【真夜中の訪問者】
大学時代のことである。
私は友人達とプログレッシブロックのバンドを組んで、ベースを弾いていた。その日も、夜10時から練習スタジオに2時間入り、その後も深夜喫茶でミーティングをして、メンバーたちが帰宅したのは午前2時前後だったと思う。
私はベースのソフトケースを背中に担ぎ、自転車で数キロ離れたアパートまで帰った。みんなもそれぞれ車やバイクで帰っていった。帰りついて眠ったのは、おそらく3時過ぎくらいだったろう。
さて翌日もまた某スタジオで練習である。早めに入り、チューニングなどしてると、そこへやってきたドラマーが
「おい久松、夕べ俺んちへ来たか?」
と聞く。
「夕べって、練習が終ってからか?」
「そうや!」
いくらなんでも午前2時を回って、互いに翌日の仕事やバイトを抱えている身である。そんなことはしていないというと、
「やっぱりなあ…なんかおかしかってん」
詳しく話を聞くと、ドラマーの彼がバイクで帰宅して、さあ休もうかという頃になって、チャイムの音がしたという。こんな時間に誰やと思いながらも、メンバーの誰かが用事でもあるんかなと思い、ドアスコープから覗いてみると、なんと私がぼおっと突っ立っていたという。
「どうしたんや?まあ、入りいや」
とドアを開けて部屋に招くと、私は黙ってすうっと部屋の中へ入っていったという。
「どうしたんや、こんな夜更けに?」
と聞いても口を開かない。
変だなと思いつつ、まあお茶でも入れてやろうと台所へ立ち、薬罐に水を入れてコンロにかけて戻ってきてみると…。
なんと私は消えていたという。
絶対おかしいと感じながら、後を追うのも怖いし、夜中に私のアパートに電話するのも憚られる(当時は今のように携帯などなく、アパートに共有のピンク電話が一台あるきり)し、何事もなければいいがと思いながら、今日の練習に来たという。
誓ってもいいが、私はそんな夜中に彼の部屋へ行ってなどないし、彼もこんなことで人をペテンにかけるような男ではない。なにより、彼の表情や口調が、嘘ではなさそうだと物語っていた。となると、真夜中に彼の所へ現れたのは、私の分身、ということになるのだろうか?