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機能的磁気共鳴画像法論文事件
大学教授の指導の下に英文論文(第1論文)を完成した大学院生が、さらに同一テーマについて研究を継続して英文論文(第2論文)を完成したケースにおいて、両論文を対比するに当たり,各部位の名称,従来の学術研究の紹介,実験手法や研究方法の説明など、内容の説明に係る部分は事実やアイデアに係るものであるから、それらの内容において共通する部分があるからといって著作権法上の保護の是非を判断すべきことにはならないとして、複製にも翻案にもあたらないとした事例
知財高裁平二二(ネ)一〇〇〇四・一〇〇一一、機能的磁気共鳴画像法論文事件、平二二・五・二七判決、第一審東京地裁、平二一・一一・二七判決
(判時二〇九九・一二五、判タ一三四三・二〇三)
参照条文 著作権法六四条・六五条・一一二条・一一五条・一一七条
事案の概要
控訴人兼附帯被控訴人(一審原告)は大学教授であり、機能的磁気共鳴画像法(f−MRI)を用いて音読及び書き取りにおける脳の賦活部位を解析する実験を実施するに際して、研究室に属する大学院生であった被控訴人兼附帯控訴人(一審被告)に対して,実験終了後のデータの処理と研究結果に係る論文原稿(英文)の執筆を指示した。一審被告は指示を受けて実験結果に基づく論文原稿を執筆し、一審原告は一審被告が執筆した当初の論文原稿に添削を施したり,加筆修正を指導し、一審被告は同指導に基づき当初の論文原稿に10回を超えて修正加筆を伴う執筆を行うことにより第1論文(未公表)を完成させた。その後,一審被告は,研究を継続し、自ら実験を実施して研究目的,実験の前提となる仮説,実験の課題,実験により得られた結果及び結論において,第1論文とは相違する英文論文(第2論文)を作成した。第2論文は,機能的磁気共鳴画像法(f−MRI)を用いていること,「音素−書記素変換」に活用される神経的基盤を明らかにすることなどの点において,第1論文と共通する部分がある。そして,一審被告は,第2論文をLWW社が発行する学術雑誌に発表した。一審原告は,@第1論文が一審原告と一審被告との共同著作物であること,A第2論文を作成,発表した一審被告の行為等は,第1論文に係る著作権者(共有者)である一審原告の合意(著作権法64条1項,65条2項)に基づかずにした複製,翻案,改変及び公表に当たること,Bしたがって,一審被告の上記行為は,一審原告が第1論文について有する(共有する)著作権(複製権,翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権,公表権)を侵害すると主張して提訴した。原審は,第1論文について一審原告の有する(共有する)複製権及び公表権を侵害したとして,損害賠償金40万円の支払を求める限度で認容しその余の請求を棄却した。これに対して,一審原告が控訴をし,一審被告が附帯控訴をしたのが本件である。
判決の要旨〔一部棄却、一部取消〕
著作権法において,著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(著作権法2条1項1号)と規定する。したがって,著作権法により保護されるためには,思想又は感情が創作的に表現されたものであることが必要である。そして,当該記述が,創作的に表現されたものであるというためには,厳密な意味で,作成者の独創性が表現として現れていることまでを要するものではないが,作成者の何らかの個性が表現として現れていることを要する。
また,著作権法が保護する対象は,思想又は感情の創作的な表現であり,思想,感情,アイデアや事実そのものではない。したがって,原告が著作権の保護を求める「第1論文中の複製権又は翻案権が侵害されたと原告が主張する部分」が著作権法による保護の対象になるか否か,また,第2論文の該当箇所が第1論文の該当箇所を複製又は翻案したものであるか否かを判断するに当たって,上記の点を考慮すべきことになる。
本件においては,前記のとおり,第1論文は,「書き取りにおける音素−書記素変換」と「音読における書記素−音素変換」に共通する脳内部位を明らかにすることを目的とした研究に係る論文であるのに対して,第2論文は、「書き取りにおける音素−書記素変換」の脳内部位に焦点を当てて発展させた研究に係る論文である。第2論文は,研究の目的,課題設定及び結論を導く手法等において,第1論文とは相違する独自の論文であるが,一方で,機能的磁気共鳴画像法(f−MRI)を用いていること,「音素−書記素変換」に活用される神経的基盤を明らかにすることなどの点において,第1論文と共通する点がある。両論文を対比するに当たり,各部位の名称,従来の学術研究の紹介,実験手法や研究方法の説明など,内容の説明に係る部分は,事実やアイデアに係るものであるから,それらの内容において共通する部分があるからといって,その内容そのものの対比により,著作権法上の保護の是非を判断すべきことにはならない。」
@ 対比表1の2について
第1論文の当該表記部分は,「これら2つの変換,書記素−音素および音素−書記素変換の神経基盤については,少ししか知られていない」という事実を述べるために,英文により,「Little is known about the neural substrate of these two conversions, grapheme-to-phoneme and phoneme-to-grapheme conversions.」とごく普通の構文で表記したものであるに対して,第2論文の該当表記部分は,「音素―書記素変換の神経的基盤については,少ししか知られていない」という事実を述べるために,英文により「Little is known about the neural substrates of the phoneme-to-grapheme conversion.」と表記したものである。第1論文の当該表記部分は,事実を端的に,ごく普通の構文を用いた英文で表記したものであって,全体として,個性的な表現であるということはできず創作性はなく,また表現の本質的な特徴部分も認められないから,第2論文該当箇所は第1論文該当箇所を複製したものということはできずまた翻案ということもできない。
A 対比表1の3について
第1論文の当該表記部分は,「我々の研究は,機能的磁気共鳴画像法を用いて,2つの変換の神経的基盤を明らかにすることを目指している」という研究目的を述べるために,英文により,「Our study aims to clarify the neural substrate of the two conversions with functional magnetic resonance imaging.」と,ごく普通の構文で表記したものであるのに対して,第2論文の該当表記部分は,「我々の研究は,機能的磁気共鳴画像法を使用して,書取における音素−書記素変換の神経的基盤を明らかにすることを目指している。」という研究目的を述べるために,英文により「Our study aims to clarify the neural substrates of phoneme-to-grapheme conversion in writing to dictation using functional magnetic resonance imaging.」と表記したものである。第1論文の当該表記部分は,研究目的を端的に,ごく普通の構文を用いた英文で表記したものであって,全体として,個性的な表現であるということはできず創作性はなく,また表現の本質的な特徴部分も認められないから,第2論文該当箇所は,第1論文該当箇所を複製したものということはできず,また翻案ということもできない。
B 対比表1の4について
第1論文の当該表記部分は,「我々は日本語を材料として用いた。なぜなら2種類の変換が単純であるからである。日本語では,1つの音素が1つの書記素(仮名文字)によって表わされており,そして,その逆もそうである。すなわち,1対1の対応が音素と書記素の間にある」という実験手法及びその理由を述べるために,英文により,「We employed Japanese as materials because the two kinds of conversions are simple. In Japanese one phoneme is represented by one grapheme (kana letter) and vice versa, i.e. one-to-one correspondence between phoneme and grapheme.」と表記したものであるに対して,第2論文の該当表記部分は,「我々は日本語を刺激言語として用いた。なぜなら,日本語では,1つの音素が1つの書記素(仮名)によって表されており,そして,その逆もそうであるからである。」という事実を述べるために,英文により「We employed Japanese as the stimulus language because in Japanese,one phoneme is represented by one grapheme (kana) and vice versa.」と表記したものである。第1論文の当該表記部分は,実験手法及びその理由をごく普通の英文で表記したものであって,全体として,個性的な表現であるということはできず創作性はなく,また表現の本質的な特徴部分も認められないから,第2論文該当箇所は,第1論文該当箇所を複製したものということはできず,また翻案ということもできない。」
解 説
原審は第1論文は大学教授と大学院生との共同著作物であるとしましたが、控訴審は、共同著作物性の判断を留保して、かりに第1論文が共同著作物であるとしても第2論文は第1論文の複製や翻案には該当しないとしました。その理由は、第1論文と第2論文の共通箇所は事実や研究目的、実験手法等を述べるために普通の英文で表記したものであって創作性がないとするものです。
SL世界の車窓事件
大手百円ショップが著作権侵害に係るDVDを販売した事件で、侵害DVDをすべて返品して販売を中止したことから差止の利益が否定された事例
東京地裁平二〇(ワ)三六三八〇、SL世界の車窓事件、平二二・四・二一判決
(判時二〇八五・一三九、判タ一三三七・二五一)
参照条文 著作権法一一四条
事案の概要
原告は、主に鉄道紀行を中心とする紀行作家、写真家であり、世界各地を取材して世界の鉄道動画をDVテープ(テープ本数15本、撮影時間約25時間)に記録していた。この鉄道動画を「本件映像」といい、本件映像が記録されたDVテープを「本件DVテープ」という。補助参加人(株)オスカは本件映像を利用して本件DVD「SL世界の車窓」を作成し、博美堂に対して複製の上販売、頒布することを許諾した。博美堂は本件DVDを複製して百円ショップの最大手である被告に販売し、被告が百円ショップで販売した。そこで、原告が、被告に対して、著作者人格権侵害を理由とする本件DVDの頒布等の差止め、著作権及び著作者人格権侵害を理由とする損害の賠償を求めたのが本件である。
判決の要旨〔一部認容、一部棄却〕
「前記1(1)のとおり,被告は,原告からの本件DVDの販売中止の通告に対し,いったんはこれを拒絶する回答をしたものの,その後,販売中止を決定し,被告の各店舗に対して,本件DVDの在庫品の回収を指示し,その結果,本件DVDの在庫品3403枚が被告から博美堂に対して返品され,さらに,これが補助参加人に対して返品されたことが認められる。そして,他に,被告が現在も本件DVDを所持していることや,本件DVDの販売を継続していることを認めるに足る客観的な証拠もない。以上のことからすれば,被告が本件DVDを販売するおそれがあると認めることはできない。
よって,原告の被告に対する本件DVDの販売等の差止め及びその廃棄の
請求は,理由がない。」
解 説
1 差止請求の利益を否定
侵害者が侵害行為を中止しただけでは差止請求の利益が否定されないのが一般ですが、本件は、補助参加人において著作権の譲受けないし利用許諾を受けたと思う事情があり、販売者は大手百円ショップであって、納入元が「著作権は問題ない」と言ったのを信用して販売したものの再度販売することはないと認定できますので、差止め請求の利益が否定されました。
SL世界の車窓事件
世界各地を取材して撮影した鉄道動画を収録、編集した「SL世界の車窓」と題するDVDが100円ショップで安売りされた事件において、著作権者が「受けるべき金銭の額に相当する額」(著作権法114条3項)は、百円ショップでの販売価格1枚315円ではなく同種DVDの販売価格を考慮した1枚4000円を基準としてその8%が相当であり、これに販売数量6581枚を乗じた210万5920円を財産的損害額とし、さらに精神的損害額100万円を認め、これに弁護士費用28万円を加えた額から著作権者の過失分1割を減じた額の賠償を認めた事例。
東京地裁平二〇(ワ)三六三八〇、SL世界の車窓事件、平二二・四・二一判決
(判時二〇八五・一三九、判タ一三三七・二五一)
参照条文 著作権法一一四条
事案の概要
原告は、主に鉄道紀行を中心とする紀行作家、写真家であり、世界各地を取材して世界の鉄道動画をDVテープ(テープ本数15本、撮影時間約25時間)に記録していた。この鉄道動画を「本件映像」といい、本件映像が記録されたDVテープを「本件DVテープ」という。補助参加人(株)オスカは本件映像を利用して本件DVD「SL世界の車窓」を作成し、博美堂に対して複製の上販売、頒布することを許諾した。博美堂は本件DVDを複製して百円ショップの最大手である被告に販売し、被告が百円ショップで販売した。そこで、原告が、被告に対して、著作者人格権侵害を理由とする本件DVDの頒布等の差止め、著作権及び著作者人格権侵害を理由とする損害の賠償を求めたのが本件である。
判決の要旨〔一部認容、一部棄却〕
「そして,証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告が受けるべきDVD1枚当たりの著作権料相当額を算定するに当たっての基礎とすべきDVD1枚当たりの販売価格としては,本件DVDの映像が世界各地の貴重なSLを収録したものであること,その収録時間(46分),同種のDVD商品の価格等を考慮すれば,4000円が相当であると認められる。他方で,被告による本件DVDの販売価格である315円(税込み)は,前記の本件DVDの内容や同種のDVD商品の販売価格に照らして,相当程度低廉であって,かつ,被告による販売価格は,原告に無断で放送された本件作品1及び2を利用して本件DVDが作成されたことから可能となったものであること(証人B)からすれば,これを基準に原告の著作権料相当額を算出するのは相当でない。
C また,本件DVDは,本件映像を元に,オスカ企画において,解説のナレーションや音楽等を挿入し,映像の編集作業等を行ったことによって,商品化され得るものとなったものであること,本件DVDに収録された映像のうち,ハワイの映像については,原告が撮影したものではないことを考慮すれば,本件DVDの販売枚数1枚当たりの原告が受けるべき著作権料相当額は,販売価格の8%とみるのが相当である
(ウ) したがって,本件映像の著作権の行使につき原告が受けるべき金銭の額に相当する額は,210万5920円(=4000円×8%×6581枚)であると認められる。
(2) 精神的損害について
本件DVDは,撮影者として原告の氏名を表示せず,かつ,原告に無断で,本件映像に編集を加えた上で,発売されたものであって,本件映像の著作者である原告の著作者人格権(公表権,氏名表示権及び同一性保持権)を侵害するものである。そして,前記(1)のとおり,原告は,ピーエスジーとの間で本件映像を利用したDVDの販売を検討していた矢先に,被告が運営する100円ショップ「ダイソー」で本件DVDが販売されたということからすれば,原告が受けた精神的苦痛は,相当なものであると認められる。他方で,被告は,原告からの通告後,いったんは本件DVDの販売を継続する姿勢を示した(甲5)ものの,前記1(1)のとおり,平成20年2月4日付けで本件DVDの販売中止を指示しており,補助参加人においても,原告からの通告後,本件DVテープを原告に交付していること,原告においても,本件映像を撮影するためのDVテープや機材を無償で供与を受け,かつ,自らも映像制作会社であるオスカ企画及び補助参加人の意向を何ら考慮することなく,ピーエスジーとの交渉を進めていたこと等も考慮すれば,前記の原告の著作者人格権を侵害したことに対する慰謝料としては,100万円が相当である。
(3) 過失相殺後の額
(1)及び(2)の合計額は310万5920円であるところ,前記4のとおり,本件においては,過失相殺として,当該額から1割を減ずるのが相当であり,過失相殺後の額は,279万5328円となる。(計算式)310万5920円×(1−0.1)=279万5328円
(4) 弁護士費用
(3)の額及び本件訴訟の経緯等に照らして,本件と相当因果関係があると認められる弁護士費用は,28万円が相当である。
(5)小括
以上のとおり,被告による本件DVDの販売と相当因果関係がある原告の損害額は,合計307万5328円であると認められる。」
解 説
1 「受けるべき金銭の額に相当する額」(著作権法114条3項)
著作権者が「受けるべき金銭の額に相当する額」(著作権法114条3項)は、通常は侵害品の販売額に一定割合(使用料率)を乗じた額に侵害品の販売数量を乗じた額としますが、本件DVDは世界各地を巡って撮影したSLを収録した46分もののDVDであって、百円ショップでの販売価格315円は異常に低廉であることから、通常の販売価格である1枚4000円を基準としてそれに8%を乗じた額に販売数量を乗じた額としました。使用料率を8%とするのは平均より高率です。また、著作権者が、オスカ企画において本件映像を利用した放送番組の制作の企画を検討していることを知りながら補助参加人に本件DVテープを保管させたままであったことから,著作権者にも過失があるとして損害金の1割相当額を過失相殺により減じています。この点は、著作権法114条3項は最低限の損害賠償額を法定したものであるから過失相殺の対象にはならないとの見解(加戸・逐条講義)もあります。
仏頭部すげ替え事件
観音像の著作者の死後その仏頭部を作り直す行為は、著作者が生存しているとしたならばその著作者人格権(同一性保持権)の侵害となるべき行為であり,著作権法113条6項の「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」として著作者人格権の侵害とみなされるべき行為であるが、著作権法115条の著作者の名誉声望を回復するためには本件観音像の仏頭のすげ替えを行った事実経緯を説明するための広告措置を採ることをもって十分であり,謝罪広告や原状回復請求が認められなかった事例。
知財高裁平二一(ネ)一〇〇四七、仏頭部すげ替え事件、平二二・三・二五判決、第一審東京地裁、平二一・五・二八判決
(判時二〇八六・一一四)
参照条文 著作権法二〇条・二五条・二八条・四五条・六〇条・一一二条・一一三条・一一五条・一一六条・民法七〇九条・七一九条
事案の概要
本件は、観音様の仏頭部をすげ替えた行為が同一性保持権を侵害するなどとして、仏頭部を元に戻すこと等が請求された事件である。
東京都文京区所在の光源寺(被告)には、かつて木彫十一面観音菩薩立像(旧大観音像)が安置されていて駒込大観音として広く人々の信仰を集めていたが、昭和20年の東京大空襲によって焼失した。そこで、光源寺の先代住職は、十一面観音菩薩立像の再建を決意し、昭和62年に、仏師Aとその子である仏師Bに、新たなる十一面観音菩薩立像の制作を依頼した。仏師Aは健康が優れなかったために、子である仏師Bとその弟子であるYがその制作に当たることとなった(ただし、原告Xは自身も共同著作者であると主張している)。制作作業中に、観音像の体内には「大仏師 監修 A」「制作者 B C X 弟子Y」と、足ほぞには「監修 A」「制作者 B C X Y」と墨書された。観音像はYがBから独立した平成元年9月までに木彫作業をほぼ完了し、その後漆塗り作業等を経て完成して光源寺境内の観音堂に安置された(本件原観音像)。ところが、信者や拝観者の中には、その眼差しが睨みつけられるようであるから慈悲深い表情にするなどの善処を求める者がおり、平成6年頃、光源寺はBに補修を依頼し、Bの三男である彫刻家の原告Xが修正を行ったが眼差しや表情を補修するには至らなかった。そこで、Bが死亡した平成15年頃、光源寺の住職は、観音像の表情の修復についてYに相談し、Yから部分的な修復は困難であり仏頭部全体を作り直した方がよいとのアドバイスをうけたので、その旨を原告Xに伝えたが、原告Xは仏頭部の作り直しを拒絶した。そこで、光源寺はYに仏頭部の制作を依頼し、本件原観音像の仏頭部は平成18年頃までにYが新たに制作した仏頭部にすげ替えられ(本件観音像)、光源寺の観音堂に祀られた。
本件は、Xが、光源寺とYを被告として、仏頭部をつげ替えた行為は本件原観音像の共同著作者であるXの同一性保持権を侵害する行為である、かりにXが著作者ではないとしても、著作者であるBの遺族としてBの同一性保持権を侵害する行為の停止を求めると主張して、仏頭部を原観音像の仏頭部に戻すこと、本件観音像を展示しないこと等を求めて訴えを提起したものである。一審東京地裁は、観音像内部に原告の名前が制作者として墨書されていること、及びこれが著作者名の通常の表示方法であることは認めたが、原告が共同著作者であることは認めなかった(著作権法14条の推定が覆された)。そして、原告の、著作者Bの遺族としての請求については、光源寺によるすげ替え行為は、Bが生きていればBの同一性保持権の侵害となるべき行為に当たると認定した。そして、著作権法116条1項、115条に基づき、Bの第一順位の遺族(116条2項)である原告は被告光源寺に対し、仏頭部の原状回復を求めることができると判示した。しかし、Bの名誉声望が毀損されたとまでは認められないとして、謝罪広告の請求は認めなかった。論点は、@著作物の原作品に著作者として表示されているXの著作者推定(著作権法14条)は破られるか、A被告光源寺による本件観音像の仏頭部のすげ替え行為は,著作者であるBが生存しているとしたならばその著作者人格権(同一性保持権,法20条)の侵害となるべき行為にあたるか、B被告光源寺による本件観音像の仏頭部のすげ替え行為は,著作権法113条6項所定の「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」に該当して侵害とみなされるべき行為であるかの点である。ここではABを扱う。
判決の要旨
「当裁判所は,@被告光源寺による本件観音像の仏頭部のすげ替え行為は,著作者であるBが生存しているとしたならばその著作者人格権(同一性保持権,法20条)の侵害となるべき行為であり,A法113条6項所定の「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」に該当し,侵害とみなされるべき行為であり,B法60条のただし書等により許される行為には当たらないと判断する。したがって,原告はBの遺族として,法116条1項に基づいて,法115条に規定するBの名誉声望を回復するための適当な措置等を求めることができると解される。そして,当裁判所は,すべての事情を総合考慮すると,法115条所定のBの名誉声望を回復するためには,被告Yらが,本件観音像の仏頭のすげ替えを行った事実経緯を説明するための広告措置を採ることをもって十分であり,法112条所定の予防等に必要な措置を命ずることは相当でないと判断するものである。
〔中略〕
本件原観音像は,木彫十一面観音菩薩立像であって,11体の化仏が付された仏頭部,体部(躯体部),両手,光背及び台座から構成されているところ,11体の化仏が付されたその仏頭部は,本件原観音像においてBの思想又は感情を表現した創作的部分であるといえる。そうすると,本件原観音像の仏頭部の眼差しを修正する目的で行われたものであるとしても,被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,本件原観音像の創作的部分に改変を加えたものであると認められる。
イ 法20条1項所定のBの「意に反する・・・改変」の該当性,及び法60条ただし書き所定のBの「意を害しないと認められる場合」の該当性について
被告らは,B自身も本件原観音像の仏頭部に満足しておらず,これを作り直すべきことを検討していたから,被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,Bの「意に反する・・・改変」(法20条1項)には当たらず,また「意を害しないと認められる場合」(法60条ただし書)に該当し,法20条1項による禁止の対象とはならない旨主張する。しかし,以下の経緯に照らすならば,本件原観音像の完成後に,観音像の仏頭部を作り直した行為は,法20条1項所定のBの「意に反する・・・改変」と推認するのが相当であり,また法60条所定の「意を害しないと認められる場合」に該当すると認めることはできない。すなわち,Yの供述中には,仏頭部の粗彫りが完成した際,Bが先代住職に確認を求めたその場で,先代住職に対し,「お気に召さなければ作り直ししましょうか,と言いました」との供述部分があり,また,被告光源寺代表者Dの供述中には,先代住職とDが昭和62年6月14日に本件工房を訪れた際,Bが先代住職に対し,粗彫りが出来上がった仏頭部について,「だみ声で,どうでしょう。お気に召さなかったら作り直しましょうかねえ,というふうにおっしゃったのを覚えてます。」,Bは仏頭部の出来について,「作り直しましょうかという言葉からすると,満足なさっていなかったのではないかと思います。」との供述部分がある。他方で,@Bは,昭和63年8月23日から1週間,化仏がつけられた仏頭部が,日本橋三越百貨店で開催された第35回仏教美術彫刻展に出展されているが(前記1(2)ウ(ク)),仏師であるBが自ら制作した作品である仏頭部の出来について満足せず,あるいはこれを作り直すつもりでいたとすれば,仏教美術彫刻展に出展することを差し控えるのが自然であること,A平成5年5月18日に執り行われた本件原観音像の開眼法要(開眼落慶法要)の際に,Bは,本件原観音像の制作について,「・・・一生懸命やりました。出来映えはまあまあというところだと思います。」と挨拶していること(甲71),B被告Y及び被告光源寺代表者の前記各供述部分は,Bが粗彫りが出来上がった仏頭部について「お気に召さなければ作り直ししましょうか」あるいは「お気に召さなかったら作り直しましょうかねえ」と発言したというものであって,その発言は,本件原観音像の制作途中の段階のものであり,完成した本件原観音像の仏頭部について作り直す意向を示したものとまではいえないと推認されること,C前記開眼法要(開眼落慶法要)が執り行われた平成5年5月18日以降,Bが死亡した平成11年9月28日までの間に,Bが本件原観音像の仏頭部を作り直す意向を示したことをうかがわせる証拠はないことに照らすならば,被告Y及び被告光源寺代表者の上記各供述部分からBが本件原観音像の完成後にその仏頭部を作り直す確定的な意図を有していたとまで認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると,Bが,本件原観音像について,どのような感想を抱いていたかはさておき,本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,法20条1項所定のBの「意に反する・・・改変」と推認するのが相当であり,また法60条所定の「意を害しないと認められる場合」に該当するとまでは認めることはできず,この点に関する被告らの上記主張は,いずれも採用することができない。」
ウ 法20条2項4号所定の「やむを得ないと認められる改変」の該当性について
被告らは,被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,法20条2項4号所定の「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」に該当すると主張する。確かに,前記1で認定した事実によれば,@本件原観音像は,本件観音堂に祀られた本件観音像を下から見上げる拝観者の眼差しと本件原観音像の眼差しとが合わさらなかったことから,Bが,本件原観音像が下を向くように,眼球面を彫刻した結果,上まぶたが仏像の慈悲の表現を表す「半眼」にならず,しかも,下から見上げると,本件原観音像は,驚いたように又は睨みつけるように眼を見開いた表情となった,A観音像は,信仰の対象であり,その表情は,拝観者らの信仰の対象として,重要な意義を有するところ,信者や拝観者において,本件原観音像の表情について違和感を覚えるなどの感想を述べる者,慈悲深い表情とするよう善処を求める者がいた,B被告光源寺は,平成6年ころ,Bに対し,本件原観音像の左右の眼の修繕を依頼したところ,原告において,本件原観音像の眼差しの修正を試みたものの,本件原観音像の眼差しや表情を補修するには至らなかった,C被告光源寺の現住職のDは,信者や拝観者らの信仰心を考慮して,本件原観音像の表情を修復すべきであると考えた,DDは,Bの死後の平成15年ころ,被告Yに相談したところ,本件原観音像の表情を変えるには,「目の部分だけを彫り直す方法」や「顔の前面を彫り直す方法」などが考えられるが,失敗する可能性もあり,その可能性を考えると,新たに仏頭部を作り直した方がよい旨の助言を受け,仏頭部全体の作り直しを決意した,E原告に対し,本件原観音像の仏頭部の作り直しを伝えたところ,原告は,仏頭部の作り直しを拒絶した,FDは,被告Yに対して,本件原観音像の眼差しや表情を修正するため,新たな仏頭部の制作を依頼し,本件原観音像の仏頭部をすげ替えたとの経緯が認められる。このような経緯に照らすと,被告らによる本件原観音像の仏頭部を新たに制作して,交換した行為には,相応の事情が存在するものと認められる。しかし,たとえ,被告光源寺が,観音像の眼差しを半眼下向きとし,慈悲深い表情とすることが,信仰の対象としてふさわしいと判断したことが合理的であったとしても,そのような目的を実現するためには,観音像の仏頭をすげ替える方法のみならず,例えば,観音像全体を作り替える方法等も選択肢として考えられるところ,本件全証拠によっても,そのような代替方法と比較して,被告らが現実に選択した本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為が,唯一の方法であって,やむを得ない方法であったとの点が,具体的に立証されているとまではいえない。したがって,観音像の眼差しを修正し,慈悲深い表情に変えるとの目的で,被告らが実施した本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,法20条2項4号所定の「やむを得ないと認められる改変」のための方法に当たるということはできない。
〔中略〕
(イ) すなわち,被告らによる本件観音像の仏頭部のすげ替え行為は,確かに,著作者が生存していたとすれば,その著作者人格権の侵害となるべき行為であったと認定評価できるが,本来,本件原観音像は,その性質上,被告光源寺が,信仰の対象とする目的で,Bに制作依頼したものであり,また,仏頭部のすげ替え行為は,その本来の目的に即した補修行為の一環であると評価することもできること,交換行為を実施した被告Yは,Bの下で,本件原観音像の制作に終始関与していた者であることなど,本件原観音像を制作した目的,仏頭を交換した動機,交換のための仏頭の制作者の経歴,仏像は信仰の対象となるものであること等を考慮するならば,本件において,原状回復措置を命ずることは,適当ではないというべきである。以上の事情によれば,Bの名誉声望を維持するためには,事実経緯を広告文の内容として摘示,告知すれば足りるものと解すべきであり,別紙広告目録記載第1の内容が記載された広告文を同目録記載第2の新聞に,同目録記載第2の要領で掲載することが相当であると解する。」
(別紙) 広告目録
第1 広告の内容
光源寺及びYは,光源寺から委託を受けて故B殿が共同して制作し,光源寺が東京文京区〔番地略〕所在の光源寺境内観音堂内に安置した木造十一面観音菩薩立像である「駒込大観音」について,光源寺においてYに対して仏頭部の再度の制作を委託し,これを受けてYにおいて仏頭部を新たに制作し,これにより光源寺においては新たに制作された仏頭部を備えた観音像を観音堂に安置し,拝観に供していること,及び故B殿の制作にかかる仏頭部も同じく観音堂に安置していることについて,故B殿の名誉・声望を回復するための適当な措置として,お知らせ申し上げます。
平成年月日
東京都文京区向丘〔番地略〕
光源寺 代表者代表役員D
千葉県佐倉市山王〔番地略〕
Y
第2 広告の要領
1 毎日新聞
(1) 掲載スペース:2段×4.0p
(2) 使用活字:見出し及び末尾被告らの名称は12ポイント(ゴシック),その他は10ポイント
2 中外日報
(1) 掲載スペース:2段×4.0p
(2) 使用活字:見出し及び末尾被告らの名称は12ポイント(ゴシック),その他は10ポイント
解 説
1 一審二審の結論
本件の一審二審ともに、仏頭部のすげ替え行為は著作者Bが生きていれば著作者の同一性保持権の侵害となるべき行為に当たると認定しましたが、一審は、仏頭部の原状回復を認めるものの謝罪広告の請求は認めませんでしたが、二審は、仏頭部の原状回復請求も謝罪広告請求も認めず、著作者の名誉声望を回復する措置として仏頭のすげ替えを行った事実経緯を説明するための広告措置の限度で認めました。
2 著作者の意に反する改変 意を害しないと認められる
被告らは、仏頭部のすげ替えが本件原観音像の同一性保持権の侵害にあたるとしても、著作者自身も生前仏頭部の出来映えに満足しておらずその作り直しを検討していたのだから、著作者の意に反する改変(著作権法20条)には当たらない、意を害しないと認められる(著作権法60条)に当たると主張しました。しかし、判決は、著作者がその意思によって観音像を仏教美術彫刻展に出展したこと、開眼法要の際に「一生懸命やりました。出来映えはまあまあというところだと思います。」と挨拶していること、著作者が「どうでしょう。お気に召さなかったら作り直しましょうかねえ」と言ったとしてもそれは観音像の制作途中段階の発言であって、完成した本件原観音像の仏頭部について作り直す意向を示したものとまではいえないこと、その他著作者が本件原観音像の仏頭部を作り直す意向を示したことをうかがわせる証拠はないことから、本件原観音像の完成後にその仏頭部を作り直す確定的な意図を有していたとまで認めることはできないとして、被告らの主張を退けました。たしかに本件原観音像の目つきは悪く著作者はこれを作り直すことも考えていたと思いますが、確定的な具体的意思は認められません。判決は、著作者が出来映えに満足していなかった程度では著作者の意に反する改変(著作権法20条)に当たり、意を害しないと認められる(著作権法60条)に当たらないとしました。
3 著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変
次に、被告らは,本件原観音像は拝観者が下から見る眼差しと観音像が上から見る眼差しが合わさらない等の不具合があり、拝観者の評判も悪かったこと、部分的な表情の修正では対応できず仏頭部の作り直しが必要であったこと、まず原告に修正を求めたところ拒絶されたためにYに修正を求めたのであるから、仏頭部のすげ替え行為は著作権法20条2項4号所定の「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」に該当すると主張しました。これに対して、判決は、観音像全体を作り替える方法等も選択肢として考えられるのだから、仏頭部のすげ替え行為が唯一のやむを得ない方法ではなかったとして斥けています。観音像全体を作り替えるのは費用的に大変であり、具合が悪いのは仏頭部だけなのですから仏頭部だけを作り替えたいところですが、判決はそれを認めませんでした。
4 原状回復 名誉回復措置
ところが、判決は、仏頭部がすげ替えられた観音像の観覧禁止や原状回復、また謝罪広告は認めず、事実経緯を告知する広告文の掲示のみを命じました。その理由として、本件観音像が信仰の対象とする目的で制作依頼されたこと(したがって拝観者らの信仰心を満足させうる物である必要がある)、仏頭部のすげ替えは補修行為とも評価できること(拝観者らの信仰心の面から不評の観音像であれば補修する必要があること)、交換行為を実施したYは著作者の下で原観音像の制作に終始関与していた者であること(著作者側の人間が補修していること)等を考慮した結果だと言います。たしかに本件の原観音像は目つきが悪く補修したいと思うのは当然です。このように依頼者の要望を満たさない物であっても勝手には補修できないのが著作者人格権という権利なのですが、著作者にそこまでの権利を認める必要があるのかは疑問に感じます。判決が原状回復や謝罪広告を認めなかったのは妥当であると考えます。
文通書簡無断掲載事件
凶悪犯罪の刑事被告人が文通相手に宛てた手紙の一部が写真週刊誌に無断掲載されたケースにおいて、手紙の著作物性が肯定された事案
名古屋高裁平二一(ネ)六八八、文通書簡無断掲載事件、平二二・三・一九判決、第一審名古屋地裁平二〇(ワ)三〇一九、平二一・七・一判決
(判時二〇八一・二〇)
参照条文 民法七〇九条・七一〇条、著作権法一八条・二一条・四一条
事案の概要
控訴人は、第一審で無期懲役刑、控訴審で死刑を宣告されて上告中の刑事被告人であり、被控訴人は写真週刊誌発行会社である。本件は、控訴人が、第一審判決後控訴審で審理中に文通相手であるA女に宛てた手紙の一部が被控訴人発行の写真週刊誌に無断で掲載されたとして、被控訴人に対して、宗教的人格権・名誉感情の侵害、プライバシーの侵害、著作権・著作者人格権の侵害を理由に損害の賠償を求めた事件である。被控訴人発行の写真週刊誌に掲載された記事は、「死刑判決(高裁)“少年”被告の「あまりに無反省な」獄中書簡」との見出しで、控訴人がA女に宛てた手紙(本件手紙)の一部を引用した本文と本件手紙の一部を撮影した写真3枚(いずれも手紙の内容を判読できない)からなる記事(本件記事)であり、本件手紙は本件記事中に〈 〉を付して掲載され、その内容は次のようなものであった。
1 私はクリスチャンです。夢・目標=伝道、牧師 2 殺意はなかったが、未必の故意の中では、分からないが、殺すことよりも救護しようとしなかったこと、パイプで殴っていることから殺人でも仕方ないが、もう一人には一切暴行を加えてないので知らない。責任としても放置したという点で傷害致死じゃないか 3 私は殺意もなく、1件は90%殺人罪はしていない。悔やむことではない。 4 検事の犬 5 裁判なんてものは、それだけのものです。人によって判決がかわるようなものがあるわけです。一言で、人の愚かさです 6 信じる心ももつことから道は開かれます
第一審は控訴人の請求を全て棄却しており、本控訴審判決も、手紙の著作物性を認めたものの控訴人の請求をすべて棄却している。
判決の要旨〔控訴棄却〕
本件記事は、本件手紙の一部を引用するとともに、これらの部分に論評を加えている。そして、本件各引用部分は、XがA女に出した手紙の一部であり、単に時候の挨拶、返事、謝礼、依頼、指示などの事務的な内容が記載されているのではなく、本件刑事事件で無期懲役刑の第一審判決を受け、その控訴審で審理中のXが、文通相手であるA女に対し、刑事裁判に対する率直な感情や心情、X自身の宗教観や宗教的心情等を個人的に表現していると認められ、著作物にあたると解される(著作権法二条一項一号)。
(三) 表現であること
著作物たるためには外部的に表現されたものでなくてはならず、著作者の内心領域にとどまっている段階では著作物とはいえません。内心領域にとどまっているものは単なるモチーフやアイデアにすぎないからです。ただ表現があったといえるためには外部的媒体に固定されることが必要かについては、諸国の立法例も岐れています。我国著作権法では映画著作物については固定を要件とし(著作二V)、それ以外の著作物については固定を要件としていません。したがって楽譜のない即興音楽、原稿のない講演、口述された詩等も著作物と認められます。
更に著作物が表現であるというのは、著作権法で保護されるのは外部的な表現形式であってモチーフやアイデアではないという事を意味します(アイデアの自由)。したがって「大学教授を主人公とし、昭和四〇年代の学園紛争の課程を通して知識人の苦悩を描く」といったアイデアは保護されず、他人が同一アイデアにより作品を作ることを妨げることはできません。この点発明や考案が「陽イオンとしてNaイオンを含有する無機塩を主成分とする鉄板洗浄剤」といったアイデアを保護するのと相異します。一般に一つのアイデアを実現する形式は多数あり(前例で「Naイオンを含有する無機塩」といってもその含有率の相異等に応じて多数あるし、また該無機塩を主成分としていれば他の成分は何でもよいのです)、アイデアに独占権を得られればそのアイデアを実現する各種の形式に効力が及ぶわけですから、アイデア保護の方が強い保護であるといえます。ただ著作権法が保護するのは表現形式であると言いましたが、実は一定の内容を伴った表現形式が保護されるのであり、厳密に最終的な表現形式(言語著作物における文字面、絵画著作物における各素材の配列、色彩それ自体)しか保護しないわけではありません。もし最終的な表現形式しか保護しないこととすると、配列や順序、組合せを変えるだけで容易に著作権の効力から脱し得、著作権の意識を没却しかねないからです。更に著作権法では「翻案」の概念を導入しており、ここに「翻案」とは、例えば「サザエさん」の漫画からその人形を作るようなことを指しますが、このような行為も著作権の効力に服することとされています。このように著作権法で保護するのが表現形式であるといっても、実際は一定の内容やアイデアにまで保護が及ぶのです。したがって小説のストーリーやプロットも一定範囲では保護されるのです。では保護が及ぶ範囲と及ばない範囲をどこで線引きするかというと、その基準を提供することは非常に困難なことです。一応の基準として、表現形式を外面的形式と内面的形式に分け、外面的形式を変更しても内面的形式が同一であれば著作権の効力が及ぶと解する見解があります。ここに内面的形式とは、「著作者の内心に一定の秩序をもって形成される思想の体系」(半田・前掲書八二)をいい、これが同一である限り同一著作物だというのです。ただ具体的な事案においてこの内面的形式と外面的形式を区別することは容易なことではありません。小説のストーリーや登場人物をどこまで変えれば内面的形式の変更となるのか、写実画を抽象画に変換することはどうか等々疑問はつきません。この点は本書では複製の項で、判例に現れた事案を素材として若干の検討を試みますが、いずれにしろ著作権法で保護されるのは表現形式それのみではなく、実は一定範囲で内容やアイデアまで保護されるのだと考えてよいでしょう。
文通書簡無断掲載事件
凶悪犯罪の刑事被告人が文通相手に宛てた手紙の一部が写真週刊誌に無断掲載されたケースにおいて、手紙の著作物性を肯定したものの、その手紙の一部を写真週刊誌に掲載しても報道の目的上正当な範囲の利用であるとされた事案
名古屋高裁平二一(ネ)六八八、文通書簡無断掲載事件、平二二・三・一九判決、第一審名古屋地裁平二〇(ワ)三〇一九、平二一・七・一判決
(判時二〇八一・二〇)
参照条文 民法七〇九条・七一〇条、著作権法一八条・二一条・四一条
事案の概要
控訴人は、第一審で無期懲役刑、控訴審で死刑を宣告されて上告中の刑事被告人であり、被控訴人は写真週刊誌発行会社である。本件は、控訴人が、第一審判決後控訴審で審理中に文通相手であるA女に宛てた手紙の一部が被控訴人発行の写真週刊誌に無断で掲載されたとして、被控訴人に対して、宗教的人格権・名誉感情の侵害、プライバシーの侵害、著作権・著作者人格権の侵害を理由に損害の賠償を求めた事件である。被控訴人発行の写真週刊誌に掲載された記事は、「死刑判決(高裁)“少年”被告の「あまりに無反省な」獄中書簡」との見出しで、控訴人がA女に宛てた手紙(本件手紙)の一部を引用した本文と本件手紙の一部を撮影した写真3枚(いずれも手紙の内容を判読できない)からなる記事(本件記事)であり、本件手紙は本件記事中に〈 〉を付して掲載され、その内容は次のようなものであった。
1 私はクリスチャンです。夢・目標=伝道、牧師 2 殺意はなかったが、未必の故意の中では、分からないが、殺すことよりも救護しようとしなかったこと、パイプで殴っていることから殺人でも仕方ないが、もう一人には一切暴行を加えてないので知らない。責任としても放置したという点で傷害致死じゃないか 3 私は殺意もなく、1件は90%殺人罪はしていない。悔やむことではない。 4 検事の犬 5 裁判なんてものは、それだけのものです。人によって判決がかわるようなものがあるわけです。一言で、人の愚かさです 6 信じる心ももつことから道は開かれます
第一審は控訴人の請求を全て棄却しており、本控訴審判決も同じである。
判決の要旨〔控訴棄却〕
ア 本件記事は、本件刑事事件の控訴審でXに対して死刑が宣告された後、間もない時期に掲載されているところ、本件刑事事件が重大かつ凶悪な犯罪であり、控訴審では一審の無期懲役刑を破棄して死刑が宣告されるなどの状況にあるから、Xが本件刑事事件についていかなる意見を持ち、どのように反省をしているかなどについては、時事の事件の問題についての公共の関心事であるということができる。そして、本件記事は、Xの本件刑事事件についての考え方等が記載されている本件各引用部分を利用するとともに、これらの記載部分から推認されるXの反省の状況等について論評をしている内容といえるから、これらの事柄について報道することは、報道の目的上正当な範囲の利用ということができる。
イ Xは、本件記事が著作権法四一条の時事の事件の報道のための利用とはいえないし、公共の利害に関して公益目的で報道したものでもないと主張するが(前記第二の四(3)ア(ウ)〔省略〕)、これらのXの主張に理由のないことは、前期ア及び同二(4)ア(イ)〔省略〕に記載のとおりである。
苦(にが)菜(な)花事件
CSデジタル放送で著作権侵害の番組を放送したケースにおいて、電気通信役務利用放送事業者から放送信号を受信してリアルタイムに通信衛星に伝送する電気通信事業者には、電気通信役務利用放送事業者が放送番組について正当な権限を有するか否かを事前に調査する義務はないとして、電気通信事業者の過失責任を否定した事例
知財高裁平二一(ネ)一〇〇四四、苦菜花事件、平二一・一〇・二八判決、第一審東京地裁平二〇(ワ)三〇三六、平二一・四・三〇判決
(判時二〇六一・七五)
参照条文 著作権法二三条、民法七〇九条
事案の概要
原告は中国において放送事業を営むことを目的とする中国法人であり、中国のTVドラマ「苦菜花」(本件ドラマ)の日本他3国における著作権を譲り受けたと認定されている。被告Y1は電気通信役務利用放送事業者である日本法人であり、被告Y2は電気通信事業者である日本法人である。本件は、被告Y1及びその委託を受けた被告Y2が原告の許諾を得ないで本件ドラマをCSデジタル放送したとして、原告が、著作権(公衆送信権)侵害を理由に、被告Y1に対して放送の差止め、被告ら両名に対して損害の賠償を請求した事件である。原審たる東京地裁平21・4・30判決(東京地裁平20(ワ)3036)は、まず差止請求及び損害賠償請求の準拠法は日本法であるとした上で、被告Y1の行為は著作権侵害に該当するとして差止請求を認容し、損害賠償請求については被告Y1に対する請求は認容したものの、被告Y2の過失責任を否定した。原告および被告Y1が控訴し、控訴審である本判決も原審とほぼ同様の内容である。最大の論点は、被告Y1の委託をうけ、被告Y1から受信した本件ドラマの放送波を圧縮符号化、高次元多重化、変調処理してリアルタイムに通信衛星まで伝送した被告Y2の過失責任である。
判決の要旨〔棄却〕
Y2の本件ドラマの放送に係る事前調査確認義務等違反の有無
Y2には、以下のとおり、本件ドラマの放送について、事前調査確認義務違反、無断放送防止義務違反の過失はない。
すなわち、@電送機能を有する電気通信事業者であるY2は、Y1との間で締結した本件委託契約に基づいて、Y1が電気通信役務利用放送事業者として本件CS放送サービスで提供する放送番組に係る放送番組送出業務及び運用業務の委託を受けたが、本件委託契約上、Y2が当該放送番組の制作、編集等について関与することは想定されておらず、また、A本件放送のプロセスにおいて、Y2が行った放送番組送出業務は、本件委託契約に基づいて、Y1から本件ドラマの信号(ベースバンド信号)を回線を通じて受信し、これを機械的に圧縮符号化し、電気通信業者であるAからの委託に基づいて、圧縮符号化された信号を機械的に高次元多重化・変調処理し、Aの保有する通信衛星へ電送可能な放送波にした上で、その放送波を通信衛星まで伝送したというものであり、Y1から受信した本件ドラマの信号(ベースバンド信号)を瞬時かつ機械的に処理してリアルタイムでそのまま通信衛星に向けて伝送したものである(原判決三八頁一四行ないし三九頁二行)。
上記のような受託事業を実施しているY2は、著作権者等(著作権等を主張する者を含む。)から、相当な期間を置いた上、個別的具体的な放送番組の内容(全部又は一部)について著作権侵害のおそれがある旨、しかるべき根拠を示した資料等に基づいて指摘、通知又は警告等がされたような場合はさておき、そのような特段の事情がない限り、電気通信役務利用放送事業者が本件CS放送サービスを通じて提供する個々の放送番組の内容当について、あらかじめ、個別具体的かつ直接的に把握した上で、当該放送番組に第三者の有する著作権の侵害があるか否かを調査確認する注意義務を負うことはないものと解するのが相当である。
そして、本件においては、上記のような特段の事情はないというべきであるから、Y2は、事前調査確認義務違反、無断放送防止義務違反の過失があると認めることができない。
解 説
CSデジタル放送(通信衛星(CS)を利用したデジタル多チャンネル放送)の手順は次の表の上段のとおりであり、本件では同表下段の者が行っています。
手 順 行為者
@ 放送番組の制作・編集等 被告亜太
A 放送信号の圧縮符号化
放送番組の映像・音声の原信号(ベースバンド信号)が機械的に圧縮符号化される。 被告亜太の委託を受けた被告スカパー
B 放送信号の高次元多重化・変調処理
複数のチャンネルの信号が機械的に1本の放送波にまとめられ(高次元多重化)、1本となった放送波は機械的に通信衛星まで伝送可能な高周波の放送波に変調される 電気通信事業者ジェイサットの委託を受けた被告スカパー
C アップリング
変調された放送波は、大型のパラボラアンテナによって、電気通信事業者が保有する通信衛星に向けて発射される。
D ダウンリング
通信衛星は、受け取った放送波を地上に向けて撃ち返す。 電気通信事業者ジェイサット
E 各家庭での受信・視聴
各家庭に設置された小型のパラボラアンテナが放送波を受け止め、専用の受信機によってアナログ信号に変換されることで視聴可能となる。
ところが、A〜Cの業務(放送番組送出業務)は機械的かつ同時的(リアルタイム)に行われ、電気通信役務利用放送事業者である被告亜太がベースバンド信号を回線で被告スカパーに送信すると、リアルタイムで各家庭における視聴が可能になります。このCSデジタル放送において、電気通信事業者は、委託者である電気通信役務利用放送事業者の公衆送信に係る権限の有無について、どの程度の注意義務を負うかが問題とされました。本判決は、被告スカパーは、放送番組の制作、編集等に関与していないこと、その放送番組送出業務は被告亜太からベースバンド信号を受信してリアルタイムにその放送波を通信衛星に伝送するものであることから、事前に著作権者から警告を受けたといった特段の事情がない限り、放送内容の事前調査確認義務も無断放送防止義務もなく、したがってその違反もないとしました。
TVドラマの制作放送に関連して放送局の過失責任が問題になった事件としては「妻たちはガラスの靴を脱ぐ」事件があり、同事件の放送局は、放映前に他社からストーリーの類似した企画書が提出されており、そこに原告名が記載されていたのに自ら読んで確認をしなかったことから過失責任を肯定されました。ところが、本件では、時間的余裕のない中で制作、編集に関与していない電気通信事業者が公衆送信権の有無を確認することは困難であること、ベースバンド信号を受信してからリアルタイムに放送波を伝送するCSデジタル放送の事情から、過失責任を否定しました。
苦菜花事件
原告が著作権の移転登録をしていないとしても、被告は、対抗要件の欠?を主張する正当な利益を有しない者であるから、著作権法77条1項柱書の「第三者」に当たらないとされた事例
知財高裁平二一(ネ)一〇〇四四、苦菜花事件、平二一・一〇・二八判決、第一審東京地裁平二〇(ワ)三〇三六、平二一・四・三〇判決
(判時二〇六一・七五)
参照条文 著作権法二三条、民法七〇九条
事案の概要
原告は中国において放送事業を営むことを目的とする中国法人であり、中国のTVドラマ「苦菜花」(本件ドラマ)の日本他3国における著作権を譲り受けたと認定されている。ところが、本件ドラマが原告の承諾を得ないで日本でCSデジタル放送されたために、原告が、著作権侵害を理由として、CSデジタル放送をした日本の電気通信役務利用放送事業者(被告亜太)とその委託を受けて放送番組送出業務を行った日本の電気通信事業者(被告スカパー)を被告として、本件ドラマの放映禁止及び損害賠償を求めて出訴した。原審、控訴審ともに、放映禁止請求を認め、損害賠償請求は放送番組の制作、編集を行った被告亜太のみに肯定し、その委託を受けて放送波をリアルタイムに通信衛星に伝送した被告スカパーの過失責任は否定した。
ここでの論点は、原告は本件ドラマの原著作権者である北京華録から本件ドラマの日本等における著作権を譲り受けたとされているが、著作権の移転登録をしていないのだから、著作権法77条1項により著作権の譲り受けを第三者である被告亜太に対抗できないのではないかの点である。
判決の要旨〔棄却〕
しかし、Y1の上記主張は理由がない。すなわち、@北京華録と湖南影視の間の契約書の頭書部分には、北京華録が本件ドラマを「湖南地区で放送する権利を有し、双方の友好的な協議を経て、甲(判決注 北京華録)は『苦』の放送権を乙(判決注 湖南影視)に与える。」と記載されている以上、頭書部分は、湖南地区における放送権に限定する契約であると解釈するのが自然である。また、A「全国で始めてその衛星放送を行うチャンネル三社のうちの一社として」という契約文言は、本件ドラマを中国国内の特定地域で衛星放送を行う契約に係るものであることを前提にしていると理解するのが合理的である。よって、Y1の上記主張は採用の限りでない。
解 説
著作権侵害者は著作権法77条1項の登録の欠?を主張できる「第三者」に当たらないとするのが判例の立場です。そこで、本件の被告亜太は、原著作権者の北京華録から放映権を与えられている湖南影視との契約に基づいて放映したのであるから、同じく原著作権者から著作権を譲り受けた原告と対抗関係にたち、対抗問題における「第三者」に当たると主張しました。これに対して、本判決は、湖南影視が原著作権者から与えられた放映
権は湖南地区に限定されるから、日本においては被告亜太は原告と対抗関係にたたず単なる著作権侵害者であるから、原告は著作権移転登録をしていなくても被告亜太に対抗できるとしました。
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