【雪の夜に】
20年程前、冬の京都での話。
木屋町辺りで飲んでいて、終電に間に合うようにと、当時洛北叡山電鉄沿線に住んでいた私は、出町柳の駅を目指してふらふらと鴨川ベリを歩いていた。
飲み始める前にはチラホラとしか降ってなかった綿雪が、店を出た時にはしっかりと数センチほど積もっていた。
頭や肩に雪を乗せながら、酔い醒ましを兼ねて歩く。三条大橋を渡り、川の東側の土手の上を行くと、次第に人通りも少なくなり、時折土手下の道を行き交う車のライトが見えるだけだ。
そのうちにお地蔵様の祠の前にさしかかった。離れた所にともる街灯の光で、なにやら人影らしきものが目に入った。近づいていくと、雪の中で懸命に地蔵に祈る老婆の姿だ。
ほとんど地面に正座するかのように座り込んで拝んでいる老婆の、頭も肩も背中の上にも、舞い散る雪がこんもりと積もっている。随分前からいたらしい。
心の中で一礼し、両手を合わせながら老婆の後ろを通り過ぎて、ほんの数メートルほど行った時、何気なく振り返った。
いない。
さっきまでそこに居たはずの老婆の姿がどこにもない。
立ち尽くしたまま、あたりを目で探すが、どこにも見えない。
気になって、祠の前まで戻り、探してみても、なにもない。足跡すら残っていない。そこにあるのは、さっき通り過ぎた私の足跡だけ。
ただ不思議なことに、老婆のしゃがみ込んでいたあたりにだけ、まだ雪はほとんど積もってなかったのだ。