国立歴史民俗博物館 情報資料研究部
星合重男 ( 2004年3月 )
Research on Corporate Museums' Strategies-II (March 2004)
HOSHIAI Shigeo, National Museum of Japanese History
Abstract
If we consider corporate museums as "museums about corporation," there has been no such research until today. Reports have been made on "museums established by corporations" by many authors including Gentaro Tanahashi, Toshiro Ito, Victer J. Danilov, Asato Sasaki, Kumahiro Moro'oka, and Hiromitsu Nakamaki. However, the purpose of this research is to reveal the foundation, development, and characteristics of "museums about corporations." The reason of studying this subject is that corporations tend to have clear purposes of constructing "museums about corporations" that are different from those of art museums established by corporations such as the Bridgestone Museum of Art. This study aims to reveal why corporations spend considerable costs to build corporate museums.
The present writer undertook questionnaire surveys of corporate museums in 1993 and the summer of 2003 respectively in order to study the changes of corporate museums in ten years. At the same time, he visited several institutions to conduct interviews.
企業博物館を「企業についての博物館」ととらえると、その研究報告は現在まで見当たらない。「企業が設立した博物館」についての報告は、棚橋源太郎、伊藤寿朗、Victer.J.Danilov
、佐々木朝人、諸岡熊博、中牧弘允、らの著作があるが、本研究は「企業についての博物館」を取り上げ、その成立と発展、特徴について明らかにする。
研究対象を「企業についての博物館」とすることにこだわったのは、これらは企業が設立した美術館 (例・ブリジストン美術館) などとは違った企業の目的が明確であり、どうして、企業が多くの費用をかけて企業博物館を建設したかを明らかにするためである。
筆者は1993年に企業博物館のアンケート調査を実施したが、10年目の2003年夏再度同様なアンケートを実施し、10年間の企業博物館の変化について調査した。同時にいくつかの施設には直接訪問して話をきいた。
1) 企業博物館の成立は明治35年の「逓信博物館」に始まる,戦前の博物館数は6館であった。戦後の企業博物館隆盛期は1980年代の新設館は40館、1990年代は41館と急増するが、経済バブル後の2000年代の新設館は5館と急減した。
2) 10年間の企業博物館数の変化は大きい。エネルギー関連館では水力発電館と炭鉱館が急減し、醸造関係館も一時のブームが去って減少した。機械関係館が増加した。
3) 企業博物館設置の目的は、「企業資料の保存」と「関連業界の理解」で10年前との変化は無い。観光地対策がこれに続づく。博物館を設置することで「伝統ある企業」のイメージが向上した。
4) 91%の企業博物館はホームページを持っている。ほとんど更新しない館が52%。月に1回の更新するを合わせると87%となり、企業博物館のホームページはあまり更新されない。コンテンツは「交通案内」「企画展案内」「利用案内」「館の概要」を重視している。65%は関係会社のページの中にあり、独自の開設は24%である。
5) 担当者は、ホームページは「あればあったほうがいい」「無くてもよい」を合わせた数字は30%とたいへん大きい。ホームページは持っているが、その効果は今ひとつはっきりしていないことが分かった。
6) 企業資料を企業資産として積極的に活用する館が増えてきた。企業博物館は,バブルの崩壊で淘汰され少数精鋭が残っている。新しい企業博物館は、会社の珍品貴品の神殿ではなく、企業戦略の一端をになう力強いものになりつつある。「企業のことが分かる博物館」から「企業を動かす博物館」に変化し始めてきた。
1 はじめに
1-1 企業博物館の成立と発展
1-2 1993年から10年間の企業博物館活動の変化
1-3 企業博物館活動の今後の展開
2 研究方法
2-1 企業博物館を定義する
2-2 調査対象の確認
2-3 調査の方法
3 企業博物館の成立と発展
3-1 戦前の企業博物館
3-2 戦後の企業博物館
4 企業博物館活動10年間の変化
4-1 企業博物館数の推移
4-2 運営形態
4-3 展示の内容
4-4 館種の変化
4-5 企業博物館の設置
4-6企業史料の収集
4-7 運営
4-8 展示館の規模
5 企業博物館におけるインターネットの活用
5-1 普遍化したインターネットの活用
5-2 アクセス数の増加
5-3 アクセス数の増加
5-4 ホームページは必要か
5-5 開設年度
5-6 英文ホームページ
5-7 「開設の形
5-8 更新の方法
5-9 ページの中身
5-10 ホームページ運営上の問題点
5-11 ホームページの評価
5-12 メーリングリストとメールマガジン
5-13 インターネットと企業博物館についてのまとめ
6 今後の企業博物館の展開
5-1 社員教育の神殿「史料館」
5-2 企業の情報センター「歴史館」
5-3 親しまれる企業広報活動「啓蒙館」
5-4 商品PRと技術誇示
5-5 工場見学を楽しむ「産業館」
7 おわりに
8 引用文献・参考文献
日本における企業博物館の成立と発展、博物館活動の現状と、過去10年間の推移。企業博物館とは何か。企業博物館の果たす役割について、企業博物館のアンケートと文献調査で明らかにする。
棚橋源太郎のいう、「貴族富豪が美術品鑑賞の場所を、近年一般民衆の教育娯楽のために公開されるにいたった」(※1)、かつての富豪は諸工業を興し物流で栄え、財閥企業は冨をきづき、その豊富な資金で、美術品を購入し、建物を建てて仲間や民衆を呼んでその財力と知力を披露した。
このように、企業の設立した博物館はかなり古くからある、しかしそのほとんどは美術品を収集したものであって、企業に関する資料を集めた博物館が出現するのは「逓信事業に関する参考品」を展示した、明治35年の逓信博物館に始まると考える。当時の逓信省が設立したもので、民間企業の設立ではないが、現在のNTTの前身が設立したものである。企業の内容を一般に公開することが目的であり、企業博物館と考えてよいのではないか。これを、わが国の第一号の企業博物館であると位置づけ、その後の企業博物館の成立と発展について明らかにする。
1993年、企業博物館を取り上げ、230館にアンケートを実施し「企業博物館戦略の研究」としてまとめた。これは、企業が多額の費用をかけて、どういう目的で博物館を設置し運営しているかを調査したものである。93年は丁度バブル期であり、それから10年目にあたる今年、同じアンケートを実施し、バブルの崩壊や、企業環境の変化で、企業博物館活動はどのように変化したかを明らかにする。
昨今の急激で多様なインターネットの発展で、博物館を取り巻く情報環境は大きく変化した。博物館がインターネットをどのように考えどのように活用しているか、現状を明らかにする。
企業博物館の資料は、見せる資料の収集保存から、活用する資料の保存に大きく変わりつつある。これからの新しい企業博物館の姿を、いくつかの企業博物館のヒアリングから推論する。
従来から企業博物館というと、企業が設立した博物館のことを指す人が多いが(※2)、そうすると国公立以外の博物館は、大抵それに該当する。それらの博物館は美術館(ブリジストン美術館)動物園(東武動物公園)、植物園(京王百草園)水族館(江ノ島水族館)、あるいはテーマパーク(TEPCOエネルギ-パーク)などが有るが、企業そのものの中身が分かる「企業の博物館」という分類が無い、それがあってもいいのではないかと考え、93年の調査では、主として「企業のことが分かる博物館」を取り上げ、折からの企業バブルの博物館景気であったため、日本経済新聞にもとりあげられ(※3)資料の請求が多く好評であったので、資料部分をホームページで「日本の企業博物館」として公開した。このページは大手検索サイトYAHOOの数少ない推奨ページとなっている。現在はリクルートの就職のためのリクナビページにも、企業の内容がよく分かる企業博物館案内として紹介さている。私の「自社の歴史とその背景にかかる諸資料を保存、展示し、企業理念とその業界、製品について理解できるように企業(業界)が設立した博物館」と定義する企業博物館は、今になって確固たる位置付けが必要と考えた。
企業博物館を考えるうえで大切なことは、調査の対象となる企業博物館というジャンルを確定することである。博物館は設立者による勝手な分類が一般的であるが、企業が設立したから「企業博物館」と言うのは、企業博物館を考える上で適当でない。
「企業博物館」という言い方そのものは、いままでの博物館分類にはない。いままでの文献ではまれに使われているが、それは「企業が設立した博物館」を意味することが多い。この場合は設立者が企業であるということで、博物館の内容は、美術館もあるし(ブリジストン美術館)動物園(東武動物公園)などもある。
佐々木氏は、企業が設立したもので「企業の生業にかかわるものの資料を保存し、展示し、公開しているもの」(※4)を企業博物館としているが、植物園や水族館、あるいはテーマパークなどでも、生業そのものを展示しているものは多い。
Victer.J.Danilovの企業博物館分類では(※5)「企業の集めた美術品」を市民に公開することも、企業博物館の一つの使命で、市民の文化的素養を育てるのに役立つことは歓迎すべきことであり、企業のPR活動にも役立つというように、美術館も企業博物館の範疇に入れている。
企業博物館をどのように定義するか、1994年の私の報告では、「自社の歴史とその背景にかかる諸資料を保存、展示し、企業理念とその業界、製品について理解できるように企業が設立した博物館」ということを述べた(※6)同時に企業博物館の内容は、あとに述べる5つの分類を作った。この分類はその後何人かの企業博物館研究者に取り上げられて普遍化している(※7)(※8)。この私の分類は必ずしも境界のはっきりしたものとはいえないが、むしろいろいろな要素が交じり合っているのが企業博物館であるといえる。いずれにしても「企業のことが分かる博物館」というのが最低の枠組みと考えている。いくつかの企業博物館は、資料館、記念館とも言われものがあるが、これらも企業史料の保存公開のためのもので、同じ「企業博物館」であると考えてよい。企業博物館は企業資料の収集保存、公開のための博物館ではあるが、博物館法に求められる「博物館」との違いは、明確である。
1956年の「博物館法」の成立で一気に博物館は社会的存在となったが、動物園や水族館や美術館も含めた博物館と言う名称は、一般市民の気持ちとややかけ離れた概念でもあった。「博物館法第二条」に、この法律において「博物館」とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管し展示して教育的配慮のもとに一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、合わせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関のうち、地方公共団体、民法34条の法人、宗教法人または政令で定めるその他の法人が設置するもので第2章の規定による登録を受けたものをいう。
つまり博物館とは、地方公共団体や一部の法人が設置したもので、資料を収集保管し、一般公衆の利用に対応する施設で、登録したものとされる。この、登録博物館は、97年時点で740館(※9)となっており、97年度の博物館といわれるものの総数は4693館(※10)であり、博物館全体の15%程度が登録博物館であると言える。現在、博物館と言う名称の使用は制限されていないので、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学と幅広い分野で、各種の博物館が出来たようである。企業博物館でも登録博物館に指定されている館もあるが、限られている。
1994年の報告「企業博物館戦略の研究」では、企業博物館分類を以下のようにまとめた。
一口に企業博物館といっても、その形態や目的に大きいちがいがある。それは、設置企業の目的が違っているためで、資料を専門家が丹念 に収集・分類し研究報告や年報を発行している館もあれば、企業の事業についての理解を進めるための、産業理解を中心にした館もある。一つの館にそれぞれの機能が混在しているが、主たる展示の目的をもとに、下記 の館種に分類した。
「史料館」…会社創業者の創業理念、歴史的資料・歴品を収集・展示し、企業の社会に貢献してきた過程などを理解させる。(例・資生堂企業資料館、島津創業記念館)
「歴史館」…会社の製品や関連産業の歴史的産業コレクションを収集・展示して解説する。その歴史的背景や地域の状況なども理解させる。(例・竹大工道具館、内藤記念くすり博物館)
「技術館」…会社の新技術の解説や新商品の特徴や活用法などを展示し、技術的優位を誇示し、理解させて、開発中の技術について企業の夢を語る。(例・松下技術館、東芝科学館)
「啓蒙館」…自社の企業理念やそれによる社会への貢献、関連産業の商品や技術を判りやすい展示で一般人に理解させる。(例・UCCコーヒー博物館、浜岡原子力館)
「産業館」…工場見学などを中心とした、産業理解のための施設。(例・サッポロビール博物館、グリコピア神戸)
企業の史料を収集保管して企業戦略に積極的に役立てる企業博物館も増えて来た(虎屋資料館、資生堂企業資料館)これらの収集保存された資料は経営戦略の立案に活用され、広報活動や営業活動に使用される。これが社内組織としていったん完成すると、営業活動の強力な武器となる。資生堂に見られるように、社内LANを活用して社内の各セクションから直接に資料の検索できるようになると、一気に企業博物館の設立意義とその効果が直接的に目に見えてくる。そしてこれらの資料はやがては企業史料として系統的に蓄積され保存されることになる。
最近は業界が設置運営することも多くなった。(日本新聞博物館、日本カメラ博物館)
また、企業によって、博物館、資料館、科学館、などのいろいろな名称をつけているが、ひとまとめにして、「企業博物館」といって良いと思う。
Victer.J.Danilovの言う「美術品展示」も企業博物館という考えも、諸岡博熊の言う「イベントホール」も企業博物館というのも、企業博物館を考える上で、その範囲を複雑にする。企業博物館は、企業のことが展示されたものに限ることにしたい。企業博物館とは「自社の歴史とその背景にかかる諸資料を収集保存・展示し、企業の理念とその製品、業界について理解できるように企業(業界)が設立した施設」とした。
戦前までの企業博物館の成立と推移のついては文献で調査する。
90年代は企業博物館の隆盛期で、先の調査の93年はまさにその絶頂期にあった。調査対象館は335館、回答館数は230館であった。その後日本経済は衰退し、不景気は企業博物館を減少させた。今年は丁度10年目にあたりどのよな変化があったか、現状を比較することにした。なお、最近急速の発展したIT環境化における、企業博物館のインターネットの対応を同時に調査した。
93年に実施した、企業博物館アンケートにお答えのあった230館は、その後インターネット上の私のホームページ上で館名を公開している。それ以後10年の間絶えず閉館や開館を繰り返して、現在227館が掲載されているので、これを今回の調査対象とした。
@郵送によるアンケート調査。
A調査用紙の最終発送日。 2003年1月21日
B調査用紙の最終回収日。 2003年8月20日
C調査対象館数。 227館
D回答数141館。(回答率63.8%)
9館は閉館の連絡であったので。有効調査データの回収数は132館となった。
資生堂企業資料館、トヨタ博物館、たばこと塩の博物館、内藤記念くすり博物館、UCCコーヒー博物館、のヒアリングを実施した。
棚橋源太郎が、「内容から見た博物館の種類」として、伝記博物館(個人の歴史に関する資料を陳列し、関連する資料を蔵する蔵からなる)、産業博物館(原料から実用品製造の工程および製造物を示す)、商業博物館(必要品の資源および市場を説明する)、印刷博物館、運輸博物館、工業博物館(※12)と分類している。明治初期に、企業博物館といわれる博物館は無かったが、この分類は、企業の内容がわかる博物館であり、今で言う企業博物館に近いものであったといえる。
企業博物館の始まりは、明治35年6月東京都麹町区富士見町に「逓信博物館」の創設に始まる。当時の管理者は逓信省であったが、「通信事業に関する参考品」を収集・展示した、今で言えばれっきとした企業博物館である。明治44年には鉄道省が「鉄道博物館」を東京麹町区永楽町に建設し、東京鉄道局は大正13年に「鉄道事業に関する参考品」を展示した「鉄道参考品陳列館」を埼玉県大宮に開設した。当時の民間企業の設立した企業博物館は、東京電気株式会社が昭和2年に「マツダ照明学校」を川崎市に建設、「電機に関する資料」を一般公開したのが始まりであり、これは現在の「東芝科学館」に繋がっている。1942年までに設立された企業博物館は、以下の6館である(※13)。
表1 1942年までに設立された企業博物館教育的観覧施設一
昭和9年度の年間入館者は逓信博物館の41022人、鉄道博物館は245629人、マツダ照明学校は16580人で、それなりの入場者があったようである。逓信博物館の運営費は22963円、職員23人との記録があるので(※14)、規模としてそんなに大規模なものではなかった。軍事色が色濃くなった、昭和17年度の逓信博物館の入場者29607人、運営費は20000円に減少している。
洗濯資料博物館は、昭和10年に建設されたが、その後戦災で焼失したとの記録があるが、内容については一切不明との事(白洋舎広報部)。松竹大船博物館は昭和11年より事業部で計画され設立された記録はあるが、いつまで存続していたかの記録はない(※14)。企業博物館を博物館分類に正面から加えた研究者はいないが、いつのまにか社会に受け入れられるようになってきた。
戦後の企業博物館の設立年代別を表で見ると、80年90年代の設立が多い、日本経済が沸き立った時代である。1970年の大阪万博、75年の沖縄博、85年のつくば科学博覧会と博覧会が続き、国内有力企業は企業イメージを高めるためこぞって出品した。
表2 戦後の企業博物館の建設実績
戦後の企業博物館のはじまりは、「マツダ電気学校」のあった川崎市堀川町の同工場内に、「東芝科学館」が61年に建設された。東芝博物館は、地域活動を重視した運営が特徴で、学童児童を対象にした電気科学教室、料理教室は始めパソコン教室なども開設している。
神戸市ポートアイランドにあるUCCコーヒー博物館は、大阪万博のUCCコーヒーの展示館を、ほぼそのまま移築したもので、展示内容も、コンパニオンの接客運営法もそのまま移された。展示の内容も中小学生向きのクイズなどもあってわかりやすく、UCCの直接的なPRもなく普遍的な展示になっている(元館長の諸岡博熊氏)。
美浜原子力PRセンター67年、浜岡原子力館72年など、原子力発電所の啓蒙活動を目的とする博物館もこのころから相次いで建設された。近隣の住民に原子力発電の安全性を理解してもらうための展示と、遊び場などを作って来館者に提供した(※15)。
創業者の創業理念や業績を語る博物館も、次々と建設された。松下電器産業歴史館68年、駿河銀行尚古舘74年、シャープ歴史館81年、月桂冠大倉記念館82年、真珠博物館御木本記念館85年などと続く。いずれも会社の周年事業として建設されたものである。
日本カメラ博物館は89年に開設された、関係業界団体が建設した博物館の始まりである。浜松市楽器博物館は95年に浜松市が、日本新聞博物館は00年に新聞協会が新聞発祥の地横浜に建設した。
その後、トヨタ博物館は89年、JRA競馬博物館は91年、産業技術記念館は94年、印刷博物館は00年、電気の史料館は01年に設立されるなど、大型企業博物館の時代となった。
産業遺構を利用した博物館は、菊正宗酒造記念館が59年にいち早く開館していたが、月桂冠大倉記念館は82年、白鶴酒造資料館は82年、白鹿記念酒造記念館も82年に開館するなど醸造関係舘が続き、サッポロビール博物館は87年、グリコピアは88年に設立された。
1993年に、椎名仙卓は、近年の著しい特徴は、いわゆる"企業博物館"の普及である。企業についての知識を普及することにあるが、直接的な企業のpr色をあまり表面に出さないで活動している博物館がかなり多い。この種の博物館は今後ますます増加する傾向にある(※16)。と述べられているように、企業博物館は社会的にも認知されて来た。
93年の調査で集まった資料と今回の調査とを比較すると下記のようになる。
10年間で消えた博物館は141館、新設されたもの54館である。80年代に始まる経済バブルは企業に博物館建設の勢いを与え、当時盛んであった町づくり運動(長野県下諏訪町の街かど博物館運動など)とあいまって、80年代前半の博物館の増加は突出している(※17)、企業博物館も増加の一途であったが、バブルの崩壊で一挙に減少に転じた。
閉館された博物館の特徴は、エネルギー館の閉鎖である、糖平電力館、大洗工学センター展示館など水力発電所の展示館と太平洋炭鉱炭鉱展示館、などの炭鉱館がほとんど閉鎖された。醸造館はバブル期の設備更新時に、それまで使ってきた古い酒づくり用具などを中心に博物館活動を始めたが、90年代にはじまる観光ブームで、そのほとんどは、観光客を中心に酒類を販売する土産物屋に特化された。
表3 10年間の企業博物館数の変化
1993年はバブルの峠は過ぎてはいたが、それまでに設置された博物館の元気は維持されていた。増加した業種は、機械である。産業技術記念館、三菱みなと未来技術館、トヨタ博物館。日本カメラ博物館。など日本産業を代表する本格的な企業博物館が誕生した。
93年の調査では、運営形態の集計がないので比較は出来ないが、設置企業の直接の管轄下で運営され、企業組織の一部である直営館がもっとも多い。社団法人による経営形態をとっているのは、日本カメラ博物館や日本新聞博物館のように業界で設立した法人によるものと、中富記念くすり博物館や物流博物館のような、企業の創業者など中心となる出捐者がいて財団を作っている場合である。いずれも、企業色は少なく、資料の収集保管研究に力を入れている。運営を他の法人に委託している委託館もあるが、運営を委託していると言うだけで、直営館と同じように企業の直接の意思で運営されているところが多い。たばこと塩の博物館や石川島資料館、美浜原子力PRセンターなどがそうである。その他の館では、トヨタグループ12社で運営している産業技術記念館が特徴的である。町の有志で運営しているのは、いの町紙の資料館がある。
表4 企業博物館の運営形態
企業活動の一つとして、企業博物館を運営するとき、多くの費用が掛かる割には、直接的な利益をもたらさない事が多い。調査の博物館の多くは、企業のトップの会社史料や企業博物館に対する考え方が、博物館の開設時だけでなく、その後の運用にも左右されていることが分かる。
役員室所属の館は全体の5%と少ない。93年調査の14%から激減している。設立時には役員室所属であった館も、だんだんと総務課や広報室に移管されていった(内藤記念くすり博物館)。そして個々に尋ねてみると、総務部に属しているが、担当役員がいて、秘書室所属と同じような形であることが多い。
広報部門所属は、エネルギーの78%(93年調査68%、以下同じ)と依然多い、それ以外はずっと少ない。エネルギー館では博物館を広報戦略の一手段と考えている。家族ぐるみ引きつけて、ときには簡単な土産物を用意すると答えた館もエネルギーの2館であった。
総務部門担当も多く全体で33%(30%)、広報部門担当は31%(26%)、宣伝部門と販売部門に所属する舘は少ない。販売部門の関与は93年調査でも少なかったが、景気の低迷期になっても、企業博物館は、企業史を担当する総務部門と、企業理念の理解を目的とし、企業のイメージアップを仕事とする広報部門担当が多い。
表5 企業博物館の担当部門 (館数)
展示の内容を見ると、創業に関する展示と製品展示があるのは全館の60%である。創業に関する展示のみの館は、トヨタ鞍ヶ池記念館、御木本幸吉記念館、松下電器歴史館、三菱重工業長崎造船所史料館の4館では100%史料展示であった。技術展示のみの館はないが、松下電器技術館、ブリジストンtoday、SII幕張ショウルーム、アイシンコムセンター、東芝科学館が技術を中心にした展示になっている。
見学コースを持った館は21%、遺構を見せるのは醸造関係館が多い。梅小路機関車館や窯のある広場・資料館は町並みをふくめて博物館の風情がある。
全体平均とは、すべての回答館をひとつの館と見立てたときの展示品の割合である。
表6 企業博物館の展示内容
館種は、5つに分けて考えているが、どの館も内容は交じり合っている、100%創業者についての展示になっているのは、松下電器の歴史館と御木本幸吉記念館、トヨタ鞍ケ池記念館、の3館である。啓蒙館が最も多いの業界は、原子力発電の安全を理解させるために作られたエネルギー館である。原発の安全性のPRが十分に普及していなかった10年前には21館あったが、今年は9館に激減した。醸造業界も昔から長く使っていた醸造器具が使われなくなったとき、展示を始めた史料館が多い。93年の調査では23館あったが。景気の低迷で今年は7館に減少した。繊維業界も減少したが、食品と機械産業は増加し、その他の業界は変わらない。
食品業界は工場見学ルートを持った館が多く、グリコのポッキーなどの造られる過程などは子供たちが何時までも見ていることがある、実際に見て親しみを持ってもらいたいということである。食品業界の産業館は93年調査から倍増した。
表7 館種別企業博物館数 ()は93年調査
企業博物館設置の目的の最も多いのは、企業史料の保存が1位で58.1%(93年調査54%、以下同じ)、関連業界の理解のためが42.4%(43%)と続く。つまり自社の史料を中心に収集保存し展示し、同時にその時代の業界の背景となる商品や、他社の同種製品などを収集し、業界の背景もあわせて理解できるようになっている。
観光地対策が次に大きい比重をもっている、装飾品66.6%(80%)、ガラスなどの土石45.5%(58%)みやげ物販売も併設する酒造83.3%(54%)である。装飾の、鳥羽の「真珠博物館」は、その観光客目的の代表で、年間入場人員も最上位にランクされて、来館者の大部分が観光客で、自社イメージの向上に役立てている。博物館の集客は黙っていては人はこない、博物館を観光地にすることが手早い集客の方法である。
企業理念や創業者の創業の精神を理解させるのに最も熱心なのは、電機71.4%(67%)で、それぞれ優れた創業者を持ち、社員教育にも創業者精神の理解などを重視している。この項目の少ないのは、エネルギー8.3%(0.0%)であるが、最近開設された、「電気の史料館」でスコアが少し上昇した。
記念事業として設立した博物館も44館33.3%(38館18%)あり、創業○○周年などに作られたことがわかる。
表8 企業博物館開設の目的 (館数)
公開の施設はどこでもそうであるように、出来るだけ大勢の人に来て貰いたい。といっても、誰でもよいと言うのではなくて、狙った人が来てくれる様に、資料の収集も展示も考えられている。ターゲットを明確にして、博物館の企画を作らなければならない。
ターゲットは、誰でも来て欲しいと一般人(顧客)を対象としたのが91%(93年調査80.3%、以下同じ)で一番多く、続いて学童生徒62.8%(47.6%)、地域住民62.8%(47.1%)観光客50.7%(48.6%)となっている。機械と電気業界は社員教育の比率が高い。電機の42.8%(100%)、機械の30.7%(68%)が社員教育を重点的に取り上げているが、93年調査からは半減している。
学生・生徒を対象とした業種は、エネルギー83.3%(80%)、通信66.6%(71%)、機械92.3%(70%)である。これらは学生生徒の団体を歓迎している施設である。あるエネルギー施設では、学生や生徒を対象とすると、学校や、家族をふくめて多くの入場者が見込めるので、効率がよいとの意見があった。機械では「浜松市楽器博物館」電気では「東芝科学館」が特に学童に力をいれている。
地域住民目的としては、何といっても、エネルギーがトップの91.6%(78%)で、機械84.6%(38%)、あと生活63.7%(50%) 醸造66.6%(47%) と続く。エネルギーの地元重視は、特に原子力発電関連施設では、もっとも大切な項目である。地域住民重視の館では、博物館機能以外の付加価値にも気を使う館が多く、エネルギーの2館では、ときには簡単なお土産を用意するので、これの工夫が大切であるとの意見をいただいた。
観光客を対象としたものは、醸造91.6%(81%)装飾66.6%(100%)、土石36.3%(92%)、で、いずれも販売品を置くことが多い業種である。展示を見てもらうと同時に、観光客にお土産として商品の購入を期待している。建設、鉱山、事務機はいずれも観光客目的の施設はない。
研究者を対象とした業種は93年調査に比べて著しく減少したのが特徴的である。精密0%(83%)、事務機33.3%(67%)、製紙50%(100%)、それ以下はずっと少なくなっている、エネルギー8.3%(0.1%)が上昇したのは、先に述べた「電気の史料館」の誕生のせいである。この施設は史料室も併設した資料収集施設となっている。この種の館は、博物館の機能である、収集、保存、展示、教育に忠実な施設で、研究者の研究にも耐えうる正確で、しかも豊富な資料を収蔵し役立たせている。
社員対象館は少ない。折角の史料や歴史的製品を集め、また新技術の先端的研究を見せているのであるから、社員の教育としては最適の場と考えるが少ない。また創業者の理念や先輩の業績を振り返るのは、社員にとってはたいへん意義のあることであると思う。電機の一社からのご意見で、定期的に社員を集め創業者の企業理念について研究会を開催しているとの報告もあった。
表9 来館者ターゲットは誰か
企業博物館の開設によって、どのようなイメージアップに貢献しているかは、「伝統ある企業」というイメージが向上した、というのがもっとも多く52.3%(93年調査50%、以下同じ)であった。殆どの業種でこの項目をあげている企業が多いことは、博物館の機能そのものが、歴史的資料の収集に重点をおき、企業の歴史や伝統を伝えるものであることからうなずける。これと対象的な位置に、エネルギー産業8%(0.05%)通信0%(33%)がある。エネルギー産業では企業の歴史や伝統はむしろ無視され、新技術や安全性、公共性をうたい、地域の住民とのコミュニケーションに博物館を役立てようという姿勢がる。「親しさ」の項目では、エネルギー産業は33%(36%)と高位にあることを見ても、エネルギー産業の企業博物館の目的がハッキリとみえる。次に「文化の香りのある企業」をあげた館が46.9%(43%)。この項目では、生活関連の75%(73.3%)土石45.4%(75%)、と商品販売の展示のある業種が高い。つぎに「社会貢献をしている企業」というイメージが続き46.9%(42%)となっている。博物館そのものが、文化的であり、社会貢献事業であると考えて発信している企業も多い。金融の71.4%(71%)、エネルギーの58.3%(62%)も、社会への貢献企業である事を周知させたいということをあげている。運輸80.0%(30%)が急激に伸びた。「親しさ」20.4%(23%)は運輸40%(50%)もエネルギー33%(35%)、の公共企業で多いのが目立つが、醸造16.6%(32.%)は大幅に落ちた。「高品質・高技術」14.0%(21%)では、エネルギー41.6%(28%)が今回急上昇した背景には、相次ぐトラブルからさらに安全志向が強くなったのではないか。その他の企業はいずれも関心の少ない数字が出ている。「力づよさ」などの重高長大イメージを訴えたい企業は少ない。「創造性」を求める企業はやや増えて19%(15%)となっている。
表10 企業博物館の開設はどのようなイメージをアップしたか(館数)
全館数の57.5%(93年調査51%、以下同じ)が史料の保存に役立っているというが、最高値で57.5%である。博物館で歴史的資料の保存に役に立っているというのが、全施設の約半分である。前述の調査でも分かるように、企業博物館のもっとも期待していることは企業のイメージアップであり、それに企業史料の収集や保存では半分位しか貢献していない。学童生徒に企業のことを理解して貰ったという項目も同じ53.7%(51%)である。観光施設として役立ったというのが45%(49%)といずれも大きい。企業博物館の効果は、つぎの3つが柱になっている。「史料保存」「学校教育」「観光施設」である。もう一つ今回調査で企業博物館の大きな特徴が明確になった。半分は史料派、半分は啓蒙派と企業博物館の目的は大きく二分されていることが分かった。
企業内容の理解に最も効果があったという館は全体の38%と高率である。建設100%、電機71.4%、精密66%、機械53.8%、エネルギー50%。啓蒙・産業館系の館が多い業種は、十分にその役割を果たしている。
史料歴品の保存に役立ったのは、化学83%、醸造74%、精密66%、食品52%、であり、エネルギー館33%と製紙0%、建設0%、が低い値となっている。
観光客対策に役立っているのは、装飾100%、醸造91%、精密66%、エネルギー58%、製紙50%、機械46%、電機28%、土石36%。観光客を無視しているのは、事務機、建設、鉱山、である。
研究者の役に立ち、業界の資料センターとして役立っているのは、資生堂企業資料館はじめ31館(23%)があった。
社員の教育に最も効果をあげたのは、電機館の71%で断然1位となった。
顧客や販売店の役に立ったと、宣伝の役に立ったという企業は一様に低い。販売と博物館の連携は組織的に難しい様である。
表11 企業博物館の設置で企業に役立ったと思われる項目 (館数)
企業の歴史資料の収集保管は企業内に決まったルートが作られていないと、紛失してしまう。担当者が変更になったり、組織がかわったりすると保管されていた史料が、どこか無くなってしまう。史料の収集には、きっちりと決められた収集ルートを作ることが必要である。組織が大きくても小さくても収集の規則つくりは大切である。
史料収集を博物館が担当しているのは41.6%(93年調査40%、以下同じ)である。博物館が史料収集を担当する業種は、上位から、装飾100%(75%)生活68.5%(66.6%)土石54.5%(70%)運輸50%(66%)、醸造33.3%(52%)の順となっている。この上位3業種のなかで、53年調査で、収集規則、担当者、コード表のある館はきわめて少なかったが、今回調査では、装飾100%、醸造75%、生活68.5%、食品64.7%、土石27.2%、に担当者がいた。前回までは、収集規則も担当者も不在で、何とはなく収集、保存、展示していると言う施設が多かったが、歴史資料の収集に各社とも力を入れてきた。
表12 企業史料の収集はどこでするか (館数)
公開方法は、93.2%(93年調査80%、以下同じ)の館が、何時でも自由に見てほしいという。しかし予約が必要という館も31.6%(36%)あり、かなり混雑するので予約の必要なところと、殆ど来館者がないので、来る時には予約が欲しいとの二つに別れる。案内の都合上団体は必ず予約をもとめている。
休日なしの無休館は4施設で黒澤酒造・酒の資料館、虎屋文庫、ヒゲタ醤油史料館、諏訪湖時の科学館儀象堂である。月曜休みは50%、会社休みは20.9%、祝日休みは32.5%、日曜休みは20.9%、木曜、金曜休みは最も少なく2〜3%である。
表13 公開方法と休日 (館数)
無料館が多い。ただなら見てみようかということもあるし、お金を出しても見てみたいということもある。入場料を払うことは見学の意思をはっきりさせる意味で有効であるし、有料にしてから見学客の態度が良くなったと言う館もある。渋谷にある有料館は夏の暑いときに冷房を求めて招かざる客が来ないようにと、多少の入館料を取っている。
最高の1500円は鳥羽の真珠博物館である。博物館の展示だけでなく、真珠ネックレスの組立作業や、海女の実演などもある。著名な観光地であり集客力もある。
1000円はトヨタ博物館と日本はきもの博物館である。トヨタ博物館は、見てなるほどと思う、トヨタ製品だけでなく各種の幅広い乗用車を集めた博物館でリピーターも多い。最近新館を増築して積極的にイベントを開催しており。入場者も一時減少したが最近は増加している。(トヨタニュース)
入館料は200円から500円の館が最も多く無料館を含めた全回答館の21.6%である。
企業博物館は無料の館が65%(83%)と圧倒的に多い。有料か無料かはむずかしい問題であるが、93年に比較して有料館が増加している。
表14 入館料 (館数)
6時30分開館の博物館は、清水港湾博物館である。遠洋漁業基地の清水港の仕組みを見せる。午後1時開館は江崎記念館とテクニカフォノギャラリーである。いずれも係員の勤務体制に関係している。閉館時間は、16時台までに閉店するのは38.4%、17時台に閉店するのは55.2%、唯一の例外は館内に飲食店をもつ横浜ラーメン博物館で23時閉店である。
表15 開館時間 (館数)
表16 閉館時間 (館数)
王子製紙森林博物館の27万平方メートルはともかくとして、屋内展示場としては産業技術記念館が10748uと一番大きい。一般的には1000uである。
大きい収納庫を持っているのは、トヨタ鞍ヶ池記念館、トヨタ博物館、産業技術記念館である、収納庫を持っている博物館は71館、全体の54.2%である。
講堂を持っている施設は58館44.3%で、300u以上の大きい講堂を持っている施設は、産業技術記念館、電気の史料館、トヨタ博物館、内藤記念くすり博物館、JRA競馬博物館、である。
表17 展示室・収蔵庫・講堂の広さ
横浜ラーメン博物館の利用者数150万人は飲食店という特殊事情であるが、玄海エネルギーパークや真珠博物館のようにテーマパーク化した博物館は、年間30万人以上の来館者がある。これはすばらしいことで、出来ることなら、企業博物館もテーマパークの人気を持つことが望ましい。観光客が大勢来る場所で、自社の創業理念や会社の事業について理解を深められることができれば理想に近い。優れた資料を集めているが、研究者や社員に見てもらえばいいのだと言う館もあるが、やはり出来るだけ多くの人に来て見てもらいたい。それには館に本物の魅力があることが大事である。博物館を観光地にしようと言うのは従来の博物館経営からはちょっと違う経営感覚が必要である。
社員の利用は、松下歴史館がトップに来る。鞍ヶ池記念館、アイシンコムセンター、産業技術記念館、トヨタ博物館 など松下電器産業系列館がずらりと上位に並ぶ、社員教育は企業博物館の大きな仕事のひとつである。企業理念の理解、技術、製品、現状、未来など企業博物館は社員教育に役立つ資料が多い。
一人平均の見学時間は、1時間20分。来館者の平均年齢はおよそ40.5歳である。
博物館の評価のひとつに「来館者数」があるが、それよりも、来館者にいかに知的満足度を与えるか、設備や案内が出来ているか、バリアフリーになっているか、などを評価する意見が出ているが、なんといっても入館者数による評価は絶対的である。入館者は少ないがいい展示を見せることが出来るという企業博物館は成り立たない。来館者サービス、学術論文、年報、地域への貢献、もちろん社内への貢献、資料の保管、など大切なことも多いが、博物館は多くの人を集めてこそ初めて成り立つのではないか。
表18 利用者数・見学時間・年齢
最近のインターネットの普及は、企業博物館の広報活動に大きな変化をもたらしている。博物館のPRは従来は、ポスター、ちらしが中心であったが、ホームページによる広報活動が活発になってきた。来館者もまず博物館のホームページを探して、現在の催しの内容を見て、交通方法を確認して出かけるのが一般的になった。企業博物館の91%がホームページを持つことになった。そして、インターネットの普及は博物館の運営方法をかえることにもなった。
近年におけるインターネットの利用は特別のことではなくなった。インターネット人口は5700万人に達し(※18)、特に男性の20才〜40代では70%を超え、博物館の来館者の中で大きなウエイトを占める中高齢者もネット接続者が急増している(※19)。博物館に行こうという時に、あるいは観光旅行に出かける時に、まず確認するのは地域の観光地や目的の博物館のホームページである。そして、その多くは、博物館で現在開催中の「展覧会の内容」と「交通手段」をみる。事実、国立歴史民俗博物館(以後歴博)のホームページへのアクセスのうち、館への交通手段と地図を記載した「交通のご案内」ページは常にアクセス数の上位にランクされている。
歴博ページのアクセス数の伸びは表19のとうりであるが、インターネット接続者の急激な増加とホームページコンテンツの増大があり、各年度はほぼ倍増している。そして、閲覧されるコンテンツの上位は、常に「交通案内」と「企画展の案内」で、03年5月のアクセス数で見ると、「交通案内」のアクセス数は5854件で全ページ中6位であった。歴博に行こうと思った人は、まずルートを調べるのにホームページを見て出かけるという事が分かる。これは市販の地図や観光案内を見るよりも、簡便であり正確で早い。同時に、展示品の内容をみて、自分の見たい展示品であるかを確認する。博物館ページを見る一般的方法と思って良い。
今回のアンケート調査では、インターネットの利用状況とホームページ開設についての館の意見を聞いた。ホームページの開設館は91%の118館であった。
表19 歴博ホームページの年度増加(※20)
ホームページを持っている企業博物館は全体の91パーセントで118館、開設予定を含めると93%、特別な例を除いてほぼ全部が持っている。持っていない館は7館で、これらの館は、企業の建物の一部に資料館として併設し、資料の保存や、社内の関係者のために開設しているもので、特に一般市民の来場を期待していない館である。
今回の調査で、もっとも早くホームページを開設した館は1995年であり、 93年調査時にはどこも持っていなかったので、7年間で、91%の館にホームページが出来たことになる。現在では、企業博物館はホームページを持っているのが普通になった。
それでは「博物館にホームページは必要ですか」と言う設問に担当者個人として答えてもらうと、博物館のホームページは、「あればあるほうが良い」30%という結果が出た、これは、ホームページの開設率が多いことと、少し違った傾向のように思う。
表20 あなたは博物館にホームページは必要と思いますか
必要であるという意見が70%あるのに対して、あればあるほうがいいという消極的な肯定的意見もふくめた否定的意見が30%ある。これは、企業博物館のホームページの特徴を明確に示している。差し迫った必要物ではないが何かの理由(設置会社のページになんとなく作ったような)で作られたという館も多いからではないか。これはホームページの広報効果が目に見えないことに起因する。ホームページを作ったが来館者が増えたわけではない、ホームページに開館時間なども書いてあるのに、開館時間を聞く電話が多いなどのことである。本当にホームページはあればあった方がいいのだろうか・・。歴博のある企画展の来館者のアンケート調査では、ホームページを見て来たと答えた方は、回答453件の内41件9%であった(02年10月、「中世寺院と姿とくらし」展)この数字でもホームページ担当者としては寂しい数字であるが、2000年度は2〜3%であったから。ここ2〜3年の間に急速に延びてきているといえる。ポスター、ちらしを見てきた人は、圧倒的に多く53%、次いでホームページを見て来た人で、これは新聞で見て来た人と並ぶ。あればあった方が良いと言う程度のものでは無いように思う。
1995年より企業博物館のホームページの開設がはじまった。最も早く95年度に開設したのは、トヨタ博物館、日本郵船歴史博物館、三菱みなとみらい博物館の3館である。バブル崩壊期の98〜99年は少なくなったが、ほぼ年間15〜16館でホームページは開設されている。97年以降に開館した企業博物館はすべて開館とほぼ同時期にホームページを開設している。
表21 ホームページの開設年度
不明の22館は、関係会社のページの中に含まれている館が18館、自館で管理をしているが開設年度不明の館が4館ある。担当者の移動などで何時から開設されたか分からない館である。ホームページの特徴として、いちいち更新記録を残すのは管理上大変な手間がかかるのでほとんどしないのが普通である。記録が無いとすべては上書き消去されて、現在のページだけが残ることになり、履歴を知ることはできない。
英文ページを持つ企業博物館は全体の20%の23館である。ホームページに使用する言語が邦文である事は日本の企業博物館として当然であるが、英文ページを併せ持つ館が23館ある。トヨタ、松下、三菱、ミキモト、など国際企業の企業博物館を中心に、東電などエネルギー関係も多い。内容を良く見ると、コンテンツに多様性は無く、概要、交通、利用案内が中心の館がほとんどで、展示についての案内は少ない。どちらかというと、あまり更新しないページになっている。
歴博がそうであるように、英文ページを見た外国人が、展示内容も英文で理解できるように展示されていると思って来館すると、意外に展示は十分な英文の説明が無くてがっかりするケースが多い。
ホームページの開設の形は、関係会社のページを利用したものが最も多く77館。これは企業内容について展示する博物館であるから当然で、その方が自然であり分かりやすい。博物館は別の法人で運営している館も、ページは設立企業のページの中にある事が多く、企業も企業博物館を社会貢献活動の一つとして、自ページの中でリンクされて繋がっている方が分かりやすい。館独自のページを館独自に作成運営しているのも29館あるが、これも開設企業といろいろな形で連携してリンクしており、企業のなかの企業博物館として全体が分かるようになっている。企業博物館としては、企業のページの中にあるのが最も収まりやすくしかも分かりやすい場所である。結果としてページの作成は最も情報の入りやすい館自身でするが、ページとしては企業の頁の中にあるのが理想的である。これを、制作も更新も関係会社に委託して実施すると、情報不足から、館の概要と所在地、交通案内、利用案内ぐらいで終わってしまい、ほとんど更新の無いページになってしまう。
表22 ホームページはどこに置くか
自治体のページ、業界のページ、観光業者のページに置かれているのは、その地方の観光拠点になっている館である。自治体のページは食品2、繊維1である。観光業者のページを使っているのは食品1、運輸1である。それは地域の観光拠点として紹介されている。また、自館で開設しているが、自治体や地域の観光媒体に重複して掲載されているものも多い。積極的に働きかけて、あちこちからリンクを貼ってあるほうが、館の存在が分かりやすいので来館者が増える。その他のページの一部を使用するのは、財団や研究機関によるものである。
ホームページの更新はどちらかというと面倒な作業である。更新を誰がやるかは作業量だけでなく、情報の集まり具合に大きく影響してくる大切な要件である。館内での更新することが最もうまい方法であるが、手間の関係で関係会社やweb制作業者に依頼しての更新は、それなりの情報連絡方法の確立が必要となってくる。コンテンツはメールでやりとりするが、ページのデザインを、館の思う様にするには手続きをはっきりさせなければならない。
表23 ホームページの更新担当
ホームページでの情報の発信は、言うまでもなく、広報活動の一つであるが、小さな放送局に似ている、原稿を書く人と読む人がいて、互いに連携をとりながら進めてゆくが、小規模の施設では読む人が原稿を書くのがもっとも手っ取り早い。特に50ページ以下のホームページが70%を占める企業博物館の運用は、だいたい1人の人が専任になる程の作業量はないので、他の仕事との兼任で済ますことになる。どのような場合でも館内で情報を集める担当者を置くことが必須である。
ホームページで公開している内容(コンテンツ)はなにか。
いずれの館のページにおいても、最も多い掲載内容はつぎの4つである、「常設展示」92館、「交通案内」92館、「利用方法」91館、「館の概要」90館である。来館者が博物館のホームページを見るのは「展示の内容」と「行き方」であり。それと、「開館時間と料金」。これだけのコンテンツがあれば一応の役目を果たすことが出来る。
ホームページの掲載内容と館数(回答総数105館)は、表24の通りである。
表24 ホームページのコンテンツ
これらは、来館者が必要と思われる項目が順序よく並んでいる。10位の「およその見学時間」までが、企業博物館ページに必要な項目と言えるだろう。歴博の場合は、駅からの連絡はバスのため、バスの時刻表がかなり有用と言われており、アクセスはそんなに多くはないが、この修正更新に注意を払っている。それぞれの館にとって役に立つコンテンツが異なるのは当然であるが、アンケートなどに現れた意見をよく吟味してコンテンツを決める必要が有る。携帯端末用のページをもっている館が1館だけであるが、最近の携帯端末の普及を見ると、まもなく上位にランクされる項目と思う(※21)。ちなみに歴博の場合は、先に掲載した03年5月の携帯アクセスは1203件と結構多いことが分かっている。
「館長挨拶」は少数である、それも大規模企業博物館に偏っている、企業博物館の特徴として館長の在任期間は比較的短い事が多い.また、館に直接関係のない、たとえば名誉職のような方が館長になることもあり、そのような館の館長挨拶はない。
「利用方法」は館の開館時間や入場料、団体入場の仕方などが書かれている大切な項目である、さらに進んで、ガイドツアーや学校や地域の学習活動についての記述があるものもある。およその「見学時間」のあるのは来館者に親切である、行動スケジュウルを決めるのに役立つ。
「創業者と社史年表」についての記載は少ない、これは、会社創立や沿革などの内容を告知する大切な項目であると思うが、ホームページ上には伏せている館が多い。
「地域の観光案内」のあるのは、館自身が観光地になっているところか、観光地に立地しているところである。中でも力を入れているのはエネルギー業界で、水力発電や原発の立地が地方の場合が多く、地域の観光をかねての来館を期待している。
「製品の紹介」の多いのは、食品と醸造である。館内にも販売コーナーがあって、ネットでも販売している。
頻度の多い質問項目を「Q&A」の形で答えるのも有効な方法である。あまり無いと思われるような質問に対処できる。
これらの企業博物館のページコンテンツと、歴博のアクセス上位のコンテンツと比較すると面白い。2003年5月の歴博の月間アクセス数は表25のような順である(※22)。「企画展の案内」、「常設展の案内」、「交通の案内」、「館の概要」、「利用案内」の順に並んでいる。
表25 歴博ホームページのアクセス数(03年5月)
企業博物館が、特に力を入れて広報したいと考えるホームページコンテンツは、次のようであった。
「催事の告知」54館、「館の概要」44館、「商品説明」12館、「利用方法」10館、「企業の歴史」4館、「技術内容」2館、となっており、上位4つのコンテンツは必須である。
更新頻度の多寡は、館の情報発信の内容によって違ってくる。短期の更新が必要なのは、催し物の多い館である。とくに地域や学校対象の行事があると頻繁な更新となる。
表26 更新頻度
毎日更新するのは地域活動の活発な東芝科学館1館で、1週間ごとに更新されるのは、薬品2館と(内藤記念くすり博物館、中富くすり博物館、新聞博物館)と新聞博物館であった。半月毎の更新は10館(梅小路、九州エネルギー、自転車博物館、トヨタ博物館、月桂冠、松井や浜松楽器博物館、印刷博物館、JRA競馬博物館)、一カ月の更新は36館ある、普通博物館のイベントや展示の更新は、月に何回もないので、これで充分といえる。
ちなみに歴博の場合は、週に2回更新する、一回の更新と新規のページは30ページくらいである。
ほとんど更新しない企業博物館は約半数あるが、これは、館の概要、交通案内と利用案内を掲載しているだけの館である。手間もかからないし、訪問者にとって最低必要な情報が得られるので、これだけでも充分に企業博物館のホームページとして役立っている。
アクセス数の計算は難しい、ホームページの中のどのファイルを計測するか、色々なアクセスの計算の仕方が有り、それぞれの館によって集計方法が違うので、単純に比較するのは難しい。同じ基準で計測した同じ館の毎月のアクセス数の変化は充分に参考になるが、それを他館と比較することは適当ではない。一般的にはHTMLページのみの計算をすることが多い。
アクセス数は1館を除いて全部が増加傾向にある。来館者が訪問前にホームページを見て来館するのが一般的になり、ADSL利用者の増加もあって、インターネット利用者の増加傾向と同じと思って良い。
企業博物館のホームページは50ページ以下が半数である。
表27 更新頻度
大規模ページ持っている館は、インターネットによる広報活動に積極的な館である。200ページ以上の館は、トヨタ博物館、日本銀行貨幣博物館、東芝科学館、内藤記念くすり博物館、である。産業技術記念館、印刷博物館、日本はきもの博物館がそれに続く。
過半数の館は50ページ以内であるが、館の概要、展示品紹介、交通案内、利用法の、博物館情報の「4つのコンテンツ」を中心に開設するならば、博物館の情報発信量はこれくらいで充分である。ページが大きくなるのは、過去の企画展や催しの記録を残していることや、展示品や収集品を検索出来るデータペースがあると、どうしてもページ数は多くなる。また、大規模ページだけでなく小規模ページにも、訪問者が迷子にならないように、「サイトマップ」9館や「サイト内検索窓」7館、を作って、必要なページに行くことが出来るようにしている。
ページ数が分からない館も結構多い、ページが多すぎて分からない館と、作成を親会社や別会社に委託している館である。
ホームページが館と市民をつなぐ架け橋とすれば、質問箱は開かれた窓である。情報の発信だけでなく、質問箱を使い市民からの意見をもとめているが、質問欄をもつ館は半数である。質問箱は、どの館も有効に使われていない。約半数の館は月に5件以下である。投稿が月に1件ぐらいと言う館が3館あった。また、ほとんど更新しないページをもつ館は、質問箱を持つ事も少ない。これは係員や組織のネットでのメールの送受信がままならない事が原因である。回答するためにそれぞれの担当者との連絡や、調査をして返答するのが遅れて面倒だからである。回答に対する責任のもち方が明確でない館もある。せっかくのインターネットの効率的な利用を無駄にしているといえる。
表28 質問箱の設置と質問件数
ある館で、団体見学を申し込む頁を作ったが、年に1件もないとのことであった。メールでの問い合わせが一般的でないこともあるが、時代は変化している、今後の問題として大切な項目である。質問メールに対する返信の担当もはっきりしておくことが必要である。
ホームページを運営する上で、一番の問題は専任者がいないと言う事である。いつのまにか、博物館でホームページを作るようになって、何とか片手間で開設しているが、ページが増え、情報の開示が頻繁に行われるようになると、情報の出所、入手の方法の確立が重要事項となる。掲載する原稿の作成、ページ構成の責任など、どうしても専任担当者が必要となる。
表29 ホームページの運営で困ること
専任者といっても、50ページ以下の館や、ほとんど更新しない館に専任者の必要は無いが、兼任でも担当者は必要である.特に、情報の収集ルート、ページデザインは一貫したものが必要である。
機械設備の充実はすでに終っているし、館内でのホームページに対する理解は出来上がっているようである。
その他の意見としては、設置会社を含めたホームページ広報の組織を確立する事と、ホームページに対する上層部の理解不足があげられている。
館内(企業内)でホームページに対する評価はまあまあ、と言える。
表30 館内でのホームページの評価
ホームページの効果を算出することは難しい、一番手っ取り早いのは、館内(企業内)でのホームページに対する評価を尋ねることである。結果は80%の館はホームページの効果をおおむね認めているが、20%はあまり認めていない。5館に1館の割合でホームページの効果はなしとの結果である。このアンケートの設問は、かなり甘い尋ね方をしているので、乱暴な言い方をすれば、半数ぐらいの館は、まだ自館のホームページを認めていないようだ。まあ無いよりはましだ、と言うような意見が多い。
ホームページが成功しているかどうかの一つの目安は、館内の人がいつも見ているかどうかということにある。館内の人にも役立つホームページでないと。館外の人も見ないといえる。
最近、小泉総理大臣のメールマガジンが人気のように、WEBマガジンの発行は多くなっている。読者を集めて一括して情報を流すこの方法は、目指すターゲットに低価格で情報を送ることができる。
最大の問題は雑誌を発行する時のように、編集者を置かなければならないことである。発行回数にもよるが、現在の企業博物館ではちょっと荷が重すぎるし、それだけの情報量がある館はむしろ特殊な館と言える。しかし、今後の問題としてWEBマガジンは低価格で手軽に出来る媒体として、博物館の広報活動として検討の余地の有るメデアである。
現在メールマガジン発行の施設は1館(ラーメン博物館)で、計画中が1館(神戸ランプミュージアム)である。情報を積極的に発信することによって、集客しようとする様子がうかがえる。 ラーメン博物館は月に2回の発行でかなり担当者の負担も大きい。ランプ博物館はまもなく発行を計画されている。
メーリングリストの運用による広報活動は4館、メーリングリストは書き込みが自由のため思わぬ方向に話題が発展することもあり、より慎重な運営が必要になる。
表31 メールマガジンとメーリングリスト
企業博物館でホームページを開設するのは普通になっている、96年以降に開設した博物館はすべて開設と同時にホームページも開設している。ホームページが本当に館の運営に役立っているかはまだ分からない。まあ、あったほうがいいだろうという程度の感じである。館内での評価を見ても、半分くらいはどうかなと思っているが、ホームページの無い博物館は無い。
ホームページで何を発信するかは4つのコンテンツに絞られている、「展覧会の内容」、「館の概要」、「交通案内」、「利用案内」、である。
ページの更新頻度は少ない。1ヶ月以上更新しない館が半分以上を占める。原因は発信する情報が無いことである、展示替えや催事を頻繁に行うことは無いので、4つのコンテンツを掲載するだけでいい、言うなれば博物館案内の「チラシ」と同じである。
ホームページを作る上で困っていることは、ホームページを作る組織が確立していないことである。特に情報収集のルートやホームページの構成など大事なところで決定者がいない。器用な人が片手までやっているようで、専任者が必要である。
ホームページが成功しているかどうかの一つの目安は、私の経験から、まず、館内の人が見ているかどうかということにある。館内の人のためにも役立つ情報を掲載することをまず考えなければならない。館内の人に役立つホームページになって、初めて公開されて有効に利用されるホームページになると思う。
館内で見られないホームページは、やめたほうがいい。
れきはくホームページでよく利用されるのは、「バスの時刻表」である。バス時刻表をいつも正しく掲示することは、中々難しい。バス会社と連携をとって変更情報をあつまるようにする。脇にある小さなページが人気があることがある。どうしても必要なコンテンツは先に述べた「展覧会の内容」、「館の概要」、「交通案内」、「利用案内」である。
ホームページのデザインは、心地よいさわやかなものが求められるが、余計な画像やいたずらに、動きのあるものなどは、不必要である。見る人が、こんなものを見るために、ページを開いたのではないと、怒り出すのがオチである、そしてページの中で迷子にならないこと、どのページからも、必ずトップページに帰ることができることが必要である。
ホームページに関する責任者をはっきりさせることが重要である.ホームページは、企業あるいはグループの顔となるので、デザインとコンテンツは、本来ならトップの判断を仰ぐことになるが、これで時間がかかっては何にもならない。それなりの責任を持てる人が、ホームページの責任者としてすばやく判断できる人が必要である。
館内の情報ルートを整備する必要がある.更新の日にあわせて、情報が集まるようにするのは難しいが大切なことである。
決められた方法でページのアクセスログをとると利用状況がわかって、客の求めているものが何かつかむことができる。
以上企業博物館の実態についてアンケートをもとに分析してきたが、博物館法にうたわれている、資料の収集・保存・展示・研究・教育の目的に合う館は、極めて少数である。多くの館は企業の歴史的記念品を中心に保存目的に陳列展示したものである。
近年になって、企業資料のすべてを企業博物館に集めて、社内はもちろんのこと、社外にも利用させているところも出てきた。今までの企業博物館から一歩出て資料センターとして社内の重要な位置付けを持つ館である。今後の企業博物館の新しい形と言える。
10年前に5つに分類した館種はそのまま今回も分類することが出来たが、中身は大きく変化している。かって収蔵庫も、コード表も、年報もなかった館が、史料の収集規則を作ったりして、形を整えてきた。今までの古品、珍品を展示した企業博物館は少なくなり、企業史料の収集と保存に取り組む、新しい館が増えた。
創業者の創業理念や遺徳を讃えるもので、社員の教育に重点を置いている館である。代表的な施設は、松下電器歴史館で、創業者の創業時の苦労や偉業を当時の製品の陳列に並列して判りやすく説明してある。開設目的そのものが社員の教育を目的としたものである。一般人の見学を拒否はしないが、PRもしていない。販売店の主人が事業に困ったとき「ここに来て30分もいると、いい知恵が出てくる」と言う。他にグリコの江崎記念館、ミツトヨの沼田記念館、などが同じような目的で建設されている。
資生堂企業資料館は、創業者の史料に特化せず、創業以降の企業史料すべてを落ち度なく収集保管することにしたので、社内外のリファランスに正確に答えることができるようになった。さらに進めて社内LANを使って社員が直接史料を探し当てることが出来るようになって、販売企画にも直接役立つ史料館に発展させた。
歴史の長い企業は、歴史の長さそのものが、企業の優位さを誇示することになる。この歴史的遺産に、さらに関連する業界の収集品を加えて展示している。この収集品が多ければ多いほど、業界に貢献し、業界の中心的企業としての地位の匂いがしてくる。内藤記念くすり博物館を、企業地位の誇示と指摘すると、お叱りを受けるだろう。しかしこの博物館では、くすりの事はエーザイにまかせて欲しいという企業の姿勢を明快に披瀝している。研究員がいてすぐれた年報を発行し、エーザイの川島工場の中にあるが、薬種園も併設している。自社を育てた業界の歴史的品々の散逸を防ぎ、後世の研究者に役立つように考え、学術的優位と社会貢献を示すものである。
業界が設立する「歴史館」も多くなった。日本カメラ財団の日本カメラ博物館、日本新聞教育文化財団が設立した、日本新聞博物館などである。業界に所属する企業が、史料と費用を持ち寄って運営している。特定の企業に偏らない展示で学童、生徒の見学コースとしても人気が高い。
エネルギー業界、通信業界のように、公共的な責務が大きい企業は、自社が如何に世の中に役立っているかを地域の住民や一般の人々に理解させるための博物館を作る。とくに環境や公害に関係する企業は環境破壊に如何に注意して企業活動をしているかを知らせる。スポーツやゲームの要素をもった展示施設や、快適な休憩所、大きい駐車場を備え、多数の人を集め安全な企業を理解させようとする。この種の館は一般に好評である。また、これらの館は、ホールはあるが収蔵庫はなく、資料の収集もしない、学芸員もいない、展示物は一回限りの作り物が多いのが特徴で、最近のテーマパークの一つともいえる。難しい科学知識を判りやすく理解させようとしているので、学童や親にとって一度は行って見たくなるような施設である。同時に設置企業の目的である企業の社会的役割についても良く理解させてくれる。
「UCCコーヒー博物館」も優れた「啓蒙館」のひとつである。コーヒーの知識を判りやすく説明し、クイズなどで楽しく理解させている。ユニークな外観や、UCCの本社ビルと隣接してあるのも、企業の博物館にかける、なみなみならぬ意気込みが感じられ、同時にそれは、コーヒーにかける同社の熱意を人に強烈に伝えている。
ショールームをさらに発展させたものが技術館である、機械の動く仕組みや、安全性、より高度な技術の解説、企業の技術がどの様に社会に役立っているか、過去のものよりも、むしろ未来のものに重点を置いた展示をした施設が多い。製品の信頼性のベースになる技術について理解させ、企業の将来の発展性や未来の夢を語る。科学博物館のような分かりやすい展示の館と、販売店や社員の技術教育にも使える高度な技術を示す難しい館がある。家族向きのやさしい館は市街地のビルのなかにあったり、ショールームの一部にあったりもするが、難しい館は普通、研究所や開発部門の中にあることが多い。松下電器の技術館は難しい館で、これを全部理解することはかなりの基礎的知識を必要とする。したがって来場者も関係者が多い。子供や学童に理解できるようにやさしく展示したのは、東芝科学館、三菱みなとみらい技術館である。地域の学校教育にも使われている。
最近のビール工場や食品工場は、初めから見学通路を考えて工場施設をつくる。見学窓や解説のパネルなどの位置は見学者の都合を考えて作られている。さらに植え込みや池など、工場の環境についても見渡されるように設計されている。見学者は自分がいつも口にしている飲食物が素晴らしい工場で出来るのを見て安心し、その上に試食品のお土産があると、さらに親しみを感じてくれる。新製品の味についてのアンケートをとったりすることもある。昔の技術や風俗を産業遺構とともに見せている館もある。醸造業は古い建物や道具を、繊維は工場や設備の跡を、食品の味噌醤油業にも多い。結果として、消費者と企業の距離をなくして親しみを増すことに成功する。グリコピア神戸は前者の新しい施設であり、サッポロビール博物館や白鶴酒造史料館は旧工場施設を使っている。
1)企業博物館の成立は明治35年の「逓信博物館」に始まる、戦前の博物館数は6館であった。戦後の企業博物館隆盛期は1980年台の新設館40館、1990年台は41館と急増する、経済バブル後の2000年代は5館と急減した。
2)10年間の企業博物館の数の変化は大きい。エネルギー関連館では水力発電館と炭鉱館が檄し、醸造関係館も一時のブームが去って減少した、機械関係館が増加した。
3)企業博物館設置の目的は、「企業資料の保存」「関連業界の理解」で10年前と変化は無い。「観光地対策」がこれに続づく。企業博物館の設置効果では「伝統ある企業」のイメージが向上した。
4)91%の企業博物館はホームページを持っている。ほとんど更新しない館が52%、月に1回の更新するを合わせると87%となり、企業博物館のホームページはあまり更新しない。コンテンツは「交通案内」「企画展案内」「利用案内」「館の概要」を重視している。65%は関係会社のページの中にあり、独自の開設は24%である。
5)担当者は、ホームページは「あればあったほうがいい」と「無くてもよい」の回答を合わせた数字が30%と大きい。ホームページは持っているがその効果は今ひとつはっきりしていないことが分かった。
6)企業資料を企業資産として積極的に活用する館が増えてきた。企業博物館は、バブルの崩壊で淘汰され少数精鋭が残っている。新しい企業博物館は、会社の珍品貴品の神殿ではなく、企業戦略の一端をになう力強いものになりつつある。「企業のことが分かる博物館」から「企業を動かす博物館」に変化し始めてきた。
企業が企業理念を掲げて企業活動をしている以上、企業博物館に企業効果を期待するのは当然である。アンケートにも明らかなように、その求めるものは「企業史料の保存」と「企業イメージの向上」であることがわかる。
企業博物館とは「自社の歴史とその背景の保存、企業理念の理解のために企業が設立した博物館」と私は考えている。ここで言う「博物館」という概念が、博物館法に期待されている「資料収集・保存・展示・研究・教育で、国民の実生活の向上をはかる」というのは、企業博物館にはぴったりとはあてはまらない。企業博物館の目的は、先に述べたように企業活動そのものであると言える。博物館法にもとづく博物館として十分に通用する館もあるが、これにおいても企業の広報・宣伝活動の場といえる。会社の色を出さないと言う館も多いが、会社の色を出さない展示に終始しても、会社の色を出さない企業広報活動の一手段であると考えられてよい。企業博物館は、最終的には企業に何かをもたらさなければならない。それは「どう言う目的で」「誰に」「何を」というような方針を、あらかじめ企業は決めて設立している。しかし現状では、設立後時間がたつと、このコンセプトもハッキリできない館が多いことが、アンケートで判明している。今後の新しい企業博物館は、資料センターとして、情報センターとして企業の中心で活動できる博物館が多くなると考える。
1994年に、企業博物館調査を取り上げてまとめたが、今年はその10年目にあたる。このバブルをはさんだ10年間の変化をまとめたかった。丁度昨年放送大学大学院が発足し入学、中島尚正教授にご指導いただくことになった。ご多忙にもかかわらず、多摩と千葉で長時間にわたり懇切丁寧なご指導をいただき大枠をつかむ事が出来た。また、アンケートにご協力いただきました企業博物館の諸先輩および、データ整理のお手伝いをいただきました竹中幹子さんには心からお礼申し上げます。
1)棚橋源太郎:目に訴える教育機関、宝文館、1930、6p
2)伊藤寿朗:市民の中の博物館、吉川弘文堂、1993、 12p 100p
3)日本経済新聞:1994年8月14日版、本紙24P
4)佐々木朝登:企業と史料(2)、企業史料協議会、 1987、
5) Victer.J.Danilov:A planning Guide for Corporate Museum、Greenwood Press 1992)、
6)星合重男:企業博物館戦略の研究、コニカ梶A1994、2p
7)諸岡博熊:博物館経営論、信山社、1997、115p
8)中牧弘允:企業博物館経営人類学、東方出版、2003、20p
9)博物館研究:博物館協会、1999
10)ミュージアムデータno43、丹青社、1998
11) 諸岡博熊:みんなの博物館、日本地域社会研究所、2003、49p
12)棚橋源太郎:目に訴える教育機関、宝文館、1930、34p
13) 文部省発行:教育的観覧施設一覧、昭和5年から17年度
14) 松竹株式会社:松竹75年史、1964、282p
15)森弘子:アイデンティティとしての博物館、企業博物館経営人類学、東方出版、2003、289 P
16)椎名仙卓:博物館史、雄山閣、1993、178 P
17) 日本の博物館の現状と課題、日本博物館協会、1999、7p
18)インターネット白書 財団法人インターネット協会2003、
19) 2000年9月のインターネット人口調査結果
:Nielsen//netRating 2000、9
20) http://www、rekihaku.ac.jp/access/
21) 生活者の33%がj-モード、EZweb、j-skyなどインターネットが利用できる携帯電話端末を所有(野村総研2000年)
22)れきはくホームページ2003年5月アクセス実績
この論文は放送大学大学院文化科学研究科情報文化プログラムでの修士論文(2004.3)の一部を転載しました。
星合重男・略歴
1932年 徳島市うまれ。
1954年 コニカ株式会社入社。医用機材部長、企画室長、宣伝部長、企業文化部長などを歴任。
1998年 国立歴史民俗博物館情報資料研究部勤務。現在に至る。
2004年 放送大学大学院修士課程終了。修士(学術・博物館学)