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| 危険地帯 | ||||||||||||
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1997年作品 No.1 めざせ毎日更新 1998年作品 No.29 1998年の祝賀 1999年作品 No.60 1999年の祝賀 2000年作品 No.76 2000年の祝賀 2001年作品 No.85 2001年の祝賀 2002年作品 2003年作品 |
86.母を尋ねて北千里 季節は冬なのに、これから書く内容は夏真っ盛りの7月の話だというから愉快であり痛快であり、まるで夏に発売されて話の内容は冬というKanonの逆バージョンであるが、余り気にせずに読みつづけていただければこれ幸いといった雰囲気である。 ある夏の日、小生とその友人は2泊3日の行程で大阪に向かっていた。小生が東京を離れてどこか遠くへ行く理由なんぞ某椎名関連であるということは、いまさら書くまでもない周知の事実であることだとお慶び申し上げる次第。 大阪へと旅立つ日、小生は夏コミの原稿の締め切りが差し迫っていた関係で徹夜明けだった。ただひたすらずーっと家でパソコンに向かい、原稿を書いていたのであった。 友人との待ち合わせは、新横浜駅に昼の12時過ぎであった。本日のスケジュールは、13時前の新幹線に乗り、15時30分ころ新大阪に到着。そして16時30分にへきるライブin大阪が開催され、終了後は大阪の夜を満喫、という段取りである。正午過ぎの太陽は、己の存在をこれでもかと誇示するかのように燦燦と光り輝いていたためか気温も上昇しており、灼熱地獄の様相を呈しておった。 もともと寒冷地仕様である小生にとって、この暑さは耐えがたいものであった。小生はチョコレートのように溶ける寸前であった。 そんななかで、なんとか友人とおちあい、あとはいざ新幹線へ乗車という儀式が残るのみになったのだが、その前に新幹線の中で食する弁当などを購入せねばなるまい。小生は実は昨日の晩より何も食べていないのであり、おなかペコペコであった。寝食を忘れ、ひたすら原稿書きに勤しんでいたのだ。こんな小生を皆様はどう思われるか。がんばっているね、えらいね、と全米が震撼するほど絶賛されるであろうか。 しかしながら、直前まで原稿を書かないからこういう締め切り直前になっての修羅場が訪れるわけであり、すべては小生の計画性の無さが原因であるので、同情してはいけない。しかも、毎回こうなるとわかっていながら、直前まで原稿を執筆しないので、まるで8月31日にまとめて宿題をやるカツオのようであり、学習能力が全く無いと言えよう。 そんなわけで売店で駅弁と、何を血迷ったのかビールなんぞを購入し、指定された新幹線に乗り込んだ。ビールというアルコールの注入により、かなりいい感じでフラフラだった小生はグダグダにレベルアップしてしまった。ん? これはレベルダウンというのか? まあとにかく、もうこうなったら寝るしかあるまい。大阪まで3時間弱もあるのだから、いい休息になるであろう。 しかし、新幹線の車内も暑いのである。クーラーがあまり効いていないようなのだ。30分くらいは寝ていられたのだが、暑くて目が覚めてしまった。もうJR東海の嫌がらせかと思うくらいに暑いのである。普通車両だから暑いのだろうか? グリーン車だったら快適だったのだろうか。のぞみではなく、ひかりに乗ったのが敗因なのだろうか。のぞみだったら涼しかったのだろうか。わずかな運賃をケチったばかりにこういう仕打ちを受けているのだろうか。だとしたらひどいですぅぅぅ>JR東海。 暑い暑いと愚痴りながらも、我々を乗せた新幹線ひかり号は、定刻どおり新大阪に到着と相成った。 実は小生、大阪に来るのは高校の修学旅行以来で、しかもそれも電車の乗換えのみだったということを考えると実際今日がはじめてといっても過言ではないだろう。小生と一緒にやってきた友人が大阪出身の人物なので、大阪でのナビゲートは彼に任せればよい。 では早速ライブ会場である「大阪厚生年金会館」に連れていってもらおうぞ。 ということで、ライブ会場に到着した。大阪の厚生年金会館は意外と奥ゆかしいところに建立されていた。到着したときは、もうすぐにでもライブが始まるというような時間であったため、関西在住のへきるファン(というかファン以外の人は来ないが)である某氏と待ち合わせをしていたのだが、とりあえず電話を1発入れておくだけにとどまった。落ち合うのはライブが終わってからにしようぞ。 入場し、指定された座席まで赴く。座席と座席の間が妙に狭い。小生が今まで体験してきたいろんなホールの中でもこの狭さはピカイチである。ちょっと恰幅の良い人が隣においでになったら、肩と肩が触れ合うくらいに狭いのである。基本的にへきるさんのライブにおいては皆さん結構激しく飛んだり跳ねたりなどするし、小生もそうするので、できるだけスペースには余裕があったほうが良いのだが。まあ今回はできるだけしめやかに鑑賞するしかない。 と、思っていたのも宴が始まる前だけであって、始まってしまえばもうそんなことは65535万光年くらい頭の遥か彼方に行ってしまったので、ただひたすらに白熱し、そして萌えたのであった。LOVEへきるたーん。 そんなこんなで公演も終了し、某氏ともようやく会えて、氏の熱いへきる論を語っていただき、すっかりとおなかいっぱいになった小生とその友人は、ホテルに戻って本日は終了となった。
大阪2日目。今日も大変に暑い。本日はサイトシーイングが目的である。大阪のうまいものでも食べれれば尚良しだ。 ホテルを出て、本日最初の目的地である大阪城に向かう。男はやはり城である。城はぜひとも見ておかなければならない。その城の歴史的背景はさっぱり分らないが、そびえたつ城に男の浪漫を感じるのはなぜだろう。ちなみに大阪城は豊臣秀吉が作ったらしい。天晴れなり、秀吉。君のおかげで小生は城を参観することができるのだから、その偉業は素晴らしい。日本史がさっぱりの小生にしてみれば彼がほかに何をやったのかはよく知らんが、とにかくお米券でも進呈したくなる気分でいっぱいであった。と何気なく書いてみたが、この時期はまだお米券を進呈するようなゲームは発売されていなかったので、ちょっと時代考証が誤ったかも知れぬ。各位におかれてはあまり気にしないこと。 そして天守閣に登り、大阪の街を一望する。どの方角を眺めてもビルが林立しており、大阪という都市の規模の大きさを目の当たりにした。 その後、大阪城ホールを経由して(へきるたんもここでライブやればいいのにねと語りながら前を通っただけだが)、メトロにゆられて走って日本橋へと赴いた。40分間乗れればさぞかし盛り上がったのだが、実際はあちこちで乗り換えて10分くらいだったような気がする。
ところで日本橋という地名は東京にもあるが、東京の日本橋は「にほんばし」と読むのに対し、大阪の日本橋は「にっぽんばし」と読むらしい。しかも、日本橋1丁目は「日本一」と省略するのだそうだ。日本一とはこれまた大きく出たものである。世界1丁目があったら世界一なのだろうか、という愚考が一瞬頭をよぎったが、よく考えてみればこれは当たり前の省略であった。千住1丁目だって千住一と略すし、北1条西8丁目だって北1西8という。当たり前ではない省略、そう、世界橋1丁目だったら世界一なのかも知れん。宇宙橋1丁目だったら宇宙一である。 閑話休題。そんな日本橋には、地下鉄の駅をどこかで降りて、たぶん難波方面から道頓堀を経由して徒歩で到着した。道頓堀では、食い倒れ人形の前で記念撮影という儀式も卒なくこなした。閑話休題したばかりなのにまた余談だが、日本橋に向かう途中で「なんばグランド花月」の前を通った。おお、これがグランド花月ですか、さんまの名探偵でしか知らなかった建物が目の前にあるというのは、なんともいえない感動があった。というか、さんまの名探偵ではなんば花月だったような気がする。 日本橋では友人に案内されるがまま、怪しい店を転々と訪れる。なにも大阪に来てまで同人誌ショップを巡らなくてもいいような気もするのだが、なんとなく異国の地のマニアスポットは巡礼しておかなければ気が済まないのである。許してやってくれ。もちろん「もんきち」などのゲームショップも巡ったし、四角ボタンのファミコンを買ったのもいい思い出である。 一通り日本橋を堪能した後は、通天閣へと登った。とにかく小生が馬鹿だからなのかも知れんが高いところに登るのが好きなのである。高いところから蟻んこのように小さい市井の民や建物を見下すのが快感なのだ。なお、そんな小生が小学生の頃なりたかった職業は天皇陛下であった。 通天閣の後は、趣味的理由で友人を巻き込んで阪堺電気鉄道に乗り、西天下茶屋というところで降りた。ここで降りた理由はただ単純に天下茶屋駅で一日乗車券が使える地下鉄に乗り換えれるからである。小生一人だったら間違いなく終点まで旅していたのだが、友人を巻き込んでいるのでそう贅沢も言ってられん。人がすれ違うのがやっとといった感じの狭い路地を通って、天下茶屋駅へと向かった。それにしても、天下茶屋とはこれまた凄い地名ではあるまいか。「てんがちゃや」と読むのだが、同じ茶屋でも東京には「お花茶屋」というかわいらしいメルヘンチックな地名があるのに対し、大阪は天下茶屋である。いきなり戦国武将が出てきて斬られそうな、女子供はお断りといった物騒な感じだ。まあ、どちらも街の雰囲気はさほど変わりないのだが。 次なる目的地は、大阪ドームである。大阪ドーム駅で降りて、ドームの中のショッピングゾーンなどを見て回った。かなり広々としていたのだが、これは人がほとんどいなく、閑散としていたためそう感じただけであろうか。これで試合が開催されれば人でごった返すのであろう。 そろそろ疲れてきたのだが、その次に大阪港に向かうことにした。天保山というところになんかあるらしいのだ。なんかあるのなら行くしかあるまい。友人の言うなんかとは、水族館みたいなものであったのだが、残念ながら閉館時間目前であったため、中に入ることは許されなかった。その代わり、その水族館の前で1人のお兄さんが愉快な大道芸をやっていたので、初めから終劇まで鑑賞してしまった。愉快な大道寺だったらなおよかった。彼は大道芸の世界では結構著名な人物らしいのだが、不勉強な小生なんぞは全く存じ上げなかった。終わったあとに金をくれとせびるので、500円ほど貢いでやって大阪港を後にした。 その後は再び道頓堀に戻って、おいしいモツ鍋屋があるので行こうと言うのでそこに行き、冗談抜きでうまいモツ鍋に舌鼓を打った。暑い日に冷たいビールをゴキュゴキュ唸らせながら食す熱い鍋がまたいいのだ。ここにはぜひまた行きたいぞよ。 そんなわけで結構酔っ払って、宿に到着。小生がシャワーを浴びているときに、コンタクトレンズの片方を紛失するという事件があったが、そんなことにめげずに今日の思い出を振り返りつつ、就寝するのであった。 大阪3日目。相変わらず今日も暑い。しかし、今日の午後、小生は帰らなければならない。大阪でやり残した事は今日の午前中で消化するしかない。
ということで、梅田スカイビルに向かった。スガイビルではない。このビルを知っている人はおそらく北海道の人間であると思われるが別にそんなことはどうでもよく、また高いところにいくのである。どうやら小生は筋金入りであるらしい。それにしても、なんとも空間を無駄に使ったビルではあるまいか。
目指すはもちろん40階にある空中庭園展望台だ。入場料金を払って、まずは35階にある入り口を目指す。そこからシースルーエスカレーターで(写真で2本出ている管がそれ)、39階に向かう。なかなか40階にたどり着けないのだ。じらしのテクニックを巧みに駆使して来訪者の期待を高めるとは梅田スカイビルも憎いヤツだ。
そして、39階のどうでもいい売店を軽く一瞥した後、エスカレーターを昇りついに40階の空中庭園の全貌が明らかになった。例のコインいっこ入れることで作動する望遠鏡があったりとそれなりに展望台らしい風情で、あやうくここで満足するところだったのだが、なんとさらに屋上があるという衝撃的な事実が明らかとなった。最後の最後に隠し玉を見せるとは、スカイビルめ侮れない。
真の展望を堪能したければ屋上に行かなければならないだろう。屋上は風の強い日などは上がれないらしいのだが、本日はお日柄もよく絶好の展望日和であったため、屋上への登攀は容易であった。ようやく頂点を極めた小生とその友人。目の前に広がるパノラマ。そして、時々ノズルより噴出す水しぶきが幻想的な世界を生み出すとともに清涼感を漂わせる、ってそんな無駄なことに金かけるんだったら入場料安くしろ、という感じであろうか。屋上にいた案内役のおねえさんも見ものであった。田舎者の「あのビルはなんだべさ」みたいな質問や、時折吹き付けるいたずらな風さんにも嫌な顔ひとつぜずに、にこやかに応答している姿はさすがであった。小生なんぞには一生真似できん。 ビルを後にして、昼食に大阪駅近辺にあるお好み焼き屋で本場のお好み焼きを味わった後、ついに3日共にした友人と別れることになった。彼は大阪の実家でしばらく過ごすとのことであった。 さて、友人は小生はこのまま東京に帰ったと思っていただろうが、実は違った。小生にはとても気になっていたことがあったのだ。その気になることをはっきりさせるために、わざと一人で行動する事にしたのであった。 その気になることとは、地下鉄堺筋線でみかけた「北千里」に他ならない。小生が今住んでいるのが「北千住」である。頭2文字が同じ大田区の「北千束」にも興味を示して実際に足を運んだ小生が、この駅に興味を抱かないほうがおかしいではあるまいか。北千里はどんなところなんだろうか。もうこれが気になって仕方がなかったのだ。なので、実際に行ってこの目でしかと確かめたかったのである。さすがにこんなくだらねー理由で友人を付き合わせるわけにはいかないだろう。 とりあえず、近くの本屋で時刻表を見て帰る新幹線の時刻を確認。自由席のため確実に座席を確保できる新大阪始発のひかりを探し出し、夕方4時頃の電車にすることを決めた。残された時間はあと3時間程度しかない。次に路線図を吟味し、どうやってそこにいくかを検討した結果、阪急梅田駅から電車があるようだったので、それで行く事にしたのだが、まあこの阪急梅田駅のでかいことでかいこと。9番ホームくらいまであるのだが、これがすべて建物の中にしかもずらーっと同一平面で並んでいるので、端がかすんで見えるほど広いのであった。広さで感激したのはマイカル小樽以来であろうか。そんな驚愕の嵐が吹き荒れる中、ちょうど北千里行きの電車が来たのでそれに乗り込んで、いざ北千里へ出発である。 阪急電車に乗るのはもちろん初めてなのだが、この感想を書くとなると長大なものになりそうだし興味ない人のほうが多いと思うので、ここでは割愛。北条司原作はキャッツアイである。 北千里は駅前に大きなショッピングセンターがあり、周辺は閑静な住宅街のようであった。ちょっと高級感漂うマダムが闊歩しており、我が庵のある北千住とはまるで違う趣のあるところであった。正直よかったと思った。同じような塩梅の街だったら幻滅していたかもしれない。 満足であった。気になって仕方のなかった北千里を目の当たりにし、大阪で思い残すことは何もなくなった。これで気持ちよく東京に帰れるというものだ。そう、北千里から北千住へと。 |
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