【霧の中のオートバイ】


私の友人、Gちゃんがまだ二十歳そこらの頃の話だ。


彼女はバイクが好きで、中型免許を取り、小柄な体格であちこちツーリングへ出かけていた。


ある時、Gちゃんはボーイフレンドといっしょに、2台でツーリングに出かけた。


目的地は九州N県の、とある半島地方だ。


季節は秋だったか春だったか。とにかくバイク・ツーリングには最適の気候の頃だった。天気も上々、のどかな海岸沿いの国道をふたりで前後してゆったりと走る。途中、お茶や昼食の休憩を入れながらいいペースで進んでいた。


午後の何回目かの休憩の時、ロードマップを見ながら、その日の残りの行程を検討してみたのだ。その日の目的地の温泉地まであと100キロほど。ルートは2つあり、ひとつはこのまま海岸沿いの国道でいく道。もうひとつはこの先から分かれる県道に入り、峠を越えていく道。


国道ルートには、途中小さな漁港があるだけ。県道ルートも小さな集落がいくつかあるだけだが、今までずっと海岸ドライブだったので、山間のワインディングもちょっと攻めてみたいと、山間ルートをとることにした。


シートにまたがり、キックで始動させる。エンジンの調子も悪くない。2台のバイクは快適な排気音を残して、峠道を目指し走っていく。


峠といってもそんなに高い山ではない。ちょっとした丘くらいの標高だ。樹木もまばらに茂っているだけで、高台からの見晴らしもけっこういい。遠くには海も見えている。


日没までにはまだ数時間ある。今日は楽しいツーリングだったなと思いながらいくつかのコーナーを曲がると、突然、目の前に霧が広がっていた。


あわてて減速しながら、ライトを点灯する。視界は20メートルもあるだろうか。かなり濃い霧だ。


霧が出るような天候じゃなかったはずなのにと怪しみながら、対向車に気をつけてコーナーを曲がっていく。しばらく走っても、いっこうに霧は薄くならない。どこを走ってるかもよくわからないほどだ。すれちがう車も1台もなく、ただ2台のバイクのライトが、まるで生き物のようにうごめく白い霧を照らしているだけ。


その時、コーナーの向こう側に1台の黒いオートバイが走っているのが見えた。なんだかほっとして、パッシングで合図を送った。


気がついたかな。


しかし、そのオートバイは霧の中をかなりのスピードで飛ばしていく。追いつこうと思っても、赤いテールランプを見失わないようについていくのが精一杯だ。


そのまま、どのくらい走ったろうか。あいかわらず黒いオートバイは前を走っていく。だんだん日も暮れてきたようだ。


おかしい。


そう感じたのはどれくらいたってからかだろうか。なぜだか、今曲がったコーナーが、ずいぶん前に通った所のような気がしてきた。そういえば、さっきの道路標識も集落への分かれ道も目の前の橋もガードレールの事故の痕も、みんなみんなさっき見たはずだ。


どうして。どうして霧が晴れないの。どうして車が1台も通らないの。どうしてどこへも出ずにさっきから同じ所をぐるぐると回っているの。


突然怖くなったGちゃんは、急ブレーキを掛け、後続のボーイフレンドのバイクを停めた。そして、今しがた感じた恐怖を彼に告げると、なんと、彼にはその黒いオートバイなんて見えてなかったというのだ。


ゾッとした彼女は、そのまましばらくそこに立ちすくんでしまった。じゃあ、あの黒い旧式のオートバイは、私にしか見えてなかったっていうの。


その時Gちゃんの耳に、霧の中を走り去る黒いオートバイの排気音とホーンの音が聞こえた気がしたという。


ボーイフレンドに声をかけられ、我にかえった彼女は、気を取り直して再びバイクにまたがった。そして今度は彼に先行してもらうことにした。


やがてあたりも暗くなってきた頃、いくつかのトンネルを抜けると、突然霧は消え去り、町並みと国道を行き交う車が目に飛び込んできた。さっきまでの霧が嘘のように、二人の目の前には真っ赤に染まった夕焼けの空と海が広がっていたという。

ミステリーゾーン目次へ

次の話へ