フライフィッシングとの出会い
僕がフライフィッシングと初めて出逢ったのは2002年、29歳の夏だった。僕はその頃、転勤で北海道で暮らしていて、夏になると良くカミさんとニセコに遊びに行っていた。
その夏もニセコの尻別川で初めてのラフティングを楽しんでいた。水しぶきを上げながら激流・急流を進むゴムボート。僕らのボートが緩流に差し掛かかり、何気なく川面をみたとき、何か黒い影がさっ横切った。あっと思った次の瞬間、その先前方でピシャッと跳ねる魚を見たのだ。インストラクターの方に聞くと、魚は恐らくマスで羽蟻を食べるため飛び跳ねているということだった。
ほどなく、僕はボートの上から夕暮れの黄金色に光る川辺で佇む男達を見た。彼らは釣り糸を何かに結びながら僕らの集団を訝しくやり過ごし、暫くするとロープのようなものを空中でしならせ操っていた。なんだろうと聞くとあれはフライですよと。フライ、フライフィッシング。そのライン軌跡は美しくしなやかでまるで魔術師に命を吹き込まれたように辺りの光景とに溶け込んでいた。そういえば、ブラッドピットの映画でそんなのがあったね。なんてカミさんと話していたけれど、暫くたっても、その光景は僕の瞼に焼き付いて離れない。それは今でも思い出せる。黄金の河に佇み黙々とフライを結び、ループを描く男達。とにかく何もかもが完璧な光景だった。その姿は神々しくさえあった。
僕にとって生まれてこのかたやったことのある釣りと言えば、幼い頃父親に連れて行ったもらった堤防の投げ釣りやサビキ釣りぐらいだったけれど、フライフィッシングにはそんな釣りを越えた何かがあるようなそんな気がして、とにかく僕を惹きつけてやまなかったのだ。
よし、僕もやってみよう。旅行から帰った僕はフライフィッシングなるものについてネットでいろいろと調べてみた。どうもフライにはフライ専門のお店があるようだ。そして明くる日すぐに、当時の自宅の近くのフライショップに行ってみた。
小さな店構えにいかにもアウトドア好きでお洒落そうな年配の店主。とりあえず、ロッドを何本か見たが、恐ろしく高い。思っていたのと1桁違う。小遣い制のサラリーマンの僕が簡単に買える代物じゃない。
「どんなロッッドをお探しですか?」小さい店だけに店主は当然声をかけてくる。
たじろぐ僕「いゃーまぁ見てるだけです」
さらに店主「固めのがお好みですか?」
あせる僕「いゃ、まーべつに。普通のがいいです…」。
こんな会話がはずむべくも無く、その後の沈黙に耐え切れず、すぐに店を出た。何だかカミさんの買い物につきあって場違いでお洒落なショップに連れて行かれたあの時の雰囲気に似ていた。
あーフライフィッシングって何だか小難しいそうで敷居が高いなぁ。まぁいまでもそうだけど(笑)。
それでも僕は諦めきれず、今度は近くの釣具ショップに出かけた。量販店より小さいけれどフライショップでもなく何だか入りやすかった。意を決して「フライをやってみたいのだけれど」と話すと店長さんは、「フライ楽しいですよー」ととても親切に教えてくれた。フライを始めるのに最低限必要なものをこちらの予算に合わせて揃えてくれた。基本的に良いものは値段がはるが、そういうものは趣味として自分にあってると思ってからでも遅くないと、入門者用のタックルセット(ダイワのセットもの1万円くらいだったかなぁ)、ウェーダー等最小限必要なものを店長さんのアドバイスを伺いながら購入した。こうして僕のフライライフはスタートしたのである。
ちなみに右上の写真がフライを始めた直後の僕。この立ち位置やループ、さすがにヒドイなぁ。まぁいまもさして変わらないか…
渓流デビュー
モノの本によれば、初心者は管理釣場や広場でキャスティングの腕を磨いてから、経験者と渓流デビューするのが良いらしいのだけど、当時暮らしていた地方にはそんな釣り場もなく、釣り仲間どころか会社の同僚以外友達もいない転勤族の僕は、キャスティングの練習も全く積まず、その年2002年の秋、いきなり一人で渓流デビューしたのである。
行ったのは、自宅から車で1時間ほどの渓流、朝6時ということもあり、周囲に人気は全く、「熊出没注意」の看板もあってびびったけれど、意を決して入渓。
辺りから聞こえてくるのは川のせせらぎと鳥のさえずり、虫の声、そしてフライラインの風を切る音(下手くその証明だけど)…。そんな中でキャスティングを繰り返し、落ち込みや淵にフライを流す。予想はしていたけど、フライが木に引っかかったりいつの間にかフライが消えていたり、釣るどころかトラブルの連続…。釣りをしている時間より、縺れた糸と何分も格闘したりフライやティペットを結んだりする時間のほうが長い。それでも大自然のど真ん中で一人もくもくとロッドを振りながら、美しい渓流を釣りあがるのは、なんと気持ちのいいものか。
ヤマメやイワナ等の渓流魚がフライで最も釣れるのは初夏らしく、シーズン終盤で初心者の僕じゃやっぱりだめかな…と思いながら、なんとなくキャストしていると、一瞬フライの周辺がパシャッと水しぶきを上げました。「あっ」ととっさにロッド合わせると、瀬の中から銀色の魚体が…。アーアー、とよくわからないままにリールを一生懸命巻いて(ラインを手探ることすら知らなかった)何とか釣り上げた魚。嬉しくて嬉しくて「やったぁ。やったぁ」と一人で声を上げてました。このビギナーズラックに引っかってしまったひょっとこみたいな顔をした魚は後で調べるとうぐいだったけど、写真にもバッチリおさめました(左)。うぐいやハヤは敬遠される魚だけど、この時は本当に嬉しかった。大事にリリースすると元気に淵に戻って行きました。
僕は今でもこの時の思い出を原点にしています。今でも僕の腕では渓流魚はなかなか釣れないし、うぐいやハヤやカワムツばかり釣れてしまい「チッ」って事もあるけれど、大切なのは自然を肌で感じながらその中に溶け込んで自然との対話を楽しむことなんです。 1匹も釣れない時はやはり悔しいけれど、本当の目的は「釣ること」ではなくて「フライフィッシングそのもの」を楽しむこと。だからいわゆる「ボ」でも、気持ちよく釣り上がる事ができれば今日は楽しかったなと思えるし、仮にヤマメやイワナが1匹でも釣れれば、言葉にできないほど嬉しいんです。
初ヤマメ
それから、僕は取り付かれた様にフライのことを知ろうといろんな入門書や雑誌を読み漁り、知識を吸収していきました。渓流魚のこと、水生昆虫のこと、渓流のこと…。知れば知るほど、フライフィッシングがいかに難しい釣りなのか(まぁその考え方に惹かれるんだけど)を実感し、1匹を釣るまでのプロセスに本当の楽しみがあることを知りました。フライの選び方(マッチザハッチ)、ポイントの選定、流し方、キャスティングの技術、フライタイイングの楽しみ…、知れば知るほど趣味として奥が深いだけでなく、日常の喧騒から離れ自然と対峙することで癒されたり新しい発見があったりと喜びがあります。
このころの僕は、とにかく仕事が終わると(というか仕事中も)頭の中はフライのことで一杯で、この頃から街で飛ぶ虫をみかけると何の虫だろうと(笑)。
休みの日ともなれば、カミさんに悪いなとも思いつつ、明け方から一人で川へ。うぐいを1匹釣った後はなかなか釣れなかったけれど、キャスティングの練習と思って黙々とロッドを振り続く日が続きました。
そんなある日、いつもならぐっすり寝ている早朝5時に起床、カミさんを起こさぬよう一人でいそいそと仕度を整え相棒ゴルフワゴンを40分ほど走らせ渓流へ。
近くのキャンプ場から入渓し、キャスト開始。「どこにフライを落とし、どう流すか」ただそのことだけを考えながら釣り上がります。ドライフライが流れる様を注視し「いつでるかいつでるか」とドキドキする時間がたまりません。だけども、アプローチもキャストも全く思い通りに行かず、賢い渓魚達はなかなか食いついてくれません。2時間ほど釣り上がりましたがさっぱりで「今日もダメかな」と諦めかけましたが、行き止まりの小さな堰堤に最後の望みを掛け、渓流を上がって行きます。
そしてその堰堤。秋カゲロウに似せたフライを結びなおし、落ち込みのポイントに祈りを込めてキャスト…。はじめのキャストで偶然にもループが綺麗に描かれ、フライライン、リーダーティペット、そしてフライが静かに水面に落ちた。絵に書いたようなナチュラルドリフト…と言いたいとこだけど落ち込みで良くわかりません。水泡に沿ってしばらく流れたオレンジのインジケーターのパラシュートフライを僕が確認できた次の瞬間…。
「パシャッ」と水面を割った銀鱗!!同時にフライロッドにビビッと感触が!!最高にエキサイティングな瞬間。ただただ声にならず興奮しながら、ラインを手繰り何とか足元にランディングしたそのマスは…。魅惑的なパークマーク、小ぶりだけどとても綺麗なヤマメ(下)でした!! 「やったー!!やったー!!」
初フライから釣行4回目、ついに初めてのトラウト。釣ったというより釣れたといったほうが正しいけれど、休日の朝8時、誰もいない山中の渓流で30近くの男が子供のように一人声をあげて感動に浸りました。上を見上げると、木々の間から綺麗な秋晴れの空。最高の一時だったなぁ。このヤマメのことは一生忘れないような気がします。
その後何度か釣行し、そのシーズンにヤマメ3匹とイワナを2匹釣ることができました。
イワナを釣ったのも印象的でした。小さな川だけど、何となく魚が居つきそうな流れ込みを見つけ、アップでは難しい足場だったので、岸を慎重にストーキングし、短い距離だったけど岩の陰からダウンクロスでキャスト。白泡からフィーディングレーンにたっぷりフロータントを塗ったロイヤルコーチマンを流した次の瞬間、絵に描いたようなライズ、びびっと伝わる感触に震えながらラインをた繰り寄せると、渓魚もなんとかフライを外そうと飛び跳ねる。僕と渓魚の一対一の対峙。何とかネットに収めたその魚は初めてのイワナ!!!。ランディングネットの2/3くらいはあったから20cm以上の僕にとっては大物でした。釣れたのではなく、初めて釣ったんだと胸を張って言えるひと時でした。感動に浸りながら写真を撮ろうとしたその瞬間、ネットからするりと抜けて逃げてしまったのはご愛嬌だけど、飛沫を上げて果敢にダイブするイワナは僕の心のフィルムに今でも焼き付いています。
そしてそのシーズンの最期の釣行時に堰堤から飛び降りた時に転倒してしまい、ロッドを破損したことと禁漁期を迎えたことで、僕のフライファーストシーズンは、終わりをつげました。自宅から1時間以内で行ける渓流、そしてスレを知らない無垢なマスたち、今思えば北海道はフライ初心者にとってもやはり恵まれた環境だったんだなぁ。
そして渓流王国東海地方へ
多くのフライフィッシャーにとってシーズンオフは、管理釣り場で腕を磨いたりフライタイイングをしたりする時期かと思うんだけど、北海道に冬の管理釣り場はなく、まだ当時はタイイングもしていなかったので、2002年から2003年の冬にかけては、フライの雑誌を読みながら、春(僕の暮らしていた地域では6月解禁)の渓流を待ちわびて過ごしていました。
ところが、4月に転勤の辞令。トラウト天国の北海道から離れるのは少し悔しかったけれど、転勤先は名古屋。調べてみると、どうやら隣の岐阜は渓流王国らしい!!「都会に転勤だね!」と喜ぶカミさんとは別の理由で、僕は一緒に笑って転勤先でのフライ生活に思いを馳せていました。
ところが、名古屋で事情は一変。北海道ののんびりした支社と違い、名古屋の仕事は忙しく昇進も重なり責任の伴う立場ともなったため、毎晩深夜に帰宅。休日も出勤したりで疲れて家で寝ていることが多くなり、フライに出かけられない状況が続いたのだ。精神的にも疲れた僕を見て、カミさんが「最近フライ行ってないね。一生の趣味にするって言ってたでしょ。せっかくいろいろ揃えたのにー」と一言。
「そうだなぁ、いきたいなぁ。」盛夏に近づくごろ、仕事もようやく余裕がでてきたので、僕はフライを再開しようと決意し、前年ラストにロッドを折ってしまったこともあり、近くのフライショップを訪ねてみた。そこで転勤から半年がんばった自分への褒美として、憧れていたOrvisのSevenEleven#4を購入。そこのフライショップの店長が僕と同年齢くらいだったので気兼ねなくいろいろと教えてもらい、近くの公園でキャスティングの個人レッスンも受けることができた。初めてエキスパートに教えてもらったことで、いかに自分のキャストがひどいものなのかを知ることができたのである。それから近くの公園で、教えられたことを復習しながら基本練習を重ね、僕のへなちょこキャストも少しはマシになってきた…
そして8月。岐阜まで足を伸ばす時間的余裕はなかったので、愛知県内のとある渓流へ。
まず、北海道の川と違い釣り人が何と多いことか。餌釣りの方やルアーの方がところどころで竿をだしている。熊の恐れはないけれど、これだけ人が多いとお互いへの思いやり(マナー)を大切にしないと楽しめないなーなんて思いながら、人のいないところを何とか見つけて入渓。やはりすがすがしい気分になる。ほぼ1年弱、渓流から遠ざかっていたことを悔やんだ。「忙しくても時間を見つけてこなくちゃなぁ。」そしてそのことで自分自身を取り戻し、それがあくせく働く暮らしにも活力を生み出してくれるのだ…
釣果といえば、キャスティングレッスンはうけたものの、初心者の域をでない僕の腕ではやはりトラブルの連続。フライを木にひっかけるはティペットは絡まるは悪戦苦闘の連続、それでも上流を見据えても釣り上がり、とある堰堤へ。
ダメ元でキャストしたフライがちょっと沈んだ。慌ててあわせると、合わせが強かったのか、銀鱗が飛んできた、「おー」と言いながら足元で跳ねる魚をネットに収めると、かわいい10CMくらいのアマゴ(写真 中部地方はアマゴなんですね)でした。ずっと言いたかった決め台詞(笑)「もっと大きくなれよ、またな〜」と優しくリリースして、大満足で家路に着きました。

そして今僕はフライ3シーズン目(2004年)を迎え、こんな素敵な渓流でフライフィッシングを楽しみ人生を楽しんでいます。相変わらずなかなか釣れないけれど(笑)
2004執筆
