Author: Y. Kobashi
Date : 1999/02/24 (created)

支援システム(「現代のエスプリ 362」認知科学:人の心を科学する (編集 西川泰夫,1997年9月刊))原稿

支援システム

小橋康章



1.支援システムとは


支援システムは通常,発想支援システム,翻訳支援システム,文書作成支援システム,意思決定支援システムなど,○○支援システムの総称として理解されている.コンピュータの記号処理能力を利用して個人や集団の作業や活動を助けるソフトウェアだと考えられているといってもさほど的外れではないであろう.

しかしロジスティックスの分野では支援システムを生産組織の活動や軍隊の作戦を可能にする資源や人員の輸送や配置,メンテナンスなどのサービスの一切(人,装置,情報などを組み合わせたもの)と考えており,ISO9000という国際規格に準拠する支援システムの定義と支援能力の評価基準の策定にむけて努力が進んでいるところでもある.もちろんそこでもコンピュータは重要な要素の一つであるはずだが,このサービスを実施する人々の組織や物資の運搬や格納の手段と切り離してソフトウェアだけを支援システムとするのは不都合である.

また,とりたてて支援システムという名前がついていなくても,教育やカウンセリングを個人の能力を開発するための支援システムと考えたり,インターネットのようにその目的や意図が発達の過程で変化し,また将来にわたっても参加する人々の総意によって変化し続けるであろう構造物を,研究支援システムと見なしたり,商品やサービスの販売支援システムと考えることに,それほどの不自然さはない.

このように無数の適用分野と事例があるように見える支援システムを,この小文ではそれがどのような研究課題なのかという観点から認知科学との関連で見直してみたい.支援システムという視点を選んだときわれわれは,支援を「相互に関連し合う部分からなっており環境との間にフィードバックをもつ全体である支援システムの機能」ととらえているはずである.ただし,ここでは支援そのものは「他者の意図を持った行為に対する働きかけであり,その意図を理解し,その行為の質の改善,維持,あるいは行為の達成をめざすものである(小橋・飯島,1997)」としておくことにしよう.


2.支援システムの分類


支援システムは物理的な道具や人や情報,あるいはそれらの組み合せからなっている.支援システムの事例をあげただけでは支援されるべき行為の多様性に目を奪われて収拾がつかなくなるので,その多様性を横断して観察される支援の質的な側面に目を向ける必要がある.

たとえば,支援システムの主要な機能によって,物理的支援システム,認知的支援システム,社会的支援システムの三種への分類が可能である.


(1)物理的支援システム


人間の物理的な存在や移動を支援する意図や効果をもつシステム.雨風を防ぐ屋根や壁はわれわれの日常生活を支えているし,直立歩行を支える平面の床,温度を調節する衣服,歩行に近い柔軟性をもつ移動手段である車椅子など.


(2)認知的支援システム


人間の認知的な機能を支えるシステム.外部的な記憶の補助具(小谷津・鈴木・大村,1992)であるノートやリマインダ(指にリボンを巻く,など),「超」整理法などのファイリングの方法論と道具(野口,1993).記憶の補助であると同時に他者との協調を可能にするカレンダやスケジューラ.空間的な定位や移動を助ける地図,航海術.推論や問題の解決を容易にする図式や,表現の道具であるワードプロセッサ.そのほか多くのコンピュータ利用型支援システム(西田・佐伯,1991;長尾,1996).コミュニケーションを促進させるワークショップや図式的表現法など.さらには学習を支援する教育システム.カウンセリングなどの精神的支援.


(3)社会的支援システム


個人や集団を社会的経済的に支えるシステム.ODA(佐藤,1996)や社会保障などの制度.また自由で創造的な活動を支えるアメリカ障害者法(川内,1996),著作権法(名和,1996)などの法律.社会的環境の変化に応じて制度を変化させるための管理くずしの活動(今田,1997),など.


具体的な支援システムは必ずこれらのカテゴリのひとつ,そしてひとつのみに分類されるわけではないし,精神的支援を認知的支援システムの機能としてしまってよいかどうかにも疑問が残るところだが,こう大ざっぱに分けてみたほうがイメージがわきやすいし,これまでの支援システムに関連する認知科学的研究が認知的支援システムに専ら関わっていることもわかりやすい.


3.道具の研究


認知科学の分野で比較的早い時期に支援の問題を扱ったのは小橋(1988)と三宅・波多野(1991)だが,認知の外的資源(日本認知科学会,1995)や「現代のエスプリ」で野島(1992)がかつて扱った人間と道具のインタフェースやインタラクションの問題も支援システムと深く関わるものといえる.


3.1 インタラクションへの関心


野島(1992)によれば,道具の研究の焦点が人あるいは道具の一方にのみ注目しそれを改善する方向から,人と道具の二者間の相互作用に移り変わってきている.さらに,人と道具の関係を二者に閉じたものとしてではなく,社会的文化的な活動の中に位置づけられるものとしてとらえる考え方が広まりつつある.こうした研究の流れをたどることは野島の概説にゆずるが,主要な考え方のシフトは


(1)「学習は個人的なものである」から

   「道具の利用と学習は社会的なものである」へ

(2)「道具は人の力を強大にする増幅器である」から

   「道具の利用が作業を変える」へ


の2点に要約される.

最初の点から,初心者がマニュアルを読まないのはまわりの人々に聞いたほうがより効果的だからだという説明が可能になるし,初心者が「どこまで」学ぶかも社会的分業にもとづくという説が生じる.第2の点はもっぱら記憶負荷や計算負荷などの認知負荷を軽減するのがコンピュータを初めとする認知的な道具の効果であるとする視点から,たしかに人間+道具のシステム全体を展望する「システム・ビュー(システム的視野)」ではそうであっても,道具のユーザの側からの「パーソナル・ビュー(個人的視野)」では道具を使わない作業が道具を使う作業に変貌するというノーマン(1992)の視点へのシフトを反映しており,コンピュータやその他の装置の操作や効果のわかりやすさが,主要な課題になる.

道具が本当に支援システムとして機能するには,(1)自然なデザイン志向,すなわち円筒状の突起はつまんで回せるのではないかというようにアフォーダンスを利用した自然な操作や,わかりやすいフィードバックが必要だし,(2)強制選択機構,つまり行為の流れをデザインに利用して,たとえば部屋から出ようとすると鍵を見ざるを得ないというように,2つ以上の行為の系列を強制的に同期させる機構も効果的である.さらに,(3)情報源としての他者の存在も道具利用を容易にしその効果を高めることになる.

この最後の点はただちに支援システムとしての他者の認識につながるものである.他者がどのように認知的支援システムとして機能し,またときにそれに失敗するかについて,野島(1995)は問題解決の手順としてのデータベース検索の行動と,他者への問い合わせの行動プロセスを対比させて,後者の場合,回答者である人間の柔軟さのために不適切な問い合わせが放置されること,不適切な結果に気づかないことなどを特徴としてあげている.

野島の結論は「人と道具のインタフェースを考えるということは,その両者の間に生じるインタラクションを考えるということであり,そのインタラクションは社会的な活動の文脈の中から生まれてくる」というものである.従って「『コンピュータ=道具』論のように,人の意図やプランこそが重要であって道具は単にその意図やプランを実現する過程での増幅器にすぎないという考えが不十分なものであったことを示している(野島,1992,p.57)」

野口(1993)が提案した「超」整理法はファイルすべき資料を特別な分類を行なわず,入手した順に格納してゆき,格納後に使用した資料は元の位置に戻さずいちばん最近入手した資料と同じ扱いにする,という方法である.強制選択機構の概念を利用すると,この方法は,格納時の認知的コストを下げ,探索時に資料の時系列的順序の学習を強制し,資料の使用頻度による順序づけを強制する,と説明できる.「超」整理法の効用は上に要約したような人と道具(ここではファイル)のインタラクションを検討して初めて理解できるように思われる.


3.2 認知的支援システム以外への拡張


野島がまとめたような人間と支援システムのインタラクションに着目した分析は,認知的支援システムに限らず社会的支援システムや物理的支援システムにも適用できるはずである.たとえば,「保険」や「社会保障」といった制度に関しても,個人の経済的負担を軽減するという「システム・ビュー」と,さまざまな種類を記入したり,ある時点である行動をとらなければならないといった,制度の利用にともなう個人の行動の変化を反映する「パーソナル・ビュー」の両面から捉えることが必要だろう.

また,歩行が困難な人間を物理的に移動させる道具である車いすがユーザに対して持つ意味は,社会的文化的な文脈の中で生じるものである.さらに,車いすに乗った人のための支援システムである駅などの車いす対応型エスカレータや駅員によるかつぎ上げサービスは,その運営方法とあいまって,これを利用しないものには想像もしにくい副作用を利用者に及ぼしているようである.川内(1996.p.107)は,利用に際して介助者を必要とする支援システムを介助依存システムと呼び,そのさまざまな欠点を指摘している.支援システムを評価するための質の評価軸のひとつとして,介助依存性は重要な意味を持つものと思われる.


4.事例収集の必要性


支援研究のひとつの課題は事例の収集である.多様な被支援行為を横断して支援の定義を求め,分類の枠組みを工夫する理由のひとつは,こうした事例の収集を容易にすることである.今田(1997)は事例の収集の必要性を支援を理論に分析する枠組みが未熟であることに求めているが,著者はそれ以外にも事例の役割があると考えている.

佐藤(1997)は実例の集積にもとづいた翻訳システムを論じながら,規則学習と実例型推論を対比させている.初期の機械翻訳では,人間がたくさんの翻訳例を調べてそこから翻訳規則を引き出していた.これは大変な仕事である.出来上がった規則の体系はコンピュータのプログラムとして翻訳の作業を実行することになる.翻訳システムの作成を機械による学習という観点からみると,規則学習アプローチと実例型推論アプローチの2つを区別することができる.規則学習では翻訳例からの規則の抽出をコンピュータに実装した学習機能によって機械的に行なおうとする.これに対して佐藤の考案した実例型推論では翻訳例から比較的少数の翻訳規則を引き出すかわりに,翻訳を実行するときに過去に行なわれた翻訳の実例の集積の中から最適照合が得られるように実例を選びだし,回答とする.

このことをより一般的に述べると「それぞれの規則に各種の条件や制限を明示的に表現して、規則集合全体をある種の『理論』として体系化するか、あるいは、そのようなことをせず、ぼんやりとしたまま残すかということである(佐藤,1997,p.107)。」

それならどんなときにどちらのアプローチをとったらよいのだろうか.佐藤は対象の性質によると考えている.明示的な体系化が容易な対象と,例外が多く体系化が困難なものがある.この判断はまた抽象化の程度にも依存する.抽象化は一般に強い規則性が現われる方向に,従って明示的な体系化を許す方向に行なわれる.「科学」においては現象を少数の明示的な規則として捉え,対象の理解を容易にすることが求められる.これに対してあるタスクを実行する実行系を構成することだけを考えるなら明示的な規則を使ってそれを実現しなければならない理由はない.

このことから支援システムを構成する知識としての支援事例は,必ずしも支援科学をめざすためのデータと見なされる必要はないことが類推できる.支援事例は目的を手段に,あるいは状況を行為に翻訳するための実例型推論を可能にするデータベースとなりうる.もちろんこの場合も事例集の中の事例と支援の実行場面における眼前の目的や状況を最適照合するメカニズムを工夫しなければならないし,データベースの拡張や,検索の能率を高める方法の技術的な検討が行なわれなくてはならず,ただ事例を集めればよいというものではない.しかし,実例型推論にもとづいた機械翻訳システムの成功は,支援の博物学を進めることの正当性を支える論拠となるといってよいだろう.


5.事例を超えるために


もしも事例の知識と経験だけが重要なら,支援システムの研究は現在うまく機能していたり過去においてうまく機能していたシステムの記述とそれらを複製するための学習や訓練に尽きてしまうであろう.しかしそれだけでは充分ではなさそうである.それはなぜか.

三宅・波多野(1991)は,支援される人間の側に視点をおいて,環境的な与件としての外的な支援システムである道具や他人と,内的な支援システムであるわれわれの知識の,どれもが持っている二面性を論じた.二面性とはこれらのシステムが援助するものであると同時に,制限するものでもあるということにほかならない.

実験室の中や,よほど困難な自体に直面した場合を別として,日常的な場面での人間はおおむね有能である.この有能さは多くの場合,先人が同じような問題を解決する中で考案し改良してきた金槌や,自転車や,メモ帳や,さいころなどの物理的な道具や,数学の定理,解法のヒント,航海術,記憶術,さらには言語そのもののような概念的な道具よって支えられているためである.道具は先人による問題解決の集成である.また,道具だけでなく他の人間そのものも,仕事の一部分を肩代りしてくれたり,仕事ぶりを観察して適切な助言を与えてくれたり,あるいはただそこにいるだけのことによって,わたしたちがより有能に行為することを助けてくれる場合がある.

三宅らは,これらの支援(われわれの用語では支援システム)が,「ある一定の範囲のことだけを選択的にできやすくするという形で私たちの認知活動を支えている(p.111)」と考える.「これによって私たちは,ある一定の成果を挙げやすくなると同時に,その限られた範囲内のことだけをしようとするようになるという意味で活動を限定されることになる.(同)」

この二面性を三宅らは「制約」と表現している.制約はここでは「吟味されるべき仮説や解釈の集合の一部をあらかじめ排除する諸条件(p.112)」である.

さらには,外的な支援システムだけでなく本人が後天的に獲得した既有知識などの内的な要因も,できることの範囲を限定するという意味で制約として働き,そのことによって場合によっては問題の解決を容易にしている反面,人間の認知活動がこれらの支援によって制限を与えられている.

支援が制限的に働くとき,それはわれわれが管理と呼んできたものとかわるところはなくなってしまう.そして今田(1997)のいう「管理くずし」と呼応するように三宅らは「脱状況依存」という現象に注目している.日常生活の中での問題解決に含まれる知識は状況を超える一般性を持たないという意味で状況依存的だが,とりわけ外的制約に依存するほどその傾向が強い.それではちょっとした環境の変化によっても望む結果がえられなくなってしまうので,人間はなんらかの方法によって状況を超えているはずである.また,既に持っている知識の改訂も行なわれているはずである.

三宅らは,いかにして人間が支援の制限的な側面をのりこえているかに関して,

(1)メンタルモデルの利用,
(2)内省的な再吟味
という二つの仮説を提出している.

さて,彼らは制約がいかに人間を有能にしているかについて述べ,制約の制限的側面をいかにのりこえるかについて語ってはいても,特定の能力を引き出すためにどのような制約を導入すべきかは論じていない.これに対して橋田(1994)は制約のみによる知的行為の設計の提案を行なっている.彼のいう制約は三宅らのような「できることの範囲」ではなく,問題が解決したといえるときどのような条件が満たされているべきであるかの記述であって,そのような制約は行為者と環境の両者にまたがって存在することになる.


6.支援の副次効果


こうした制約の効果のうちそれらを導入した意図と合致するものを主効果とするなら,それ以外のものを副次効果と呼んでよいであろう.小橋(1988)は行為としての支援の特別な質を確定しようと試み,とりわけ支援の副次効果に注目した.

支援を意図的,二次的,そして知識依存的な改善行為だと考えたとき,そうした支援のための理論を正当化するためには,その理論の中で提案されている支援の方法や支援のためのアドバイスが役に立つことの論拠が必要である.

正当化の規準としては,(1)望ましい方向の変化を可能にする,(2)変化を阻害する要因を取り除く用意がある,(3)望ましくない副次効果をおさえる手当が用意されている,などが考えられる.

ところが,これらの規準をすべて充たすことはそれほど容易なことではない.そのため,支援が失敗する可能性がいろいろある.例えば,

1)支援の方策が採用されない,

2)改善の評価(法)がはっきりしない,

3)約束された効果が現われない,

4)望ましくない副次効果がある,

などである.


7.おわりに


支援システムの体系的な研究は端緒についたばかりであって,ここ述べたことからも,支援する側とされる側がどのように相互に影響しあいどこへ向かっていくのか,そうした相互作用の中で支援の意図的な努力は何をめざすべきなのかは充分に説明されていない.例えば情報システムなどの道具を作る側,教育などの支援を提供する側は,支援の制限性に対抗するために何か有効な措置をとることができるのだろうか,あるいはそうした試みはかえって事態を悪化させるのだろうか.これらは今後に残された多くの問題の一端に過ぎない.

支援システムはその支援の対象となる行為の改善をめざすこと以外にそれ自身の目的を持たないという点で特殊なシステムである.行為の改善をめざしてわれわれが対象を観察するとき,その行為を成り立たせている環境や文脈への関心は二次的なものであることが多い.行為が図であれば環境や文脈は地に相当する.支援システムを考えるということは,この図と地の関係を逆転させることにほかならない.


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