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少年を追いかけるふくろう 中学生最後の夏休み。赤石登山の疲れがまだ残っているのか、けだるい感じで、奥座敷でごろごろしながら、終日、本を読んでいた。午前中は涼しい風が吹き込んでは来るが、午後にはこの地方としてはめずらしいほどの汗ばむような陽気が続いていた。必ず夕立があり、その度に部屋の空気が一気に下がって午睡をするには丁度よかった。時々、うつらうつらしながらすみ子と一緒に眺めた孝一のいる小さな村や隣村、そして相当離れた所にある小さな町、それらが大小の峰峰に囲まれて、最後には、村や町は見られずにそう言った峰の連なりのみになってゆく情景を思い起こしていた。来年からは村から出てあの広い空の下で生活してゆかなければならない。遠い先のことのようにも思えたが、不安と希望が交差して、孝一の小さな胸を揺り動かしていた。 父は高等学校の受験を許してくれていた。担任の教師は、 「孝一。北高等学校を受けてみないか」 そう言って勧めてくれるが自信は無かった。この地方きっての進学校である。 しかしある日のこと、思い切ったかのように祖母に聞いてみた。 「町の北高校を見に行って、良かったらそこを受験してもいいかな」 祖母はしばらく思案げな顔をしていたが、 「それじゃ、大草の診療所に行った帰りに寄ってみるか」 「孝一を一度そこの先生にみせたいと思っていた」 そう言いながら早速台所に掛けてある、日めくりをめくっていた。大草は村の市場からバスと徒歩で三時間ほど掛かる所の小さな部落で、そこの診療所には以前孝一の住む村の診療所に勤務していた内科医がいた。胸のたてが良い、と言うことで有名であった。 孝一は祖母の元気な立ち姿を見ながら、長かった入院生活を思い出していた。 小学生の頃、孝一の胸に少し影がある、と集団検診の結果が家族宛てにあった。 入院することも無い、との医者の診断がなされていたが、祖母が余りにも心配をしたので村から遠い町の病院へ入院した。その時の孝一は、母の実家にひとりで遊びに行った折の、そこの村の子供相撲大会で胸を強く打ったのが原因ではなかったか、と気づいていた。 病室は一階の畳敷のふたり部屋で、ふたりの布団を敷くとほとんど余裕の無いほどの狭さであった。孝一の入院中、隣の人は何回となく入れ替わっていた。孝一を一番かわいがったのは、町の新聞記者であった。その記者は実入りが少なかったのか、 「孝一君。悪いが、又、二〇〇円貸してくれないかね」 と、言っては、祖母が見舞いに来る度に何かの足しにと言って幸一に与えて行ったお金から二〇〇円借りては、奥さんが病室を訪れる度に帰りのバス代と言って廊下でそっと渡していた。町の花火大会には孝一を連れ出しはしたが、花火を見に行かず、記者仲間の家に寄り込み、出された西瓜をぱくつきながら、 「貧乏はしたくないね〜。僕はこの子に二〇〇円借りるほどに貧しいのだ。病気を絶えずしていると給料を減らされてね〜」 その人に何度となく同じ愚痴をこぼしていた。貧乏は、孝一にとっても辛いことであった。孝一も勧められるままに西瓜を食べながら、ガラスしに見える遠くの花火を眺めていた。それは小さな窓枠の中に、色とりどりの色彩を美しく描いていた。 記者は仲間にビールを催促して、 「病気なのに大丈夫ですか」 と言う奥さんの心配をよそに、ふたりでうまそうに飲み始めた。しかしさんざん飲んで病院に帰ると入り口は閉まっており、うっかり鍵を掛け忘れた自分達の病室の窓からのように忍び込んだが、 「がた、がた、がた」 と言う窓を閉めるかすかな音を巡回中の看護婦長が聞きつけてしまった。病室の入り口から電灯で照らしながら、 「今見た時は居なかったのに。あんた達、どこから入って来たのよ」 と、言って、部屋の中に入って来た婦長は、どのように弁解したら良いか分からずに口をもぐもぐと動かしている記者をこっぴどく叱ったあと、孝一には、 「こんなおじさんのいいなりになっては駄目よ」 と、右手の人差し指で孝一の額に軽く触れただけで、これ以上記者を説教しても仕方が無い、と言った苦りきった顔付きで部屋から出て行ってしまった。酒の匂いは朝まで立ち込めていた。 記者を辞めて果樹栽培をしたい、と言っていたが、どう工面したのか孝一から借りたお金をすべて返したうえ、借りたお金のお礼、と言って、一冊の参考書を贈り、奥さんに伴われて退院して行った。玄関まで見送りに出た孝一に向かって、 「孝一君。早く良くなって退院したまえ。君が退院出来たら君の村に遊びに行くからね」 と言いながら、風呂敷包みを抱えた手を窮屈そうに伸ばして孝一の手を握り締め、壊れかかった眼鏡の奥で悪戯っぽく笑い掛けていた。 記者が退院してからは、その部屋は孝一ひとりとなり、孝一は記者から贈られた参考書を絶えず見開いては、新しい紙の匂いを嗅いでいた。 その本は、孝一がこの村を去ったのちも、祖母によって土蔵の中に大切に残されていたらしく、祖母の葬式のあと、記者が亡くなったことを告げられながら、伯父から孝一に手渡されていた。使い古されて黄色く変質し、紙の匂いは無くなっていたが、孝一にとっては忘れることの出来ない一冊の本であった。たった一冊の本であったが、孝一を本好きにさせ劣等性から優等生への基礎を作ってくれたことを思い出しながら、何時までも土蔵の側にたたずんでいた。花好きの祖母を供養するかのように桜が満開であった。 田舎の小さなバスは以外と混んでおり祖母が知っている人も多くいて、互いに軽く会釈を交わしていた。 祖母と孝一はどうにか座ることが出来、孝一は窓際の席を占めた。白い土埃を上げながら災害の復興の終わったばかりの道を進むかと思えば、道の無い、川原の中を走り、時には岩を掘り抜いただけのトンネルを幾つも通り抜けることさえあった。トンネルの中では岩盤から落ちる水滴が窓ガラスを濡らしていた。自分の部落や市場を見慣れた孝一には外の風景は珍しく、飽きることは無かった。しばらくカーブが続いたあと、突然祖母は、 「孝一。ここで降りるぞ」 と言うや否や、荷棚から袋を降ろして運転席の方によろけながら近づいて行った。孝一もあとに続いたが、その停留所で降りたのは祖母と孝一のふたりだけであった。人家は無く、寂しい所で、その場所から細い道がつづらりに山の方に向かって長く伸びている、その道を仰ぎ見ながら、祖母は、ここから登って行くのだ、と言う風に目で孝一に合図をして、先に立って歩き始めた。蛇行した道の両側には、いたどりやすかんぽが生い茂り、祖母は喉が乾いたのかそれらを折っては茎の部分を吸っていた。 「お前も吸って見ろ」 手渡されたいたどりを噛んで見たが、ただ酸っぱいだけであった。一時間ばかり歩くと人家が見え始め、離れた所に広い庭と平屋の建物が建っていた。そこは小学校の分校らしく数人の子供が遊んでいた。学校からしばらく歩いてやっと診療所にたどり着けたのは、昼頃であった。誰もいない待合室に座り、持参した握り飯を食べていると、 「遠くからわざわざ来てくれて」 年寄の医者らしい人が祖母に声を掛けてきた。この人が孝一の村の診療所にいた医者であった。祖母は挨拶をしたあと、今日伺った目的を告げると、 「それでは、昼ご飯が済んだら僕の部屋に来て下さい」 と、気さくに言いながら診察室に入って行った。 胸のエックス線フイルムを見ながら、 「お婆さん。大丈夫。悪い部分は完全に固まっています。もう心配することは有りません」 そう言って、祖母に笑い掛けていた。町の医者と同じ診たてであったが、胸部に関しての権威らしい医者の言葉に安心したらしく、祖母は何度もお礼を言っていた。 「孝一。よかったな」 診療所をあとにしながら、独り言のように呟いていた。 祖母はさらにすたすたと先を歩き、今度は古びた旅館の前に立っていた。この部落でたった一軒だけの旅館と言うことで街道沿いに建っており、その近くには大きな発電所があってその方角から静かなうなりが聞こえていた。 旅館の二階の障子窓を開けると発電所の建物が見え、建物の敷地内の変電施設からは数本の電線が霞んだ山の頂上へと伸びていた。 祖母とふたりでこのような場所に泊まるのは初めての経験である。夕飯は部屋に運ばれためいめいの膳に向かったが、祖母は自分のおかずを少しずつ孝一の皿に分けていた。 翌朝は前日と打って変わって上天気で、発電所側の窓と真向かいの窓を開けると、広々と視野が開け、かなたに一際高い峰の連なりが望めた。祖母は、 「あ、伊那谷が見える」 「あれが天竜川。その向うの高い山は中央アルプスだ」 「天竜川沿いの丁度あの辺りがお前の母親の生まれた村だ」 と、指差しながら説明をしていたが、祖母の指の向うにはただ伊那谷全体が見えるようで、母の生まれた村は見付けられなかった。 朝食を済ませるとふたりは再びバスの人となっていた。 バスは天竜川の川沿いに走る街道の停留所に止まりながら、数人の客を乗せたり降ろしたりしながら走り、賑やかな町の中を通り抜けることもあったが、総じて人家も無い、周囲が田圃ばかりの道を走っていた。 そして昼頃北高等学校の近くに着いた。さすがに祖母も疲れたのか、 「孝一。どこかで昼飯でも食べるか」 と、言いながら目に留めた食堂に孝一を連れこんだ。 祖母は親子丼をふたつ注文した。 孝一達の回りでは北高校の生徒らしい数人が慌ただしく箸を動かして丼飯を掻き込んでいた。帽子の上部は無理に破ったようでてかてかと黒光りを発し、それに真夏だと言うのに学生服のままでその服も継ぎはぎだらけのよれよれで、靴はかず、高下駄で、顔はと見ると不精ひげが色濃く残ってはいるが、眼鏡の奥の瞳は知性的な輝きを放っている。男子校と聞いていたがこれほどバンカラとは考えてもいなかった。祖母も驚いた様子で親子丼を食べながらその学生達をって眺めていた。昼時でもあったので店の中はバンカラ風の学生達が絶えず入れ替わりして込み合っており、孝一は彼らに圧倒されながら初めての飯の味も分からずに何時か知らない間に食べ終わっていた。 北高等学校は四階立てで相当古く、壁は褐色に薄汚れていた。夏休みだと言うのにやはりバンカラ風の大勢の男子生徒が校舎と校庭を忙しく行き来している。補講週間なのだろうか。男子に混じって制服姿の女性徒を見掛けたので最近男女共学になったのであろう。屋上の天体望遠鏡のドームが太陽光線を受けて光っているが、この地方の伝統校らしい落ち着いた雰囲気を醸し出していた。 「良い高校だな。孝一」 孝一に向かってそう言った祖母の目も嬉しそうに笑っていた。 その日、高校のすぐ近くにある孝一の遠い親類に、祖母と孝一は立ち寄った。突然訪れたにも関わらず夫婦は暖かく迎え入れてくれた。家は平屋で少し傾いたように見え、通された部屋の畳も踏めばぶよぶよとした感じを与えたが、奥さんがたいへん明るい人でそうした質素な雰囲気を充分に補っていた。村の災害についての見舞いの言葉を祖母に述べたあと、 「あの時は、この村の中学の校庭からヘリコプターがひっきりなしにあの山を越えては孝一さんの村の方に飛び立って行き、それはやかだったに」 途切れなく救援物資を積んでは飛び立ち、天竜川を越え、対岸の高い山の上を越えて行く様子を身振り手振りで説明していた。孝一の村で荷物を降ろして帰って来るヘリコプターもあり、行き来きするヘリコプターのエンジン音はまるで戦争のような凄さであったようだ。 「孝一さんは成績が良いようだから、きっと合格するよ」 「ただ私の家はごご覧の通りに狭いから、近くにいい下宿さんを見つけておくからね」 孝一の合格が当たり前と言った口調で、祖母と孝一にお茶を勧めていた。強く引き止められもしたのでふたりはその夜その家に泊まった。隣の部屋で小さなささやき声がしていたので、ふすま越しに夫婦と子供達が寝ているようであった。 祖母との二泊三日の旅行は終わり、孝一の受験校も決まっていた。 夏休みが終わると、就職する生徒は東京や関西方面へ親に伴われて入社試験に出掛け、帰って来ると、合格していた。日本の高度経済成長の初期で、中卒は引く手あまたの金の卵となっていた頃である。 ある日孝一がに居るとすみ子が寄って来て、 「孝一さん。高校はどこにするか決めた」 「僕は北高等学校を受けることにした」 「私は北女子高校だわ。よろしくね」 すみ子はそのまま自分の靴をくと、孝一の肩に軽く右手を触れたのち、足早に駆け出して行った。北女子高校は女子校で北高校のすぐ近くにあった。すみ子は小学校時代から、東京へ行く、と女友達に言っていたが、何時の間にか孝一と同じ町に変えていた。玄関を出ると自転車を引いたすみ子が微笑みながら孝一を待っていた。 孝一は自分の自転車を取りに自転車置き場へと急いだ。 今年もどんど焼きの日が来た。風邪で手伝えない孝一は、皆、どうするだろうと心配していたが、例年通りに小学校高学年の子供等が孝一の家の裏山で木を切り出し、それを中学生が声を掛け合いながら組み立てていた。夜、障子戸を開けると無数の火の粉が夜空に舞い、それらは孝一がこの村に来てから経験した数多くの思い出と一緒に四方に飛び散って行った。 「もう、孝一とどんど焼きを見ることは出来ないな」 「孝一。偉くなって、みんなを見返してやれ」 祖母の呟きが聞こえて来た。孝一も、村の人や祖母以外の家族にとっては、この村へやって来たひとりの少年でしかなかったのである。唯一の庇護者は祖母だけであった。 三月、孝一とすみ子は志望校に合格した。 後年、孝一が帰宅すると妻であるすみ子が、 「信州に何かあったみたいだわ」 と言いながら、叔父からの電報を渡してくれた。祖母が急に倒れて息を引き取ったと言う知らせで、 「孝一には母親が付いているから安心だ」 と、死に際に静かに呟いていた、と書かれていた。今頃は何処かで母と会っているに違いない、と目頭を拭きながら旅行鞄の仕度を妻に頼んだ。 祖母からは時折、孝一の所にかたかなとひらがなじりのたどたどしい手紙が届いていた。それは何時も、孝一に会いたい、と言う内容で、ふくろうは今年も来ていない、と必ず付け加えられていた。孝一が村を去ってからいなくなったようで、ふくろうが何処に行ったのか、家族にも村の人にも分からなかった。 今それを知っているのは祖母だけであった。 |