36.バスガス爆発
またまたの執筆となります「むうびすと」です。長野オリンピック、感動でした。皆様方はいかがお過ごしでしたでしょうか?
前置きはこれくらいにして、今回の本題に移ります。
バス。・・・・私の記憶が確かならば、この乗り物のおかげで何度、遅刻の恐怖を味わったことか・・・。
社会人になってからバスのお世話になることが多かった。しかし、これがまた使えない。(全国バスファンの人、スマン・・・)
時間になってもこない。交通渋滞により目的地に着くまでの所用時間があいまい等、不平不満を言っていたらきりがない。
バスに乗るとアナウンスで「交通事情により・・・あらかじめご了承の上、ご利用ください」とか流れているので、文句は言えない。
横浜の居城に移った当時はよかったのだが、最近は不満ばかりだ。早く原付を買わなくては・・・。
おっと、ついつい愚痴をこぼしてしまった。皆様すみません。m(__)m
話は変わって、この歳にもなって私は大人げないことをバスの中でしている。^^;
バスでは自分が降りるバス停の前に「とまります」というボタンを押すというシステムになっているが、
小・中学生の頃ならば、この「とまります」ボタンを「自分で押したい」または「俺様が一番早く押すんだ!」という心理状態のため、
やたらとこのボタンを押す人が多い。しかし、年をとっていくにつれ、心理状態は逆に移っていくようだ。
つまり「誰かに押させてやろう」とか「面倒くさい」という心理になり、なかなかボタンを押してくれない。
私が降りるバス停は近くに大学があるため、比較的に乗り降りが多い。にもかかわらず、誰もボタンを押そうとはしない。
それは、先程の心理「誰かに押させてやろう」というものからかもしれない。
降車バス停前になると私の心理は「誰かが押すだろう」というものになっている。この後の心理は次のパターンに別れる。
さて、皆様はどのように考えるか?
皆様もバスに乗っており、次のバス停で降りる時の気持ちになって読んでもらえると幸いです。
パターン1 すぐに誰かが押した時
私は何も感じない。手間が省けたなぁ〜って感じ。
パターン2 降車バス停ギリギリで誰かが押した時
私の場合、降車バス停の次のバス停でもよいので基本的にはボタンを押さない。
この時、このバス停で降りる人は皆「誰かが押すだろう・・・」と思っている。これは普通の人かな。
もしくは「俺は押さない!」という私に似た幼稚な人。「俺は押せない!」という人もいるだろうが、これは希有な存在である。
さてさて、降車バス停が近づいてくると、「誰か押してくれるだろう」という自分の考えに疑問が生じてくる。
「そろそろ押してくれてもいいのに・・・」とか「ひょっとして次のバス停で降りるのって、俺だけ?」。
このような狼狽ぶりを最初に見せた者が、だいたいボタンを押すものである。
そして、いざ降車するときになると、案外降りる人が他にもいる。
ボタンを押した人は「何でこいつら押さないんだ!」と少なからずも腹を立てているだろう。(-_-メ)
ボタンを押さなかった人はボタンを押した人を「ふふふ・・・馬鹿な奴め」とか「勝った!(爆)」など優越感に浸っているだろう。
ちなみに私は「ふっ、愚か者め」と思っている。(N2爆)
パターン3 結局降りるのは自分一人でバス停を通り過ぎた時
あ〜あ、押しとけばよかった・・・。(T_T)
って感じ。これは自分のみで、他の人はこのような状況に遭遇することはないだろう。
以上、私の経験と推測によるバス中の心理学のお話でした。
おそまつ。
★★★
思わず「ある、あるぅ!」と叫びたくなるような、とても身近なお話でした。
みんなもこんな経験あるよね。子供が「次だよね、次降りるんだよね」と押したがっている時に、わざと意地悪して発車と同時に押して、子供の半べそ顔を見て遊んだり、
良くある話ですよね。
ところで、以前、少なくても週に2回は更新すると書いたような気がするが、一体どうなったんだろう... 私も少し頑張らないとネ。
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