プロローグ


プロローグ

「もう手の施しようがありません」、「絶対に治りません」、「余命1ヶ月!」などと主治医から宣告されたという患者さんや家族の皆さんの相談に乗る日々が続いています。
私は患者さんたちが語られる言葉の端々から、現代の『がん診療の限界と問題点』がくっきりと浮かび出てくるように感じます。同じ医者という立場からすれば、「本当に主治医がそんなことを言ったのだろうか?」と、一瞬わが耳を疑いたくなるような内容ばかりです。
しかし、どんな言い方であったにせよ、患者さんたちがそう受け取り、奈落の底へ叩き落されたように感じたことは紛れもない事実なのです。
 いま、多くのがん患者さんたちの心の奥底には、
「この診療は何のために行なわれているのか?」
「がんという病いを抱えて今後どう生きていったらいいのだろうか?」
といった患者が聞きたい肝心なことには一切答えず、ただ黙々と検査や治療を計画・遂行し、ようやく口から出た言葉が『死の宣告』に等しいような苛酷極まることしか言わない医者に対する憤りと恨みが渦巻いています。残念ながら、これが現代日本のがん診療の現場の偽らざる姿なのです。
 最近ようやく、医療側にも現在のがん診療の問題点を指摘したり、患者主体の診療のあり方について論議する兆しが現われてきました。 
しかしながら、多くの医療機関では、まだまだ医療者本位の、固定観念に支配された診療が堂々とまかり通っているのではないでしょうか。
 
ところで一方、がん診療の現場からがんの医学的研究の方に目を転ずると全く違った、眩いばかりの光景が見られます。
近年の現代医学の進歩はめざましく、とくに分子生物学や遺伝子工学、細胞工学といった新しい学問の登場により、がんの生物学的性質が明らかになってきました。がんの発生・増殖・転移などに関するメカニズムが次々と解明され、それに伴う新しい診断技術の開発のスピードも目をみはるものがあります。
がんに関する医学的研究は予想をはるかに越え、まさに日進月歩の勢いで進んでおり、二十一世紀半ばにはがんは克服され、治る病気になると断言する研究者すらいます。
しかし、前日本癌学会会長である黒木登志夫氏(岐阜大学学長・東大名誉教授)は、「二十一世紀に、がんは本当に克服できるのか?」という質問に対して、次のように答えています。
「がんを克服するためには、国民一人ひとりが『自分の健康は自分で守る』という意識を持ち、『予防と早期発見』に努めればがんは克服できるだろう。しかし反面、非常に治りにくいがん、つまり難治性のがんがあることも事実。これらにいかに対処していくかがゲノム情報の研究と並んで今後のがん研究のきわめて重要なテーマであり、難治性がんに対する治療法の確立なくしてはがんを克服したことにはならない」。
確かに、「がんとは何か?」がわかればその予防法が、「いかにがんを正確に診断できるか?」がわかれば早期発見が可能になるでしょう。そして、がんの予防と早期発見ができれば、治るがんが増えることは間違いありません。
ところが、私が毎日接している、残念ながら『予防と早期発見』ができなかった患者さんたちにとって、がんは克服可能な病気だと言われても、ピンとこない現実離れした話にしか聞こえないと思います。
このように、"医学の進歩"と"医療の現実"との間には予想以上に大きな隔たりがあるのです。がんの研究や診断のめざましい進歩が、治療成績に必ずしも結びついていないことが現代のがん診療の最大の問題点ではないでしょうか。




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