地方の顔となり得るもの 瓢箪(ひょうたん)から駒が出る、と言えば、過言であるが、東国原知事が宮崎県知事となった。以来、テレビに報道される機会が多く、彼は既に、宮崎のトップセールスマンとなった観がある。私も、今回の 一方 私がある品物を購入する時とか、ある地域に行きたいとかを決めるのは、極めて単純な理由に負う事が多い。買い物をする時は少し値が張ってでも、その時の気分と、肉眼で見た限りの品質と、売り手の感じ良さ(これが最も肝心な事である)で決めてしまう。どこかに行きたい時も同じである。ここ数年は、小泉八雲の出雲、太宰治の津軽、川端康成の「雪国」、越後湯沢を旅行した。 過去には、エミリーブロンテ作「嵐が丘」の舞台となった、リーズ(イングランド中部)近郊や怪獣騒ぎで有名となった、ネス湖のあるスコットランド地方。 訪れた旅先で作家達が活躍していたであろう事を思い浮かべると、彼ら(自然も含む)も又、その地域の宣伝の一翼を担っているのが良く分かる。霧深いハイランドの風景の中に寝静まった湖を見る人は、怪獣の存在を信じ、来て良かった、と思う。 私が何十年もの昔に山梨県に来て住み着いたのも単純で、太宰治の富嶽百景を読んだこと、水晶の産地であったこと、そしてこの地方の小さな県に全国的に有名な先生がいた、ことでだけであったが、これだけで、美しい県、山梨を想像出来たからである。 山梨では、まだ水晶が採れるのですか、と言った質問をされるが、私は、恐らくワインとぶどうは日本一、そしてジュエリーの生産高は全国の三分の一である、と宣伝している。いまだ、水晶が山梨のイメージの一つになっているのかは、よく分からないが、一度知れ渡った評判は、良きにつけ、悪しきにつけ、なかなか人の記憶から抜けないもので、更に、その地方の顔となり得るものは、短い言葉で表現でき、容易にイメージされ得る、極めて単純なものなのかも知れない。 (2007.2.15) |