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寄居北條まつり

さいたまの歴史散歩

合戦
鉢形城は、戦国時代、豊臣秀吉の全国制覇に最後まで抗した小田原の北条氏の配下にあり、北条早雲から三代目の氏康の三男氏邦が守っていました。

当地、寄居町で毎年4月に行われている北條まつりは、豊臣秀吉の小田原征伐の際に、前田利家、上杉景勝率いる豊臣軍と鉢形城に籠城する北条勢の戦いを再現する歴史絵巻です。

平成13年と17年に撮影した写真と供に当時の合戦に関わる出来事を探ってみました。


鉢形城
鉢形城は、蛇行する荒川の流れに削られ、切り立った岸壁の上に築かれた多くの郭を持つ城郭です。

いつ築かれたかは明らかではありません。鉢形に陣をはった平将門を追って源経基が鉢形城に入ったという記録や畠山重忠が居城したという伝説がありますが、文明8年(1476年)に長尾景春が主家の山内上杉顕定に叛いて、鉢形城に拠点を構えたのが資料として明らかな最初の出来事・長尾景春の乱です。

この乱を鎮めたのは、扇谷上杉家の家宰を務めていた太田道灌でした。荒川の上流から兵を乗せた筏を流し、岸壁の下に着いた兵士が岩の壁をよじ登り城兵を慌てさせたといいます。
鉢形城址
鉢形城北側の絶壁を荒川の対岸から写す
荒川
鉢形城本郭より荒川を見下ろす



藤田氏から北条氏へ
長尾景春の乱が治まった後は山内上杉氏の勢力下に入りました。
しかし、天文15年(1546年)にあったとされる河越夜戦で上杉方が北条氏康に敗れると、山内上杉氏の家臣で鉢形城の城主であった藤田重利は氏康の三男氏邦を娘の大福の婿に迎え、北条氏の体制に組み込まれる事になりました。氏邦は当初長瀞町の天神山城に入りましたが、永禄3年(1560年)には鉢形城を改修し居城としました。
武者行列1
寄居の街を北条氏邦隊が行軍
武者行列2
鉢形城址に向けて武者装束の行列が続きます
武者行列3
ほら貝の音も勇ましく
武者行列4
鉄砲隊到着!


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