
Diary
09/10/25
古代の英雄というと、みなさんは誰を思い浮かべますか?
ギリシャの小国に生まれ、かつてないほど広大な土地を征服したアレキサンダー大王ですか?
それとも、ガリアを征伐し、エジプトの女王クレオパトラまで自分のものにしたシーザーでしょうか。
私にとっての古代の英雄、それはカルタゴのハンニバルです。
ハンニバルといえば、象でアルプスを越えてローマ軍に奇襲をかけた知将。
晩年も、軍略家としてローマに敵対する勢力に協力していたのですが、
やがて捕らえられてローマに引き渡されることになると、自ら毒を飲んで果てました。
ローマのような強大な国と最後まで渡り合った不屈の男──それがハンニバルと言えましょう。
そんなハンニバルの故郷カルタゴを紹介する展覧会が、
東京駅に隣接する大丸ミュージアムで行われておりました。(10月25日まで)
ご存知のように、カルタゴは現在はチュニジア共和国として知られる、アフリカの美しい国です。
当時のカルタゴは地中海貿易の中心であり、その影響は数々の展示物にも見て取れました。
ギリシアのスタイルで作られた大理石像があるかと思えば、エジプトの宗教を用いた装飾品もある。
また、今回の展示の目玉であるモザイク画は、ローマの支配下で発展したものです。
私は今まで、一つの海の向こうとこちらでありながら、
エジプト文明とギリシャ・ローマのそれがあまりに違うことに、少々違和感を抱いておりました。
ところが、今回カルタゴの文化遺産を直に目にしたことで、
ようやくその違和感を払拭することができました。
二つの文明をつなぐ文明が確かにあったのです。
カルタゴこそが、私にとってのミッシング・リンクだったわけです。
会場では、ハンニバル軍のものかもしれないという鎧の一部も展示されておりました。
思わず身を乗り出して、その精緻なレリーフに見入った私。
時には、現実生活の憂さを忘れ、古代への旅に出るのも楽しいものです。

帰りがけにお茶を飲んだ丸の内ブリック・スクエアのカフェ
09/10/19
秋晴れの空の下で、白い腰巻が揺れています。
昨日、一昨日と着物ででかけたので、今日は朝から肌着や腰紐を洗濯しました。
汗で汚れた肌着等は、いち早く洗ってアイロンをかけるのが私流。
そうすることで、いつでも気持ちよく着物が着られます。
最近は化繊などを入れてお手入れの楽なものもありますが、私はやっぱりアイロンをかけます。
着物は一枚二枚と布を重ねていく被服ですから、下着がヨレヨレだとそれが上にいくほど響いてしまう。
逆に、きちんとアイロンがかかっていると、まるで吸い付くように、きっちりきれいに重なります。
腰紐もアイロンで伸ばしてある方が、締めた時に面で押さえるため緩みが少なく、
また食い込んで痛いということもありません。
ちなみに、昨日はお能を観に行き、一昨日は染色工房のスタンプラリーに行ってきました。
このスタンプラリーの詳細はエッセイのコーナーに載せてありますので、
ご興味のある方は是非ご一読ください。
09/09/27
猫を溺愛している友人夫婦と話していると、時々「アホか!!!!」と思うことがあります。
その見事な親バカぶりはほとんど常軌を逸していて、
彼らにとっての地球の中心は猫であることを痛感させられます。
一方の私はと言うと、十数年前に亡くした愛犬をいまだに忘れることができない。
別の犬を飼い出すまでには、いま少し時間がかかるかもしれません。
詩人の平出隆さんの著作『猫の客』は、文筆家の夫と校正者の妻とが隣家の猫を可愛がる物語です。
庭付きの借家で暮らす彼らのもとに、ある日隣のチビネコが訪ねてくる。
やがてチビは家を自由に行き来するようになり、二人の暮らしをさまざまに彩っていきます。
ただし、チビはあくまでも隣の家の猫。彼らのものではありません。
「遅い朝に目が覚めて起きあがるごとに、妻は垂れ布の隙から覗いていた。
──これ、うちの猫じゃないの?
そっと寝相を眺めながら、嬉しそうにいった。(中略)
そろって留守にした日、外出先から戻ってきて玄関の戸を引き開けると、
仄暗い式台の二畳間に前趾をそろえ、留守番の子のように迎えてくれることもあった。
──うちの猫だよ、
という妻は、うちの猫ではないことを知っている。
だからいっそう、自分への、とても遠いところからの賜りものと思いつめる様子だった」(抜粋)
動物を愛するということは、自分より遥かに短命なものを愛するということです。
ましてや他人の家の猫ならば、なおさらつらい覚悟が必要になる。
それでも愛さずにはいられないのが、動物というものでしょう。
もうすぐ動物愛護週間です。無慈悲に奪われる命が少しでも減るよう祈って……。
09/09/24
今日は月が綺麗です。
まるで金色の舟のような美しい月を見ていると、秋が日ごとに深まっていることを感じます。
月──といえば、先日「月の能」を観てきました。
世阿弥作の『融(とおる)』は、東国の僧が都の六条河原院に立ち寄った時、
かつてその地で栄耀栄華を極めていた融大臣の霊に出会うというもの。
作中には「宵の月」「初月」「三日月」などさまざまな月が登場し、
やがて夜明けと共に大臣(おとど)の霊は月の宮に帰っていくという、まさに月尽くしのお能です。
荒廃した河原の院の庭園で、在りし日のように遊舞を行う融の霊。
この日は蝋燭能という趣向だったため、なおさら幻想味が増して、
月光の下で「曲水の宴」に興じる融の姿が、目に見えるようでした。
蝋燭が作る光と闇は、過去の栄光と今日の衰退とのコントラストであり、
それがなんとも物悲しく、人の世のはかなさを感じました。
ところで、みなさんは「小書き」というものをご存知でしょうか。
これは能の演出のことで、同じ番組でも「小書き」によって演じ方が変わります。
実は、『融』を観るのはこれが二度目だったのですが、
以前観たものと後半の印象がずいぶん違ったので、ちょっと調べてみたのです。
そうしたら、『融』には今回の「舞働之伝」の他に、
「舞返之伝」「十三段之舞」などたくさんの小書きがあるようで、
その演出の違いが印象の違いに繋がっていたんですね。
小書きの重要性を知ったことにより、さらにお能を観る楽しみが増えました。
これからは、番組名の横の小さな文字にも、忘れずに目を留めようと思います。
09/09/06
自分への誕生日プレゼントに、メガネを新調いたしました。
実は私は目が悪く、普段はメガネを使っているのです。
以前は毎日コンタクトを入れていたのですが、
長時間PCに向かう生活が祟ってか、このところすっかりドライアイになってしまいました。
そのせいで、現在では外出のとき以外はほとんどメガネの生活です。
世の中におしゃれなアイウエアーが増えたのも、愛用するようになった理由かもしれません。
十代の頃は、自分のメガネ姿にとてもコンプレックスがあり、
メガネをかけているところを人に見られるのがイヤでした。
友人たちと写真を撮るとき、慌ててはずしていたのを思い出します。
世間の目も、あの頃はメガネ女子に冷たかった。
日本には、アンジェラ・アキさんのようなメガネ美人歌手もまだおらず、
(世界的には、ナナ・ムスクーリさんみたいな人はいましたが)
メガネっ子を愛するマニアの皆様も、当時は影を潜めていました。
それに比べると、今はむしろ、メガネをファッションとして楽しむ時代であり、
メガネ女子を愛する若い男子(マニアではない)も急増していると聞きます。
おかげで、私自身もメガネをかけることに抵抗感は少なくなりました。
でも、どうせかけるならとびきりおしゃれなものがいいですよね。
今回は、髪を短くしたこともあり、濃いヴァイオレットのセルフレームで、
弦にブルーが入っているものを選びました。
黒髪のショートには、このくらい強いフレームの方が合うようです。
09/08/28
髪をばっさり切りました。
ここ何年もボブで通していたのですが、ついに襟足を落としてしまいました。
切ってみると、頭が軽い。それに、めちゃくちゃ涼しい。
オーソドックスなボブは長さが均一なため、実はとっても暑いのです。
例えるなら、シャンプーキャップを常に被っている状態。
夏など、頭の中はまさに蒸し風呂です。
でも、なんで夏の終わりのこの時期に? とお思いの方もいるでしょう。
どうせ切るならもっと早くてもよかったのでは? と。
はい。私もそう思います。
本当は、夏が始まると同時に切りたかったのです。
けれど、思い出してみてください。
今年の夏はいつになく雨が多く、梅雨との境がイマイチはっきりしませんでしたよね?
ようやく夏らしくなったお盆の頃には、行きつけのヘアサロンがお休みでした。
そんなわけで、秋風の立つこの時季に、いきなりショートヘアーになったわけです。
周囲の評判は上々ですが、心配なのは着物とのバランスです。
上が重たい印象のボブとは違いますから、
襟の抜き方や帯の位置など、少し変えたほうがいいかもしれない。
憧れの樋口可南子さんみたいなかっこいい着物姿になれるよう、
この秋は鏡の前で猛チェックです!
09/08/09
先日、友人がパネラーを務める美術のシンポジウムへ行ってきました。
テーマはフレスコ。
広義の意味でフレスコと目される八つの技法を紹介する傍ら、
フレスコの未来を模索する──という討論会でした。
みなさまもご存知のように、フレスコは一度は廃れた絵画技法です。
壁に直接絵を描くフレスコは、油彩画の発展や、生活様式の変化から、
今では用いられることが大変少なくなりました。
また、日本では建築物そのものの寿命が短く、絵画ごと壁を壊して建て替えるため、
フレスコの一番のメリットである保存のよさも、まったく意味をなさないのだそうです。
実際、パネラーの一人であった建築家は、「フレスコに未来はない」とはっきり言いました。
でも、本当にフレスコには未来がないのでしょうか。私はそうは思いません。
これからは日本でも百年住宅といった考え方が一般的になっていくでしょうし、
最近では漆喰壁のよさが見直され始めています。
エコロジーという発想が経済性よりも重視される社会になれば、
フレスコ画が活躍できる場は絶対にあるはずです。
ただし、そのためにどうしても欠かせないものがあります。
それは、魅力的なフレスコ画のアーティストです。
壁面装飾としてではなく、芸術作品としてのフレスコが広く世の中に認められた時、
そこに新たなフレスコ需要が生まれるのではないでしょうか。
ミケランジェロが『最後の審判』を描いたおよそ500年前、
自分は死んでもこの壁画だけは永遠に残ると、彼は間違いなく思ったはずです。
そして、実際に彼の作品は今も多くの人々に愛されています。
フレスコ画とは、まさに「未来に残すべき芸術」のための技法といえるでしょう。
09/07/26
もし、あなたの愛した人が戦争犯罪人だったら、どうしますか?
ベルンハルト・シュリンクの小説『朗読者』は、そんな問いを私たちに投げかけてくれます。
主人公は法史学者のミヒャエル(映画では、弁護士のマイケル)。
彼は15歳の時、二十一歳年上のハンナという女性と恋に落ちます。
ところが、ハンナはある日突然、彼の前から姿を消してしまう。
司法学生となったミヒャエルが彼女と再会したのは、ナチスの戦犯を裁く法廷でした。
その法廷で、ハンナが文盲であったことに、ミヒャエルは気付きます。
しかし、彼女はそのことを打ち明けず、周囲もまったく気付かないまま、
裁判はハンナに不利に進んでいきます。
ミヒャエルはハンナに会って説得することもできなければ、
裁判官に会って彼女に有利な証言をすることもできません。
その結果、ハンナだけに特別重い審判が下り、彼女は終身刑となるのです。
タイトルの『朗読者』の意味は、文盲のハンナのために本を読んだ人々がいたことを表しています。
ユダヤ人収容所の看守だったころ、彼女はユダヤ人の少女らに朗読をさせていました。
そしてミヒャエルは、刑務所にいるハンナのために、朗読を吹き込んだテープを送り続けます。
彼女に請われるままに本を朗読してやった、あの15歳の頃と同じように──
この小説の中には、二つの大きな「WHY」があります。
なぜ、ハンナが文盲であることを、ミヒャエルは誰にも告げなかったのか。
なぜ、ハンナが刑務所で字が読めるようになってからも、ミヒャエルは手紙を書かなかったのか。
そこにはいくつも理由があるでしょう。
彼女と自分との関係を知られたくなかったから。
彼女のプライドをおもんぱかったから。
彼女を救えなかったという罪悪感。
彼女がしたことを絶対に許せないという気持ち──
それに加えて、「世代の壁」というものがあると私は思います。
同じドイツ人であっても、ナチスドイツの時代を生きたハンナと、
戦後生まれのミヒャエルの間には、絶対に取り払うことのできない、高い壁があるのではないでしょうか。
戦後生まれのドイツ人には、自分たちの親世代の過ちを恥じる気持ちがあり、
彼らに対してどうしても寛容になれない部分がある。
ハンナの裁判中に、ミヒャエルがアウシュビッツを訪ねるシーンはとても象徴的です。
さて、この小説はただいま映画となって公開中です。
私も観てみましたが、わりと原作に忠実な作りとなっています。
是非とも夏休みの一本にいかがでしょうか。
09/07/15
今日の東京の気温は34度。
表を歩いていると、コンクリートやビルの窓ガラスの照り返しで、
体感温度としては40度といったところでしょうか。
あまりの暑さにすっかりへばっていたところへ、ある方から贈り物が届きました。
丁寧に梱包された包みを解くと、そこに現れたのは沖縄の海でした。
添えられていたお手紙を読むと、どうやらこの方のお友達が紆余曲折の末に沖縄へ渡り、
沖縄ガラスの製法を取得して地元に戻られたとのこと。
現在は、福井の方で工房を開いていらっしゃるそうです。
見れば見るほど、沖縄の海を連想させるおおらかなグラス。
しかも、とても口ざわりがよくて、これならさぞ泡盛が美味しかろう──
と言いたいところなんですが、実は私、この6月から完全にお酒をやめました。
なので、霧島産の天然水を入れてみたんですが、
これがぐいぐい飲みたくなるほど美味しかった!
飲み口が優しいと、水の味までやわらかく感じるものですね。
せっかくなので、別の友人がくれた沖縄土産の珊瑚や貝殻と並べて撮ってみました。
みなさまも、どうぞ一時、このグラスを見て涼んでください。

09/07/11
先日、母と一緒に実家の冷蔵庫を買いに行ってきました。
物価が下がっているうえに、今ならエコポイントももらえるし、
購入から15年経つ白もの家電を買い換えるには、絶好の機会だと思ったからです。
けれど、実際に買おうとすると、なかなかどうしてうまくいかない。
その一番の理由は、冷蔵庫の高さです。
私の母は背が低く、昨今の縦長式冷蔵庫では、上の段に手が届きません。
試しに、ディスプレイ用の缶ジュースを棚の奥に置き、母に取らせてみましたが、だめでした。
「……お母さん、無理だわ」と、つぶやく母の横で、
「私もそう思います」と、店員さんもうなずいた。
二つ目は、高齢者には無用な機能がついていること。
たとえば自動製氷機とか、冷たいものを嫌う高齢者には、まったく役に立たない機能です。
そんな製氷用の引き出しとかが、かなり大きなスペースで冷蔵庫の真ん中に陣取っていたりする。
他のものに転用可能か訊いてみましたが、水が凍る零度が基本のため、
お茶の葉などの保存にもあまり向かないことが分かりました。
そうやって選別した結果、母が使いこなせる冷蔵庫はたった一台しかありませんでした。
仕方なくそれを買いましたが、省エネ対象商品ではなく、もちろん、エコポイントもつきませんでした。
貯蓄率の高い高齢者の懐を、いつも狙っている日本政府と産業界。
だったら、高齢者に優しい白もの家電を作ってよ(怒)。
09/06/25
両親と3人で熱海を旅行して参りました。
朝から温泉に入り、海の幸をこれでもかと食べ、
MOA美術館で日本画や陶芸を堪能し、美術館の茶店から海と日本庭園とを眺めました。
行きつけの宿は、この時期の平日とあって他に宿泊客はなく、我が家の完全貸切状態。
美術館もことのほかすいていて、都会の込み合った美術館を知る身には、
なんともありがたい鑑賞環境でした。
といっても、年老いた両親との旅は疲れます。
重い荷物を運ぶのは私、姉の家への御土産や、列車のチケットを買いに走るのも私。
なにより、両親の体調が常に気にかかり、私自身は気の休まる時がない。
今回も出発当日になって、父が「しんどいから行きたくない」と言い出す始末で……。
それでも両親とでかけるのは、「もしかしたら、これが最後かもしれない」と思うから。
これは、高齢の両親を持った人間でなければわからない気持ちではないかと思います。
お正月が来るたびに、誕生日が来るたびに、姉の家族と一緒に食事をするたびに、
これが最後かもしれない──と、いつも思う。
すでに義兄の両親を見送って、ある意味達観している姉は、「よく一緒に行くわねぇ」と笑うのですが。
きっと私が子供の頃、両親も同じように考えていたのではないでしょうか。
子供は大人になれば、親の手を離れていきます。家族旅行になど見向きもしなくなる。
だから、今だけしか一緒にいられないと、忙しい仕事の合間を縫っては、旅に連れ出してくれたのでしょう。
まさか、こんな歳までお嫁に行かず、年老いた両親と旅行をするとは想像もしていなかったんですね(笑)
子供の頃、親が重い荷物を持ってくれ、怪我をしないように配慮してくれたことのお返しを、
今自分はやっているんだなあ、と思っています。
長生きしてくれて、本当にありがとう。

09/06/14
東京もいよいよ梅雨に突入いたしました。
しとしとと雨の降る日は、なんと言っても読書でしょう。
話題のベストセラーもいいのですが、読書の魅力を再認識させてくれる、こんな本はいかがでしょうか。
もしも、英国女王が突然、読書に目覚めたら──
アラン・ベネット作の『やんごとなき読者』は、実在の女王を主人公に描かれたコメディ・タッチの小説です。
でも、実はとっても考えさせられる作品です。
ある日、愛犬との散歩から戻った女王は、宮殿の裏庭に停められた移動図書館を目にします。
中に足を踏み入れた彼女は、そこで厨房のしがない皿洗いノーマンと出会うのです。
ノーマンは、これといった学歴もない赤毛の少年なのですが、宮殿内では唯一本を読む職員でした。
(ただし、ゲイである彼の好みは、一般人とは少々異なるのですが)
そんな彼の中に知性の光を認めた女王は、彼を自分の書記に据え、二人で読書を楽しむようになります。
最初はとっつき易いものから始めて、やがてはヘンリー・ジェームズといった文豪の作品へ。
そのころには、女王は完全な読書中毒となり、公務に支障をきたすまでになってしまいます。
こうなると、周囲の侍従たちは面白くありません。
中でも、女王の個人秘書と首相の特別顧問はノーマンに敵意を抱くようになり、
女王がカナダを訪問中に、彼を宮殿から追い出してしまいます。
もっとも、女王とノーマンは、その後奇跡の再会を果たすのですが。
著者のアラン・ベネットが言いたいのは、
各国を旅して、いろいろなものを見聞きしてしてきた女王でさえ、魅かれる世界が本の中にはある──
ということでしょう。
単なる知識を超えて、架空の物語の中で遊ぶことができるようになった時、
女王の人生はそれまでよりはるかに豊かなものになる。
世界有数の大富豪である女王ですが、彼女の本当の富は、
図書館のほこりをかぶった蔵書の中にあったんですね。
また、いくつになっても読書を始めるのに遅すぎることはないのだと、
齢八十歳の女王という晩学の主人公を通じて、著者は語っているようでもあります。
さて、『やんごとなき読者』には沢山の作家の名前が出てきます。
イアン・マキューアンや、アニータ・ブルックナーといった、私のお気に入りの英国人作家の名前もありますが、
読んでいて一番嬉しかったのは、女王がカナダを訪問中にアリス・マンローと会ったというエピソードでしょうか。
アリス・マンローはカナダの国民的短編作家で、私にとってはまさに心の師匠です。
そういえば、マンローは先ごろブッカー賞の国際賞を受けました。
女王とノーマンが手を取り合って喜ぶ様子が、まるで目に浮かぶようです。
09/06/01
まだ学生だった頃、母と一緒にドクダミを干しておりました。
ご近所から分けてもらったドクダミで、母がドクダミ茶を作っていたのです。
その時、母がふとこんなことを口にしました。
「これね、鹿児島ではガラッパ草って言うの」
「ガラッパ草?」
「ガラッパは、鹿児島弁で河童のこと。河童が好きな草だから、ガラッパ草」
それまでの私の知識では、河童の好物はキュウリでした。
鹿児島の河童だけドクダミが好きなのか、それとも日本全国、河童はドクダミが好きなのか──
あえて調べることもなく、ガラッパ草の問題はそのままになってしまいました。
ところが、つい最近、梨木香歩さんの『家守綺譚』を読んで、その謎が解けたのです。
『家守綺譚』は、死んだ親友の家に住まう、売れない文士の話です。
時代は明治。まだ人間界と自然界、異界との境界線が薄ぼんやりとしていた頃です。
なので、死んだはずの親友が掛け軸の中から出てくるわ、サルスベリは人に恋するわ、もちろん、河童も現れます。
この河童の登場する話の一つに、「ドクダミ」の題名を持つものがあるのです。
作中に、河童がドクダミを好むといった記述は一切ありません。
「池に注ぐ水路の回りを、白いドクダミの花が燈篭のようにボウボウと、群れを成して咲いている」
という情景描写があるだけなのです。
でも、この一文に出会った時、私は思わず膝を叩いてしまいました。
やっぱり、河童とドクダミは切っても切れない関係だったんだ!!!
逆に言えば、母からガラッパ草の話を聞いていなければ、
私はこの場面でのドクダミの持つ意味が、さっぱりわからなかったでしょう。
ドクダミ──ガラッパ草──カッパ草
梅雨の前のこの季節、今年もご近所からもらったドクダミを、母は一人でせっせと干しています。
09/05/22
現在、両国の国技館では、大相撲の五月場所が開催されております。
先日、姉の誘いで相撲見物に行ってきました。
恥ずかしながら、ナマのお相撲を見るのはこれが初めて。
当然、力士や行司、取り組に関する知識はまるでなく、
「一度は間近でお相撲さんを見てみたい」という、まさに外国人観光客のノリでした。
座席は最前列(姉)と、その後ろ(私)。目の前はもちろん土俵です。
本当に、手を伸ばせば届きそうなところに土俵がある。
周りはかなりコアな相撲ファンと外国人VIP、そして各紙のカメラマンという顔ぶれです。
そんな特等席にド素人が座るとどうなるか──
「知ってる? 三役からは呼び出しも二回になるんだよ」
「力士のランクが上がるにつれて、行司も足袋を履いたり、草履を履いたりするわけさ」
「今の決まり手は〈外がけ〉だな」
前後左右のおじさまたちが説明してくれるは、教えてくれるわ。
それこそ、NHKの相撲解説よりもはるかに詳しい。
姉と私、よっぽど初心者フェロモンを出していたんでしょうね(笑)。
前列に座るというのに、何の下調べもしていかない破廉恥姉妹に、
相撲ファンは思いのほか優しくしてくれたのでした。
取り組そのものの感想はというと、これが想像していた以上に面白い。
たぶん、短時間で勝敗が決まるところや、ルールがシンプルなところや、
巨体と巨体のぶつかりあいなのに、まったく暴力的でないところなど、
女性の私が観ても楽しめる要素がつまっているからかもしれません。
また、全勝の白鵬と日馬富士、それを追いかける一敗の朝青龍と稀勢の里など、
混戦状態だったことも幸いしました。野球と同じで、独走態勢はつまらないですからね。
弓取り式まで拝見し、大満足で帰ってきました。
初心者でもこれほど楽しめるお相撲って、もしかしたらものすごくよくできたスポーツかも……。

イケメン好き姉妹のこの日一番の取り組みは、琴欧州対把瑠都戦。
09/05/14
執筆の合間に、姉と映画を観てまいりました。
『ある公爵夫人の生涯』は、故ダイアナ妃のご先祖であるジョージアナ・スペンサーを題材にした物語です。
簡潔にストーリーを紹介しますと──
スペンサー家の令嬢であるジョージアナが英国でも屈指の名門デヴォンシャー公爵家に嫁ぐものの、
なかなか世継ぎの男児に恵まれないことから公爵からないがしろにされ、
自身も後に首相となるチャールズ・グレイと恋に落ちるというもの。
しかし、二人の恋は成就せず、ジョージアナは彼との娘を手放したあげく、
夫とその愛人のいる公爵家に戻るのでした──ちゃんちゃん。
どうです? 不幸な結婚生活といい、ダブル不倫といい、
なんだか200年後の悲劇を彷彿とさせませんか?
よく言われるとおり、歴史は繰り返すんですね。
私にとって、デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナは、美しき肖像画の人です。
社交界の華だったジョージアナは、当代一の画家によって、その絵姿を残されています。
トマス・ゲインズバラ作の『デヴォンシャー公爵夫人の肖像』がそれ。
この絵は、当の公爵夫人も想像しなかったであろう数奇な運命を辿りました。
一度は売りに出されたこの絵画、なんとロンドンの画廊で展示中に、盗難にあってしまったのです。
盗んだのは大列車強盗として名を馳せていたアダム・ワースという男でした。1876年のことです。
それから25年間、ワースは公爵夫人の絵と共に、逃亡生活を続けました。
ワース本人でなければ、絵を手放さなかった本当の理由はわかりませんが、
私としては、ジョージアナに魅せられたあまり……と思いたいですね。
現在、絵は無事にイギリスへと戻り、私の記憶に間違いなければ、
デヴォンシャー公爵邸であるチャッツ・ワース(一部、一般に公開)にあるはずです。
09/05/10
懐かしい地名を見つけて、思わず読んでしまいました。
アメリカ人作家へレーン・ハンフの『チャリングクロス街84番地』は、
まさにゴールデン・ウィークにふさわしい一冊でした。
地下鉄のチャリングクロス駅はロンドンの中心部に位置します。
かの有名なトラファルガー・スクエアにほど近く、
チャリングクロス・ロードにはたくさんの書店が看板を出しています。
ロンドンに住んでいた頃は、私も何件かのお店のお世話になりました。
私の本棚には、当時手に入れた美術書が今も変わらず並んでいます。
『チャリングクロス街84番地』は、チャリングクロスにある一軒の古書店の店員たちと、
アメリカに住む女性との心温まる書簡集です。
最初は本を探している海の向こうの蒐集家と、
客の要望に応えようとする生真面目な古書店員との事務的なやりとりでした。
ところが、イギリスの食糧事情が悪いことを知ったへレーンが、
本の代金のほかに食物を送り始めたことで事態が一変します。
当時のイギリスは、第二次世界大戦後の食糧難で、配給制だったのです。
やがて、担当者のフランク以外の店員たちも彼女にお礼の手紙を書くようになり、
フランクの妻も見知らぬアメリカ人に礼状を送るようになります。
クリスマスには、書店の近所に住む老婦人の手製のテーブルクロスがプレゼントとして海を渡り、
今度はヘレーンの方からテーブルクロスの刺繍を絶賛する手紙が届くというように、
どんどん人の輪が広がっていくのです。もちろん、その間にもヘレーンは次々と本を買い求めます。
彼女が求めた書物は、美しい装丁の稀覯本で、しかも内容は古典がほとんど。
私など、読んだことのないものばかりです。
それでも、脚本で稼いだお金でせっせと好きな本を買い、自分はつましい暮らしをしながらも、
会ったこともない人たちのために食糧を送り続けるへレーンの生き方に、美しさを感じます。
へレーンと店員たちとの付き合いは20年にも及び、その間、店員たちは何度も彼女をイギリスへ誘うのですが、
悲しいかな、へレーンが一度も彼の地を訪れないうちに、担当のフランクが亡くなってしまいます。
そして、書簡集もまた終わりを告げるのです。
本を買うのを我慢して、食糧を送る代わりにお金を貯めれば、へレーンはイギリスへ行くことができたでしょう。
でも、彼女はそうはしません。
なぜなら、チャリングクロス街84番地の古書店は、いつも彼女の心の中にあったから──
ちなみに、この書簡集には「書物を愛する人のための本」という、
とても素敵なサブタイトルがついています。
09/04/30
いよいよゴールデン・ウィークに突入しました。
今年は新型インフルエンザの影響から、海外旅行を取りやめる方もあるようです。
夏のボーナスカットが予想されることもあり、「近場でのんびり」が一番いいかもしれません。
ゴールデン・ウィーク初日の昨日、私はかねてから興味のあったお蕎麦屋さんに行ってきました。
このお蕎麦屋さんは、下北沢から15分ほどの森厳寺の向かいにあります。
友人Aの行きつけのお店で、昨日も二人で夕方4時から飲みました(笑)
早めに現地に到着した私は、まっすぐお店には入らずに、しばらく周りをぶらついていました。
実は、世田谷区代沢は子供の頃に住んでいた場所なのです。
私の家は北澤八幡神社のすぐ裏手にあり、
秋祭の時期になると、ピーヒャラと笛の音が聞こえてきたものです。
懐かしさのあまり八幡様の鳥居をくぐってみると、
なんと奉納狂言会をやっているではありませんか。
北澤八幡神社にはとても立派な神楽殿があり、
そこで高校生と思しきお嬢さん二人が『伯母ヶ酒』を演じておりました。
約束の時間まで15分ほどあったので、しばらく椅子に腰掛けて、奉納狂言を楽しみました。
時おり爽やかな風が吹き抜ける神社の境内は、いつもの能楽堂とはまた違った趣きで、
そのあとのお酒の味をより美味しいものにしてくれました。
09/04/29
『幸福の王子』を読んでくださった方から、
イラストの木内さんに関するお問い合わせがありました。
あの印象的な表紙を描いたのは誰なのか、みなさん気になるところですよね。
「たぶん、あの絵を描いた人と同じだろう……」と思っても、
なかなかご本人のサイトまでは自力で辿り着けないものです。
せっかくの機会ですから、是非、木内さんのサイトにアクセスしてみてください。
すてきなイラスト、満載です!
なお、ご本人の了承を得ることができましたので、
略歴とHPアドレスを載せておきます。
木内達朗(キウチ タツロウ)
国際基督教大学教養学部生物科卒
アートセンターカレッジオブデザイン イラストレーション科卒
有限会社 東京目印代表
東京イラストレーターズソサエティ会員
柴犬人会会員
イラストレーション青山塾准専任講師
数々の絵本、挿絵、表紙などのほか、
イギリス・ロイヤルメールの2006年版クリスマス切手を手がける。
ボローニャ国際絵本原画展入選を含め、受賞多数。
http://www.mejirushi.com/
09/04/27
いい役者さんになりました。
誰のことかと言うと、小柳友さんです。
まだ無名だった小柳さんに、『聖少年』の表紙のモデルをしていただいたのは三年半前。
その彼が、今やNHKの朝ドラで、ヒロインの恋人役「大谷翔太」をやっています。
小柳さんがここ何年かドラマや映画で活躍しているのは知っていました。
が、まさか朝ドラの準主役で、しかもヒロインとキスシーンを演じるなんて──
かつてのシャイな彼を知っている一人としては、
その成長ぶりに驚くとともに、とても感慨深いものがあります。
撮影現場にタクシーでやってきた小柳さんは、すらりと背の高い、はにかみ屋の少年でした。
ランチの時に隣の席になったのですが、めっぽう口数が少なく、でも言葉の端々に素直さが感じられました。
他のスタッフ、とりわけ男性陣から「すれていない」と好評で、
実際、撮影中もカメラマンの指示のまま、とても自然に撮られていました。
変な自意識を身に着けていないというのでしょうか。
それがたぶん彼の一番の魅力で、今もそこはあまり変わっていないようです。
朝ドラのお芝居もとっても自然。
これからさらに重要な役に抜擢されて、大きな飛躍をとげていくことでしょう。
ところで、『聖少年』にはカバーのほかにも、小柳さんの写真がたくさん使われています。
まるで、彼の写真集のような作りになっていて、
今後、彼の成功とともにプレミア本になる可能性が高いです(笑)
09/04/22
天平の美少年──なんという心憎いキャッチフレーズでしょう。
これはもちろん、興福寺の阿修羅像のこと。
まるで初夏を思わせる晴天の昨日、
私はアシュラ様に会うために、上野の東京国立博物館へ行ってきました。
平日の午前中だというのに、博物館の前にはすでに長蛇の列が……。
暑さで熱中症になる人が出ないよう、博物館側も日傘や水を配っておりました。
これほどの来館者を集められるのも、アシュラ様の魅力あってのこと。
広い部屋の中、たった一体でスポットライトに当たったアシュラ様は、
まるで熱狂的なファンに囲まれたロックスターさながら、
毅然とした立ち姿で、その三つのお顔を左右・正面へと向けていました。
それにしても、なんという美しい像でしょう!
ほっそりとした肢体、端正なお顔、彩色を施された衣の繊細さ。
石像やブロンズ像とは違う乾漆という素材の持ち味も、
少年らしい柔らかな肌の質感に遺憾なく発揮されています。
ちなみに、私がお勧めするアシュラ様鑑賞のベストポジションは、左斜め45度です。
アシュラ様の像はシンメトリーに作られております。
なので、正面から見るよりも、角度をつけて見た方が、
六本の腕の動きがより生き生きとダイナミックに感じられるのです。
まるでアシュラ様がダンスを踊っているかのよう。
このように、自分の好きな角度からアシュラ様を鑑賞できるのも、
お寺とは違う、博物館展示ならではのメリットではないでしょうか。
ところで、私には『球界のアシュラ様』と呼んで崇拝している選手があります。
誰あろう、日本ハムのダルビッシュ投手です。
アシュラ様はもともとは戦いの神で、現在の形はペルシャが起源と言われています。
ペルシャといえば、今でいうところの「イラン」のこと。
イラン人の血を引くダルビッシュ投手が、私の目にアシュラ様として映ってしまうのも、
そのあたりに理由があるのかもしれません。

鑑賞の後にランチをいただいた入谷の『筆や』さん。
09/04/19
新刊が発売されて2週間。
私のところにも、ぽつぽつ感想が寄せられるようになりました。
そのなかで、前作の『聖少年』との違いを指摘される方があります。
少年犯罪を扱った重い内容の前作にくらべ、
今回の作品集はコンセプトも文章も読みやすく感じるのかもしれません。
もっとも、作者本人の中ではあまり違いはないのですが。
短篇集『幸福の王子』のテーマは「痛み」です。
愛することの痛み、家族でいることの痛み、生きていくことの痛み……。
そんな痛み多い人生を送りながらも、「幸せになりたい」と切に願っている人たちの物語なのです。
アラフォー世代に向けて──というのは、出版社サイドの言わば「戦略」。
確かに、毎日これだけ新しい本が出版される日本では、
読者ターゲットを絞らないとセールスしにくいですからね。
でも、私としては、痛みを抱えて生きているすべての人たちに、この本を贈りたい。
家族と心がすれ違い、恋人もいず、孤独で、
経済的にも不安定なのはあなただけではない──と、伝えるために。
09/04/13
BUTLER'S CAFE をご存知ですか?
いわゆる「メイドカフェ」の執事版。
しかも、執事が全員、美形の外国人男性というお店です。
新刊発売のお祝いにと、昨日、渋谷のBUTLER'S CAFEで、ご接待を受けました。
接待の内容はと言いますと、お食事とお姫様だっこ&記念撮影というもの。
合間に英語のゲームをやったり、アロマタイムがあったりと、
執事というよりは、「ソフトなホスト」といったノリの外国人青年たちと、
ラブリー(かつチープ)なインテリアの店内で、楽しいひと時を過ごしました。
昨日のBUTLERさんたちは、英国人1、スウェーデン人2。
ありがたいことに英国滞在歴もあれば、スウェーデンへの旅行歴もあったので、
話題にはことかかなかったですね。しかも、3人ともとてもきれいな英語を話す。
BUTLERが訛っていたらどうしよう……という私の心配は、杞憂に終わりました。
容姿に関しては、これはまあ、好みの問題ですから。
でも、すれてない感じが伝わってきて、「オレ様系」が苦手な私には好感が持てました。
日曜日の午後とあって、お店はほどほどに混んでいましたが、
化粧室に行こうとすると、飛んできて手を取ってくれるなどのサービスも。
お料理は正直あまり美味しくありませんが、
BUTLERとの会話を楽しむためのお店なので、それも仕方がないですね。
本格的な英国式アフタヌーン・ティでも始めてくれたら、月イチで通うかもしれませんが。
そして、いよいよお待ちかねのお姫様だっこタイム──
ところが、私が指名した英国人BUTLERが、なぜか一度裏に引っ込みました。
これはもしや、ギックリ腰にならないようにコルセットでもはめにいったのか?
いえいえ、どうやら記念撮影のための準備だったようです。
写真を撮る間、およそ3分ほど持ち上げていただきました。
標準的な体重とはいえ、BUTLER様もけっこうな重労働です。
美形外国人とえど、やっぱり楽してお金は稼げないですね。

BUTLER'S CAFE のあと、口直しに寄った渋谷のカフェ。
09/04/08
桜の開花と共に、春の社交シーズンがやって参りました。
特に、今年は新刊の発売と重なったこともあり、
4月に入るなりあちらこちらからご招待を受けています。
2日には、埼玉でサロンを開いていらっしゃるマダムのお宅に招かれ、
ホームパーティーの場で新刊の売り込みをさせていただきました。
また3日には、ジャズドラマーのYさんからライブに誘われ、
これまた演奏の合間にチラシを配っていただきました。
このあとも、画家の先生のお花見会など、
華やかな春にふさわしい、心躍るお呼ばれが続きます。
ありがたいことに、みなさんの方から言ってくださるんですよ。
「どうぞ宣伝してください」って。
最初は遠慮してたんですが、やはり一人でも多くの方に本を読んでもらいたい気持ちもあって、
今ではちゃっかりチラシを持参しています。
ところが、ここでもやっぱりやっちゃうんですよね。
せっかく配ったチラシの発売日が2008年になってたり。
パーティーのゲストに指摘されて、大慌て。どうしてこうマヌケなんだか……。
ともかく、優秀な編集様のおかげで、本だけは無事に出来上がりましたので、
これからしばらくは自ら広告塔となって、宣伝活動に明け暮れます。

マダムのお宅周辺の菜の花畑
09/03/29
最近、たてつづけに嬉しいことがありました。
一つは、出版社のはからいで、エッセイストの酒井順子さんとお食事ができたこと。
実は酒井さんは学校の後輩なので、食事会はまるで同窓会のようなノリでした。
話の中で、二人とも同じ聖歌隊にいたことがわかってびっくり。
しかも、高三の時の担任まで一緒でした!
もう一つの嬉しい出来事は、イラストレーターの木内達朗さんからの贈り物。
本の表紙絵を描いていただいたことへの感謝を伝えたくて、お手紙をさしあげたのですが、
そのお返事になんと複製画がついていたのです。
複製画と言っても、コンビニのカラーコピーじゃありませんよ(笑)
上質紙に表紙と同じ絵を刷りだしたもので、下にはちゃんと木内さんのサインが!!
嬉しくて、思わず小躍りしてしまいました。
今日はこれから木内さんへのお礼の品と、額を買いに行く予定です。
新刊の発売日が変わりました。インフォメーションのコーナーをチェックしてみてください。
09/03/21
新訳が出たのをきっかけに、
フランソワーズ・サガンの『悲しみよ、こんにちは』を読み直してみました。
思春期の頃に初めてこの本と出合い、主人公のセシルにいたく感情移入したことを覚えています。
今回読んでみて、もちろんセシルにも共感したのですが、
彼女の父親の恋人アンヌについ自分を重ねてしまったのは、
やはり私が彼女の年齢になったからでしょう。
未読の方のために、ちょっとあらすじを説明しますと──
セレブ的自堕落な生活を送る男寡と娘セシルの前に、亡き母親の友人が現れます。
年齢にあった知性と洗練と良識を兼ね備えたアンヌに、
若い女の尻を追いかけ回していた父親も、ついに身を固める決心をする。
しかし、いたって善良で常識的なアンヌは、父娘のそれまでの生活を変えようとして、
セシルの反感を買ってしまった結果、悲劇的な最後を迎えるのです。
正直言って、今の私が読むには途方もなくイタイお話。
なぜって、アンヌが若くて、無知無教養で、刹那的な人間ならば、決して起こらなかった悲劇だからです。
アラフォーで、自立心に富んだキャリア・ウーマンだったからこそ、
アンヌはセシルの父親に本気で恋をし、その娘の仕組んだ罠にやすやすと落ちてしまう。
四十女のやっかいなまでの頑固さと、自尊心の高さからくる傷つきやすさ。
私には、アンヌがどうしても、自分や自分の周りのおひとりさまたちと重なって見えてしまうのでした。
それにしても、
09/03/01
石井一男さんの個展に行ってきました。
と言っても、実際に訪れたのは2月15日で、今日からちょうど2週間前になります。
どうしてすぐにダイアリーにしなかったかと言うと、私が怠慢だから──
いえいえ、もちろんそれもあるのですが、不思議とすぐに書こうという気にならなかったのです。
私にとって、この2週間は言うなれば余韻の時間。
作品を拝見してから今日に至るまで、私は贅沢にも石井一男さんの世界に浸り続けていたのでした。
それを可能にしてくれたのが、12月の個展の時に買った画集です。
B6サイズの小さな本ながら、そこには石井さんの作品の魅力が詰まっている。
太古の巫女にも、観音菩薩にも、嘆きの聖母にも見える『女神』たち。
花や猫を描いた作品にも、石井さんの個性が光ます。
具象でありながら、そこに被写体はなく、すべては石井さんの心を写した作品です。
まがりなりにも物書きなんかをやっていると、
自分の内面に分け入って、それを描き出すことの難しさがわかります。
人はどうしても、目の前にあるカタチにすがりつきたくなってしまう。
そのカタチをあえて振り捨てて、自身の心にあるものを素直に表現できる人こそ、
真の芸術家ではないだろうかと思います。
私にとって、石井さんはずっと見ていきたい画家の一人。
これからも彼の個展の招待状を、まるでラブレターのように待つことでしょう。
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09/02/01
渋谷のロフトに買物に行った時、私はある階でふと足を止めました。
なぜなら、私が捜し求めていた香りが、そこに漂っていたからです。
潅木とレモンが入り混じったようなその香りを、私はあるギャラリーで嗅ぎました。
昨年12月、私は東大赤門前の画廊「愚怜」で行われた
石井一男さんの個展に足を運びました。
店内に一歩入った途端、ここちよい香りがふわりと私を包みました。
画集を買ってからスタッフの方に尋ねると、
風邪気味なのでアロマを焚いているのだとのこと。
その時、アロマオイルの製造元の名前を教えてもらったのですが、
あまりに長くて複雑で、残念ながら覚えられませんでした。
でも、風邪にいいと聞いたのと、なによりその複雑な匂いに惹かれて、
どうしても手に入れたいと思っていたのです。
その印象的な香りと、私はついに再会することができました。
匂いに導かれるまま置いてあったアロマポットに忍び寄り、
すでにからっぽになった受皿をくんくん嗅いでいでおりました。
そこへ、アロマ担当の店員さんがやってきて、私にオイルの名前を教えてくれたのです。
香りの正体は「ユーカリプタス・シトリオドラ」。
コアラの主食であるあのユーカリの一種で、
風邪や花粉症の季節に、鼻呼吸を楽にしてくれる作用があるとのことでした。
このアロマオイルに、ラベンダーやティートゥリーを組み合わせることで、より複雑な香りになるのだとか。
そういえば、画廊のスタッフさんも「これはすでにブレンドされたものです」と言ってたっけ。
早速購入して、自宅のポットで焚いてみました。
配合はラベンダー1:ティートゥリー1:ユーカリプタス・シトリオドラ2。
すると、部屋中にあの時とそっくりの爽やかな香りが──
すっかり気に入って、毎日焚いていたところ、
石井一男さんから2月10日より始まる個展の招待状が届きました。
まるで清涼感いっぱいのアロマの香りが、私のもとへ幸せを運んできたように。
09/01/18
姉ほどではありませんが、私も料理は大好きです。
というか、私の場合は食べることが好き。
小学校時代から、図書室のお料理本を借りてきて、チキンなどせっせと焼いておりました。
うちの母も料理は上手なんですが、なにしろ和食中心なので、
洋モノは自分で作るしかなかったんですね。
おかげで、一人暮らしをするようになってからも、料理で困ったことはありません。
土曜日の朝、ちょっと早起きしてキッシュを作る──なんていうことも。
今では、冷凍のパイシートがどこででも手に入るので、
キッシュ作りも本当に簡単になりました。
中身は、いためたキノコとか、ベーコンとほうれん草とか、冷蔵庫に残っているものが中心ですね。
あとは、卵と生クリームと牛乳とチーズさえあれば、40分くらいでできてしまいます。
ちなみに、40分のうち35分はオーブンの中なので、
その間にほかのことをしていれば時間の無駄にはなりません。
できたてのアツアツのキッシュを、私はすぐさまいただきます。
お店のキッシュは冷ましたものですが、私はこのアツアツのキッシュが大好き。
チーズがとろりとして、パイ皮もサクサクで、それにとってもいいにおい。
とても、冷めるまで待ってなんかいられないですよ!
冬の寒い日の朝に、みなさまも焼きたてのキッシュをいかがですか?

早く食べたくて、慌てて写真を撮ったら、フォークとナイフが逆でした・・・
09/01/12
2009年がスタートしました。
金星倶楽部のご常連のみなさま、今年もどうぞ宜しくお願いいたします。
といっても、実は、もう年が明けてから十日あまり。
こんなに遅い店開きじゃ、「今年も先が思いやられる」と、考えておいでの方もいるのでは?
確かにその通りなんですけれど、一つ言い訳させてもらえば、この年末年始は著者校正に追われていたのです。
しかも、2日に行われた新年会の帰りに風邪をひいてしまい、
まさに牛歩のような一年のスタートになってしまいました。
新年会といえば、今年は姉の家に呼ばれました。
下の写真が、その時供された姉の力作です。
なにしろ、日本料理の免状を持っている姉ですから、おせち料理も半端ではありません。
手前の一人前のお膳をご覧ください。載っているのは、
スズキの昆布〆を入れた柚子釜、鶏のすり身に松の実を加えた松風、
羽子板の形をしたタラコのゼリー寄せ、穴子でうずら卵を巻いた穴子の鳴門巻、
栗きんとんの茶巾絞、数の子の白味噌漬、卵の砧巻の七種。
加えて煮物や、うなぎ入りの蓮根しんじょうなど、目にも楽しい料理が次から次へと出てまいりました。
これには両親も大喜び。普段は小食な母も、一つ残さずぺろりといただきました。
まさに、持つべきものは、料理上手な姉ですね。
今年の年末、もし時間が取れたら、姉に正月料理を習ってみようかと思っています。
年が改まったばかりで、ずいぶん先の話ですが(笑)。いや、あっという間かな。

08/12/31
2008年最後の日記です。
今年も『金星倶楽部』にお立ち寄りいただき、ありがとうございました。
来年も、仕事の合間にほそぼそと続けていこうと考えておりますので、
気が向いたときにでも、ちょっと覗いてみて下さい。
さて、2008年の総括として、この一年間に最も印象に残ったものをご紹介したいと思います。
最も心に残った本……『フランク・オコーナー短篇集』(岩波文庫)
最も心に残った場所……神奈川県立近代美術館 葉山
最も心に残った展覧会……国宝 薬師寺展(東京国立博物館)
最も心に残った人物……石井一男(画家)
とまあ、こんなところでしょうか。
来年も時間の許す限り、読んで、見て、訪ねたいと思います。
2009年がみなさんにとってすばらしい充実の年となりますように──

08/12/30
今年も残すところあと一日となりました。
ノーベル賞を四人の日本人が受賞する快挙があった反面、
金融危機に代表される人災、地震に代表される天災など、暗い出来事の多い一年でもありました。
毎日のように派遣切りのニュースが報じられる今、
来年はいったいどんな年になるのかと、日本中の誰もが不安に思っているでしょう。
かなりの楽天家の私でさえ、これからの人生を思って、不安になることがままあります。
そんな私を、この一年支えてくれたものがあります。それは、「幸せ手帳」。
去年のお正月にピンクの手帳を紹介したことを覚えていらっしゃいますか?
姉からもらったこの手帳を、私は「幸せ手帳」と名づけて、一年間使っていたのです。
使い方はいたって簡単。自分の身に起きたささやかな幸せを、ひたすら書き綴っていくだけです。
たとえば、「6月21日 うなぎ屋『鮒世』で、一週間遅れの父の日の食事会。両親、姉夫婦と」とか、
「7月13日 A宅にて、七夕パーティー。海老のココナッツ・カレー、タイ風牛肉サラダを持っていく」とか。
イベント以外にも、小説を書き上げた日や、着物の小物を買った日、ゴーヤを植えた日など、
自分にとっての小さな記念日をこの手帳に記してみました。
文字だけでは寂しいので、その時々の写真やチケット、
歌舞伎の公演中に拾った桜の花びら(作り物)なども貼りました。
今、この手帳を開いて思うのは、私の人生もまんざらではないということ。
そこには家族、友人など、たくさんの人たちの名前があります。
何枚もの美術展やコンサートの半券は、心豊かに過ごせたことの証しでもあります。
あまりもののスケジュール帳に、予定ではなく、実際にあった素敵なことだけを書いていく──
それだけで、自分の過ごした時間が輝いて見えるのですから、かなり安上がりな方法じゃありませんか?
今年はやったダイエットに、「記録式ダイエット方」というのがありましたが、
ささやかな幸せを記録すると、どうやら幸福感は倍増するようです。

08/12/21
もうすぐまたクリスマスがやってきます。
この時期になると、街中の華やかなデコレーションとは裏腹に、
私はなぜか人恋しいような、物悲しい気持ちになります。
とりわけ今年は暗いニュースが多いせいか、とても手放しでクリスマスを祝う気持ちにはなれません。
それでも──いいえそれだからこそ、母校で行われるクリスマス礼拝には参加しようと思うのです。
この全世界的な経済危機を乗り切るには、もはや神様にお願いするしかありません。
個人でできることはといえば、あえて消費を控えたり、ことさら悲観的になったりしないということでしょうか。
こんな時だからこそ、友達のためにちょっとしたプレゼントを買ったり、家族のためにはりきって料理を作りたい。
考えてみれば、ものすごい勢いで円高・安売りが始まっている今なら、海外旅行や家電買い替えのチャンスでもあります。
賢い消費者になって、世の中を少しずつ動かしていきたいものです。
さて、私からみなさまにクリスマス・プレゼントが。
遅れに遅れていた新刊の発売時期が、ようやく決定いたしました。
今のところ、来年の4月5日に小学館文庫から発刊の予定です。
タイトルなどの詳細は、インフォメーションのコーナーで、追ってお知らせいたします。
ではみなさま、Merry Christmas!

銀座ミキモトのクリスマスツリー
08/12/15
大爆笑の連続でした。
──といっても、決して寄席ではありません。
ヴァイオリニストの穴澤雄介さんのライブの模様です。
穴澤さんは、まさにブレイク間近のミュージシャン。
クラシック、ジャズ、ラテンとさまざまな曲を弾きこなすヴァイオリニストは、
演奏の合間のトークも大変にお上手でした。
私の拙い文章では、ライブ会場の盛り上がりをお伝えしきれなくて、本当に本当に残念です。
穴澤さんのヴァイオリンの音色は、時に温かく、時に熱く、聴き手の心を揺さぶります。
それに、とてもセクシーだったりします。
ご本人は、黒いテンガロンハットにチリチリパーマという、かなり個性的なルックスなのですが(笑)。
実は、穴澤さんは目が見えません。
いわゆる視覚障害者なのですが、演奏の間、私はそのことをすっかり忘れていました。
ただ一度、穴澤さんが「実際には見たことのない、上空からの景色をイメージして書いた曲」
とおっしゃった時だけ、彼の障害について思い出したくらいです。
茶の湯展に一緒に行った友人から、「是非とも一度、穴澤さんの演奏を聴きにきて!」と誘われ、
軽い気持ち&小説の題材にしたいという下心からOKした私でしたが、
ひとたび演奏が始まると、すっかりアナザ・ワールドならぬ、穴澤ワールドに引き込まれておりました。
帰りがけに、彼の新作CDを購入したのは言うまでもありません。
今も、そのCDを聴きながら、こうしてダイアリーを書いています。
ちなみに、CDのタイトルは『ノーチェ・アンド・モンテ』
穴澤さん作曲のオリジナル曲5曲に加え、『リベルタンゴ』『イパネマの娘』といった、
ラテンの名曲が収められています。
どうです? みなさんも穴澤さんの演奏を聴いてみたくなったんじゃありませんか?
さて、ここで耳寄りなお知らせが。
来年1月2日の夜9時から、NHKラジオで穴澤さんが取り上げられます。
私のダイアリーを読んで興味をもたれた方は、是非、この放送をお聴きください。
きっと大爆笑……いえいえ、そのヴァイオリンの音色に痺れるはずです。
08/12/13
ひさしぶりに観たい映画があって、銀座まで足を運びました。
タイトルは『マルタのやさしい刺繍』。
スイスの山村を舞台にした、おばあちゃんの自己実現の物語です。
保守的な山奥の農村で、食料品店のおかみさんとして働いてきたマルタおばあちゃん。
おばあちゃんの若いころの夢は、自分で作ったランジェリーのお店をパリに開くことでした。
けれど、結婚とともに農村で暮らすことになり、おばあちゃんの夢はお針子時代に作った下着と共に、
長い間、洋服ダンスの中にしまい込まれたままになっていました。
ところが、つれあいを亡くしたおばあちゃんは、ひょんなことから昔の夢を思い出します。
そして、昔習い覚えた裁縫の技術を生かして、村にたった一軒のランジェリーショップを開きます。
後押ししてくれるのは仲良しの女友達たち。
逆に、おばあちゃんの牧師の息子は、なんとかやめさせようと試みます。
村人たちもマルタをさんざん侮辱したり、妨害したりするのですが、
おばあちゃんはめげずに自作の下着を売り出すのでした。
──とまあ、葉っぱ商売で稼ぐ日本のおばあちゃんたちを彷彿とさせるような、
元気なスイスのおばあちゃんの物語です。
どこの世界でも、おばあちゃんはパワフルで前向き。
そんなおばあちゃんに共感した人々によって、商売が成功へと向かっていくところも、
今の時代では現実感を持って素直に受け入れられます。
自己実現に、年齢なんて関係ないんですね。
本気でやろうと思ったその時こそが、チャンスなのかもしれません。
それにしても、女性というのは、いくつになってもきれいなものに目がないといいますか。
繊細なレースや刺繍に無邪気に喜ぶマルタの友人たちを見ていると、
美しいものや可愛いものに惹かれる心こそ、おばあちゃんパワーの源ではないかと思えてきます。
ちなみに、私も刺繍やビーズのついたものが大好き!
マルタの刺繍を見ているうちに、お正月用に刺繍の半襟がほしくなってしまいました。
でも、帰りに寄ったデパートで見てみると、良質な刺繍の半襟はとてつもなく高額で……。
う〜ん、こうなったら私もマルタみたいに自分で刺繍してみるか。
08/11/23
真冬が来る前のこの季節、東京にはとても暖かい日があります。
気温20度前後で、まるで春のようにぽっかぽか。
そんな日を狙ってやるのが、大掃除です。
窓拭きや、玄関ドアの水拭き、カーテンのお洗濯などなど、
私はこの時期に毎年済ませてしまいます。
だって、年末の寒い時に窓拭きなんてイヤじゃないですか。
他にも、食品の買出しや、正月花の生け込みなど、やることはたくさんあるのに。
だから、私は大晦日は簡単な掃除だけと決めています。
おかげで、いつもとてものんびりとした年越しです。
洗ったものがよく乾くのも、この時期に掃除をするメリットですね。
厚地のカーテンやクッションカバーなども、芯までしっかり乾きます。
読者の方からいただいたぬいぐるみも、一年分のほこりを落としてやります。
石鹸水を張った洗面器に入れたら、なんだかお風呂に入っているみたい(写真参照)
その姿がとてもかわいかったので、使い古しの歯ブラシで、
丁寧に足の裏や耳の後ろ、わきの下まで洗ってやりました。
十分くらいこすっていたら、うっすらグレーだったのが、やがて元通りの淡いピンク色に。
でも、乾燥後はなぜかごわごわ。
そう、私、柔軟材につけてやるのを忘れてしまったんです。
というわけで、洗いたてのカーテンからこぼれる光の中、
ちょっぴり毛並みの悪いクマが、今、私のベッドサイドに鎮座しております。

08/11/03
この秋、どういうわけか古典新訳シリーズにハマっています。
きっかけは、スタンダールの『赤と黒』を読んだ時、既刊案内に懐かしい名前を見つけたこと。
なんと、カフカの『変身/掟の前で』を訳していたのが、
学生時代にドイツ文学の手ほどきを受けた丘沢静也先生だったのです。
丘沢先生は当時からミヒャエル・エンデなどの翻訳を手がけていましたが、
まさかカフカで再会するとは思ってもいませんでした。
早速、丘沢版『変身』を読んでみました。
……あれ? なんか高校時代に読んだ『変身』と印象が違う。
あの時は、とっても暗くて、ただただ不条理な印象だったけど。
いえ、もちろん丘沢版も充分不条理なんですが、でもどこか滑稽な感じがする。
私の記憶違いなのか、それとも翻訳のせいなのか──恐るべし、古典新訳シリーズ!
というわけで、出版社の策略にまんまとはまり、さらに一冊、二冊と読み進めていきました。
今まで苦手意識から逃げ回っていたトーマス・マンも、これを機に読んでみました。
ヴィスコンティの映画『ベニスに死す』の原作、『ヴェネツィアに死す』(光文社版タイトル)です。
読んで一言、すばらしい!
トーマス・マンらしく、非常に装飾が多くて、理屈っぽい文章ですが、
岸美光さんの訳のおかげか、私にはとても楽しめました。
なにより、美少年に心惹かれ、次第にストーカー化していく老作家に感情移入できたのです。
最後まで心通わなかった『赤と黒』のジュリアン・ソレルとは大違い。
頭の中を流れるのはマーラーのアダージェット──こうなるともう止まりません。
文学の秋といいますが、古典の魅力に改めて気付いた秋。
どうやらもうしばらくこの甘美な世界に浸っていそうです。
08/11/01
今朝、近くの公園まで散歩に出かけたら、少々強めの風に煽られて、木の葉が舞っておりました。
日ごとに、秋が深まっているのですね。
秋と言えば、先日、友人と一緒に『江戸・東京の茶の湯展』に行って参りました。
知人から招待券をもらったのですが、まさに秋の夕べにふさわしい展覧会でした。
皆様もご存知の通り、関西が中心だった茶の湯は、江戸時代には関東にも広まります。
徳川家の庇護の下、遠州流の小堀遠州や、江戸千家流の川上不白などが活躍しました。
展覧会では、徳川家に伝わるお茶入れや、遠州らの手によるお茶碗などが展示されていました。
高取の建水や井戸茶碗など、まさにわびさびの世界。
個人的には、遠州作の黒楽のお茶碗に惹かれましたね。
ふっくらと丸くて、手の中にすっぽりおさまるような形がいい。
私、お茶碗では黒楽が一番好きなんですよ。なんだか小宇宙みたいで。
あと、『龍窟』の名を持つ、川上不白作の茶杓(ちゃしゃく)も印象的でした。
普通の茶杓の3倍くらいの大きさがあって、中節のところが穴になっているんです。
たぶん、その穴を龍の住処に見立てたものだと思うんですけど……。
とても荒々しくて、野趣に富んでいて、一度見たら忘れられないお茶杓でした。
同行した茶人の友人も、「大名物がたくさん!」とおおはしゃぎ。
彼女は自宅で茶会を催したりする人なので、展示された名品の数々に、
さぞや感激しただろうと思います。
場所が日本橋だったので、帰りは洋食の老舗「たいめいけん」で、名物のオムライスを食べました。
雨上がりの日本橋の空気はひんやりと冷たくて、お茶など一服いただきたくなりました。
08/10/21
2ヶ月遅れで、父の80歳の誕生会をやりました。
8月に予定していたのですが、肝心の父の入院で、延期せざるをえなかったのです。
無事に退院できたおかげで、遅れはしたものの、なんとか会を開くことができました。
場所はホテルのレストラン。
父は姉から贈られたネクタイを締め、ダークスーツでおめかしです。
昔はダンディな父でしたが、最近ではおしゃれにも興味を失って、すっかり着たきりすずめでした。
それが、この日ばかりはかつての伊達男ぶりを発揮して、
エルメスのネクタイに、胸にはミッドナイト・ブルーのポケット・チーフ。
真っ白な髪とヒゲをきれいに刈り込んだその姿は、さながら和製ショーン・コネリーといったところでした。
病院のベッドでパジャマを着ていた時は、ろくに歩くこともできなかったのに、
スーツを着ると、こころなしか歩き方もしゃんとして、表情も明るくなるから不思議です。
長年ビジネスマンとして生きてきた父にとって、やはりスーツは特別な衣服なのでしょう。
仕事を持たない高齢者の生活は、ともすると単調になってしまいがち。
時々は父がスーツを着るような場をもうけることも、私たち子供の務めなのかもしれません。

ホテルのハロウィーン・デコレーション
08/10/04
10月2日の木曜日、私は一人で葉山にある神奈川県立近代美術館に行ってきました。
この美術館には、前から一度行ってみたいと思っていたんです。
友人から、海沿いでとてもロケーションがいいと聞いていたので。
それに情報番組で、地ものの魚や野菜を使ったお料理を出すレストランがあると紹介していました。
ちょうど秋野不矩(ふく)さんの生誕100年記念展が行われていたので、
今こそ訪ねる時だと思い、湘南まで足を伸ばしました。
平日の午前中で、湘南新宿ラインはガラガラ。
新宿駅から終点の逗子まで、ずっと座っていくことができました。
ところが、逗子駅で京急バスに乗ろうとした途端、思わぬことが。
バス停に長蛇の列ができている!
しかも、並んでいるのは中高年の男女が中心です。
どこかでイベントでもあるのかとみなさんの会話に耳を傾けていると、
なんと、ほとんどが美術館へ行くらしい。
秋野不矩さんて、すごく人気があるんだなあと、ちょっとびっくりしながら満員のバスに乗り込みました。
美術館へ着いても、中年の男性女性で受付前は一杯。
チケットを買った私は、まっすぐレストランへ向かいました。
11時20分だったので、お店が込む前に食事を済ませてしまい、あとからゆっくり作品を見ようと思ったのです。
しかし、ここにもすでに長蛇の列が!
仕方なく、食事はあとにして、まずは展示を見ることにいたしました。
個人の作品展によくあるように、今回も時代順で絵が並べられておりました。
いかにも日本画らしい初期の作品から、画家自身の子供たちをモデルに描いた主婦の時代、
そして、インドに客員教授として招かれてから描いた作品群──
私自身は、やはりインドを描いた作品に一番惹かれましたね。
豊かな色彩と、力強い筆致。
秋野不矩という画家を作り上げたのは、やはりインドの大地だったのではないでしょうか。
美術館の白い部屋の中を、乾いた熱い風が縦横に吹き抜けている印象がありました。
その風は生命力に満ち、見ている私たちにまでエネルギーを分け与えてくれるかのようでした。
鑑賞後は、ふたたび行列絶えないレストランへ。
海を見下ろす「オランジュ・ブルー」で、どうしても食事がしたかったのです。
入口で名前を書いて待つこと2時間、やっと席に座れました。しかも、相席。
でも、この2時間は決して無駄でも退屈でもありませんでした。
列に並んでいるうちに、横浜から来たというマダムたちと知り合い、おしゃべりに花を咲かせていたのです。
彼女たちはコーラス・グループのメンバーでした。
相席になった方とも、この行列の中で知り合いました。
実は私の順番はもっとあとだったのですが、やはり一人でやってきていた女性が席に誘ってくださって……。
互いに名前も知らない者同士、きらめく午後の海を眺めながら、優雅にランチをいただきました。
「贅沢な午後ですね。素晴らしい絵を見て、おいしいものを食べて、しかもこの景色」
私がそう言うと、マダムもにっこり微笑んでおっしゃいました。
「2時間待ったから、なおさらね」
──秋野不矩さんの作品の数々と、地元葉山の食材を使ったお料理と、秋の湘南の静かな海。
さらに、素敵な出会いまで加わった、まさに極上の一日でした。

レストラン「オランジュ・ブルー」
08/09/20
しばらく会えない恋人に会いに行く──そんな気持ちで、昨日上野の東京国立博物館に行ってまいりました。
お目当ては、運慶作と言われる「大日如来坐像」。
今年3月にNYでオークションにかけられて、危うく海外流出するところだった名品です。
今は日本の宗教法人の所有となり、9月21日まで上野で公開されておりました。
朝イチで博物館に入るため、早々と家を出発しました。
国立博物館に到着すると、まずは表慶館で開催中の「スリランカ 輝く島の美に出会う」を鑑賞。
南インドの影響を受けたスリランカの仏教美術はまさに輝くばかりに美しく、
表慶館の華麗な建築にぴったりとマッチしていました。
東洋のモナリザと呼ばれる「シーギリア・レディ」(壁画)の写真も飾られていて、
一度はスリランカに行ってみたい……と思わせてくれるすばらしい展覧会でしたね。
スリランカの仏教美術を心ゆくまで堪能したあと、いよいよ本館に展示された「大日如来坐像」の元へ。
明るい表慶館からやってくると、本館の展示室はかなり暗めの照明でした。
その薄暗い展示室の真ん中に、大日如来様が鎮座しているではありませんか。
正面にまわってみると、思っていたよりも小さめでしたが、存在感は想像以上でした。
丸みを帯びた豊かなお顔。衣の襞と髪の毛の筋の流れの美しさに、匠の技を感じる逸品です。
でも、なにより私の心を捉えたのは、その指のしなやかさでしょうか。
たっぷり5分ばかり鑑賞し、ほかの方に場所をゆずりました。
そのまま本館内の平常展示を鑑賞したのですが、出口近くで面白い試みをやっていました。
着物型の白いポストカードを希望者に配り、そこにスタンプで模様をつけてもらうというワークショップです。
それによって、日本の伝統的な模様を学んでもらおうというわけです。
参加者は女性が圧倒的に多かったのですが、中には外国人の男性も加わっていました。
私ももちろん、喜んで参加。秋なので、キキョウなどの草花をメインに配しました。
帰りは、大好きなミュージアムショップでお買い物。
今後なかなかお会いできないだろう大日如来様のポストカードは、絶対にはずせません!
08/09/15
秋になって最初の三連休、皆さんはどんな風に過ごされましたか。
私の場合は以下のようでした。
土曜日……午前、いつも通りラジオでゴンチチの『世界の快適音楽』を聴きながら、
一週間分の新聞を切り抜いてファイリング。
『篤姫』の再放送を見ながらお昼を食べ、午後は読書。
夕方、乾いた洗濯物を取り込んで、事務所から15分のところにある実家へ。
5時から鍼灸師の先生に鍼とマッサージをしてもらう。
6時45分に実家を出て、両親と姉夫婦の待つ鰻屋へ移動。
この日は、2日早い敬老の日の食事会でした。
日曜日……朝イチで美術館に入るために、9時15分に家を出る。
午前10時、サントリー美術館に入館し『小袖─江戸のオートクチュール展』を鑑賞。
日本の意匠美を堪能したあと、渋谷へ移動。
お昼はインド料理店「ラージ・マハール」で、ラムと野菜のカレーを巨大なナンごと平らげる。
午後、無印良品、ユニクロ、GAPといった「有名ブランド店」をはしご。
文具、ベロアのスウェット、カットソーを購入する。
そして、夜8時からはもちろん大河ドラマの『篤姫』にチャンネルを合わせる。
月曜日……午前10時からリラックス・ヨガの教室で汗を流す。
ヨガの帰り、図書館で本の予約。
その足で幡ヶ谷駅側の和菓子屋に赴き、「麩饅頭」を購入。
正午から始まったNHKFMの『今日は一日ミュージカル三昧』を聴きながら、
ひたすら掃除をし、アイロンをかける。
夕方、麩饅頭を手に両親の家へ。
一緒に食事をしたあと事務所に戻り、再びFMを聴きながらHPの更新。
ううむ。どこをとってもアラフォーの生活臭が漂っていますね。
ちなみに、私がリクエストしたいミュージカルのナンバーは『エビータ』の『アルゼンチンよ、泣かないで』です。
08/08/24
東京はここのところめっきり涼しくなり、早くも秋の気配が漂っています。
オリンピックと共に、夏も終わるのでしょうか。
応援していた「星野JAPAN」が惨敗してしまったせいで、なんとも不完全燃焼な北京オリンピックでした。
代わりに、読書をめいっぱい楽しんでいました。
イアン・マキューアンの『土曜日』や、ウィリアム・トレヴァーの『密会』がよかったですね。
今はスタンダールの『赤と黒』の新訳版を読んでいます。
実は、『赤と黒』は高校時代に一度挫折しているんですよ。
でも、どうして挫折したのか思い出せなかったので、きっと以前の訳のせいだと勝手に決め付けていたんです。
今回新訳版を読んでいて、ようやく思い出しました。
主人公、ジュリヤン・ソレルの性格が大嫌いだったんだ──!!!!
そう。私、主人公にまったく感情移入できなくて、それで途中で本を閉じたのです。
そのことを、今になって思い出すなんて……。
とはいえ、ストーリーとしては決して退屈なものではありません。
親切な注釈のおかげで、物語の時代背景もよくわかりますし、
今度はなんとしてでも読破して、ジュリヤンが処刑されるところを見届けなくては。
ナポレオンを崇拝し、貴族社会を憎み、19世紀という時代を野心のままに駆け抜けた貧しい庶民の子ジュリヤン。
最後に本を閉じるときには、意外にもジュリヤンのことが大好きになっていたりして。
08/08/10
父、およそ二週間で退院。
残念です。私と母としては、せめて8月一杯は病院で預かって欲しかったのですが、本人が戻りたいと言いまして。
どうやら病院の食事が口に合わなかったようです。
この食料高騰の折り、病院食にもかなり影響が出ているらしく、以前入院したときよりもぐっと料理の質が落ちておりました。
戻ってくると、案の定、家中の冷房を消してまわり、また元の生活に。
担当の先生にも、家を涼しくして、夏バテしないよう注意を受けたのですが、やはり頑固な父には無駄でした。
結局、家族が気をつけて、喧嘩しながらでも冷房をつけるより他に方法はないようです。
父が入院中は私も実家にいたのですが、退院したので事務所マンションに戻りました。
実家にはパソコンがなく、メールのチェックができないのが、なにより不便でした。
ケータイも持たないアナログ人間の私も、パソコンがないとお手上げです。
今日はひさびさに友人たちにメールを送り、近況を知らせたいと思います。
再び一人だけの静かな生活に戻ったので、しばらくは読書三昧といきたいところ。
思えば高校時代の夏休みも、ベッドに寝転んでひたすら本ばかり読んでいましたね。
世間的にはいよいよお盆休みに突入ですが、みなさんはどんな夏休みを過ごされるのでしょう。
近場で楽しまれるのでしょうか、それとも旅行に出られるのでしょうか。
どちらにしても、水の事故や乗り物の事故等にはお気をつけください。
08/07/27
父、再び入院。
暑いときは水分を採って、涼しい部屋で過ごして──という家族の助言をすべて無視。
俺はクーラーは嫌いだと、30度を越す部屋で寝転がっているうちに、
案の定、具合が悪くなってしまいました。
まあ、病院にいれば熱中症で死ぬことはあるまいと、
しばらく預かっていただくことにした次第です。
昨日は母と二人で見舞いに行ってきたのですが、そこでまたハプニングが!
病院のトイレのドアの開け方がわからず、あれこれいじっているうちに、
母の手が自動ドアの中に引き込まれてしまったのです。
ものすごい力で母の手を巻き込んでいく重いドア。
いくら私が引き戻そうとしても戻りません。
「誰か、助けてください! 助けてください!!」
病院中に聞こえるような大きな声で叫びました。まさに、セカチューの一場面。
「はい、はい、はい、はい!」といって飛んできてくれたのは、同じ面会者の女性でした。
あとからやってきた事務員の男性とともに三人がかりでドアを押し戻し、
なんとか母の手を抜くことができました。
すぐに病院の救急に駆け込んだのですが、実際に見てもらえたのは一時間後。
それまで、濡らしたタオルハンカチをあてがって、痛みに耐える母に付き添っていました。
ただ、土曜日で整形外科の先生が一人残らず帰ってしまって、
救急の担当だったのは消化器外科の先生。
本人も「骨折ならわかるけど、ヒビだと自分にはわからない」などと、おっしゃいまして。
診断に一抹の不安を抱きつつも 、レントゲンで見る限り、骨折もヒビもないようでした。
どうやら、中高年女性が大好きな大きな石ころの指輪をしていたおかげで、
最後まで引き込まれずに済んだのが幸いしたらしい。
もちろん、事故のあと指輪はすぐに抜き取りましたけど。
他の急患で忙しいのか、なんの処置もないまま帰されてしまったので、
コンビニで子供用の冷却シートを買って、ガーゼでしばって冷やしました。
今のところ、母の右手中指、薬指、小指は無事に動いております。
やれやれ……。
08/07/14
ようやく執筆が終わり、ほっと一息というところです。
小説を書いていると、どうしてもそっちの方に集中してしまい、なかなかHPを更新できなくて……。
一日の終わりには肩がパンパンに張ってるし、ネタもないですからね。
なにしろ、ずっと机にかじりついていますから。
そんな生活も、先週末でひと段落。
昨日は友人宅で開かれた(1週間遅れの)七夕パーティーに行ってきました。
毎年開かれるこのパーティーは、お持ち寄りが原則です。
時季的なこともあり、テーブルにはアジア料理が並びます。
私が作っていったのは、エビのココナッツ・カレーと、タイ風牛肉サラダ。
ちょうどもう一人の友人が揚げ春巻きや魚のフリッターを作ってきていたので、
とてもいい組み合わせでした。
そして、おいしいシャンパンと、いい音楽と、おしゃべり。
ホステス役のAの家は、夫婦ともギョーカイ人なので、
いい音楽CDが揃っていて、それを聴くのもいつも楽しみです。
3人とも文学ゼミの出身なので、本の話題が飛び出すのも、いつものこと。
昨日は、最近の新訳について話し合いました。
「カラマーゾフの兄弟」や、「赤と黒」「キャッチャー・イン・ザ・ライ」など、
近頃、海外名作文学の新訳版が次々と発行されています。
村上春樹さんは翻訳には賞味期限があると言っていらっしゃいますが……。
「確かに、訳のせいで昔挫折した本があるから、そういうものを改めて読み直すにはいいかも」
「でも、好きな本に関しては、新訳には手を出したくないのよね。
最初に読んだ時の印象が強いから、新訳にはなじめない。
はじめはとっつきにくくても、しばらく読んでその世界に入ってしまえば、古い訳でも案外大丈夫なものよ」
「だいたい、今風の文章しか受け付けなくなったら、鴎外とか、漱石とか読めなくなるでしょ」
とまあ、このような会話が延々と続き、気がつけばヨル九時過ぎ。
私以外は翌日にお勤めがありますから、慌てて解散となりました。
いい年してこんなことばかりやってる私たちって、まさに万年女子大生。
でも、家飲みって、ほんと楽しいんですよねぇ。

08/06/19
洞爺湖サミットが近いこともあり、ここのところ環境問題を扱う番組が増えています。
世間で「エコ」という言葉が聞かれるようになってずいぶん経つのに、
日本では家庭から出る二酸化炭素の排出量が増加しているとか。
これはかなりショックでしたね。
家電製品は節電タイプになったし、テレビではエコ・ライフをあれだけ取り上げているのに、
どうして増えているのでしょう。
……不思議です。
我が家では、今年もエアコンをつけない夏を送ろうと、春から対策に乗り出しました。
ずばり、「緑のカーテン」です。
4月に代々木公園で開かれた「アースデイ東京2008」にて、ゴーヤの苗を購入。
マンションのベランダに設置したトレリスで、ただ今ゴーヤを育てています。
去年も「緑のカーテン」作りにチャレンジしたのですが、
アサガオは葉が小さくて、あまりいいカーテンになりませんでした。
ゴーヤを選んだのは、アサガオよりも遮光性が高いことと、
虫がつきにくいこと、そして実が食べられること!
インターネットで検索したところ、苗一つから10本のゴーヤがとれるそうで、
うまくいけば、我が家ではこの夏20本ものゴーヤを収穫できます。
ちなみに、苗についていた札の名前は「にがにがくん」。
キャッチコピーは、「ビターな苦味! ビタミン豊富!!」
はたして、ビター&ビタミン豊富なにがにがくんは、本当に実をつけるのか。
みなさんも、どうか豊作を一緒に祈ってください。
追記:執筆にかまけて、一月更新せずにすみません……。

まだ、かわいい苗だったころの「にがにがくん」
08/05/22
「国宝 薬師寺展」に行ってまいりました。
日光・月光菩薩が話題になっている、あの展覧会です。
NHKの特集番組で、日光・月光のナイスバディにぞっこん参ってしまった私は、
是が非でもお二人に会いたいと、仕事の合間を縫って上野の国立博物館まで足を運びました。
テレビでの宣伝効果のせいか、会場は大変な人だかり。
こんな時代でも、いえ、こんな時代だからこそ、老いも若きも菩薩を一目見ようと集まるのかもしれません。
さて、日光・月光様ですが、一言で言うなら「エロティック」
光背がはずされているせいかもしれませんが、片足に体重を乗せたポーズといい、
ほどよく脂の乗った体躯といい、なんともいえず官能的でした。
そもそも薄物をまとっただけの半裸のお姿ですから、
私のような煩悩系の女には、あまりにも刺激が強すぎます!
これが7、8世紀に作られたなんて、ちょっと鳥肌ものですね。
ただし、私の目を釘付けにしたのは日光・月光様だけではありませんでした。
というか、実はお二人よりも好きになってしまった方がおりまして……。
それが、国宝の聖観音菩薩立像こと、聖観音様です。
聖観音様のなにがいいといって、そのストイックなところがグ〜。
日光・月光様より時代が古いこともあり、きりっと直立しているのです。
なにより、ひきしまったボディラインがたまらない。
顔も精悍で、額にはめられた水晶もエレガント。
ようするに、「品格」があるのです。
仏像だからといって、すべてのものに品格があるわけではありませんからね。
その点、薬師寺の聖観音様は、まさに国宝級の品格をお持ちです。
日光・月光様に惹かれて訪れた薬師寺展ですが、とんだ浮気になってしまいました。
浮気ついでに東洋館にも寄って、大好きなパキスタンの仏像を見て帰りました。
これもまたいいんですよぉ〜って、私ってほんとに節操がないですね(反省)。

08/05/15
上田リポートの最終回です。
さて、旅館で水浴びしたあとですが、近くにある安楽寺を訪れて、国宝の八角堂を拝見しました。
大法寺の三重塔と合わせて、一日に国宝を二つも鑑賞したことになります。
私が旅した辺りは「信州の鎌倉」と呼ばれていて、古刹、名刹が多いのです。
小説の舞台を探すにあたって、「京都や奈良ではない、隠れた名刹を」と思い、信州の塩田平に狙いを付けました。
その狙いは的中。大法寺に私の理想どおりの仏像を見つけ、作品に登場させました。
興味のある方は『信州休日の寺社巡り』(北沢房子/信濃毎日新聞社)などをご覧ください。
大法寺の「十一面観音菩薩」さまのお姿を拝することができます。
いよいよ取材も終わりに近づき、残すは別所温泉駅と、上田電鉄別所線です。
電車好きの私には、もう涎ものの古い駅舎とローカル線。
なにしろ、「長駅」って、右から左に書いてありますからね!
電車が着くと、旅館のドライバーさんたちが揃ってお出迎えするのも、温泉地ぽくて素敵です。
昭和にタイムスリップした気持ちになりながら、上田までのローカル線の旅を楽しみました。
ちなみに、上田電鉄別所線はほとんどが無人駅のため、ドアは一箇所しか開きません。
三十分の旅の末に上田に到着したものの、帰りの新幹線まで一時間少々ありました。
そこで、上田城跡公園の桜祭りを見学することにいたしました。
上田はちょうど桜の盛り。また、真田氏の居城だった上田城にも興味がありました。
地図を頼りにたずねてみると、上田城はまさに満開の桜に覆われておりました。
そして、ここで奇跡のようなできごとが!
なんと、別所温泉では動かなかったカメラが、お城に来た途端、また動き始めたのです。
私のカメラ、どうやら持ち主と一緒に熱中症にかかっていたみたいです。
日が暮れ始めて涼しくなった途端、ちゃっかり元気になったんですから。
そんなわけで、このレポートは桜の上田城でしめくくりたいと思います。
みなさん、最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

上田城東虎口櫓門。
08/05/11
上田リポート第3弾です。
常楽寺のお食事処で水分・塩分を補給。
軽い熱中症を脱して、やれやれと思ったのもつかの間、今度はカメラが動かなくなりました。
そういえば、谷中へお花見に行った時、一度おっことしたっけ……。
でも、さっきまでちゃんと動いていたのに、よりによって地方取材中に機能不全に陥るとは。
ほんとに私ってついてない。というか、正直、かなりのおまぬけです。
こんな時、頼りになるのがコンビニです。私の頭に閃いたのは、もちろん使い捨てのポケットカメラ。
よし! と一つ気合をいれ、再び炎天下の道に出て行きました。
しかし、ほんとにあるのか? 別所温泉にコンビニが……。
その不安は的中しました。駅まで行ったものの、駅前にコンビニがない!
なにしろ、別所温泉の駅自体が、まるで高倉健さんの映画のような超レトロなたたずまい。
こんなところにコンビニなんか作ったら、古びた駅の風情が台無しです。
──と、普段なら冷静に思えるものの、この状況では真っ青になるしかない。
う〜ん、参った。これから肝心の旅館を取材するのになあ。
肩を落として、とぼとぼと歩いていた私の目に、ある文字が飛び込んでまいりました。
「スーパー青○」
やった! スーパーだ!
でも、ちょっぴり不安。入口の横に野菜の種が並べてあるけれど、使い捨てカメラなんてあるのかな。
中に入ってみると、案の定、商品の中心は食品です。
絶望的な気持ちになりながらも、一応お店のご主人に訊いてみました。
「あのぉ、使い捨てカメラはありますか?」
「それだったら、あそこ」
指さされた方を見ると、確かに、使い捨てカメラがありました。しかも、入口のすぐ横に!
大喜びでカメラをレジに持っていき、ご主人に言いました。
「デジカメが壊れちゃったんですよぉ。旅の途中で」
「じゃあ、ここでパッケージ開けていったら? ごみは捨てておくから」
いいご主人です。もちろん、お言葉に甘えて、その場で商品を開けさせてもらいました。
さて、カメラも手に入ったし、次の取材場所である温泉旅館へ。
最近は、日帰り入浴や、お食事つきの日帰り入浴をやっている宿も多くなり、
宿泊しなくても旅館の内部を取材できるので、
私のようなお金にも時間にも余裕のない人間には大変ありがたいです。
フロントで日帰り入浴の受付を済ませ、さっそく女湯へ。
でも、ちょっと待って。さっきまで熱中症だったんだから、浴びるならお湯じゃなくて、お水では?
いくらなんでも、頭のずきずきも取れていないのに、温泉はまずいでしょう。
──というわけで、別所温泉の老舗旅館までやってきて、悲しいかな水浴です(涙)。
……to be continued.
08/05/05
前前回に引き続き、上田旅行のリポートです。
山越えを決意して、自動車道を登り始めた私。けれど、すぐに後悔することに。
なぜなら、その日の長野地方は見事な晴天で、しかも道路には日陰がまったくなかったからです。
4月とはいえ、気温は二十度を越え、しかもアスファルトの照り返しでさらに暑い。
すでにそんな状況の中を30分以上歩いて、紫外線に弱い私の体はかなり参っておりました。
もちろん、長袖のシャツ、帽子、日焼け止めクリーム、水入りペットボトルと、
日光対策は万全のはずでした。が──
山の頂上に近づくにつれ、頭ががんがん、足がふらふらし始めました。
ま、まずい! これが、世に言う熱中症か?
そうなのです。どうやら私、かる〜い熱中症にかかってしまったみたいなのです。
なにしろ、体がまだ暑さに慣れていない時期のこと。
こんなことなら、寺からタクシーを呼ぶんだった──と後悔してもあとのまつりです。
「行くしかない」と気力を振り絞り、必死に登り続ける私。
頑張れば、もうすぐ桜の絶景ポイントです。
ところが、行けども、行けども、満開の桜はない。
そう。上田の桜は満開なのに、この辺りの桜はまだ開花もしていなかったんですね。
思わず膝から力が抜けそうになった時、ようやく山の反対側に出ることができました。
そうしたら、見えたのです。別所の温泉街が! お陰で、再び気力が湧いてきました。
今度はくだりだったので、あっという間に山道を脱出。めざすは、常楽寺の側にあるお蕎麦屋さん。
しかし、ここでもまた想定外の出来事が! なんとお蕎麦屋さんは定休日だったのです!
ようやく、涼しいところで休憩できると思ったのに──
仕方なく、常楽寺の境内で休ませてもらおうと、石段を上っていきました。
すると、すぐ横にお食事処があるじゃありませんか。
さっそく中へ入ってみると、「名物のくるみうどん」というのがメニューに載っていました。
すぐにそのうどん(冷やし)を注文し、着ていた長袖シャツを脱ぎました。
お店の中はひんやりとして、火照った体にはありがたい。
さらに、くるみうどんの中に入っていた氷を箸ですくい出し、ハンカチに包んで首筋に当てました。
熱中症にかかったら、氷で首と脇を冷やせというではありませんか。
これでなんとか、救急車での搬送は回避。
なのにどうしたことでしょう、今度はカメラが動かない!!!!
……to be continued.
08/04/20
取材で長野県の上田に行ってまいりました。
といっても、今回は三浦半島の時のようなのんびりした旅でなはく、一日ですべての目的地を回る強行軍でした。
しかも、トラブル続き(涙)
根がおっちょこちょいな性格なので、私の旅にトラブルはつきものなのですが、
さすがに今回は疲れ果て、戻ってから二日間ほど寝込みました。
こんなことなら、上田に一泊してくるんだった……。
若い頃、リュック一つでヨーロッパを放浪した私ですが、もはや体のほうが言うことを聞きません。
次回からは、もう少し余裕を持った取材旅行にしようと思います。
さて、その上田取材ですが、なぜそんなにハードだったかと言うと、やはり交通の便ですね。
今回の旅行の一番の目的は、青木村の大法寺にある「十一面観音菩薩」を見ることでした。
桂の木を彫り出して作られたこの仏像は、平安中期の作と言われ、国の重要文化財に指定されています。
しかも、このお寺には、国宝の三重塔もあるのです。
なのに、上田から最寄の停留所までのバスは、一時間に一本しかありません。
いえいえ、一時間に一本あればまだいい方です。
問題は、大宝寺から次の目的地である別所温泉までの交通手段がないこと。
一時間に一本のバスで上田に戻り、一時間に二本のローカル線で別所温泉に移動しなければなりません。
地図で見れば、ほんの目と鼻の先なのに……。
というわけで、わたくし歩くことにいたしました。
マピオンの距離側で出してみたら、たった一時間半じゃありませんか。
それも、地図で見ればほぼ一本道。いくら方向音痴の私でも、これなら間違いようがない。
ちょうど上田城では桜祭りも開かれている時期で、
道の周囲にある桜を眺めながらの楽しいハイキングになるはずでした。
と・こ・ろ・が!
幹線道路を離れてしばらく歩いているうちに、いつしか道は山へ山へと入っていくのです。
そう。実は、その道は別所温泉へと抜ける自動車道で、人間が歩いて通る道ではなかったんですね。
けれど、幹線道路を離れてすでに30分。もう、戻るに戻れません。
こうなったら仕方がない。覚悟を決めての山越えです。
……to be continued.

大法寺の羅漢様。
08/04/08
三浦半島への日帰り旅行part2です。
取材のために岩堂山近辺で撮影を行ったあと、
「大乗」のバス停から三浦海岸駅行の京急バスに乗りました。
このバス、平日は一時間にほぼ一本の運行です(笑)。
15分待っただけで乗れたのは、本当に幸運としかいいようがありません。
バスは毘沙門天入口を通り、江奈湾へと向かいます。
江奈湾は小さな港なのですが、入江の奥に干潟があって、今の時期はその脇にちょうど菜の花が咲いていました。
まったく観光地化されていず、ちょっと絵心のある人なら、思わず筆を取りたくなるような景色です。
そこからいったん内陸に入るのですが、すぐに海岸線を走る道に戻ります。
金田漁港に出てからは、ずっと海を見ながらの移動。
すっかり旅情に浸っていると、やがて三浦海岸の砂浜が見えてきました。
走行時間を確認する必要があったので、とりあえずは三浦海岸駅へ。
終点で降りてから、食事の場所を探して三浦海岸の町を歩き回りました。
ところが、シーズンオフなのか、開いているお店が少ないんですね。水曜が定休日のところも多い。
でも、どうしても三浦の地魚が食べたい。だって、それこそ取材のもう一つの楽しみですから!
そんなわけで、あちこちの食堂を覗いて、ようやく入ったのが回転寿司のお店でした。
実は私、生まれてから一度も回転寿司を試したことがなく、今回が初の挑戦でした。
かなりどきどきしながら一番隅っこの席に座り、オーダーしたのは「地魚ランチ」というセットメニュー。
もちろん、回ってなんかやってきません。
きちんと桶に入ったものが運ばれて、中には石鯛など、地元三浦産の魚の握りが10貫入っていました。
歩き回って空腹だったこともあり、サービスの魚の味噌汁と一緒にほんの10分で完食。
でも、まだおなかは空いているし、なによりお皿が回ってくるところが見たい……。
というわけで、「焙り大トロの握り」を追加注文。
三浦といえば、なんと言っても三崎のマグロですから。
待つこと数分。ベルトコンベアーの上を焙った大トロがやって参りました。
これぞ回転寿司の醍醐味。しかも、大トロは金のお皿に乗っているではありませんか。
「これが噂の金皿か!」と、ハイテンションになりつつも、トロは二口でぺろり。
……うーん、もう少し大きくてもいいかも。
ちなみに、お茶の入れ方がわからず、あやうく火傷しそうになりました。
回転寿司のお茶って、パックを二つ入れないと、お茶の味がしないんですね(笑)。

春の三浦海岸
08/04/03
本を書くうえでの楽しみに、「取材」があります。
時には、殺人事件の裁判傍聴のようなつらい取材もありますが、
東京以外の場所へのロケハンは、執筆の合間の気分転換にもなる、たいそう楽しい仕事です。
昨日、ロケハンに訪れたのは、三浦半島の三浦市です。
特急で三崎口に出て、そこからはバスと徒歩で移動しました。
目的は、三浦特産の春キャベツの畑。
三浦には、キャベツ畑の向こうに太平洋が広がる、とても美しい場所があるのです。
テレビの料理番組でそのことを知った私は、いつか三浦でロケハンしたいと思っていました。
今回、小説の中に三浦のキャベツ畑を入れることに決め、念願の三浦市散策となったわけです。
事前に、三浦市観光協会や農業センターに問い合わせ、だいたいの場所は把握していました。
とはいえ、最後に頼りになるのは最寄り駅の駅員さんや、バス会社の詰め所にいる運転手さんです。
今回も、ドライバーさんの詰め所を訪ね、簡単な地図を書いてもらいました。
その地図を持ってバスに乗ると、なんと当のドライバーさんが運転席に座っているではありませんか。
「松輪入口」の停留所に着くと、「さっきの人でしょ。あそこの道を左にね」と、声をかけてくださいました。
お礼を言ってバスを降り、地図を手に目的の場所に向かいました。
彼方には海が見え、周囲の山には山桜の白い花が。しかも、うぐいすの鳴き声まで聞こえます。
しばらく歩いていると、緑のじゅうたんを敷き詰めたような、キャベツ畑に出くわしました。
三浦の春キャベツの生産は3月下旬から5月上旬。
今や出荷の最盛期だけに、畑では農家の方たちがせっせと刈り取り・運搬を行っていました。
なにしろ、道を歩いている間、すれ違うのはキャベツの箱を満載した軽トラックだけですから(笑)
そして、ついにやってきた岩堂山。あたりは一面のキャベツ畑で、その向こうには、青い海が広がっています。
これこそ、私が捜し求めていた風景でした。
この季節は春霞がかかりやすいので、水平線は靄っておりましたが、
それでも充分、三浦半島らしい畑と海の景色を楽しむことができました。
思わず、キャベツ畑の中で深呼吸をした私。取材旅行の喜びをかみ締める一瞬です。
……to be continued.

08/04/01
昨夜6本目の短編小説を書き上げ、すっかり気分がよくなった私は、朝から桜巡りに行ってまいりました。
といっても、場所はご近所。高齢者施設の「せせらぎ」や、西原の遊歩道、消防学校近辺がそのルートです。
今朝は北風が冷たかったのですが、花びらが雪のように舞い散るなかの散策は、なかなかに風情のあるものでした。
とりわけ、せせらぎの桜並木は背後に新宿の高層ビルが見えて、いかにも「都会の桜」といった景観が一興です。
いわゆる「桜の名所」だと、この時期はゴミがいっぱいで、朝の散歩には向きません。
実は、一昨日の朝に代々木公園に行ったのですが、あまりの汚さにかえって気分が悪くなりました。
日本人の公共心のなさを垣間見るようで、花見のシーズンはとても暗い気持ちになります。
それにくらべると、住宅街の桜は心ゆくまでその美しさを堪能できます。
大山町の豪邸街の桜が、マンション建設によって年々減っていくのは残念ですが、
きっともうしばらくは、私のような庶民の目を楽しませてくれることでしょう。
なお、今年の夜桜見物は、国会図書館へ行った帰りに溜池山王の「桜坂」で行ったのですが、
こちらの桜はなんともいえず幻想的で、ちょっとした感動ものでした。
東京にも、まだまだたくさんの桜スポットがありますね。

せせらぎの桜と新宿副都心
08/03/20
典型的な文系人間の私ですが、なぜか理系人の書いた本に惹かれることがあります。
先日も、資料のつもりで読んだ大平貴之さんの本にハマリ、
時間ができたら、東京とその近郊にあるプラネタリウムを訪ねよう……などと考えています。
大平貴之さんは可動式プラネタリウムの開発者。
高校時代にすでに最初のプラネタリウムを完成し、現在では世界一の星の数を誇る「メガスター」の製作者として有名です。
コーヒーのコマーシャルで唐沢寿明さんと共演していたので、覚えていらっしゃる方もあるかもしれません。
彼の著書『プラネタリウムを作りました。─7畳間で生まれた410万の星─』(株式会社エクスナレッジ)は、
学童期から今に至るまでの、大平さんの製作の記録です。
いじめられっ子だった少年が物作りの道を邁進し、
やがて国際学会で喝采を受けるようなプラネタリウム製作者になるまでの物語でもあります。
正直言うと、工学的な解説については、わたくし一切理解できません(笑)
─「システム2」では操作盤(コンソール)は姿を消し、新しく中央制御装置「CCS」が入る─(本文抜粋)
これを読んで、みなさんはおわかりになるでしょうか。私にはなんのこっちゃ????です。
じゃあ、なんでこの本にそんなに惹かれるかというと、それはもう「大平さんのひたむきさ」になんですね。
一つの失敗から新たな道を模索する、苦手分野を次々に克服してプラネタリウムを完成させていく、
そのあくなき努力と一途さに、こちらまで打たれてしまうわけです。
プラネタリウムそのものよりも、大平さんの人生の方がはるかにロマンティック。
まさしくこういう人を「永遠の少年」と言うんだな……と。
もう一つ感動するのは、彼の個性を受け入れた周囲の人々と、
(中学時代に火薬式ロケットを飛ばすなど、かなり危険なことにも挑戦しています)、
時に助言をし、時に技術や材料を提供してくれたエンジニアの人たちがいたことでしょうか。
やはり、一つの偉業の陰には、大勢の人たちの協力があるのですね。
なにはともあれ、すっかり大平さんの大ファンになってしまった私。
その大平さん製作の「メガスター」は、「日本科学未来館」で上映されています。
また、「川崎市青年科学館」でも、彼のプラネタリウムを上映しています。
08/03/14
2月9日の日記に登場した、フーテンの寅さんの家のAfternoon tea にお呼ばれしました。
彼との付き合いは結構な長さになりますが、自宅に招かれたのはこれが初めて。
そのお茶会があまりにも衝撃的だったので、ここでレポートしてしまいます。
ことの起こりは前回の食事会でした。
フランス料理店で美味しいランチを頂いているときに、彼がスコーンの腕前を自慢したのです。
「そんなに自慢ばかりされてもねぇ。食べてみないことには……」と、思わず挑発した私。
「じゃあ、次は私の家に来てください。二人にスコーンご馳走します」
もう一人の元同僚と咄嗟に顔を見合わせましたが、二人ともあまり本気にしてはいませんでした。
なにしろ、相手はフーテンの寅さんですからね(笑)
ところが、用があって彼にメールをしたところ、英国式茶会へ正式にご招待されてしまいました。
これにはさすがの私もびっくり。彼が一瞬だけ、英国紳士に思えたことは言うまでもありません。
そして、日英の外交150年を祝って、英国大使館で華麗な宴が催されたのと同じ昨日、
私は世田谷の某アパートで開かれた、M主催のティーパーティーに行ってまいりました。
一歩、彼の家に入るなり、なぜだかとてもアジアンチックなアロマの香り。
それもそのはず、通された居間は畳にちゃぶ台と、英国どころかまったくの日本ではありませんか!
しかも、ちゃぶ台の上には食堂にあるような大型の急須と、牛柄のマグカップが……。
(きゅ……急須?)と固まる私に、「カッパ橋で買ったんだ」と、いかにも得意げな彼。
これって英国式茶会(メールにはEnglish teaとありました)じゃなかったの?????
絶句しながら部屋の中を見回すと、壁一杯に怪しげなお面や絵が飾ってあります。
さらには、いくらか殺傷能力のありそうなブーメランや吹き矢まで。
キャプテン・ドレイクにキャプテン・クック──
思えば、大航海時代からイギリス人は異郷を目指して母国を旅立っていきました。
その冒険者の血が、フーテンの彼にも脈々と流れているのかもしれない。
ある意味、彼はとても正統派のイギリス人なんですね。
そんな彼の手製のスコーンは、私がイギリスで食べたものより若干やわらかめでしたが、
おかげで喉の通りもよく(硬いスコーンはぼそぼそして喉にひっかかります)、
クロテッドクリームとイチゴジャムを添えると、お世辞抜きでたいそう美味でした。
紅茶は私の大好きなアールグレイ。もちろん英国式に冷たいミルクを入れていただきました。
時間は2時間半ほどでしたが、お茶とスコーン、なによりもお喋りを存分に楽しみましたね。
そして、最後には彼がお得意のマジックを披露。このあたりの接待術も、さすがにイギリス人といわざるを得ません。
温かなおもてなしに、驚きを加えたM家のお茶会。
実は、次回の開催をけっこう楽しみにしてたりして(笑)。
08/03/07
トゥールーズ・ロートレックは南フランスの貴族の家に生まれ、世紀末のパリで画家として活躍しました。
ポスターや本の挿絵で名を上げて、今では誰もが認める芸術家の一人として、美術史に確かな足跡を残しています。
そのロートレックの展覧会が、六本木のサントリー美術館で行われています。
日本初の展示品もあるということで、スギ花粉の舞う中を、六本木まで行ってきました。
ロートレックを見て関心するのは、まずそのデッサンの力です。
たとえばポスターならば、人物の動きや表情をシンプルな線だけで見事に表現してみせる。
本人もデッサンにはかなり自信があったとみえて、わざと難しい角度や構図を選んで描いていたようです。
個人的には彼の油彩画が大好きで、とりわけ娼婦たちの身支度を扱ったものに惹かれます。
常連の彼には、娼婦たちも心を許していたのでしょう。
描かれた彼女たちはどこか無警戒であどけなく、エロスよりもむしろ痛々しさを感じます。
それにしても、ロートレックの絵に登場する女性たちは、なぜみんなこんなにも物悲しげに見えるのか。
ムーランルージュの踊り子でさえ、今自分を照らしている光は、
「人生におけるほんの一瞬の輝き」だと悟っているかのようです。
たぶんロートレック自身が、「明るい未来」などというものを、これっぽっちも信じていなかったのでしょう。
生来体が弱く、しかも足の骨折がもとで下半身の成長も止まったロートレックは、
娼婦や踊り子たちがたむろする場所にのみ、自分の居場所を見い出せたのではないでしょうか。
そして、彼女たちと同じように、一瞬だけ光り輝いて消える人生を選びました。
アルコールや性病を用いて彼が自ら死を遂げたのは、わずか36歳の時でした。
08/02/19
母が鹿児島生まれという理由から、両親ともども大河ドラマの『篤姫』を観ています。
その『篤姫』ですが、島津家の発祥の地を鹿児島県の出水としたことで、宮崎県民からクレームが来たそうです。
島津家発祥の地は宮崎県の都城だということで、これは鹿児島県人もちゃんと納得しているところ。
試しに母に尋ねてみたら、「発祥の地? 都城でしょ」と言われました。
「それよりお母さん、NHKに文句を言いたいことがある」
聞けば、前々回のドラマの中で、瑛太君扮する肝付尚五郎が人前で号泣したのは「おかしい」と。
「薩摩隼人は絶対に人前で泣いたりしない」というのが、母の弁。「しかも、たかが女のことで」
「たかが女」というのは少々乱暴だとしても、私もあれにはいささか違和感を覚えました。
けれど、そこはドラマです。話を盛り上げるための演出だと思えばなんでもない。
そうなだめても、母の怒りは収まりません。
「絶対、おかしい! NHKに抗議する!」
……抗議してください、いくらでも。
ちなみに、母の実家は島津家に仕えた武士の家。
曾祖母の石原ミネは、島津家の殿様の着物を縫っていた奥女中でした。
〈お知らせ〉
以前、この日記で紹介させていただいた、
フォトグラファーの森栄喜さんのHPがリニューアルしました。
美しいメールヌードに興味のある方は、今すぐアクセス!
http://www.eikimori.com
08/02/09
一昨日、かつて同僚だった人たちと食事をしました。
私がまだ語学学校に勤めていたころ、一緒に英語を教えていた仲間です。
一人は日本人の女性で、もう一人は英国紳士(?)。彼らとは、毎年必ず食事会をしています。
場所は、駒澤大学駅側の「Au Bon Accueil」というフレンチ・レストラン。
私の知人がパティシエをしているお店です。昨年秋にオープンしてから二度目の訪問となりました。
美味しいお料理をいただきながら、二時間半、ひたすら喋っていましたね。
三人とも教師をしていたくらいなので、一度喋り出したらとまらない。
特に、インドから戻ったばかりのイギリス人男性が、旅先でのエピソードをこれでもかと披露し続けました。
その途中、彼が困惑したように、私ともう一人の友人の方を見たのです。
「……私のお母さんだったら、それちょっとダメねぇ」
なんのことかと思ったら、私たちのカトラリーの置き方が「ありえない」という。
ちゃんとお皿の上で「ハ」の字になっているのに、なんで?
「え? どういうこと? 角度が悪いの? それとも、ナイフの歯の向き?」
答えは、フォークとナイフの皿の上での位置でした。
私も彼女も、皿の手前のほうに置いていたのです。お皿の端に、フォークとナイフの先を預ける形で。
しかし、正しいマナーでは、カトラリーはテーブルに触れてはいけないということでした。
彼曰く、「それだと、ちょっと貧乏な人みたい」
明らかな差別ですが、なにしろ15年住んでいるわりには日本語がつたないのと、
階級社会イギリスの出身なので、どうか許してやってください。
ちなみに彼、名門パブリックスクールの出身で、お友達は貴族や外交官です。
本人は穴のあいたセーターを平気で着ておりますが、それもイギリス人には珍しくありません。
「教えてくれてありがとう。よかったわ。私、大富豪と結婚するかもしれないから」
そう言って、カトラリーを正しい位置に直しておきました。
イギリスの上流階級を知っている友人を持つというのは、ある意味とてもプラスですからね。
その彼ですが、乗ってきた自転車のハンドルはガムテープで補修、
サドルにはスーパーのビニール袋が掛けてありました。
彼の家族はエリートですが、彼自身は旅ばかりしているフーテンの寅さん。
私に言わせれば、「あんたの方がありえない!」
08/02/05
着物にハマって以来、それまでよりもさらに日本画に魅力を感じるようになりました。
着物の柄に通じる構図や色彩に、親しみを覚えるからかもしれません。
現在開催中の『横山大観 没後五十年展』は、日本の美を見つめ直すにはうってつけの展覧会。
国立新美術館の建築を見たかったこともあり、たいそう混雑しているだろうことを心配しつつも、朝イチで会場に行ってきました。
中に一歩踏み込むと、開場直後だというのに思った通りの人出です。
国民画家と言われる大観の人気を再認識いたしました。
とりわけ今回は没後50年ということで、彼の画業を語るにふさわしい大作が、何点も出品されているからでしょう。
中には、米子の足立美術館からの貸し出し品も。
私自身はたまたま足立美術館を訪ねる機会があったのですが、他県の人間があそこまで足を伸ばすのは容易なことではありません。
その点でも、一箇所に集めての展示は本当にありがたいものです。
まとまった数の作品を見て思うのは、大観の貪欲さと柔軟性です。
貪欲さとは、言い換えれば、美へのあくなき探究心。
柔軟性とは、さまざまなスタイルや技法をどんどん取り入れていくところでしょうか。
ですから、横山大観の作品には時代によって大きな変化がある。
美大の卒業制作として描かれた『村童観猿翁』は非常に写実的ですが、
『群青富士』などはモダンアートのような簡潔性と意匠性を持っています。
中で私がこよなく惹かれたのは、ボストン美術館所蔵の作品です。
大作ではありませんが、とても瑞々しくて、叙情的。
アメリカ滞在中に製作したものだといいますから、肩の力を抜いて、さらりと描いたのかもしれません。
そんな里帰り作品まで鑑賞できる横山大観展は、東京六本木で3月3日までの開催です。
08/01/28
一月最後の日曜日、18歳年上の姉と共に、姪がヴィオラ奏者を務めるアマチュア・オケのコンサートに行ってきました。
うちののだめちゃん、8月末にロンドンから戻った途端、オケに復帰。
帰国後、仕事場では新しい部署に移り、なにかと忙しかったと思うのですが、
それでも週末はヴィオラを抱えてせっせと練習に通うあたりが、根っからの音楽好きです。
演奏したのはベートーヴェンの『プロメテウスの創造物』序曲と『交響曲第二番ニ長調』。
そして、チャイコフスキー作曲『くるみ割り人形』のハイライト。
『くるみ割り人形』は、かわいい児童合唱団のメンバーも加わっての演奏でした。
残念なら今回はいい座席が取れず、調和のとれた音を楽しむというわけにはいかなかったのですが、
代わりに打楽器奏者の妙技を堪能することができました。
私たちの席は打楽器奏者の斜め上あたり。
オケの一番奥にいて、普段はあまりよく見えない彼らの動きが、今回ははっきりと見えたのです。
中でも、小太鼓、鉄琴、トライアングル、タンバリンを一人で担当した彼の、素早い移動と演奏には釘付けでした。
なにしろ、今、鉄琴を叩いていたかと思ったら、今度は場所を変えてトライアングルを手にしているのですから。
一見、ぬーぼーとしている彼(失礼!)が、タンバリンをグーとパーで一生懸命叩いている姿には、
視覚的な面白さもさることながら、なにかほのぼのとした感動がありました。
中音を担当するヴィオラもそうですが、こうした地味な楽器がオケを下支えしているんだな、と。
幸い、今回はチケットもほぼ完売で、演奏会はつつがなく終わりました。
それぞれが仕事を持ちながらも、ひたむきに音楽活動を続けていく彼らのために、
これからもコンサートホールに足を運びたいと思っています。
08/01/22
映画『アース』が予想外の興行成績を上げているようです。
まさに地球温暖化は待ったなし!
我が家でも、夏同様エアコンに頼らない生活を心がけています。
窓とドアには隙間風防止テープを貼り、新聞受けもビニールを使って風の進入をシャットアウト。
ホットカーペットの下には断熱材を置き、熱が床に逃げないようにしています。
そして、北側の部屋の窓には透明のビニールシートを貼っています。
透明なので十分に光を通すうえ、レースカーテンを引いてしまえば見苦しさもありません。
でも、なんといっても効果的なのは、自分自身が厚着をすることでしょうか。
私は家でもフリースを手放しませんし、靴下はもちろん、重ね履きです。
その結果、雪でも降らない限りは、日中は暖房をつけないで過ごせます。
寝ている時も暖房はオフ。お陰で、昔と比べて電気代が一月3000円ほど安くなりました。
もっとも、お得なのは電気代だけではありません。
エアコンを使わなくなってからというもの、肌が格段にしっとりするようになったのです。
よく言われることですが、エアコンの乾いた風ほど、お肌に悪いものはない。
薄着をしてエアコンをガンガンつければ、地球よりも先に、お肌が砂漠化してしまうということでしょう。
ちなみに、我が家の冬場の室温は15〜16度。
私にとっては体も頭もしゃっきりとする、ちょうどいい温度です。
08/01/04
あ明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
2008年がスタートしました。みなさまはどんなお正月をお迎えでしょう。
今年の東京、三ケ日はとてもいいお天気で、初詣にはまさにぴったりでした。
私は例のごとく両親と明治神宮にお参りし、甘酒を飲んで帰ってきました。
夜は姉の家族が挨拶に来て、姪の一人とも久しぶりに会いました。
私には二人の姪がいるのですが、一人は現在ロンドン留学中。
今年やってきた方の姪も、8月まで研究(仕事)でロンドンにおりました。
我が家はよっぽどロンドンに縁があるようです。
それはさておき、新年早々、姉から渡されたのがピンクの手帳。
「よかったら、使って」と置いていったのですが、正直、これをどうしたものか……。
私にはシステム手帳を使う習慣がありません。
何度か手帳を持ってはみたのですが、すぐにどこかに置いてきてしまい、役に立ちません。
出版社との打ち合わせの時も、結局、ネタ帖にスケジュールを書き込む始末。
友達との約束などは、固定電話の側に置いたカレンダーに直接書いてしまいます。
こんな私ですから、立派な布の表紙のついたピンクの手帳(しかも、けっこう重い)
を前に、すっかり途方に暮れております。
もし、みなさまの中で手帳の有効な使い方、あっと驚くような斬新な使い方をご存知の方は、是非、教えてください。
ちなみに私、日記は三日と付けられませんので。
では、2008年がみなさまにとって幸多い年でありますように──。

07/12/30
今年もあと一日で終わろうとしています。みなさまはどんな一年を過ごしましたか?
私にとってはやっと低迷期を抜け出せた、意義のある一年でした。
去年からぽつぽつ書いていたものが、ようやく形になりつつありますし、ほんの少しですがロマンティックな気分にもなりました。
この勢いで、 来年は仕事もプライベートも実り多い年にしたいですね。
そのためにも、健康にだけは気をつけたいと思っています。
ではみなさま、今年も私のつたない文章にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
来年もどうぞ宜しくお願い致します。

みなさまからのクリスマスカード&ギフト
07/12/23
大大河ドラマ『風林火山』が終わりました。
視聴率では、前作の『巧妙が辻』に負けましたが、私はすっかりハマって、
一話も逃さないまま最終回まで観続けました。
視聴率につながるようなアイドルの出演がないにもかかわらず、
あれだけの数字を維持できたのは、脚本のよさと、演技派を揃えたキャスティングにあると思います。
中で異色だったのが、上杉謙信役のガクトさんでしょうか。
細い眉に長髪をなびかせ、毘沙門天を思わせるインド風の鎧を纏ったガクトさんは、
今回のドラマにおけるまさに「華」でした。
彼を際立たせるために、女優陣には遠慮してもらったのではないかと思うほど、
(それくらい、地味な女優さんしか出ていませんでした)
NHKは彼の異質な魅力に賭けたのだと思います。
主人公・山本勘助役の内野聖陽さんは、『蝉しぐれ』の時同様、
ストイックな男の人生をみごとに演じきりましたね。
ガクトさんとは違う男の色気を感じてぞくぞくしました。
これからも時代劇で大いに活躍して欲しい役者さんです。
幕末ものなら、高杉晋作役とか似合うと思うのですが、いかがでしょう。
平安ものなら、西行法師とか。
あ、あと世阿弥のパトロンだった足利義満(室町時代)とかもいいですねぇ。
……などと、妄想はつきませんが、ひさしぶりに昔ながらの重厚な大河ドラマを堪能できて、
私にとっては大変満足な一年でした。
07/12/02
腰痛に見舞われて、二週間ほどコルセット生活を送っていました。
医者によると、腰痛にはなにより安静が一番とのこと。
そんなわけで、ここのところ散歩にも出歩かず、季節からもすっかり取り残されておりました。
ようやくコルセットがはずれた今日、リハビリをかねて代々木公園にウォーキングに行ってきました。
するとどうでしょう、二週間前のあのぼんやりした紅葉が、嘘のように鮮やかになっているではありませんか。
もみじは燃えるような紅に、桜は優しいオレンジに、銀杏は眼の覚めるような金色に……。
とりわけ一本のもみじは、それこそ松明のような真紅でしたね。
このもみじ、公園の正門からすぐのところにあるのですが、
「代々木公園で一番赤くなるもみじ」と、公園通の間ではつとに有名な名木です。
毎年大勢の写真家が、この木を撮りに代々木公園に参ります。
かく言う私も、毎年このもみじの紅葉を見ないでは、冬がやってきたような気がしません。
そう。暖かい東京では、木々の紅葉は秋ではなくて冬なのです。
12月になるかならないかの微妙な頃に、木々が一番美しく色づきます。
なお、代々木公園絶景ポイントは二箇所でして、
一箇所目は池を望むベンチのところ。
ここからだと、橋と紅葉の向こうにドコモ・タワーが霞んで見えます。
もう一箇所は、NHKに向かう歩道橋の上からの眺めです。
噴水が止まっていると、水面に映った紅葉が美しく、
また遠景のビルと手前の木々の効果で、奥行きのある景色が楽しめます。

07/11/24
日本橋三越で行われた『倉橋佳子 メタルビーズ展』に行ってまいりました。
メタルビーズとは、19世紀後半から20世紀初頭にフランスで生まれ、
当時のヨーロッパでバッグやドレスに盛んに用いられた美しい装飾品です。
しかし、大変手間のかかる工芸品であることから、
社会の変化と共にその技術は消えていきました。
それを復活させたのが、なんと日本人である倉橋佳子さんなのです。
パリに住んでいた頃、偶然、骨董店でメタルビーズのバッグと出会った倉橋さんは、
アンティークビーズの輝きにすっかり魅せられたのでしょう。
独自で織機を開発するなどの努力を重ねた結果、一度は途絶えたメタルビーズの製作に成功しました。
以前から、このバッグに興味のあった私は、展覧会が行われるのを心待ちにしていました。
新聞紙上で展覧会の開催を知った時は、思わず拳を握ってしまったほど。
早速、時間を作って日本橋まで足を伸ばしました。
平日の夕方だったせいか、すでに会場は客がひと段落して、
ゆっくりと作品を鑑賞できる環境でした。
展示は、アール・デコの復刻版、『旅』や『音楽』といった倉橋さん独自のデザインによるシリーズ、
フランスでの展覧会用の和をモチーフにしたもの──という順番で並んでいました。
どれももちろん素敵でしたが、私が一番心惹かれたのは、当時のデザインの復刻版でしょうか。
とりわけ、「プチ」と呼ばれる極小のビーズを使ったバッグが秀逸でしたね。
実物のビーズバッグは、写真とはちがう、眩いばかりのきらめきを放ちます。
こちらが動くたびに、まるでさざなみのように光彩を変える。
このバッグが、女性たちのほっそりとした手の中で揺れていたのかと思うと、
それだけで、なんともいえない陶酔感が湧き起こります。
でも、私を一番感動させたのは、製作者である倉橋さんの情熱です。
一度途絶えてしまった技術だけに、作業はどれもほとんど手探りだったはず。
しかも、このバッグを復刻してくれと、誰かに頼まれたわけではない。
自分の思い入れとは裏腹に、何度も失敗を繰り返したのではないでしょうか。
にもかかわらず、諦めることなくビーズに向かい続けた倉橋さんには脱帽です。
現在ではお教室なども開かれて、メタルビーズにかかわる人もどんどん増えているようです。
不器用な私はもちろん観るだけですが、ビーズ細工に興味のある方は、
ぜひ一度、ネットなどで活動をチェックしてみるといいかもしれません。
07/11/04
最近、ピーチピンク色のインナーを買いました。
これまでの私のインナーは、アウターに合わせた黒やグレーが中心だったのですが、
ある方からの情報でピーチピンクを購入したのです。
その方はカラーセラピーを勉強していて、色の効能について大変詳しい。
彼女によると、カラーセラピーの世界では、
「フルーツのようなきれいな色をまんべんなく着るのがいい」とされているそうです。
私の好きなグレーやベージュは、「すべてを灰にする」「緩む」色なのだとか。
これを聞いた時はかなりショックでしたが、今ではスカーフなどで色味を加えることで対応しています。
色というのは不思議なもので、昔から人の心理に強い影響を与えるとされてきました。
アメリカ大統領のテレビ演説でのネクタイは圧倒的に赤が多いようですが、
それは赤が「情熱」や「やる気」を感じさせる色だからでしょう。
思い出すのは、トリノ・オリンピックの女子フィギュア・スケート。
アメリカやロシアの優勝候補が赤い勝負服で試合にのぞんだのに対し、荒川選手の衣装は青でした。
あの青い色が、銀盤の上の彼女を冷静にして、最高の演技に導いたのかもしれません。
ちなみに、ここ何年かのゴールドメダリストのコスチュームは、すべて青だそうです。
鎮静効果のある青に対して、ピンクはもちろん愛を運んでくれる色。
恋愛運があがるようにと、インカ・ローズのジュエリーを身に着けている人を知っています。
私には、稀少なインカ・ローズを手に入れることは不可能ですが、
せめてインナーくらいはピンクにしようと思ったわけです。
すると、どうでしょう。いきなり合コンのお誘いが!
……ピンクの力、侮れません。
07/10/28
台風一過の公園を散歩してきました。
青い空に、赤い木の実がまるでルビーのように照り映えていましたね。
こういう時って、なぜか鳥の目線になっていませんか?
あ、あの木の実、美味しそう……みたいな。
秋が深まるほど木の実が恋しくなり、つい目が赤いものを探してしまいます。
と、上ばかり見て歩いていたら、なんか臭い。
うっかり銀杏の果肉を踏んでしまいました。
まだ銀杏には早いと思っていたのに、もう一つ二つ落ちていたのです。
ホームレスの人たちが、また拾って食べるかもしれません。
なにしろ、春には筍の皮がどっさり落ちていましたからね(笑)
人も動物も恩恵を受けている都会の公園。
秋の恵みに感謝しつつ、心は空を飛ぶ鳥になって、目で赤い木の実をついばみます。

07/10/08
昨日、父親とブータン料理を食べに行きました。
といっても、ブータン料理を食べるつもりで出かけたわけではなかったのですが……。
ことの起こりは数週間前、母が突然こう告げました。
「お豆腐屋さんの隣に、ネパール料理の店ができたわよ」
実は私、エソニック料理が大好きで、けっこう色々と食べ歩いているのです。
ネパール料理なら、渋谷の「カンティプール」にかなりの回数行ったことがあります。
中で私のお気に入りは、日替わりカレー・ランチの一つである「バターチキン・カレー」。
あの味が近所で食べられるなんて、ネパール・レストラン出店大歓迎! と大喜びしておりました。
ちょうど昨日は、辛いものを苦手とする母が謡曲の会で留守でした。
そこで、やはりカレーが大好物の父を、ネパール料理に誘ってみました。
「お母さんのいない今日がチャンスだから、二人でネパール料理に行ってみようよ」
「あそこはベトナム料理だぞ」
「は?????」
「確か、ベトナム料理って書いてあったぞ」
この時点で、すでに情報が錯綜。いや〜な予感が胸をよぎります。
とはいえ、ベトナム料理も大好きな私。
母が店頭で見たというギョウザは、きっと春巻きかなにかにちがいないと、そう高をくくって父とお店に向かいました。
道々、「ベトナム料理はね、野菜がいっぱいでヘルシーなんだよ」などと、得意になって説明。
「味もあっさりしていて日本人向きでね……」
ところが、豆腐屋の隣に行ってみると、「ブータン料理の店」という看板が出ているではありませんか。
「ブータン料理〜〜〜〜〜〜!!!!」
叫ぶ私に父がひとこと、「ブータンてどこだ?」
ようするに、うちの両親の頭の中では、アジアの国は一緒くたになっているのでした。
看板を前に途方にくれていた私でしたが、ふと、前日に見たニュース番組が頭に浮かびました。
それは、ブータン王国の生活を取り上げた内容で、物の豊かさよりも、
仏教徒としての信仰に重きを置いた彼らの日常にスポットを当てていました。
世界でも有数の「幸福指数の高い国」。そんな国の料理なら、ぜひとも食べてみたいじゃありませんか。
私は腰の引けた父を促して、店の中に入っていきました。
結果はというと、幸せのブータン料理はたいそう辛いものでした!
母が目撃したギョウザは「モモ」と言い、見た目も味も小籠包に似ているのですが、
醤油の代わりに、すりつぶしたトウガラシをつけて食べるところがブータン流です。
キュウリとトマトとカッテージチーズのサラダには、中国山椒がたっぷり入っていて、これもぴりぴり。
極めつけは、野菜のトウガラシ炒めと、トウガラシとチーズの煮込みですね。
チーズが入っていてマイルドかと思いきや、これが一番辛かった!
父はモモを食べただけでギブアップ。でも、私はほとんど完食しました。
不思議なもので、次々と食べているうちに、舌がだんだんと料理の辛さに慣れてきたのです。
ただし、体中の毛穴という毛穴から汗が噴出して、額からは本当にポタポタと雫がしたたる始末。
それが、ジーンズに水玉模様を描くのですから、どれだけ辛いかは想像できるでしょう。
ちなみに、ブータン料理は「世界一辛い料理」と言われているそうです。
久しぶりに、「異国の料理」と呼べるものに出会えた私は、不思議な満足感に包まれながら帰途につきました。
もしかしたら、あまりの刺激の強さに、ハイになっていたのかも……。
07/10/06
初の短篇集出版に向けて短篇ばかり書いていることもあり、趣味で読むのもここのところずっと短篇集です。
ウィリアム・トレヴァーやアリス・マンローといった欧米の作家のものが中心なのですが、
時々は日本人作家の作品集にも手を伸ばしています。
たとえば、ジェイ・ルービン編の『芥川龍之介短篇集』とか。
ルービンさんと言えば村上春樹さんの英訳者として有名ですが、そんな彼がどんなセレクトをするのか気になって、
ついつい本を開いてしまいました。
ルービン版のユニークさをひとことで言うと、作品が時代順ではなく、テーマ別にまとめられているところでしょうか。
たとえば、「古典に着想を得たもの」「キリシタンもの」「芥川自身の人生を描いたもの」というように。
私は特段芥川のファンというわけではなく、したがって、「名作」と太鼓判を押されているものしか読んだことがなかったのですが、
(たぶん、ほとんどの読者はそうだと思うのですが……)
あまり知られていない作品にも、「へぇ〜」と思えるものがありました。
芥川の自伝的作品など、代表作の群には決して入れられないまでも、有名作家の日常を綴ったエッセイだと思えば面白く読めます。
それにしても、久しぶりに芥川作品に触れてみると、その文章の心地よさに改めて驚かされました。
芥川の文章のリズムって、私の呼吸の長さとぴったりなんですよ。
作家によっては、やたらと句読点が多くて咳き込みそうになるものや、逆に句読点が少なくて息が止まりそうになるものもあるんですが、
芥川の文章にはそれがない。本当に、流れるように体の中に入ってきます。
唯一、この作品集に文句をつけるとすれば、私の大好きな「奉教人の死」が除外されていたことでしょうか。
読むたびに泣いてしまうくらい、私のツボにはまっているのになあ……。
07/09/24
日日本人が大好きなピーター・ラビット。
その作者であるベアトリクス・ポターの人生を描いた映画『ミス・ポター』が、今公開されています。
連休初日の暑い午後、以前湖水地方を一緒に旅した友人と共に、この映画を観にいって参りました。
ストーリーは、ポターが出版社に原稿を持ち込んでからベストセラー作家になるまでの前半と、
湖水地方に暮らし始め、その美しい自然を保護するために私財をなげうつ後半とで構成されています。
途中、ラブロマンス等もあるのですが、あえてそのあたりのことは伏せておきましょう。
興味深いのは、ポターがヴィクトリア時代の「負け犬」だったことです。
裕福な家庭に生まれ、貴族とも縁談のあった彼女ですが、47歳まで独身生活を送りました。
自立した人生を望む彼女に親はやきもきし、女性としての幸せを説いて聞かせるのですが、
ポターは耳を貸さずに、自分の生き方を貫きました。
母親との確執は、どうやら終生続いたようですね。
47歳で彼女が結婚した時も、望むような家柄の男ではないという理由で、母親は反対したそうですから。
映画のストーリーは非常にわかりやすく、湖水地方の景色も申し分のない美しさです。
また、時おり動き出すかわいい動物のイラストも、ほどよく抑制のきいたCGで好感が持てました。
だけど、私にとっての一番の収穫は、久しぶりにユアン・マクレガーの歌声を聴けたことかもしれません。
映画『エマ』でその声を聞いて以来、すっかり彼の声のファンでしたから。
『スターウォーズ』マニアのみなさまには申し訳ありませんが、
私はやっぱり、こういうイギリス映画の中のユアン・マクレガーの方がいい!
ジェダイの騎士よりも、スコットランドの悪ガキや、炭鉱労働者や、ひきこもりの少女に恋する青年の役の方が、
彼には絶対に似合っていると思うのは、私だけでしょうか。
07/09/22
両親と二泊三日で箱根旅行に行ってきました。家族で箱根に行くのは、私が小学校の時以来。
ちょうど連休と連休のはざまで、どこも空いていたこともあり、のんびりとお湯とアートを楽しみました。
近年、箱根は「アートと自然の融合」をコンセプトにしたリゾート開発が進んでいます。
行く度ごとに新しい美術館が建ち、観光客が何度も足を運ぶように、企画展などにも力を入れているのがわかります。
今回、両親と訪れたのはポーラ美術館とラリック美術館。
ポーラは印象派の名画を所有していることで有名で、ラリック美術館は、その名の通りルネ・ラリックの作品を集めたミュージアムです。
残念だったのは、ポーラではちょうど展示物の入れ替え期間で、二つの展示室しか見られなかったこと。
電話で確認した時は、「常設展示されているポーラ所蔵の名品は見られますよ」と言われたのに、
実際に鑑賞できたのはごく一部でした。
入場料は900円と半額でしたが、それでも割に合わないものを感じたのは私だけではなかったはず。
交通費だって馬鹿にはならないのですから、せめて次回入館の時の割引券くらいつけてほしい!
尚、ポーラには私の好きなピカソの『海辺の母子像』があります。
実は私、ピカソはあまり好きではないのですが、青の時代だけは別。
中でもこの『海辺の母子像』は、一輪の赤い花がまるで命の炎のようで、せつなく胸に迫ります。
次に訪れたラリック美術館は、美術館というよりも複合リゾート施設。
ラリックが装飾を手がけたオリエント急行の車両などが置かれ、中でお茶を楽しめるようになっています。
ただし、こちらは内部の写真撮影禁止。そうと知っていれば、一人2100円という料金を惜しむ人もいるでしょう。
我が家では、両親が「宿の朝食が多かったから、お昼ご飯はもういらない。その代わりに……」と言うので、この列車に乗りました。
確かに、壁面にラリックのガラスをはめ込んだ装飾は、古きよき時代を髣髴とさせる華麗さです。
この車両はもとはお酒を楽しむためのサロン・カーだったということで、バッカスの豊穣の祭りをテーマにしたデザインになっています。
お茶を楽しんだあとは、いよいよ本命の美術館へ。
ラリックはガラス器の蒐集家には垂涎の作家ですが、こちらの収蔵作品は宝飾品が多いので、
ジュエリー方面に興味のある方にお勧めです。
尚、美術館一階の角部屋から、モネのジベルニーの私邸に似せた庭が見えるのですが、
カモのつがいが住んでいて、時おり二匹でおしりを上げては、シンクロもどきのパフォーマンスを見せてくれます。
美術館を何軒もはしごすると疲れるので、ここでちょっと休憩するのがベストです。
ポーラ美術館正面入り口
07/09/15
最近、歯茎からの出血と、冷たいものがしみるという症状が続きました。
「いかん、虫歯だ!」と思い、昨日、隣駅にある歯科医院を訪れました。
問診のあと、さっそくレントゲン。
口にプレートをくわえさせられたおまぬけな格好で、レントゲンがぐるりと口全体を撮影するまで静止します。
終わると、再び診察台へ。先生がにこにこしながら私の横に立ちました。
「虫歯はありません」
「えっ、じゃああの出血とかは……」
「お年頃です」
先生いわく、加齢ととともに歯肉が痩せ、今までしみなかったものがしみるのだとか。
出血も、加齢のせいで口内の免疫力が落ちるため、雑菌が繁殖して起こるのだそうです。
先生、ご丁寧にも、写真つきのフリップを使って説明してくださいます。
「はい。これが20代の歯茎。ちゃんと上のほうまでありますね。そして、これがあなたの年代の歯茎」
確かに、年齢と共に歯肉が下がっていき、歯と歯の間もスカスカに。
こうなると、20代と同じお手入れをしていても追いつかないのだそうです。
実は私、歯に関してはずっと優良児でした。
虫歯ができるとすぐに歯科に行くので、ひどくなったことがありません。
磨き方も上手だと言われ、以前通っていた歯医者さんではいつも褒められていたほどです。
ただ、虫歯が浅いので、アメを食べるとすぐにつめものが取れるという欠点はありましたが……。
「まあ、そんなわけですから、最低でも一年に一度は歯科で口内ケアをしてください」
先生のご指示により、お口のお掃除のために何回か通うことになりました。
「大丈夫。頑張れば、80歳になっても20本は残りますよ。あなたのお父さんみたいにね」
「……はあ」
「そういえば、お父さんおいくつでしたっけ」
「今年79になりました」
「来年80歳ですね。だとすると、区から表彰されますよ。私が区に推薦しておきましょう!」
ちなみに、母の方はほとんど入れ歯。
私が歯に対してことさら神経質なのは、若い頃から入れ歯をしていた母を見てきたからかもしれません。
ちょっと硬いもの(筍やゴボウはもちろん、生のキュウリやセロリも)はまったく食べられない母を見ていると、
歯の大切さを痛感します。
私もできれば父のように20本以上の歯を残して、なにを食べてもおいしい老後を送りたいです。
07/09/10
ルチアーノ・パバロッティさんが亡くなりました。
一時期は、友達から「デブ専」などと失礼なことを言われるくらい彼に心酔していた私ですが、
ここ最近は声の艶に陰りが見えたことや、長年連れ添った奥さんを捨てて、若い秘書に走ったことなどが理由で、
すっかり愛想尽かしをしておりました。
ところが、昨年のトリノ・オリンピックで、彼が『誰も寝てはならぬ』を歌った時、
そのカリスマ性に、あらためてパバロッティの偉大さを感じることになりました。
彼の全盛期を知っている人は、あの声の朗らかな美しさはもとより、舞台上での圧倒的な存在感を忘れることはないでしょう。
人間的にも、そのお茶目な性格で、大いに周囲を楽しませてきた人のようです。
食事の席で、隣に座ったダイアナ妃の皿からエビをちょうだいしてしまったエピソードはあまりにも有名です。
私が愛してやまないマリア・カラスが伝説の歌姫になったように、パバロッティも永遠にその名をとどめるにちがいありません。
この世にCDやDVDが存在する限り、新しい歌手はみな、彼というライバルとずっと比較されることでしょう。
尚、小学館から出版されている『パバロッティ マイ・ワールド』には、
そんな彼の人生が、イタリアのジェラートのようにたっぷりと盛られています。
興味のある方は、是非ご一読を。
07/08/16
……母、骨折(汗)。
それは一昨日のことでした。
花を生ける約束をしていたので、実家に行くと、腕を三角巾で吊った母が玄関に現れました。
「夕飯作れなかったから、今夜は外食ね」
家を出る前に電話をした時には、骨折のことなんてひとことも言っていなかったのです。
当然、私は尋ねました。「それ、どうしたの!?」
「転んで折ったの」
母は痛がるでもなく、ばつの悪そうな顔をするでもなく、平然とそう答えました。
父に事情を聞いたところ、どうやら渋谷に買い物に行く途中、停まっていたバスに乗ろうと停留所に向かって走ったものの、
高齢ゆえにすっころんで左手をついたらしいのです。
それでも、本人は痛みを感じなかったとかで、そのままバスに乗って渋谷に行き、山のように買い物をして帰宅。
ところが、家に着いたあたりから、にわかに腕が腫れ始め、これはおかしいと病院にいってみたら、
左腕がぽっきりと折れていたということでした。
「その歳で、なぜ走る!!!!」と私。
バスと追いかけっこできる歳でないことは、本人が一番わかっているはずなのに……。
「だって、炎天下で次のバスが来るまで待つなんて嫌だもの」と、母。「熱中症になったらどうするの」
──それは確かにそうなんですけど。
とはいえ、タクシーに乗るなり、他に方法はあったはず。
そもそも、シルバーパスで無料だからと、なにがなんでもバスを使おうとしたあげくがこの結果だとしたら、
ずいぶんとお高いシルバーパスじゃないですか?
「タダほど高いものはない」って、まさにこのことですね。
というわけで、しばらくは実家と事務所を行き来して、食事を作ったり、母の入浴の世話をしたりの生活となります。
これも、神様が私に親孝行のチャンスを与えてくれた、と思うべきなんでしょうか。
07/08/12
パソコンの使い過ぎで眼が疲れているせいか、最近、テレビよりもラジオをつけている時間が長くなりました。
夜7時のニュースを見終わると、おもむろにラジオをつけ、FMでクラシックを聴きます。
土曜の朝は、NHKの『世界の快適音楽』にチューナーを合わせます。
この番組、案内役をゴンチチさんがやっていて、トークもとても面白いんです。
昨日は夏休み企画なのか、番組そのものがお休みでしたが、先週のお題は「猛獣の音楽」でした。
猛獣にまつわる楽曲がジャンルを問わずに選び出され、ゴンチチさんのゆるい会話と共に流されました。
ほかにも「バンジョー祭り」(楽器のバンジョーを使った音楽をかけまくる)など、楽しい企画で一杯です。
すごいと思うのは、彼らが世界中の音楽に通じていること。
よくぞこんな曲を見つけてきたな……と、関心することしきりです。
以前かかった曲にフレンチ・ハワイアンというのがあったのですが、その絶対ありそうもない組み合わせに驚くとともに、
フランスらしい洗練されたハワイアン・ミュージックにハートを鷲掴み(笑)にされました。
ゴンチチさんたちの選曲は、いつも私に新たな音楽との出会いを体験させてくれます。
さて、ここで私の最近のお気に入りCDを紹介しましょう。
一枚目は映画『ワンダーランド駅で』のサントラ版。
ボサノバの名曲がたくさん入っていて、とてもお得な一枚です。
実は、このCDは2年前に買ったのですが、夏になるとどうしても聴きたくなり、
聴き始めると何回も何回もリピートしてしまいます。
真夏のリゾート地や、海辺のドライブにおすすめです。
もう一枚はジャンニ・グイドの『TRIO DUO QUARTET』というCD。
私がたまに訪れるジャズのライブハウスでグイドが演奏した時、同時に販売されたCDです。
このライブ、私自身は聴きにいけなかったのですが、友人のジャズ・ドラマーのおじさまがCDを送ってくれました。
グイドのギターはなんともいえない官能的な響きを持ちながら、同時にとても癒されます。
これは真夏の夜に、ぜひともベッドで聴きたいですね。
07/08/04
東京はようやく梅雨が開け、夏本番となりました。
今朝など、眼が覚めた時には、すでに30度を超えていました。
こんな朝には、私はあえてベッドで温かい紅茶を飲みます。
まず、寝起きの体にたっぷり水をやってから、おもむろにお湯を沸かします。
飲むのはもちろん、大好きなアールグレイ。濃い目に出したアールグレイに冷たい牛乳を注ぎます。
牛乳を温めないのが英国流。イギリス人は決して紅茶を「ふーふー」したりはしませんから。
トレーの上にポットとティーカップを乗せ、再びベッドへ。
窓を開け、ラジオを聴きながらの一杯は、まさに至福の時間です。
素晴らしい一日のためには、朝の時間の過ごし方がとても大事だと思いませんか?
もちろん、そのためには夜早く寝ることが必須ですけどね。

07/07/15
すすみません、少々期間が開いてしまいましたが、前回に続いて鎌倉アート巡りです。
この時期、鎌倉は紫陽花目あての観光客がどっと押し寄せます。
北鎌倉から鎌倉に向かう一本道は、観光バスと乗用車がまさに数珠繋ぎ。
空気が悪くて、とても歩く気にはなれないので、亀ガ谷坂を越えていくことにしました。
その前に、鎌倉五山に数えられている浄智寺に立ち寄りました。
ここにある「木造三世仏坐像」は神奈川県の重要文化財指定を受けています。
仏像を拝んだ後は、亀ガ谷の急な坂を下り、住宅街を抜けて小町通へ。
いよいよ、今回のアート巡りのメインである、画家の0さんの個展に向かいます。
ギャラリーは小町通から少し入った裏道の、住宅街の中にありました。
0さんは壁画家で、大きなものとしては、お寺の外壁や仏舎利の天井を作品にいたします。
ただし、今回の個展では、家の中に飾っておける大きさの作品を展示してありました。
ほとんどが抽象画でしたが、色彩の美しさが際立っていましたね。
画法としてはフレスコなので、塗った時のままの色彩が、半永久的に続くことになります。
そこが、退色の激しい水彩画やパステル画との違いでしょう。
ギャラリーには、彼女が最近手がけた清水市(静岡県)のお寺の壁も紹介してありました。
写真を使って作画の様子を示してあったので、そのテクニックを余すことなく見ることができました。
まず、濃淡をつけた茶色の顔料を塗り、その上に漆喰を塗ってから、下絵を転写します。
それを尖った器具で掻き落とすことで、地色の茶のグラデーションが現れる。
白い壁の上に表現されたのは、極楽浄土と思しき蓮池でした。
よく見ると、蓮の葉の上にはカエルが顔を出し、花のつぼみにはトンボがとまっています。
こういうちょっとした遊び心が、茶目っ気のある0さんらしいと思いました。
彼女の作品をすっかり堪能した後は、ふたたびお寺へ。
浄光明寺は人も少なく、最後の時間をゆっくり過ごすには最高でした。
極楽浄土なアートの一日。時にはこんな週末の過ごし方も、命の洗濯になっていいものです。

さやさやと竹の葉の鳴る、浄智寺の裏庭。
07/06/24
子供の時から大好きな町、それが鎌倉です。
デートによし、女友達とわいわい言いながら歩くもよし、もちろんひとり静かにお寺巡りをするにも最高です。
湘南新宿ラインができたお陰で、新宿から一時間弱で行かれるようになったのも嬉しいですね。
梅雨の晴れ間の昨日、久しぶりに鎌倉へ行ってきました。
知り合いの壁画家さんが個展を開くというので、彼女を紹介してくれた建築家のSさんと、ギャラリーを訪れることにしたのです。
とはいえ、ただ作品を見るだけでは芸がなさ過ぎる。
それで、朝早めに東京を出発して、お寺巡りをしようということになりました。
おりしも今は紫陽花の時期。お寺巡りにはうってつけです。
私たちはまず最初に北鎌倉の東慶寺に参じました。
東慶寺は縁切り寺として名高いところです。
また、長い間尼寺だったこともあり、美しい花々が咲き乱れる寺としても人気があります。
でも、私たちのお目当ては仏像。
それも、拝観するには予約が必要な「水月観音菩薩半跏像」です。
前日にお寺に電話を入れ、9時半に予約。
門前近くの木戸を開け、庭を通り抜けて玄関の鐘を鳴らすと、係の方が中に上げてくださいます。
ご本尊の前を横切り、さらに奥へと進んでいくと、茶室の隣の仏間に観音様が安置されておりました。
思いのほか小さな観音様が、月をかたどった円の中に座していらしゃいます。
そのお姿の繊細で美しいこと!
水月観音菩薩……というのは、水面に映る月を眺めるところを表現したものですが、
岩にもたれるように座った姿、衣の裾からちらりとのぞく足先がなんとも色っぽくて。
拝観している間中、私は何度もため息を吐いてしまいました。
組んだ右足の親指が、ほんの少し反り返っているのですが、それがたまらなくセクシーなのです。
しかも、係の方が勧めてくださった場所に座ると、驚くことに観音さまとぴたりと目が合います。
ちょうど、池に映った月の辺りということでしょう。
その玉眼に見つめられると、さらに忘我の境地です。
仏像は庭を隔てた室内にあるため、境内の観光客の声も聞こえず、静けさの中で菩薩の慈愛に浸れます。
ただ、拝観には予約が必要で、寺の参拝料のほかに300円を払います。
でも、この300円は絶対に惜しくありません。
東慶寺の宝物殿(入館料300円)には、さらに南北朝の素晴らしい仏像(手だけは後につけたものと思われる)があり、
北鎌倉を訪れたおりには是非とも見ていただきたいです。
──なんて、まるで東慶寺の宣伝マンみたいですね(笑)
南北朝の彫刻の美しさにすっかり魅せられてしまったせいだと思って、どうか勘弁してください。
鎌倉美術ツアーはここで一旦終わります。次回のダイアリーはこの続きから。
(東慶寺〉
北鎌倉駅下車4分
神奈川県鎌倉市山ノ内1367
п@0467−22−1663

雨上がりの朝、日の光を浴びて輝く東慶寺の紫陽花。
07/06/16
印象的なジャズのメロディに乗って始まる『美の壺』、ご存知ですか?
NHKの教育テレビで、毎週金曜夜10時から放送されている番組です。
番組のコンセプトは美の発見。
サブタイトルに「鑑賞マニュアル」とあるように、
骨董品から日用品まで、私たちの身の周りにあるさまざまなものの見方を、三つのツボを挙げて解説してくれます。
舞台は、しっとりとした庭を持つ、大きな和風の古い民家。
案内役の谷啓さんがちょっととぼけたご隠居役を演じ、その日のテーマを紹介していきます。
それは時には枯山水の庭だったり、千代紙といった雑貨だったり。
他にも、和傘や江戸小紋、唐津焼などがこれまでに紹介されました。
最近取り上げられたものの中で、私が一番心惹かれたのは万年筆でしょうか。
番組では、万年筆の材質やペン先の調整について言及し、同時にプロの職人さんたちの技を見せてくれました。
お陰で、セルロイドの加工から、日本の文字に合わせたペン先の調整など、
一本の万年筆の中にもきらりと光る職人技があることを学べました。
とりわけ、蒔絵万年筆に施された装飾の美しさには眼を見張りましたね。
外国人のコレクターがこぞって買い求める……というのが、よくわかる気がします。
漆と金粉が生み出す精緻な蒔絵は、まさに日本が誇る芸術です。
この番組、テーマの選択眼はもちろん、美しいカメラワークや、BGMとして流れるジャズの曲にもセンスが感じられます。
和風にジャズって合うんだなあ、といたく感心したりして。
また、谷啓さんが醸し出すそこはかとないおかしみも、なんともいえない味を添えています。
教養番組なのに、なぜか癒される『美の壺』。
週末の夜、足のツボをゴルフボールでコリコリ刺激しながらぜひご覧くださいませ。
07/05/27
昨日の夕刊に、面白い記事を見つけました。
日本で最初にピーター・ラビットが翻訳されたのは1906年。
イギリスで初版が発売された4年後で、今まで一番古いとされてきたオランダ語版より、6年早い翻訳だったというのです。
つまり、ピーター・ラビットが外国語翻訳された最初の国は、日本だったということになります。
この記事を見て、私は合点がいきました。なぜ、こんなにも日本人はピーター・ラビットが好きなのか。
イギリス人が思わず首を傾げてしまうほど、日本人はピーター・ラビットと湖水地方が大好き。
日本人観光客が大挙して押し寄せるため、記念館では一時期入場制限をしていたほどです。
私自身も湖水地方を旅し、記念館にも足を運びましたが、正直あまり感動は覚えませんでした。
むしろ、宿泊先のホテルに住み着いていたアカリスの方が、「こここそ、ピーターラビット・カントリー」という印象を与えてくれました。
ピーター・ラビットに登場するアカリスは、今では数が減っています。
ところが、このホテルでは庭にアカリスたちが住み着き、ガーデンテーブルの上に置かれたナッツを食べに現れるのです。
宿泊前に、「アカリスは見られますか?」とオーナーに尋ねたところ、
「たぶんまだいると思いますよ」というイギリス人らしいジョークが返ってきました。
しかも、実際にホテルに行ってみると、私と友人のために、アカリスが一番見やすいお部屋が取ってありました。
私たちが朝早くから起き出して、アカリスたちの朝食を見守ったのは言うまでもありません。
思えば子供の頃、あの可愛いイラストに惹かれ、ベアトリクス・ポターの絵本を手に取った私。
やはり私の中にも、ピーター・ラビットに対する特別な思いが息づいているのでしょう。
姪が飼っていたウサギの名前が「ピタラ」だったのも、百年という翻訳の歴史を物語っているのかもしれません。
ちなみに、日本で最初にピーター・ラビットが掲載されたのは『日本農業雑誌』だったとか。
タイトルは『悪戯な小兎』で、マクレガーさんは「杢平(もくべえ)爺さん」でした。
07/05/13
実家のサマー・オレンジの花が、今、満開を迎えています。
縁側の窓を開け放つと、さわやかな匂いが部屋の中にまで流れ込んできて、思わず深呼吸をしてしまいます。
白いオレンジの花は清楚で可憐。
しかも、しばらくすると小さな緑色の果実になり、それが半年後には黄色い大きな実となって、秋の庭を彩ります。
花の盛りに先立つこと一ヶ月、我が家では一冬木にぶらさげておいたオレンジの実を収穫します。
そして、開花を迎えると同時に、母がマーマレード作りを始めるのです。
文字通り、自家栽培の完全無農薬オレンジですから、皮の部分をマーマレードに利用しても大丈夫。
もっとも、空気清浄とは言えない東京でできた果物なので、水洗いは丹念に行います。
皮は一晩水に漬けてアクを抜き、細かく切って砂糖で煮詰めていきます。
それを、アルコール消毒した瓶に詰めたら出来上がり。もちろん、防腐剤その他は一切使いません。
味見と称して、出来たてのマーマレードをトーストにつけて食べると本当に美味しくて……。
家のオレンジを全部使うので、出来上がるとけっこうな量になるのですが、
毎年、あちらこちらに配るので、いつの間にかきれいになくなってしまいますね。
私も今年は2瓶もらい、すでに1瓶はからっぽになりました(笑)
自家製の甘酸っぱくてほろ苦いマーマレードは、まさにこの時期だけの贅沢品。
オレンジの木と母に感謝しつつ、今日もトーストにてんこ盛りにしていただきまーす。

07/04/27
昨日の朝、突然思い立って、鶴川にある旧白洲邸「武相荘」に行ってまいりました。
いわずと知れた白洲次郎・正子夫妻の私邸ですが、現在は二人の暮らしを偲ぶ記念館になっています。
久しぶりの上天気、しかも昨今の白洲次郎ブームで、記念館はきっと込み合うだろうと思い、
朝9時に家を出て、開館直後の10時10分ごろに目的地へ着きました。
近年の開発によって記念館の周辺も住宅地になっていましたが、記念館だけは豊かな自然に囲まれて、
在りし日の鶴川の姿をとどめているようでした。
昔の農家の名残であるがっしりとした門をくぐった途端、さやさやと鳴る竹の葉の音と鶯の鳴き声に迎えられました。
庭のあちこちには春の山野草が咲き乱れ、藤棚の藤もちょうど咲き初めたところ。
開館直後とあって見学者の数も少なく、しばし庭の筍を眺めながら、鶯の声に耳を傾けました。
それからおもむろに私邸の中へ。
館内では、お二人の長女である牧山桂子さんの著書『白洲次郎・正子の食卓』が出版されたばかりということで、
著作にちなんだ展示が行われておりました。
普段の展示品に加えて、お二人が好んだ料理など(蝋細工)が飾ってあったのです。
お料理を盛り付けてあるのは、もちろん正子さんが集めた趣味のよい食器の数々です。
おかしかったのは、その料理につけられたお二人のエピソード。
牧山さんの著作の中からの抜粋なのですが、次郎さんと正子さんの力関係が如実に現れていました。
「母の命令で」「母に罵倒され」──。
どうやらあのダンディでかっこいい次郎さんは、正子さんに頭が上がらなかったようですね。
もっとも、展示の中で私が一番心惹かれたのは、やはり正子さんの書斎です。
机の上には原稿やめがねが置かれ、ほんのちょっと前まで、そこで正子さんが執筆していたかのような雰囲気が漂っています。
ほんとうに、床の座布団に触ったら、まだ正子さんの温もりが残っていそうで……。
正子さんや次郎さんのファンの方はもちろん、古民家や骨董、着物に興味のある方も楽しめる素敵な記念館。
場所は小田急線の鶴川駅下車、鶴川街道を調布方向に直進して15分のところです。目印はユニクロです!

旧白州邸「武相荘」
07/04/20
久しぶりに読みごたえのある小説を読み終えて、今、溢れんばかりの幸福感に浸ってます。
その小説とは、トルコ人作家オルハン・パムクの『私の名は紅(あか)』です。
未読の方のためにさわりだけご紹介すると──
舞台は16世紀のイスタンブール、12年間のさすらいのあと、主人公カラは伯父であり、恋しい女性の父親であるエニシテの家を訪れる。
そこでカラは、エニシテがスルタンの命で写本を作っていること、彼の下で働く細密画師の一人が何者かによって殺されたことを告げられる。
犯人探しに協力するため、また、寡婦となった愛しのシェキュレを手に入れるため、カラは自らこの事件に関わっていく──
とまあ、一見ミステリー風ですが、そこはノーベル文学賞作家の作品ですから、単なる犯人探しには終わりません。
東と西の文化のせめぎあい、聖と俗とのせめぎあいが、それこそ一枚の細密画のごとく「細密に」描かれています。
読みながら、「なんか、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』を彷彿とさせるなあ……」と思っていたら、
訳者のあとがきにも、やはりその点が触れてありました。
『薔薇の名前』はショーン・コネリー主演の映画にもなっていますから、ご覧になった方も多いでしょう。
あの雰囲気が好きだという方なら、必ずや『私の名は紅(あか)』も、気に入っていただけると思います。
さて、私がこの本に心酔する理由は、もちろんその卓越した構成力や表現力、文中で語られる芸術論によるところが多いのですが、
同時に、細密画そのものへの興味、トルコという国への関心も含まれます。
私はロンドンに住んでいた時に、インドのムガール王朝絵画について勉強しました。
この絵画は、ムガール帝国皇帝のアクバル(1526−30統治)が創設した工房に始まり、その後継者へと引き継がれていきます。
(アクバルとこの工房のことは、小説の中でも触れられています)
ムガール王朝絵画は、ペルシアの伝統的な細密画の技法と、インド土着のアートが融合したもので、
トルコの細密画とはまったく別の発展を遂げていくのですが、本物をじかに目にして以来
(注:細密画は褪色しやすいため、なかなか一般公開されません)、私はこの絵画の虜になってしまいました。
その繊細なアウトラインや、独特の色使いは、西洋絵画とは異なる美の世界を構築しています。
『私の名は紅(あか)』を読んでいる時も、頭の中を数々の細密画の名作が過ぎり、何度もページを繰る手が止まってしまいました。
今、私は、「トルコの細密画の実物を見てみたい」という、ひそかな野望に燃えています!
トルコには数年前に訪れて、イスタンブールの町を一人で散策しました。
そのせいでしょうか、作中に出てくるトプカプ宮殿や、旧市街の様子が目に浮かび、より深く作品世界に入っていくことができました。
オルハン・パムクの作品を機に、再びトルコを旅したくなってしまった私。
でも、できるなら、今度は一ヶ月くらいの長逗留がいいですね。

私の家の近所にあるトルコのモスク(東京)
07/04/15
アフリカやオーストラリアには、雨季になるとお花畑に変わる砂漠があるそうです。
それまで灼熱の大地に隠れていた植物が、雨によって一斉に発芽し、開花する。
すると、どこからともなく昆虫たちがやってきて、せっせと受粉をするのだそうです。
そこまでドラマティックではありませんが、私の事務所の窓からの眺めも、この時期は一変します。
誰が植えたわけでもないのに、向かいの土手にたくさんの花が咲くのです。
紫を基調に、ところどころに白、黄色がちりばめられた花の絨毯。
うちのマンションの住人にとって、一年に一度のこのお花畑の出現は、まさに自然からの贈り物です。
そんな景色を楽しみながらベランダで新聞を読んでいた時、ちょっと気になる記事を発見しました。
「ミツバチ労働放棄?」
これは、4月14日の毎日新聞(朝刊)第九面に載っていた記事の見出しです。
アメリカで、大量の働き蜂が、巣箱を離れて行方不明になっているというのです。
このため、アーモンドなどの農作物の受粉が行われず、今や深刻な事態になりつつあるとか。
記事では、原因としてミツバチ自身の免疫機構の弱体化をあげていますが、とても不気味な現象だとは思いませんか?
私はこの記事を読んだ時、ひどく胸騒ぎを覚えました。
これは人知をはるかに超えた、大きな異変の前ぶれではないかと。
私たちには目に見えないものでも、小さな生き物たちは敏感に感じ取っているのかもしれない。
そう思うと、目の前の美しいお花畑すら、懸命になにかを訴えているようです。

07/04/05
今日でソメイヨシノも見納めだろう……そう思って、早朝の代々木公園を訪れました。
昨日はまるで冬に逆戻りしたかのような、冷たい雨。
おかげで、今朝の代々木公園は花見客の残したゴミも少なく、ひんやりとした空気の中で、桜を堪能できました。
散り際の桜も、物悲しくていいものです。
早朝の、しかも雨上がりの清涼な空気の中だと、桜の淡い花の香りがよくわかります。
大勢での花見もいいですが、五感の研ぎ澄まされる早朝に、一人木の下にたたずむと、
また別な桜のよさを味わうことができるのではないでしょうか。
早朝の一人お花見、おすすめです。
なお、infomation のコーナーに新情報がございますので、ぜひ、チェックしてみてください。
