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| 危険地帯 | ||
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1997年作品 No.1 めざせ毎日更新 1998年作品 No.29 1998年の祝賀 1999年作品 No.60 1999年の祝賀 2000年作品 No.76 2000年の祝賀 2001年作品 No.85 2001年の祝賀 2002年作品 2003年作品 |
93.千代田線キットカット物語 営団地下鉄大手町駅で我孫子行きの千代田線に乗車してきた20代前半と思われる一人の女性。スーツを華麗に着こなしており、一目見た感じでは成城や田園調布あたりのお嬢様といったような上品な雰囲気を漂わせており、とても常磐線沿線に住んでいるとは思えないほど非常に品がよい女性だった。なぜ彼女を常磐線沿線住民と判断したかというと、彼女はその一本前の綾瀬行きの電車を見送っていたからである。ちなみに、常磐線各駅停車沿線住民(俗にいうJR千代田線沿線)にとって、綾瀬止まりの電車ほど恐ろしく、そして、忌むべき存在はないと伝えられている。 そんな彼女であるが、電車に乗ってしばらくした後、ショルダーバックの中からおもむろにミニサイズのキットカットを取り出した。ファミリーパック(お徳用)として、10個くらい入っていて一つ一つが個別に包装されているやつだ。そして、その個別包装されているキットカットを丁寧に剥き、非常にお上品に食べ始めた。このような上品ななりをした女性が、電車の中で菓子を立ち食いするというあまり行儀のよくないいわば「お下品」な行為は、それなりにそそるものがある。身なりと行動のギャップが、それなりに萌えるのである。この気持ちがわからない人は、今回はご縁がなかったということでブラウザの閉じるボタンを押して寝ることを推奨するのだが、そうしてしまうと恐らく90%の方が閉じて寝てしまうことと思われるので、ここはひとつ我慢して読んでいただきたい。 とまぁ、彼女がキットカットをひとつ食べるだけならばここで取り上げるほどの話題ではないのだが、驚くべきことに彼女は、ひとつ完食したと思いきや、凄まじい勢いでショルダーバックからもうひとつキットカットを取り出して包装を剥き、また食べ始めたのである。その後も、食べ終わるたびに次から次へとキットカットを取り出し、上品にぱくぱくやっているのである。これは圧巻である。うら若き女性が、程よく混んでいる電車の中で、恥じらいもなくキットカットに食らいつくその姿は、はじめは萌えだったのだが、だんだんとおかしくなってきた。何もそんなにがっつかなくとも、と。 何が彼女をそこまでキットカットに夢中にさせたのだろうか。そんなにキットカットが食いたいんだったら家でじっくりと味わいながら食べればいいのではないかと思うのだが、そうはできない事情があったのだろうか? たとえば彼女は、一日の決まった時間にキットカットを5個食べないと死ぬ、とか。それとも、ものすごくお腹が空いていたのだろうか。今ここで可及的速やかにキットカットを5個食べないと餓死する、とか。そうでもなければ、混んでいる電車の中でわざわざキットカットをひとつならともかく、膨大な量を食すとはとても思えない。電車の中で食べるのであれば飴とかガムとか、チョコレートにしてもスティック型の携帯タイプの小型のものもあるだろうに、あえて包装のごみも出るのにキットカットを選択するくらいなのだから、なにか私が思っている以上に深刻な事態が、彼女を襲っていたのかもしれない。私の注目を浴びているとは思ってもいないだろう彼女は、お構いなしにキットカットをどんどんと頬張っている。こうなると、ひょっとして常にキットカットを摂取していないと彼女という生命体を維持できないのではないのだろうか、とも思えてくる。 萌えから滑稽という具合に彼女への関心が変わってきたが、ここにきて第三フェーズに移行したのである。それは、はたしていくつキットカットを食べるのであろうか、というものである。 すでに5個目に突入していた。そろそろやめるだろうとにらんでいたのだが、彼女はとどまるところを知らない。5個目を処理している最中に、手中にはもう6個目のキットカットを収めているのだ。こんなに食べて苦しくなんないのだろうか。いいかげんのどが乾くのではないのだろうか。何か飲みながら食べたほうがいいのではないのだろうか… そんな私の心配をよそに、6個目を完了し、7個目のキットカットに取り掛かろうとしていた。 一体彼女のショルダーバックの中には、キットカットがいくつ収納されているのだろうか。ショルダーバックの中はすべてキットカットなのではなかろうか。いや、そんな甘っちょろいもんではあるまい。実はショルダーバックの底は四次元ポケットになっていて、キットカットの製造工場と直結しているのではなかろうか。これにより、新鮮なキットカットがいつでも取り出せるのだ。圧巻である。そんなことを考えているうちに、いよいよ8個目である。そろそろ佳境に入るころだろうとにらんでいたのだが、まだまだやる気十分のようで、食べ終わった刹那、9個目のキットカットを取り出していた。 9個である。ここまできてしまった。まさか私もここまでの長丁場になろうとは思ってもいなかった。もう期待するべきことはただ一つだ。10個という大台突破である。いつのまにか彼女を応援する私がそこにいた。がんばれ! あと一つで10個だよ! 9個目最後の一口を平らげ、バックを漁る彼女。私の頭の中では、無意識のうちにドラムロールが流れている。バックを漁る時間が妙に長く感じられる。不安だ。もしかしてキットカットが枯渇してしまったのであろうか。ここにきて、そのような失態があってはたまらん。バックの底、四次元ポケットの先にいるキットカット製造工場の小人さんに祈りを捧げる。お願い小人さんっ、彼女に、彼女にっ、あと一つのキットカットを…! 永遠とも思える時が過ぎ、ついに彼女がバックから手を出した。そして、その掌の中には、赤い包装のキットカットが… パンパカパーン!! 頭の中で鳴り響くファンファーレ。 やったのだ、ついにやったのだ! 10個の大台突破である!! 彼女は、千代田線のわずか数駅の間に、10個ものキットカットを食べるという偉業を成し遂げてしまったのだ。前人未到の大記録である。ギネスブックに申請すれば載るんじゃないだろうか。東京の地下で、まさかこんな記録が生まれようとしているとは。歴史的瞬間に立ち会えたことを私は誇りに思う。…のだが、すまん、ここで思わず吹き出してしまった。周りは「何だこいつ?」という冷めた視線を私に注ぐ。いかん、やっぱり愉快で仕方がない。なんでこんな上品そうな女の人が、10個もキットカットを食べるんだ! なおも黙々とキットカットの消費活動に勤しむ彼女。結局彼女は私の下車駅北千住までに、12個ものキットカットを食べた。彼女はまだ電車に乗っている。これから先もキットカットを食べつづけたのだろう。今、日本で最もキットカットを消費しているのは、間違いなく彼女だ。しかし、その食べ方はあくまでも上品で美しい。大量消費の中にある美。美しいはずなのだが、おかしくて仕方がない。そりゃそうだ。お菓子を食っているのだから、おかしくて仕方がないのは必然である。 |
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