第八話
通販ライフ(前編)

 ドアを開けて玄関で靴を脱ぎながら、どうせ聞いてないだろうと思いつつも、「ただいま」と奥の居間に声をかけた。案の定、返事はない。


 台所のテーブルに鞄を置いて、冷蔵庫から冷えた麦茶のポットを取り出し、ビール会社の景品のコップに注ぐ。ゴクッと一息に飲み干す。ああうめえ。飲んで帰った後の冷たい麦茶は最高だね。


 妻は、居間でリモコン片手に電動マッサージ椅子でいぎたなく眠りこんでいた。テレビはつけっぱなしで、深夜のバラエティ番組を映している。売り出し中らしい若いお笑い芸人と、タレントだかリポーターだかわからない派手な衣装の女の子が悪ふざけしながら店を紹介するような番組だ。


 妻の手の中にあるリモコンを取ろうとしながら、「おい、風邪ひくぞ」というと、薄く目を開けて、「あら、帰ってたの」といいながら、リモコンを放そうとはしない。


「寝るんだかテレビ見るんだかはっきりしろよ」というと、
「今何時、あら、もうこんな時間だ」とチャンネルを変える。
「これから例の番組があるのよ、あなたも見るでしょ」といいながら、とっくにぬるくなってしまったような麦茶をひと口。


 そうだった、今夜はこれから例の番組が始まるんだ。そう、テレホンショッピングの。

 おれたち夫婦には子どもがいない。どちらも三十代半ばを過ぎてそろそろ四十に差しかかろうかというところ、結婚してじきに十年になるのかな。


 それぞれの親、兄弟や親戚からは、早く子どもを作れだの孫の顔を見せろだのうるさかったが、最近ようやくそれもひと段落したようだ。


 別に仲が悪いわけじゃない。夫婦生活とやらも、まあ、人並みにはちゃんとこなしていると自負してるさ。でも、どういうわけか、できないものはできない。


 ふたりして医者にかかって検査もしてもらったが、特に問題はないんだと。こればっかりは授かりもんだからねと、おれたちは気にしないことに決めた。

 そんな生活の中で、おれたちはいつしかテレビのテレホンショッピングや雑誌の通信販売、インターネットのオンラインショッピングにはまりだした。


 最初はおれのほうだったかな。深夜にやってるでしょう、海外のテレホンショッピング番組。司会者も出てくる連中もやたら陽気でさ、また吹き替えの声が嘘っぽくていいんだよ。


 紹介している商品も、便利そうでいて、実はさほど日常生活で重要なものじゃないところがいいよね。そう、おれがいちばん初めに買ったのは、ヘリコプタールアーだとかいう、バス釣りのルアー。


 実はそれまで、バス釣りどころかフナやコイすら釣ったことがないおれなのに、なぜかそのルアーが欲しくなって、気がついたら電話で注文してたもんな。


 それからはもう、毎週のようにテレビで見て注文さ。そうだね、たとえばどんな油汚れも車のキズも落としてしまうクリーナーでしょ、魚や野菜はおろかちょっとした材木だって切れちゃうようなナイフでしょ、えっとそれから…。


 最初はそんなおれの行動を冷ややかに見ていた妻も、いつしかはまりこんできて、今じゃおれ以上に通販マニアさ。昼間の、昔は売れてたけど今はあんまし見かけないタレントがよく出てるようなショッピング番組から、通販の商品ばかり載ってるよな雑誌、最近ではパソコン買って、インターネットでオンラインショッピングとやらを楽しんでいる。

 そんな夫婦だから、当然買い物なんて出かけない。食品や日用品なんかは、ここらの生協に加盟して、カタログで見ながら注文してるし、服なんかは通販雑誌をよく利用してるね。家具なんかもちゃんとしたものが扱われてるし、ウチはアパートで庭がないけれど、ガーデニングの道具だってなかなかセンスがいい。


 見たいビデオは近くのビデオ屋の宅配会員になってるから電話一本だし、お酒もウチはワイン党だから、あちこちの海外のワイナリーのサイトをインターネットで探して、注文してる。これなんて、日本でなかなか手に入らないものが格安で買えるんだぜ。

 そんなある日、我が家に一本の電子メールが届いた。おおよそこんな内容だった。

通販ライフをお楽しみの皆さまへ
弊社は、永年にわたってテレビや雑誌の通信販売センターとしての実績をあげてきましたが、この度、念願かなってCS放送にて通販の専門チャンネルを持つこととなりました。そこで、数多い弊社のお客様の中から、とりわけ通販ライフをお楽しみのあなたに、来月よりスタートする通販チャンネルのモニターとして、半年間ご協力をお願いしたいとこのメールをお送りした次第です…。

 要するに、放送開始にあたって半年間、モニターとして週に10時間以上視聴すること、そのかわりにその半年はもちろん、プラス一年間のチャンネルフィーが無料。さらに、まだCSに加入していない人には加入料負担、CSチューナーやアンテナも無償で貸与、これ当然モニター期間が終わってもそのままもらえちゃうのだ。


 さらにさらに、番組に対して有効な提案なんをして採用された日には、謝礼なんかももらえてしまうというのだ。


 おれは昼間は仕事に出るので、一日中家にいる妻がモニターになった。

 放送初日の夜、帰宅したおれをつかまえて妻は、「おもしろいわよ、これ」と、テレビの画面を指さした。


「よくあるテレホンショッピングの形式なんだけど、細かい仕掛けがいたるところにあるのよ。それと、扱ってる商品アイテムがすごいの。時間帯とかによっても変わるんだけど、細々とした日用品から仏壇や墓石まで売ってるのよ」


 “視聴の手引き”と書かれた説明書を読むと、どうやらデジタル回線を使っているので、視聴者の家族構成や趣味趣向で、オンエアされてる番組が少しずつ異なるらしい。その上、回線はインタラクティブ(相互通信)になっていて、注文も電話ではなく、リモコンで注文画面を呼び出し、ボタンで入力できるのだ。


 どうやら、インターネットのWebテレビのような方式なんだろな。いつのまにか、ここまで進んでいるとは。


 つまり、子どものいる家庭では子ども服や学習教材なんかの案内の番組になり、まちがっても“あなたの夜の生活を演出する小道具”だとかバイアグラなんかの紹介番組にはならないわけだ。ワイン好きならまずワインの番組、そしてそれに関連したチーズだとかグラスだとかの紹介番組になっていく。


 すると、通販マニアともいえる我が家の場合は、どんな番組がいわゆるデフォルトされていくんだろうか。ちょっと、興味あるねえ。


 それに、番組の司会者やアシスタントも、視聴者の好みで様々なタイプのタレントが登場するらしい。我が家は、司会は妻の好きな日系アメリカ人とかハーフのタレントのタイプ。そう、顔つきのベースはアジア系なんだけど、身のこなしや会話のセンスなんかはアメリカンってやつね。アシスタントはおれの好みで、スレンダー系の頭の回転の速そうな、ちょいきつめの美人。


 考えてみるとこれって、おれたち夫婦のちょうど正反対のタイプなのね、ハハッ。

 そうなふうにして、おれたち夫婦はこのショッピング専門チャンネル、“LIFE365”にのめり込んでいったのだ。


(続く)

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