ハマースミスのうじ虫

ウィリアム・モール
ハマースミスのうじ虫
 キャソンは訝った。あの銀行家はなぜあそこまで酔おうとしているのだろうか。
 異様な雰囲気で、見ていて気色が悪いだけではない。初めて目にする光景だったからだ。ヘンリー・ロッキャーが酔うまで飲むようなことはこれまで一度もなく、ましてクラブで酔態をさらすことなど考えられなかった。このケインズでロッキャーのことを以前からつぶさに見ていたキャソンは、人類同胞の繰り広げる深刻ぶった茶番劇や曲折に富んだ愚考を見て面白がるときと同じく、熱い好奇の視線を向けていた。
(冒頭)
 堅物の銀行家が見せた酔態に興味をそそられたキャソン・デューカーは、しぶる相手から強引に事情を聞きだした。銀行家は、ありもしないネタでゆすられたのだという。まったく身に覚えのない言い掛かりなのに、銀行家は結局相手のいうままに金を払った。自分が潔白であることと、それを証明できることとは、別だからだ。その犯罪の手口にさらに興味をもったキャソンは、犯人を突き止めることにした。バゴットと名乗ったというが、まず間違いなく偽名だろう。変装もしていたはずだ。手がかりはほとんどない。唯一つ、犯人が被害者宅の古美術品に興味を示したことを除いては。
 犯人は、慎重に計画を練った10分間という犯行時間の途中で、恐喝行為を中断してわざわざ美術品について会話をしたのだ。キャソンはこれを手がかりにして、犯人を突き止め、監視し、偽の身分で相手に近づき、心理戦をしかけ、追い詰めていく。

 ほとんど無いに等しい手がかりから相手を突き止めて捜査していく様は見事としかいいようがない。だが、物証がまるでないというのは、ちゃんと警察が逮捕して裁判で有罪にするという流れの中では、やはりかなりの問題点だと思う。だからこそ最後まで心理戦で相手に打ち勝つ必要が出てくるのであり、それを「より一層読み応えが増す」と見ることもできるだろうが、わたしはむしろ、犯人が見落としていた何かを探偵が最後の最後にでも発見してくれるほうがスカッとするんだけどな。

 川出正樹氏による巻末の解説「ウィリアム・モールとは一体何者だったのか ――イギリス犯罪小説史上に遺された小さくも確固たる足跡」にあった、作者の正体にびっくり。

ハマースミスのうじ虫




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