どや?
“こいつら、なに考えてんねん!”って、ぶち切れるわなぁ。
最近、できちゃった婚が当たり前みたいになって、ま、幸せならそれでいいんやけど、
離婚や幼児虐待や親に殺されてしまう子まで、ぎょうさんいるやろ。
そやから、君達だけでも、よぉく考えて欲しいねん。
自分の子供になってくれた“魂”に、“この両親の子供に生まれてきてよかった”と
思わせたって欲しいんや。」

「そのためにも、楽しい賢い恋愛をして、彼と二人でしっかり考えた結婚をして欲しいな。
二人がいつまでも仲のいい親で、あったかい家庭を作ってくれたら、子供は喜ぶで。
きっといい子に育つわ。おっちゃんが保証する。頼むで。」
「おっちゃん、よぉわかったわ。まかしとき!」
「そうか、ほんなら、今度は何かおいしいもんでも、ご馳走してやるわ。」
「やったー、ラッキー!おいしいラーメン食べに行きたい!」
というわけで、次の日曜日に、ラーメン食べ放題をやる相談がまとまったところで
ちょうど、心の相談室終了タイムとなった。
(つづく)



<連載C 第4回>    2003.10.31

「個性」の話〜モノは考えよう〜

個性的でいいところは、自分ではわかリにくいこともある。
逆に、本人にとってはコンプレックスになっていることすらある。
おっちゃんはわざと、彼女の友達で、ふっくらした子に向かって
「君は太ってるやろ。でも、それも個性なんやで。」と言ってのけた。

「おっちゃん、失礼やで!人が気にしてること、はっきり言うてからに!」とむくれる。
「そんなら、太ってないとでも言え!っちゅうんか。
ウソついて、やせてる言うたら、それこそイヤミやろ。
だから、おっちゃんは、あえて何度でも言うたる。
君みたいに気持ちよく太ってる子は、おおらかな性格で、
食べたモンが、みんな効率よく吸収されて、心身ともに健康なんやと思う。
これが、神経質な子やってみ。くよくよ悩んで心配して、食べることもようせんわ。
そやから、きっと顔色悪ぅて、ガリガリにやせてるはずや。
おおらかなんと、ガリガリなんと、どっちがえぇ?
な、モノは考えようや。太ってるんやったら、
“自分はおおらかな性格で、何事にもゆったり構えて対処できるし、
心身ともに、めちゃ元気なんや!”って自慢したらえぇと思うで。どや?」

ふっくらした子の機嫌が、やっと直ったところで、
今度は別の子が、突拍子もないことを言い出した。
「私はすごいねんで!あんなぁ、くにゅくにゅくにゅ・・・って泳いで行って、
一億の精子の中から、たった一人だけ選ばれた人間なんや!」
「よっしゃ、そういう話なら、恋愛相談も終わったことやし、
今度はおっちゃんの得意な、おっちゃん流の性教育でも聞かしたろか。」
「へぇーー、おもしろそうやん。聞きたいぃーー。」
(つづく)



<連載C 第3回>    2003.10.29

いまどきの中学生の悩み〜おっちゃんのノウハウ〜

さて、“心の相談員”として登校し始めたおっちゃんだが、
夏休み前の3年生は、三者面談の真っ最中だ。
わんど塾はできることなら、高校・大学への進学を勧めてきた。
いずれ人生の大半を“働く”ことになるのだから、
この時期にしかできない?少しやんちゃで損得なしの友情を育てて欲しい。
また将来の方向性、できれば具体的な希望職種に有益な知識や資格の得られる
“後悔しない高校の選び方”をして欲しい。

そのためのわんど流ノウハウは、まず徹底して資料を集め、
できるだけ学校見学を実施して、情報を確かめること。
その中から、“ここに行きたい!”と思えるところが出てくれば、
その決意が、とてつもない結果を生むエネルギー源になる。
だから毎年、おっちゃんは塾生を“ベンツ号”(車)に乗せて
できる限りの学校見学を実施している。

ところが中学生の悩みは、今も昔も全く変わらない。
おっちゃんは、一人の女子生徒から、恋愛相談を受けるハメになった。
「あんなぁ、最近彼のようすがおかしいねん。
他の人とばぁ〜っかり話するし、メールしても返事もくれへん。」
「ふむふむ、おっちゃんも経験豊富やさかい、彼の気持ちがよ〜ぉわかるわ。(笑)
彼はなぁ独占されるのがイヤなんや。」
「えぇ〜!つきあってるんやから当然やんか。あったまくる!」

そこでおっちゃんは、カリカリしたりイライラしなくてもいい
“中学生の理想の恋愛方法”を伝授してあげた。
結論からいえば、カップルではなく、グループ交際に励んで、
できるだけたくさんの友達を作ることだ。
カップルになってしまえば、当の二人は気にしなくても、
他の友達が気を遣って二人だけにしてやろうとする。邪魔したら悪いと思う。
そんなことが繰り返されるうちに、二人だけの別行動が多くなって、
しまいには誰からも誘われなくなってしまう。

それに高校で、もっとステキな人と出会うかもしれない。
そのとき、特定の彼がいたら、
二股かけるか、別れるかの厳しい選択を迫られることになる。
でも、もし友達だったら、別れることもないし、どんどん友達が増えていく。
大学でも社会でも、同じように、たくさんの出会いが待っている。
そんな機会を逃したら、実にもったいない。
そんなことも頭に入れておいて、上手に楽しくつきあうことだ。

「一番いいのは自分に自信を持つことや。
君が魅力的な子になれば、きっと相手の方が慌てだすわ。
一生懸命勉強して、クラブで汗を流して、いっつも明るく元気な子って、
さわやかでカッコえぇやんか。漫画の主人公みたいで、な。
そんな子ぉに、なったったらえぇねん。
そやな、とりあえず無理せんと、自分のいいところ、個性的なところを、
うまぁく伸ばしてったらえぇんとちゃうか。」
(つづく)



<連載C 第2回>    2003.10.25

全員が揃った登校日〜子供達の実行力〜

夏休みに入ってからも、おっちゃんは合間を見て、釣りや食事会を繰り返し、
不登校生に繋がる機会を待ち続けていた。
お盆過ぎには、海水浴と、三重県の愛農高校見学会を企画した。
冷夏のため海水は冷たく、20分も入っているとブルブル震えだすくらいなのに、
彼らは若さゆえか、水に入りっぱなしで元気に遊んでいた。
高校見学のときも、想像よりずっと大きな牛に触れて、歓声を上げ、
一日中、楽しんでくれた。

夏休みも終わりに近づいた頃、おっちゃんは彼らに、ある提案をしてみた。
「新学期に、全員揃って登校できたら、なんか、ご褒美やるで。」
「ほんまか、おっちゃん!」
「遅刻しても、ええんか?」
「不登校のアイツだけ、おらへんでもええか?」
と、彼らは話に乗ってきた。そこで、おっちゃんは
「遅刻したら話しにならんし、アイツも一緒やないと、ご褒美はやられへんなぁ。」
と条件は、いっさい受けつけなかった。

「アイツ、いくら起こしても起きてけぇへんしなぁ・・・。」と、弱腰だ。
「そんなん百も承知や。そやから、ご褒美がついてくるんやんか。
 前の日に連絡して話をつけとくとか、当日は全員で迎えに行くとか、
 ご褒美が欲しかったら、頭使うこっちゃな!」
「よっしゃ!わかった。絶対ゲットしたるわ!」

こうして迎えた2学期の始業日、
「おっちゃ〜ん、約束通り全員登校したでぇ!ご褒美くれ〜!」
という彼らの元気な声が響いた。
「すごいな、おまえ達!ホンマにやりよったんやなぁ。」
「あったりまえや。みんな5時起きして、誘いに行ったんやで!」
と、満足そうな笑顔で胸を張る。
おっちゃんは、彼らの行動力に心底、感心した。

不登校だった子も、これをきっかけに、とりあえず登校し始め、
クラブ活動を希望するなど、よい方向に向かいつつある。
今では、ちゃんと5人揃って、キャンプや釣りを楽しめるようになった。
おっちゃんは徐々に、彼らが3年になってから慌てないですむよう、
遅れた学力を取り戻す手伝いも始めた。
彼らも、「勉強教えたろか?高校の入試問題やってみるか?」
という真剣な話にも、うるさがらずに耳を傾けてくれるようになった。
このまま彼らの意志で、この状態を維持しつつ進学できるよう、
おっちゃんは、学校にも学力回復の協力を求めていくつもりだ。
(つづく)



<連載C 第1回>    2003.10.24

おっちゃんの登校日
  〜まずは子供達とつながること〜

夏休み前から、おっちゃんは、地元の中学校の“心の相談員”の一人となり、
週に1回、登校することになった。(もちろん無償で)
先輩も含めて、わんど塾の塾生がいるので、そのあたりから彼らと接触がもてそうだ。

“荒れる中学”ほど目立たなくても、
大なり小なり、さまざまな問題をはらんでいるのが、今の中学校だ。
できれば早いうちに、彼らのSOSと、彼らの本音を聞くことができれば、
事件は未然に防げるだろうし、“学業と社会生活を学ぶ”という
本来の中学校の姿が実現できるかもしれない。
“地域の子供たちは地域で守り、共に育っていく「共育」こそが地域を成熟させる”
と思っているおっちゃんは、喜んで引き受けることにした。

とにかく子供達に関わるためには、子供達との信頼関係を築くことが先決だ。
わんど流だと、食べ放題や魚釣り、ドライブツアーなどで、そのきっかけを作る。
そのときに、肩書きのない“気のいい?隣のおっさん”であることが威力を発揮する。

新学期から対応が始まっていた不登校生を含む5人グループも、
遅刻の常習者で、授業を抜け出し立ち歩くことが問題なのだが、
それぞれに部活を頑張っている明るく元気な中学生だった。
先生は機会あるごとにわんど塾の塾生や先輩達の話をして、おっちゃんの存在を知らせ、
おっちゃんは、なんとか彼らと顔を合わせる機会を持とうとしていた矢先、
ひょんなことから彼らの一人を含めた子供達とラーメンを食べに行くことになった。
そこでいろいろ話しているうちに、彼が魚釣りに興味を持っていることがわかり、
連れて行くことにした。
できればグループの他のメンバーも全員連れて行きたかったが、
彼らは全然興味を示さなかったので、とにかく彼一人と繋がるだけでもよし!として、
先生も一緒に、三人で夜釣りに出かけることにした。

夜釣りのいいところは、強い陽射しが避けられることと、
昼に比べて簡単に誰でも大物を釣ることができる点だが、反面、危険も伴う。
夜の堤防やテトラポットでは、大怪我や、場合によっては命の危険さえありうるので、
海を甘く見て、軽はずみな行動は絶対にしてはいけない。
そのため本人の自覚を促すのはもちろん、必ず親の同意を得てから連れて行く。
これで家庭とも繋がることができるので、対応する上では一石二鳥だ。

土曜の夕方、学校に集合して出発した。
今回は釣果より安全第一にと、場所は「魚釣り公園」にした。
ここなら広いテラスに照明も完備されていて、トイレやベンチの設備もあるため、
初心者向きだ。そのかわり、入場料や駐車場代が必要となる。
昔のように、釣りざおを担いで、ふらりと出かけるわけにはいかない。
せめて高校生くらいまでは入場を無料にしてやって欲しいなぁとおっちゃんは思った。
あいにく風が強く雨もパラついていて、土曜の夜だというのにガラガラだった。
思いがけず小アジの群れが回遊してきたため、大漁となり、子供も十分楽しんでくれた。

案の定、大漁の魚釣りのおもしろさは、子供達の間で話題となり、
今回行かなかった子供達の方から、「おっちゃん、連れてってぇな」と言ってきた。
これで、ごく自然にグループのメンバーと話ができるようになり、
不登校生を除いて、二度目は残り全員で出かけることができ、それぞれに堪能してくれた。
あんまりおもしろすぎて、彼らは「今度は遠くまで出かけたい」と言い出した。
四国に行きたいというので、連休まで待たせ、それまでは塾に誘っていろいろ話をした。
実際には四国の手前、淡路島での魚釣り大会となったが、
子供達は大喜びで、「もうちょっと、もうちょっと!」と引き延ばし、
とうとう電気浮きをつけての夜釣りまで存分に楽しんで帰ってきた。
(つづく)



<連載B 最終回>    2003.6.30

“理想の離婚”のはずが・・・

「孫が抱けないようでは困る、どうしたらいいでしょう。」と、真面目な父親が聞いてくるので、
おっちゃんは、「まず息子さんに、真摯に謝ることからでしょうな。」と切り出した。
そして別居していたのに、もう一度、彼を支えようと考え直してくれた彼女に、お礼を言うこと。
それがすんだら、彼らの許しを得て、彼女の実家に連絡し、
ここでも、今まで何もしてこなかったことに対しての謝罪と、今回の借金返済のお礼、
そして、できれば、その半分を出させてもらえないかとお願いしてみることです。

「なぜ、半分だけ?」
お父さんは真面目なうえに男気があり、全額出そうとされるでしょう。
でも、それはよくないと言っているんです。
本来なら、“何をいまさら・・・”と一喝されて当然です。
ですから、真摯に、お願いしてみるのです。
二人の幸せのためには、両家が仲良くするのが一番です。
両家が尊重し合い、謙虚に譲り合って、
孫の里帰りも、七五三のお祝いも、実家同士で仲良く折半してください。

おっちゃんは続けた。
「お父さんは、強いうえに頑固ときている。これくらいで、ちょうどえぇと思います。
とにかく、私を関わらせた以上、言うとおりにしてもらいまっせ。
それと、失礼は重々承知のうえで、かなり手厳しいことを言わせてもらいましたが、
全ては子供達のためです。悪く思わんといてください。」と詫びた。

父親も快く受け止め、おっちゃんのアドバイスを実行することを約束してくれた。
最後に、決して前に出ようとしなかった母親が、おっちゃんに、
「実は、なんとか、いい具合になるようにと近くの神社に願掛けをしておりました。
偶然にも今日が満願日で、信じられないほど、よい結果を出していただいて、
ほんとにありがとうございました。」と言って、とても喜んでくれた。

最初に、彼女から相談を受けたとき、おっちゃんは迷わず、
せっかく出会った縁を大切に“理想の離婚”を勧めた。
たとえ離婚するようなことになったとしても、いい関係でいられるよう、
どうせ離婚するなら、そこからたくさんのことを学んでくれるよう、アドバイスを続けた。
それは、結婚という形や世間体にこだわらず、“彼女の幸せ”のみを願ってのことだった。

肉親間のトラブルでは、ついつい感情が先走り、否応なく問題が複雑になってしまう。
そんなとき、おっちゃんのような(できればプロの)第三者の存在がものをいう。
特におっちゃんは、数々の実践をもとに、“今より決して悪い状況を作らない”ことと
最終目的である“彼女の幸せの実現”を目指し、とにかく全力でバックアップするプロだ。
おっちゃんのアドバイスを素直に実行し、まず彼の本音と向き合った彼女。
彼女の行動が、やがては彼や両方の実家を巻き込み、よい結果を出したといえる。
気がつけば、いつのまにか“理想の結婚”が実現していた。
(おわり)



<連載B 第9回>    2003.6.27

父親の一大事〜このままでは孫が抱けない〜

おっちゃんは、父親にわかりやすく話し始めた。

お父さんは、とても真面目で家族思いやし、決して悪い人やない。
でも、表現方法や対応の仕方を間違ごうてしまってるさかい、
気の毒なくらいに誤解を生み、知らんうちに事態を混乱させてますわ。
気づいておられないようですから、具体的に言いますとね、
子供が自分の思い通りにならへんからと怒ってばかりで、決して受け入れようとせぇへん。
それが子供を遠ざける原因になっていることに気づかれませんか?
年端のいかん子供ならいざ知らず、言うまでもなく息子さんは30過ぎた大人でっせ。
いまさら親の思い通りになりますかいな。かえって気持ち悪いわ。
いくら子供のため思うても、自分の思い通りにしたいっちゅうのは、親のエゴですわ。

子供からみたら、自分の考えを聞いてもくれへんで
文句ばぁ〜っかり言うてるような父親の言うことなんか、聞きますかいな。
子供のためとか言いながら、お父さんがやってきたことをよぉ〜っく考えてみてください。
息子さんが離婚の危機を迎えたときも、その危機をやっと乗り越えたときも、
ただ怒鳴って威張り散らし、文句ばっかり言ってきたんと違いますか。
彼が精神的にも経済的にも参って、助けを求めとったとき、何もしてないでしょう。
そんな頼りにならん、うっとうしいだけの父親に泣きつかんでも、
彼の周りには、自分を受け入れ支えてくれる人達が、ぎょ〜さん(たくさん)おりますんや。

彼女の実家では、娘夫婦が四面楚歌で困り果てとったとき、叔母さんも一緒になって
何も言わんと気持ちよく、救いの手を差し延べてくれましたんやで。
“二人が仲良くしてくれたら何よりや。早く元気な赤ちゃんの顔見せてな。”言うて、
気長にやさしく見守ってくれてますねんで。
ほんまに赤ちゃんができたら、真っ先に見せに行きたいと思うでしょうなぁ。
“あのとき助けていただいたおかげです。ほんまにありがとうございました。”言うてなぁ。
二人にとって、彼女の実家に行ってるほうが楽しいし、より身近な存在ですわ。

どうです?失礼ながら比較にもなりませんやろ。
もし、このままお父さんが二人を拒否し、帰り難い雰囲気にしてしもうたら、
たとえ孫ができても、二人は帰って来てくれまへんで。
そんなふうにしてしまったのは、お父さん自身でっせ。
なにしろ二人が困っていたとき、何ひとつ、二人のために行動を起こさんと、
非難し拒否し続けてたんやから。お父さん、この意味、わかってもらえますやろか?

「えっ、私は孫を抱くことができないんですか・・・。」
子供のことを思って、子供のためにと言い続け、自分を正当化していた父親は、
このとき初めて、“正しいかどうか”という判断基準から離れることができた。

この父親に限らず、ものごとを善悪や正誤のみで判断してしまうと、
ときとして、とんでもない方向へ行ってしまうことがある。
たとえば、家庭崩壊を目前にしてまでも、仕事を優先してしまう人に限って、
口では「家族の幸せのために仕事をしている。」と公言して、はばからない。
まさに、おっちゃんが若いとき陥った猛烈人生も然りで、家庭崩壊を前に、
おっちゃんが仕事より家族を優先し軌道修正したため、家庭崩壊を免れることができた。
この場合も、孫はともかく、“二人の幸せこそが最優先”ということに気づいて欲しくて、
おっちゃんは、父親にわかりやすく、こんな話を持ち出したのだ。
(つづく)



<連載B 第8回>    2003.6.26

空回りする父親の思い

それから数日後、彼女とともに彼の両親と会うことになった。
定年を迎えたばかりの父親は、気力も体力も十分で、いかにも実直そうな人。
一方母親は、そんな父親の影で、あまり目立たない存在だ。
会うなり父親は、息子に対する不満をぶつける。

男のくせに女房を泣かし、借金まで作ってしまって情けない。それもサラ金とは言語道断だ。
昔はいい子だった。どこでどう間違えたのか、そんな子に育てた覚えはない。

「自慢にはなりませんが、借金なら私にも、誰にも負けんくらいありまっせ。
サラ金も使うてます。」と、おっちゃん。
「先生は別です。立派なことをして、人のために作られた借金です。比較になりません。」
「これまた自慢になりませんが、立派なことなんてありません。
社会的に信用される肩書きなど、いっさい持たん主義でっしゃろ、
そやから子供の奨学金使い込んだり、それでも足らんときにはサラ金に足運びまっせ。
彼と大差おまへんわ。」

別におっちゃんは、彼の擁護をしているわけではない。
ただ、サラ金など社会の仕組みをうまく利用し、自己管理することも可能なことを知ってほしい。
管理できないと思ったら勇気をもって清算し、失敗したら他の方法を考え実行すればよいことだ。
そのタイミングと自分の能力を見極め、胸を張って生きていけばよい。
しかし、失敗しないよう最善の注意を払い、危なげなく地道に生きてきた父親にとって、
そんな生き方があることなど認められない。
俗にいう頑固者で、容易に人の言うことなど聞き入れず、自分の考えに絶対の自信を持っている。
真面目でとてもいい人なのだが、よかれと思い、家族にも同じ価値観を押し付けるため、
息苦しくなった子供に反発される・・・という典型的な親のパターンだ。

おっちゃんは続ける。
今回、救いの手を差し延べてくれたのは、彼女のお母さんと叔母さんです。
ところが最初、彼はそれを断ろうとしました。なかなか骨のある息子さんです。
でも私が説得してやっと、相手の気持ちも考え、ありがたく甘えさせていただくことにしたんです。
そんな彼の気持ちを汲んで、お母さんたちも気持ちよく、さりげなく応援してくれたわけです。

ところで失礼ですが、男のくせにとか、男らしくとおっしゃるお父さんは、何かされましたか。
何かしてあげるどころか、真剣に今後のことを話し合い、せっかく報告しに来た二人に、
いまだに、やってしまったことに対して反省を求め非難するばかりじゃないですか。
これでは、逆に二人の足を引っ張って苦しめているだけです。

ふつうなら、嫁の実家に助けてもらったことに対しては、まず、お礼を言うべきでしょう。
それとも、知らない間にそんなことをされて、父親としての立場がないと
文句を言われるおつもりですか。
その辺のところ、男として、父親として、どのようにお考えですか?

いつになく厳しいおっちゃんの問いかけに、さすがの父親も返答できない。
「あいつが、言う通りにしていれば、こんなことにはならないのに・・・。」
30歳を過ぎた大人に対して、なんともしんどい話だ。
いっそのこと、「大人なんだから自分の始末は自分でつけろ」と突き放された方が、まだましだ。
自分の思い通りにならないからと文句ばっかり言って干渉し、改善策を示しても受け入れない。
子供のことを心配してのことだが、この父親は明らかに対処の仕方を間違えている。
(つづく)



<連載B 第7回>    2003.6.23

心強い応援団〜夫婦の幸せのために〜

おっちゃんのアドバイスを実行した彼は、セミナーを辞め、仕事も見つけて
再出発へ向けて一歩を踏み出した。
そんな頃、わんど塾のホームページを見ていた彼女の叔母さんが、何か感じるところがあったらしく、
「おっちゃんは信用できそうだから、一度会って話がしたい。」と言い出し、
彼女の母親も一緒に会うことになった。

彼女の母親は初め、彼女から結婚生活や借金の話を聞いているうちに、
「もう別れさせるしかない」と思っていたようで、二人の旅行も中断させた。
しかし、彼がセミナーを辞め立ち直ったようすを見聞きしているうちに、
「出直すことができるなら応援したい」と、思い直したという。

彼は今、彼女の信頼に答えるべく、誠心誠意がんばろうとしている。
しかし積もり積もった借金をかかえたままでは、いつ、やる気を無くすかわからない。
おっちゃんは、彼女の母親と叔母さんに、再起のための障害を取り除いてくれるよう頼んだ。
二人は本当に快く引き受け、全ての借金返済を承諾してくれた。
そこでおっちゃんは、もう一押し、頼み込んだ。
なにしろ彼は働き始めたばかりで、二人には当面の生活資金さえない状態だ。
1か月分の生活費を含め、少し余分に用意してもらうことで、
彼はゆったりした気持ちで、仕事に慣れることができるし、
彼女も気持ちよく彼をサポートし、二人の生活環境を整えることができる。

母親も叔母さんも、おっちゃんの申し出を二つ返事で受け入れてくれた。
これで二人のサポート体制が整った。
あとは彼の実家に二人で報告しに行って、彼の両親と和解できればいいわけだが、
ことは、そう、うまくいかなかった。
後日、彼女から困り果てたようすで電話がかかってきた。
彼の父親が、彼のやったことを許そうとせず、回りはホトホト手を焼いているらしい。

誰にでも失敗はある。それを改めようとしている彼らのこれからを応援すればいいようなものの、
父親にしてみれば、借金のことも含めて、「そんな息子に育てた覚えはない!」という思いが強くて、
なかなか先のことを考えられないらしい。
「また同じような轍を踏むのではないか」と心配でもあるのだろう。
しかし、このまま父親がかたくなに彼を拒否しつづければ、彼のやる気をそいでしまう危険性がある。
それだけは絶対に避けなければならない。
おっちゃんは、「お父さんに会わせてくれれば、なんとかしたるわ。」と約束した。
(つづく)



<連載B 第6回>    2003.6.21

主人公そっちのけの周りの事情
〜夫婦の幸せより、こっちの面子(めんつ)?〜

翌朝、さっそく彼女から電話がかかってきた。
「おっちゃんと会って話ができたことで、何かが吹っ切れたみたい。
現実を見つめなおすために、一週間ほど九州方面に旅行しようと言い出して、
いま、レンタカー借りに行ってます。セミナーも止めるって。
おっちゃん、ホンとにありがとう。」
「そうか、よかったな。思いっきり楽しんでおいで。」

ところが二日後、「おっちゃん、今、和歌山なんやけど、大変やねん。」
「ええっ!?九州と反対方向やないか。どないなっとるねん?」
なんでも、彼女の母親が“そんなふしだらなことをしてはいけない”と怒っていて
すぐ帰ってくるよう言われて困っているらしい。
夫婦が離婚の危機を乗り越えて旅行することが、ふしだらなはずはない。
しかし母親は別れさせたいらしく、旅行なんてとんでもないというわけだ。
「難儀な話やなぁ。とりあえず今、親に逆らっても意味ないから、
言うこと聞いてすぐに帰って、お母さんにこうなった経緯をちゃんと説明するんや。
おっちゃんの話もちゃんとするんやで。必要なら、すぐ会うたげるさかい。
とにかく、気ぃつけて帰ってくるんやで。」
旅行から帰った彼女は母親に、わんど塾の資料やホームページを見せて
今、指導を受けていることを説明し始めた。

そんなとき、彼の方からおっちゃんに電話が入り、「すぐ会って欲しい」と言う。
ちょうど信楽からの帰り道で、おっちゃんは突然の腹痛に苦しんでいたときだった。
運転も長男に代わってもらっていて、彼らを京都で降ろした後、
自分で大阪まで運転できるか不安だったが、「どうしても今日!」と哀願された。
何とか高速道路を出る頃までに腹痛が治まり、どうやら約束の時間に間に合わせることができた。

「セミナーを止めたいのに、どうしても辞めさせてくれないんです。」
親や奥さんに言われたくらいで辞めようとする、その優柔不断さを治すためにも
今以上に頑張ってセミナーを続け、自己を確立し、家庭も仕事も両立させることです!
というのが、セミナー側の主張だと言う。
「わかった。えぇ方法、教えたろ。
君は意気地なしのアカンたれや。おまけに根性無しのヘタレや。
そやからセミナーも受けたし、そんなんやから続けることもでけへんのや。違うか?」
「はぁ・・・。」
「だから、そう言うんや。」
「は?」

おっちゃんやったら、「辞めたいもんは辞める!大きなお世話や。」言うて勝手に辞めるで。
でも、君はそんなこと言われへんのやろ。それやったら、
「私は意気地なしのアカンたれですから、続けることはできません。」と正直に言うんや。

「なるほど、そういうことですか。それなら簡単です。
実は、家にもしつこくやってくるんですけど、どうしたらいいですか?」
「同じことや。追い返したり居留守を使ったりせず、
座敷に上がってもらって丁寧にもてなすんや。お茶も出してな。そして、
“いつも私のことを気にかけていただきながら、意気地なしで申し訳ありません。”
て、繰り返し頭を下げ続けてみ。」
「わかりました。やってみます。」彼は笑顔で、そう答えた。
(つづく)



<連載B 第5回>    2003.6.18

ホンモノとニセモノ  

「・・・これから、どうしたらいいでしょう。・・・」

言ったやろ、自分のやりたいようにやるのが一番や。
とにかく、二人で真剣に将来のこと話し合うて、どうするか決めてほしいな。
親やセミナーの意見に左右されんとな。
ただ、おっちゃんには結果が見えとるからなぁ。
まぁ、どうしてもというなら、いつでもアドバイスはするで。
そのかわり都合のいいことだけ報告せんと、何でも正直に教えてな。
いずれにしろ、自分らでちゃんと責任とるつもりで腹くくるこっちゃ。
最後にもう一つ、えぇこと教えたるわ。本物と偽者の見分け方や。

君は、セミナーの先輩が本気で君のことを心配してくれてるし、
信用できるいい人だと言うてたけど、その先輩は、君がお金を払えなくなっても、
同じように心配してセミナーを受けさせてくれるんか?
もし、そうやったら本物や。でも、たぶんお金の切れ目が縁の切れ目やろうね。

君たちの相談に乗るから言うて、おっちゃんが1時間いくらいくらのお金を取ってるか?
おっちゃんは、本気で君たちの問題解決だけが目的やと自負してる。
そやから、お金なんかとらへん。当たり前や。
もしわんど塾が、お金を必要とする相談システムやったら、
子供や貧乏人の相談はお断り!て言うてるようなもんや。
お金がかかるてなったら時間が気になって、おちおち相談してられへんし、
第一、ほんとに困ったとき、助けてくれ!て呼び出すこともできへんわなぁ。
そんなわんど塾なら、いらんやろ。

えぇか、人の心配なんてなぁ、“おせっかい”て言われるくらいがちょうどえぇんや。
やさしさや親切に値段なんかついてみぃ。それって、明らかにニセモンやろ。
この理屈をしっかり頭に入れて、自分で見分ける目を持って失敗せんようにしぃや。

「わかりました。二人でよく話し合ってみます。」
話が済んだのは、4時間後のことだった。
(つづく)



<連載B 第4回>    2003.6.16

行き着く先は?
〜あるのは結果、全ての責任をとること〜

「ところで、なんでセミナー受けよう、思たんや?」
彼が少し落ち着いたところで、おっちゃんは、やんわり本題に入りだした。
「・・・自分を変えようと思って・・・。」

誉められてもけなされても、ありのままの自分を受け入れて生きていくことが、
いちばん自然で、いちばん楽な生き方なんじゃないかな。
どんな風に変わりたいのかわからないが、無理して変わる必要はない。
彼女が好きになったのも、そのまんまの君なんだから。
でも、ダメならダメで、そのこと(結婚)も無理しなくていい。
ただ、せっかく出会った縁を大切に、学びの多い理想の離婚をしてほしい。

「・・・セミナーは、どうしたらいいんでしょう・・・。」
「止める気ないねんから、続けたらいいやんか。
好きなだけやったら、ちゃんとそれなりの結果は出るさかい。」
「・・・どんな?」
「そやなぁ、このままやと離婚になって、確実に借金地獄が待ってるな。
親や知人や友人から相手にされんようになって、アホ扱いされて無視される。
そうなって初めて、何もかも無くしてもうたことに気づくわけや。
人生がつくづくイヤんなって、自分ほど不幸なヤツはおらへんて、世をすねるか、
思いつめて鬱になって、最終的には麻薬か自殺かってとこやな。」

そういうおっちゃんにも手痛い体験談がある。
おっちゃんは、27歳で会社を立ち上げ、年中無休で、がむしゃらに働いた。
ビッグな男になって、家族をウンと幸せにしてやりたかった。
ところが家族は、ふつうの温かい家庭を望んでいただけだった。
家族の気持ちと完全にすれ違ったまま、おっちゃんは勝手な思い込みで働き続け、
家族の絆を犠牲にし、その結果、子供から猛反発を受けて死ぬほどの目に遭わされた。

そのため軌道修正を余儀なくされ、それまでの猛烈人生から180度転換。
お金儲けには全く無縁のわんど塾をやっているわけだ。
それでもまだ、家族に見捨てられないうちに気づかされたからいいようなものの、
あのまま意地を張り、自分を正当化していたら、間違いなく家庭崩壊し独りぼっちになっていた。
家族のためという思い込みから、全く逆の結果を招くところだったのだ。

「わんど塾は、お金儲けが一切でけへんのに、お金だけはバンバン出て行くやろ。
今度は逆の意味で、家族から、そんなことやめて仕事しろ!と猛反発や。(笑)
とにかくな、経験せなわからへんのやから、好きなようにやって納得させるしかないやんか。
ひとつ、いいこと教えたるわ。物事には良し悪しはないねん。あるのは結果だけや。
自分で責任取れるんやったら、人に何と言われようと思うた通りやったらえぇ。
結果が出るまで頑張って、それが気に入らんかったら、また別な方法で頑張ったらえぇだけや。」
(つづく)



<連載B 第3回>    2003.6.13

なんでも、好きにしたらいい。
〜自分で考え行動することの大切さ〜

彼女の努力の甲斐があって、次第に夫婦間に会話が復活してきたようだ。
おっちゃんのアドバイス通り、相手を責めることをやめ、自分と向き合った結果、
「今まで気づかなかったけど、私にも悪いところはあったみたい。」と電話してきた。
厳しい現実に立ち向かったおかげで、彼女の精神的な成長がうかがえる。
「どんなときでも、自分を客観的に見ることは、ほんまに大切なんや。
そのあとは、悪かったと思ったことを素直に謝ることやな。
それができたら、いい方向に向かうはずや。」

しばらくして彼女から、明るい声で電話があった。
彼女が自分の落ち度を謝ることによって、彼の態度や雰囲気が少しずつ変わってきて、
もう一度、やり直す努力をしてみようということになったらしい。
これから二人で、彼の実家に状況報告に行くという。

彼がおっちゃんに会いたがっているというので、待ち合わせ場所で待っていると、
やって来たのは彼女一人、肝心の彼の姿が見えない。
二人で実家に行ったところ、父親がいきなり怒鳴りつけたものだから、
彼は態度を硬化させ、最後はとうとう、
「セミナーは絶対止めないし、離婚する!」と言い出したらしい。

真面目な父親は、自分の気持ちの整理がつかないまま、
怒りとイライラを、とりあえず息子に向かって吐き出してしまったようだ。
親子間では、客観的な判断をするより早く、まず相手を責めてしまうケースが多い。
コミュニケーションがとれず、現状打開のできにくい、よくあるパターンだ。

「事情はだいたいわかったから、早く彼を呼んだりぃや。」
困惑している彼女を、おっちゃんが促す。
しばらくしてやってきた彼は、いかにも真面目そうな人柄がにじんでいる。
挨拶を交わした後で、おっちゃんはさっそく切り出した。

たいへんやったなぁ。親父さんに、むちゃくちゃ言われたらしいやん。
腹立つやろけど、親なんて、たいがいそんなもんや。
ホンマに子供のため思てのことなんやけど、
情けないことに、そんな形でしか向き合われへんのや。哀しい話やろ。
親父さんが何言おうと、君はセミナーを止めんでもえぇし、離婚したかったらしてもえぇ。
何事も経験や。好きなことを好きなだけやったらえぇやんか。
おっちゃんかてアホなことば〜っかりやって、よぉやっと物事がわかりかけてきたとこや。
君らは若い。おっちゃんの歳まで20年もあるんやから、ナンボでもやり直したらえぇねん。

黙って聞いていた彼は、突然泣き出した。
「おいおい、どないしたんや?」
「そんな・・・いきなり何をしてもいいと言われたって、どうしたらいいのかわからなくなった・・・。」
今まで何でもダメダメといわれ続けて、それに反発する行動をとってきたものの、
いざ好きなようにやっていいといわれたら、頭の中が真っ白になってしまったのだろう。
枠を、あっさり取り払われて、嬉しさより不安を感じ右往左往している。
いつのまにか、反発し意地を張ることが彼の目的となってしまっていたのだ。
(つづく)



<連載B 第2回>    2003.6.11

理想的な離婚のススメ
〜何億分の一で出遭った縁を大切に〜

「おっちゃん・・・相談に乗って欲しいの・・・。」彼女からの電話だった。
彼女の気持ちを確かめてみると、愛想が尽きて何が何でも離婚したいわけではなく、
セミナーさえ止めてくれたら何も問題はないという。
夫の方も、離婚する気はないらしい。
夫の両親は、セミナーの件で「いったい何を考えているんだ!」と怒っているらしい。
彼女の両親も、「あまりにも無責任すぎる!実家に戻っておいで。」という意見。
何度かの電話相談を繰り返し、一度ゆっくり会って話そうということになった。

おっちゃんは、彼女に、いきなり理想的な離婚を勧めた。
どうしても結婚生活が続けられないのなら、離婚して人生をやり直すのも一つの方法だ。
でも、そのときに学ぶことがなかったら、また同じことを繰り返すことになる。
もともとは、好きだったから一緒になったはず。
それなら、たとえ別れても、いい関係でいられるんじゃないか。

一緒に住むとなると問題があったけど、いい友達ではいられるかもしれない。
嫁ぎ先の両親も、自分たちの愚息のせいで、こうなってしまったと怒っている。
このまま離婚したら、「アホ息子のせいで、いい嫁まで失った・・・」と思うはずだ。
せっかく何かの縁で身内になったわけだし、
離婚したからといって敵対しなければならないことはない。
離婚してなお、両家がいつまでも仲良くしていたっていいわけだ。

もしケンカ別れしてしまったら、どこかでばったり出会っても、
おたがい顔をそむけ嫌な気持ちになってしまう。
でも、理想的な離婚ができたら、何も失うものはない。
かえって肩肘張らず、いい関係が続けられる。きっと、楽しいぞ。
せっかく何億人の中から出遭った特別な人間同士、その縁を大切にした方がいい。

彼女は目を丸くして聞き入った。「そんなこと、できるかなぁ・・・。」
おっちゃんは続ける。
それにはまず、相手を追い詰めてばかりじゃダメだ。
なぜセミナーを受けるようになったのか、なぜ止められないのか、
原因を探ることが第一歩。彼なりの理由が必ずあるはずだ。

原因を知るためには、別居したままでは当然、無理。
気まずくても、まだ夫婦なんだから、できれば寝起きをともにし、
お互いの気持ちを伝えあい、理解しあう努力が必要だ。
寝起きは無理でも、電話ではなく、顔を合わせて話し合うことだ。
そうでないと、溝は埋まることはない。原因を知ることも絶対にできない。

離婚しちゃダメだ!と言われると思っていたのに、
理想的な離婚?を勧められた彼女は、そんなにうまくいくのか半信半疑ながら、
おっちゃんのアドバイスを聞き入れ、勇気を出して、夫と話し合うことを決心した。
(つづく)



<連載B 第1回>    2003.6.9

わんどは“コドモ”の味方
〜迷ったり、悩んだり、大人も困っている〜

実は、ミステリーツアーに至る以前に、もう一つの問題が持ち上がっていた。
宮崎サミットで知り合いミステリーツアーに同行してもらった青年の仲間の離婚問題だ。

青年に連絡をとりたかったおっちゃんが、
宮崎サミットに参加していた彼女の電話番号を知っていたため、
彼女の家に連絡してみると、ご主人が出て、「実家に帰っている」という。
その後、何度か電話する機会があり、そのたびにご主人から同じ返事が返ってくるので、
気になったおっちゃんは、ぶしつけは承知で彼女に聞いてみた。
「何でいつも実家やねん?ご両親の具合でも悪くて家業を手伝ってるんか?」
すると、彼女からの返事は「・・・別居中なんです・・・。」

彼女の夫(31才)は真面目な人で、自分を変えるために“自己啓発セミナー”に通い始めた。
真面目なだけに、感銘を受けたそのシリーズにすっかりハマってしまい、
仕事を放り出し受講し続けている。当然、生活費にも事欠き、
さらに多額の受講費用の捻出のため、友人知人だけでなく、
とうとうサラ金からも借金をしてしまうありさまだ。
彼女がいくらセミナーを止めてと頼んでも聞き入れてくれないため、
我慢できず別居していると言う。

彼に限らず、現状を打破しようとしてセミナーを受ける人たちは多い。
実際にセミナーを役立て、躍進する人もいるだろう。
しかしなかには、こうしてセミナーに没頭してしまう人がいる。
悩みを抱え落ち込んでいるとき、やさしくアドバイスされると嬉しいものだ。
どんな問題を持ち込んでも、次々と受け入れ、セミナーを勧めてくれる。
そのうち、ひとりで悩まなくてもいいところを見つけ、
ひとりで解決しなくてもアドバイスをしてくれるからと、考えることをやめてしまう。
そりゃぁ、悩むことは辛いし、苦しいし、逃避したくもなる。

セミナーをやっている人も、はじめの目的は確かに人助けだったのだろう。
次々請われて、シリーズ化もしたのだろう。
しかし、そのうち、儲かることに気づく。
あるいは、そういうことに長けた人に利用され始める。
ウワサを聞きつけて、受講したい人は次々現れる。
組織化する。さらにお金が儲かる。
人を増やす。お金もかかるがそれ以上に儲かる・・・。
セミナーの提唱者は、いつのまにか奉られ、シンボル化する。
いわゆる、ひとつの新興宗教の出来上がりだ。

ようするに、セミナーも宗教も受け取り方しだいといえるだろう。
アドバイスはアドバイスとして、常に自分で考え応用していく人には有効だが、
ミイラ取りがミイラになってしまうように、自分で考えることを止め、
セミナーや宗教に言われるがままになってしまっては、周りが悲劇だ。

彼女の話を聞いたおっちゃんは、
「たいへんやねぇ〜。必要なら電話してな。力になるしィ。」と伝えておいた。
(つづく)



<連載A 最終回>    2003.3.19

今後の関わり方

ミステリツアーも最後の一日となった。
8時に出発しようと思っていたが、今日もA君は、なかなか起きようとしない。
青年が困り果てているので、見かねたおっちゃんがバトンタッチ。
「ほな、いくでぇ〜!」A君が怒るのなんか、おっちゃんにとっては「へ」でもない。
お構いなく、布団をはがし突撃する。
「えぇオッパイしとるなぁ、お尻もなかなかやでぇ。」A君は、やめろ!やめろ!と怒鳴る。
それでも、おっちゃんは構わずA君に抱きついていく。
たまらずA君は飛び起きた。「こんな気持ち悪い起こされ方したの初めて、もうイヤだ!」
言葉の割には表情が明るい。「よぉ〜し、出雲へ出発だ。」

出雲大社にお参りし、大しめ縄に賽銭を投げて遊ぶ。
おいしい出雲そばを食べ、母親へ土産も買って、日御崎灯台へ向かう。
車を降りて灯台を目指すと、さっそく熱心に呼び込むおばあさんがいる。
おばあさんの店で、きのう食べ損ねた焼きイカと、サザエのつぼ焼きも食べた。
灯台へ着いたが、A君は例のごとく中へ入ろうとしない。
青年も、もうだいぶ慣れてきて、行くぞと声をかけ登り始めた。
しぶしぶ着いてきたA君だが、展望台に上がると、今度はなかなか降りようとしない。
日本海からの風があまりに激しく冷たいので、おっちゃんは中に入って待つことにした。
A君が展望台からの景色を十分堪能したところで、ウミネコで有名な経島へ寄った。
そうこうしているうちに時間が押し迫り、残念ながら鳥取砂丘はお預けとなった。

帰りの車中で、高校に合格したら、ご褒美にまたミステリーツアーに連れて行くから、
そのためにも中学へはちゃんと行こうと諭すと、A君は、「うん、行く。」と答えた。
A君と別れた後、おっちゃんは青年と今後のことを相談した。
これでA君は、学校に戻ろうとするはずだ。だが、すぐには無理だろう。
A君には、あまりプレッシャーをかけず、しばらくようすを見ることにしよう。
むしろ、問題は母親の方だ。
効果を焦るあまり、せっかくのA君のやる気をつぶしてしまう可能性がある。
また、効果のほどを疑い、わんど塾との連絡を絶つ可能性もある。
青年には、なるべく毎日、母親に電話を入れてもらうことにした。
最悪でも、A君とだけは連絡が取れるようにしておき、直接ささえてやることが一番だ。

案の定、母親からは苦情の電話がかかってきた。
帰ってきてすぐゲームにかじりつき、勉強しない。前とちっとも変わっていない。
という愚痴だ。たった2、3日の旅行で、全く別人になって帰ってくると思っている。
おっちゃんは、前から言っていることを再度、できるだけ穏やかに話した。
外に出たがらなかったA君が、旅行に行ったこと自体が進歩であること。
A君は、高校に行きたいと強く希望している。ここに可能性があること。
復学や受験勉強のことを言うより、旅行の土産を一緒に食べたり、思い出話を聞いたりしながら、
まず母子で、簡単なふつうの会話ができるよう努力をすることが何より大切なこと。
後退しても焦らないこと、また一歩ずつ、前進すればいいことだ。

このまま母子関係が修復できないままだったり、うまく復学ができず受験できなかった場合や、
受験しても不合格になってしまうと、A君は目標を見失い、今度は荒れることが予想される。
また運良く合格しても、コミュニケーションがとれず長く続かない可能性が多々ある。
義務教育期間が終わる中学卒業が、実は重要な意味を持つ。
中学のうちは、ある程度、学校や先生に相談もできるし、協力も仰げる。
しかし、義務教育が終わってしまえば、下手をすると、母子だけの世界になってしまう。
そのとき、母子関係がうまくいっていないと、最悪の事態となってしまう可能性が大きい。
おっちゃんは、電話には必ず出てくれるようになったA君と直接話をしながら、
復学、受験、その後のA君を視野に入れて、長期戦の構えで支えていくことにした。
(おわり)



<連載A 第4回>    2003.3.17

高校見学の当日

翌日は、A君には内緒で、高校見学を組み込んでいた。
この高校は、寮に宿泊してじっくり見学することを勧めているので、時間的に焦ることはなかったが、
チェックアウトしようにも、A君がグズグズしていて、なかなか出発できなかった。
やっと宿を出て海岸沿いを走ると、この寒いのに、サーファーたちが海に向かっている。
車を降りて、彼らの横を震えながら通りすぎ、焼きイカ屋に行ってみたが残念ながら休業していた。

仕方なく、寒さついでに、遭難者たちの死体が流れ着くという心霊スポットへ向かった。
岸壁には洞窟の口がいくつも開いていて、そのどれもが効果満点にヒンヤリとしていた。
洞窟は、奥の方で一つに繋がっていて、お地蔵さんが並ぶ一帯には、いろいろな浮遊物が打ち上げられていた。
急にA君が「あっ!」と声をあげるので、本当に死体でも見つけたのかと緊張としたが、「ハングル文字だ。」
ホッとしたところで、どういうわけか、「さすがに目の付け所が違うわ!」とおっちゃん。
洞窟を通り抜けると、千畳敷の岩場へ出た。貝や小さなウニを手に記念撮影。

雪道をくねくね車を走らせ、隕石が落ちたといわれる山へ向かう。
展望台へと登る途中で、椿の実を見つけた。
種を取り出し、擦って泡立てると、二人ともびっくりしていた。
展望台からは、勇壮な日本海が広がっていた。眼下に市内を一望しながら、水晶の取れる場所や
これから向かう高校の位置を説明してから山を降り、早めの昼食を済ませて学校へ向かった。

人里離れた中に建てられた学校に着いたのは、ちょうど昼時になってしまったが、
先生は食事も取らず、さっそく丁寧に学内を案内してくれた。
陶芸や紙すき、野菜やパン作りまで教えてくれる学校を初めて知った青年は、
こんな学校に行きたかった!としきりに感動していたが、肝心のA君は全く興味を示さない。
寮内の見学についても拒否した。寮に入ったらいじめられると勝手に決めつけている。
そんな学校ではないといくら言ってもきかなかった。残念だが仕方ない。
帰りは、校長先生初め先生方のていねいな見送りを受けた。

次の目的地は、サンドミュージアム。ここには、なんと「1年計の砂時計」がある。
いったい、どれくらいの大きさなのだろう。が、閉館していて見られなかった。
石見銀山も、入坑時間を過ぎていて、出直すしかなかった。
宿泊は知り合いのお寺を一応予定していたが、どうなるかわからないので連絡はしていなかった。
案の定、A君がお寺は嫌だと言い出し、結局、宿を探すことになった。
A君の希望でもんじゃ焼きを夕食にして、やっと見つけた宿で、どうにか就寝することができた。
(つづく)



<連載A 第3回>    2003.3.16

ミステリーツアー初日

待ち合わせの新大阪駅に、A君はやってきた。
不安そうな顔をし、特有の雰囲気を漂わせている。
おっちゃんは慣れたもので、A君の手を握り、自分のペースに巻き込んでいく。
「やぁ、はじめまして。朝早かったから眠たいやろ。目的地に着くまで車の中でゆっくり寝たらいいわ。
その前に、腹へってヘンか?」
駅のレストランで食事をしながら、A君の緊張を解きほぐすうち、少しずつ話もできるようになってきた。
「さぁ、愛車のベンツ号で出発や!ベンツゆうてもトヨタ製で、おっちゃんが勝手につけた名前や。
えぇやろ。目的地まで6時間、君は寝てたらええ。着いたら起したるサカイ。」 「はぁ・・・。」

トイレ休憩のとき、タバコを勧めてみる。「おっちゃんの前では遠慮せんと、いつもと同じでええから。」
タバコを吸ってから、A君は自分から少しずつ話しかけてくるようになった。
沖縄合宿でもわかるように、おっちゃんは、タバコや酒に関して、最初から咎めるようなことはしない。
まず子供たちの気負いのない姿をしっかり見定め、信頼関係を築いてから、
ころあいを見計らって徐々に諭してゆく。
こんな対応は、教師などの肩書きを持ったり、特定の組織に属すると、立場上とてもやりにくくなる。
おっちゃんが、いっさいの肩書きを持たず、子供たちと接している理由の一つがここにある。
おっちゃんは、あくまでも「近所のおっちゃん」として、個人的責任のもと、
子供たちと真正面から向き合っているのだ。

相手に合わせることを知らない子供たちの多くがそうであるように、A君もまた、
走り出してから、トイレに行きたいと言い出したりするので、予定より遅れて温泉宿に到着した。
食事の前にひとっ風呂浴びようと言っても、チームプレーができず相変わらずグズグズしている。
「先に行くぞ!」と言って、青年と二人で共同浴場に向かうと、A君も慌てて着いてきた。
A君が湯船にタオルを入れるのを見て、地元の人が注意した。A君は、どうやら素直に謝った。
おかげで地元の人たちとの会話を、のんびり楽しむことができた。
おなかはペコペコ、さぁ、いよいよ豪華なカニづくしだ。
A君には、自分の世界がいかに狭いかを実感してもらうため、ド肝を抜くくらい超豪華な食事にした。
おっちゃんは、思った以上の種類と量だったので、残った料理が無駄にならないよう、
こっそり仲居さんと話をつけておいた。
A君たちにも、食べ散らかさないで、一皿ずつ味わい、無駄にしないことを教える。
あとで仲居さんは、余った分で豪華なおにぎりと夜食まで作ってくれた。

食事の後は、初日のクライマックスとして、石見神楽を見に行った。
演芸場に集まった20人ほどの観光客のなか、おっちゃんたちは一番前に陣取った。
最初の挨拶のために出てきたのは、あの共同浴場でA君に注意をしたおじさんだった。
A君も気づいたようだ。「世間は狭いから、調子に乗ったらあかんのや!」と、おっちゃんが言う。
二人は、初めて見る神楽の迫力と豪華さに圧倒されていた。
なにしろ、大きなヤマタノオロチが4匹も出てきて暴れまわるし、衣装は手刺繍による立派な代物だ。
帰り際、丈夫な石州和紙で作られた年代もののヤマタノオロチに触らせてもらった。
二人はよほど感心したのか、記念にカレンダーを買って宿に戻った。

A君はバーに行きたがったが、おっちゃんは運転で疲れていたので、
かわりに?有料テレビのアダルト番組をつけてやった。
するとA君は得意げに、モデルの話や自分の持っているビデオの話を始める。
タバコやビデオのことを母親が知っているのか聞いてみると、案の定、知らないという。
「言いにくいやろうけど、隠し事はトラブルの元や。なんでも堂々と話し合えるようにならんとな。」と
おっちゃんが言うと、A君は黙って聞いていた。その後、三人とも早々に床についた。
(つづく)



<連載A 第2回>    2003.3.15

おっちゃんの作戦は、ミステリーツアー!

おっちゃんがまず考えたことは、とにかくA君と接すること。
そして、A君を外に連れ出し、できれば学校見学を通して高校をより身近に感じてもらうこと。
「高校へ進学したい」という希望さえあれば、復学の可能性があり、受験勉強にも繋がるからだ。
たとえうまくことが進まなくても、A君と面識があれば、以後は何かにつけて支えてあげることも可能だ。

おっちゃんは、A君を小旅行に連れ出す作戦を練った。
神奈川県の青年にも同行を依頼し、一役買ってもらうことにした。
題して、「誰も知らない中国地方へのミステリーツアー」。
さっそく母親に計画を打ち明けてみた。
外には出たがらないし、約束していても直前になって止めてしまうこともある。
高校の話をすると、すぐ暴れだすし、第一電話にも出ないのだから、たぶん無理だという。
やる前から否定していては解決するはずがないと説得し、母親から何とか許可をもらった。

おっちゃんは、さっそく高校へ見学を申込み許可をもらった。あとは、うまくA君を誘い出すことだ。
A君の好物であるカニを腹いっぱい食べる。石見神楽を見て、石見銀山では銀鉱石を探す。
モンゴル火災で足を無くした少年に、義足を作ったという人に会いに行く。
鳴き砂の浜を歩き、出雲大社では大しめ縄に賽銭を載せ福をもらい、出雲そばを食べる。
日御崎灯台では、吹きすさぶ日本海の突風に立ち向かい、焼きイカやサザエのつぼ焼きを食べる。
鳥取砂丘の風紋を見たら、有名な心霊スポットへも立ち寄る・・・。
高校見学についてはあえて語らず、とにかく興味をかき立て、A君を引っ張り出すことにした。

数日後、A君は計画に乗ってきた。母親に連絡すると、行くかどうか・・・と、まだ心配している。
青年の方まで不安がるので、おっちゃんは気合を入れた。
二人だけでも出発する意気込みがないと、A君の負のエネルギーに負けてしまう。
おっちゃんはこんなこと、日常茶飯事だ。「大丈夫、心配は要らない。絶対くる!」と言い切った。
(つづく)

なにやら怪しげなミステリーツアー、一緒に楽しみましょう。




<連載A 第1回>    2003.3.14

不登校から家庭内暴力へ〜子供からのSOS〜

宮崎県在住のグリーンコンシューマー(環境に配慮した生活を実践している人)で、
NGO『地球村』の講師も務める松本英揮氏の神戸講演会を
子供たちと一緒に聞きに行ったことがある。
それがきっかけで、昨年秋(2002年10月)、松本氏から、おっちゃんのもとへ
“エコサミット in Miyazaki”の講師として、出演依頼が舞い込んだ。

青少年健全育成の「わんど塾」が環境サミットに?どんな関係があるの?
そう思う人も多いはずだが、こんな風に考えてみてはどうだろう。
壮大なテーマである地球環境保護も、その第一歩は、環境汚染の原因を除去することだ。
では、いったい誰が地球環境を汚しているのか、とことん追求してみるとわかりやすい。
過去、多くの公害問題が発生し、工場(企業)からの排気ガスや汚染排水が激減した分、
現在では、マイカーの排気ガスが大気汚染の要因であったり、
洗濯排水や台所排水(味噌汁や米のとぎ汁、洗剤など)が、川や海を汚染している。
つまり、われわれ一人一人が、地球環境を汚している加害者なのだ。
そのことに気づきさえすれば、地球環境保護のためにできることはたくさんある。
そして、われわれがしなければならないことも、自然にわかってくる。

同様に、子供たちを取り巻く教育という「環境」も、
学校や先生と子供たちだけで成立しているわけではない。
あたたかい家庭があり、地域の応援があってこそ、子供たちは成長していく。
つまり、子供たちの教育が健全に行われるためには、その環境保護が大切で、
それこそが、わんど塾の仕事なのだ。
だから松本氏からの依頼も、「全ては繋がっています。
おっちゃんには教育環境の視点から、地球環境を語っていただきたいのです。」
というものだった。

松本氏は、世界中を自分の足で歩き回り、環境保護を訴え続けている人だから、
その交友関係は国や人種を問わない。
宮崎でのエコサミットにも、アフリカはマリからイブラヒム・トゴラ氏、
ドイツの環境首都フライブルクからは今泉みね子氏などのエコロジストが招かれていた。
そのため今回のサミットは、講演だけでなく、国際色豊かな歌や踊り、
雑魚寝をしながら夜を徹しての語り合いと、おっちゃんにとっても楽しい交流の場となった。

さてその後、宮崎エコサミットで共に寝起きした神奈川県の好青年から電話があった。
「知人の奥さんで学習塾を経営している人の息子A君(中3)が不登校で引きこもり、
最近は暴力まで振るうようになった。ぜひ、アドバイスをいただきたい。」という内容だ。
おっちゃんはさっそく母親に直接電話をして、具体的な話を聞いてみた。
母親は途方にくれ、泣きながら訴えた。
高校へ行きたいといいながら、パソコンばかりして受験勉強はしない。
携帯電話に14万円も使ったりするので、それらを注意すると殴りかかってくるという。

子供の行動には必ず原因がある。子供は子供なりに必死でサインを送っている。
そのサイン(原因)を親が受け止めない限り、行動だけ規制しようとしても無駄で、
やめさせようとすればするほど、「まだわかってくれない、これでもか、これでもか!」と、
行動はさらにエスカレートしてしまう。
わんど塾の塾生で、こんな事例があった。
子供は、「わかってくれ、わかってくれ!」と泣きながら、親に殴る蹴るの暴行を加えた。
子供といっても、体格は大人並だから、母親は何箇所も骨折し、身体はぼろぼろ。
ところが母親は、こんな事態になっても子供のサインを受け取れず、
逆に自分を責め、ことに甘んじてしまった。
「こんな子になってしまったのは私のせい。これで立ち直ってくれるなら、喜んで暴力を受けます。」
これでは、さすがのおっちゃんも、どうすることもできなかった。

A君の不登校の原因について、母親に心当たりを聞いてみた。
A君は、お受験をくぐりぬけ私学の一環教育校に通っていたが、中学進学は無理と足切りされ、
心ならずも公立の中学に行くことになり、いやいや通っているうち不登校になったらしい。
おっちゃんには、彼の焦りと不安が手にとるようにわかった。
幸いA君は、高校進学を希望しているので、立ち直れる可能性は十分ある。
まずは学校に戻し、級友と交われば、焦っているのが自分だけでないことが自覚できる。
そこで、進学希望校の過去問題をやって自分のレベルを把握すれば、落ち着いてくるはず。
大切なのは、焦りや不安が湧きあがってきたとき、全力でサポートしてあげることだ。
見守られ、支えられていることが実感できれば、母親の言葉も響くようになる。
暴力がなくなり、会話が復活し、自然に受験勉強も始める。
そうなれば、パソコンや携帯で遊ぶこともなくなってくるはずだ。

母親は、おっちゃんのアドバイスに半信半疑だ。そんなに簡単にことが運ぶはずがない。
これまで、たくさんお金も使って、いろんな人に相談してきたが、成功した試しがない。
「ダメでもともと。うまくいけば儲けものでしょう。一度、A君と直接話をさせて欲しい。」
というおっちゃんに、始めから、たぶん無理だという。これでは進展しない。
おっちゃんは、母親に対しては、いつでも愚痴を聞いてくれる
“都合のいいおっちゃん”の役割を果たしながら、A君への対応を考え続けていた。
(つづく)

おっちゃんは、どんな秘策を考え、A君と向かい合うのだろう?お楽しみに!



<連載@ 最終回>    2003.2.12

沖縄合宿の成果 〜子供の場合、親の場合〜

翌朝、彼は、気持ちが軽くなり安心してぐっすり眠れたせいか、すっきりしていた。
そして、「おっちゃん、おはよう!」と、とてもさわやかな笑顔で声をかけてきた。
こうして彼の言葉や態度から、とげとげしさがなくなり、雰囲気は一変した。
友和村の息子さんが連れて行ってくれた小浜島(NHK「ちゅらさん」で有名)の近くでは、
海水浴や魚釣りを楽しみ、ご主人の案内によるマングローブ林でのシジミ狩りも十分堪能できた。
彼は、数日遅れで仲間に加わったA君の従兄弟の面倒もよく見てくれたし、
食事でも遊びでも、本気で取り組み始め、何をするにも命がけ・・・が当然のことになり、
毎日くたくたになって、島の自然を満喫した。

ただ、相手の気持ちを思いやるまでには少し時間がかかりそうで、
友和村の奥さんからは、「冷蔵庫に野菜が入らなくなるから、ビールばっかり詰め込まないで。」と
相変わらず注意されたりもする。でも彼は、素直に「すみません。」が言えるようになった。
また、友和村の息子さんにもらった牛の角に目を輝かせ、とっておきのイノシシ鍋にかぶりつき、
夜釣りでは、みんなとその成果を競い合い、釣りあげた魚に舌鼓を打ち、楽しんだ。
そして、「おっちゃんにはついて行くだけで死にそうだ!」と喘ぎながらも、
彼は命がけ(本気)で、遊ぶこと(体を動かす)ことを身につけていった。

最終日の朝、それまで一度も掃除をせず、散らかし放題になっていた部屋を大掃除することにした。
やればできることを証明しよう!と気合十分で始めた大掃除は、机を動かし隅々まで掃除機をかけ、
ゾウキンがけをし、4人分のシーツ・タオルケット・枕カバー・タオルなどを洗濯機で洗いあげた。
干すところに困るくらいの洗濯を終え、最後に大量のタバコの吸殻や
ビール・ジュースの空き缶も片付けた。もちろん、きれいになったのは部屋だけではない。
なにしろ命がけの掃除だから、気分もさっぱりした。
友和村のみなさんには、心から重々お礼を言い、ご主人に港まで送ってもらった。
船を待っている間に、それぞれの仕事を一段楽させた奥さんやヘルパーさんも駆けつけて
みんなで見送ってくれた。

西表から石垣島へ。A君と3人で最後の夕食をとった。
ここでも命がけなので、彼らが望むものは何でもOK!
大皿にはイセエビや南国独特の色合いの刺身などが並ぶ。
宿に戻り、彼らにはホールで待っているように言って、
おっちゃんは石垣島の母親グループの相談を受けていた。
深夜となり、宿の主人から「そろそろシャッターを閉めますが、お連れ様はどうされますか?」と
言われて、彼らが10時ごろドライブに出かけてしまったことを知る。
夕食時にお酒を飲んでおり、事故でも起こしては大変だ。
大慌てで相談を切り上げ、携帯で呼び出すが返事がない。
すぐ表に出てみるが、探すアテがあるはずもない。
しばらく右往左往してみたが、明朝は早いので、諦めて寝ることにした。
これが最後と思って呼び出した電話が、やっとつながった。
A君との最後の夜なので、親戚の人たちとカラオケに行き、命がけ(!)で歌っていたと言う。
「おっちゃんは、明日の夜、名古屋まで講演会に行かなあかんのや。頼むで!」

翌朝、那覇空港でA君の母親と会うことになった。
A君がその気になっている本土の高校受験について説明をするが、
母親は、「あの子には無理なのでは?」「私にはわからない・・。」と、他人事のようで要領を得ない。
このままではせっかくのチャンスを逃してしまう。
おっちゃんは必死になって訴えるが、堂々巡りで時間ばかりが経ってしまった。
食事をして帰るというと、公設市場なら近いから車で送ってくれると言う。
そんな時間はないと断ったが、彼が行きたがったので、送ってもらった。
本当は彼とは、公設市場で食事をご馳走する約束をしていたが、実際に時間がなくなり、
お土産だけ買って引き返した。それでも彼は満足してくれたようで安心した。

こうして帰りの機内は、行きとは大違いで快適だった。
彼には、“弱さを受け入れて自分らしく無理をしないで生きること”、“大学に戻り進級すること”、
“親を含め目上の人には敬語を使うこと”を守るよう指導し、
そのかわり、それが守れたら、また西表行きを計画することを約束した。
彼は、名古屋空港に出迎えてくれた父親に対し、さっそく敬語を使って驚かせ、
講演先までの車中でも、終始、和やかに旅の土産話を語っていた。

結局、わんど塾としては20万もの赤字を出した命がけの合宿となったが、
確かに彼は自力で学び、変わることができた。
ところが、問題は、保護者である両親にある。
彼の変わりように始めは驚くものの、「これが本来のこの子なのだ。」といいように解釈し、
「もう、安心!」と勝手に思い込んでしまう。
残念ながら、そんな保証はどこにもないことを、150以上の体験談から、おっちゃんは知っている。
いつ、どんなことで、ひっくりかえってしまうか、わからない。
かれらは一瞬で、今までのことをゼロに戻してしまう。そして平気で以前よりもっと悪い状況に陥る。
そんなことはザラにあるのだ。

いったん問題を解決して、わんどの手を離れてしまうと、どういうわけか、
それ以降、(親にとっての些細な)問題が起こっても、連絡をくれなくなってしまう保護者が多い。
そして、子供の危険信号を見落とし続け、事態を悪化させてしまう。
そこで、おっちゃんは、たとえ保護者からの連絡が途絶えたとしても、
できることなら子供たちとは直接、連絡が取れる状態を作っておく。
保護者である親が(子供を)理解してあげられることが一番だが、そうでない場合、
子供たちにとっては味方(をしてくれる大人)がいることが救いとなるのだ。
一人っきりで孤独な戦いをさせない、彼らが自分を見失わないためのひとつの方法だ。
わんどの手を離れたときが、(保護者である)親にとってのスタート!だとおっちゃんは思う。
子供が学んだことを注意深く見守り、家族がどうあるべきか真剣に問いつづけて欲しい。
本当は大声で、おっちゃんは両親に訴えたい。「人間教育は、ホンマに命がけなんや!」
(おわり)

その後の彼について、また、同じ環境で育った弟のSOSは、両親に届くのか?
新たな連載(実話)が続く可能性もあるが、いったん、これで終了する。
次回からは、また別の事例を紹介する予定・・・。

<連載@ 第7回>    2003.2.6

直接対決!〜ふっきれたものは?〜

わんど塾の合宿に、石垣島のA君(15歳)と、A君の従兄弟(小5)が参加することになったが、
本当に合流したのはA君のみだった。
A君は中学のとき不登校になり、一応卒業したがその後の進路を見つけられず、
現在、石垣の親戚のうちでぶらぶらしている。未成年だが、もちろん?酒もタバコもやる。
おっちゃんは、他人に迷惑をかけない範囲でなら、まずはそういうことも黙認し、
信頼関係を築いたうえで、ようすを見ながら指導していく。
しかし、事情を知らない島の人にとっては、そんなA君は不良にしか見えない。
年上である彼が、友和村に迷惑をかけないよう、A君をフォローしてくれればありがたいのだが、
逆に仲間ができたとばかり、二人の行動がエスカレートしてしまい、
おっちゃんは前にも増してハラハラさせられた。
それでも、子供は子供同士が一番と、夕食までには帰ってくる約束で二人だけで外出させてみると、
暗くなっても帰ってこない。結局、必死で探し回ることになり、すっかり振り回されてしまった。

友和村には、西表の自然を愛し、文化に触れることを楽しみに訪れる客が多い。
秘境西表を巡り、ホテルの設備を競うようなツアー客とは違い、友人知人が主なので、
夜は家族で星を愛で、仲間で泡盛を傾け、みんなでサンシンや語りを楽しむ。
彼が、そんな場に加えてもらったときハイテンションになり、ついに雰囲気をかき乱し始めた。
みかねたおっちゃんが、席をはずすよう諭したところ、彼がつっかかってきた。
そこで二人になるのを待って、おっちゃんは言った。
友和村はお金儲けで客を泊めるところではない。
みんなは友和村の大切な友人で、ここへくるのをそれはそれは楽しみにしている。
部外者が割り込んで、彼らの再会の時を乱すことは絶対に許されない。

「説教するな!子供じゃない!」
「子供じゃないならわかるやろ、おっちゃんが言いたいのは子供か大人かっちゅうことやなく、
いいことか悪いことか考えてみ、言うとんねん。」
「うるさい!カッコつけるな!」
「かわいそうなやっちゃなぁ〜。善悪の区別もでけへんねんな〜。」
「なにを!イザとなったら逃げ出すくせに。それ以上偉そうなことぬかしたら親父と同じになるぞ!」
「かまへんよ。どっからでもかかっておいで。だぶん、君は1秒ももたへんわ。」
「あったまきた!やったろうやないか!」
「よっしゃ、ほな広いとこで試してみるか。」

場所を移動したところで、おっちゃんは自分の首を思いっきり締め上げるよう、彼に言った。
遠慮は要らないから思いっきりやるよう指示され、いきり立った彼は渾身の力で締めあげてきた。
「それでええか?ほないくで。」おっちゃんは、瞬時に彼の間接を締め上げた。
「痛ったったったったぁ・・・!」いったい何が起こったのか、彼にはわからない。
ただ、これまでに経験したことのない猛烈な痛みだった。
「これで体重をかけるとなぁ、骨がボキ!っで、はいそれまでぇよ〜や。」
放してもらった彼は、それでも、「ちくしょう!今のはワナにはまっただけだ!」と言いながら、
まだ腕を抑えている。
「実はなぁ、今まで黙っとったけど、おっちゃんは若い頃からちょっとばかし空手をやっててん。
それでもまだやるっちゅぅんなら、今度は手加減しぃへんから覚悟しいや〜。
念のために言うとくけど、ホンマに1秒もたへんで。ウソやないで。さ、かかっておいで。」

さすがに彼の顔色が変わり、一気に爆発していたものが冷めて、「やぁめた・・・。」といった。
「そうか、やっとわかってくれたか。マジ、危機一髪やったなぁ〜。もしかかってきてたら、
今ごろ地面でのたうちまわっとるで。あのなぁ、世の中広いんや。上には上がおってな、
こんなおっちゃんなんか、一発で倒してしまうような、もっともっと強いヤツがぎょーさんいてるんや。
弱い犬ほどよく吠えるっちゅうやろ。逆に、実力のあるヤツほど静かで目立たんもんなんや。」

おっちゃんの話は続く。
強いヤツは、どんなにからまれても絶対相手にならず、逆に頭を下げてその場を去る。
それは、逃げたようにみえるが、実は避けている。喧嘩の怖さとくだらなさをよく知っているからだ。
相手が下手に出ているのをいいことに調子に乗って、だれかれかまわず喧嘩をしていれば、
間違いなく、いつかとんでもない目に遭うはずだ。
弱かったら、それを認めればいい。強がらずに弱さを認めれば、逆にみんながかばってくれる。
それが楽に生きる秘訣だ。

「こっからが大事やから、よう聞きや。どや、君はおっちゃんに、たったの1秒で負けたわけや。
こんなんじゃ、負けた気ぃせぇへんやろ。悔しくって、惨めで、自尊心はもうズタズタやろ。
でもな、よく考えてみ。喧嘩を仕掛けたんは、おっちゃんやなくて君のほうや。
すべては君が招いたことで、だから責任もぜぇ〜んぶ君自身にあるわけや。そやろ。
でもそれならそれで、弱い君が強いヤツと喧嘩せんでいい方法は、簡単や。
君が原因なら、君が自分の言うことやすることに、これから気ぃつければすむこっちゃ。

な、わかってしもうたら、アホみたいやろ。そのことに気ぃついたら、もう大丈夫や。
これからは、そのまんまの君でいたらええ。君なりに、せいいっぱいやったらええ。
そのかわり、自分の言うたことや、やったことは全部、人のせいにせんと自分で責任持つんや。
それが子供やのうて、大人の証や。わかったな。」

それを黙って聞いていた彼は、突然、涙をぼろぼろ流してしゃくりあげ始めた。
これまで必死で突っ張って自分を守ってきた彼は、おっちゃんからたったの1秒でKOされ、
そのままでいいと自分自身を認められたことで、すべての虚栄から解き放たれたのだ。
小さい頃から、ここにいる!と主張してきたのに、結果的に批判され否定され続け、
彼自身、最終的には暴挙でしか、自分の存在を確かめられなくなっていた。
でも、おっちゃんは、そのままの彼を受け止め認めてくれた。
彼は、そのことに、今まで経験したことのなかった安堵と喜びを感じ、とにかく嬉しかった。
わんど流に言えば、彼はやっと、「自分の居場所を見つけた」のだ。

「わかったらええねん。これが、命がけで語るっちゅうことや。
言葉には魂があってな、言霊(ことだま)いうねんけど、力があるんや。だから、言うた通りになる。
宣言すればそのとおりになるし、悪い言葉や汚い言葉ばっかり使うとったら困ったことが起こる。
そやから、ホンマに注意すんねんで。よぉ〜し、わかったところで今日は遅いし、もう寝よう。
あしたっから、命がけで遊ぶでぇ!ちゃんとついてこいよ。」
(つづく)

青春ドラマみたいになってきたが、実話は果たして、これでめでたく終われるのか?


<連載@ 第6回>    2003.2.5

まずは、一生懸命やってみること。

腹ごしらえができたので、釣り場を求めて車を走らせる。
いくつかポイントを抑えながら進んでいくと、行き止まりになってしまったので、引き返す。
まず、エサとなるヤドカリを集める。ヤドカリなら砂浜にいくらでもいる。
二人で手分けして集めたら、ビニール袋はすぐいっぱいになった。
もっと大きいやつを取るため、崖下の岩場に向かった。
崖を降り始めると、彼が怖がって、危ないから帰ろうと言い出す。

運転もそうだが、彼の場合、ちょっとでも障害に出遭うと、逃げ出すか放り出すかしてしまう。
彼は、親のせいで何もかも中途半端に終わったというが、実は自分で投げ出している。
運転のときは特に、自分から言い出したのだから、車輪を落としたり、車体をこすったりしてでも、
なんとかしようとするなら、まだ救いはある。が、彼はすぐにネをあげた。
自分から、学ぶ機会を放棄してしまったに等しい。
彼が暴れた原因を親のせいだと言ったとき、彼の両親は反論したかっただろう。
おまえの努力が足りないと。しかし、それを言ってしまっては事態は悪化する。
あのとき、両親は、おっちゃんがいたから、反論しなかった。
わかりにくいが、おっちゃんの存在価値は、そこにある。

親(大人)にも、もちろん責任はある。
たとえば車輪を落としてしまったとき、それみたことかと叱ってしまっては最悪だ。
困ったときは、全力で助ける。失敗を責めるのではなく、対処の仕方を教える。
対処に時間がかかればかかるほど、苦労すればするほど、子供はその間に反省する。
自分がその原因を作ってしまったこと、親の言うことを聞かなかったこと、
親に後始末をさせていること、自分の腕が未熟であったこと・・・学ぶことはいくらでもある。
そしてその経験は、必ず子供を成長させる。
決して失敗を責めないこと・・・親にとっては我慢のしどころだ。
子供の学びの場を奪ってはならない。奪ってしまえば、しっぺ返しが待っているだけだ。

話を戻そう。崖下からおっちゃんは、叫ぶ。
「なに、ビビってんねん。こんなところだから大物がおるんや。命がけで遊ぶって言うたやろ。」
怖がる彼を励ましつつ、大物を集め続けたが、彼がもたもたしているうちに夕方になった。
夜釣りに変更し、いったん友和村に引き返すことにした。

帰路、ガソリンをいれて洗車をする。彼は、ガソリンだけで十分だと言って手伝おうとしない。
車の中に彼を残し、おっちゃんはさっさと洗車を始める。
彼はすぐに、車から汗だくで飛び出してきた。夕方といっても西表は暑い。車の中は灼熱地獄だ。
洗車すれば涼しいからとホースを渡すと、彼はしぶしぶ手伝った。
帰りの車中で、おっちゃんが言うことを、彼はめずらしく黙って聞いていた。
「人に何かを借りたときは、その人が貸してよかったと思ってくれるようにして返すんや。
そしたらまた、機嫌よく貸してくれるで。君かて、誰かに車を貸したとき、きれいになって
戻してくれたら、ラッキーって思うやろ。」
自分のことしか見えない、考えられない彼にとって、
相手のことを考えてなにかをするということは、一種のカルチャーショックだったに違いない。
(つづく)

<連載@ 第5回>    2003.2.4

合宿はスタートしたが・・・ 〜合宿の目的〜

「友和村」に着くと、ご主人から、宿舎・鶏舎・ハチミツ箱・パン焼き小屋の案内を兼ねて
注意事項の説明があった。
ところが彼は突然、「頭にきたから、帰る!」と言い出す。
彼はすぐにでも遊びに行きたかったらしく、くだらない説明には付き合えないというわけだ。
大学のオリエンテーリングと同じで、説明を聞いておかないと困るだろうと言っても聞き入れない。
「わかった。そんなに気に入らんのやったら帰ってもええわ。そのかわり、一人で帰るんやで。
おっちゃんは予定通り一週間、ここにおるからな。チケットの手配だけは、やったるわ。」
しかし、彼は少しでも突き放されると一人では行動できず、しぶしぶ残ることになった。
おっちゃんにとって、こんなことは予測の範囲内だ。
だから割高だとわかっていても、初めから切符は片道分しか買っていない。

始まりからしてこうだから、今回の合宿は“周囲がどれだけ我慢できるか”が、
その成果を大きく左右する。
酒は飲む、タバコは吸う・・・のわんど塾に対して、
「友和村」のご主人は、毎朝たくさんのビールの空き缶を片付けたり、
屋外のみだが、大きな灰皿まで準備し、必死の思いでサポートしてくれている。
一方、彼はといえば、ますます女、女といきがったり、ブランド品を自慢したりして、
テンションは上がりっぱなしだ。
少なくとも、「友和村」の人たちなら、事情がわかっているので、そんな彼に対して
ひたすら我慢してくれているが、島の人たちがそんな事情を知る由もない。
彼が得意顔で、島にあるはずもないタバコの銘柄を注文したりして、
地元の人たちを見下したような言動を繰り返すので、おっちゃんは、ヒヤヒヤのし通しだ。

とにかく合宿はスタートした。さっそく、「友和村」のワゴン車を借りて、島巡りと魚釣りに出発した。
しかしまた、彼は「ワゴンを運転する!」と言い出す。
国道といっても田舎道だ。突然細くなったり、とんでもないカーブがあったりする。
友和村の車で、地元の人と事故を起こしても困るし、第一ワゴン車は友和村の大切な足だ。
友和村に迷惑をかけるわけにはいかないと説明して断ると、
「俺の腕が信用できないんだな!」とつっかかってくる。
こうして熱くなってしまったら、何を言っても通じない。覚悟を決めて運転を替わる。
しかし、ちょうど工事が集中して行われていたため、いたるところで道が寸断され、
最悪のコンディションとなり、「こんなところ、運転できるか!」と彼が言い出すのに、
ものの数分もかからなかった。

途中、橋の上で魚釣りをしている人がいたので、釣りの情報収集をしようと車を止めてみた。
この人は毎年休暇を取って西表にきているという「西表通」だった。
また、かなりの「外国通」でもあり、喜んだ彼は、例によって、
スチュワーデスやブランドなどの話を始めた。
しかし、そこには学ぶ姿勢(知りたい、教えて欲しい)はサラサラなく、
ただ単に、彼は話ができれば、彼の話を聞いてくれれば満足なわけで、自慢話に終始する。
しばらくは距離を置いてようすを見ていたが、相手が閉口してきたので、彼を促し車を出した。

食事のため店に入るなり、彼は「あれが食べたい」とポスターを指差す。
それは“ガザミそば”で、大きなガザミ(ワタリガニ)がどかっ!と乗っていて、
赤米や芋羊羹などもついた豪華版だった。

おっちゃんは、ブランド品などでない限り、彼の希望は(命がけで)叶えてやるつもりだったので、
さっそく注文した。絶品だった。
試食として出された泡盛も、彼がうまい!というので、友和村と父親へのお土産として2本買った。
彼は、気前のいいおっちゃんに戸惑ったらしく、
「なんで、そばも泡盛も、いくらかわからんまま
、すぐに注文するん?」
と聞く。
こういうとき、父親なら絶対、安いほうで我慢しろとうるさい。
なんでもかんでも反対して、ちっとも彼の言うことはきいてくれないし、
なんでもかんでも決めつけて言うことをきかせようとするから、腹が立つという。

そこで、おっちゃんは初めて彼に、今回の合宿について、こう説明してやった。
「おっちゃんだって、自分の子供にはそれ相応の我慢はさせるで、あたりまえやろ。
そやけど、この前、君は、今まで親に言われた通りにやってみたけど
結局みんな中途半端に終わった、てぇ言ったやないか。
そやから、この合宿では、君の言う通りにして、とことん楽しませてやる。
まぁ、どうしても無理なときだけ、ダメだしはする。そのかわり、ちゃんと理由も言うで、ええな。
そやから、食べるときも命がけ、遊ぶのも命がけ。そのために、お金は全部使うつもりや。
ええか、君は、命がけがどんなもんか体で学ぶんや!」
(つづく)

<連載@ 第4回>    2003.2.3

自分を見つめなおすための沖縄合宿〜えっ、序章?〜

沖縄への便が早朝だったので、前日、彼は、わんど塾へ泊まることになった。
彼を駅で出迎えたとたん、
「親父が、お金はたっぷり渡してあるから、なんでも好きなものを買って楽しんでおいでと言った。
沖縄は日差しが強いから、ブランド物のサングラスを買いたい。」という。
この合宿の目的は、“一切の制約を取り払った中で、自分自身を見つめなおしてもらう”ことだ。
自分がどんな人間なのか、どんな大人なのか?どんな男なのか?できれば、
いったい何ができるのか?何をやりたいのか?そのために何を学ばなければならないのか?
彼自身が気づかなければならない。言葉で教えても反発するだけだ。
痛い出費も承知で、実は命がけ!で、おっちゃんは彼と向き合う覚悟を決めていた。

彼は気に入ったサングラスを手に、ご機嫌でわんど塾に着いた。
そして、おっちゃんの娘(中2)相手に、ハワイのマリファナ事情や
スチュワーデスをナンパする方法などを得意げに話し始め、
相手にひんしゅくをかっていることにも気づかず、話をどんどんエスカレートさせる。
彼は、体格的には大人だが、幼稚なまま成人してしまい、歳を重ねただけで
法律的に酒やタバコの制約から逃れたことを大人と勘違いしてしまった。
そのため自己中心的な言動を繰り返すだけで、大人としての思慮は一切無く、
ただわがまま(欲求)を押し通すだけの赤ん坊と同じだ。
さすがのおっちゃんも、出発前から先が思いやられ、気が重くなってしまった。

翌朝、空港に着くなり、彼は免税店をのぞき、今度は時計をねだる。
父親がなんと言ったか知らないが、預かったのは40万円。
沖縄合宿一週間分の旅費と宿泊費で消えてしまう金額だ。
ここはひとつ、正直に話して、彼にはなんとか我慢してもらう。

しかし、機内ではまた、いきなりブランド品の説明を求め、欲しいとねだる。
おっちゃんは、手の内をさらけだしたからには一切取り合わず、
ビールでも飲もうとはぐらかしながら、ひたすら時を稼ぐ。
伊丹空港から那覇空港、乗り換えて石垣空港に着くまで、彼はブランド物と女の話に終始し、
おっちゃんは疲れきって、足取りも重く、高速艇のある石垣港へ向かう。
出向までの待ち時間を利用して、釣り竿・リール・小物を買い揃えた。
高速艇は、島々が点在する珊瑚礁の海を滑るように走って、西表に到着した。

港で出迎えてくれていたのは、西表友和村の奥さんだった。
挨拶をすませ、売店でタバコ、ビール、ジュースにお菓子をシコタマ買い込んだ。
おっちゃんは、ひとり、軽トラの荷台に乗り込む。
この軽トラはたまたま代車で、ひどい代物だったが、彼から離れられたおっちゃんにとっては
まさに天国で、冷たいビールを飲みながら、やっと人心地で西表の景色を楽しむことができた。

(つづく)

<連載@ 第3回>    2003.1.31

問題解決の糸口〜おっちゃんのやり方〜

いいたいことを言って彼が落ち着いたところで、両親を呼び、彼の気持ちを聞いてもらった。
親の期待が、彼にとっては無理強いとしか受け取れず、子供の頃からずっと苦しかったこと。
彼の話を聞き入れず、彼の気持ちをちっともわかろうとしなかったことに我慢できなくなったこと。
両親としても、思いがけない暴挙に遭ったばかりで、一応、真摯な態度で聞き入れてくれた。
だが両親にしてみれば、子供のためを思い精一杯やってきたことへの自負があり、
正直なところ、ちっとも悪いと思っていない。
だから、子供の言い分には反論したいし、それどころか、落ち着きさえすれば諭すことができる、
子供はわかってくれるはずだと、まだタカをくくっている。

つまり、これからどんな接し方をしなければならないのか全然わかっていないのだ。

子供(彼)も本能的に、しかも敏感に、そのことを嗅ぎ取っており、
両親はこの状態を脱するために、わかったふりをしてごまかしているだけで、
結局、子供の気持ちなどわかるはずがないとあきらめている。
どうせ、おっちゃんがいなくなり喉もと過ぎれば、また同じことだと思っている。
その反面、これだけのことをやったんだから今度こそ!わかってくれるのではないかという
期待がなくもない。

しかし、この時点ですでに、親が子に期待していること(親の思うがままになる)と、
子が親に求めていること(親の指図には従いたくない、口出しして欲しくない)が、
まったく相容れない望みであることがわかるだろう。
双方に歩み寄りの気持ちがなく、自分のほうが正しいと思い込んでいるから、
お互いに自分の要求を押し通すことしか知らない。
つまり、今回のことは起こるべくして起こったといえるのだ。
このような状態では、彼が最後通告にも等しい覚悟で大暴れして訴えたかったことが
両親に聞き入れられず、彼は完全に失望し、さらに悪い状態を誘発してしまうのは確実だ。
そこで、おっちゃんは、とりあえずこの親子に冷却期間を置くことにした。

沖縄の西表島に自給自足を目指しているクリスチャン一家がいて、
「西表友和村(いりおもてゆうわむら)」というクリスチャンホームを開放している。
わんど塾の開設当初から熱心な支援者でもあり、塾生たちの訪問を以前から誘ってくれている。
おっちゃんが、「どうや、沖縄に一週間ほど遊びに行こか。」と彼を誘うと、
「沖縄かぁ・・・。」と、まんざらでもないようすだ。
すかさず父親が、費用を出すから行ってみたら・・・と強く勧める。それはそうだ。
彼をわんど塾で預かって欲しいと頼んだくらいだから、両親にとってはお金の問題ではない。
おっちゃんが若い頃行った沖縄の話をしてやると、彼もだんだんその気になったきた。
「よっしゃ。すぐ準備を始めよう。ただし、なにがあっても絶対に暴力だけはふるわないこと!」
もちろん彼は承諾し、どうやらその日のうちに方針も決まり、それぞれの思い(期待?)を胸に
静かな夜を迎えることができた。

翌朝、おっちゃんは弟に会って、不登校の原因を聞いてみたが、
特別な理由(問題)もなく、高校進学の意思もあることがわかった。
おっちゃんは、「決心次第で、望みはすべて叶うものだ。」と断言し、ひとり大阪に戻った。
西表友和村との打合せが整えば、いよいよわんど塾の初めての合宿が実行されることになる。

(つづく)


沖縄合宿はうまくいくのか?彼は、なにか学ぶことができるのだろうか?

 <連載@ 第2回>   2003.1.30

子供の言い分〜本音を聞き出すために〜

夕方、長男が起きたと言って呼ばれたおっちゃんは、急いで別棟に駆けつけた。
おっちゃんは、目が合った瞬間、彼が飛びかってくることも想定し声をかけたが、
振り向いた彼は、ものすごい形相でおっちゃんをにらみつけただけで、
すぐまた部屋に戻ってしまった。
最悪の事態は避けられホッとしたが、彼と話ができないことにはどうにもならない。
おっちゃんは、彼がおなかをすかしてなにか食べに来るまで、ダイニングで待つことにした。

日も暮れたころ、空腹に耐え切れず、彼が裏口から入ってきた。
体力を使い果たし寝たいだけ寝たからか、それともおっちゃんの存在を承知したからか、
目つきが少し和らいでいた。
「飲むか?」と言って、おっちゃんが飲んでいたビールを渡すと、彼は無言で受け取った。
が、その手が内出血で腫れている。怒りに任せて暴れたため、ぶつけてしまったのだろう。
「怪我したんか?ちょっと見せてみ。」と手を取ると、素直に見せた。
「指、動かしてみ。」というと、また、素直に動かして見せた。
「どうやら骨は折れてないらしいな。打撲だけやったら、冷やすのが一番や。
ちょっと痛いやろうけど、ガーゼの上から氷を当てて、とにかく冷やし続けといたら大丈夫や。」
すると彼は、そばにいた母親に向かって、「やれ!」と偉そうな態度で命令した。
おっちゃんは、手当てが終わったところで、両親には席をはずしてもらった。

二人っきりになると、彼はいきなり、「おっさん、何しにきた!」と詰め寄った。
「おっさんやない。おっちゃんやで。」
「なにを!おっさん文句あるんか!おもえもやったろか!!」
「まぁ、まぁ、そんなことはどうでもええ。そやけど、ちょっと立ち寄ってみたら
ひどいことになっとるさかいに、びっくらこいたがな。いったい何があったんや。
よかったら、ビールでも飲みながら、話してくれへんか?」
「おっさんには関係ない。帰れ!!」
「おっちゃんはな、わんどの仕事や言うて、仕事もほったらかして遊んどるから、
二、三日泊めてもらおうかなぁ〜思てるねん。
そやから、今夜は徹夜で飲んで、あしたは二日酔いになってもかまへん。
どうや、どっか気の利いた飲み屋で男同士、朝まで飲み明かさへんか。スカッとするでぇ。」
「ふぅ〜ん、おもしろそうかも。」
「そうはいってもなぁ。実は情けない話、おっちゃんはお金を持ってへんから、
おまえの親父さんから飲み代せしめたらなあかんねん。
親父さんの金と、おっちゃんの顔で、楽しく飲もうっちゅうこっちゃ。協力してくれるか?」
「おもしろい、やろう。」

うまく乗ってきた彼に、すきっ腹にアルコールはよくないからと、
母親の用意した夕食を食べさせ、話をしながら引き伸ばしているうち、
「じゃまくさいから、冷蔵庫のビールで済まそう。」ともちかけた。
おなかも満たされ、アルコールで気分がよくなった彼は、あっさり承知し、
徐々に胸のうちを語り始めた。
小さい頃から、いつも親に無理強いされてきた。
いくらできない!と訴えても聞き入れてもらえない。
しかたなく、親の言う通りにやってみるが、結局、すべてが中途半端に終わってしまい、
また親に叱られる。できないんだって!と言えば言うほど、親は納得せず、
努力が足りないとか、(○○ちゃんにできるのだから)おまえにもできるはずだ、と
ますますせき立てる。ずっとそれの繰り返しだった。
もう、精神的にズタボロで、自殺しようとしたけど死ねなかった・・・。
「わかるか?おっさん。自分の命さえも自由にできない。最低なヤツだろ?
おれが、こんなになってしまったのは、あいつらのせいだ。
だから、最後に力を振り絞って復讐してやろうと思ったんだ・・・。」

彼の話にウソはない。ただし、あくまで彼サイドの見方だ。
もちろん、自己中心的で、被害妄想ともいえる。
だが、今はとりあえず、彼の言い分を全部聞いてやることが先決なのだ。
けっして批難してはいけない。
おっちゃんは本来の目的である彼の本音(原因)を聞き出しながら、次の作戦を練り始めていた。
(つづく)

ここで、蛇足となるかもしれないが、あえて付け加えておこう。
たとえば、彼が手を腫らしていたのを見つけたとき、「暴れるからだ!」と批判したとしたら・・・。
母親に命令したとき、「なんだ!その口の利き方は!」
「それが、親に対する態度か!」と叱りつけたとしたら・・・。
彼の本音を聞くことはできず、最悪の結果を招いてしまっただろう。
おっちゃんが、彼の脅しをじわりじわりとかわしながら、自分のペースに引っ張り込む過程で、
少しでも彼の非を責め、親の気持ちや大人としての諭しを口にすれば、
その時点で彼は、おっちゃんを親と同類と判断し、口を閉ざし態度を荒げてしまう。
まず、両親に席をはずしてもらったわけも、その辺にある。
おっちゃんは、なにがあっても、彼を決して批判せず、
「彼の本音を聞き出す」という本来の目的だけを着実に果たそうとしているのだ。
当事者同士だと、一番大事なここのところが、なかなか冷静に実行できず
事態はますます悪化してしまう・・・。

<連載@ 第1回>   2003.1.29

息子に殺される!〜高校教師からの悲痛な叫び〜

二年前の10月、朝食を食べていると、以前相談を受けたことのある愛知県の高校教師から
電話がかかってきた。
大学1年の長男が、
金属バットを振り回し、手当たりしだいに物を壊して大暴れしているらしい。
「おまえのせいだ!殺してやる!」と叫びながら追いかけられ、本当に殺されそうになったが、
どうにか夫婦ともに逃げ出し、知人の家に避難しているという。
「とにかくすぐ来て欲しい。頼む!」

暴れている長男は、高校在学中から紆余曲折を繰り返し、
22歳になって、やっとなんとか大学生としての新生活に活路を見出したはずだった。
いったい、なにが、ここまで彼を追い詰めてしまったのか・・・。
問題解決のためには、その原因を突き止めなければならないが、
興奮して暴れている今の状態では、彼の気持ちを聞き出すことは到底無理だ。

おっちゃんは、努めて冷静に言った。
「原因は間違いなく親子関係にある。これまで積もり積もった親への思いが一気に爆発している。こんなとき他人の私が出て行ったところで、逆にエスカレートさせる可能性のほうが強い。
第一、今から高速をぶっ飛ばしても最低3時間はかかるし、
どうしてもキャンセルできない予定もある。とりあえず、警察に連絡すべきだ。」

ところが、追い詰められた親は、自分のことしか考えられない。
「頼む。警察沙汰にはしたくない。とにかく予定を全部キャンセルして来て欲しい。」
ずいぶんむちゃくちゃな話だが、この期に及んでも世間体だけは気になるらしい。
腹立たしくもあったが、大なり小なり、相談者とはそういうものだし、
切羽詰っているのは確かなので、おっちゃんは覚悟を決めて出かけて行くことにした。
ただし、これだけ切迫した状態では中途半端な対応で片付くわけもなく、
かかわると決めたからには逃げ出すこともできない。
泊りがけの準備と、それにも増して心の準備をしっかりして、大急ぎで出発した。

昼過ぎ、友人宅に避難していた両親と会う。見るからに、二人とも疲れ果てている。
当の長男は、暴れ疲れたのか、別棟の自室で寝てしまったらしい。
事情を聞こうとしたが、親の口からは、
「中3の弟も不登校になり進学を前に頭を抱えている。
できれば、弟のためにも、兄をわんど塾でしばらく預かって欲しい。」という。
自分勝手な言い分にあきれ果てたものの、
わんど塾は子供を預かるところではないことを伝え、長男の対応を急ぐことにした。
しかし、親からの情報は、現状と親の希望を訴えるのみで要領を得ない。
だからこそ、こんな状態にもなったわけだ。

原因については、やはり本人から聞くしかない。
とにかく、本人を落ち着かせ、話を聞かなければどうにもならない。さて、どうしたものか・・・。
とりあえずおっちゃんは、長男が起きてくる前に弟に話し掛け、顔つなぎを済ませておくことにした。
(つづく)

次回はいよいよ長男との顔合わせ〜おっちゃんの作戦とは?うまく話は聞き出せるのか?