第十話
秘境の花

 トベラ、、、それはワシが太平洋戦争でパプア・ニューギニアへ従軍しておった時の話じゃ、、、。
 昭和20年5月、もうすでに南太平洋やインドネシアの日本軍の拠点は潰されて、わしらはみな、転戦という名の敗走を続けておった。イリアンジャヤの深い山の中を、敵軍の襲来と現地人の攻撃を恐れながら、、、。
 あれはそんなある日のことだった。水場や開けた所は発見されやすいので、我々はつる草がうっそうと繁るジャングルのなかに、野営しておった。すると、どこからとなく、甘い、そう、まるで十代の乙女の傍らを通り過ぎるときのような、甘酸い香りがするではないか。女子の顔など、ここ数ヶ月見てはおらんから、つい、わしらはふらふらとその香りのする方へと歩みだしておった。
 深い森の中を30分も歩いたろうか、昼なお暗い森の一角に、ぼううっとうす明るい所があるではないか。わしらはそこを目指していった。ところが次第に匂いは酸味がきつくなり、なにか生き物の腐ってゆくような臭いまで混じるようになった。しかし、その香りに洗脳されてしまったわしらは、そのとてつもない腐臭がなにやら、とても甘美なもののように思えてしまっていたのじゃ。
 そして我々は辿り着いた。
 それは、今まで見たことも聞いたこともない怪しい巨大な花だった。いや、花というにはあまりにも美しく、かつ醜悪だった。ワシには、その花の姿をうまく形容することができん。その花は、葉も茎もなく、直接地面から生えているようじゃった。一枚一枚の花びらは、あるものは薄紅色、あるものは濃い赤茶色、紫色など、光の具合で様々な色に見え、風もないのに、ゆらゆらと蠢いておった。
 わしらの中の一人が、堪らずにその花びらの中へ身を投げ出したのじゃ。するといきなり、その花びらは真っ赤な色に変わり、その男を包み込むようにして閉じてしまった。
 我々はただただ驚いてその有り様を見守るしかなかった。花の中の男は、叫び声をあげるでもなく、苦悶のような、そして快楽のような呻き声をたてながら、しだいに消えていった、、、。
 その間はおよそ2時間くらいじゃったかのう。気がつくと、花は再び開き、真っ白できれいな男の骨を、吐き出すように排出した。その瞬間、頭の割れような臭さが我々の鼻を襲った。わしらは、その男の骨を拾うことも出来ずに逃げ出したのだ。
 その花は、あのラフレシアなどの仲間で、巨大な食虫植物なのだと、数年後に救出されて日本に帰り付いたわしは知ったのだ。腐臭の混じった甘い香りで獲物を誘い、食事が終ると凄まじい排泄臭をたてるという。
 その花の名か?学名ではなにやら小難しい名前がついておったが、なに、現地人は、「トベラ」とその花を呼んでおったよ。

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