東松山駅から車で数分のところ、市野川に面したいくつもの穴が口を開けた岩山があります。「吉見百穴」といわれています。
明治20年に坪井正五郎博士が発掘した当時は、コロボックル人の住居跡ともいわれましたが、現在は墳墓説が定着しています。
凝灰岩の岩山に掘られた墳墓の中は、遺体をおさめる場所が一段高く作られています。また中には、それが左右2個所に設けられた墳墓もあります。
このような墳墓を作った人々はどのような人だったのでしょうか。墳墓というと「さきたま古墳群」のような前方後円墳などの古墳を想像しますが、この周辺には「吉見百穴」をはじめいくつかの「横穴墓群」が存在します。
古墳時代の後期につくられたと推定されていますが、古墳を築造した人々とは違う文化をもった民族がこのあたりに住んでいたのかもしれません。
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