【遍路の山】


今回も中国地方在住のYさんから聞いた話。


山陰のK市に長期出張中だったYさんは、クライアントとの重要な打合せに先輩のAさんを応援に呼んだ。Aさんは山陽側のH県に出張中で、そこから直接車で移動して、打合せの前日夕方にK市入りするという。


ところが約束の時間になってもAさんは現われない。日が暮れて夜になってもまだ来ない。深夜になっても電話の一本もなく、携帯にかけてもつながらない。


仕事はできるがちょっとズボラなところのある先輩だったので、きっと当日直接先方に行くつもりなんだろうと、その夜は眠りについた。


すると翌朝、出勤の準備をしているYさんの滞在先に、疲労困憊の面持ちでAさんがやって来た。聞けば、夜通し車を走らせていたという。


前日昼過ぎにH県を出発したAさんは、高速道路を使わずにドライブがてら一般国道を通って中国山地越えをすることにしたそうな。天気は快晴。道路も空いていて運転もすこぶる快調である。

やがてH県の山間部を抜け、О県とT県の県境にさしかかった。この数キロ先の峠を越えればK市までは一本道だ。ただ霊峰D山に近いその峠道は、途中未舗装で中央線もなく離合もしにくい区間が続く難所でもある。

気を引き締めてハンドルを握るAさんの目に、見覚えのない道路が飛び込んできた。片道1車線ずつのまだ舗装も真新しいバイパスのようだ。

一瞬ためらったが、通行止めや行止りの表示もなかったので、そのバイパスへとハンドルを切った。信号もなく、山の中をうねるようにして道は続いていく。
うん、眺める角度は違うが、見慣れた山々の姿だ、そう確かめてAさんはアクセルを踏み込んだ。

道はだんだんと山の奥深くへと分け入っていく。奇妙なことに、新しく走りやすい道なのに、自分の他に一台の車も見ない。日は西へと傾いていくというのに、道は上っていくばかりで峠を越える様子もトンネルを潜る気配もない。

さすがに変だなと思い、速度を緩めた。すると、カーブの向こうに一軒の民家が見えた。

助かった、ここで道を聞こうとAさんは車を停めた。


「ごめんください」

大きな声で何回も呼ぶが、誰も出てこない。だが空き家ではなく確かに人の住んでいる形跡がある。軒先にはランプが吊るされ、手入れの行き届いた庭には実のなる木や草花が植わっている。納屋にはまだ買ったばかりのようなピカピカのミゼット(三輪車)が荷台を見せて置いてあるのだ。

諦めて玄関先を立ち去りながらふと山手を見ると、家の脇から続く細長い道の先には何百段もあるような長い石段が山肌を上っているではないか。そしてその石段には何十人ものお遍路さんの格好をした白装束の男女が杖をつきながら歩いているのが見える。中の一人がAさんに気づき、指さしてなにやら叫んでいる。

なにやら不気味なものを感じたAさんはあわてて車に飛び乗り、走り去った。どこをどう走ったかわからないまま夜通し車を運転し、ようやく明け方、Yさんの待つK市に辿り着いたという。

思い返してみればその民家には電線が引かれてなく、家の佇まいはまるで戦後すぐのような藁葺き屋根に土壁で、ミゼットは明らかに新車だったそうな。

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