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                地方の顔となり得るもの


 瓢箪(ひょうたん)から駒が出る、と言えば、過言であるが、東国原知事が宮崎県知事となった。以来、テレビに報道される機会が多く、彼は既に、宮崎のトップセールスマンとなった観がある。私も、今回の宮崎県の新知事誕生により、宮崎の物産、特に、地鶏と観光名所を再認識した。

一方山梨県は、新知事よりNHKの大河ドラマ、風林火山がトップセールスとしての役目を先行しているかの様で、結構、山梨県産の土産が売れているらしい。

 私がある品物を購入する時とか、ある地域に行きたいとかを決めるのは、極めて単純な理由に負う事が多い。買い物をする時は少し値が張ってでも、その時の気分と、肉眼で見た限りの品質と、売り手の感じ良さ(これが最も肝心な事である)で決めてしまう。どこかに行きたい時も同じである。ここ数年は、小泉八雲の出雲、太宰治の津軽、川端康成の「雪国」、越後湯沢を旅行した。

過去には、エミリーブロンテ作「嵐が丘」の舞台となった、リーズ(イングランド中部)近郊や怪獣騒ぎで有名となった、ネス湖のあるスコットランド地方。

訪れた旅先で作家達が活躍していたであろう事を思い浮かべると、彼ら(自然も含む)も又、その地域の宣伝の一翼を担っているのが良く分かる。霧深いハイランドの風景の中に寝静まった湖を見る人は、怪獣の存在を信じ、来て良かった、と思う。

 私が何十年もの昔に山梨県に来て住み着いたのも単純で、太宰治の富嶽百景を読んだこと、水晶の産地であったこと、そしてこの地方の小さな県に全国的に有名な先生がいた、ことでだけであったが、これだけで、美しい県、山梨を想像出来たからである。
 初めて降り立った甲府駅から眺めた(まち)は、城下町であった頃の落ち着いた雰囲気を醸し出していたし、甲府駅から武田神社に通じる道路は砂埃をあげ、その沿道の桜並木の老木も印象深かった。水晶は、山梨の印刻業者が、中学三年の時に売りに来て認識したものである。その後水晶を頻繁に見る機会に恵まれたが、良く見ると、一つの側面には長軸に直角に横線が密にあり、その隣の側面は横線が少ないか若しくは滑らかで、又その隣の側面に横線が観察される、と言った規則性が、又先端には多角形の面が飛び飛びに存在しているのが観察される。ついでに感想を述べれば、水晶の側面と先端の面をつるつるに研磨して販売しているのを時たま見かけるが、これは水晶の本来持っている個性(顔)をつぶしている様で、ガラスの様な印象を与えて残念でもある。小さな結晶にも顔は存在する。

山梨では、まだ水晶が採れるのですか、と言った質問をされるが、私は、恐らくワインとぶどうは日本一、そしてジュエリーの生産高は全国の三分の一である、と宣伝している。いまだ、水晶が山梨のイメージの一つになっているのかは、よく分からないが、一度知れ渡った評判は、良きにつけ、悪しきにつけ、なかなか人の記憶から抜けないもので、更に、その地方の顔となり得るものは、短い言葉で表現でき、容易にイメージされ得る、極めて単純なものなのかも知れない。
 例えば、あの地方の何が美しいとか・・・・

          (2007.2.15)