【赤い目】
学生時代、京都で芝居をやっていた頃の話。
私の作演出で打った公演もなんとか無事終った数日後の夜のこと、主演女優Sの部屋に私を含めた劇団員たちや手伝ってくれたスタッフたち数名が集まった。
公演や練習のエピソード、失敗談、友人達から聞いた感想や批評などの話から始まり、色恋の話、ウワサ話、下ネタを経由して、夜も更け酒も進んできたころには、お約束の怖い話へと突入していった。
どこかで聞いたようなお決まりのネタや、友達の友達が体験したというような曖昧な話が飛び交う中、やがて守護霊の話になった。するとミュージシャンのB君が
「オレはそんな守護霊なんか信じないね」と強く主張しはじめた。
それに対して映像作家を目指していたH君が反論を始めた。
「いるものはいるんだからしょうがないじゃないか!」
酒も入っていたので、互いに持論を譲らず次第に口論のようになっていった。
「そんならオレについている守護霊を観てもらおうか」
「まかしとけ」
どちらも言い出すと後に引けない性格の持ち主だった。回りにいる我々も、酔った勢いで、やれやれとけしかけた。それからHは妙なことを言い出した。よく見えないから、灯を消してくれというのだ。普通、霊能者が霊視をするときに、照明を消して真っ暗な中で行なうことはないはずなのだが。
Sが部屋の灯を消す。12月の終りの京都。その夜はゆっくりと雪が降っていて、住宅地の中にあるその下宿の部屋では、窓から洩れる雪明かりで、なんとか互いの顔の輪郭がわかる程度だ。外から聞こえる物音はほとんどなく、ただ、みんなの息を飲む音やカサカサという衣擦れの響きだけ。
どれくらいの時間がたったろうか。Hの様子がおかしい。じっと固まってしまったHが、ガタガタ震えだした。すぐ横にいたHの幼なじみでもあるI君が、
「灯を点けて!」と静かに叫ぶ。
明るくなり、みんながHを注視している。見ると、Hは目を見開いたまま気を失っているようだ。白目が真っ赤に充血している。Iが
「水! それと毛布!」と指示を出す。誰かがすばやく持ってきた毛布でHの身体をくるみ、無理矢理水を飲ませ、全身を手でさすってやっている。Hはガタガタ震えているだけ。やがて、
「寒い、、、寒い、、、」と呟きだし、精も根も使い果たしたように、横になってぐったりとしている。口もきけないようだ。
みんなが見守る中、Iが口を開いた。
「もう大丈夫だろう」
Iの語るところによれば、Hが灯を消せといったあたりから、おかしいとは思っていたのだという。どうやら、我々が怖い話をしはじめたせいで、どこからか悪い霊を呼んできてしまい、その霊がHに取り憑いていたらしい。そして灯を消させ、暗闇の中でHが精神を集中しているうちに、心を乗っ取ってしまおうとしていたらしいのだ。実はHよりもはるかに霊的パワーの大きいIが、なんとか、Hに取り憑きかけた悪霊を追い払ってくれたわけである。
当時の私には、そういったものに対する感受性が低く、霊の姿も形もわからなかったが、ただ、暗闇の中でなぜかHの目だけが、深く昏い赤に光っているように見えていたのだ。洩れる雪明かりだけの暗がりで、互いの表情もなにもわからない中で、ふたつの目だけが赤く、ぼうっと浮かび上がっていたことを、今でも思いだす。