亜愛一郎の狼狽

泡坂妻夫
亜愛一郎の狼狽 (創元推理文庫)
 最後の一人の男は、背が高く、整った端麗な顔だちであった。年は他の二人と同じく、三十五くらいだろうか。色が白く、貴族の秀才とでもいいたかった。目は学者のように知的で、身体には詩人のようにロマンチックな風情があり、しかも口元はスポーツマンのようにきりっとしまっていた。茶の背広に、いい色合いの縞のネクタイをきっちりしめて、ネクタイピンやカフスボタンも目だたないが控え目な好みで統一してあった。
(第一話抜粋)
その男は、色が白く、ギリシャ彫刻のように整った顔だちをしていた。黒っぽい背広を上品に着こなし、こげ茶の細かい縞のネクタイをきちんとしめている。この男のように軽やかで気品のある歩き方を、塩田はまだ見たことがなかった。彼がとっさにその男を俳優だと直感したのは、その容姿のためだ。だが、男は片手にエクレールのカメラを下げていた。男の雰囲気とカメラとは、似つかわしくなかったが、本当のカメラマンとすると、相当の腕前かもしれないと、塩田は直感した。
(第二話抜粋)
 初対面の相手に「切れ者で上品できりりとした二枚目風の第一印象」を与え、でも直後に「その印象は間違いだった」と思わせるのが、このシリーズの中心人物で隠れた名探偵の亜愛一郎である。もちろん、その第二印象も(機会さえあれば)すぐにまた裏切られるのだ。職業はカメラマンで、主な撮影の対象は雲や虫。カメラマンとしての腕前は謎。腕っ節も強いらしいが、運動神経はなさそうなので、その辺の実態も謎。

 事件はいろんな場所で起きるし、亜も仕事や使用でいろんな場所に行くから、出会う警察関係者はその度に違ってくる。刑事さんも個性はさまざまで、亜に対する態度もさまざまだ。亜愛一郎の風貌と(第二)印象と実態との間にあるギャップは笑い話の世界なのだけれど、「市井に隠れた名探偵に対する周囲の評価なんて、案外こんなものなのかもしれないな」と思わせる、一種変わったリアリティーがある……というのは言いすぎか?

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