初代のナッサウ伯 (Graaf van Nassau) ラウレンブルクのワルラムは12世紀半ばの,日本なら平安時代の終わりの源平合戦のころ登場しています.本拠はドイツのフランクフルトとコブレンツの間あたり.かれの孫ワルラム(Walram)とオットー(Otto)の時代にナッサウ氏は2つの系統に別れます.後にワルラム系からはルクセンブルク大公家が,オットー系からはオランダの王室が出ます.オランダに王国が出きるずーっと前の話.
オットー系ナッサウ氏は15世紀の初めまでに,主に婚姻によって低地諸邦に領地を増やし,この地方の重要な貴族となって行きます.やがて1475年に没したヨハン4世(Johan IV)の2人の息子,兄のエンゲルベルト2世(Engelbert II)と弟ヨハン5世(Johan V) の間で低地諸邦の領地とドイツの領地とが分割され,兄はオランダのブレダの男爵に,弟はドイツのナッサウ=ディレンブルク(Nassau-Dillenburg) の伯爵になります.
[ウィンクラー・プリンス大百科事典などに基づいて記述しました]
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