ちみどろ砂絵
都筑道夫 著
連作時代本格推理 なめくじ長屋捕物さわぎ
まっ昼間、渡し舟の上から人間がひとり、夜明けの幽霊のように、消えてしまった。
これが隅田川で起こったことなら、東橋とも呼ばれた大川橋の長さが七十五間、つまり百四十二めーとる弱、両国橋の長さが九十六間で、百七十五めーとる弱、川はばもそれに近かったわけだ。左右の岸で見まもっていた目が、見そこなったともいえるだろう。
けれど、竹屋の渡しでもない。御厩の渡しでもない。
それは鎧の渡しで、起こったことなのだ。(第一席 よろいの渡し その一 冒頭)
〈なめくじ長屋〉に住む砂絵かきのセンセーが、同じ長屋に住む大道芸人たちを手足に使って、いろんな事件を解決する推理物の時代小説で、江戸の風俗を「時代はいついつ、主人公の身分はこれこれ、というわけですから細かい状況は読者各位でご想像ください」などといって逃げたりせずしっかり描いている、という評判だったので読んでみた。
たしかに評判どおりなのだけれど、砂絵先生(とその仲間たち)って、善人なのかと(勝手に)思っていたのだが、なんだかそうとも言い切れないような。善悪の判断基準が違うだけかもしれないけれど、「ちょっと待ったー!」と言いたくなる場面も、ないではない。
漢字にふったルビが(orルビのふられた漢字が)おもしろい。
第一席 よろいの渡し
川舟から人がひとり消えた
英・美・司・泥:(容疑者消失事件の関係者の仮の呼び名)、
歌舞伎でやる暗闘、
火消人足、
馬鹿にされずにすみそうだ、
食事どき、
脱奴、
絵本の一平紙、
巣乱、
ご奥様、
第二席 ろくろっ首
首無し死体と塩漬けの首
飛頭蛮、
蕃拉布、
復讐、
書場簾、
大金持、
第三席 春暁八幡鐘
風呂桶を盗み出せという依頼
鯨鬚、
第四席 三番倉
密室(倉)からの犯人消失の真相は
倶游夫、
第五席 本所七不思議
置いてけ堀・足洗い屋敷・片葉の葦(片枝の松)
混凝土の護岸、
娯知譜、
典型的二枚目、
魔似悪、
第六席 いのしし屋敷
うかつに近づくと身ぐるみ剥がれる→追いはぎ→萩を追う→花札のいのしし
鮮凄所也、
第七席 心中不忍池
センセー、犯人だと思われて命を狙われる
実話新聞、
推理、
解説 高橋克彦
主人公たちの活躍が面白おかしく描かれているし、基本的に身分差別はあってあたりまえの時代設定なので、うっかりするとつい忘れそうになるけれど、なめくじ長屋は「まともな人間あつかいはしてもらえない」非人のすむところ。主人公たちは非人なのだ。「三番倉」には、若い娘がごろつきになぶり殺しにされたのに、その娘が非人であったばっかりに、奉行所に訴えても「非人は、常人の七分の一の身分しかない。下手人を捕らえてほしければ、あと六人が殺されるまで、まつがよい」という回答しかこなかった、とある。そういう時代の、そういう設定での、話だ。