【ボールを探して】
あれはよく晴れた秋の夕方だった、と思う。
僕は小学校の4年か5年。同じ地区の3年生から6年生までが集まって、三角ベースをやっていた。僕は6回裏くらいの守備についていた。センターを守っていた。
我らがエースは、2死1・3塁のピンチに、渾身の力を込めて、速球を投げ込んだ。だが、敵のバッターは待ち構えていたかのように、外角高めの球を強引に引っ張った。
軟式庭球の球は、パコッという音を放ち、ぐんぐんとレフト線の上を伸びていく。球は、その広場の外へ、薄暗い茂みの中へ飛び込んで行く。ホームランだ。
バッターは勝ち誇ってベースを回る。外野の僕は、ボールをなくしては大変と、茂みの中に入り込み、ボールを探し始める。見つからない。
みんなが集まってくる。
こんなに遠くまで飛んだっけ、いやいや、もっとこっちのほうだよ、ケンケンガクガク、口々に好き勝手なことを言いながら、子供たちは、ボールを探す。すると、あっちのほうに、白いものがチラチラと見え隠れするのが目に入る。
「あった!ボールだ!」
子供たちが声のしたほうへ駆け寄ってくる。
大声を出した子供は、みんなに自慢しようと、そのボールをつかむ、つかもうとする、つかまえよう・と・す・る…が、できない。
その白いものは、手でつかもうとしてもつかめない、そして、あっけにとられて見ている僕らの前で、ふんわり宙に浮かびあがり、ふわふわ飛んで、そして、消えた。
あまりの不可解さに、僕らは、誰ひとりとして、叫んだり、悲鳴をあげたり、逃げ出したりしなかった。ただ、黙って今し方まで“それ”が存在していた空間を見つめていた。
やがて、夕闇があたりをつつみ、とっぷりと暮れてしまっているのに、誰ともなく気づき、
「帰ろうか」「うん」
僕らは茂みの中から出ていった。
その時、僕らは改めて気がついたのだ。
僕らがいつも三角ベースをやって遊んでいる、この広場は、僕らの地区の納骨堂の前の広場で、周りの薮は、ぐるりと全てが古くからの墓地で、まだ納骨堂に収められていない無縁仏たちの墓もいっぱいあることを。
そして僕は、この時以来、大きくなってからも時折、このあたりでいわゆる人魂を見るようになったのだ。