ほほえみの会 平成19年 感想文

目次

55 愚痴は救いの神・・・妻 80歳 要介護度5  夫78歳  Y.Y

56 一人で悩まず悩みを話して発散を・・・妻77歳 要介護度4 介護者 夫82歳K.Y

57  夫を病院へ連れて行くまでが難題・・・Y.M 夫・57歳 介護者・妻・57歳

58 義母のグループホームの行事には積極的に参加・・・義母87歳 介護度2 嫁・57歳 K.H 

59 介護と向き合う日々・・・83歳女性 要介護度2  嫁 Y.T 57歳

60 大声を出して怒りだす夫へアドバイスもらう・・・G.S 72歳・男性嫁 歳 介護者/妻 67歳

61 入退院の繰り返し・・・92歳 女性 要介護度5 介護者:嫁 57歳 K.S

 

 

55  愚痴は救いの神  妻 80歳 要介護度5   夫78歳  Y.Y

「7月24日の某紙の投稿欄に認知症の実父を7年間介護していた55歳の女性に対して、実姉と義兄が「直接的な介護はあまり出来ないが、私たちに出来るのは貴女を励まし、話を聞いてあげる事は出来る」この言葉のお陰でその女性は、介護のストレスが大幅に減り、幸せな介護生活を送る事ができたと、実姉と義兄に感謝しています」 この投稿を読んで、いまから13年前の平成6年6月、広小路クリニックの木野 紀先生が立ち上げたのが認知症を介護する家族の会「ほほえみ」です。この会に救われた私は「ほほえみ」の会の存在意義の大きさを改めて感じ感謝しております。

私のカミサンは平成9年3月下旬頃から認知症の兆候(今思えばですが)が出てきました。その時からの約3年間は、2人にとって地獄そのものでした。2人とも施設には入っていましたが、認知症に対する認識が当時は余りなく対応できる職員も皆無にちかい状態でした。カミサンは私を探し回り、暴力、暴言等の周辺症状の為疲れ果 てた私はとうとう「急性アルコール中毒」で入院。 まさに生き地獄の毎日でした。

7年前の平成13年1月に「ほほえみ」の会の仲間にして頂き、今までの苦労話、そして愚痴、心の悩み等を先生はじめ先輩達に聞いて頂き、今後どうなるか、其の時の対処法などこれから起きると予想される事態の数々(例えば大便の事など)を具体的に教えて頂き、その結果 、台所のゴミ箱に大便をされても、落着いて対処する事が出来ました。

「ほほえみの会」の集まりは月1回ですが、其の日が来るのが今でも待ちどうしいし、最高にストレス解消が出来る場であり、かつ、活力を頂けるし会員同士で本音での会話は参考になり又楽しみでもあります。そして段々と精神的にもゆとりを持てる様になり、カミサンにあたたかく接する事が出来る様になりました。

現在は「ほほえみ」の会のお陰でカミサン以外の認知症の人や障害を持っている人の気持ちになってその人と接する事が出来る自分に驚いています。これも約7年の間、私をささえてくれている先生はじめ仲間達のお陰です。 今から10年前の自分を振り返り、介護者にとって本音で介護の愚痴を話せる仲間がいる事は精神的にも肉体的にも、そして介護のやり方等其の人に取っての最大の救いの神です。

その救いの神を求めている人は多くいるはずです 私たちが地獄の様な精神状態の3年間から抜け出せたのも「ほほえみ」の会のお陰でした。 現在は、行政は、認知症にならない為の予防に力を入れていますが、これと同時に、認知症に対する介護の心得等を学習する仲間たちと出会う機会を作って欲しいと思います。此れによって世間を騒がせている介護等にまつわる殺人事件も減少すると思います。

私も10年前の平成9年3月に「ほほえみ」の会に出会えていたら3年間余の生き地獄に落ちなくて済んだと思います。認知症の予防と認知症の介護の心得は介護保険法の両輪だと思います。 平成19年4月1日現在の静岡県の65歳以上の高齢者は21.1%。総人口3.871.971人で、高齢者人口は818.125. 総人口の増加率、前年比0.07%なのに対して、高齢者の伸び率は3,46%。 県内の総所帯数144万7739のうち高齢者だけの世帯が22万6995世帯と15,7%。

 8年後の平成27年には、団塊の世代が高齢者になります。 認知症の人を支える介護者の為の「介護の苦労話を話し合う」グループを地域に作り、助け合っていく拠り所を作る必要がある絶対にあります。 平成17年の厚生労働省の調査によると、認知症患者は約190万人。

20年後には300万人になると予想されているそうです 「ほほえみ」の会のように医師、看護師、訪問看護関係者、施設の関係者等の助言を得られる会は 理想的ですが、いろいろな形があるのではないかと思います。そして介護予備軍の介護の学習の場になれば理想的だと思います。

 

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56 一人で悩まず悩みを話して発散を  妻77歳 要介護度4 介護者 夫82歳K.Y  

 「ほほえみも会」創立記念日を迎えられ、誠にお目出度う、心からお喜び申し上げます。また、他の会(ふれあいの家)も立ち上げられ、益々のご発展ご同慶の至りと合わせお喜び申し上げます。

 個人的ながら、私もお世話になって数年経ち御陰さまで家内も相変わらずの様であります。今の病院も2年になりますが、たまに私が参りますと笑顔になります。ほほえみの会の皆様も色々苦労なさっていらっしゃいますが、皆さんと集まり、苦労話やら色々悩み事を話されますが、一人で悩んで居られるより、話して発散される方が大変宜しいと常々思って居ります。併せ、適切なる先生のご助言何よりと感ぜられます。

 ご多忙のこととは存じますが、どうぞご自愛なされ我々会員に今後ともご助言賜りたく宜しくお願いいたします。今後の会のますますの発展をお祈りいたします。お目出度うございます。


 

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57 夫を病院へ連れて行くまでが難題  Y.M 夫・57歳 介護者・妻・57歳                 

もの忘れ相談予約 07.06.04

  3〜4年前から、夫の物忘れが気になっていた。何回か病院に行くことをすすめたが、「オレは病気じゃない」と言って、ガンとして拒否していた。そんな時、長女が仕事のストレスでやる気が出なくなり、広小路クリニックを受診した。私も心配で同行したところ、副院長先生がとてもやさしく娘に対応してくださった。

クリニックの受付カウンターに、『もの忘れ相談』の案内がある。この先生のお父さんなら、いい先生に違いない。思い切って、私一人だけだが相談の予約をお願いした。

もの忘れ相談 07.06.15

 院長先生がお忙しい中にもかかわらず、じっくりと話を聞いて下さった。
結論として「本人を受診させるには、姑息な手段を使わず、本当のことを話して、真正面 からぶつかった方がいい。あせらないで、1週間、2週間かかってもよいから、あきらめないで、がんばって。」と背中を押してくださった。  

その日、家に戻ると、夫から「どこに言って来た?」と聞かれ「お父さんのもの忘れ相談に行ってきた。」もう、すでに私は涙声。夫の反発の弁が続く。ああ言えばこう言う。夫の言い訳はふるっている、なかなかのものだ。 次の日も、又次の日もこの話。

日曜には、ちょうど娘が来て「私もお兄ちゃんもおかしいと思っていたよ。お母さんは、ずっと心配してたんだよ。」と加担してくれた。オレのどこがそんなにおかしいか、どこがどんなふうにおかしいか、言ってみろよ!」とどなる。

私の10年日記には、夫の言動で気になったことが書いてある。最近書き出したメモがあったので、夫に見せた。「へェ〜、こんなこと言ったのかー。ほんとか〜?」と急に納得した様な態度になり、「近くの医者なら行ってもいい。」と風向きが変わってきた。

とりあえずはどこでもいいんだ。私のかかりつけの先生なら近い。  

近くの内科受診  07.06.18

 さっそく、週明けの月曜日に、かかりつけのA内科の医院を受診した。MRI のある病院を紹介してもらい 6月22日の予約がとれた。  

B病院神経内科に行くも‥ 07.06.22

 とんとん拍子に運んでいるがこんな調子よくいく訳ないぞと自分にいい聞かせた予約当日、案の上、あと3〜4人で受診という段になって 「オレは病気じゃない、帰るぞ」 と言ってさっさと一人で帰ってしまった。看護師さんは、さすが落ち着いている。「奥さんだけでも受診してください。」  私だけ先生にお会いした。

「帰ってしまうのは、もう、精神病ですね。自覚がないなら精神病院に入院させて検査してください。それしか方法はないですよ。」 「‥‥‥」 「まぁ、一応、来週来ても来なくても、CTだけでも撮るよう予約入れおきます。MRIは少しでも動いてしまうと無理ですからね。」 泣きたい気持ちだった。

「あせらないで‥‥木野先生のことばが脳裏をよぎる。バスの中で考えてみる。病院のエアコンがきつくて、夫はこれじゃ病気になっちゃうといらいらしていた。また、何故、自分が病院へ来ているのか先日からのいきさつを覚えていないのかも知れない。私は自宅へ着いても、勝手に帰った夫を、責めないことにした。

夫は記憶ができない。今までのいきさつを忘れている。私の説明不足だったんだ。すったもんだの夜がすぎて、眠れない。 又、一から出直しだ。あきらめないで、何度も繰り返し話してみよう。

ほほえみの会家族会に初めて出席 07.06.28

 私の報告の時、涙声になってしまう。全く余裕が無い。

なんとかCTを撮り‥‥ 07.06.29

 病院は今日も寒い。又、帰ってしまうのではと、ひやひやしながらも、なんとかCT を撮り終えた。      CTのフィルムを借りて、木野先生のところに持っていくこと になっていると夫に話すと、今から広小路クリニックへ行くと言うではないか。もう3時半だ。急いで出かけた。

この日にかぎって運良く待合室はすいていた。 木野先生がじっくりと診察してくださった。その後、脳波、MRI検査を経て、夫は若年性アルツハイマー病 の初期と診断された。

家族だけの相談から、わずかひと月足らずで、進行を抑える唯 一の薬、アリセプトを服用することができた。    今のところ副作用も無く、本人は薬で頭がすっきりすると言う。

先生のご指導のもと、脳トレやウォーキング、朝のみそ汁作り などに励んでいる毎日です。 木野先生、「ほほえみ」の方々これからもよろしくお願いします。      

 

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58 義母のグループホームの行事には積極的に参加  義母87歳 介護度2  嫁・57歳 K.H              

 ほほえみ丸に乗船して早いもので6年が過ぎました。 去年からの一年を振り返って、今までと違う少し余裕が出来た一年でした。 去年の5月に義父が亡くなり七七忌、新盆、父の死に伴う手続き等色々ありましたが、今はグループホームに居る義母の事だけを看ていれば良いからです。

私はこの感想文には父のイヤな面だけを、書いていたような気がします。亡くなってからは、父の優しかった頃の事を良く思い出します。 それと同時に同居してからの約6年間の、後半の介護はこれで良かったのかと良く思い出します。 主人と私の朝の日課は仏壇に、お茶とお水をあげ、手を合わすことから始まります。

母は父が亡くなった事を、ハッキリ分かっている時があったり、私達に会うと挨拶代わりに「お父さんどんな?もう歩けないよね」と言ってきたりします。最初はドッキトしましたが「お爺ちゃん亡くなったよ」と言うと「あっ そうだけど・・・」と言う具合に意味も無く言ってる時もあります。

遺影の写真を小さく額に入れて、タンスの上に置いてあるのが、良く裏返しになっている時もあります。 ホームに父に似た人がいます。白髪の混じり具合、メガネを掛けた顔が似ています。母もその人の事を「お父さんに似ている」と言っているそうです。 良く一緒に撮った写真をホームから頂きますが、そういう時はお父さんは死んで、この人はそっくりな人と分かっているんだと思います。

母は今でも病院受診の為外出して、その後食事をして帰る時になると「私は今誰と、何処に暮らしているのか分からない、私と別 れるのが淋しい」と言って、泣いたりする時もあれば、ホームへ会いに行った時は明るく「又来てね」と見送ってくれたり、私が東京から来ていて遅くなると大変だから「早く帰ったほうがいい」と10年も前の話になったりします。

今年父の一周忌を一緒にやったのにまだ「お父さん、どんな」がはじまる時も有り、母の思いつきに逆らわず、合図ちを打って一緒に女優を演じて過ごして来ます。母の中には今でも父が生きているんでしょう。 私達家族は、ホームの行事には積極的に参加をしています。

今年に入りグループホームの長岡温泉一泊旅行(娘、嫁2人、孫、ひ孫が同伴)に行ったり、バーべキュウ大会に参加しました。 家の方では、父の法事、孫の結婚式、自分の米寿の祝いと色々行事がありましたが、母はその時だけで、すぐ忘れてしまいます、でも家族の思い出は残ります。これからも思い出作りを沢山していきたいと思います。 毎年感想文には、元気な母の様子を書きたいと思います。 これから先も先生、ほほえみの皆さんよろしくお願いします。

 

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59 介護と向き合う日々  83歳女性 要介護度2  嫁 Y.T 57歳                    

 今年も例年のように、お盆は娘達が子供を連れて泊まりがけでやってくるので、もうとにかく大忙し、孫の相手、墓参り、食事の支度、とあっという間に一日が終わり嬉しい悲鳴をあげました。

しかし、今年は義母が「あかなすの里」に入所しましたので、私の気持ちと体の負担が減り、穏やかに家事ができました。 一時期は血圧が上がり、肩こりもひどく、とても辛いときが続き、木野先生にもいろいろお世話になったのですが、今は薬を飲まなくても血圧は安定しています。

振り返れば、去年の秋、義母が三回目の脳梗塞で倒れたのは、ちょうど私も観光シーズン中、毎日仕事は朝早くから夜遅くまでとハードでした。そんな中義母の介護保険サービスをどのように調整していくか悩みました。

今まで延長サービスを受け入れてくれていたのに、介護保険の制度改正で打ち切られてしまい、急遽他の施設を探したり、夕方私たちが帰るまで親戚 で預かってもらったり、ショートステイを目一杯調整してもらうなど大変でした。

さらにその頃は義母の徘徊も始まり、認知症もどんどん進んでいました。仕事を続けながら介護をする難しさをつくづく感じた時でした。

そんな時仕事先で「義母が脳梗塞で倒れた」と連絡が入りました。翌日からは長期で会社を休み、毎日病院通 いが始まりました。が、気持ちは割と落ち着いていました。こうい時が来るかも知れないと、心構えがあったと思うのです。そして今自分は何をすべきか? 義母と向かい合い、今こそできるだけのことをしてあげる時だと思いました。

以前だったら長い年月、葛藤し悲しみ、どうしても感情が前面 に出てしまい、「なぜ、私の仕事を取られるの? なぜ、お客様を犠牲にするの?」と思ったでしょう。私も少しは大人になれたのでしょう。 介護に対する心構え、、、いずれ自分も介護される立場になるかも知れない、人間老いは必ずやってくる、ほほえみの仲間の皆さんと学んだ多くの糧は、いつのまにか私の心に染み込んでいたのです。

お盆も二日目、娘が「おばあちゃんに逢いたい」と言ってくれて、大勢でワイワイかねちゃんに逢いに行きました。 左半身麻痺で寝たきりの状態ですが、いつも顔色良く穏やかな表情で、こちらが一生懸命話しかけると少しは反応がありました。

最近は身体的も落ち着いて、食事もペースト状のおカユから半ガユになりました。これからの私の介護は、気持ちの介護。少しでも義母の支えになれば、と思う。

義母との付き合いは「嫁、姑」で始まって、義父の死後始まった「認知症」との付き合いへ変わりました。もう3、4年になりますが、波瀾万丈、本当にいろいろ経験させてもらいました。

そのお蔭で多くのことを学びました。  介護とは自分一人で頑張るのではなく、家族で役割分担ををし、大いに話し合い、ある時は地域で支えてもらい、刻々と変化していく介護保険制度を学び、適用できる制度を見つけたら即取り入れ、無理や我慢は禁物です。必ずどこかにしわ寄せがくると思うのです。

先ずは家族の元気と健康あっての介護だと思うのです。 まだまだ学ぶこと、学びたいことはたくさんあります。ほほえみの皆さん、木野先生、ご指導宜しくお願いします。

 

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60 大声を出して怒りだす夫へアドバイスもらう G.S 72歳・男性嫁 歳 介護者/妻 67歳               

 ほほえみの会に参加させて頂くようになって一年が過ぎました。 認知症ではと思いながら、なかなか病院へ足が向きませんでした。 以前新聞に載っていた『もの忘れ外来』の電話番号のメモを思い出して、思い切って電話をかけました。 その時教えて頂いたのが広小路クリニックでした。

早速電話で診察の予約をして、昨年(平成18年)の6月7日「ちょっと病院へ行きましょう」と夫を連れ出し、息子と3人で行きました。 診察の結果、認知症と言われたが、びっくりすることもなく、やっぱりそうかと思いました。 

その時、先生から「ほほえみの会」と言う認知症を介護している家族の集まりがあると聞いて6月22日の会から参加させて頂きました。  皆様優しい人ばかりで、初めての私にいろいろアドバイスをして下さって大変感謝しています。

自分なりの勝手な思いで、できることは何でもやらせなければ、そうしなければ出来なくなる、と思い込んで、ときどき口うるさく言っていました。それが先生やほほえみの会の人から「認知症の人には口うるさく言っても無理」だとか「可愛そうだ」とか言われ、自分の考えが違っていたことを教えて頂きました。それからは少しづつ手助けをするようにしました。

 主人の一番困ることは、その日の気分で大声を出し怒りだすことです。そんなことを先生に言いましたら、興奮を鎮める薬「グラマリール」を処方して下さり、飲ませ始めました。

怒りだす回数が減り、ホッとできる毎日になりましたが、そのうちに食欲が少しずつ無くなり始め、一日に牛乳1杯だけの日もあり、体重が減り、元気が無くなりました。心配になり、診察日に先生にお話したら「薬を止めてみましょう」と言われ中止になりました。今では相変わらず大声を出しますが、逆らわないように知らん顔をして過ごしています。

まだまだほほえみの会に長く参加させて頂くことになりますが皆様暖かい方ばかりなので、心にゆとりが出来てホットしています。 これからもよろしくお願いします。

 

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61 入退院の繰り返し・・・92歳 女性 要介護度5 介護者:嫁 57歳 K.S 

 義母の認知症が始まり6年が経ちました。病気の症状すべてと言っていいほど経験し、今はベッド、車椅子で全介助の状態です。

介護保険で週1日デイサービス、3泊4日ショートステイ。隔週訪問診察。訪問看護を利用しています。 この状態がベストですが、突然痰が喉につまり窒息状態になり救急車で緊急入院したこともある。

前日まで元気だったのに朝元気がないな?と思うと熱がどんどん上がり病院へ連れて行くと肺炎ですと、入院となる。入院すれば自分の意に反すると大きな声を出して看護師や付き添いを困らせます。

 義母も高齢なので入退院の間隔が短くなったような気がします。これからも色々あると思いますが、ほほえみの会の木野先生、皆様、よろしくお願いします。

 

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