ホーラントは南隣のゼーラント(Zeeland)とともに,
低地諸国(Nederlanden)
が16,7世紀にスペインからの独立のために戦った
80年戦争で先鋒的な役割を果たし,
独立後の共和国時代にも主導的な地位にありました.そのため,とりわけ
外国から見ると,ホーラントが低地諸国と同じ意味にとられるようになった
ようです.一地方を指す大和ということばが日本全体と同じ意味で使われる
のと同じことでしょうか.
かつてホーラントとゼーラントがオランダ連合共和国(正確には低地七州連合共和国 De Republiek der Zeven Verenigde Nederlanden)の最主要州だったというのは,ロシアとウクライナがソビエト社会主義共和国連邦の最主要国だったようなものです.ソ連のことをロシアと呼ぶ人はたくさんいたわけですが,7つの海を乗り越えて自分たちの住処の近くまでやってくる低地七州連合共和国の住民(まだネーデルラント国民という意識はなかったと思います)のほとんどは,アムステルダムやらロッテルダムやら要するにホーラント州から実際に来たわけですから,当時の日本人を含め多くの外国人たちが彼らのことをホーランダー,オランダ人と呼んだのは不思議ではないと思います.
Holland の hol は,holt(森,現代のオランダ語では hout (しばらくhoudと書いていましたがスペルミスです))だったという説と,窪地(たとえば Schipholという地名のように)を指すという説があるようです.ホがオになったのは,ポルトガル人が日本にそれを伝えたときポルトガル語風の発音にしたのでしょう.
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