【山の中で会った人】

これもまた大学時代、京都での話。

ある秋の午後、鞍馬山に遊びに行った。

鞍馬山は、なんでも千数百年ほど前に金星から地球に降りてきた鞍馬神を祀った土地であり、鞍馬弘教という仏教のような神道のような教義の本山なのだ。いにしえの牛若丸の伝説をはじめ各種の怪異の伝承には事欠かない所である。

さて、京福電車で終点まで行き、ケーブルに乗り参道を抜け石段を登り山門を潜る。目の前の大きな建物は本堂だが、実はこの数キロ山奥に奥の院があるという。その名も魔王殿。

本堂の裏手に延びる山道を登っていく。もちろん舗装などはされてないが、きちんと整備された遊歩道のような印象だ。上り下りが続き歩くことしばし、次第に緑濃く山深くなってきたあたりに魔王殿はあった。

大層な名前ではあるが、建物は小さな社寺仏閣というか祠が大きくなったようなもので、想像していたようなおどろおどろしいものではなかった。近くにある天狗杉や、牛若丸が剣術の稽古をしたと言われる所などを見て、さあ帰ろうかという時になって、困った、道がわからない。

その時いた場所は、山中の中腹で平たくなっていて、周囲は鬱蒼とした杉木立に囲まれ昼なお暗いような所。道は三方に伸びていて、ひとつは鞍馬寺に戻る道。もうひとつは貴船神社へと降りていく道。最後は鞍馬山の背後に連なる北山の山々に分け入っていく道。

山の中とて目印も方角も皆目見当がつかない。どうしよう。山の夕暮れは思った以上に早い。平日に一人で来てしまったから、人の気配すらしない。

「どうしはったんですか、道に迷わはったんですか」
いきなり背後から人の声がする。

あわてて振り向くといつの間に現れたのか白装束の行者姿の男。年のころは30代半ばくらいだろうか、精悍な顔つきである。

道がわからなくなったことを伝えると、男は一本の道を示し、
「この道をお行きやしたら貴船神社までずっと下りやさかい、あっという間ですわ。気ぃ付けて行きやっしゃ」

頭を下げ謝辞を示し、男の指さした方の道を確かめて二三歩進み、会釈のひとつでもと振り返ると、男は忽然と姿を消していた。私の行く方向の道はもちろん、あとの2つの道にも白装束の後ろ姿のかけらすら、見つけられなかったのだ。私は鳥肌を浮かべながら、急いで山道を下った。

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