◆いい歳して父親になって

子どもが産まれた。
この歳になって、自分も父親になったという訳だ。なにやら面映ゆい気分と嬉しさとがいりまじった妙な感じがする。
だいたい自分は、こと己の人生や生活といったものに関しては、計画だの設計だのといった言葉とはほとんど無縁で生きてきた。つまり、なるようになるさの精神、といえば聞こえはいいが、実のところは行き当たりばったり。
大学を出て1年半ほどぶらぶらし、地元の出版社に潜り込む。そこも15年ほどで辞めて、フリーという名の潜在的失業者予備軍となる。下手な歌とギターをかき鳴らし、売れない脚本を書く。結婚もずるずると同棲した女性となんとかケジメを付ける意味で入籍し、特に計画した訳でなく子どもを授かってしまう。
この半年というもの、日々大きくなっていくカミさんのお腹を眺めながら、複雑な心境だった。子どもが産まれて、本当にやっていけるのか。いや、それ以前の問題として俺に子どもを育てる資格があるのか。
だが現実とは残酷にも確実なもので、毎晩酔っ払いながら自問自答し結局は答えを先送りしていくうちに、突然にソレはやって来るのだ。
ソレ、すなわち赤ん坊である。
ある午後、自室で仕事(とある出版社に依頼された温泉の取材原稿)を書いていると、寝室で休んでいたカミさんが、お腹が痛いと言い出した。
まだ予定日までは一月近くあるし、なにかお昼に悪いもの喰ったかななぞと思っていたが、だんだんと痛みは激しさを増し、しかも断続的だという。
まさか陣痛じゃないよね、とか言いながら様子を見るが、なにせこちらも父親になるのは初めてだから皆目分からない。
夕方になり、さらに痛みは激しくなり、間隔も短くなる。慌てて119番を呼んでいるうちに破水が始まった。おいおい、赤ん坊の頭が見えてるじゃないか。
救急車で病院に運ばれ、すぐに分娩室へ。外で待っているとやがて医者が出てきて、
「おめでとうございます。男の子ですよ」と告げる。
生まれちまった。まだまだ先のことだと思ってたら、容赦もなく子どもはやって来たのである。
医者に案内されて、保育器の中にいる我が子と対面する。うわあ、小っちゃい。
「抱いていいですよ」と医者が言う。
恐る恐るその小っちゃな命を抱き抱える。2900gちょっと。赤ん坊って、もっとワンワン泣いてるもんだとばかり思っていたが、けっこうおとなしいもんだな。わ、産毛が顔中に生えてる。
その後、分娩後の処置が終ったカミさんの顔を見て、お疲れさんと苦労をねぎらい、その晩は病院を後にした。
なんとか家に帰り付き、昼飯の残りを喰って部屋を片づけて猫に餌をあげて、やっと一息つき焼酎を飲む。頭の中では高田渡の古い曲、「系図」がずっと鳴っているぞ。つまり、まだ気が動転しているらしい。
次の日から仕事の合間をぬって毎日病院へ、カミさんと息子の顔を見に通う。子どもは堂々とカミさんのオッパイを飲んでいる。日増しに人間らしい顔つきになり、動きや表情が出てくる。さあ、名前を決めなきゃ。
いくつかの名前の候補を出し合い、パソコンの姓名判断ソフトで画数をチェックする。なんとか夫婦ふたりとも納得の名前を決めた。
名前が決まると不思議なもので、それまでの単なる生命体から、やっと我が子というイメージが自分の中で具体的になってくるのだ。毎日会って抱っこして、子どもの名前を呼ぶ。分かってるのかどうなのか、話しかける声に反応しているようでもあり、いちいち感動してしまう。つまりは親バカだってことだね。
母親は産んだ子どもに自分の乳房を含ませて母乳をあげることで、ある種本能的に母子の絆を体得してしまえるのかもしれないが、父親はこうやってスキンシップしながらコミュニケーションしていくことで、どうにか父と子の関係を築きあげ、自分が父親であるということを学習していくんだろうなあ。
とにかく、こうやっていい歳にしてやっと新米とうちゃんになって、これから子育ての荒海に夫婦して乗りだしていくことになったわけだ。甚だ心許ないが、友人知人たちの助言を聞きながら、伸び伸びと育てていければと思うのである。

(2001.7.15)

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