フラッシュフォワード

フラッシュフォワード (ハヤカワ文庫SF)
ロバート・J・ソウヤー
内田昌之訳
 全世界の人びとが自分の未来をかいま見たら、なにが起こるのか? 2009年、ヨーロッパ素粒子研究所の科学者ロイドとテオは、ヒッグス粒子を発見すべく大規模な実験をおこなった。ところが、実験は失敗に終わり、そのうえ、数十億の人びとの意識が数分間だけ21年後の未来に飛んでしまった!
 すると突然、すべてが変わってしまった。
 明かりの具合が急変した。制御室の薄暗い照明のかわりに、窓から太陽の光が射しこんでいた。それなのに、目を光に慣らす必要はなかったし、不快感もなかった――瞳孔が収縮する感覚もない。最初からその明るい光のなかにいたかのようだ。
 そのくせ、自分の目をコントロールできなかった。あたりを見まわして、なにがおきているのかたしかめたかったが、両目は意思をもっているかのように勝手に動いていた。
(p.16)
 未来転移フラッシュフォワードで意識を失ったとき、車を運転していた人はもちろん事故を起こした。離着陸中の飛行機も事故を起こし、しかも乗客はだれも逃げなかった。手術が中断されて死んだ患者もいる。単純に転んで怪我をした人の数は数え切れない。全世界で大惨事が起きたのだ。しかも、その約2分間に撮影中だったすべてのカメラやセンサー類は全く何も記録していなかった。
 なかには未来の断片を見なかった人もいる。21年後には死んでいるはずの人びとだ。まだ若いのに21年後には既に死んでいて、しかもそれが他殺だといわれたら――そりゃ、まあ、今後の行動に関わってくるわけだ。
 そこまでショッキングじゃなくても、婚約中の男性が、老いた自分がベッドをともにしているのが今の婚約者とは別人だと知ったら――それを知る前とは行動、変わるわよねえ。
 変えるなって言うほうが無理だ。
 とすると、人々が見た未来は、人々が行動を変える前に予定されていた未来なのだろうか、それとも行動を変えた結果訪れる未来なのか。もっと言えば、あの2分弱の出来事そのものですでに運命が大きく変わってしまった(家族が死んだとか、自分が大怪我をしたとか)人がいるわけで、そのことはあの「未来」には織り込み済みなのか否か。
 考え出すと、きりがない。

「ある物理学者」が殺される場所(将来刑事になってその事件を担当するはずの少年の言葉では「ボクシングの試合」)がどこなのかはすぐに分かったので、最初のうちはその辺を楽しみにまるでミステリを読むような感じで引き込まれた。ところが、だんだんそんなことはどうでもよくなってしまうほどSFとして面白くて面白くて……一気読みだった。
 もちろん(?)、読み終えたらすぐに「ダイソン球」をウェブで検索しましたとも。

フラッシュフォワード (ハヤカワ文庫SF)




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