第六話
地の底へ(前編)
背中で水滴の落ちる音がした。
すぐ後ろになにかいるような気がして、思わず振り返った。
もちろん、誰もいるわけじゃない。今の音も、さっき曲がってきた角の水溜まりあたりでしたに違いない。どうしても、こういうトンネル状の空間の中じゃ、音は変に響くし、ましてや今は真夜中で、なんの音も外から聞こえてこないからな。
俺がびくついているから…。
そんなことはない。俺は心の内に浮かんできた弱気の虫を、すぐさま否定した。
こう見えても俺だってスジ者の端くれだ。人の二人や三人くらい、もちろんカタギじゃない連中のことだが、この手であの世とやらに送り込んでやったこともある。
力にばっかり頼りたがる、武闘派のヤツらの石頭にゃウンザリしたから、ソフト路線を気取っちゃいたが、だからといって、血や死人を見てびくつくようなヤワな神経は持ちあわせていないんだ。
しかし、今度ばっかりは、ちとマズったよな。
いや、オジキをハジいたことじゃない。
いくら筋目、貫目が上の御仁だからって、他所からデバってきて、いきなりああいう場で、人の面子も言訳の一分も立たないようにやり込められたんじゃあ、こちらだって後々の稼業に悪影響を与えらあ。あの人たちゃ、今回の手打ちが終われば、それぞれ関西の本家や関東の分家へ帰ればいいから、こちらのシノギなんて気にかけてもいないさ。
あの、関西でも浮いていた淡路の、ヤツのとこの若頭にも、実はナシはつけてあったんだ。連中も、とんだオヤジ持ったってグチこぼしてたしなあ。俺が淡路をハジいたんで、ヤツらも内心喜んでたんじゃないか。
だから今度のことも、表向きは一応ドンパチやってみせて、死人のでないうちに本家、それに兵庫県警と大阪府警におでまし願って、あとは金でシャンシャンのはずだった。
それが、なんでこうなっちまったんだ。
俺の首には、関西本家だけじゃなく九州の反関西連合までが懸賞金をかけてやがる。総額五千万、生死にかかわらず、ってこった。
警察も見て見ぬふり。それどころか、あわよくば懸賞金をふところにしようってヤカラまで出てくる始末。ヤツら、俺のダチや情婦にまで手を回しやがった。
やっぱ、あれがマズかったよな。
いや、その、俺がハジいたオジキの葬儀にさ、俺、なにくわぬ顔で出ていったのよ。もちろん、ちょっと変装してね。
何に変装したと思う。
葬儀屋さ。
葬式に葬儀屋、な、海に魚がいるみたいに、ごくごく自然だろ。
で、よせばいいのに、俺の心に、ムクムクと悪戯心が沸き起こってきちまったんだ。で、素知らぬ顔で受付の手伝いしたり、お茶出ししたりしてたのよ。
読経、弔辞、焼香と葬儀は進んでいく。で、いよいよ参列者が最後のお別れを告げて、出棺だ。おれは、さりげなく、霊柩車の運転席に座った。遺影を持った、故人の女房が車の横に立つ。葬儀委員長の兄弟分が挨拶をしてる。ヤツの眠ってる棺は、霊柩車に乗っかってる。
今だ。
俺はギアをドライブに入れ、思いっ切りアクセルを踏み込んだ。タイヤが黒い煙を上げる。しまった、ハンドブレーキを解除しなきゃ。
車は大きく車体を沈み込ませて、一瞬後に駐車場の出口に向かって発進した。遺影を持ったままひっくり返る姐さん。鳩が豆鉄砲喰らったって、あんな顔をいうんだろうな、だらしなく口を開けたまま見つめる親分衆。
あわてて門を閉めようとする若い者数人を、門ごと撥ね飛ばして、俺は通りへ出た。左折だ。10メートルほど先の信号は黄色に変わったが、なに、突っ走ってやれ。
黒塗りのベンツが何台か追いかけてきたが、幸いこの車はリンカーン・マーク 8ベースのスーパーターボ・チャージャー付き。2丁目の組事務所前から3丁目、4丁目、5丁目、そしてターンして1丁目へと走りながら、振り切ってやったさ。この車も重いが、ヤツらのだって、鋼板に防弾ガラス仕様の重量級だ。
それに、アメリカとかと違って日本のヤクザはそうそう市街地で発砲しないもんだ。こちらには、ホトケさんも乗ってることだしな。俺は、口笛を吹きながら、阪神高速のランプウェイを上っていった。
どうやら、つけられてる様子はなさそうだ。いくらなんでもヤツら、警察にタレこんだりはしないだろう。ホトケさんを盗られたなんて、面子丸つぶれだもんな。
大阪湾を横目で見ながら、気持ち良く車を流す。時折こちらを見ながら、両手を合わせる人がいるのに気づいたね。へえ、今どきでも、けっこう信心深い人っているんだ。
さて、これからどうしようか。
このまま、どっかの海岸に車を乗り捨てて、知らん顔を決め込むのも手だけど、今はもう初夏だしな。連中が早く見つけられればいいけど、半日以上ほったらかしだと、この気温じゃ、ドライアイスが蒸発してしまえば、ホトケさん、すぐに腐敗し始めるだろう。
想像するとちょっと寒くなって、俺は冷房をガンガン効かせた。こう見えても俺だってオバケやユウレイは苦手なんだ。いや、別に信じちゃいないんだぜ。でもな。
それに、生きているうちこそ、この棺の中のオジキが憎くてたまらなかったが、死んでしまえばただのモノだ、ホトケさんだ。あまり邪険に扱うのもバチあたりだろう。
俺、これでも仏教系の大学行ってたんだぜ。中退したけど。幼稚園は聖マリアなんとかかんとかっていうカトリック系だったしな。途中で来なくていいっていわれたけど。
車は今、淀川を渡り、左へ大きくカーブし始めた。じき、大阪とはオサラバだ。
決めた。
九州へ帰ろう。このホトケさんも、そこで俺が手厚く葬ってやろう。
九州は福岡の、さびれた炭鉱町がいちおう俺の故郷だ。今はもうないが、高校の頃まで小さな鉱山があり、細々と石炭を掘っていた。
俺が住んでいたのも、そんな炭鉱の共同住宅の一角だった。10年くらい前に長屋は潰されて、なにやら団地に変わってしまっている。まあ、俺んちはすでに一家離散してバラバラ、今じゃ血のつながる者は誰ひとり住んでないから、関係ないんだけどね。
そんな、炭鉱のあった過去など忘れたようなふりをして、町おこしなんてやってる故郷なんだが、ご多分にもれず過疎で、住民の高齢化が進んでいる。言ってみりゃあ俺も、故郷を捨てて都会に逃げ出したひとりなんだが。
で、捨てられた炭鉱には、今でも地底を縦横無尽に坑道が走っているのさ。埋めるなんて、そんな手間と金のかかること、誰もしやしない。会社もたいてい倒産してたり、規模縮小してるし、地元の町にだって予算なんかない。
で、そのまま。ほったらかし。ほら、時々ローカルニュースで、地盤沈下だとか陥没とかやってるだろ。
閉山するときに、誰かが入り込まないように坑口はふさぐんだけどね、そこはそれ、子どもの頃から遊び慣れた場所だ。ちゃんと、もぐり込めるポイントがあるのさ。
小学生なら探検ごっこや秘密基地にしたり、中高生は隠れてエロ本見たり煙草吸ったり。中にはシンナーや不純異性交遊っての、そんな俺たちの悪徳の温床として、廃坑は先輩たちから受け継がれてきたわけだ。
また、それぞれに縄張りっていうか、場所があってね。女の子連れ込んで乳くりあうとこと、エロ本観賞するのとは、どこか似てても違う場所なわけ。
でも、みんな旧一坑あたりでしか遊ばなかった。旧一坑っていうのは、坑口から斜めに少し降りて、そっから横に掘り進めた、明治とか大正時代の頃の坑道だ。だからあんまり深く降りてはないし、所々に息抜きの穴も開いていて、そんなに圧迫感は感じないんだ。
ところが新坑のほうは違う。いきなり竪坑で何十メートルも下に降りる。そっから横にいくつもの穴が掘られている。大量の石炭を掘り出した代りに、事故も大規模だった。
落盤、水没、ガス爆発。俺たちの町の地の底には、今でも揚がってこずじまいの坑夫たちが何人も眠りつづけているはずだ。
で、怖いもの知らずの俺は、そんな地下深くに、この後ろのホトケさんを埋葬してやろうと思いついたわけさ。
車はすでに神戸に近づいてきた。よし、山陽自動車道に入ろう。ガソリンも補給しなきゃならないが、市内はすぐに足がつきそうだからな。高速のサービスエリアのほうが、まだ安全だろう。
おそらくすでに、追っ手がかけられているはずだ。まずは関西一円。そのうち、俺の故郷の九州にも網がかけられる。その前に、なんとか今日の夜中のうちに、あの竪坑まで辿りつかなくては。
すこしずつ、日が傾いてきたようだ。沈む夕日の方角へ向かって走る。高校を卒業してあの町を出てからこっち、故郷へ帰るときって、大抵がなにかしでかして、やむを得ず逃げ込む先としてだったよなあ。
俺の父親はしがない団体職員だったが、じいさんが坑夫だった。人の話じゃ、けっこう腕のいい流れの坑夫だったそうな。
俺が大きくなった頃には、もうモウロクしていて、近所の公民館で将棋さしてるような好々爺だったが、若い時にはあちこちで派手なことをやらかしたらしい。
じいさんの生まれは、北海道。北海道の多くの人が、食い詰めて開拓に渡ったらしいから、そのまたルーツは、じいさんが死んじまった今じゃ、わからずじまい。あちこちで傷害沙汰や博打で借金作ったりしてたようで、親戚づきあいなんてのもなかったもんな。
その反動で俺のオヤジは、夜間高校から夜間の大学を出て、堅物の職員になっちまったが、どうやら俺は隔世遺伝とやらで、死んだじいさんの血を濃く受け継いだらしい。
子どもの時分から喧嘩やイザコザは日常茶飯、中学の頃には隣町の中学との抗争で、じいさんの隠し持ってたドスを持ち出して、警察にやっかいになる寸前までいったっけ。
高校にあがると、そんな力のやりとりにも飽きて、今度はナンパを気取って女の子を引っ掛けて遊び回る。週末の授業を抜け出して、バイクでオートレースに行く。
そんな俺でも、大学へ行ってみようという気になったのは、どうしてだったのか。夢やあこがれというのとは違う。お前なんか受かりっこないという親や教師に対する反発だけで受験したんだろうな、今考えてみると。
で、たいして勉強もしなかったのに、1校だけ、受かっちまったんだ、これが。大した偏差値でもない、坊主の息子とボンクラの落ちこぼれの集まるとこだったがね。
いつの間にか日もとっぷり暮れて、あたりは真っ暗だ。これで見つかる危険性も減った。俺は何回かサービスエリアで休憩し、飯を食い、ガソリンを入れ、ひたすら夜通し西へ走った。
ほら、関門大橋だ。これを渡れば九州だ。そしたらみっつめのインターで降りよう。そうすれば夜明け前までに、あの廃坑に着ける。
(続く)