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= Essay =

いままで書き留めたり、頼まれて書いたりしたエッセイ集です。随時更新予定!
可能性としての自分
  長男のアトピー体質をきっかけにオシャレな神戸に引越してきました。そして、震災を経験しました。
僕はこの震災で「可能性としての自分」を見ました。
街いろづくり
  震災が起こった年の秋に、この原稿を書きました。
大好きな街神戸への思いをつづった「市民版神戸復興計画!?」です。
にせ家族
  あの日あの時、避難所や公園のテントに、「やさしさと思いやりにあふれた」
血縁でない家族がたくさん生まれました。
そこで、そんな家族をつくろうと「にせ家族」研究会が始まりました。
困ったときはお互いさまスピリット
  震災の時は、僕に限らず被災地にいた人々は、ボランティアという言葉を意識する前に体が自然に動いていたというのが実感です。
シビルディフェンスプラットホームの構築をめざして
  震災が教えてくれた「予知できない危機」と「予知できる危機」をどう乗り越えるのか。
これからの地域づくりへの提案です。
創発する神戸
  「創発」というプラットホームで、市民・企業・行政が、「最大ではなく最適」を共通のキーワードに、それぞれが役割を認識し、行動を起こす時が来たと僕は確信し書きました。
戸惑い
  この原稿は、神戸新聞の記者A氏が書いてくださったものです。
神戸21世紀・記念事業開催中の「協働」の様子がよく表されていますのでご紹介させていただきます。
震災モニュメント
  被災地には、モニュメント(慰霊碑・追悼碑など)が数多く建立されています。
パブリックな空間に建つモニュメントは「みんなの死」として、生きている者たちに向けてのメッセージが刻まれています。
土 〜ぼくの宝物〜
  土門挙さんの写真集「筑豊のこどもたち」で、僕の知っている世界とはまるで違うもう一つの世界に出会いました。
肩のうえの赤いりんご 
  「永遠の映画青年」だった父と、その父を生涯支えた母との出会いのエピソードです。
一枚のパン
  母の死に際して書いたものです。
父が残してくれたもの「感性の覚醒」
  父が僕に書いてくれた最後の言葉は「感性を覚醒しろ」でした。父の感性は死ぬまで社会的な公益性に裏づけされたものでした。
電話のベルは2度鳴る
  神戸在住の推理小説作家・谺健二氏の著作「恋霊館事件」光文社のあとがきとして書いたものです。
この本は、推理小説という域を超え、阪神淡路大震災の記録としても非常に貴重な資料になると思います。
思い立ったが吉日家族
  震災が起こる1年前に、兵庫県の広報誌「ニューひょうご」に書いたものです。
実相寺昭雄を追って・・・ 
  2008年7月発売の「月刊COMICリュウ」に掲載されたインタビュー記事です。

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