厚い雲が月を隠すと、江戸の夜の闇は、ずしりとのしかかるように重かった。
前も後ろもない、うっかりその闇の中に踏み込んだら、そのまま落ちていきそうな、ひやりとする暗さ。その黒一面の中を、提灯の明かりがぽつりと、わずかに夜をわけて進んでいく。
先刻までは雲はときおり切れては、月の光の中、町屋の姿とわずかな風に揺れる木の影を、浮かび上がらせていた。
だが、その青い光も隠れてしまえば、いっそう闇を濃く思わせるだけだ。北へ行けば中山道に続く道を、急ぎ足でお堀の方角に下る。小さな手元の光は、持ち主の足元を照らすばかりで心もとなかった。(冒頭)
若だんなより五つ年上の(ようにみえる)手代ふたりが、若だんなの身の回りの世話をしながら、店の中心となって働いている。そのふたり佐助と仁吉は、一太郎以外の人間はだれも知らないことだが、じつは人間ではない。一太郎が五歳だった夏に、孫の身を案じた祖父が連れてきた妖だ。人間として暮らしている佐助(犬神)と仁吉(
あやかしがいっぱい出てくる話だと聞いていたから、「しゃばけ」って「なんとか化け」なのかと漠然と思っていたら、「娑婆気」のことだった。
頼りない若だんなが、実務は奉公人任せとはいえ、薬種問屋をまかされているという設定なのも聞き知っていた。「廻船問屋が、薬種問屋?」とこれまたなんとなく疑問に思っていたら、身体の弱い一太郎のために各種の薬を集めた延長なのだとあった。もともとは一人息子に飲ませるために集めたものだから、粗悪品を扱ったりするはずもなく、評判は上々だという。読みながら吹き出して、妙に納得した。
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