【後部座席の顔】


 道は、今私やあなたがいる場所とどこか他の所とをつないでいる。そこは希望の地かもしれないし、悲しみの場所かもしれない。彼岸かもしれないし、闇の彼方かもしれない。道では、人はこの世ならぬものと遭遇してしまうことさえある。


 この夏のある朝のことだ。私は、仕事で九州南部へ高速道を使って出張していた。鳥栖インターから高速に入り、熊本方面へ向かう。車の流れも順調だった。


 熊本県に入ったあたりだったろうか。1台のセダンが後ろから追い越し車線に入り、私の車を追い越そうとしていた。私は時速100キロ前後で走っている。その車もそんなには飛ばしていなかったので、ほんのしばらくの間だが、並列に走ることになる。


 運転しているのは若い男性のようだ。国産N社のわりと高級なセダンである。横目でその車を見ながら、一人かな、いや二人みたいだな、あれ、、、ちょっと変だぞ。


 運転席には若い男性が一人。助手席には誰もいない。ところが、後部座席の左側に若い女性が座っているのだが、どうも様子が奇妙なのだ。


 普通、車のシートに座って窓の外を眺めているなら、首なり肩なりその人の上半身が見えるはずだ。ところがその女性の場合、まるで後部座席の横の窓ガラスいっぱいにへばりつくようにして顔があるのだ。顔を押し付けているにしても、あの角度だと身体はシートに後ろ向きに座っていなきゃおかしいし、そんな身体はどこにも見えない。おまけにやけに平面的な顔だ。


 夏の早朝だというのに、思わず鳥肌がたってしまった。その車が私の車の横をゆっくりと追い抜いていく時、どこか血走ったような表情のその女性の目だけが、ジロリと私をにらみながら動いたのだ。


 あの女性はこの世の存在ではない!そう本能的に感じた私は、車のスピードを緩め、やがて前方へ走り去っていくセダンの後ろ姿をじっと目で追いながら、我が身の道中の安全を祈ったのだった。

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