Monderman model


リスク・ホメオスタシス説というものがあります.

安全を実現する方策を整備しても人々のリスクを許容する程度が変わらない限り,結局リスクの大きさは一定にとどまる,というものです.

この説の実践版ともいうべきものがモンデルマン・モデルです.モデルといっても理論モデルではなく,オランダはフリースラント州で道路交通安全の責任者を永年勤めてきたハンス・モンデルマン氏(Hans Monderman, 1945-2008)が100以上の場所で試みてきた交通安全施策とその方法論の総称です.後年(2003ごろから)イギリスの交通研究者によって「共有空間(Shared Space)」という言葉も使われるようになりました.

人が多く交通の流れも遅い町や村の道路や交差点では,歩行者,自転車,車など交通参加者を互いに分離して交通を規制する手法をあれこれ導入するより,運転者や歩行者がが相互に認識しあうことでより安全で効率的な道路交通が実現できる,というのがモンデルマン氏の発見であり哲学であるわけですが,リスク・ホメオスタシス説を唱えるカナダのジェラルド・ワイルド先生もフリースラントのとなりのフローニンゲン州でヘラルト・ウィルデというオランダ人として生まれているのが面白い.

欧州委員会の助成金による"Shared Space"プロジェクトがヨーロッパの7つの自治体で実施されています.とくにドイツのボームテ(Bohmte)の事例が2007年9月に日本でも大きく報道されました.日本人と同じように規則の大好きなドイツ人が,規則や標識を減らす傾向を持つ共有空間プロジェクトに参加すること自体が意外とも言え,成り行きが注目されます.

すべての出発点:アウデハスケ

1979年に州都レーウワールデン(Leeuwarden)近郊の小さな村アウデハスケ(Oudehaske,人口2,000人弱)で,当時43才の州交通問題担当者モンデルマン氏はハンプのような障害物の設置,標識の整備といった現代的な交通静穏化手段を利用する代わりに,色分けで歩道と車道を区別し,並木やその他の植裁を施しました.予算不足もあったようですが,結果は走行速度の大幅な減少につながりました.


村のウェブサイトにいろいろな通りの写真が.
shared space in Oudehaske

道路標識のない村:マッキンハ

マッキンハ(Makkinga)は同じくフリースラント州のさらに小さな人口1,000人ほどの村です.村の入り口に‘WELKOM/verkeersbordvrij!!’(ようこそ/道路標識がありません)という標識が掲げられており,(これ以外)標識のない村として知られています.


Shared Space in Makkinga

より複雑な事例:ドラハテン

良く引き合いに出されるラワイ広場(Laweiplein)などいくつかの事例があるドラハテン(Drachten)はフリースラントのやや大きな町です.人口は45,000人.


shared space in Drachten (lawei)

下のクリップでは,雨の日,ドラハテンの交差点でモンデルマン氏が見学者を案内しています.ラワイ広場(Laweiplein)ではなく,たぶんDe Drift とDe Kadenの交差点.


Monderman (4of10) - Drachten Intersection

その他

共有空間についての解説的なクリップです.


Shared Space newsflash


Introduction to Shared Space (1 of 2)


* A-Z * 蘭和単語帳 * 和蘭単語帳 * オランダのあらまし * 「日本(語)のオランダ」
Author:小橋康章 Y. Kobashi, All rights reserved
Date : 2008/10/31 (更新); 2008/10/06 (作成)

URL=http://homepage3.nifty.com/hiway/holland/jword/Monderman.htm