オランダの三色旗(driekleur)が登場したのは低地諸国の反乱者たちがスペインとの80年戦争に突入して間もない1572年,デンブリール(Den Briel)の解放の時だといいます.このオレンジ・白・青(Oranje-blanje-bleu オランニェ・ブランニェ・ブレゥ)の三色旗は Prinsenvlag (公(プリンス)の旗)と呼ばれていました.プリンスとは反乱軍の指導者でオランダ建国の父,オラニェ(オレンジ)公ウィレム.ナッサウ家の出身で沈黙公(de Zwijger)とも呼ばれたウィレムは国歌ウィルヘルムスにもうたわれています.
16世紀の終わり頃,オレンジのかわりに赤を使った旗が現れ,17世紀の半ばまでには現在のような赤・青・コバルトブルーが定着しました.東西両インド会社もこの旗の中心に社章をあしらった旗を掲げて七つの海に乗り出していったため,三色旗は世界中で知られるようになりました.色が変わった原因は染色技術の進歩とも,海上でオレンジ色は見わけ難いからとも,またオラニエ家の人気の低下によるともいわれていますが,確実なところはわかりません.実際,比較的最近まで両方の旗が使われていたといいます.また,個々の色が特別な徳目(勇気とか平和とか)を象徴してはいないそうです.
王室関連の旗日には三色旗の上にオレンジ色の吹き流しを取り付け,
オラニェボーヴェン(oranje boven)と称します.ちなみにフランスの
三色旗が出来たのは200年ほど後のことです.
三色旗は法律で国旗と定められているわけではありません.
1930年代にはオランダ版のナチスであるNSBが再びオレンジ色を赤のかわりに入れた三色旗を使うことを主張し,1937年2月19日,時の女王ウィルヘルミナの勅令(Koninklijk Besluit)によって赤白青の三色旗を国旗としました.
三色旗が現れるまでのネーデルラントの旗はブルゴーニュ十字旗でした.
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